秋の森 3.仙人
銀杏の葉道(いちょうのはみち)を青年は歩いてゆく。
「あの方向に仙人は住んでいる」
始まりの人が言った方向は銀杏の葉だけが積もる黄金色の道が続いていた。
よく目を凝らすとそこには確かに一筋の道が見える。
青年は始めの人と別れた。
そして銀杏の葉道を突き進んだ。
仙人と呼ばれる人物は黄金の葉道の先に杖を持って立っていた。
小太りな人で、決して若くはないが、よぼよぼといった姿勢でもなかった。
仙人は青年がそこに着くのを待っているかのように動かず、ずっと青年を見つめていた。
足の葉を蹴り散らして、青年は歩きにくいその葉道を進んでゆく。
「こんにちは」
近くまで来た青年は仙人に挨拶をした。
「何がしたい?」
と、その不思議な雰囲気を持った仙人は青年に尋ねた。
仙人は男とも女とも言えない。
どちらかというと化け物みたいに大きな目と大きな鼻と大きな口を持っている。
青年は少したじろいだが、恐れていても仕方ないので答えた。
「何がしたいというか、とにかくあなたに会いに来ました」
「わたしにあっても仕方ないでしょ?
あなたは何かがしたくてここへ来たはずよ」
「でも、僕はどうしたらいいかなんてわからないです。
どうしたらいいかもわからない。
この世界から出たいけど、どうしたらいいかわからない。
エッチなんてした事ないし」
と言って、青年はうつむいた。
「また性の話ですか?エロいですなあ。
へっへっへっ」
仙人は笑う。
「ここへ来る者は皆そのことばかり考える。
すぐに男や女が欲しいって言い出す。
そんな事は焦って行う行為にあらずよ。
もうちょっとじっくり考えんさい」
「でも僕はこんな場所で暮らしていくつもりはないんです」
「まあまあ、まずはどうして君がここに来たかを考えんさい。
君が男であるうちはここから出られる。
あたしはもう性別も力も失ってしまったからね。ここで一生を過ごすことになるはずだけど」
青年は天を見上げ、秋の森の空から舞い降る木の葉々を見つめている。
過去の記憶は不思議と薄れていた。
記憶がないわけでもない。過去を見つめ直すことはできる。
でも記憶はかなりそぎ取られている。
実際は記憶というより過去に対する感情だけが残っているようだ。
過去は苛立たしく、ストレスだらけ。仕事も勉強もしていないけど、青年にはプレッシャーがある。
何もしない青年へと両親からのプレッシャー。友人が恋人を作った妬み(ねたみ)、僻み(ひがみ)。
個人的な夢や未来への希望は持てず、漫画の主人公を案ずる日々が続いていた。
過去はあってもなくてもどうでもいいようなものだった。
僕の過去には何の価値もない。
もしここへ来た理由があるのなら、過去を捨てたかったからかもしれない。
過去は思い出したくないことだらけだ。
見つめる空の赤や黄や黄緑の葉は青年に考える事を止めさせた。
ただぼぉっと眺めている。それだけで過去の思い出に生まれた苛立ちが静まり、心を平静にさせてくれる。
そぎ落とされた苛立ちと共に、過去の記憶もゆっくりと消えてゆくかのようだった。
一面広がる秋の森が仙人と青年を包んでいた。
少しずつ日が暮れて、辺りをゆっくりと暗闇が覆っていった。
「もうすぐ日が暮れる。今日はこのままここで眠ってしまいなさい」
その言葉と共に、青年には眠りが訪れていた。
柔らかい落ち葉の上で、ゆっくりとぐっすりと眠ってしまった。
秋の森 2.始まりの人
本当の始まり。
「どうしたらいいんですか?」
と、青年は始めの人に尋ねる。
「君は自由にすればいい?」
と、始めの人は答える。
「何もしなくても生きていける。お腹が減ったら森のキノコを採って食べればいい。
ただこの世界では火が使えない。そんな事をしたら全てが燃えてしまうからね。
調理はしなくてもキノコは美味しい。
ただ特別な味ではないから、厭きてしまうかもしれないけれどね。
毒のある物はないから大丈夫だよ。
生を脅(おびや)かすものはこの森から排除されるんだ。
この森では自然な生が与えられる。
それがこの森のルールなのさ。
生を奪うもの、生を生み出そうとするものはこの世界から排除される。
その事を知っておくといい」
青年は現状をまだ何も飲み込めていない。
森の中にいたら、突然現れたユニセックスな人。
そして木々が深まり落ち葉が増えた。地は葉っぱの集落で埋め尽くされている。
辺りを見回しても、青年はどこからやってきたかわからない。
近くに林道があったはずなのに、今はその道も見られない。
「ここはどこなんですか?」
と、青年は尋ねる。
「君は迷い入り込んだんだ」
と、始めの人は言う。
「秋の森は悩み苦しても見つからない。ふと迷い込んだら現れる桃源郷。
その迷いは物理的迷いだけじゃない。心の迷いも含んでいる。
わたしの知る限りはそれだけ。
ここがどこかと聞かれれば、ここは秋の森だと答えるだけ。
わたしも君と同じく迷い込んだだけだから」
「あなたはここに独りで住んでいるのですか?
他に誰かいないのですか?」
と、青年は尋ねる。
「いるよ。でもどこにいるかはわからない」
と、始めの人は答える。
「みんな同じ場所にいることには落ち着かなくなってしまうからどこかへ行ってしまう。
ある者は天を目指して木に登り、ある者は森の出口を探して旅に出た。
だからここに残るのはわたしだけ。
近くを探せば、仙人に出会えるかもしれない。
仙人はこの森に長く住む人だ。この近くにその人も住んでいる」
「仙人?」
「本当の仙人じゃないよ。その人もただの人だ。ただ年老いている。
長い間、この森にいたのだろう。とてもたくさんの事を知っている。
わたしも仙人に時々会う。仙人はこの辺りをウロウロしている。
小さな木の位置の違いで自分の居場所がわかる、この森で唯一位置を知る人だ。
仙人がどれだけの時間を過ごしてきたのかはわからないよ。
ここでは正確な時間はわからないから、いったいどれだけの時が過ぎたか忘れてしまう。
朝と夜はあるから数える事はできる。でも一ヶ月も数えれば数える事が面倒になるだろう。
そうやってここに住む者はみな時間を忘れてゆくのさ」
「はああああああ」
と、青年は溜息をついた。
夢とも思えない現実の中で、青年は一生この森で暮らしてゆく事になるのだと感じていた。
「君のその気持ちはよくわかるよ。
でもここはもっと単純な世界なんだ。
求める方向に素直な気持ちになれば十分世界を楽しむ事ができるはずだからね。
まずは仙人を探すといい。わたしにはわからない事も仙人は知っている。」
「この森に出口はないの?」
と、青年は尋ねる。
「正確に、出口と呼べるものはない。入口がなかったのと同じようにね。
でも、出る方法はあるよ」
「それは?」
「方法は二つあると言われる」
と、始めの人は話し出す。
「一つは殺人を犯すこと。もう一つは、恋をして性行為に至る事だ。
この世界では、生を消す事と、生を生み出す事が禁止されている。
だからそのどちらかを行えば、君はこの世から排除される。
その後どこに行くかはわからないけれど、秋の森が嫌になったらそうやって出てゆけばいい」
「性行為ですか?」
と、童貞の青年は自信なく呟く。
「心配しなくてもいい。
そうやって出て行った人間が一番多いっていうのも秋の森の事実さ。
でも森に住み続けるうちに何がしたいかは変わってくるものさ。
出る事だけを考えるのが得策でもないという事だよ。
わたしもそうやって長い時間をここで過ごしてきた。
今はここの外に出たいとは思わなくなってしまったのさ」
と、始めの人は青年に伝えて、輝かしい瞳で、木の葉吹き巻く空を眺めていた。
木漏れ日が鮮やかに空を染める。
風が吹けば空を赤黄緑がカラフルに舞っている。
動く光景は幻想的光景だ。
カメラもないから写真に撮れないけれど
この光景を見せれば誰もがどこかと尋ねて行ってみたいと望むだろう。
迷いの森に悩む青年誰かが出口に導いてくれるのかな?
それとも森での暮らしを好み続けて仙人となるのかな?
秋の森 1.主人公について
森に来たのはなぜだろう?
子供の頃に遊んだ事を思い出していたのかもしれない。
少年の頃はよくその森で遊んでいた。探検ごっこや冒険ごっこをやったものだ。
主人公の青年は一人で森までやってきた。
家から歩いて10分ほどの所にある森だ。
ここはそれほどの田舎町ではない。
山は近いが町もある。都会ではないが、不便な田舎町というほど田舎ではない。
森はさほど深くはない。歩きぬければどこかの道に出るくらいの森だ。
主人公はその森がある町に住んでいる。
年齢は19歳、高校を卒業して、
進学もできず、かといって就職する気もなく、ただダラダラとした生活を送っている。
森には何をしに来たのだろう?
暇だった。といえば一番適当だね。彼は暇なのだ。
親は仕事を探せと言う。
何しろ勉強は大してできない。親だって金があるわけじゃない。
ただ大学に入れるくらいなら、働かせた方がましだと思っている。
たとえば専門学校へ行かせるという手もある。
いつも漫画を読んで、ゲームをやっているだけの青年には何の能力もない。
ずるずると仕事が見つからずに一年二年と無駄な時間を送るくらいなら、何か職になるための技術を身に付けた方がいい。という考えもある。
でも青年は何もかもが違うと思っている。
何もかもが違う。
迷い込んだ秋の森に、僕は君を招待しよう。
考えられる可能性はまだたくさんあるのだから。
全てを忘れなさい。
仕事とか生活とか、死ぬなんて考えちゃいけないよ。
何も考えていないわけじゃない事も知っている。
世界はとても広い。
でも想像だけではわからない事もたくさんある。
頭の中で考える事なんてそんなに大切な事ではないよ。
世界に触れてごらん。
どこまでも世界は広いものだから。
君は恋をしていたね。
それもまた下手な恋心だったね。
性の欲求を抑えられないままに君の気持ちは伝えられなかった。
男とか女とかも忘れてしまえばいい。
人として、生命体として、生きる事を考えてみなさい。
存在の意味を新たなる域に置きたいのなら、秋の森へと君を連れ去ろう。
森は、秋だった。
ずっと秋のまま、風がふゅるりと吹いて、天を楓の葉がうず巻き、散っていた。
青年はその空をずっと見上げていた。楓の葉は天より舞い降り、彼の体をうずめていった。
どこまでも続く楓の葉吹雪に青年は行き場を失った。
金縛りにあったかのように体は動かず、赤き葉の光景が目の前で続いた。
カサカサ、サラサラと秋は続く。
赤く、黄色く、色は鮮やかなる彩りを繋いだ。
青年は天を見上げ、その空に目を奪われていた。
始まりの人の前に青年は降り立った。
「わたしと同じく、舞い降る落ち葉に包まれて、
自分の場所を忘れて、
君もこの森へと迷い込んだのだね」
青年の前には一人のユニセックスな人がいた。男といえる女、女といえる男、どちらでもない平等的な雰囲気を持った人だ。
その人は男とか女とかは忘れてしまった。
「男とか女とかは忘れなさい。
ここで暮らすにはその必要があるのだから」
青年は始まりの人がいう言葉に何も言い返せない。
「死よりは生について考えなさい。生命の始まりから終わりまで。
始まりは知らなかったでしょう。終わりもまだ知らない。
わたしは生きてきた。そして生きている。生を保持し、そのための行動を取る。
余裕はある。余裕の分だけ、楽をして、暇を潰して遊んでいる。
秋の森では生命が保持され、一生の余裕が与えられる。
ただわたしは性を忘れて、生命を後世に継ぐことができない。
迷い込んだものだけが与えられる一生の生命。わたしはここで日々を送る事を決めたのです」
青年は秋の森に迷い込んだ。それが全ての始まりとなる。
青年はまだこれが始まりにしかすぎない事を何も気づいていない。
「こころもりょうちのオルターナティブエンタテインメント」作品紹介1
「こころもりょうちのオルターナティブエンタテインメント」は基本3部構成となっています。
(勝手に通称オルタナエンタ)
第一部は「秋の森」で始まります。
秋の森は、永遠に秋が続く森という設定で始まります。
その世界に迷い込んだ、若者を描いた物語です。
秋の森には秋の森のルールがあります。
そのルールについては本編にて語っていきたいと思います。
第二部は舞台を「雨に沈む町」に移します。
雨に沈む町はほんど年がら年中雨が降っている町です。
その世界での話となります。
ここでもまたルールがあり、人々は暮らしています。
住民数はおよそ4万人の町です。
東町、中央町、新工業地帯、西町、上町という主に5地区から成り立つ町です。
この町におけるルールと物語においてはまた本編にて語っていきます。
第三部で「ずっと西にある島」へ辿り着きます。
ずっと西にある島は、西の果てになっていて、それより西がありません。
空は続きますが、西は崖となっていて割れています。
その島は、農耕民の暮らす土地と遊牧民の暮らす草原、狩人の暮らす森と、世捨て人の暮らす山の
四つの世界で成り立っています。
多くの住民は農耕民の暮らすグアンダーという土地に住んでいます。
物語はそこから始まりますが、その後の展開は現時点まだ未定です。
三部における世界観はとても複雑なものとなっていますので、三部スタート前に
もう一度説明を入れたいと思います。
「こころもりょうちのオルタナエンタ」は、まず世界ありのところから始まる物語です。現実と大きくかけ離れた世界の話なので、なかなか読み取りにくい物語になってしまうかもしれません。説明を入れながら書き進めていきたいと思いますので、楽しんでいただけたら幸いです。
ファンタジーチックな面とミステリアスな部分を持ち合わせた小説となっています。
いろいろ考えながら、書き進めていきたいと思いますので、お時間のある方は読んでみてください。
あとがき
本作品を長い間、読んでくださった方はありがとうございます。
『夕陽虹無』は、もともと10年くらい前にざっとした物語の流れだけを考えて、いつか形にしようと思っていた物語です。
今回、時間軸を現在に合わせるという方式で、ブログ小説して完成することができました。
時間軸においては、必ずしもその通りになっていませんが(特に後半)、2008年6月から12月にかけての期間をおおよそ一致できたのではないかと思います。
10年後に描いた本作品は、やはり当初の作品と大きく違ってきた点も多々あります。
10年前の現実味のない世界観から現在にすり替え、あちらこちらを実際うろうろしてみながら描いてみました。書き手のイメージが読み手にどこまで伝わるかというのはいまだに不明なのですが、イメージのあまりない状態で描く物語と、イメージして描く物語では読み手にも伝わり方が違うのではないかと思っています。
それほど細かい描写はしていませんが、響が麻薬を受け取りに行く場所は実際に行ってみて、雰囲気を感じてから書いた場所です(日にちや時間は一致していませんが)。その部分も少しは楽しんでいただけたらなと思います。
キャラクターにおきましても、また当初とは違った仕上がりになりました。馬込警部補は当初では結構な脇役として考えていましたが、徐々に作者が気に入ってきてため、当初の予定より多く登場してくる事となりました。また、人の心を読む女 玲香においてはもっと不思議な女というイメージで描こうとしていたのですが、最終的には、都合のいい女的な感じになってしまいました。
全体的に、キャラというより、人間味を重視したため、個々の個性が若干薄れたかな?という気もします。
物語は政治や警察の不祥事を取り上げていますが、もちろんこの物語はフィクションであり、実際の話ではありません。ただ現実の世界と時間軸を合わせ、人間味を重視して描いたので、物語における現実っぽさを感じていただけたら、作者としては満足のいく限りです。
物語はどちらかというと、犯人側の心理で描く物語となっています。一般的な物語は犯人を追う刑事や探偵といった物語が主流となりますが、この物語は様々な犯罪者の心理を描いた物語です。
作者は残念ながら犯罪者でないため、全てはイメージにしか過ぎませんが、正当性を挙げる物語よりはもっと人間の弱さみたいなものを描いてゆきたいとは思っていました。
大多数は英雄でないのだから、英雄の物語よりは全ての登場人物に正義も悪もあるようなイメージで描きました。人は一方的な正義もなく、悪もないという点、またそれほどの英雄はこの世にはめったに存在しない。そんな現実っぽさが描けたのではないかと思います。
『夕陽虹無』は今後とも掲載を続けますので、お時間のある方は最初から読んでみてください。
また、もしおもしろいと思ってくださる方がおりましたら、周りの方に知らせたり、ブログに掲載していただけると嬉しく思います。
こころも りょうち