小説と未来 -115ページ目

秋の森 8.森の未知なる部分

さらりさらりと舞う葉の森へと迷い込み、日はまだ続く。


紅葉に銀杏、楓などの葉が散り続く。散り果てることなく、森には葉が降り続く。


さらりさらりと葉は音を奏で続ける。



それでも慣れた日々の新しい朝には、虚しい気持ちが生まれる。


揮宇(きう)は慣れた一日を開始する。



最近は木登りの練習をする。退屈な時間潰しには何かに熱中すると良い。

ゲームに嵌まるのとおんなじように。


疲れた時は葉に包まり休息を取る。

深い落ち葉の中でぐったりしてる。


リズムは出来てきていた。自然に毎日を送っている。



さらには少しずつ、森の未知なる部分へと足を踏み入れてゆく事もあった。


誰かに逢う事はなかった。揮宇が会うのは未だ仙人だけだ。


少しずつ進んでは、戻って、進んでは、戻った。



でもある日、戻った場所に仙人はいなくなっていった。

正しくは戻る場所を間違えた。その瞬間、揮宇は迷子になった。もう仙人の居所もわからない。


孤独が深まる。不安を感じる。

『誰かに触れたい』

と、揮宇は涙を流しそうな想いで心を震わせた。

触れられる存在が欲しくなった。


揮宇は木に触れた。

大きな木のパワーを感じた。

揮宇の目から涙が流れそうになった。でも涙は流れなかった。

ただ泣いた。声を出して、揮宇は寂しいと泣いた。

体が小さく震えた。


 生きる意味はまだあるのかな?


人々の住む世界なら、生きる理由を考えなくても、やる事があったから、考えたくても何かに満足し、何かに苛立ち、何かをする毎日が続けられた。


秋の森では誰の声もなく、やる事も特別ない。

森に迷い込んだ多くの人は何かを求めて何処かへ行こうとする。

森は安全でどこにも行く必要はないのに、多くの人がなぜ何かを求めて何処かへ行こうとするのか、揮宇は理解し始めていた。



生きるという事、何かをしたいと思う事、


その本能が人としての内から溢れ出そうとしている。


だからどこかへ行くのか。でも、、、、望まない。



「おーい!」

揮宇は大きな声で叫んでみた。この声が誰かに届かないかと、叫んでいた。

仙人でも、始めの人でもよかった。ただ、誰かと繋がり合いたかった。


揮宇はそれからずっと叫び続けた。

時は過ぎ、疲れが来るまで叫んだ。

日が暮れて、眠りに落ちるまで叫び続けた。


毎日、毎日、叫ぶ日々は続いた。

どれだけの声が出るのかを試しているように、声は日に日に大きくなっていった。


何処かへ行きたいなどという思いはない。ただ、誰かに逢いたかった。理由はそれだけだ。


声を絞り、おーい!と叫ぶ。秋の森にその声はこだまする。

でもその声は虚しく響き続けるだけだった。

誰にもその声は届かなかった。


秋の森 7.森のルール

想像しよう。


想像される限りの世界を形にしてゆこう。


そうやって人類の世界は繁栄していった。


だから想像すれば、可能性は広がるはずだ。



揮宇(きう)はその事を考える。


天高く突き抜ける木の上の世界。


どこまでも広がる森の外の世界。


地表に散らばる葉葉の下の世界。


それは果てしない宇宙のように、永遠に続く世界のようにも感じられる。


求める先の世界には何かが待っているかもしれない。


それともただの宇宙の塵のように、秋の森を彷徨い続けるだけになるのかもしれない。



始まりの人は言った。


「ある者は天を目指し木に登り、ある者は森の出口を探しに旅に出た」と。


揮宇もまたどこかへの答えを出したいと感じ始めている。


もしくは誰かを求めている。


それは女性という存在、かと言い切れるわけでもない。


秋の森は確かに男や女を忘れさせてゆく。


異性がいない世界では性欲も湧かないものだ。


ストレスもないし、疲れも感じない。だから興奮もしない。


ここで永久に暮らす人となるのも悪くはない。



葉葉の道を辿って、新たな旅に出ようか、はたまたここで暮らすか、

揮宇はそろそろその答えを出したがっている。


どれだけの日々が過ぎたろう。もう日を数える事はとっくにやめてしまっている。

秋の森の季節はいつまで経っても秋であり、いつまで経っても変わらない。

この世界ではどこかにお店ができるわけではないし、逆に潰れる店もない。

店の話をしても仕方ないが、とにかく変わる様子は窺えない。

人の想像はまるで加えられない。自然のままに生きるしかない。

昨日掘り起こしたキノコがあった場所も、すでの落ち葉に埋められ元のままになっている。

落ち葉の深き底は腐葉土と化し、また木々を成長させる有機分を作り出している。

永遠の循環、揮宇はそのルールを知っている。

この世界は変わりなく回転を続けている。


それでも仙人は言う。

「全く変わらないわけでもないんじゃね。

 木々は時が経てば太くなり、少しずつ老いもする。

 死んだ木は消え、そこにはまた新たな若木が立っている。

 長い時の中ではそういう場面にも何度か出会うこともあるのじゃよ」


いくつかの変化を待って、それを知っても何を感じる事ができるだろう?

生きる意味を求めるなら、秋の森にいる事はできないだろう。


     さて、生きる意味とは何だろう?


     揮宇はそれを求めているのかな?


揮宇はただ仙人の話に頷いて、また来る夕闇に目を閉じ考えた。


ただ生きているだけの事はできない気がしてきていた。



葉に包まり、眠り、日はまた翌日へ。


朝日に目覚め、葉を払って、体を起こし、キノコ探して歩き彷徨う。


また葉を蹴散らし、赤や黄を集めて、厭きたら、やがてただ眺める。


仙人と話して、考えて、何かを求めて、辺りを窺う。


何も変わらず、また日が暮れてゆく。


ああ、想像せずに道作らぬ者、人にあらずかな。生き地獄。


この世の終りし場所で生きる者なり。


秋の森 6.キノコの話

ここは地獄の一丁目か、はたまた天国の入口か、


揮宇(きう)にはそれがわからないが、いずれにしても生きた心地はしない。


服は汚れない。

体は汚れない。

靴は汚れない。

毎日寝たら、次の日には前の人同じ自分が葉に埋もれて蘇える。


ああ、ここはどこ?と揮宇は自分の居場所を毎朝見つめ直す。



仙人は小枝を集めて作った小さな小屋を持っている。


この世界で家は特に必要はないのだが、住み家があると自分の居場所を感じるそうだ。


揮宇には家もない。何もない。最初のままだ。


でもそれが普通だ。



始めの人もそうだった。


あの年上のユニセックスな方も家なんて持っていなかった。


今ではどこをどう行けばあの人に会えるかわからなくなってしまったので、

確証は持てない。聞いてみないとわからない事もある。


でも全てが無意味なのだ。


仙人は小枝を集めに出掛けていった。

あの人の趣味の一つでもある。

仙人は何を考えているかわからない。

時々頭がおかしくなったように大声を上げる事もある。

「自由だからいいんじゃよ」と最後に叫んでいた。


確かに個の世界、何でもありだ。

映画でも演劇でもなければ誰も見ていない。

自由なのさ。


自由のままに。


やりたいようにやればいい。


夢の中で意識を持っているようなものだ。


時間は勝手に流れている。

さもなくば流れすぎていっている。


だから揮宇は何もないまま、年老いてゆく。

自分の顔さえ見れないのだから、どれだけ年老いたかもわからない。

手のシワを見ても年老いた気はしないね。


腹が減ったらキノコを食べる。

これらは木の幹の根元に生えている。

落ち葉をほじくればどこかにある。

軽いゲーム感覚でキノコを探す。

調理をしていないキノコを食べるのに、最初は気が引けたが、食べれば、香ばしく、歯ごたえもあっておいしい。

味は上々だ。


だから揮宇はスーパーマリオのようにキノコを食べた。

別におっきくもならないし、ちっちゃくもならない。

もちろん1UPもしないけど、キノコを探し、それをむしゃくしゃ食べた。

それくらいしか、秋の森での楽しみはなかった。


右の木の幹の下にキノコ発見。

あの大きな木の下にもあるかな。

探り探り、木の葉の集落を掘り起こす。

白くて大きなキノコがたくさん顔を出す。

お宝探しゲーム。

こいつは量が多すぎだ。

明日にとっておこうか、おくまいか。

赤い落ち葉を集めて目印とする。

あの木の下はどうだろう。

ないかあるか、落ち葉を掻き漁る。

ハズレもあって、アタリもある。

だからキノコ探しはおもしろい。

探しに、探しておいしく食べよう。

もうお腹はいっぱいだ。

単純ゲームに毎日耽る。


この世の終ったような場所で揮宇は時を送る。

どれだけ日が過ぎても冬はやってはこなかった。

秋の森は今日も秋を繰り返す。


秋の森 5.仙人との生活

世にも忘れ去られた人になっただろうか?


日にちを数える事も忘れた日に、葉の落ちる一本の木を見上げる。

その木から落ちる木の葉の数を数えてみて、百二百と適当に数える。

間違えても誰も気にはしないのだから、揮宇(キウ)の思うがままに数えればいい。


それでも揮宇は実に暇だ。



音楽のない場所、音のない場所、まるで全てが映像のよう。

そして自分自身も映像に含まれてしまったかのように、秋の森は静けさに包まれている。


だから揮宇は歌を歌う。

ミュージックは作らなければ生まれない。

過去の記憶は失われてしまったから、適当なメロディーを連ねてゆく。

いい歌か、悪い歌かもわからない。

耳を塞いで、自分のか細い歌声を聴いている。



腹が空いてもあるのはキノコだけだ。

そうめんはないし、焼きそばもない。

ぺヤングも一平ちゃんもUFOだってあるわけがない。

飲み物は水だけ。コーラもカルピスもサイダーもない。


食べ物はキノコだけだ。

しかも生で食べる。


実は調理方法がいくつかある。

始めの人が言っていたように火は使えないが、秋の森には温泉があり、そこでキノコを煮たり、茹でたり、蒸したりする事はできると、仙人が説明してくれた。

しかし揮宇は温泉の在りかを知らない。

仙人は行けばあるが、帰って来るのが大変なので、行かないと言う。


まあいいかと温泉の事を忘れて、腹の減った揮宇は生のキノコを頬張る。

結構おいしい。



仙人は落ち葉に包まり眠っていた。


揮宇は一通り退屈潰しをやり終えてしまうと、天から雨のように降り落ちてくる葉葉を眺める事しかできなくなってしまう。

暇すぎる。


こんなつまらない話はない。


やめてしまおうか?


なんかTVゲームでもしたい。

携帯電話があればいいのに、そいつもこの世界に来る前から家に置いたままだ。

持っていればここまで持ってこれただろうか?

でも充電できないから、三日と持たないだろうけど。

電話があっても繋がらないだろうし、メールも出来なかっただろう。


ここはいったいどこだろう?


今頃、そんな疑問を抱いたって仕方ないはずだ。



仙人の目が覚めたらしい。

体をむくりと起こして、全身を揺さぶり体に付いた落ち葉を落としている。


「まあ、雑談でもしようじゃないか」

と、暇そうな揮宇を見て、仙人は言う。


「別に話す事なんて、何もないですよ」

と、揮宇は答えるが、、。


「ここに来る者はそう多くはない」

仙人は独り言のごとく話し出す。

「めったに人は来ない。

 もし来ても、皆いつの間にかどこかへ行ってしまう。

 この世界では、髪も髭も爪も伸びないし、体が汚れる事もないが、年だけは取る。

 失うものは何もない。

 服もここへ来たときのまま、着ていた者の一部として失われる事はない。

 不思議な事に服も老いるように徐々にヨレヨレにはなっていく。

 この世界にあるのは老いだけで、後は全て保たれるのじゃよ」


「仙人は、いつからここにいるの?」


「さあ、いつかは忘れてしまったが、若かった事は確かだ。まだ二〇代だった」


「じゃあ、見た目だけど、三〇年はこの世界に住んでるわけだね。退屈でしょ?」


「まあ、最初はな。でもやがて考える事を止める。やる事ないのが当り前になれば、暇なんて感じなくなる。ただ毎日ありのまま、来る日も来る日も生きているだけじゃ。周りを囲むこの木々のように、ありのまま」


二人の周りにはたくさんの木があった。

木々は何も言わず、楽しみもせず、諦めもせず、ただ葉を散らし続ける。

風吹けば葉を多く散らし、静まれば葉を少し散らす。

ずっとそればかりを続けている。

どの木も特別でしゃばるような真似はしない。

皆同じように同じ事を続けている。


「難しい事はない。ただ生きているのじゃよ」

と、仙人は言って微笑んだ。


秋の森 4.主人公の名前


相場揮宇(あいばきう)、それが青年の名前だった。


年齢は19歳。誕生日は6月29日である。



彼は秋の森に迷い込んだ。


始めの人と出会い、仙人に会った。


「まずはどうしてここに来たかを考えなさい。

 そしてよく自分の事を考えてみなさい」

と、仙人に命令された。


揮宇は考えた。思い出そうとした。過去の思い出を探していた。



静かな町の風景が目に浮かぶ。

過去だった出来事に揮宇は含まれてゆく。


静かな過去の音が聞こえてくる。

人の声を耳にする。車のエンジン音が聞こえる。

コンクリートで固められた河岸を川が流れている。

石橋を渡り、坂道を上ってゆけば、丘の上には石畳で出来た街並みが広がる。

あの町の人はみんなそこが好きで、そこへ集まる。

いくつもの小さなお店が立ち並び、買い物をする人たちが歩いている。

絶景の公園から、よく夕陽が沈むのを見つめていた。

日が暮れると、町の夜景が広がった。

小さな町だけど、夜景はとても綺麗だった。

いつのまにかカップルが集まってきて、揮宇はいつもそこで気分を損ねていた。

冷たい風を感じて、いつもの家に帰った。

石畳の丘を降りて、殺風景な河岸沿いを南に下ったところに揮宇の家はあった。

母親がキッチンで料理をしている。

いつも何かをぐつぐつ茹でている。

それを気にせず、揮宇はダイニングを通り抜け、二階の自室へと上がってゆく。

そして湿臭い部屋の中に閉じこもる。


いつもの暮らしはそんな毎日の繰り返しだった。



はっきりとは覚えていない。ふと思い出した風景はそれだけだった。


目を開くとそこには落ち葉と木々しかない世界が広がっていた。


仙人は遠くで、ホホオオオっとか言いながら、落ち葉を蹴散らし遊んでいた。



理由は特にない。


ただ暇だったからここに来た。


それだけしか、ここに来た理由は思いつかなかった。



いくら考えても特別な理由なんてものはない。


考えれば考えるだけ、理由はくだらなくなってゆく。


自分がつまらない人間である事は百も承知だ。


というわけで、揮宇は考える事を止めることとした。



一日二日、三日四日五日、六日七日八日、九日十、十一十二と数えたところで徐々に何日目なのか、あやふやなってきていた。日付を計る道具はない。たとえば葉っぱを一日一枚拾って、数えてゆくという方法もあるが、毎日数えていたかもわからなくなる。徐々にいろいろな事を忘れてゆく。


「わすれんしゃい。わすれんしゃい」

と仙人は言う。


お言葉に甘えて、揮宇は大切な事も何もかも忘れゆく。


昨日も今日も変わらない。明日も明後日も変わらないだろう。


秋の森では葉が散り続けるだけだ。


サラリ、サラリ、フワ、フンワリと、葉は散り、舞い続く。


揮宇の頭はボケてゆく一方だ。


考える事は何もないのだから。