新天地を求めたライコネン シトロエンC4WRC 隔週刊ラリーカーコレクションVol.15
フェラーリ・ドライバーとして2007年のワールドチャンピオンとなったキミ・ライコネン選手。
しかし、2009年からWRCにスポット参戦をはじめ、翌年にはF1から身を引いて新たな挑戦の場をWRCへと求めた。
F1ドライバーが、しかもチャンピオン獲得者がWRCに完全参戦するとあって注目度は高かった。
さらにはチャンピオンチームのシトロエンのワークスマシンにレッドブルがメイン・スポンサーとなったのだから期待の高さがうかがえる。
当時、ドルフィンはモータースポーツをあまり見ていない時期だった。自動車雑誌は買い物ついでに立ち読みする程度。それでもF1チャンピオンのWRC参戦は知っていたし「どこまでやれるのか?」という興味はあった。
F1チャンピオンのナイジェル・マンセル選手がCART参戦初年度にしてチャンピオンを奪取したのとは状況が違う。

隔週刊「ラリーカーコレクションVol.15」のixo製1/43ミニカーはライコネン選手のレッドブル・シトロエンC4WRC。WRC連覇中の王者、セバスチャン・ローブ選手と同じマシン、同じスポンサーだ。
ライコネン選手のマシンはシルバー部分が多い。このミニカーはとても綺麗に着色されている。
シート位置が市販車より後部に移されているので、サイドミラーの位置は左右で異なる。車内にはロールバーが張られて、ルーフにアンテナが2本立つ。
リアシート部にはスペアタイヤが乗せられている。スペアタイヤにもピレリのロゴがマーキングされているものの、ホイールにはロゴやセンターロックの墨入れは成されていない。
スタイルはS2000規定の後継機DS3WRCに比べておとなしい。
CM'Sラリーカーコレクションでローブ選手の2008年型レッドブル・シトロエンC4WRCのミニカーを持っていたが、やはり“ライコネン選手のマシン”というところが魅力的だったので書店取り寄せ。ようやく到着した次第。
2シーズン参戦して最高5位で、「存在感を見せつけた」とはとても言い難いがWRCを面白くしてくれたはずだ。
何かの雑誌には「WRCを経験したことでファンサービスが良くなった」とも書かれいた。自分で「アイスマン」と言うほど、そんなに愛想悪かったのだろうか?
ドルフィンも好きなジェームス・ハント選手のレプリカヘルメットを被ってモナコGPに出走したりと面白い選手だと思うのだが…??
桜とマシンとくまモンと ~NCCR葛城 全車総覧終了
苦しいシーズンこそ応援のし甲斐がある 片山右京タイレル023/ヤマハ 京商ティレル
片山右京選手がF1参戦3シーズン目で5ポイントを獲得し(旧ポント制※)、予選5番手獲得や決勝でも2番手走行するなど活躍した'94年。翌年のさらなる飛躍が期待された。
当然タイレル023/ヤマハは秀作だった前年マシン022の進化版として、右京選手の腕を充分に発揮できる車になってくれるものと思っていた。
だが現実は「あぁっと!右京がぁ、右京が止まっているゥゥゥゥゥッ!!」のアナウンサーの悲鳴がTVから聞こえてくるグランプリばかりだった。
(※)現在と同じポイント制なら右京選手は毎年ポイントを獲得していたことになる。しかし、制度は制度である。右京選手はGP通算5ポイントに変わりない。
右京選手はヨーロッパのフォーミュラ・ルノーで揉まれてきた経緯があり、今までの日本国内だけで闘ってきたドライバーと異なる―いわば第二世代の選手だった。ドルフィンと同世代ということもあり「自分たちの代表」のような親近感があった。
マシントラブルでリタイアが続けば、一層応援のし甲斐があった。強い選手、強いチームを応援するのは面白くない。
タイレル023はチームメイトのミカ・サロ選手の関係で携帯電話会社ノキアがメインとなり、右京選手の日本のタバコ屋や韓国航空等がスポンサーに名を連ね、“色味”のあるマシンとなった。
京商1/64「ティレルF1」ミニカーにラインナップされたタイレル023はサイドポンツーン側面にエアアウトレットがある仕様。日本&パシフィックGPの仕様とは異なっている。
リアウイングはドライバー識別の黄色が入っているだけ。日本ではフォンドメタルのロゴが入っていた。
日本GP仕様で作っていたら“後々”楽だろうが「また使い回しか」と言われないために敢えて違う仕様にしたのかもしれない。
自主規制で日本のタバコ銘柄は入っていないので、これはまたデカールを貼らねばなるまい。
背景は'94年・タイレル022時代のステッカー
このマシンでポイントを獲得したミカ・サロ選手のマシンでも不満ではなかったが、ミニカーを1台も持っていない右京選手のマシンを選び抜いた。最初に引き当てたので「ホッ」とした感じだった。
初めて持つ右京選手のミニカーだ。
ワイドトレッドでフロントサスが細く長い。京商「フェラーリF1」で同時期のマシンはフロントサスが組み立て中に折れてしまったことがあったが、近年発売される京商のF1ミニカーは「折れ防止」のためか(?)サスが太い作りになっている。
ハイドロサスになっているので、サスのアームが少々複雑に作られている。
リアウイング左右にある小型ウイングは「何か付いている」状態で、ほとんどウイング形状になっていない。
F1引退後も内外のレースで活躍してくれた右京選手。
昨年のスーパーGT鈴鹿1000㌔でのトークショーで久しぶりに“生”で姿を拝見した。登山や自転車の活動もされているが、やはり右京選手はサーキットにいて欲しい。
パシフィックGPイベントのF1ドライバーズバンドに参加した右京選手
右京選手が最も活躍した'94年のマシン・タイレル022が今回の京商ミニカーのラインナップから外されたのが解せない。
マクラーレンMP4/4やMP4/13が「マクラーレンF1」でラインナップされず「セナ・コレ」や「鈴鹿レジェンド」でミニカー化された前例をなぞるならば、「鈴鹿レジェンド・日本人ドライバー編」を展開し、その時にミニカー化させるつもりではないだろうか?
中嶋悟選手のマシンはすでに全車1/64になっているので、初回はコレでしょう。期待大。
佐藤琢磨選手のマシンもいくつかはビーズコレクションで出ているので金型はあるはず。
その時はドライバーフィギャも乗せて欲しいものだ。風流・桜と跳ね馬 NCCR葛城 フェラーリ軍団編
クラシックカーと欧州車によるラリーイベント・NCCR葛城には例年より台数が少なかったがフェラーリ・クラブ・オブ・ジャパンも参加。やはりスーパーカー軍団は華やかで盛り上がる。
フェラーリ・クラブの出走は最後の方だったので桜との撮影ポイント到着に間に合った。
しかし、雹から雨に変わり傘を片手にシャッターを切る事になってしまった。加えて寒さも厳しかった。
桜とスーパーカーの組み合わせは風流だ。
フェラーリF355ベルリネッタ
リトラクタブルライトを上げての走行はスーパーカーの醍醐味
フェラーリ512TR(1995年)
フェラーリF430スクーデリア(2009年)
フロントスポイラーやサイドスカートを取り付けている。
フェラーリ360スパイダー(2002年)
フェラーリ612スカリエッティ(2005年)
フェラーリF430スクーデリア(2009年)
フェラーリF430 F1ベルリネッタ(2008年)
フェラーリ612セッサンタ(2007年)
フェラーリ創立60周年記念車で世界限定60台。
タイレルの代名詞6輪・elfタイレルP34シェクター車「抜かれたい方を示せ」
タイレルと言えばelfタイレルP34/フォードのイメージが強い。史上稀な「6輪車」はミニカー、ラジコン、プラモのモデル系玩具を筆頭に様々な商品に使用されたので、認知度が非常に高いのだ。友人もP34のラジコンを持っていた。
当時のレーシングカーは「空気抵抗を少なくする」事に技術を注いでいた。フロントタイヤの空気抵抗を減少させ、小型4輪にする事で接地面積の確保をした。
'76年型P34の特徴は6輪だけではない。オープン・コクピットなのに“窓”があるのだ。これはフロントタイヤの様子を見るためのもの。
’76年F1inJapanで初めて見たタイレルP34 (赤矢印)
コンパクトカメラで撮影。“流し撮り”というものを知らなかったので、完全にブレブレ写真
F1inJAPAN決勝レース前にタイレルのエースドライバーであるジョディ・シェクター選手は、旧型のタイレル007を購入して参戦した星野一義選手に「抜かれたい方の手を上げて決めろ。安全に抜いてやる」(※)と言った。プライド高いF1ドライバーがレース後進国・日本のドライバーを甘く見ていたのだ。
ところが、大雨と地元の利を生かした星野選手はシェクター選手を抜いて一時3番手まで浮上。レース後、シェクター選手は自分の言葉を詫びる。素直に相手の実力を認められる器の大きな一面も見られる。さすがは後のワールドチャンピオン。
(※)池沢センセはこのエピソードを漫画『サーキットの狼』の中で流用。後々シェクター選手の言葉と混同されることになった。ドルフィンも実際にシェクター選手の言葉を聞いた訳ではないので参考文献から抜粋した。
背景にある「elf」ステッカーはドルフィンが持っている中で最も古いもので、'76年F1inJapanの時に「JAFブース」(だったと思う)でロータス77のステッカーとJAFMATEとセットでもらったもの
デビュー4戦目にして1‐2フィニッシュ。4輪以外のマシンの優勝は史上唯一。2位は2台で8回と、初年度は大活躍した。
翌シーズンには活躍したマシンの特徴をマネたマシンが登場するのが常なのだが、6輪車は現れなかった。他チームは4輪マシンに優位性を感じていたのだろう。
2年目にはグッドイヤーのタイヤ開発が遅れて前後のバランスが悪くなったそうだが、もし、いくつかのチームが同型6輪車を投入してきたなら、タイヤ開発はもっと進んでいたのかもしれない。
'84年スポーツカーフェスティバルではデパイユ車を高橋国光選手がドライブした
RBA製1/43ミニカーのタイレルP34ゼッケン「3」ジョディ・シェクター車を持っていたので、 京商1/64「ティレルF1ミニカー」ではゼッケン「4」のパトリック・デパイユ選手のマシンが欲しかった。
サイズが異なっても全く同じマシンよりゼッケン違いで「チーム完成!」としたかった。
デパイユ車狙いで行ったのだが、配置表とズレがあってシェクター車になってしまった。
'76年型タイレルP34はエンジン部が露出している。ミニカーでも樹脂成形ではあるが細密に作られている。特にエンジンやフロントサスペンションは色合いも含めてなかりリアルだ。
スポーツカーノーズ先端にある5本の棒も造形・着色されえいる。RBA製では1/43スケールであるのにもかかわらず省略されていたのだ。
“窓”はトミカのように銀色処理になっている。
実車のリアウイングは2枚の支柱で支えられているが、耐久性と造形の関係からかミニカーでは2枚の間は埋まっている。
「ティレルF1ミニカー」のタイトル写真に使用されているように、良い造形である。惜しむらくは着色に粗さが感じられる。
6輪マシンが走るところをもう一度見たいものだ。
来年5月に開催が予定されている鈴鹿サーキットのヒストリック・イベント(ファン感謝デーの時に開催が発表された)でタイレルP34を走らせて欲しいものだ。
コスプレ?リアル蓮花ちゃん参戦 NCCR葛城 高級外国車のゲストチーム編
例年9月開催だったNCCR葛城だが、今年は4月に開催。
各外国車ディーラーの協力もあって、ここ数年でゲストチームが増加。ゲストチーム間の順位争い(クラス別のようなもの)もあって盛り上がりを見せている。
フェラーリ458スパイダー チーム・フェラーリ大阪
スーパー耐久で活躍する井入宏之選手がゲストドライバー。
スタート前はオープンにしていたものの、直前の雨でクローズドに。ルーフの開閉を見ることができた。
NUTEC トヨタFT86 チームNUTEC
スーパー耐久で活躍する谷川達也選手がゲストドライバー。谷川選手の走りを見るのはJTCC以来。
車両はNUTEC Racingのデモカーらしい。
竹の内峠を走る86とアウトランダー
アウディR8 V10クーペ チームROSSO
三菱OUTLANDER PHEV チームOUTLANDER PHEV
アウディには『ROSSO』誌の西山編集長とROSSOガールが乗り込む。
葛城師のキャラクター蓮花ちゃん(2012年NCCR葛城にて)
ベントレー・ミュルサンヌ チーム・ベントレー大阪
ドライバーは全日本ジムカーナ・チャンピオンの川脇一晃選手。

レクサスCT200h チーム・レクサス大阪中央・豊中・東大阪・貝塚
レギュレーションへの「冒険者」タイレル019・中嶋車
BGMは矢萩渉さんの『冒険者』 で―
タイレル019/フォードは衝撃的なスタイリングだった。
ウイングカーが禁止されてダウンフォース獲得に苦労するF1各チームだった。その中にあってテール底が跳ねあがるディフューザーの進化に伴い、より多くのエアをマシン底部に送りこむためにノーズを持ち上げてしまったのがタイレル019だった。まさにレギュレーションへの冒険者である。
今やフォーミュラカーでは“当たり前”になっているハイノーズだが、初めて写真を見た時は「やっちまった感」がプンプン漂っていた。
ウイングカーであるスーパーフォーミュラのマシンでもハイノーズなのだから、進歩は止められない。
しかし、アンヘドラルウイングとハイノーズのスタイルはカッコ良かった。いや、ゴテゴテ感が無い素直なデザインなだけに今見てもカッコイイ。
○スマンズとのスポンサー交渉の名残らしいのだが’77年型タイレルP34同様、ホワイト&ブルーのカラーも爽やかで似合っていた。
1990年F1日本GPでの中嶋選手 ヘルメットにマールボ○マークが入っている
’90年はバブル景気真っただ中で、F1日本GPを前に大阪・梅田の広場にF1マシンが6台くらい展示される無料イベントがあった。
前年型マシンがほとんどだったが、新型であるタイレル019がやってきた。これも日本人ドライバー中嶋選手の人気故かもしれない。本番を前にタイレル019を間近で見られるとあってカメラを持ってでかけたものだ。
当時、F1放送の間に流れていた―矢作渉さんの『冒険者』をイメージソングとし、中嶋選手が自転車でヨーロッパの町を疾走する―エプソンのCMは、それまでのレース系あるいは精密機器系CMとは全く趣が異なっていて斬新でこれまたカッコ良かった。タイレル019と共通するものがある。
ONIX1/43ミニカータイレル019アレジ車とともに~1990年チームタイレル完成
チームメイトのジャン・アレジ選手がモナコGPで2位表彰台をGETしたが、中嶋選手はリタイア続きだった。斬新なスタイリングとは反面に戦績は『悲しき水中翼船』状態。
だが、イタリアGPと日本GPでの6位入賞は待望のポイント獲得だった。
特に日本GPでは中嶋選手と鈴木亜久里選手が走りとともにコース脇では日本国旗や応援の旗が振られ、旗の揺れがコースを周回していた。サーキットに詰めかけた観客が一体となったあの状態は、今思い出しても興奮する。
何年か前に1/43スケールのミニカーの019中嶋車が欲しくてオークション等を探したが、高額過ぎて手が出せなかった。辛うじてONIX製のアレジ車を入手することができた。
近年、レーヴコレクションから1/43スケールの中嶋車が発売されたが、あまりに高額過ぎるので手を出さなかった。
それ故、京商1/64ミニカー「ティレルF1」では中嶋選手のマシンを選んだ。
今回ラインナップされたマシンの中でも人気の一台であるはずなのだが、塗装の粗さが目立つ。一番特徴的なフロントウイングでさえ“バリ”っぽいのが付いている。
近年マシンに比べてカラーリングは単調なのだからキッチリ仕上げて欲しかった。ミニカーまで『悲しき―』になっては困る。
ノーズの先端はもっとシャープだと思うのだが、かなり丸い作りになっている。
F1ブーム最盛期のアツさが蘇ってくる1台だ。
桜と雹とスーパーカー NCCR葛城~桜の名所・竹の内街道で
クラシックカーと欧州車によるラリーイベント、NCCR葛城のHPに掲載されていたルートマップを見てると、羽曳野市・峰塚公園を折り返した後に竹の内街道を走る事を知った。
竹之内街道は日本最古の官道で、昨年1400年祭が行われた。現在は新道になっていて、街道沿いには桜の木が多くある名所でもある。
そこで「桜とクラシックカー&スーパーカー」を撮りたくて、事前に撮影ポイントを探しに行っていた。
全車スタートを見送った後に速攻で撮影ポイントに向かったのだが、折り返しが予想以上に早く、竹の内海道に入るまでに半数以上の参加車が対向で通りすぎてしまった。道に迷っている参加車も何台か見かけた(苦笑)。
慌てて幾つかあった撮影候補の中から一番近い場所で写真撮影する事にしたのだった。
いざ撮影を始めようとしたら、ご覧のように↓10~5㍉ほどの雹(ヒョウ)が降ってきた!
道を走る車やバイクがスリップするのではないかと冷や冷やした。
風も強く、傘を片手にカメラを持って苦戦(←不出来な写真の言い訳)。
BMW M6(2007年)
NCCRでアルファSZは見た事があったが、オープン仕様になるRZは初めて見た。
ロータス・フォード・コルチナ


ランチア・フラミニア(1963年)

ランチア・フルビアHF Sr.1ファナローネ(1969年)
ケン・アカバと闘ったピーターソンのタイレルP34―なのだが… 京商ティレルF1
村上もとか氏の漫画『赤いペガサス』のモナコGP編で、ケン・アカバとポール・ポジション争いをし、決勝でも激しいバトルを展開したのがロニー・ピーターソン選手のタイレルP34だった。
予選フロントロウをほぼ手中にしたピーターソン選手とブラバムのジョン・ワトソン選手。マシン温存していたが、モナコ攻略法を掴んだケンとSVEチームにポールを奪われてしまう。
決勝でもケンを激しく追い詰めるのだった。
『赤いペガサス』で最も好きなエピソードがモナコGPだ。ニューマシン・SV01改の投入やデザイナーのトム・カサハラとマスコット的存在のキャンディ・ウッドロングが登場する。モナコらしい華やかさがあり、それまでちょっと暗い部分があった『赤ペ』の転機になる話だ。
新チームであるが故に“経験データ”の不足をホンダの中村良夫氏に聞いて補うくだりは涙が出てしまう。
モナコGPを観戦に行ったら絶対に早起きして「サンドイッチ片手にコースを散歩する」と思っていたのだった。結局モナコに行く事は無かったが…。
京商1/64ミニカー「ティレルF1」の模型横からの写真を見ると、ラインナップされたタイレルP34 '77年型が2種類あった。エンジンまでフルカウリングされているはずの'77年型にエンジンが露出しているタイプがあったとは知らなかった。
実際にミニカーを引き当ててみると「あれ?」と違和感を感じた。付属カードを見て判明。'76年型を'77年カラーにしてモナコGPに出走したらしいのだ。
『赤いペガサス』でケンと闘ったマシンとは異なっていたのだ。
こんなレアなモデルこそシークレットにすべきではないか? その代わりに'80年代のCandyやベネトン・カラーのマシンを加えて欲しかった。
シークレットと言えば、'76年P34に「たいれる」を入れた仕様をシークレットにしたら2台もシークレットができて、日本GP仕様として人気があるから京商さん「ウハウハ」状態になっていたもを…。
もし、やられていたらドルフィンも血眼になっていたかもしれない。危ない危ない。
田宮模型本社にある'76年型タイレルP34
ファースト・ナショナル銀行がスポンサーに付いた白/青のカラーは、青一色よりも爽やかな感じがして好きだ。青一色は重たくて野暮ったい気がするのだ。






































































