新世界46-無職の暇人 12
一ノ瀬八重子と、その後会う事はなかった。
その後と言うには、まだ早すぎるかもしれない。でももう会う事はないだろう。
僕の存在は偽者みたいなもんだ。
なぜかとても悲観的な気分だった。
しばらく内に篭っていた。誰にも会いたくなかった。過去に帰りたかった。
子供の頃、僕には緑の扉が見えた。
その扉は僕が失敗したときに、僕を過去に帰してくれる扉だった。
僕は過去に一度だけその扉を利用した事がある。
だから僕はその緑の扉が過去に帰れる扉である事を知っている。
幼稚園の遠足の時だった。僕はバスの中に水筒を置き忘れてきてしまった。
長いハイキングコースでとても喉が渇いていた。休憩時間になって、皆が水筒で水や麦茶を飲んでいた。僕は何も飲めずにいた。誰かにもらえばいいのだが、僕はとてもシャイで人に声をかける事ができなかった。だから僕は緑の扉に飛び込んだ。
そしたら僕は朝の家に戻っていた。玄関前で幼児服を着て、立っていた。
母親は言った。
「あれ?もう準備したんだ?」
不思議そうな顔をしていた。
母親は僕がここに戻ってきた事を気づかなかった。
母親は僕にスポーツドリンクの入った水筒を渡した。
僕はにっこり微笑んだ。
そして思った。何かあったら、あの緑色の扉に飛び込めばいいんだと。
でも、緑の扉はもう二度と、僕の前に現れてはくれなかった。
どんな苦しい時も、今も、緑色の扉は現れてはくれない。人生とは苦しい時ばかりだ。そう知っていたら、僕は水筒を忘れたくらいで、あの扉に飛び込まなかったろう。もっと飛び込むべき瞬間はその後、いくらでもあったのだから、その時そうはしなかったろう。
僕は今を未来へ向けて、進んでゆくことしかできない。
この先、僕はどこへ行くのだろうか。