平嶋夏海 HAPPY BIRTHDAY!【電子書籍】[ 平嶋夏海 ]
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ライパGP2024
平嶋夏海選手/Team NAPS
NAPSのスタッフで構成されるチーム。
毎年NAPS契約バイクアイドルをメンバーに入れてくれる。今大会はRIDERSCLUB誌にも登場する平嶋夏海サンが加入。
なっちゃん可愛いッス♥
ヘルメットはagvを使用。マニアックなメーカーを使っているなぁ。
agvと言えば'76年当時、F1ドライバーのニキ・ラウダ選手が使っていたエアインテーク付きのagv X1ヘルメットが格好良くて憧れだった。
土曜日から果敢に練習走行する が…
転倒してしまう!
心配された怪我や脳震盪は無いようで一安心。しばし休まれた後に再度コースイン。
今や「バイクタレント」として活躍する平嶋夏海サンだが、走っている姿を見るのは今回が初めて。
トークショーで
「❝この瞬間❞を撮って下さい!」
イテシ選手の前を走る写真に平嶋夏海さんのサインを頂いた
別記事でも書いたが、新品のピンクペンを持って行ったのにも拘らず❝インクの出❞が悪くてカスレてしまった。残念。
決勝サイティングラップ
プロ選手の前を走る平嶋選手
プロ選手はコーナーセクションで抜いてはいけないルールがあるので、従えて走るシーンが発生するのだ。
が、最終コーナーからイッキに抜かれてしまう事に…。
プロ選手からの投げキッスを受けながら抜かれる
プロ選手無しで3位表彰台獲得!
プロ選手が一人も加入せず、ペナルティも無くひたすら走ったTeam NAPSが3位表彰台獲得。耐久レースの神髄だ。
ウォーターファイトではチームメイトにかけられた?
マイカルチャンプ選手
土曜日限定で、モトクロスを盛り上げる謎のユーチューバー・マイカルチャンプ氏が参戦。ドルフィンは初めて生で姿を見た。
マイバイクで走行。コーナーではモトクロス走りに。
Teamせなるかすみんの3人と
朝には参加選手にご挨拶。
野佐根航汰選手と 結果としてこれが後々の伏線に…
ロードスポーツ車も借りて走行
前年に中野真矢選手が使用したNSFを借りて走行していた。
「一本橋スローアタック」
有言実行。流石はマイカルチャンプ先生。
一本橋スローアタックで優勝
一日だけの参加でありながら十分な爪痕を残した。
「ゼロヨン」では野佐根選手と対戦
朝、握手を交わした野佐根選手と対戦することになった。
敗北するもウイリー走行で目立つ
サーキットでもコーナーを攻める
ジャンプして場内を沸かせる
コースサイドの凹凸を利用してジャンプ。お客さんを沸かせていた。
オフロード選手トークショーで
走行イベントでもトークショーでも口とパフォーマンスで大会を盛り上げてくれた。
初めてマイカルチャンプさんにサインを頂いた
映画『はたらく細胞』を観てきた。
インフルエンザが小康状態になってきているが、マスクして万全の対策で映画館へ。
土曜日ということもあり多くの方が映画館に来ていた。やはりマスクしていない方もかなりいた。
芦田愛菜ちゃんの制服可愛い!
仲里依紗さん、子持ちでありながらあの体型凄い!
体内という設定でロケされていたのが和歌山マリーナシティ ポルトヨーロッパだ。
タイムリーに再放送中のNHK朝ドラ『カムカムエヴリバディ』「るい編」でも昔の大阪の街として登場している。映画『コンフィデンスマンJP 英雄編』他、多くのTVや映画で使用されている。
ドルフィンも昨年『特捜戦隊デカレンジャー20th デカフェス』で初めて行った。
実際は色々な看板が掲げられているが、映画用に付け替えられている。
映画を観ていて「あ、あそこだ」と気になってしまった。
和歌山フィルムコミッションに登録していたら細胞さん役エキストラに行けたかも。
ポルトヨーロッパ内でもワイヤーアクションがされていたので、どんな感じで仕込まれているのか見られたのだろうか?
「上手く原作たちを使ったな」という感じ。中盤までは短く感じたが、後半はちょっと間延びしたように思えた。
ヒーローショー専用ステージも使用されていた
原作大好きの嫁はんは本来とは❝別の意味❞で涙を流していた…。(コミックスも嫁はんのもの)
アニメ版のようなほのぼのとした終わり方して欲しかったな。
2024スーパーGT鈴鹿GT300Kmグランドファイナル
11位:Deloitte TOM'S GR Supra/笹原右京/ジュリアーノ・アレジ 組
シーズン2勝を挙げてチャンピオン候補でもあった。—が、2戦ポイントの取りこぼしがあったため、優勝していないKeePer CERUMOの後塵を拝してシーズン5位で終わってしまった。
ドルフィンとしては#36au TOM'Sか#37Deloitte TOM'Sにチャンピオンを獲って欲しかった。魅力的でありながらスパーフォーミュラでもGTでも不遇な時を経た2人だっただけに2024年シーズンはチャンスだった。
笹原右京選手
ジュリアーノ・アレジ選手
優勝した第3戦鈴鹿での予選、「アレジの1ミリ」にはTV観戦していて感嘆の声を上げてしまった。
ジュリアーノ選手にはインタープロトでのツーショット写真にもサインを入れて頂いた。
笹原選手、アレジ選手にチームでサインを頂いた
Deloitte TOM'Sのお姉さん♡
9位:KeePer CERUMO GR Supra/石浦宏明/大湯都史樹 組
優勝は無いが3回の表彰台があり、1回リタイアした以外はポイントを獲得してシリーズランキング4位で終了。
KeePer号は37号車の印象が強かったので、なかなかセルモと認識できなかった。まあパチ屋より良い。
石浦宏明選手
石浦選手に土曜日にインタープロトの写真に—
日曜日に土曜日走行写真にサインを頂いた
グランフィナーレでの石浦選手と大湯選手
大湯都史樹選手
いつでもファンサービス旺盛な大湯選手は感謝し、応援している。
土曜日、大湯選手にインタープロトの写真にサインを頂いた
ライパGP2024
NCXX RACING with RIDERS CLUB/
井手翔太選手/伊達悠太選手/RIDERS CLUB/TZM改
前回のライパGPにはその年の鈴鹿8耐に参戦したNCXX RACING with RIDERS CLUBの3人がそろって参戦したので「今回も3人そろうだろう」—と思っていたら中山耀介選手の参加が無かった。大人の事情?
2024鈴鹿8耐マシン ヤマハYZF-R1
EWCのSSTレギュレーションに合致せず車両技術違反になってしまった不遇のマシン。
井手選手、伊達選手にインタビューするたはらかすみサン
土曜日からNCXX RACINGのツナギで走ってくれたお二人。
全日本戦でもクラスは違うもののアケノスピード・ヤマハに所属するチームメイト。人気も高い。
土曜日から鈴鹿8耐ではNCXX RACING監督の原田哲也氏から(原田氏がマイクを持った際に)「来年の8耐の査定に響きますから!」「来年も走れると思ったら大間違いですからね!」とプレッシャーをかけ続けられていた(笑)。
伊達悠太選手
全日本最終戦でST600クラス初優勝してノリノリの走り。
コースインでファンに応える
伊達選手の「一本橋スローアタック」
土曜日から野佐根選手とバチバチバトル
コースイン
決勝で岡本裕生選手、野佐根航汰選手とのバトル
全日本戦ではクラスが異なる選手の対決が観られる。
土曜日にMFJ-GPの写真に伊達選手のサインを頂いた
ST600クラス初優勝レースだったので、走行写真とウイニングランの「やったぞ~ッ!」の写真、どちらか1枚を選べず、2枚に頂いた。
日曜日に土曜日走行写真にサインを頂いた
「ゼロヨン」は同チーム対決に
僅差で井手選手に軍配が上がる
トークショーで
井手翔太選手
原田哲也監督に「8耐ではすぐ転びましたからねー」↓と、痛いところを突かれていた。
その鈴鹿8耐
土曜日から長島選手、野佐根選手とバトル
井手選手の「一本橋スローアタック」
ウイリーでファンサービス。
スタートへのサイティングラップ
平嶋夏海選手を抜く時はお得意の投げキッス♥
決勝で長島哲太選手、羽田太河選手とのバトル
完全に手で抑えているゥゥッ
土曜日にMFJ-GPと—
鈴鹿8耐の写真に井手選手のサインを頂いた
日曜日に土曜日走行写真にサインを頂いた
最多周回数を記録したのはNCXX RACING RIDERS CLUB
—が、ペナルティ減点で表彰台獲得ならず。
しかし—
特別賞を受賞
前田恵助選手を押さえつけて水をかける二人
じゃんけん大会で頂いた井手選手のカード、ステッカー、チャームのセット
ありがとうございました。チャームはレース観戦の際に付けて行きます!
2024スーパーGT鈴鹿GT300Kmグランドファイナル
2024年シーズンからホンダがGT500に投入したシビック。開発段階の車両をモーターショーで見たが、実戦投入されてもやっぱりカッコ悪かった。
スーパーカースタイルのNSXがシュッとして格好良かっただけにシビックはずんぐりした感じ。ちゃんと空力考えたデザインなのだろうが…。
12位:ARTA MUGEN CIVIC TYPE R-GT/野尻智紀/松下信治
チャンピオン狙えるホンダ最強コンビだと思うが、ニューマシン投入初年では無理だったかぁ~ッ。
野尻智紀選手
今やホンダNo1ドライバー。そしてファンサも素晴らしい。
チームで頂いた野尻選手と松下選手のサイン
野尻智紀選手と勝田貴元選手
松下信治選手
佐藤琢磨選手の後釜としてインディや世界で活躍して欲しいのだが、ホンダが推したのは若い太田選手だった。
松下選手には世界で戦う事を諦めないで欲しいな。
ARTAのお姉さん♡
5位:ARTA MUGEN CIVIC TYPE R-GT/大津弘樹/佐藤蓮
ほとんどARTAのオレンジが無く、黒地に白文字で地味な感じがする。
大津弘樹選手
チームで頂いた大津選手と佐藤選手のサイン
佐藤蓮選手
鈴木亜久里ARTA監督
土屋圭市ARTAエグゼクティブ・アドバイザー
大好きなドリキンさんとツーショット写真を撮らせて頂いた。
Gr.A チーム国光STPタイサンGT-Rの写真にサインを入れて頂いた。サインをされながら「GT-Rカッコいいよね~」と言われていた。
ドリキンさんのサイン
万博・博覧会シリーズ⑦
「2005年日本国際博覧会(愛・地球博)」2005年
21世紀最初の万博。会場は二つあり瀬戸会場もあったが、メインの長久手・豊田会場しか行っていない。
単独で2回、嫁はんと1回の都合3回行った。単独は地元JR最寄り駅から出ていた往復バスを利用。嫁はんとは新幹線を使い前日晩から名古屋に行き、学生時代の友人と食事をし、翌日会場に行った。この時にリニモに乗った。
メイン会場になった長久手はドルフィンが通った大学の近所であり、愛知青少年公園は合宿も行った場所だった。久しぶりに行ってみて「こんなに変わったんだぁ」と驚かされた。
キッコロとモリゾウ
今でこそ「モリゾウ」と言えば豊田章男トヨタ会長のレース参戦名として通っているが、大元はコチラ。
モリコロは人気でなかなか一緒に写真が撮れないほどだったが、嫁はんと行った時は偶然にも❝控室❞から出てくるところに遭遇。嫁はんは手を繋いで散歩したのだった!
会場入り口
「浜名湖花博」同様、コンパクトデジカメで撮影していたのだが、データを保存していたCD ROMがダメになってしまった。そのために紙焼きしてアルバムに貼っていたものをスキャナー取り込みした。
メインゲートにいたアンドロイド
今回の万博は大阪万博以来の❝総合的なテーマの大規模国際博覧会❞。ドルフィンも大阪万博を思い出し「色々な国の方と一緒に写真を撮る」をテーマに観て回った。
時間がかかる映像モノは飛ばして展示物と民族衣装を着たパビリオンスタッフの方を写真を撮った。一つでも多くの外国パビリオンに行くために走り回った。
「大阪万博ではスタンプを押していたな」と思い出し、パンフレットにスタンプも押してアルバムに貼って残している。
竹籠をイメージした長久手日本館
名古屋市パビリオン「台地の塔」と竹籠の内側
大地の塔の内部は巨大万華鏡になっている。
外の光によって雰囲気が変わるのだが、巨大だからって必ずしも綺麗とは限らない…。
「大地の塔」の外側にある「切り絵灯籠」
万博らしく各国の料理も提供された。
イタリアンレストラン、フランス館内のフレンチレストラン、石鍋鉄人プロデュースのクイーンアリス・アクアに行った。
イタリアン、フレンチは有名シェフの監修が入っているので日本で食べるものと違っていた。
愛・地球博は多くの注目展示物があった。
イタリア館「踊るサテュロス」像
イタリア館の目玉。1998 年にイタリアのシチリア島沖で漁船によって引き揚げられ発見されたばかり(DIOの棺ではない)の古代ギリシャのブロンズ像。躍動感があり引き込まれる美しさがあった。これは見ておきたいと思った。
マンモスだぁ~!
マンモス頭部(左)とマンモスのシッポのはく製
愛・地球博最大のウリ。シベリアの永久凍土から姿を保ったまま発見された。
小さい頃から「原始人が狩りをしていた」(ギャートルズとか…)イメージがあるマンモス。骨格標本ではなく❝そのままの姿❞を見られるとは! 嬉しかった。
そして「月の石」
今回も「月の石」が展示されていた。大阪万博から数えて4回目。
ロボットも多く展示、ショーが行われていた。
トヨタグループ館のロボットショー
二足歩行の人型ロボットによる演奏と未来コンセプトビークル&搭乗歩行型ロボットによるショー。
ネットによる予約制ですぐに埋まってしまった。行く日が決まったらすぐに予約してようやく空き枠に滑り込む事ができた。平日だったのが良かったかも。
工業ロボット
現在では普及しているロボットも企業が参考出展していた。
数年後にファミレスで働くワカマルに出会った時は「久しぶり~!」と声を掛けてしまった。
ポーランド館のミッフィーちゃん
トヨタグループ館よりも予約が取れなかったのが「サツキとメイの家」。
現在でもジブリパークの一部として残っている。
予約が取れず、遠目に見た。
「浜名湖花博」のモネの家のように❝新し過ぎて❞趣が無い感じだった。今ならイイ感じになっている事だろう。
嫁はんと一緒に行った3回目。夕方になって「万博観覧ももう終盤」になった頃に入った「遊びと参加ゾーン」にある「ロボット・ステーション」で驚愕の展示に巡り合った。
なんと、大阪万博で見たくても見られなかった「フジパン ロボット館」にいたロボット達がいたのだ!
35年目にしてようやく見ることが出来た喜びに涙が出そうだった。朽ちる事無くその姿を保っていてくれた。愛・地球博の展示物の中でも強く記憶に残っている。
ロボットのデザインは手塚治虫先生。
大阪万博のロボットを見た感激を胸に、会場を後にしたのだった。愛・地球博ありがと~ッ‼
2025大阪・関西万博にはこのような感動があるだろうか? 月に石はあるだろうか?
我が家に残るモリコログッズ
コーヒー缶はコーヒー豆入れにしている。
Tシャツは「次の万博に着て行く」と思っていたが、そこまでもたず遂に退役。
万博・博覧会シリーズ⑥
「しずおか国際園芸博覧会 パシフィックフローラ2004(浜名湖花博)」2004年
浜名湖畔で開催された浜名湖花博。当時は静岡県に住んでいたので3回行った。新幹線を使い浜松まで、シャトルバスで会場まで行くルートだった。
「花博」で3回も行ったのは、会場でフレンチの石鍋裕シェフや中華の脇屋友詞シェフが料理を行うからだ。TV番組『料理の鉄人』が大好きで、シェフ自らが作る料理を頂きお会いできるチャンスだった。有名シェフがワークショップと休日が合う日程を選んで行ったのだった。
2回は単独だったが、大阪花博で一緒に行った彼女が嫁はんになっていたので「せっかく県内で開催されるから」と1回は一緒に出掛けた。
写真はデジカメで撮影していたが、データ保存していたCDROMがダメになってデータ消失。紙焼きしてアルバムに貼ってあった写真をスキャナーで読み込んだ。
2回目に行った時だっただろうか、開場時間がズレ込んだ日があった。
なんと名誉総裁の秋篠宮文仁親王と紀子様がご視察に来られていたのだった! 後ろ姿しか拝見できなかった。多くのSPが周囲を囲んでご移動されていた。
マスコット:のたね
「庭文化創造館」は「花見の庭」「料理の庭」「風水の庭」「雪見の庭」「ロボットの庭」「月見の庭」とテーマに沿った展示が成されていた。
「料理の庭」は石鍋鉄人がプロデュースし、ワークショップも行っていた。
綿菓子を来場者に振る舞う石鍋鉄人
当時、石鍋シェフは料理の考案や新店プロデュース、監修業に忙しく、直接自身のお店・クイーンアリスの厨房には立つことは少なかった。イベントくらいでしか石鍋シェフが作られる料理を頂く機会が無かった。
石鍋裕シェフと山田康司シェフ
ワークショップには石鍋鉄人とクイーンアリス本店料理長の山田康司シェフの二大巨頭がアシスタントを付けずに全ての料理を作られていた。これはかなり凄い事だ。
アフタヌーンティーの料理(一部)
人気が高くてランチが頂けるワークショップは抽選落ちしたが、アフタヌーンティーを受けることができた。
石鍋鉄人と
脇屋友詞シェフ
『料理の鉄人』には挑戦者として登場。後に新中華の鉄人として最強鉄人と呼ばれた。
脇屋シェフのランチを頂けるワークショップに参加できた。
ランチ料理(一部)
串に刺さった鶏唐揚げが油通ししたハバネロの山に刺されている。インパクトが強かった。
中国茶
薬膳、菊花、茶葉がワイングラスに入っていて、湯を注ぐと菊花が開くのだ。美味しく美しいグラスだった。
脇屋シェフと
ツーショット撮影した写真を会場でデジカメプリントしてサインを頂いた。
「風水の庭」は華道家・假屋崎省吾さんが手がける「幸福を呼び込む現代的な庭」があった。
假屋崎さんのトークショー&サイン会(グッズ購入者)も行われた。
假屋崎省吾さんが手がけた庭
華道師範の免許を持つ嫁はんは、この庭を見て「う〜ん、好みじゃない」と言っていた。
假屋崎省吾さんとサイン
ツーショット撮らせて頂いた後、会場でデジカメプリントし、サイン会でサインを入れて頂いた。
嫁はんと行った時は中国茶のワークショップを受けた。
浜名湖花博で見たかったのは「モネの庭」。
「睡蓮」にも描かれているクロード・モネの家と庭を再現している。ドルフィンは「睡蓮」が好きなので実際はどのような感じなのか物凄く見たかった。嫁はんと一緒に行った。
—のだが、作られて間が無いので❝古めかしさ❞が無くてガッカリした。
現在は経年劣化や植物の成長があって写真を見るとイイ感じになっているようだ(浜名湖ガーデンパークの一部として現存)。
単独で行った時は「料理の庭」が中心だったので、嫁はんと行った時に会場を見て回った。嫁はんは花や植物が好きなのだ。
きらめきタワー
会場や浜名湖を一望できる展望タワー。
きらめきタワーから見た会場
浜名湖ガーデンパークとして現存。新幹線に乗ると浜名湖の奥に見えるので、いつも懐かしさを覚える。
会場中央を走る運河
❝あの❞人気漫画で有名な「青い薔薇」も植えられていた。
品種改良されて青みが強くでている品種で、薄い赤紫という感じだった。
バオバブの樹
『星の王子さま』に出てくるバオバブ。
ジュラシックツリー
恐竜の化石と一緒になっていた事から太古から姿をかけていない樹。
盆栽と合成
盆栽を巨木に見立てた合成映像が作れたのだが、プリントアウトはできなかったので、モニター画面を撮影した。
暗くなるまで会場にいて、新幹線で帰ったのだった。
万博・博覧会シリーズ⑤
「国際花と緑の博覧会(花博、EXPO’90)」1990年
日本で開催される4回目の万博。大阪鶴見緑地で開催された。大阪での開催とあって会社の社員旅行で1回、彼女とデートで1回行った。さほど遠くなかったので2回とも車で行った。
人物を撮影した記念写真がほとんどで、掲載できる写真がほとんど無かった。
入場チケットが時代を反映してテレホンカードのようなものになった。
某テーマパークのようなパレードも行われた
デートで行った際は会場内レンタルでキャノンのデジタルカメラのハシリのようなカメラを借りて撮影した。シングルCDのような記憶媒体をカメラにそのままセットするもので、記憶媒体を持ってキャノンギャラリーに行くとプリントアウトしてもらえた。記憶媒体を今でも持っていても再生できる機械が無いのではないだろうか?(ビデオのβみたいな…)
撮影は20コマか30コマくらいしかできず、撮影全コマをB4サイズに収めてプリントした(フィルムのベタ焼きみたいな感じ)。
パビリオン入場チケットはアルバムに貼って残してある
パビリオンは映像展示がほとんどになった。CGを使った巨大スクリーンでの映像は❝体が動いていなくても、視覚から脳が反応して乗り物酔いのような状態❞になった。
「三菱未来館」の360°全天周映像は『Zガンダム』のコクピットを大きくしたような感じ。足元まで映像が映っていた。
今では小型カメラで360°撮影できるが、当時はメイキングを見ると多くのカメラを取りた棒の後ろにスタッフが一列縦隊になって撮影するほどの労力がかかっていた。
「咲くやこの花館」は現存し、巨大温室の機能を保ち続けている。
植物を展示する❝温室❞であるのにも関わらず、その一角に突然に『月の石』が展示されていて「こんなところで月の石があるとは⁉」と驚かされた。大阪万博ではあれほど多くの人を集めた月の石も20年経つとこんなにひっそりと置かれているようになってしまうのかと寂しさを覚えた。人生3度目の月の石だった。
万博・博覧会シリーズ④
「国際科学技術博覧会(つくば博)」1985年
日本で3回目の万博。「人間・居住・環境と科学技術」がテーマ。当時の特別博覧会史上、最高入場者を記録したらしい。
TVCMもバンバンうたれていて注目度も高かった。
『巨獣特捜ジャスピオン』でも舞台になった。
つくば博は叔父の会社の関係でプレスプレビュー日に入らせてもらう事ができた。友人を誘って叔父に車で送ってもらい、一般公開前に見て回ったのだった。
園内で費用はかからず(飲食別)、空いた状態。コンパニオンのお姉さん達もパビリオンの前で写真撮影に応じて下さった。
まだ工事車両も停まっている会場
国際科学技術博覧会協会 接待・通訳コンパニオンのお姉さん
つくば博を代表するコンパニオンのお姉さんたちが会場入り口でお出迎え。
松下館のパンフとお姉さん
アルバムにパビリオンのパンフと撮影写真を貼って残してある。
NEC C&Cパビリオン 上には巨大パラボラアンテナがある
ロボットアーム
現在では工業用ロボットとして普及しているシステムが発表されていた。
カメラで人物を撮影し、ロボットアームが似顔絵を描いてくれる体験をさせてもらった。似ているような似ていないような…な感じの絵だった。
ここだけでなく、つくば博は近未来の科学技術が展示されていて、30年経った今では普及しているものも少なくない。
ダイエー詩人の家の上で
木造のピラミッド型で、上に登って休む事ができる❝巨大ベンチ❞。
大観覧車テクノコスモス
観覧車は時間がかかるので、それなら他を見て回りたいので乗らなかった。
この観覧車は後に大阪エキスポランドに移設されたらしい。今回、ブログ掲載のために調べて初めて知った!
この↓観覧車がつくばテクノコスモスだったのか~ッ!
2018年太陽の塔内覧会の際、エキスポシティにて撮影
つくば博はリニアモーターカー「HSST」に乗車できた。これに乗るのが楽しみだった。
❝浮く❞感じは無く、走っていた車がニュートラルにして進んでいるようなスーッと動く感じを受けた。
チケットには料金が書かれているがプレス日なので無料で乗車。
移動は会場内を走るビスタライナー
会場の移動はコンピュータ制御のモノレール「ビスタライナー」に乗車。会期中は料金がかかるが、これもプレス日なので無料で乗り降り自由。
会場を俯瞰している写真はビスタライナーから撮影したもの。
遊園地エリア
夕方、叔父と待ち合わせ。
試験営業していたラーメン屋さんがあったので、そこでご馳走になった。が、ラーメン一杯の価格が町中での通常価格の倍くらいした。叔父が「これ本当にこの価格なの⁉」と怒り半分驚き半分でお店の方に聞いていた。
きっと他の会場内飲食の価格もそのくらいボッていたのだろう。
貴重な体験をさせてくれた叔父貴に感謝。
つくば博記念500円硬貨
万博・博覧会シリーズ③
「神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア'81)」1981年
神戸港に埋め立てられた人口島・ポートアイランドを会場にした地方博。この大成功を期に日本全国で地方博ブームが起こった。
イメージソングは宇宙博に引き続いてゴダイゴ!
アルバムに貼ったマップと写真撮影場所
高校の行楽会で行った。
だが、それ以前—ポートピア開幕前に行われた「ポートピアマラソン」を走っていた。顧問の先生「開幕前に開場に入れるぞ」の言葉につられて故障明けながらエントリー。三宮市街から赤い神戸大橋を渡ってポートピア会場前でUターン(会場には入れんやないかい!)、神戸大橋袂にある異人館・北公園がゴールだった。
後に阪神淡路大震災で崩れた北公園異人館をTVで見た時は被害をより身近に感じた。
観覧者から会場を撮影 コーヒーカップ型のUCC館がある
ポートピアは博覧会パビリオンと遊園地があって両方を楽しめた。
記念写真やパビリオンの写真等はパンフレットと一緒にアルバムに貼って残している。
この頃から映像展示が多くなったように思える。
楕円形が特徴のポートピアホテル
会期中にオープンしたポートピアホテルは楕円形状で、近代的なイメージだった。20年後にポートピアホテルのレストランに食事に行くまで入る事は無かった。ホテルは博覧会エリア外になる。
ポートピアの注目は「ジャアントパンダ2頭」の公開だ。ポートピアのために中国から借りたそうだ。
初めて見るパンダ(—てか、今のところ人生唯一)。立ち止まる事はできず、歩きながら観なければならない。
パンダはのんびり笹とかパンダ団子を食べてのっそり動くイメージだったが、この時はダッシュで岩の上に駆け上がった!(写真上にいる) パンダめっちゃ速ッ! パンダを見る目が変わった。人間よりも速いんじゃないの?
ホールでアイドル・倉田まり子さんが来られてチャリティーオークションが行われていた。
友人が倉田まり子さんが好きで「写真撮ってくれ!」とせがまれた。
倉田まり子さん
異人館通りも作られていた
好みの可愛いコンパニオンのお姉さんと一緒に写真を撮った。仲の良い連中と観て回っていたので気も大きくなっていた。高校生らしい実にヤングな行動だ。「あのコめっちゃ可愛い♡」と写真を撮り合っていたのだった。
コンパニオンのお姉さんと一緒に写真を撮るのも人生初だ。