'80年代二輪ワールドGPは胸高鳴る『世界グランプリがいちばん熱かった時代』
ブログ仲間のシーポンさんから最近発行されたムック『世界グランプリがいちばん熱かった時代』を頂いた。
'60年代後半から活躍したジャコモ・アゴスチーニ選手(ちなみに「チャンピオンバイク・コレクション」はディアゴスティーニ社なのでお間違いなく)、バリー・シーン選手から’87年のワイン・ガードナー選手まで網羅している。
ドルフィンとしてはケニー・ロバーツ選手からマイケル・ドゥーハン選手くらいまでもうちょっと時代を後ろにズラしてもらいたかったところがある。
バリー・シーン選手は主演した映画『ザ・ライダー』を観たのが始めで、フランコ・ウンチーニ選手は映画『ウイニングラン』で若きワイン・ガードナー選手に撥ねられるシーンや名前のインパクトが強烈だった。
「ザ・ライダー」は隣町の映画館までドルフィンがMVX250、友人がRZ350に乗って観に行った。
’80年代は映画『汚れた英雄』や漫画『バリバリ伝説』『ふたり鷹』『あいつとララバイ』『ペリカンロード』が公開されて空前のバイクブームだった。
子供の頃、実家の裏にバイク暴走族の溜まり場があったり、暴走族問題でFISCOが閉鎖寸前まで追い込まれていたので、バイクは好きではなかった。
ところが、高校卒業後に“足”として友人から50㏄バイクを借りてみると「こんなに面白い乗り物だったのか!」と目覚めてしまった。
彼が帰省している1週間、バイクを借りていたのだが、毎日バイクに乗るのが楽しかった。夜、寝る前は翌日にバイクに乗ることが楽しみで寝付けないほどだった。
2輪レースは高校の終わりにTBCロードレースのTV放送を偶然に観てしまい、その迫力に魅了されたのがきっかけだった。
バイクレースは転倒や接近戦などで4輪よりも迫力があった。
『世界グランプリがいちばん熱かった時代』のページをめくると日々バイクを楽しみ、ロードレースのTV放送やビデオを夢中になっていた胸の高鳴りが蘇ってくる。
土曜日、日曜日と鈴鹿サーキットでモータースポーツのヒストリックイベント「SUZUKA Sound of ENGINE2015」が開催される。
ゲストは2輪レースの神的存在(ドルフィン内で)ケニー・ロバーツ氏とエディー・ローソン氏、ケビン・シュワンツ氏なのだから行くしかない!
爽やかで美しいアースカラー/ホンダRA108 ファン感謝デー~伝説の物語12
前年のマシン全体が「宇宙に浮かぶ地球」―というアースカラーから一転、白いボディにラインと丸、earth dreamsのロゴの中に地球が描かれる新アースカラーに変貌したホンダRA108。
RA107のアースカラーの方が直接的でデザイン的にも美しく好きだった。
だが、見慣れいくとRA108のアースカラーには爽やかさがあった。
Honda RA108 2008年
ミニチャンプス1/43ミニカーはジェンソン・バトン車を購入。
“やっちまった感”のある奇妙奇天烈なエアロパーツ類が再現されていて、デカール貼りとともに「作るのが大変だっただろうな」と感じる。
RA107とともに成績はどうあれ手元に置いておきたい美しいカラーリングのミニカーだ。
2009年大阪オートメッセのNGKブースにアースカラーのホンダF1が展示されていた。
「やった! 実車を見られた」と喜んだものの、ミニカーと見比べてみると何か違う。どうやら新アースカラーを施した旧型のようだった。鈴鹿サーキットに常時展示されているBAR時代のマシンを新アースカラーにした車体とは異なる。
今年の鈴鹿サーキット ファン感謝デーのHonda F1展示 ~伝説の物語~でようやくRA108の実車を見ることができた。
加えて大阪オートメッセで撮影した写真は記録媒体に保存する前にパソコンのハードディスクが破損。残っているのはブログに掲載した写真のみになっていた。
今回、デジタル撮影し保存できて良かった。
エアロパーツのゴテゴテ感がハンパじゃない。
かつてXウイング付けたりチョンマゲウイング付けたりしたマシンがあったが、そこまでしてもどうにもならなかったのと同じだ。
「リーマンショックによる財政悪化」を理由に突然F1から撤退を表明。立つ鳥跡を濁しっぱなしでFIAから大ひんしゅくを買ったホンダ。そのため新アースドリーム使用を禁じられたという話も聞く。後になって「新アースカラーのステッカーを買っておけばよかった…」と悔しい思いをした。
第四期F1参戦を開始したホンダ。苦しい成績ではあるが前回のような幕の引き方はしてほしくないものだ。
勝てるエンジンとなってF1を盛り上げてから時期を表明して休止するくらいの事を望んでいる。
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「ナイトライダー」DVDを観た!
友人から「ナイトライダー」のDVDを借りた。
'80年代の本放送当時、一大ブームを築いた車好きアメリカのドラマだ。
TVシリーズ放送に先駆けて『日曜洋画劇場』で放送された『誕生編』を見落としてしまったため、DVDで初めてマイケル・ナイト誕生エピソードを知ることができた。
他にも悪のナイト2000K.A.R.R.の登場するエピソードも見逃していたので、今回初めてK.A.R.R.を見た。
するとK.A.R.R.の車体はナイト2000K.I.T.T.と同じ全黒で、キャラウイールのミニカーで持っていたK.A.R.R.と色が異なるではないか。「何故?」と思い調べてみると、K.A.R.R.はもう1回登場していて、その後半に車体下部がシルバーのツートーンになると判明した。
- ナイトライダー シーズン 1 バリューパック [DVD]/ジェネオン・ユニバーサル
- ¥5,122
- Amazon.co.jp

大阪・日本橋で目撃したナイト2000のレプリカ カッチョエエ~!
DVDの日本語吹き替えはTVと同じ。昔、よく佐々木功さんの声を真似て「キット、ジャンプだ!」とかやっていた。
TV放送がスタートした時、エイプリルが最初のナイト2000メカニック担当だったのだが、DVDでは後から出てきたボニーが第1シーズンから出ていた。エイプリルの吹き替えをしていた潘恵子さんの声が好きだったので楽しみだったのになぁ。
追悼 元レーシングドライバー松本恵二氏
昨晩、ネットニュースで知った。
元レーシングドライバーの松本恵二氏が17日に亡くなっていた。
F2とGCという全日本の2大カテゴリーでタイトルを獲得した。
星野一義選手、萩原光選手と組んだ'85年WECinJAPANで優勝。
松本氏と言えば、キャビンスピリットのキャラクター。日本のタバコ会社が「キャビン・レーシング」と銘打ってモータースポーツのスポンサードを展開した。
日本人離れした顔だちとスリムで長身のスタイルがカッコ良かった。
ドルフィンが初めて鈴鹿サーキットでF2レースを観戦した'83年JPSトロフィーレースで星野一義選手、中嶋悟選手、高橋徹選手を抑えて優勝した。
その年秋に開催されるJAFGPの練習日に初めてサインを頂いた。
松本恵二に初めてサインを頂いた色紙
現役引退後、童夢が開発してきたF1マシンをドライブ。「アル中にならんで良かった」と述べた感想が印象的だった。
松本選手もドライブした童夢F1 '95年東京モーターショーで
F1も来ず、日本のレースが全てだった時代、レースを面白くしてくれた松本選手。
松本恵二氏のご冥福をお祈りします。
京商1/64では無かったMINI WRCワークス マジョレット
約50年ぶりにMINIとして世界ラリー選手権に復帰したミニ・ジョン・クーパー ワークスWRC。
BMW傘下となって発売された背の高くて大きな“ミニ”のカントリーマンをベースに、イギリスのレーシングカーコンストラクターのプロドライブが車両製作した。
ワークス活動は早々に切り上げてしまい、プライベーターへのマシン提供する形で茶を濁した。
2014年の大阪オートメッセで見たMINI WRCのレプリカ
京商1/64ミニカー「BMW&MINI ミニカーコレクション」ではラインナップに加わらなかったWRC仕様車
だが、ラリーカーを多くライナップに加えてくれているマジョレットで登場した。
大手スーパーの菓子売り場で発見し「WRCのロゴもデカデカと入っている事だし買っておこう」と、マジョレット1個を手にとって混雑するレジに向かった。
チェックのカラーが細かく、ボンネットのエアアウトレットのスリットもデカールではなく塗料の厚みで凹凸が表現されている。
ノーズとテールにMINIのロゴが入りエキパイも銀着色。
リアウイングとボディの間は埋まっているものの形状は良く再現されている。菓子付き玩具でありながら、マジョレットなかなかやるな。
「大柄になったMINIのラリー車はどうか…?」と思っていたが、2014年の大阪オートメッセでレプリカ車を見たら意外に格好良かった。
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「ありがとう中嶋悟」タイレル020/ホンダ ファン感謝デー~伝説の物語11
フォードの市販エンジンでも速かったタイレル019にホンダV10が乗れば「優勝も手が届く」―誰もがそう思った。
1991年のF1開幕戦でタイレル020/ホンダで5位入賞した中嶋選手。「表彰台は確実」メディアの煽りにファンの期待は高まった。
―が、中嶋選手の入賞はそれが最後になってしまった。
日本にF1ブームをもたらした中嶋悟選手のラストランとなった日本GPでは「ありがとう中嶋悟」が横断幕や応援旗に書かれサーキットを埋め尽くした。
その後「ありがとう○○」は「ありがとう岡山」とか「ありがとう鈴鹿」とかにも使用される“合言葉”となってしまった。
地元表彰台に期待がかかった日本GPはS字でドン。それは日本のF1ブームが頂点を過ぎた事を知らせる音だったのかもしれない。
当時のメディアが報じた内容ではタイレル020は「チームから中嶋選手個人にプレゼントされた」らしい(―という設定か?)。
シーズン終了後に鈴鹿ファン感謝デーで行われた中嶋悟引退式。この時にタイレル020を走らせたのを最後にマシンは走行していないのではないだろうか?
近年になってホンダコレクションホール外での展示に出て来るようにはなった。デモランされてもよさそうなものだが、走らせていないところをみると走行可能状態ではないのかもしれない。
日本人にとってタイレル020は、2位入賞したモデナ選手よりも中嶋悟選手のイメージしかない。
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古書散歩の後、「珈琲豆の蔵 平蔵」で山口農園コーヒー その麻袋が…
「じないまち古書散歩」巡りが終わった後、珈琲豆の蔵 平蔵さんで一息ついた。
雨が降ったり止んだりしたうえに夕方だったので温かいコーヒーを体が要求していた。
珍しい上に人気があるのですぐに無くなってしまうというブラジル「山口農園」の豆があるというので、初めて飲んでみた。
鼻から抜ける香り、喉越しやコク、舌に残る酸味のトータルバランスが高い! マルチに強い戦隊ヒーローのレッドのようだ(笑)。
平蔵さんのコーヒーで“コーヒーが飲めるようになった”嫁はんからすると「強すぎる」らしい。
今まで店内にディスプレイされていた豆袋しか見たことが無かったが、ようやく飲むことができた。
その「山口農園」の珈琲豆が入っていた麻袋は、ソラハナ堂さんの手によって―
こんなステキなバッグになっていました。
“漢字”表記の珈琲豆袋は珍しいのだそうだ。
めっちゃオシャレ~♪
マチャアキも出走 クラシックカー・ラリー「ラ・フェスタ・プリマヴェラ」
東海~近畿に春を告げる国際格式のクラシックカー・ラリー「ラ・フェスタ・プリマヴェラ」。
秋に東京周辺で開催される「ラ・フェスタ・ミッレミリア」とともに大会の“顔”になっているのがタレントの堺正章さん(マチャアキ)だ。
今大会も1957年製MASERATI 200 SIでラリーを走破。
やはり沿道やチェックポイントにはマチャアキ見たさに集まる方が多い。
ザ・スパイダース時代はドルフィンの叔父叔母世代になってしまう。ドルフィンの子供の頃には既にソロ歌手であり、コントやドラマに出演していた。
『マチャアキ!するぞー びっくり大喜劇』は、地元の町にやってきた唯一の全国ネット舞台バラエティ番組だった。
『時間ですよ』から『西遊記』という今でも有名なドラマに出演。
そしてミスターかくし芸。『チューボーですよ!』や『世界一受けたい授業』などの司会行い、1960年代から常にトップタレントとして活躍してきているので、ほぼ全世代で知名度が高い。
チェックポイントの奈良ホテルで昨年の写真にサインを頂いた
スタート準備に足早に通り過ぎるところ、写真をお見せしたところ歩を止めてサインに応じて下さった。
ファンサービスも欠かさないところがトップタレントとしての所以なのだろう。
ありがとうございました。
マセラッティは一昨年の大会でもドライブしていた。
ロングノーズにタイヤハウス上の膨らみが時代を象徴しているカッコイイマシン。
MERCEDES BENZ 190 SL 1956年
長谷寺
AC ACE 1957
長谷寺
ゼッケン「45」ってエントリーリストにもリザルトにも掲載されていないのだが??
鹿先輩と桜
奈良ホテル
長谷寺
PORSCHE 356 A 1958年
長谷寺
ALFA ROMEO GIULIETTA SS 1958
長谷寺
LENHAM GTO 1959年
長谷寺
FIAT ABARTH 850 SS RECORD MONZA 1960年
奈良ホテル
PORSCHE 356 B SUPER 90 KARMANN BODY 1961年
長谷寺
PORSCHE 356 CABRIOLET SC 1964年
長谷寺
ALFA ROMEO GIULIA SPIDER 1964年
大会3日目に出走車両全車総覧、これにて終了!
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佐藤琢磨選手が3位入賞したBAR006ホンダ ファン感謝デー~伝説の物語10
鈴鹿サーキット・ファン感謝デーに展示されたホンダのF1マシンたち。
“常勝”と呼ばれる時代のものもあれば、見るのも辛いシーズンのマシンもあった。
今年、2015年のF1に復帰したホンダも後者になってしまうのだろうか?
開発途中のホンダのパワーユニットに、昨年は最強エンジンを搭載しても冴えなかったマクラーレンのシャシー。このマシンをドライブしているのがワールドチャンピオン2人なのだからもったいない。ここまでグダグダのマシンになると、ワールドチャンピオンのテクニックだけではどうにもならないだろう。開発上手のドライバーにしておいた方が良かったのではないかと思う。
2004年のF1アメリカGPで、日本人ドライバーとしては2人目の3位表初代を獲得した佐藤琢磨選手。
海外サーキットでの表彰台獲得は未だに日本人唯一の記録だ。
表彰台はおろか、優勝すら手に届きそうなシーズンだった―らしいのだが、ドルフィンはあまりレースを観ていなかった時代なので、そこまで期待と悲観の繰り返しはしていなかった。
この近年のマシンはカラーリングとスタイルが似ているので、ぱっと見て区別がつかない。
「このマシンは琢磨選手が3位になったマシンだったか? バトン選手が優勝したマシンだったかな?」という感じなのだ。
ミニチャンプス1/43ミニカー、B.A.R HONDA006 日本GP仕様。
BAR006は日本GPでは惜しくも4位だが、アメリカGPでは3位表彰台を獲得。琢磨選手のF1キャリアの中で一番好成績を挙げたマシンとなった。
2013年のスーパーフォーミュラ最終戦に佐藤琢磨選手がスポット参戦した際にサインを入れて頂いた。
2000年からのF1復帰を目指して開発されたホンダオリジナルのテストカー。
映画『RUSH』にもジェームス・ハント選手が所属したヘスケス・チームのデザイナーとして登場するハーベイ・ポスルスウェイト氏のデザインで、ダラーラが製作した。
ポスルスウェイト氏はヘスケス以降、数々のF1チームで優勝マシンを作り上げた。タイレルのハイノーズ+アンヘドラルウイングの開発は有名なところ。
17歳F1ドライバーとして注目を浴びているマックス・フェルスタッペン選手のパパ、ヨス・フェルスタッペン選手がテストドライブを務めていた。
結局はオールホンダでの復帰ではなく、B.A.R.へのエンジンサプライヤーとして復帰するのだった。
目覚めてしまった― パティスリー・モリタのマカロン
友人から四条畷市にある パティスリー・モリタのマカロンを頂いた。
左奥から柚子、珈琲。左手前から紅茶、ピスタチオ
「マカロンって可愛いけど、美味しいとは思わないな…」と思っていたのだが、モリタのマカロンを食べてその考えが変わった。
粉っぽくなく、フレーバーの香りが活きている。
一口して「うわっ! ウマッ!!」っと声を上げてしまった。
かつて食べたマカロンもそこそこ有名なお店のものだったのだが…。それだけに「マカロンってこの程度のもの」という意識が芽生えてしまった。
友人から頂いたのは今回が2度目。嫁はんはもちろんのこと、初回でマカロンに目覚めてしまったドルフィンなので、この店のマカロンを頂けて非常に嬉しい。




























