小説と未来 -100ページ目

ずっと西にある島 34.瞳奥

キウが広場の端で休んでいると、一人の白装束を着た女性が寄ってきた。


背丈の小さい女の子だが、顔立ちや胸のふくらみから見て、幼くはないようだ。


「こちらへいらしてください」

と、その女性はキウを誘った。


キウはよくわからなかったが、誘われるままにその女性に付いていった。


広場から離れるキウ。後方を見渡すと広場の中心で、いまだ長い行列が出来ていて、ユスティスは物を売買交換しいている。


キウは女性に誘われて森の中へと入ってゆく。小さな葉しかついていない灰色い木々に囲まれた合間を縫ってゆく。


彼女はその先にある大きな石造りの建物にキウを案内しているようだった。


数段の階段を上り、暗闇の建物の中へと入ってゆく。

闇に一瞬躊躇したキウだが、「大丈夫です」という女性の声に反応し、素直に中へと足を踏み入れた。


暗闇はキウの視界を奪った。何も見えない。


「こちらです」


女性の声は僅か上方からする。


つま先が石にぶつかり、そこに階段がある事に、キウは気づく。


「こちらです」


声の方へと足を向かせる。差し出したゆびさきに女性のお尻がぶつかる。


「さあ、こちらです」


女性はそう言って、また一歩二歩上へと進んでゆく。


キウはその声を頼りに上へ上へと進んでゆく。



やがて闇が薄まり、空から明かりが差し込む。女性の上を行く姿がはっきりしてくる。


そして辿り着く。広い空間にキウは辿り着いた。


ピラミッドのような三角造りのその空間には、いくつかの光差し込む穴があり、その穴から程よい光が空間を照らしている。


磨かれた石で出来た空間の中央には、大きな女性がいる。

西洋の彫刻のように肌を露出した綺麗な女性に、キウは少したじろぐ。


「さあ、あなたをお待ちです」

と、小さな白装束姿の女性がキウに言う。


キウはゆっくりとその女性の下に近づく。


辺りは意外と広々としていて、どういう作りになっているのかわからないが、大きな温泉の中にいるような水場があり、周囲を水が流れている。

そして7,8人の女性が水場の傍で柔らかそうな布地の上に座り、くつろいでいる。


キウはちらりと辺りを見渡しながら進んだ後、再び一番中央に座る大きな女性の前へと目を移し、一段高い石段の下で足を止めた。


女性は大きな目の大きな青黒い瞳でキウを見つめていた。



僕は何かに囚われてしまいそうだ。


深い奥に落ちて行きそうだ。



「森には何もないわ」

と、その彫刻のような女性は言った。

「あなたは森に何かを求めてやってきた。でも森には何もない」


「そうです。確かに僕は森に何かを求めてやってきました。

 僕には他に行くところがなかった。だから導かれるままにここに来た」

と、キウは答える。


「あなたを導いたのは、森でもなければ、この森に住む誰かでもない。

 あなたは誰にも導かれてはいない。

 もし、導いた者がいるとしたら、それはあなた自身。

 あなたは自分の意志をごまかし、誰かのせいにしようとしてるだけ。

 そうやって自分に自信を持てずに、何かのせいにしようとしている


その女性はキウの全てを知っているかのようにそう言う。


キウはどうしてか、とても反発したくなった。

「そんなつもりはありません。

 誰かのせいにしているつもりもありません。

 確かに僕は自分の意志でここに来ました。

 ただ、何かがあると信じてやってきました」


「何もない。

 何も思いつかない心を持って、今を生きれば何もない」


「僕には…」

 何かあると言えるのだろうか?



秋の森の幻想。


カミに会いたい想い。


でもここは不思議な現実だ。


現実は夢や幻を作り出してはくれない。


僕はこの森で、どう生きていけばいいのだろうか?


あなたが正しい。僕には何もない。この森に何もないように。

ずっと西にある島 33.古界

明け方は朝靄に包まれていた。


キウらは寝袋に包まって一夜を過ごした。


とても静かな一夜だった。


朝の優しい光が光を好むあらゆる生命体を目覚めさせようとしていた。


「彼らはもう来ている」

と、ハバルヒラは言った。


キウはハバルヒラのその声を聞いて、目を開いた。

周りには武者のような格好をした人間の姿が三つあった。


それは恐れを感じてもいいような、異様な光景だが、キウは何かに動じるような感情を持ち合わせてはいなかった。ただ黙って、その武者の顔を見つめていた。


ユスティスは慌てて体を起こし、寝袋の外へと出た。

そして武者に話しかける。

シウルアさんですね?こんな朝からこちらに来られるとは」


「そろそろあなたが来る頃だと思った。本来より到着が遅い気がしたので、気になったのでここまで来た」


「まあ、いろいろありまして」


「ユスティス、その者は何者だ」

と、シウルアと呼ばれる人物はキウを見つめ、ユスティスに尋ねる。


「この者は私の手伝いで、グァンダーの地から共にやって参りました。

 キウという者です。少し事情はありますが、決して危害を加えるような者ではありません」


「そうか。わかった」

シウルアはそうとだけ答え、キウには何も聞かずに目を逸らした。


カルミンヌオール族は体も大きくがっちりしてる。

そんな彼らはキウたちの準備が整うと、重い荷車を力強く運んでくれた。



さらに進み、日差しがすっかり木々の上方より照り差した頃に、キウらはカルミンヌオールの住む中心地に辿り着いた。


森の中に石の建造物がいくつも立ち並び、中には大きなピラミッドも見られた。

とても神秘的な場所だ。何百年も昔に戻ったかのような光景だ。


広い石畳の広場の中央まで、荷車を進めると、そこに荷車を停めた。

たくさんのカルミンヌオール族が集まってきて、ユスティスはそこで荷車から商品を下ろし、売買を始めるようだった。

シウルアはその町の者たちの持つ権利を理解しているようで、順序良く彼らを並べた。そしてユスティスに欲しいものを一つ一つ聞いてゆく。

ユスティスは買い物が済む旅にシウルアとそのお供からいくつかの薬をもらってゆく。


そんな売買にはとても時間が掛かりそうで、日差しの強い場所に居つかれたキウは広場の端にある日陰となる木の下に腰を下ろし休んでいた。

広場では子供たちが走り回ったり、チャンバラゴッコのようなことをやっている。『平和な島でもこんな風に戦い事をやるんだな』とキウは思う。


持っていた水筒の水を飲み、喉を潤す。


理由のない時間が過ぎてゆく。


ずっと西にある島 32.僕事

今日も彷徨うこの森の中。


ムオマーの地。


いったいどこまで、非現実に陥ってゆくのだろう。


何が何だか、もはやわからない。


混乱している。混乱させている。


それでも日々、生きていて、毎日は続いている。


意識ある世界の中にいるのだから、きっと生きているのだろう。



キウは結局何がしたいのか見つからない。


重い荷車を押すだけ。汗をかいて、疲れているだけ。


自分の信じていた全ては夢だったと諦めるしかない。



求めていた世界はあっただろう。


求めていた人もいた事だろう。


求めていた自分にもなれただろう。


でも全ては過ぎ去った。


もう、求めている方向には向わない。


すでに求める力にも欠け、この世とも折り合いがつかずに生き場を見失っている。



それでもキウは生きている。


微弱な思いで、自分らしく生きたいと、生き場を求めている。



森の中で、僕は生きてゆけるだろうか?


これは極めて僕事の望みだ。


始まったのは僕事の話だ。


だから、僕は僕事の生活をしてゆくしかない。


誰とも関わらず、僕は僕事の生き方、つまり自己満足に至るしかないのだ。



「僕のわがままを受け入れてくれるかな?ハバルヒラさん


 僕はこの森で生きてゆくしかないんです」


「君に生きる猶予が与えられている限り、私も森も君の生き方を受け入れるだろう。


 でもまだ君にはこの荷物をカルミンヌオールまで運ぶ使命が残っている。


 全てはそれからでもいいだろう?」


「そうですね」



キウらは二日間をかけ、シュガーサの管理する森を進み、カルミンヌオールの地へとやってきた。


もうすっかり日が沈み、森は夜になっていた。


世界は青黒かった。


キウはかつてない疲れを感じていた。


暗闇に隠れ、彼らは荷車を平らな場所に止め、静かに火を焚き、夕食を摂った。


静寂の中で、フクロウのような鳴き声の鳥が鳴いていた。


「カルミンヌオールの地の中にいる」


ハバルヒラはキウとユスティスに今の居場所をそう説明した。


でもキウもユスティスも疲れ、あまり多くの話をする気にはなれずにいた。


火を消し、寝袋に包まり、汗を拭いて、眠りに落ちた。


静かな夜だった。


何か桁違いの大きな出来事が起きる前触れのようだった。


ただ時を待った。何かが起きるのを待っていた。


ずっと西にある島 31.全夢

現実の見えない朝だった。


キウは壊れてしまったようだ。


生きる道を見出せず、望んだものも幻だった。


全てから逃げている。ただカミに会いたいと思っている。秋の森に帰りたい。



キウはそれでもまともを装って、ユスティスと旅を続ける事を決めた。

「もう大丈夫です」

と、キウは言った。


自分でも何が何だかわかっていない。

キウは自分が言った言葉やハバルヒラと話した言葉について考えるが、どこにも答えは出てこない。


半分は消えるもの?半分は永久に残るもの?

遥かに沈んだ向こうからやってきた?


キウはただ夢を見て寝ぼけていただけだったのかもしれないと感じている。

今も夢なのかもしれないと、感じている。


オレンジ色の花びらも黄色の花びらも、カプセルを飲んだのも全て夢だったのだろう。


だからハバルヒラは、「たくさんの夢があり、僅かな現実がある」と言った。


たくさんの事は夢で、現実は一つしかない。

キウはそれを理解しなくてはならない。


何が夢で、何が現実か、その答えが必要なんだと感じている。



ハバルヒラに先導されながら、ユスティスとキウは森の中へと進んでいった。


がたつく道を荷車を押しながら進んでゆく。


蝉時雨、夏の森。


ハバルヒラはキウに近づき、尋ねる。

「ここがムオマーの地、森だ。君は何かを感じるか?」


キウは木洩れ日の差す、薄明るい森を見つめる。日本の森と何ら変わらない気もする。

「よくはわからないけど、この森は好きです」

と、キウは答える。


大きな湧き水の涌いている池についたところで、キウらは立ち止まり、休憩した。

汗を拭いて、地底から溢れてくる湧き水を飲んだ。


キウはほっと心を落ち着かせてくれる。

目を瞑れば、自分の住んでいた町の森にいるかのような錯覚に捕らわれる。

ノスタルジックな時間が流れる。


「君の望んだ探し物の旅だ。君が必要としていた何気ない時間だ」

と、ユスティスはキウに言う。


「ここからやり直すつもりでいました。でも、僕はここで終わりそうです。

 何となく、そんな気分です」


緩やかな森の営みを感じる。

少し時間が経てば移る日差しの動きが時の流れを知らせる。


目を上に上げると、そこには大きな木がある。

過去から未来まで、蝕まれる事もなく残る永久木の一枝が揺れる。

森は語りかける。

日差しの一塊が大きく抜けた何もない地上を照らす。



君は求め、欲している。


秋の森。


黄色い木の葉。


池の中心にある浮島。


赤い森。


木の根。


失われてゆく自然にありし、言葉。


光が輝かない場所に入り、光を待つ星のかけら。


雪だまり。


桜の道しるべ。


君は歩いていた。


こんな辺鄙な道の上を。


求め、求めて。


大きな荷車を押しながら、当てのない旅を。



森はキウに語り掛ける。

『君はここに何をしに来たのか』と聞いてくる。


キウは真実と異なる僅かな夢を今も見続けているだけのような気がした。


どこかに辿り着けば、この夢は終わるのか。


キウは全ての夢の終わりを求めていた。

でもそれは現実の終わりでもあるかのような気がしていた。


何も見えない今とその先の未来への旅が続く。

ずっと西にある島 30.彷魂

翌朝の弱い光が周りを包んでいた。


キウは目を覚まし、体を起こして、大きく背伸びをした。


ユスティスは隣でまだ眠っていた。


キウはユスティスを起こさないように、そろりそろりと動いて、テントの外に出た。


外にはハバルヒラが座って待っていた。


一日中、そこにいたかのようだった。


「ごめんなさい」

と、キウはハバルヒラに謝った。


「いや、いいさ。それより、君は森に来たくて、ここに来たそうだね。

 それは何か意味があるのかな?」

ハバルヒラはキウの体調などは気にもしないかのようにそう尋ねる。


キウは知らない地に来て、不思議と何でも話せる気がした。

「ずっと思っていたことは、ずっとうまく行っていないってこと。

 僕は今もうまくいかず、この先もうまく行かないってこと。

 僕はどこにいても、毎日が不名誉な役立たずなんだ」


「崇める者もいず、ただ消えよう。我ここにありて、ここになし

誰かがそんな言葉を口にする。それはハバルヒラではない。周りには誰もいない。キウ自身がそう言っていた。


「なら、汝、いずこへ行くのか?」

と、ハバルヒラはキウに尋ねる。


片方の半分は、いずれ消えてしまうもの。もう片方の半分は永久に残るもの。

 半分は恐れを感じ、半分は苛立ちを感じている

キウは自分の口が自分の口でないように、そう口にしていた。


君が追うものが私には見える。君が苛立つものに君は勝てない


朝が訪れていた。遥か東の空に日が昇る。

遥かに沈んだ向こうから、僕はここに集うものとしてやってきた

キウは遠くの赤い太陽を見つめ、立ち上がってハバルヒラにそう話す。


ハバルヒラは何も言わず、キウは話を続ける。

社会の中にはあれなかった。

 全てを作り出し、司る中枢層は破壊されるだろう。

 誰もが自分自身の喜びを求めているはずだから、全てにおいて善や良もなく、僕らは間違えとなり、その間違えに気づけないまま、破壊に走るだろう。

 組み込まれた支配下で一度暴走が始まったら、僕はどこまでも壊れてゆく。

 社会は始まった破壊の暴走を止められない


意味不明の言葉に対して、ハバルヒラはその意味を理解しているかのようにキウに尋ねる。

「ただ一つ、君は森に持っている。それは何かな?」



深緑で覆われるだろう。


淡い水色の筋が、光覆われた空間の先に見える。


僕はオレンジ色の花びらだった事もあったし、黄色い花だった事もあったろう。


カプセルを飲み込んだときにスイッチは入っていた。


もう止められなかったんだ。


生まれたての赤子のように、自らの行動に責任が持てなくなってしまったんだ。



ハバルヒラは微笑んでいた。逆行の光を浴びながら、若い楓の葉が揺れる木の前で確かに微笑んでいた。


そしてハバルヒラは立ち上がり、キウの顔を覗き込んだ。

黒くがっちりした目がキウの瞳を捕らえていた。


一つは現実。一つは夢。たくさんの夢があり、僅かな現実が起こる


浮遊した思いと、形になった現実。


人が作り出したもの。


結果となったこと。