秋の森 4.主人公の名前 | 小説と未来

秋の森 4.主人公の名前


相場揮宇(あいばきう)、それが青年の名前だった。


年齢は19歳。誕生日は6月29日である。



彼は秋の森に迷い込んだ。


始めの人と出会い、仙人に会った。


「まずはどうしてここに来たかを考えなさい。

 そしてよく自分の事を考えてみなさい」

と、仙人に命令された。


揮宇は考えた。思い出そうとした。過去の思い出を探していた。



静かな町の風景が目に浮かぶ。

過去だった出来事に揮宇は含まれてゆく。


静かな過去の音が聞こえてくる。

人の声を耳にする。車のエンジン音が聞こえる。

コンクリートで固められた河岸を川が流れている。

石橋を渡り、坂道を上ってゆけば、丘の上には石畳で出来た街並みが広がる。

あの町の人はみんなそこが好きで、そこへ集まる。

いくつもの小さなお店が立ち並び、買い物をする人たちが歩いている。

絶景の公園から、よく夕陽が沈むのを見つめていた。

日が暮れると、町の夜景が広がった。

小さな町だけど、夜景はとても綺麗だった。

いつのまにかカップルが集まってきて、揮宇はいつもそこで気分を損ねていた。

冷たい風を感じて、いつもの家に帰った。

石畳の丘を降りて、殺風景な河岸沿いを南に下ったところに揮宇の家はあった。

母親がキッチンで料理をしている。

いつも何かをぐつぐつ茹でている。

それを気にせず、揮宇はダイニングを通り抜け、二階の自室へと上がってゆく。

そして湿臭い部屋の中に閉じこもる。


いつもの暮らしはそんな毎日の繰り返しだった。



はっきりとは覚えていない。ふと思い出した風景はそれだけだった。


目を開くとそこには落ち葉と木々しかない世界が広がっていた。


仙人は遠くで、ホホオオオっとか言いながら、落ち葉を蹴散らし遊んでいた。



理由は特にない。


ただ暇だったからここに来た。


それだけしか、ここに来た理由は思いつかなかった。



いくら考えても特別な理由なんてものはない。


考えれば考えるだけ、理由はくだらなくなってゆく。


自分がつまらない人間である事は百も承知だ。


というわけで、揮宇は考える事を止めることとした。



一日二日、三日四日五日、六日七日八日、九日十、十一十二と数えたところで徐々に何日目なのか、あやふやなってきていた。日付を計る道具はない。たとえば葉っぱを一日一枚拾って、数えてゆくという方法もあるが、毎日数えていたかもわからなくなる。徐々にいろいろな事を忘れてゆく。


「わすれんしゃい。わすれんしゃい」

と仙人は言う。


お言葉に甘えて、揮宇は大切な事も何もかも忘れゆく。


昨日も今日も変わらない。明日も明後日も変わらないだろう。


秋の森では葉が散り続けるだけだ。


サラリ、サラリ、フワ、フンワリと、葉は散り、舞い続く。


揮宇の頭はボケてゆく一方だ。


考える事は何もないのだから。