ブラックからグリーンへ チャンピオンチームとしてのマルティーニ・ロータス79
1978年のF1ドライバー&コンストラクターのWタイトルを獲ったチーム・ロータス。
強いチームにはスポンサーが集まる―ナショナル・カラーのモスグリーンに覆われたマシンのボディには、マルティーニ、エセックス、チソット等、そうそうたるロゴで埋め尽くされた。
前年までのブラック&ゴールドが格好良かっただけに、オールドファンが胸躍らせるモスグリーンはドルフィンにとっては地味なものでしかなかった。
RBA1/43ミニカーのマルティーニ・ロータス79 カルロス・ロイテマン車。
ドルフィンが一番最初に手に入れたロータス79のミニカーだ。バレンタインで嫁はんからもらったマルティーニと合わせてみた。
2006年にレンタルBOXで発見し、即決購入した。まだミニカーを集め始めた頃で、1/43ミニカーも片手ほどしか持っていなかった。
一番好きなレーシングカーのミニカーを手に入れたとあって、あの時の興奮は未だに忘れられない。あれほどのミニカー購入への興奮は今後無いかもしれない。
ミニカーはコクピットやサスペンション、ウイング形状底面等、比較的細かく作り込まれている。だが、よく見るとマルティーニやエセックス石油のプリント部にオフセット印刷の"網"が出てしまっているところがミニチャンプスと異なる。
ドライバーのカルロス・ロイテマン選手は「アルゼンチンの鷹」と呼ばれていた。F1デビュー戦でポール・ポジションを獲得した4人のドライバーのひとりだ。
ブラバムからフェラーリ→ロータス→ウイリアムズと、タイトルを獲得したトップチームへ次々移籍。だが王座につくことは無かった。
ウイリアムズ在籍の1981年には最終戦で若きネルソン・ピケット選手に逆転され僅か1ポイント差でタイトルを逃した。
この時は「1ポント差で。しかも最終戦で逆転して決まるなんてマンガみたいだ」と思ったが、後にラウダvsプロストが「0.5ポイント差」で決まることになろうとは…。
試写会の帰り「旨焼きと豚しゃぶ『ぜひ』」で小飲み会
映画『味園ユニバース』大阪特別試写会の会場が京橋・大阪ビジネスパークだったので、友人行きつけの店「旨焼きと豚しゃぶ ぜひ」で小飲み会をした。
ここへは3度目。1年ぶりくらいだ。料理が美味しいので誘われて断る理由がない。
突き出し
右の器にはノレソレ
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レーシングシーンには欠かせない「マルティーニ」をバレンタインに
土曜日はバレンタインデー。
嫁はんとチョコレート売り場に行って「面白いものは無いか」と探していて発見したのが―
マルティーニと言えばイタリアの酒造メーカーで、昔からレースのスポンサーをしている。
時代時代にスポンサードするチームは異なるが、赤と青と黒の「マルティーニ・ストライプ」のカラーリングはモータースポーツを牽引してきた。
デパートの酒売り場でもマルティーニのロゴが入った酒を見る機会は無かったが、ドン・キホーテで売られていたのを見たのが最初だった(笑)。
今回もドルフィンの好きなスパークリングで、ロゴが入った瓶だったので、今年のバレンタインはコレにしてもらった。
中身は飲むが、瓶は撮っておいてミニカー撮影の背景にするつもりだ。
どんな味なのか楽しみだ。
14日公開「味園ユニバース」大阪特別試写会に行ってきた
2月14日から全国公開される映画『味園ユニバース』の試写会に当選して観に行って来た。
観たがっていた嫁はんが体調不良だったので、友人を誘って出かけた。
大阪が舞台になっているので特別試写会が行われたのだ。ドルフィンはこの作品にはエキストラに参加していない。
出演者の挨拶は無いが、大阪芸大出身の山下敦弘監督が挨拶に来られた。
監督が話していたようにベタな大阪風景は出てこない。「あぁ、あの辺りかな」っぽい町の風景が出てくる。
映画のタイトルになっている「味園ユニバース」は大阪・千日前にある“食のデパート”「味園」の地下にある貸しホール。昔はグランドキャバレーだったような記憶がある。
近年、味園ビル自体に個性的なバーやサブカルチャー的店が入ってきてTVで紹介されるなどして名前を聞くようになった。
主演する関ジャニ∞の渋谷すばるサンが、和田アキ子サンの「古い日記」(あの頃は ハッ!―の曲ね)をアカペラで歌うシーンが印象的。自分のキーで歌う時は上手なのだが、他の曲をオリジナルキーで歌う時は高音域が苦しそうだった。
バンド・赤犬とポチオ(渋谷すばる)が出会うのが「恵美須町夏祭り」。
恵美須町は西の秋葉原化している地域で、山下監督曰く「でんでんタウン付近」なのだそうだ。かつては秋葉原同様、電気の町だった。久しぶりに「でんでんタウン」という言葉を聞いた。
流血するバイオレンスなシーンが結構ある。ドルフィンは流血シーンは苦手だ。冒頭すぐにポチオが記憶を失う原因のシーンでは「頭蓋骨骨折しやしないか」と、ストーリーが進んでもずっと心配だった。
豆腐屋のシーンで蝶々がグッジョブ。平和で穏やかな雰囲気を醸し出している。このカットが撮れた時に監督は拳を握ったに違いない。
赤犬メンバーと音楽を作っていくシーンは見ていて楽しい。
オリジナル曲を含め、'80年代歌謡曲を多く歌っているのだが、ドラマやバイオレンスシーンで「音楽が多い作品」とは感じなかった。
エロいシーンは無く、二階堂ふみサン演じるカスミがポチオに対するビミョ~な気持ちを表現していて、そこが作品全体の空気を作っている。
試写会に行かなければ出会わなかった映画だった。
バレンタインが近づいて トミカのチョコレートを発見
バレンタインデーが近づいて、デパートのチョコレート売り場も活気づいていた。
そこで発見したのがトミカのチョコレート。
平面に車の形が形成されているのではなく、本物のトミカ同様に立体形成されているのだ。
フェアレディZ、スバル・インプレッサ、トヨタ・プリウス、ホンダN-ONEやバス等と全6種類。しかも台座付きだ!(笑)
ちょっと欲しい。
他にも琴線に触れたのが―
ストーム・トルーパーはホワイトチョコで、ベーダーはビターなチョコで立体成型されているところが気が効いている。
ところで、ニュースで「札幌雪まつり」の映像を見たのだが、雪像で白いベーダーはちょっと違和感があった。
うわっ! めっちゃ欲しい!
だが冷静に考えると、置き場所を結構とるんだよなぁ。
―という訳で、嫁はんがバレンタインに買ってくれたのは…??
星野選手のシルビア・スーパーシルエット 日産ヘリテージコレクションとミニカー33
日産ヘリテージコレクションとミニカー33
エブロ1/43シルビア・ターボ・シルエット前期型。
スカイライン・ターボ・シルエットが速攻で市場から姿を消したため、シルビアは発売されてすぐに購入した。が、売り切れることはなかった。
後期型はトミカリミテッド・ビンテージNEOで1/64スケールが出たら入手しようと思っていたが、スカイライン、ブルーバードと出てシルビアが発売されなかった。
まだ待ってます!
シルビア スーパーシルエット後期型 1983年
4代目シルビア(S12型)は、リトラクタブル式のヘッドライトを採用した斬新なスタイルで1983年に発売。
スーパーシルエットも市販車に合わせてフロントカウルを変更した。
星野一義選手がドライブしたシルビア・シルエットはパイプルレームのシャシーに最高出力570馬力以上にパワーアップされた直列4気筒DOHCターボ、2082ccのLZ20B型をその美しいシルエットの中に秘めていた。
シルビア・シルエットの後期型はレースしている姿を見る機会が無く、名古屋モーターショーでの展示でしか目にしていない。
しかも展示スペースの関係上、横に回り込む事が出来ず正面からしか写真撮影できなかった。
今回、ヘリテージコレクションでしっかり見ることができ、デジタルで写真が撮れて嬉しい。
シルビア・シルエットのコクピット
かなり荒い作りになっている車内。
現在でもNISMOフェスティバル等でサーキットを疾走している。
再びこのコクピットに星野選手が収まる姿を見たい。
リトラクタブル・ライトのシルビアFISCOの顔を持った後期型は、エアロパーツも洗練されている。
シルビアターボは日産ターボ軍団の中で最も長い'81年から'84年の4年にわたりスーパーシルエットレースに参戦。その間、ドライバー、カラーリングともに変更されることはなく、ファンへの印象も強かった。
タミヤ・マスターワークコレクションの「ロータス79」にデカールを貼ってみた
ドルフィンが一番好きなレーシングカー、JPSロータス79/フォード。
タミヤ・マスターワークコレクションの1/20で ロータス79ドイツGP仕様を入手したのは2011年の春だった。
田宮模型から発売されているプラモデルをプロのモデラーさんがオプション部品であるエッチングパーツも使用して組み立て&塗装したモデル その出来栄えは目を奪われるほどの美しさだ。
ただ一つ、JPSロゴが入っていないところに不満があり、好きなマシンながらいま一つ思い込めずにいた。メインスポンサーのロゴが入ってこそ完全なミニカーだ(タバコ広告が禁止されていたドイツGP仕様として売られていた)。
デカール貼りは未経験だったが、1/64ミニカーから1/43ミニカーへと少しずつスケールを上げて経験値を上げてきた。この日のために。

2,310円もするデカールを購入。いつも思うのだがデカールって高い。
しかも、このシートの中から使用するのは僅かにJPSとグッドイヤーのロゴだけだ。
雑誌等で資料を持っていないので、パソコンを横に置いて検索した画像でロゴ位置を確認する。
スケールが大きいとデカールも大きくなるので、貼った後に空気を抜くのが難しい。
更には乾くと軟化剤の跡が残ってしまうので、湿らせた綿棒で拭きとらなくてはならない。
マスターワークコレクションとして最初から貼られていたデカールはなんと綺麗な仕上がりだったのだろうと改めて感じる。
このモデルは購入後、一度も素手で触ったことが無い。
デカールを貼る時も作業用薄ゴム手袋をはめて行った。
できた!
「芸術的な完成度のマスターワークコレクションにシロウトの手を入れても良いか?」と悩んだ。もしかしたら数年経ったら剥がれて来るかも知れない。
それでもJPSロゴが入るとカッコイイ!! これで思い入れも強くなるというもの。
細部まで作り込まれたモデル。
コクピット内にはシャシーNoが入るプレートやシフト&スタビライザーのレバー、ステアリングにはMoMoのロゴまで入っている。
リアウイング後ろのロゴも忘れずに。
恐らくカウリングを外してエンジンやシャシーを外せるはずだが、壊してはいけないので外すつもりはない。車体のJPSロゴもカウリングのつなぎ目をまたいでいる。

TSM 1/8 マリオ・アンドレッティ選手のヘルメットと
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JGTCチャンプを争ったNISMO R34GT-R 日産ヘリテージコレクションとミニカー32
日産ヘリテージコレクションとミニカー32
京商1/64「スカイライン&GT-R」ミニカーのザナヴィNISMO GT-R。
かつてビーズコレクションとして発売していた金型・プリント版を流用したレーシングモデル。
NISMOの"ハケで塗った"ような細かいカラーリングデザインが見事。 ビーコレのようにタイヤへのロゴプリントこそ無いが、ライトの黒塗り部と電球部の色分けや「GT-R」エンブレムはしっかりと作られている。サイドスカートの細かいロゴはデカールでDTMアルファ155のようにキッチリ"潰れず"に表現されている。
2002年のJGTC・GT500クラスに参戦した本山哲/ミハエル・クルム組のマシン。
R32時代から勝利に貢献してきたRB26DETTエンジンが新世代のVQ30DETTエンジンへと移行する節目のシーズンだった。
最終戦までチャンピオン争いをするが惜しくも逃す。
スカイラインR34GT-R #23ザナヴィ JGTCチャンピオン 2003年
本山 哲/ミハエル・クルム組のドライブよって2003年JGTCドライバーとチームの両チャンピオンをもたらした。R34型GT-Rの高い戦闘力と信頼性を物語る結果だった。
翌年からR34型GT-Rから復活を果たしたフェアレディZへとバトンが渡された。
スカイライン GT-R JGTC 2002年
10代目スカイラインR34型は1998年5月にデビュー。R34「GT-R」は翌1999年1月に発売さた。
全日本GT選手権やスーパー耐久シリーズなどでは多くのR34型GT-Rが参戦し、シリーズチャンピオンを獲得した。
展示車はNISMOが2002年シーズン前の記者発表で使用したJGTC 用、影山正美/E・コマス組のカストロール・ピットワークチームの展示用モデル。
ルパン三世DVDコレクション ~'70年代前半の怪しげな匂い
先週くらいから本屋に並びはじめた「ルパン三世 DVDコレクション」創刊号。
創刊号には“袋綴じ”で「ルパン三世 隠された事実トリビア100」が掲載されている。
昔、テレビマガジンで「仮面ライダーのひみつ」とか「マジンガーZのひみつ」が100項目くらいで特集されていて、隅々まで読んだ記憶が蘇る。
現在、サンテレビで「ルパン三世」の第2シリーズが放送されている。何度も再放送されているが初めて前話見続けている。
そこで発見したのが映画『カリオストロの城』でルパンの愛車となっているフィアット500の初登場は第77話だった。
これは「トリビア100」や「ウィキペディア」にも載っていない。
創刊号には1~4話が収録されている。
本放送当時の子供のころから「ルパン三世」は見ていた。「今日、ルパン見なきゃ」なんて言おうものなら、周囲から「エッチ! エッチ!」と避難の声が上がったものだ。
もちろんこの「H」は「HERO」ではなく「HENTAI」の頭文字のことである。
学生時代に初期シリーズが初めてVHSレンタルビデオ化された。
先輩がレンタルしてきたビデオを狭い四畳半に数人押し詰めて観賞したものだ。
主題歌で「ル、ル、ル、ルパン♪」の後にあいの手で「あほや~!」と叫んでいる!―と先輩が笑いだした。
創刊号に収録されているようなアニメ第一期の初期は'70年代前半のエログロというのか、ダークな匂いを漂わせているところが面白い。
ムックの記事を見ると車の描写が非常に細かい。そのリアリティはF1アニメの『アローエンブレム グランプリの鷹』以上だ。まだスポンサーへのしがらみが無い時代だったのも良かったのかも。
購入するのは創刊号だけにするつもりだが、見始めると次も欲しくなっちゃうんだなぁ。
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GT1世界選手権チャンピオンを獲ったGT-R 日産ヘリテージコレクションとミニカー31
日産ヘリテージコレクションとミニカー31
エブロ/43ミニカー、日産GT-R 2007。
市販車でもミニカーでも色々なボディ色のGT-Rを見るが、このガンメタリックが一番似合っている。
クロームメッキ調のホイールや金のブレーキキャリパーが足元を固める。
ボディ形状も忠実に再現しているのだろう、角度を変えると光の当たり具合も変わってボディ形状が意外に複雑になっている事が分かる。
JRM Racing GT‐R 2011 FIAGT1世界選手権チャンピオン 2011年
JRM RacingからFIA GT1世界選手権に参戦。ミハエル・クルム/ルーカス・ルアー組が4勝を挙げてチャンピオンを獲得した。
GT1レギュレーションのシリーズは2011年で終了となった。
1992年、2000ccのエンジンを搭載した4ドアセダンによるツーリングカー・レースが各国でブームとなった。
イギリスではBTCC(英国ツーリングカー選手権)が大人気となり、当時イギリスでも生産されていた初代プリメーラが参戦。2代目モデル(P11型)も継続参戦した。
1999年の同選手権で全26戦中13勝をマーク。製造メーカー部門、ドライバー部門、チーム部門など4冠を征したチャンピオンマシン。
ニッサンNP35 1992年JSPCシリーズ最終戦出場車 1992年
Gr.Cカーは1993年からターボ禁止となった。ニッサンは自然吸気V型12気筒DOHC・3,499ccで630馬力を発生するVRT35型エンジンを開発。ニッサンNP35に搭載した。
しかしGr.C時代は終焉を迎え、実戦投入は1992年に開催された国内レース1戦(総合10位、Cクラス4位入賞)のみとなった。
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