CLUB24-にいよんー -317ページ目

テストバンバンやっていたから勝つ 歴代ウイリアムズ/ホンダ ファン感謝デー伝説の物語5

 3月の鈴鹿ファン感謝デーは「Honda F1復活祭」とタイトルが付けられていた。

 しかし、いざF1が開幕してみるとマクラーレン・ホンダは不安視されていたそのままの状態で2戦消化。事前に“煽り”をいれていたホンダやマスコミが赤面するほど超低迷。

 2人も抱えたワールドチャンピオンがあまりにも可哀想な状況である。もはやチャンピオンの腕でどうこうなるレベルではないことくらいシロウト目にも分かる。


 第二期参戦していた時はウイリアムズFW11をテスト用に持ち込んで鈴鹿でバンバンテストをしていた。だから強かった。

 今はエンジン開発に規制がかかっているためになかなか昔ほどテストできないようだ。

 ホンダも企業として昔ほど必死さがないのかもしれない。


 かつてテストドライバーを担当していたのがF1に行く前の中嶋悟選手だった。ホンダエンジンのテストでF1ターボパワーに体を慣らしていた。


 中嶋選手がF1に行った後はジェフ・リース選手や星野一義選手もテストドライバーを務めていた。

 写真は鈴鹿でF1日本GPが開催される直前の'87年5月に撮影したもの。

 ウイリアムズFW11でエンジンテストをするジェフ・リース選手。

 写真のサインは'96年頃にリース選手が鈴鹿1000㌔で来日した際に頂いたもの。

ホンダエンジンテスト日のリース選手

 現在、ファン感謝デー等のイベントで走行するマシンも「レッド5」のFW11。エンジンテストで使い込んだ車体ではないだろうか?

まだまだ!ミニカーのビギナー+α-鈴鹿 星野vs中嶋

 2012年鈴鹿ファン感謝デーでウイリアムズFW11に乗りこむ星野一義監督


 トップの写真はアオシマ1/64ミニカーのウイリアムズFW11B ネルソン・ピケット車。'87年、ホンダエンジン搭載車が初めてワールドチャンピオンを輩出した記念車だ。

 ファン感謝デーではレーシングシアター展示になっていた。


2012年鈴鹿サーキット50thアニバーサリーデーで展示された

ウイリアムズFW11B/ホンダ(1987)

まだまだ!ミニカーのビギナー+α

 F1初開催された鈴鹿でタイトルを決めたネルソン・ピケット選手のマシン。

 当時のターボF1マシンは、直線では空気を切り裂いてリアウイングから“飛行機雲”が現れるのが印象的だった。


ウイリアムズ・Honda FW10(1985)

 今年のファン感謝デーで展示されたウイリアムズFW10。日本でF1が開催される前のマシンたちだ。


ウイリアムズ・Honda FW10B(1985)

 「B」投入によってシーズン終盤を3連勝で締めくくった。

 東京モーターショーでも「3連勝」と大々的に展示されたと記憶する。

 この頃のマシンはカッコ良かった。


2014年F1日本GPで展示された

ウイリアムズHonda FW11(1986)

 ナイジェル・マンセル選手が最終戦オーストラリアGPのゴール前でタイヤバーストしなければチャンピオンを獲得していた。ターボ無制限1000馬力オーバー時代最後のマシン。



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アイドロン1/43フェラーリ458チャレンジ 可夢偉選手にサインを入れて頂いた

 アイドロンと言えば精密で美しいミニカーをハンドメイド生産しているメーカーだ。価格も同サイズ他社の3倍くらいはする数万円と“芸術品”価格なのでなかなか手が出せない高根の花である。

 ドルフィンが持っている唯一にして最高価格のミニカーがフェラーリ458チャレンジ・フェラーリ・レーシングデイズ 鈴鹿2013 No.458だ。


 小林可夢偉選手がフェラーリ契約ドライバーだった2013年フェラーリ・レーシングデイズ鈴鹿のフェラーリ・チャレンジ・トロフェロ・ピレリにゲスト参戦したときのマシン。

  可夢偉選手と日本をイメージした車体カラーは「雅」。シリーズ戦に参加ではない、たった1日のためだけに用意されたスペシャルなカラー。通常レースの車体ではここまで自由なデザインはほぼ不可能。アースカラーのホンダF1くらいなものではないだろうか。 


 「ミニカーが出たら絶対に買おう!」実車を目の当たりにして惚れ込んでしまった。 初めて可夢偉選手に会った思い出のマシンでもある。

まだまだ!ミニカーのビギナー+α

 アイドロンでの発売から1年半。結局、他メーカーから廉価版が発売されることは無かった。


 台座の「金」は実車の金箔風ラインに使用されたカッティングシートと全く同じものを使用しているそうだ。キラキラ金ではなく屏風のように年季を経た感じの金色。反射して映るミニカーの姿にも気品が感じる。

 台座プレートにはイベント名と可夢偉選手の名が記載されている。


 これだけのミニカーだが、欠けているものがひとつある。―可夢偉選手の直筆サインだ。

 最初から入っているのではなく、やはり自分が直接サインして頂く事に意義がある。

 これだけ高価なミニカーを持ち歩くと「壊しやしないか」と不安になるも、「機会があればサインを入れてもらおう」という願望もあった。


 レース時のピットウォークで「押せや押せや」でもみくちゃにされ破損する可能性もある。イベント時かテストの時の方が安全だと考え、今回のスーパーフォーミュラ鈴鹿テストに持って行くことにした。

458チャレンジにサインを入れて下さっている可夢偉選手


 ピットから出てきた可夢偉選手に会う事は叶わなかったが、あまりに多くのファンが駆け付けたため、チームの配慮でファンサービスが行われることになった。とても有難い話だ。

 こうして可夢偉選手に直接サインを入れて頂けた。ありがとうございます。


 トヨタやザウバー、ケータハムのミニカーを持ってきている方は多かったが、アイドロンのフェラーリチャレンジを持って行ったのはドルフィンくらいではないかと自負している。
 

金ペンの出具合も良く、パーフェクト!


 貧乏性なドルフィンはこのミニカーだけはミニカーラックに飾らず、専用のフェラーリ化粧箱に入れ、更には送られてきた箱に入れて紫外線を完全カットした“宝物扱い”にしている。

 時折、出して眺めたりしては再びしまっているのだった。


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アレジ選手に乗ってもらいたかった タイレル019

 アンヘドラルウイングとハイノーズが革新的だったタイレル019/フォード

 日本人にとっては中嶋悟選手の愛機、そして日本GPで6位入賞したマシンとして、さらには中嶋選手が歌った『悲しき水中翼船』のモデルとしても強く記憶に残るF1マシンだ。

 だが、タイレル019で最高の成績を収めたのは、伝統のモナコGPで2位表彰台に立ったジャン・アレジ選手だ。

2013年の鈴鹿ファン感謝デーで披露されたタイレル019

 

 ワークスエンジンではなく、市販フォードDFRを使用していたこともあり、タイレル019が現役を退いた後、’91~’92年頃には日本人オーナーの手に渡っていた。

 '92年の富士スピードウェイで開催されたN1耐久レースのサポートイベントでデモラン。車体を路面に擦って火花を撒き散らしてストレートを走っていた。車体底部を擦ってもいいようにプレートを取り付けていたのだろうが、マシンがまだ若い当時でなければできなかった粗芸だ。とても四半世紀経った現在ではマシンに負担がかかって無理だろう。

 

 2013年の鈴鹿ファン感謝デーで'92年のN1耐久以来、10年ぶりにタイレル019を見ることができた。


 

2015年ファン感謝デーで頂いたアレジ選手のサイン


 今年のファン感謝デーにゲストとして来日したジャン・アレジ氏。デモランではマクラーレン/ホンダをドライブしたが、やはりタイレル019も走らせてもらいたかった。

2015年ファン感謝デーでタイレル019をドライブする中嶋監督

 

 ミニカーを集めて1~2年した頃、ネットオークションで入手したONIX 1/43のタイレル019アレジ車

 今見ると荒い作りのONIXだが当時は絶版品で、中嶋車はかなり価格高騰していた。

 アレジ車の方が入手しやすかった事もあるが、モナコで2位に入ったので019はアレジ選手のイメージもあった。

 逆に020は2位表彰台に入ったステファノ・モデナ選手よりも中嶋選手のイメージだ。いや、中嶋選手のイメージしかないのだ。

 

 近年、中嶋車が精密な1/43ミニカーが発売されたが、雑誌の利益絡みで高価すぎた。なのでONIXで充分だ。

 

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6年待ったF1 ウイリアムズFW09 第二期初優勝 ファン感謝デー伝説の物語4


 ホンダの第Ⅱ期F1参戦2年目で初優勝を飾った記念マシン、ウイリアムズFW09/ホンダ

 ドルフィンがレースに興味を持った時には既にホンダ第一期F1参戦は昔話であり伝説と化していた。リアルタイムでホンダがF1に参戦し、2年目となる'84年F1第9戦アメリカGPでワールドチャンピオンのケケ・ロズベルグ選手の優勝は歓喜した。

 ファン感謝デー「伝説の物語」で展示されていたFW09はゼッケンが無く、エンジンカバー部が白い車体。これはレース車ではなくテスカーなのかもしれない。

 もしかして'84年初頭に鈴鹿テストしたときのマシンか?

 だとしたら30年ぶりの対面だ―。
FW09 

 ―スピリットからウイリアムズにエンジン供給チームを変更と発表したホンダ。

 ウイリアムズのマシンを使用して’84年の年明けに鈴鹿で公開テストが行われた。


 日本で6年ぶりに“現役”F1マシンが走行('83年最終戦にデビューし'84年シーズンを戦ったので、オフシーズンでも現役マシン)した。

 しかもドライバーも世界チャンピオンのケケ・ロズベルグ選手とジャック・ラフィー選手が来るというのだから、いてもたってもいられず四日市の友人宅に泊めてもらって2日間見に行った。

コックピットに納まるJ・ラフィー選手


 '76年、'77年と日本GPを観てF1をはじめとするモータースポーツに興味を持った。そんな一番「知りたい、観たい」時期にF1の日本開催が無くなってしまったのだ。

 TV放送さえ年に1~2回くらいしかなかった。

 最先端の技術とアイデアの結晶であるF1は個性的。日本で開催されていたF2は量産フォーミュラなのでそこまでのマシン的魅力は感じられなかった。

 世界からの選りすぐりのドライバーがそのマシンを扱うのである。


 「6年ぶり」と一口に言っても子供の6年はかなり長い。大人の6年の何倍も長く感じていたはずだ。

 待ちに待ったF1マシンの走行が見られ、嬉しくて涙が出そうだった。あの頃はドルフィンも純粋だった。


 テストの合間の昼食は鈴鹿のドライバーズサロンでとっていた。
 当時のドラサロは古~い施設。学食のような木の椅子で、石油ストーブが焚かれていた。そこでF1ドライバーが食事をしていたのだ。

 この日はジャック・ラフィー選手がテストを担当。ケケ選手はいなかった。

 高鳴る胸の鼓動。恐る恐るラフィー選手にサインをお願いすると快くサインして下さった。トップ写真のミニカー背景にあるのは、その時のラフィー選手のサインだ。

 FW09は第二期参戦初優勝したマシンであるとともに、6年待ったF1の走りを見た思い出のマシンでもある。

 ミニカーはミニチャンプス1/43の優勝したアメリカGP仕様のもの。

 上写真背景はホンダが作った優勝記念ステッカー。

’92年“雨の”F1日本GPの時に展示されていたFW09

 

 ’92年F1日本GPで展示されていたFW09はカラーリングからみてレース実車ではないかと思われる。このマシンもコレクションホールに残されているのだろうか?



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スーパーフォーミュラ鈴鹿テスト5 初参戦ブラー選手にサイン頂いた

 スーパーフォーミュラ鈴鹿テストはファン感謝デーに比べて冬の寒さが戻ったように寒かった。火曜日の朝には雪すら降っていた。

 それでも日中は良かったものの、午後からは冷たい風が強くなってニット帽が飛ばされそうになること多々あり、コースに落ちてしまう恐れがあったので寒くても被れなかった。

KONDO RACING TOYOTA/ウィリアム・ブラー

 今季スーパーフォーミュラに参戦する“新人”。

 フォーミュラ・ルノー3.5シリーズやイギリスF3に参戦していたらしいが特に目立った成績を残しているように見えないのだが、呼び寄せるほど光るものがあったのだろう。

 日本最高フォーミュラをどう操るのか楽しみなところだ。
 

 2日間のテストでは総合17番手と、サーキットとマシンに慣れていなさがみてとれる。

 F1を経験しているカーティケやんも昨年の参戦初年度は活躍できなかったので、慣れるまでは1年かかってしまうのかな…。

 開幕してみたら「うわッ! コイツすげー!!」みたいなことになったら面白いのだが。

(右)レーシングスーツを着てTV取材を受けていた


 ブラー選手にサインを頂いた。


KYGNUS SUNOCO Team LeMans TOYOTA/平川亮

 平川選手に初めてサインを頂くチャンスがあったのだが、可夢偉選手の出待ち“列”に並んでいた時だったので動けなかった。残念。



LENOVO TEAM IMPUL TOYOTA/アンドレア・カルダレッリ



P.MU / CERUMO · INGING TOYOTA国本雄資




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桜並木と旅するランボルギーニ・イオタ

 大阪府南東部を流れる石川。滝畑を源流に千早川、飛鳥川などいくつもの合流を経て大和川に続く。

 石川の河川敷には何キロにも渡って桜並木があり、人々の目を楽しませている。


 まだ5~7分咲きではあったが、週末は天気が悪くなるらしいので写真を撮りに行って来た。

 天候が良く、多く咲いている樹の下では花を見ながらお昼ご飯を食べているグループが多かった。

 サイクリングロードが整備されているので自転車を走らせる方もかなりいた。


 竹ノ内峠向かう道すがら大阪芸大にほど近い辺りの石川桜並木。



手前に石川の流れ



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先行発売 ミニストップ「あまおう苺ソフト」

 ミニストップ「ベルギーチョコソフト」を食べに行ったら、既に終了。新たに「あまおう苺ソフト」が始まっていた。

 関東、近畿、東海では3月27日から発売され、順次全国展開されるそうだ。


 かつて販売していた「あまおうミルクソフト」のあまおう果汁2倍らしく、香りや味がイチゴイチゴしている。甘さの中にも酸味が効いているが、ちょっとばかり香料臭さも感じる。

 梅系スイーツを食べた後のように酸味が伝わる。


 ソフトを絞った店員さんの腕が良いのか、コーンの底の底までクリームが詰っていて嬉しかった。 


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ファン感謝デーで見つけたスーパーマシン フェアレディZ NISMO&フォードGT&RCF

 鈴鹿サーキットファン感謝デーに行くとパドック駐車場にスーパーカーが停めてある事が多々ある。レース関係者はお金持ちなのだ。


 ピットビルの上から逆バンク方向を見た時に目に留まったのが赤のフェアレディ。

 近寄って見るとフェアレディZ NISMOだった。

240Zのロングノーズっぽい感じに撮影できた


 日産のNISMO仕様はディーラーで注文できるコンプリートカー。

 変にハデ過ぎず調和がとれたエアロパーツに包まれてめっちゃカッコイイ~! 赤車体ってのがシブイね。

 トミカからもリリースされているが、ドルフィンはUCC缶コーヒーのミニカー付きキャンペーン「攻メの日産名車」でミニカーを持っている。

 ライトはトミカ同様銀塗り、ウインドウは黒で車内は作り込まれていない。だが、アクセントになっている赤ラインや車両底部も作り込まれている

 何より専用レイズ製アルミホイールが特徴をとらえて細かく作られているところにはトミカにない“こだわり”を感じた。



 ピット裏で目を引いていたのがフォードGT

 昔のレーシングカー、フォードGT40のリメイク公道仕様だ。

 ドルフィンがレースを再び見始めた2007年頃のスーパーGT300クラスにも参戦していた。

 ピットビル上から見て気付いたのだが、フォードGTってガルウイングドアだったのか。

 ドアを開けた状態を見せて欲しかった。


レクサスRCF

 ボンネットにあるエアアウトレットがカッコイイ。



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スーパーフォーミュラ鈴鹿テスト4 元F1ドライバー、カーティケやんにサイン頂く

 スーパーフォーミュラ 鈴鹿テストはいつもどおりコンパクトデジカメのソニー・サイバーショットWX300で撮影。

 一眼望遠の300㍉以上のズームが得られるので、遠い距離を詰めて撮影できるようになった。

 逆にファインダーを覗くのではないので走行マシン=被写体を追い難く、一旦見失うと再び追いつけない。ピントが固定できない等の不便さもある。

 電池の消耗は予備電池を持って行くことで解消した。

 大判に引き伸ばす訳でもコンテストに出す訳でもない。ブログに載せるかせいぜいサインを頂くためにハガキサイズくらいにプリントするだけなので、コンデジで充分。


 それにしてもFN14のコーナーリングは速い! 「ダウンフォースが上がってコーナーリング速度が上がった」というスーパーGT500の比ではない。

 あまりズームをかけると全く追いつけない。こんな時はファインダーの方が便利かもしれない。



DOCOMO TEAM DANDELION RACING HONDA/ナレイン・カーティケヤン

 カーティケやん―この場合の「やん」は親しみの気持ちを付加する語で「~さん」の意味。

 「ヤンやん」になってしまうと『歌うスタジオ』になってしまう(古ッ!)。アグネスチャンちゃんと同じでア
グネスちゃんと親しみを込めて言うのだ。

 ジョーダンやヒスパニア・レーシングでF1を戦ったカーティケやん。

 昨年はインパルでスーパーフォーミュラを戦うも目立った成績は残せなかった。マシンやタイヤに慣れたであろう2年目の今シーズンに活躍を期待。

 ピットから出てきたところで初サインを頂いた。次はF1時代の写真かスーパーフォーミュラの写真にサインを入れて頂こう。


2012年日本GP HRT F112
まだまだ!ミニカーのビギナー+α

 なんとなくSF14に似てる…。でもSF14の方が速そうだ。



NAKAJIMA RACING HONDA/ベルトラン・バゲット


REAL RACING HONDA/塚越広大



DOCOMO TEAM DANDELION RACING HONDA/野尻 智紀

 昨年はスーパーフォーミュラ初参戦、初優勝を果たす。今季はそれ以上の成績が期待される。

 まだサインを頂いていないので、機会あれば是非。


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第三期F1挑戦・苦闘の始まりB.A.R.ホンダ ファン感謝デー~伝説の物語3

 マシンを“チャック”で半分に仕切って別々のカラーリングが成されたブリティッシュ・アメリカン・レーシングのF1マシンB.A.R.001。1999年の日本GPでは“変わりカラー”のマシン撮影に懸命になった。

 F1レース自体はチーム格差が広がり、決勝レースは同じカラーのマシンが2台ずつ走行するパレードになってしまっていた。

 そんなパレードを高いお金出して見に行くのも馬鹿らしく感じ、'76年のF1inJAPANから皆勤だった観戦を止めることにした。


 その翌年からホンダが第三期F1参戦を開始したのだった。

 第二期参戦が黄金時代だっただけに、入賞すらおぼつかない第三期は苦闘の時代になった。


B・A・R・Honda 007(2005年)

 B.A.R.として最後のマシンになった007。初優勝どころか前年の成績以上のものは残せなかった。


 タイレルを買収して組織されたB.A.R.だが、タバコ広告規制が強くなり筆頭株主であるアメリカン・タバコが撤退。ホンダがチームを取得してオール・ホンダのチームとなるのだった。

 京商1/43ミニカー、B.A.R.007 ジェンソン・バトン車。優勝や佐藤琢磨選手の表彰台も無く、目立った成績を残せなかったせいか、ドン・キホーテで1,000円で販売されていた…。

 現役レースは見ていないが、1,000円だったのでミニチャンプス型のケース目当てで購入した。



B・A・R・Honda 005(2003年)

 チームのエースだった世界王者ジャック・ビルヌーヴ選手が最終戦を残してチームを離脱。リザーブ・ドライバーの佐藤琢磨選手が日本GPに出場。バトン選手の4位、琢磨選手の6位とダブル入賞した。


B・A・R・Honda 002(2000年)

 ホンダRA000Eエンジンでエンジンサプライヤーとして第三期参戦を開始。

 表彰台には届かなかったがコンストラクターズランキングで5位になった。


 マシンのスタイルやカラーリングからすると、どうにも速そうに見えない

 鈴鹿サーキットで展示されているアースカラーのF1はこのマシンを塗り替えたのではないだろうか?

 

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