秋の森 5.仙人との生活
世にも忘れ去られた人になっただろうか?
日にちを数える事も忘れた日に、葉の落ちる一本の木を見上げる。
その木から落ちる木の葉の数を数えてみて、百二百と適当に数える。
間違えても誰も気にはしないのだから、揮宇(キウ)の思うがままに数えればいい。
それでも揮宇は実に暇だ。
音楽のない場所、音のない場所、まるで全てが映像のよう。
そして自分自身も映像に含まれてしまったかのように、秋の森は静けさに包まれている。
だから揮宇は歌を歌う。
ミュージックは作らなければ生まれない。
過去の記憶は失われてしまったから、適当なメロディーを連ねてゆく。
いい歌か、悪い歌かもわからない。
耳を塞いで、自分のか細い歌声を聴いている。
腹が空いてもあるのはキノコだけだ。
そうめんはないし、焼きそばもない。
ぺヤングも一平ちゃんもUFOだってあるわけがない。
飲み物は水だけ。コーラもカルピスもサイダーもない。
食べ物はキノコだけだ。
しかも生で食べる。
実は調理方法がいくつかある。
始めの人が言っていたように火は使えないが、秋の森には温泉があり、そこでキノコを煮たり、茹でたり、蒸したりする事はできると、仙人が説明してくれた。
しかし揮宇は温泉の在りかを知らない。
仙人は行けばあるが、帰って来るのが大変なので、行かないと言う。
まあいいかと温泉の事を忘れて、腹の減った揮宇は生のキノコを頬張る。
結構おいしい。
仙人は落ち葉に包まり眠っていた。
揮宇は一通り退屈潰しをやり終えてしまうと、天から雨のように降り落ちてくる葉葉を眺める事しかできなくなってしまう。
暇すぎる。
こんなつまらない話はない。
やめてしまおうか?
なんかTVゲームでもしたい。
携帯電話があればいいのに、そいつもこの世界に来る前から家に置いたままだ。
持っていればここまで持ってこれただろうか?
でも充電できないから、三日と持たないだろうけど。
電話があっても繋がらないだろうし、メールも出来なかっただろう。
ここはいったいどこだろう?
今頃、そんな疑問を抱いたって仕方ないはずだ。
仙人の目が覚めたらしい。
体をむくりと起こして、全身を揺さぶり体に付いた落ち葉を落としている。
「まあ、雑談でもしようじゃないか」
と、暇そうな揮宇を見て、仙人は言う。
「別に話す事なんて、何もないですよ」
と、揮宇は答えるが、、。
「ここに来る者はそう多くはない」
仙人は独り言のごとく話し出す。
「めったに人は来ない。
もし来ても、皆いつの間にかどこかへ行ってしまう。
この世界では、髪も髭も爪も伸びないし、体が汚れる事もないが、年だけは取る。
失うものは何もない。
服もここへ来たときのまま、着ていた者の一部として失われる事はない。
不思議な事に服も老いるように徐々にヨレヨレにはなっていく。
この世界にあるのは老いだけで、後は全て保たれるのじゃよ」
「仙人は、いつからここにいるの?」
「さあ、いつかは忘れてしまったが、若かった事は確かだ。まだ二〇代だった」
「じゃあ、見た目だけど、三〇年はこの世界に住んでるわけだね。退屈でしょ?」
「まあ、最初はな。でもやがて考える事を止める。やる事ないのが当り前になれば、暇なんて感じなくなる。ただ毎日ありのまま、来る日も来る日も生きているだけじゃ。周りを囲むこの木々のように、ありのまま」
二人の周りにはたくさんの木があった。
木々は何も言わず、楽しみもせず、諦めもせず、ただ葉を散らし続ける。
風吹けば葉を多く散らし、静まれば葉を少し散らす。
ずっとそればかりを続けている。
どの木も特別でしゃばるような真似はしない。
皆同じように同じ事を続けている。
「難しい事はない。ただ生きているのじゃよ」
と、仙人は言って微笑んだ。