小説と未来 -102ページ目

ずっと西にある島 24.心求

何もない時計台の中に、耳の痛くなるような鐘の音が鳴り響く。


昼だ。



鐘の音が耳元に残り、その耳鳴りが消えたところでプリストは話し出す。


サパジは望みとは違う毎日を送っているのかもしれない。


 だからたまの休みなると、エルモウの作り上げたこの時計仕掛けを見に来る。


 時計台の上で鐘を鳴らしたアッカットと一緒に目を輝かせながら、時計を動かす歯車の動きを見ている。


 人生とは必ずしも望みどおりにはいかない。


 時計ばかりを見ていたかった統領と、ずっと統領でいたかった時計台守、人生はこじれてしまったが、それでも俺らは自分らしく生きている」



キウはずっと立ってその話を聞いていたが、そこで壁際の床に腰を下ろし、座り込んだ。


「どうだ。何か、わかったか?」

と、プリストは尋ねる。


「けど、僕は、なりたいものもなく、与えられた仕事もない。ただ生きている」

と、答える。


「心残りはたくさんある。俺は今でも統領をやりたい。ずっとやっていたかった。だから今でもあれをやってみたかったとか、これをやってみたいとか、思う事がある。この時計台の上から世の中を見て、変わりない世の中に苛立ちを感じる事もある」



プリストは立ち上がり、グァンダーの街が広がる方向にある、窓から外を眺める。



キウは立ち上がり、プリストの眺める窓の傍へ行き、外の風景を眺める。


グァンダーの地が広がる。オヘロン川の周りに広がる小さな街並みはキウの知る様々な町より小さい。でもその風景は余計なものがなく、一定の形を成していて美しい。

果樹園の広がるモクラの地の樹木が青々と生い茂り、その向こうにグァンダーの茶色い街並みが広がる。オヘロン川が流れ、その向こうにペスダの畑が広がっている。さらに向こうには空と海とが青々と広がっている。


「ここから街並みを見て、俺は自分の出来なかった事をここに来るサパジに伝える。それが俺にできる唯一の楽しみだ。


 要するに、俺は望み叶わずともできる限りやりたい事をやっているって事さ」



キウは暗い感じでどんよりと突っ立っている。

「やりたい事があればいい。でも僕には何もない」


プリストはキウの顔を覗き込む。

「キウ、俺の感じる限り、君は嘘を付いている。君はやりたい事がないと言う。でもそれは嘘だ。

 仕事ではないかもしれない。全く別の事かもしれない。

 でも君には確かにやりたい事があるはずだ。自分に嘘をつかず、正直になれば思い浮かぶはずだ」


「正直に?僕のやりたい事?」


「そう。君の望み」


キウはその事を考えるが、まだ何も思い浮かばない。


プリストは話を続ける。


与えられた仕事のない事を惨めに思うな。


 君にはその分、たくさんの自由がある。


 きっと今ある君の立場は、なりたい職に就けなかったサパジに優しさなんじゃないか?


 だからやりたい事を見つけて、そこに近づく事だな」


キウはふとサパジに言われ続けた事を思う。


何になったらいいかわからないキウに、サパジはずっと何をしろとも言わなかった。


『何になったらいいだろう?』


『それは私には決められない』


そういう事だ。


キウは頷いた。


「そうだね。僕は自分のやりたい事を見つけないといけないね」


「大丈夫。それは君の心の中にあるはずだ。


 難しいことじゃない。素直に思えばいい」


それが、キウがプリストに教えられた事だった。

ずっと西にある島 23.望与

サパジが統領になったのは11年前の事だった。


11年前のその年は干ばつで、ムフォの時期に、20人と8人が死に、70人余りの人間がムフォに死者を運んだ。


人々はあまりに暑く、作物も不作、水も少ない時に死を恐れ暮らしていた。


「このままどうなってしまうんだろうな」と誰もが嘆いた。


街の統領であったプリストは、カカラ神に祈りを捧げ、十分な奉納を行った。


それでも、太陽は照り続け、雨は降らず、農作物は枯れて行った。


プリストは太陽神サラへの祈りを深め、さらに祈り続けた。


それでもモクヮーナになる季節には、さらに人が飢餓で死に、死者は五〇人にまで達した。


ため池の水は徐々にかれ始め、食物の収穫こそあれど、とても一年は持ちそうになかった。


プリストは神に祈り続けたが、その祈りは到底届きそうになかった。



サパジは19歳であった。16の時から灯台守として、ジルサというおじさんの下で仕事をしていた。


毎日一日として遅刻すらしたことのない男であったが、ある日、時計台に来ない日があった。ジルサは黙ってその日を一人で仕事をして過ごした。


サパジは町中の人々の下を訪れていた。


「こんにちは」


「ああ、君は確か、ミショライさんの息子のサパジだね。どうかしたのかな?」


「いえ、ただ皆さんが元気かどうか、知りたかっただけです」


「ええ、元気なわけないだろう?こんな世の中じゃ。もう動く気にもならないよ」


「元気を出してください。きっとまたいい日はやってきますから」


「そうかなあ?」


「大丈夫です。僕は信じているんです。そうなるって事を皆が信じればきっと良くなるって」


「はは、そういうものか?でもいいな。俺もそう思っておくか」


「はい、そう思ってください。お願いします」


「お願いって?じゃあ、仕方ないああ。そう思いましょ、ははは」


そんな感じで、サパジは町中を回り続けた。


いつしか人の死は聞かなくなり、時々、弱い雨も降った。


それは神のお告げのように、サパジの行いと共に、シパーガの頃には何事もなかったかのような日々が訪れるようになった。



プリストはサパジを領事館へ呼び寄せた。


「すみません。時計台守りをサボっていました」

サパジはその事を言われると思い、プリストに謝った。


「いや、そうではない。君が街々を回って、人々に元気を与えたそうだな」


「いえ、そんな元気を与えるとかじゃなく、ただこんな状況の時に何もせず、ただ鐘を鳴らすのが嫌だっただけです」


「そうか、確かにそうだな。私はただ神に祈りを続けていた。そして街の人に何も与えられなかった。君のように私は優れた行いをできなかった」


「何を。おかげで雨は降り出し、またいつもの日々が戻ったじゃないですか」


「いや、そうじゃない。私は大切な事を忘れていた。危機の時に一番大切な役割を果たすのは、危機に対する恐れを忘れさせてくれる希望だという事。君は人々に希望を与えた。その事がいかに大切だったかを私は忘れていた」


「いいえ、ただ、僕は街の人の顔を元気にさせたかっただけです。暗い顔を見るのが嫌だっただけです」


「そう、その心が大切なんだ。それがとても世の中には大切な事なんだ。君にはそれを人々に与える力がある」


「ありがとうございます。そんな大した者ではありませんが、プリストさんにそう言われて嬉しく思います」


「それだけじゃない。私は君に統領になってほしいと思っている」


突然の申し出に、サパジは驚いた。

「そ、そんな。僕には時計台守の仕事があります。ジルサさんももう齢ですし、僕が継がなくてはなりません」


「いや、その仕事は私が継ぐ。君は明日から統領になりたまえ」


半ば強引な話ではあった。それでも数日後に、信任投票が行われ、サパジはプリストに継ぐ統領として、グァンダー中の人々に了承された。



「大切なのは、賢さじゃない。人を救う心だ」


プリストはそう言う。


サパジはその後、11年間、街の統領を誰にも譲っていない。本人の気持ちは誰かに譲りたいが、統領の側近は誰もサパジを越えてないと、信任投票に至る事も許さなかった。


それだけ、サパジは周りからも、街の人からも信頼されているのだ。



僕は何もない。


当り前だけど、僕は凡人以下のつまらない人間だ。


優れた人の話をされても、僕はどうにもならないだろう。



キウは心の中でそうぼやく。


それが何だといいたいのだろう。


ずっと西にある島 22.時刻

まだ実が小さく、葉ばかりが目立つりんご畑を抜けた先に時計台はある。


時計台の真下まで来ると、その大きさに圧倒される。


時計台はモクラという果物栽培が盛んな、グアンダー内の地方にある。


100年ほど前に、エルモウという機械師が作ったと言う歴史が残っている。

キウはその事をオーカッと過ごした頃に歴史の授業として教わった覚えがある。


大きな石がいつも積まれた時計台の中に入る。

まるでピラミッドとかのような歴史的建造物を思わせる作りである。


入口は意外と狭く、中も柱だらけで、大きさの割りに意外と狭い。

石で出来た階段が上へ延び、一方通行しか出来そうにない。


階段をしばらく上り続ける。

踊り場があり、それをまた逆へ昇り、5階くらいまで来たところで大きな空間が広がった。

何もない場所にポツンと一人、男が石の出っ張りの上に座っていた。


彼はキウの方を見て、にこりと微笑んだ。

「やあ、君がキウだね」


時計台には、プリストとアッカットという人が毎日働いていると聞いていた。

彼はそのどちらかだが、聞いている話で、年上の方のプリストという人だとキウは推測した。


「君の事はサパジから聞いているよ」


「サパジさんから?」


「ああ、遠い世界からやってきた人間がいるってね」


「遠い?かどうかわからないけれど、少なくても僕はこのフワーナで生まれた人間じゃない。

 それでも、僕はこのフワーナに住み始めて、もうすぐ2年が経つ。

 もう、帰ることもないでしょう」


「帰りたいかな?」


「そうでもありません。戻っても何があるわけでもありませんから」


「時は一方にしか進まないから、確かに君が元の世界に戻ることはないだろう」


やはり彼がプリストのようだと、キウは確信する。

聞いている話で、プリストは40代、アッカットはキウと同じ齢くらいだと言う。

うつむいていると、薄暗いのと、長い髪に隠れていたので若く見えたが、顔を上げると男は確かに40過ぎに見える。


「あなたがプリストさんですね?」

と、キウは尋ねる。


「ああ、名乗ってなかったね。俺はプリスト、アッカットは屋上で正午の鐘を鳴らす準備をしている。

 ここで働いているのは俺たちだけだ」


「サパジさんがあなたに会うといいと教えてくれました。

 とても賢い人だから、きっと為になるって」


「そうか。確かに、俺は賢いかもな。なにしろ、サパジが統領になるまでは俺が統領だったからな」


「そうなんですか!」

と、キウはお世辞っぽく驚いてみせる。


プリストは少し自慢げな顔を覗かせ、会話を続ける。

「でも俺は統領をあいつに譲った。それがいいと感じたんだ。

 本当はあいつがここで時計台を動かす仕事をするはずだったんだ。

 まあ、いろいろあってな。

 だからサパジもたまにここに来る。暇なときはここの下にある時計仕掛けをじっと眺めている。

 意外と地味な男さ。あいつはな」


キウは黙っていた。

空間の中を大きな歯車がギュルギュル言いながら動く音がする。

この国の僅かな電力と、集めに集めた鉱物で作られた最高建築がここにはある。

空間はその音で埋め尽くされている。


ずっと西にある島 21.花拡

畑の広がるペスダ地方では、芋の花が咲き誇っていた。


川べりでは野草が花を一面に咲かせている。


とても明るく振舞っているようだ。



僕だけが暗い影を作っている。


カミに会いたい。


君がそこで微笑んでくれていればよかったのに。



キウはオヘロン川の土手に座り、そこからペスダに広がる広い広い畑を眺めている。


先が見えないほど広いのに、キウには廃墟に作られたジオラマを見ているかのような気分でいる。


まるで現実感のない世界で生きている。


ふと、カミが現れてもおかしくない。


現実も幻も混ざりに混ざり合った白昼夢の中で過ごしている。


一人でいる事で、孤独が深まり、虚しさに溢れ、溢れ切り、氾濫している感情が抑えきれない。



キウは嫌な汗をかき、落ち着かない気持ちに溢れていた。


だから立ち上がり、土手を下流に向けて走り、木で出来た橋をグアンダーの街が広がる方へ渡った。


街を抜け、いくつかの住宅がある荒野を駆け抜け、クタクタになりながら、領事館に戻った。


そして庭園を抜け、外口より教会の中へと入り込んだ。



薄暗い部屋の中で、キウは息を切らせ、椅子に座り込んだ。


「どうかしましたか?」

と、カトレアはキウに近づき、優しい声を掛けてくれる。


ふと現実感がキウの脳内に溢れ出す。


「もし、僕がこのまま変わらない生活を送らなければならないなら、僕は僅かな幸せも感じられない。顔は笑っていても、心が弾むことがあっても、どんなに楽しいことがあっても、心の底はずっと沈んでいて、幸せを感じられる事はないんじゃないかな?」

キウは特に言おうと思ったわけでもなく、そんな事をふと口にしていた。


「キウはなぜ、そんなふうに感じるのでしょう?」


「僕はずっと失って、何も得られない」


イマエダさんが亡くなった時も、キウはクリショバに同じ事を言っていた。

『失ってばかりだ』と。

その時、クリショバはキウに、「また探せばいいじゃないか」と言われた。


でもキウには何を探せばいいのか、答えのないままだった。


「僕には何も見つめられそうにない。大切な者を失ったまま、何も得られない」


カトレアは内へ落ちてゆくキウをじっと見つめていた。

優しく笑み、瞳を潤ませていた。

「ここにいなさい。あなたが幸せを感じれるまで。

 それまでわたしが見守っていましょう」

そう言って、カトレアはキウの肩に手を乗せた。


その僅かな温もりがキウの体中にパッと広がった。何とも言えない優しさがキウの心に花を与えてくれる。

キウは顔を上げることができなかったが、カトレアの優しさが心に広がっていた。



カトレアは結婚もしていて、子供もいる。キウはカトレアに恋愛感情などはないが、彼女の優しさに救われている気がした。



ここには安心がある。


信じられる人がいる。


僕はここにいる。


ここにいる事で、救われている。


ずっと西にある島 20.然時

なるべく何もない日々がいい。


キウはとにかく忙しい変な夢を見て、そう感じて目が覚めた。


雨静海町の頃の夢だった。


忙しい日々はそう思った頃もある。でも何もない日々の今は何かが起こることを待ち望んでいる。


いつもバランスの悪いばかりだ。



太陽が昇れば、パン屋へ行く。


パンを腹に入れて、領事館へ行く。


忙しい事はまるでないが、規則正しい朝は休日もなく繰り返される。


昔は朝起きるがとても苦手だったキウは今は苦手ではない。


夜は暗くなれば寝るしかないし、朝日が昇れば自然と目が覚める。


嫌な奴もいないし、特に面倒事もない。どちらかというと、家にいると暇だし、誰かと話でもしたいなあと思うし、お腹も空くから体を起こして出かける。


暇に溢れているから、何かがしたい。


そして目が覚め、いつもの生活を繰り返す。



海から続く中心通りは死者を葬るというムフォの地へ続く南西へと延びている。


キウは北西に広がる畑から、南東方向を眺めている。


太陽は北側だ。


この島には大きくそびえ立つ建物が二つある。


一つは灯台であり、灯台は南東の海辺より、東に広がる海を照らしている。


もう一つは時計台だ。十二時間という単位はないが、この国の時計も針が中心より弧を描き、右回りに一周する。長針しかないが、この国ののんびりした風土ならそれだけで十分だ。


だいたい、朝の8時、10時、正午、午後2時、4時、6時にあたる時間に鐘が鳴り、人々は太陽とその時計台の鐘の音を頼りに一日を過ごしている。


キウは今日もその鐘の音を聞きながら、一日の終わりを待っている。



季節はワースだ。とても暖かい。


日々、畑の若草も生長してゆく。土色しか見えなかった畑は、今ではすっかり若草色で染まっている。


キウは何かが始まる予感を持っているが、実際は何も起こらない。


自分の内からはまだ何も生まれてこない。


退屈な日々は続く。