小説と未来 -103ページ目

ずっと西にある島 19.長暇

街並みを越え、オヘロン川を渡り、グァンダー内にあるペスダ地方という場所まで歩いた。


空はよく晴れ渡っていた。


ペスダ地方には畑が広がる。種や苗を植える人がいる。


芋畑までやってきた。キウは水路が流れる脇の草むらに腰を下ろして、ただぼぅっと芋畑を眺めていた。


広がる大地、自然。


日差しの強い太陽の下、今日も昨日となんら変わりのない日を繰り返す



僕は何かを考えようとする。


でも何も思い浮かぶ事はない。


部屋が埃っぽいから掃除しないとならないけど、

家に帰るとやる気しなくなるんだよなあ、

ってな事しか思いつかない。



フワーナ島にキウはいる。


ずっと西にある島。


この国の人は外国を知らない。


知らないというよりは無いと信じている。


そんなわけはないのに。



日本の春、4月くらいの陽気で、暖かい。


広がる大地の中にポツンといると、とても心地よい。


じめじめした部屋の中にいるより、よっぽど健康的ではある。


でも、どこにいても、退屈である。


仕事も、勉強もない人間はどこにいて、何をしていても退屈で、

仕事や勉強をしている人はどこにいても、忙しい。


キウは実家にいたニート時代に今が重なっている。


それと何が違うかを考えると、

まずこの世界にはパソコンもゲームも、それどころかテレビもないから、180%以前より暇である。


ゲームのクリアに満足を求めていたあの頃と違い、何の目標もない。


何かしたい、どこかへ行きたいという欲求も増えるが、何も浮かばない。


どこにも辿り着かない。



仕事をしていた雨静海町での生活は勝手に流れてくれた。


楽しくはないが、今ほど意味もなく考える時間もなかった。


今ではどうでもいい仕事の事にあの頃は頭を疲れさせていた。


それでもどこかへ行きたいという気持ちはあの頃もあった。


その結果、キウはこの島にいるのだから。



どこかへ行きたくて、キウはフワーナ島へ辿り着いた。


目的地であるかのようだった。


でもここにいるキウを満たしてくれるものは何もない。



フワーナ島が自分の見ている夢で、僕がここで唯一意識を持つ存在だったら、

思い切って、わがままにしたい放題できるけど、


でもこの世界も現実、治安もあるし、人目もある。


犯罪を犯すつもりもないけど、変な行動をとって、誰かに軽蔑されるような真似はしたくないな。


嫌な噂が広まるのも恐い。


別に何もしていないし、何も誤ってないけど、どこでどう振舞うかを意識してしまう。


現実では、どんな世界でも、わがままには生きられないのだ。



個の欲求、個の想いが詰まり、個が深まり、キウは孤独を感じている。


居場所はない。


いつまでも芋畑の脇に座っていたって、何が満たされるわけでもない。



立ち上がり、来た道を戻る。


向こうから一人のオバちゃんが歩いてくる。


軽い挨拶を交わす。


旅番組じゃないから、そこで長い会話が始まるわけでもない。


すれ違うだけ。


まだこんもりした土しか見渡せない芋畑を眺める。


キウは芋を毎日作る生活を送る気にもならない。


太陽は西へと傾く。



退屈だ。


何かがしたい。


でも、一生を何して過ごすかなんて、そうそうに決められそうにない。


明日は何をしたらいいだろうか?


ずっと西にある島 18.内秘

キウにはまたいつもの日が続いていた。


とてもマンネリで、無駄な時間のようにも思う。


毎日忙しい人の邪魔をしているかのように、館内をうろうろしている。


「サパジさん。僕はいつまでここにいるべきでしょうか?」

と、統領のサパジに尋ねてみる。


「それは私には答えられない。前にも言っただろう。


 決める事は君しか出来ない。君の選択は君がするしかないってね


キウはしょんぼりして、何も答えない。


だからサパジは続ける。


エルトカウアニには相談したかい?彼らがグアンダー地方の職業を決めているからね」


キウは「話したよ」と言って頷くが、それ以上何も答えようとしない。


でもさあ、と言いたい表情が顔ににじみ出ている。


「答えはなそうだね。もしくは見渡す限りの答えがこの町の職業にはないという事か」


そう言われたキウは重い口を開く。


旅に出ようかとも思っている。僕はもともと異人だからここにいるのは不似合いかと思う」


「なるほど、それも考えの一つだね。でもその答えを出すにはまだ早いだろう。


 君はまだ自分について、考えきっていない。


 君のエネルギーはまだ君の内に溜まっている。


 むやみやたらとそのエネルギーをもって旅に出ることがいい事ではないだろう」


キウはサパジの否定にまたもやっとした空気を作り出す。


「そうだな。ただし、グアンダー地方内ならどこへ行ってもいい。でもその先は駄目だ。


 キウ、君はまず、そこから一つの回答を出さなくてはいけないからね」


「グアンダー地方内?」


「そう、グアンダーの地方の中なら自由にしていい。


 フワーナの最も狭い地方だけど、いろいろある。それを感じれば答えは出てくるかもしれない」


キウは頷く。


「わかったよ。とりあえず、そうしてみます」


ずっと西にある島 17.生有

キウが一人海辺を眺めていると、クリショバさんがやってきた。


そしてキウが座る砂浜の横に腰を下ろした。


「風邪をこじらせて、亡くなってしまったそうだ。


 もう齢だったからな。仕方ない」


クリショバさんはそう言って、キウの肩を優しく叩いた。


「人はいつか死ぬんだ。当り前の事だ。


 人が死ぬのが悲しい事も当り前の事だ。


 キウ、君もそう。僕もそうだ」


悲しい目をしているキウにクリショバはそう声を掛ける。


「なんていうか、どんどん過ぎてしまう。


 僕の目の前からいろいろな人が消えてしまう。


 いつもどこかに誰かがいるけど、僕は大切な人をいつも失い続けている。


 そんな気がする」


遥か遠い地からやってきたキウの想いをクリショバは察する。


「キウは人よりも多くの別れがあったんだな。


 でもそれに等しく多くの人とも出逢った。


 ここで終わりというわけでもないだろう?まだ続く。


 キウの出逢いも別れも、一生続くものだよ。


 イマエダさん皆と別れなくちゃならなかった。


 その事はとても悲しいことだったろうけど、自分の人生は幸せだったと、


 イマエダさんはサラさんにそう告げたそうだよ。


 ムフォの地で安らかに眠ることだろう」


「ムフォの地?」


「そうさ。死んだ者は皆、西にあるムフォの地から遥か地底に葬り去られる。


 死んだ者に親しい二人がその地まで死者を運ぶんだ。


 知らなかったのかい?」


キウは頷く。そして尋ねる。


「どうしてムフォに?」


「ムフォの下にはちょうどカカラの神が住んでいる。



 だから死んだ者はその地から地底にいるカカラの元まで投げ込まれ、カカラの力で無に変えられる。


 それはとても悲しい事だけど、人はいつか無に還(かえ)る。


 だから皆、生きている間は楽しくて、いい人生を送ろうとするのさ。


 それがカカラの教えだからね」


人は、天国にも行かないし、生まれ変わる事もない。今までのキウの知る死後の世界とこの世界の死後は違う。キウには本当に死んだ先どうなるかはわからないが、確かに死後は何もないのかもしれない。もし死の先に何もないのなら、できる限り今を大切に生きたい。そう感じさせる考えも生まれてくる。


クリショバは話を続ける。


「死んだ者は荷車に乗せられ、ムフォの地まで大人二人によって運ばれる。


 死者に親しかった二人が片道七日、一日おいて、往復一五日旅をするのさ」


そしてこの事はその通り、イマエダさんの遺体は、息子であるイットコさんとイットコさんの従兄弟であるサカナーさんで行われる事となった。


旅の途中には宿も食堂もない。人々は草原に野宿し、十分な食料と水を持って、15日間を送らなくてはならない。それは過酷な事だけど、皆それを行う。文明の利器に頼る事はない。


この世界は便利で楽な事もないし、不便な事も多い。

贅沢はできないし、風邪をこじらせ死んでしまう人もいる。

それでも一定の発展をし、安定を保とうとしている。

昔ながらの教えを守りながら、未来へと向っている。


この世界にキウは生きる楽しみを感じられる。


ずっと西にある島 16.死別

ある日、イマエダさんの死がキウの耳に入ってきた。


領事館で、職業について、エルトと話をしている時の事だった。


キウは慌てて、イットコさんの家に駆けつけた。



海辺の懐かしい風景が目に入り、いつか住んでいたトタン板の家が見えた。


表に奥さんのサラがいて、悲しそうな笑顔を浮かべ、キウを迎え入れてくれた。



イマエダのおじいさんは奥にある薄暗い部屋の布団の上に眠っていた。


とても小さく、しわくちゃになっていた。


これが死んだ人の形だ。キウは死んだ人をまじまじと、初めて見た気がした。


棺の中に収めれらた親戚の顔を見たことはあったけど、自然とある遺体を始めてみた。


小さくなってしまったイマエダさんの姿を見て、キウは目が潤んだ。



「やあ、久しぶりだね」と、家の中に戻ってきたイットコがキウに声を掛けた。


そして話し続けた。

「おじいさんはいつも君の事を心配していたよ。

 言葉の通じない世界で生活していくのはきっと大変だろうってね。

 今、俺の言った言葉がキウにはわかるかな?」


当然のごとくキウには理解できた。

イットコさんの家に住んでいた頃のキウならほとんど理解し得るはずのない言葉だ。

当時のキウには物の名前を覚えるのが精一杯だった。


「イットコさん。あなたの言っている事がわかるよ。

 とてもよくわかるんだ。

 僕はあれからとても多くの事を学んだ。

 学ぶ事でいろいろと頭がいっぱいになってしまうくらい。


 でもイットコさんやイマエダさんの事を忘れたわけじゃなかった。

 いつか会いたいとずっと思っていた。

 ほんの少しのきっかけを待っていただけなんだ。

 でもそんなのは待つべきじゃなかったかもしれない。


 あんなに世話になったのに、僕はイマエダさんがこうなるまで、、、」


キウは言葉を詰まらせた。キウは心から後悔していた。


島に着いて、最初に仲良くしてくれたのがイマエダさんだった。


言葉の通じないキウにいろいろと笑顔で語りかけてくれた。


どうでもいい話だったかもしれないけど、今となってはイマエダさんが何を言っていたのかは謎となってしまった。


もう一度、少しでも話をしたかった。あの頃、何を語っていたのか、それが何なのか、キウはもう一度、イマエダさんと話がしたかった。


温かく、優しい笑顔で話しかけてくるイマエダさんの笑顔が浮かんだ。


それでも彼はもう何も語ってはくれない。



イットコはキウがすらすらと喋った事にとてもびっくりしていた。


「それだけ話せるのなら、よかった。おじいさんも喜んでいるさ」


イマエダさんの遺体はいつものような優しい笑みを浮かべていた。


キウはその顔を見ると笑顔になれた。笑顔になれたけど、一粒の涙が頬を伝った。



懐かしい思い出は過ぎ去ってしまう。


瞬間瞬間が過ぎてゆく。その事が今のキウにはとても悲しく感じられる。


懐かしの海辺に出て、キウはイマエダさんの話を聞き続けた砂浜に腰を下ろした。


いつかこの海の向こうからやってきた。


いろいろな事を忘れてしまう。いろいろな人が過ぎ去ってしまう。


ここにいれば、またイマエダさんが話しかけてくれそうだけど、彼はもういない。


時の流れ。出逢いと別れ。


ずっと西にある島 15.独夢

今日も何もない一日である。


毎日、領事館内をうろうろする日々が続く。


『僕はこんな所で何をしているのだろうか?』とキウは思う。


退屈な時間は教会に行き、カトレアさんの優しさに包まれる。

特に何をするわけではないが、教会の長いすに座り、カトレアさんの祈りを聞きながら、黙祷していると癒される。

そんな時間が最近のキウには良くある。


その日の午後、出かけていた統領のサパジが戻ってきて、部屋に呼ばれた。


「最近はどうだい?」

と、サパジはキウに聞く。


「サパジさん、僕はこの世界に居ついてしまったみたいです


領事館に来て、何日も過ぎた。キウはサパジにいろいろな話をした。


生まれた頃の話、友達のいなかった少年時代の話、ゲームの話、電化製品の一つ一つから、建物の一つ一つ、学校で学んだ事、それからいくつかの恋話まで。


キウは話しているうちに、懐かしい思い出に浸った。その思い出を思い出せば思い出すほど、自分の人生が最悪なものではない気がしてきた。


思い出は悪くない。少なくても僕の生きてきた人生だ。


懐かしさはふとキウの心を元気にさせる。今ある世界にない話をすると、変な優越感や人生の楽しみに触れている気がしてくる。


そして、ほんの少し過去の世界へと戻る道を考えていた。


「僕は過去へ戻るべきじゃないか」

とも、サパジに伝えた事もあった。


でも、戻る事はなかった。

キウは知っている。過去にはたくさんのいい思い出もあるが、それ以上多くの満たされない気持ちがあったという事を。


「僕はずっと孤独でした。どこにいる時もとても孤独です。それを満たしたいと思っていたら、ここへ来てしまったのかもしれません。誰かと心で繋がり合いたい。そんな思いがここに僕を運んだのかもしれません」

と、キウは今自分がフアーナ島に住んでいる理由を述べた。


サパジは言う。

「人と人の繋がりって何だろう?私においてはそれを最も大切にする。もっと強調するんだ」


キウはキウで考える。

「僕は柔和を考えて、大切にしている。

 生まれたままに大人になった。生まれたままに心を持った。

 僕は僕でありたいと、今日も心を持とうとしている。

 そして僕は僕の望む、とてもつたない夢物語を語っている」


サパジは言う。

「だとしたら、君は君という存在しか考えていないことになる。

 君の世界に落ち込めば、君は君しか持てないだろう?」


キウは答える。

「結局、僕はゲームの世界に逃げ込んで、生きていたのかもしれない。

 そこでなら、英雄にも、王子にもなれた。僕は擬似的に柔和で優しい英雄気取りになれた。

 現実の生活はたった一人の市民でしかないから、その事が虚しくて、かといって戦って人の上に立つような気なんてなかった。

 あの世界(日本)では誰だって英雄になりたいって思っているんだ。誰もが上を目指すように気合を入れられ、そういう回答を持っていないと否定される。僕はそんな意思を与えられようとしていた。

 どうやって生きてゆくんだ。どうやって金を稼ぐんだ。もっと人の上に立つために、もっと頑張れって。

 僕はそんな事は望んではいなかった。そんなプレッシャーを与えられるのがとても嫌だった。

 僕はありのまま、柔和で優しい生き方をしたかった」


サパジは頷く。

「人は生まれた環境そのままに左右される。

 私も望んで統領になったわけではないからね。

 誰もがうまく生きているわけではない。

 だから繋がるんだ。

 繋がり合い、話し合い、そうすれば君も私も、エルトやクリショバももっと自分に近い人間であることが理解できるはずさ。

 誰もそんな強い人間はいないってね」


キウはそんな事をサパジと話した。


自分が孤独だと思えば、どこまでも孤独になってしまうのかもしれない。


ありのまま、話せれば、少しずつ、人と繋がり合えるのかもしれない。


キウはそんな迷いの中で毎日を送っている。