小説と未来 -88ページ目

新世界46-無職の暇人 12

一ノ瀬八重子と、その後会う事はなかった。

その後と言うには、まだ早すぎるかもしれない。でももう会う事はないだろう。


僕の存在は偽者みたいなもんだ。


なぜかとても悲観的な気分だった。


しばらく内に篭っていた。誰にも会いたくなかった。過去に帰りたかった。


子供の頃、僕には緑の扉が見えた。

その扉は僕が失敗したときに、僕を過去に帰してくれる扉だった。


僕は過去に一度だけその扉を利用した事がある。

だから僕はその緑の扉が過去に帰れる扉である事を知っている。


幼稚園の遠足の時だった。僕はバスの中に水筒を置き忘れてきてしまった。

長いハイキングコースでとても喉が渇いていた。休憩時間になって、皆が水筒で水や麦茶を飲んでいた。僕は何も飲めずにいた。誰かにもらえばいいのだが、僕はとてもシャイで人に声をかける事ができなかった。だから僕は緑の扉に飛び込んだ。

そしたら僕は朝の家に戻っていた。玄関前で幼児服を着て、立っていた。

母親は言った。


「あれ?もう準備したんだ?」


不思議そうな顔をしていた。

母親は僕がここに戻ってきた事を気づかなかった。


母親は僕にスポーツドリンクの入った水筒を渡した。


僕はにっこり微笑んだ。


そして思った。何かあったら、あの緑色の扉に飛び込めばいいんだと。


でも、緑の扉はもう二度と、僕の前に現れてはくれなかった。


どんな苦しい時も、今も、緑色の扉は現れてはくれない。人生とは苦しい時ばかりだ。そう知っていたら、僕は水筒を忘れたくらいで、あの扉に飛び込まなかったろう。もっと飛び込むべき瞬間はその後、いくらでもあったのだから、その時そうはしなかったろう。


僕は今を未来へ向けて、進んでゆくことしかできない。


この先、僕はどこへ行くのだろうか。


新世界45-夢世界 13

僕の体は好調だ。


とても41歳の体とは思えない。


人は機能改善により、これ程改善するのか!?と驚き溢れる程、好調だ。


この3ヶ月で僕は生ま変わり、若返った。30代より今の方が若い。20代の頃の体のようだ。


僕の体は生きている。



柔術の先生は、僕だけでなく、コウキ君にも柔術を教えてくれた。


最近、コウキ君は柔術に燃えている。金が入りだした頃のコウキ少年は酷く我がままになっていた。

あれが食べたい。これが食べたい。

どうしようもないわがまま少年になっていた。このままではろくな大人になれないと、僕をまともな保護者感覚にさせるほどだった。


柔術をしているコウキ少年は笑顔を取り戻した。家の表にある「この家の中で待つ たかたこうき」の表示もかなり薄れてしまった。


僕らは共に幸せな日々を過ごしている。


人生における僅かな幸福。


僕みたいな人間が普通のおやじのように、子供との暮らしを楽しんでいる。


結婚もしていない、恋人もろくにいなかった僕が、とりあえず子供と二人で暮らすという順序も過程もない生活を送るようになった。


これはこれでいいのだろうか?


いや、いいはずもない。


この生活の全てはニシキ君の結婚詐欺によって成り立っているのだ。

僕はニシキ君のヒモにしか過ぎず、コウキ少年はニシキ君のヒモのヒモであるわけであって、なんてどうでもいい事を考える。


とにもかくにも、僕は知っている。


いつまでもこんな生活が続くはずがない。


続いたとしても、続けていいはずがない。


どこかで変えなくてはならない意思が生まれている。

コウキ少年が、エイヤーやっている姿を保護者感覚で眺めながら、この先の未来へ至る方法を考えている。


2020年夏、夢の中で僕は気力に溢れ出していた。

新世界44-伝文 9

夢は想像するものでなく、生まれてくるものだ。


君がしようとしなくても、


小さな一つ一つの情報が集まり、君の夢は作られてゆく。


君の脳は勝手な夢物語を描いてゆく。



君の周りに集まる一つ一つの記憶。


未来がそこへと繋がろうとしている。



君は何もしていないつもりだろうけど、


小さな一つ一つ行動が君を未来へと繋げているんだよ。


やがて君が辿り着く未来への情報は、今も少しずつ蓄積している。



僕は夢を見る。


未来の夢は僕の情報を基に作られていた。


2012年春の暖かい一日には、深い眠りが僕を誘っていた。


夢に誘われ、僕は夢を作り、自業自得のように夢は僕を…。

新世界43-無職の暇人 11

僕はネットで知り合った女の子とデートをした。


メールのやり取りをしている時は、騙されているのか?と感じたが、僕はホモの男が来ようと、人殺しの詐欺女が来ようと、もはやどうでもいい気分になっていた。

気分的には毎日退屈すぎたのだ。


駅にやってきたのは、最近テレビでよく見かける入社一年目のアナウンサーのような可愛らしい女の子だった。


僕はどんな酷い目に遭うのかと、恐る恐る話していたが、彼女の態度を見る限り、怪しい素振りはいっさい見られなかった。


彼女は一ノ瀬八重子と名乗った。彼女は絵が好きで、モネやゴッホの話をしたが、たまに暇つぶしに美術館へ行く僕には彼女の話す絵がどんな絵なのか、ほとんど想像もつかなかった。


僕らは大きな美術館で現代アートを見て回った。名前も知らない最近の芸術家の絵が並んでいて、面白みはあったが、どこが芸術なのかはさっぱりわからなかった。それでも彼女はそんな作品を一品一品にじっくり見入っていた。僕は彼女の後ろからそんな彼女と絵を同時に眺めていた。

やがて一ノ瀬八重子と絵は一体化し、僕は訳のわからない想像をしていた。絵の中に入り込む一ノ瀬八重子?うまく表現できず、意味がわからない。



「おもしろかった?」と、美術館を出たときに僕は彼女に尋ねた。


「ええ、おもしろかった」と、一ノ瀬八重子はにっこり答えた。


そして僕らはちょっとしたおしゃれな居酒屋で夕食をした。彼女は今日見た絵やどこかで見た絵の話をずっとしていた。僕は彼女のこまごました説明をずっと相槌を打ちながら聞いていた。

居酒屋を出るとき、僕は僕のような暇な人間に付き合ってくれたお礼も込めて、その夕食をおごるつもりだったが、彼女は頑なに断り、きっちりと割り勘した。


「また一緒に行きましょ」と彼女は僕に言ったが、それはお世辞にしか聞こえなかった。


彼女はただの暇人なのか何なのか、僕には大きな疑問が残った。


とりあえず家に帰ってから、彼女にしっかりメールをした。

メールはすぐに返ってきた。

大した内容ではなかったが、今日の出来事が現実である事を僕はしっかりと感じ取った。


素直に喜ぼう。ニコ。


新世界42-孤島の物語 10

海の向こうに大きな雲が浮かんでいた。


あれは大雨を降らせるとんでもない雲だ。


ハナはびっくりして、慌てて帰っていった。


表に干してあった全ての洗濯物を取り込んで、縁側の戸を閉めて、二階の空いていた窓を閉める。



そしたら大きな雷鳴が轟いて、大粒の雨がぽとりぽとりと落ち始めた。


太陽よりも明るい雷の光が天を照らす。



この程度で驚いていたは一人じゃ生きていけないけど、ぽつりぽつり、じゃあじゃあと降り始めた雨の音に包まれて、ハナはお家に一人取り残された気分になる。


床の間に行った。母親と父親の仏壇前でじっとしていた。



わたしは誰に会いたいんだろう?


きっとたくさんの夢を見すぎてしまったんだ。


全ては起こりえない話ばかりだったんだ。



誰かに迎えにきてほしかった。


優しい笑みは一つじゃないけど、今、ここにいてくれれば、ハナにとってはその笑顔がたった一つの笑みに変わった。



雨音の戸を叩く音にまぎれて、貴方がやってくればよかったのに。


わたしの望みはたったそれだけなのに。