丸亀製麺 ボニューミーだった「豚マリネぶっかけ」
丸亀製麺の期間限定メニューの豚マリネぶっかけうどん(並)を食べた。
前回のイクラの時はイクラの量がチョッピリで不満感に包まれたものだった。
それに懲りたわけではない。元来、讃岐うどんが好きなのでTVの新CMを見て「食べてみよう!」という気になったのだ。
ぶっかけうどんの上にキャベツとタマネギのマリネ、大根おろし、そして豚肉冷しゃぶがドンと乗る。甘めのまよねーずを添えてパラリと一味が振られれて完成。
イクラの時と違って見た目でガッカリすることは無い。
マリネとオロシだけでも十分うどんが堪能できるのだが、さらに豚しゃぶが乗るのだから充分な満足感。
豚肉も一旦シャブっているので脂で胃もたれすることもない。
コレは「大」でもイケてしまいそうだ。
また食べに行きたい。
黄色と緑は勇者の印 シューマッハのベネトンB193 鈴鹿を走る

1993年にミハエル・シューマッハ選手とリカルド・パトレーゼ選手がドライブしたベネトンB193。
SUZUKA Sound of ENGINE2015で鈴鹿サーキットを走ったのはB193Aと紹介されている。開幕2戦を戦った。ブラジルGPではシューマッハ選手が3位表彰台を獲得している。
正確に言えば“初めて”鈴鹿を走ることになる。

前年よりキ○メルがメインスポンサーとなったため、キャ○ル・イエローとベネトンのグリーンのカラーリングとなった。原色数色がマシンを彩っていたベネトンらしい美しいカラーリングが無くなってしまった。
黄と緑は色相環チャート(色の変化を見る輪)でも隣り合わせの近い色合い。全然目立たない。美しいカラーリングを誇っていたベネトンがよくこんなカラーリングにしたものだ。―と、当時はベネトン・ファンとしてガッカリしたものだ。
なのでこのカラーリング時代のマシンのミニカーは持っていない。

レースの雰囲気が出ている
SUZUKA Sound of ENGINE2015で鈴鹿にやってきたB193Aは、ラクダマークこそ残すもののタバコ屋のロゴ文字は取り除いている。
リアウイングの前に小型のウイングが取り付けてある仕様。
ヒストリック・レーシングカーは使用していたタイヤが無いためにエイボン社に依頼して供給してもらっているらしいのだが、B193Aはグッドイヤーのタイヤを履いていた。まだタイヤが残っていたのだろうか?

日本への長旅が響いたのか、エンジンの調子が悪そうだった。
土曜日、日曜日と行われたレジェンドF1デモレースでも、一番最新型のマシンでありながら他のマシンに比べて走れていなかった。
ハイノーズ、吊り下げ式フロントウイングのマシンはB193Aだけ。

NA V8のフォードHBエンジン
B193が走った'93年F1日本GPを思い出す―
決勝は最終コーナースタンド下の自由席で観戦。途中雨も降った。
ジョーダンでF1デビューしたエディ・アーバイン選手が走り慣れた鈴鹿で大暴れしたレースだった。
ベネトン勢はシューマッハ選手がリタイア。前年の覇者・パトレーゼ選手は10位に終わった。
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カスタムされたホンダS660 モデューロ&無限
無限S660。ボンネットのエアアウトレットをはじめ、エアロパーツが派手でカッコイイ。
ベースが軽自動車ながら、車体本体価格に加えフルカスタム費用で100万円を超えるって…。まあ、恐らくセカンドカーになるのだろうが、どれほどのお金持ちなのだろう。
この爆音を聞け!昔のレーサーは凄い カワサキH2R '74とヒストリックレーサー

「SUZUKA Sound of ENGINE2015」に集まったヒストリック・レーサー。
メーカー所有のものもあれば個人所有もある。
ホンダNSR500 スペンサー車

今回は走行しなかった(-と思う)がピットでF1・Honda RA301とともに並べられていた。
来年のゲストには是非ともフレディ・スペンサー氏を呼んで頂きたいものだ。
ホンダNSR500 エディ・ローソン車

ゲスト来日したエディ・ローソン氏がデモラン。
ヤマハYZR500 エディ・ローソン車

YZR500でもローソン氏のデモランがあるかと思っていたが、今回は展示のみ。
ヤマハYZR500 ウエイン・レイニー車

3台のYZR500がピット裏に展示してあったので、ケニー・ロバーツ氏はこのマシンでデモランするものと思っていた(ケニー氏の愛車OW35K型は古くて走行は無理だろうと)。
だが展示のみでケニー氏は乗るレーサーが無く、2日目にカワサキKR500を飛び入りでライディングする事になった。
CAGIVA V589

1989年のレーサー。恐らくランディ・マモラ選手がライディングしていた。

KAWASAKI KR500

1982年にGP250/350ワールドチャンピオンのコーク・バリントン選手がライディングした。
カワサキワークス最後のレーサー。
2日目にケニー・ロバーツ氏本人の要望でライディングすることになった。

KR500をライディングするケニー・ロバーツ氏
Kawasaki H2R

1974年のレーサー。
大きなエンジンを載せるために車体下部が横に膨らんでいる。「昔のレーサーってこんな形しているのを雑誌で見たなぁ」と改めて思い出させてくれた。
関東で大人気の卵「寿雀卵」を頂いた
関東で「箸で持っても崩れない」と大人気の卵「寿雀卵」を神奈川の叔父から頂いた。
貴重なブランド卵のオーラを醸し出す2パック入りの化粧箱入り。
「いっぺん食べさせたくて」と朝、買って来てくれたと言う。ありがたい。
卵の殻の色からして濃い
黄味の色が「黄」ではなく「赤」に近いオレンジだ。
たまご焼きにするとケチャップかおろしニンジンでも混ぜたのではないかと思うほど赤いたまご焼きができる。
先ずは生でたまごかけご飯で頂いた。
「濃い味」と言うよりは「スッキリとしている」というのがひと口目の感想。それは“タマゴの臭み”が無いからだと分かった。普段は何気に食べている生独特のたまご臭のようなものが僅かなのだ。
たまごの味とご飯がマッチしてグイグイ食べられる。
黄味の周りにジェル状の白味がありさらに水状の白味が皿いっぱいに広がっている
火を入れてたまご焼きや目玉焼きにすると、さらに卵の味が引き立つ。
ドルフィンの一番は目玉焼きだった。白味の甘みも感じられる。
これでプリンを作ったらさぞや美味しい事だろう。
トヨタ・トムス85CーL & GT1/サードMC8とイメージガールともさかりえチャン
レイトンハウスがスポンサードし、トヨタが初めてル・マン24時間レースに挑んだマシン、トヨタ・トムス85C-L。
現在はホンダのGTカーを作っている童夢だが、日本でGr.CカーのWECinJAPANが開催された'83年当時はトムスと組んでGr.Cカーを走らせていた。
不動産系会社が「レイトンハウス」ブランドを立ちあげてスポンサードを開始したのもトムス85Cから。だが、当初は「レイトンハウス」が何を売る会社なのか決まっておらず、イメージ認知先行の広告方法だった。
後にマイアミ・ブルーをイメージカラーにした「レイトンブルー」のアパレル商品は大ヒット。国内サーキットに行けば観客席はレイトンブルーのウエアを着たお客さんでいっぱいだった。
あまりにレイトンブルーのウエアを着ている人が多かったので、ドルフィンは'87年のF1日本GP開催を機に、まだサーキットではマイナーだったベネトンに走ったのだった。
豪華な名前が並ぶ「K.HOSHINO」とあっても星野一義選手ではない。星野薫選手だ
トヨタ・トムス85C-Lはレイトンのロゴが決まっていてもイメージカラーは未定だったので白ボディ。
童夢の作るボディはマーチやローラのシャシーを使っていた当時の日産車よりも圧倒的にカッコ良かった。
85C-Lはル・マン用にロングテール仕様になっている。
その心臓部は弱かった。トヨタにはレース用大排気量エンジンがなく、直列4気筒2090ccにシングルターボの4T-GTエンジンを搭載するしかなかった。
トムス85C-Lの傍らでトヨタのレーシングスーツを着た初老の男性がいた。「誰だろう?」と思っていたが、その方こそ星野薫選手だった(らしい)。
と言うのもドルフィンは星野薫選手にお会いした事が無く、顔が分からなかったのだ。
SUZUKA Attack Lap & High Speedに出走する予定だったトムス85C-LとサードMC8Rだが、ともに走行しなかった。
Gr.Cが終焉を迎え「市販車ベース」がタテマエのGT1時代になった。
トヨタ系チームのサードが独自にトヨタMR2をベースに作り上げたGT1マシンがサードMC8R。
スカイラインGT-R LMのようにレギュレーションを満たすために「市販車」も1台製造されたらしいが、写真ですら見たことがない。
MC8Rは'95~'96年ル・マンと鈴鹿1000㌔のみに参戦。唯一の国内戦である鈴鹿1000㌔で走る姿を見るのをとても楽しみにしていた。
メニコンをスポンサーに迎え、ル・マンに挑戦する際に発表会が東京・渋谷で行われた。
これはメディア用とファン用があり、ファン用は往復ハガキで応募してチケットを返送してもらうものだった(時代だなぁ)。l
当時、人気だった女優のともさかりえチャンがイメージガールとなり発表会にも来る事になっていたのでドルフィンも友人と発表会に行ったのだった。
発表会でもらったメニコン・サードのピンズ
発表会には元F1ドライバーのオリビエ・グルイヤール選手やマウロ・マルティニ選手も来られていた。
まさかドライバーも来るとは思っていなかったので、サインを頂く用意をしていない大失態。せっかくのチャンスをフイにしてしまった。
まだ10代の頃のともさかりえチャンがイメージガール
発表会の写真撮影ができるか不明だったので“本気満々モード”の一眼レフは持って行かず(ここでも失態)、レンズ付きフィルムの中で一番小型のものをポケットに忍ばせて行った。今ならコンデジで済むのだが…。
ともさかりえチャン、可愛いらしかった~♡
SUZUKA Sound of ENGINE2015でMC8Rを見て20年前の出来事を思い出すのだった。
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デイトナ優勝ニッサンR91CPの走行を初めて観た 安田選手サインGET 走行動画付き

ニッサンが国際レースで最高成績を残したのは1992年のデイトナ24時間レース制覇だ。長谷見昌弘/星野一義/鈴木利男/アンデルス・オロフソン組が駆ったマシンはニッサンR91CP。
V型8気筒DOHCツインターボは当時800馬力とか、1000馬力とも言われた。
マーチやローラのシャシーを使うのではなく、完全自社製造のマシン。

デイトナを制覇した直後の東京オートサロンで、まだレースの汚れもそのままの実車を初めて見た。
そして昨年、日産ヘリテージコレクションの見学で20年ぶりに目にした。トップ写真はその時撮影した京商1/64ミニカーと実車だ。
富士スピードウェイで開催されるニスモ・フェスティバルではデモランしているR91CPだが、まだ走っている姿は見たことが無い。

SUZUKA Sound of ENGINE2015で、ようやくエンジン音を聞き、走る雄姿を瞼に焼き付けることができた。
ドライバーはスーパーGTでカルソニックGT-Rをドライブする安田裕信選手。第2戦・富士で2位に入り調子を上げてきている。
昨年の鈴鹿1000㌔でカルソニックGT-Rをドライブする安田選手の写真にサインを入れて頂いた。ありがとうございます。
スーパーGTはウインドウのライト色でドライバーが識別できるので、写真を選ぶ際にとても便利だ。

昨年の鈴鹿1000㌔の写真に安田選手のサインを頂いた

左から寺田陽次郎氏、中野信治選手、安田裕信選手
鈴鹿/ホンダのイベントにデイトナ優勝マシンを用意してくれたNISMOにとっては大盤振る舞いだろう。
Gr.Cカーの中でもル・マン制覇のマツダ787Bとともに人気のあるマシンだ。
エンジンが回されると間近で音を聞こうとファンが集まってくる。野太いサウンドがピットに、コースに響く。

ドアを開けた姿も見るのは初めて
せっかく「Sound of ENGINE」とイベントタイトルが付けられているので、なるべく「マシンの音」が分かるように動画も添付しています。
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レジェンド ウルフ水谷、ロータリー従野も走る Sound of ENGINE2015
レーシングイベントでもなかなか見る事が出来ないのが富士GCのマシン。
現存するマシンが少ないのだろうか?
SUZUKA Sound of ENGINE2015でも珍しいマシンにお目にかかれた。MANA09/ロータリー。
ピットでマシンの横に立つ人物を見て驚いた。
富士グランチャンレースやル・マン24時間に参戦していたマツダのワークスドライバー、従野孝司選手その人ではないか!
人の顔覚えが悪いドルフィンが何故、従野選手と分かったのか?
―それは最後にお目にかかった'80年代と全く変わらぬ姿だったからだ。単にマツダのレーシングスーツを着ていただけでは誰かは分からない。
髪も黒く髪型も変わらない。マシン同様、時代を飛び越えてやって来たかのようだった。
従野選手とMANA09/ロータリー
ドルフィンが富士GCを観戦に行った時は既にシングルシート・マシンへの移行期だったため、GCマシン・MANA09を見るのは初めて。
ヘルメットが車外に出ている以外、ドライバーの体は完全にカウル内に収められている珍しいスタイルを持っている。一応、助手席らしきスペースがあり複座マシンとしての体を保っている。
ストレートが長い富士スピードウェイ専用マシンだけあって、リアウイングはローマウント。ほぼ車体全体でダウンフォースを得ているようなスタイルだ。
マツダのレーシング・ロータリーを初めて搭載したGCマシンらしい。
35年ぶりに頂いた従野選手のサイン
ガキの頃、富士スピードウェイで従野選手に色紙にサインをして頂いた以来、35年ぶりにして2枚目の
サイン。従野選手ありがとうございました。
最初のサインを見ると昭和54年3月の日付を入れて下さっていた。
鈴鹿サーキットのイベントではあるが、富士GCのマシンをもっと走らせてもらいたいものだ。
「東海の暴れん坊」の異名を持つレーシングライダー、水谷勝選手。
全日本ロードレースの最高峰500㏄クラスで2度のチャンピオンを獲得(うち1回は7戦全勝)。
スズキがワークス活動を停止した'84年以降はプライベーターとして全日本に参戦。当時最強だったヤマハYZR+平忠彦選手に果敢に挑んだ水谷選手のウォルターウルフ・スズキRG-γ500は印象的だった。
チャンピオン獲得よりも、劣ったマシンでも優勝を目指した技術と気迫の走りにより今でもファンが多い。
チャンピオン獲得時のゼッケン「8」スズキRGB500をSUZUKA Sound of ENGINE2015でライデ ィングした。
事前に鈴鹿のHP等でアナウンスされていなかったので、ピットで見かけて驚いた。
激感エリアで水谷選手の走りを間近に観ることができ'80年代にロードレース観戦していた頃を思い出した。
マシントラブルにより日曜日の走行は取り止めとなってしまった。土曜日に観られた方はラッキーだ。
日曜日は走れない分、ファンサービスに徹していた水谷選手。
シュワンツ選手のスズキRGV-γ500と水谷選手のスズキRGB500のランデブー走行
現在も自らレーシングライダーとして走り、後進の指導も行っている。ボランティア団体「風の会」を立ちあげて活動も行っている。
土曜日に撮影した写真に水谷選手のサインを入れて頂いた
チャンスだったので激感エリアで写真撮影。プリントして日曜日に写真にサインを入れて頂いた。水谷選手ありがとうございます。
KTMレーシングのトランスポーター発見!
通りがかりのツタヤの広い駐車場にKTMレーシングのトランスポーターが停車していた。
なぜこんな田舎町に? 一体、何の用があってここに? 疑問だ。
今年の鈴鹿8耐もKTMは漫画『ばくおん!』とコラボするのだろうか? してほしい。
リアル来夢先輩を見たい!
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