懐かしいF2 & F3000も走る 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン お喋りもまた楽し
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンでは懐かしいマシンを観たりや豪華ゲストに会えるのも楽しかったが、鈴鹿で知り合った方々とお会いしてお喋りできたのも楽しい思い出になった。
一緒に行っていた友人が亡くなった後は一人でサーキットに行っていたが、少しずつ知り合いが増えていった。
2輪でお会いした方、4輪でお会いした方、両方とも来られている方とも再会して色々とお話したり情報交換したりした。
日頃モータースポーツについて話せる相手が少ないので、このような機会が一層楽しいのかもしれない。
朝は「おはようございます。お久しぶりです」から始まり、一日の終わりはそれぞれバラバラになるので特に挨拶も無い。今回お会い出来なかった方も含め、また次に会える時を楽しみに-。になる。
今年は「F2&F3000」もひとつのジャンルとして走行が行われた。
毎年、開催後の鈴鹿HP「アンケート」で「昔のF2も集めて走らせてもらいたい」と書いて来た甲斐があった。
ドルフィンが見たかったマーチ832やレイナード95Dは来なかったので、もう走行できるマシンが無いのかも。-いやいや、そう思っているだけで実は参加していないだけで現存しているのかもしれない。
「Gr.C」とともに「F2」のジャンルも今後盛り上げていってもらいたい。
ブルーノ・ジャコメリ選手のマーチ782とか見たいなぁ。
コレクションホールにあるJPSカラーのマーチ832/ホンダやラルト/ホンダ、スピリット/ホンダはもう走れないのかな? ジェフ・リース選手をゲストに呼んで走らせて欲しいな。
NOVA 532P 1978年
星野一義選手がドライブした国産F2。
鈴鹿50thアニバーサリーデーでは星野一義氏がドライブした。
今回も乗って欲しかった。
’78年JAF富士GPで観て以来、大好きなマシンのひとつ。
中嶋悟車は残っていないのだろうか?
LOLA B351 2005年
デモレースではポール・トゥ・フィニッシュ。
以前にもサウンド・オブ・エンジンで走った時に高木虎之介選手がドライブしたマシンだと教えてもらったような。CARTから全日本復帰した年のマシン。
LOLA T90-50 1990年
F3000マシンの中では一番カッコイイと感じる。
ベネトンF1風のサイドポンツーンのエアインテークが特徴的。1991年になっても「91」より前年の「90」の方が出来が良く、シーズン途中で「90」に戻す選手も少なくなかった。
片山右京選手のマシン。
LOLA T90-50 1990年
昨年登場し、確か未使用で残っていたマシンを整備して走れるようにしたとの事だった。
「90」はF1の空力を取り込んで完成度が高い❝量産❞フォーミュラだった。
フロントウイングは直線だが、その下部に入ったエアをそのままボディ下部に導く構造になっている。
LOLA T93-50 1993年
カワイスチール・カラーのマシンを見るとフォルカー・ヴァイドラー選手が強かった事を思い出す。
1993年はF1に行く前のハインツ=ハラルド・フレンツェン選手がドライブした。
LOLA T96-51 1996年
ゼッケンNoこそ異なるが、シオノギNOVAは後にF1に進むペドロ・デ・ラ・ロサ選手とノルベルト・フォンタナ選手がドライブしていた。
この頃から仕事が平日休みになったので、テストとかよく観に行っていた。
当時シオノギで頂いた「元気!ポポンS」のバンダナは、今でも弁当包みに使用している(笑)。
LOLA T98-51 1998年
’98年のコスモオイル・セルモに乗っていたのは野田英樹選手。
F1のようにコクピットサイドにプロテクターが付くようになった。この時も昨今のヘイローのように安全面と引き換えに観客側から「ヘルメットが見え難くなる」と言われていた。
March 88B 1988年
ワコール・ダンロップ88Bは童夢からロス・チーバー選手が参戦していた。
下着メーカーのワコールがモータースポーツのスポンサーになった時は驚いた。雑誌等でもよく取り上げられていた。カラーリングが綺麗だった。
レース前に観客席にプレゼントとしてカプセルに入った下着を投げ入れていた時もあった。当時一枚持っていたな。
March 842 1984年
ゼッケンNoがそのままだとすると松本恵二選手のマシンかな?
この年の全日本F2選手権にはジェフ・リース選手、ステファン・ヨハンソン選手、エジェ・エルグ選手、ロベルト・モレノ選手らが走っていて外国人ドライバーも豪華な年だった。
富士戦とか友人と金曜日の練習走行を観に行って、日曜日の決勝も観に行っていた。
Mclaren M4A 1967年
F2やF3000と一緒に「Historic Formula Resister」のマシンが走っている―と思っていたら、れっきとした葉巻型時代のF2マシンだった。さすがにこの頃のマシンは分からない。
March 702 1970年
昨日発売 F1マシンコレクション76号はアロンソ選手のフェラーリF138
昨日発売されたF1マシンコレクション76号の1/43ミニカーは、2013年のフェラーリF138。
現在使用されているような❝パワーユニット❞になる前、V8エンジン最終年。フェラーリでのチャンピオン獲得はならなかったものの、フェルナンド・アロンソ選手にとって最後のF1優勝マシンになった。
2013年F1日本GP
2013年は小林可夢偉選手がF1浪人をしていたので、日本人F1ドライバーがいない日本GPになった。
それでも金曜日券を購入して友人と観戦に行ったのだった。当時はまだ電車で鈴鹿通いをしていた。
TVのF1中継を見ていて、アロンソ選手は当時のF1ドライバーの中でルイス・ハミルトン選手と並んで技術がある選手だと確信していた。この頃のハミルトン選手は結構ハジケた私生活が取り沙汰されて良く思わない方も多かった。
F1マシンコレクションの1/43ミニカーは、複雑化してきたフロントウイングがかなり省略した造りになっている。
付加パーツも細かくなってきているためか、他号のミニカーに比べて❝あら❞が目立つ。コクピット脇やリアウイング翼端板が特にベコベコした感じだ。
フロントカウルのスポンサーロゴやイタリア国旗のカラーラインは綺麗に表現されていてカッコイイ。
毎年チャンピオンを獲得してもおなしくない走りを見せていたアロンソ選手だったが全盛期だったレッドブルを打ち負かすことができず、2度のタイトル獲得だけに終わってしまった(現時点で)。
今では世界三大レース優勝を目指し、幾多のジャンルのレースを制する事を目標としているようだ。
観に行ける範囲の鈴鹿サーキットで、アロンソ選手の本気の走りを観る事はもう無いのかもしれない。
長谷見/星野/松田選手が日産プリンス60’s’sマシンで走行 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
日産は今年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンにプリンス・グロリアSuper6とプリンス・スカイラインGT S54とGr.Cカーのニッサン91CPを持ち込んでくれた。
日産やマツダは毎年マシン協力してくれるから嬉しい。
日本レース界のスーパースター2人・長谷見氏、星野氏ともに金曜日からサーキット入りして練習走行をされていた。
レースウィークやテスト日のようなピリピリ感が無いので、お喋りやサインもして頂けた。
長谷見昌弘氏
星野一義氏
2人で何やら打ち合わせ? 決してネタ合わせではない。
松田次生選手
サウンド・オブ・エンジンではスカイラインGT-Rやニッサン91CPをドライブ。
スカイライン2000GT-R
BHオークションが出品しているスカイラインGT-Rを、自他とも認めるGT-Rマニアの松田次生選手がドライブ。
職業ドライバーではなく❝マニアの顔❞になっている松田選手。自身のスマホで撮影して楽しんでおられた。
「買っちゃいましょうよ」と言うと「いやぁ、ムリムリ」と言われていた。この数日後、最新型GT-R NISMOが松田選手の元に納車されたのであった。そっちでお金使っちゃったか!(笑)
長谷見昌弘氏に、金曜日にスカイライン・スーパーシルエット前期型の写真と-
ロータス79と並ぶ一番好きなレーシングカー、スカイライン・シルエット前期型。’83年富士GC第2戦で撮影。
土曜日に金曜日のプリンス・スカイラインの写真にサインを入れて頂いた。
星野一義氏に金曜日のプリンス・グロリアの写真にサインを入れて頂いた。
松田次生選手に、スカイライン2000GT-Rとの写真にサインを入れて頂いた。
土曜日午後のプログラム「NISSAN Legend Cars」で3周の走行。
プリンス・スカイラインGT S54 1964年
プリンス・グロリアSuper6 1964年
長谷見選手のプリンス・スカイラインに追い越しを掛ける松田選手の2000GT-R
スカイライン2000GT-R
ラストラップは手を振って下さった。
来年はスーパーシルエット日産ターボ軍団3台を走らせてもらいたい~ッ!
タイレル019をドライブする中嶋大祐選手 最後の雄姿になってしまった サウンド・オブ・エンジン
スーパーGT×DTM交流戦のレース2ポールポジション獲得のインタビューで引退発表した中嶋大祐選手。いやぁ、驚いた~。
引退後はモータースポーツとは別の世界に進むのだとか。
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンのゲストとしてタイレル019をドライブした姿がドルフィンが目にした最後の雄姿になってしまった。
タイレル019のピットでの中嶋大祐選手
まだやれると思うが、ご自身の中で思うところがあっただろうし、良い就職先に巡り合うタイミングがあったのだろう。
今季のスーパーGTでの写真にはサインを頂いていたので、今回撮影した写真を❝次の機会に❞サインを入れて頂こう-と思っていたが、もう❝次❞が無くなってしまった。
次にサーキットでお見かけする機会があるとすれば、プライベートで陣中見舞いに来られているときになるのだろうか?
何年か先にでもサウンド・オブ・エンジンにはゲストで来てマシンをドライブして欲しいな。
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田宮模型のタイレルP34とマルティニ選手のミナルディM191
鈴鹿サウンド・オブ・エンジンには超豪華、年式が異なる2台の6輪F1・タイレルP34が集まった。
こんな事が日本のモータースポーツ史上あっただろうか!?
流石に2台並んで-とはいかなかったものの、夢のような出来事だ。
公開は土曜日から。金曜日はドアが閉められて外から撮影
静岡市にある株式会社タミヤが保有・展示しているマシンが出張。
田宮模型の協力により成しえた企画だった。
’76年型・タイレルP34/フォード
F1GPに初めて実戦投入された6輪マシン。スゥエーデンGPで1-2フィニッシュを達成した事は正真正銘の伝説。
6輪というだけでなく、フロントタイヤを見るための❝窓❞も設置されている。
田宮模型本社でマシンを観た事はあったが、磨き上げられタイヤのエアも入り場所も異なるので重厚な雰囲気を出している―ように感じる。
田宮本社でも展示のみされているので、恐らく走らせることはできなくなっている。
ミナルディM191/フェラーリ
ゲストのピエルルイジ・マルティニ氏がF1最高位の4位を獲得した年のマシン。
ちょい前までは中野信二選手が乗ってデモランしたこともあった。
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ティエリー・ブーツェン氏鈴鹿を走る あの頃のように… 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
鈴鹿サウンド・オブ・エンジン、今年の4輪メインゲストはティエリー・ブーツェン氏。
6月に行われた(鈴鹿8耐テストの翌日)フェラーリのイベントで来日した時に出演交渉があったらしいと、巷で噂になっている。
ブーツェン氏もトークショーで語っていたがF2時代から鈴鹿を走って来た。F1引退後も鈴鹿1000㌔でポルシェ911GT1を走らせている。
「鈴鹿に所以がある元F1ドライバー」としては最もゲストに相応しいと言える。
土曜日の朝一番にピエルルイジ・マルティニ氏とともにトークショー。お互い同じ時代にF1を戦った仲だ。
「私はF2時代にスピリットで走っていて、ホンダと一緒に仕事をしたこともあります。鈴鹿で走った時は中嶋サン、星野サンが速くて敵いませんでした。2位になるのが精いっぱいでした。ヨーロッパ(F1)に行ってからは逆転しましたけどね。」
マルティニ氏と口をそろえて-
「F1で走っていた頃は良いドライバーが大勢いて、その中で走り優勝できたことは幸せでした。あの頃はコンピューターの制御が無くて、人と人とのぶつかり合いでした。今のF1は今の面白味がありますが」
と話されていた。
現役当時はトークショーなどなかったので、こうして話を聞けるのは嬉しい。
朝一番のトークショーで「これで今日の仕事は終わっちゃったの?」「これだけのために鈴鹿に来たの?」と思っていた。
ところが、午前の「Legend of Formula 1 」の走行を激感エリアで撮影していると、ロータス101/ジャッドのドライバーのヘルメットがブーツェン氏のもののように見えた。
「あれ?」と、翌周も注意して見るとやっぱりブーツェン氏が走っているゥゥゥッ!!
もしかしたらスタート前に場内放送でアナウンスがあったのかもしれないが、激感エリアでは聞き取れなかった。
ただ喋りに来ただけでなく、走ってくれるんだ! 嬉しいなぁ。
歳は取っても流石は元F1ドライバー、毎周同じラインで走ってくる。とても今日が初めて乗るマシンとは思えない。
金曜日は来場せず練習走行等もしていないし、凄いな。
目元や鼻筋まで見えるほど
数周撮影すると激感エリアからシャトルバスも待たずにダッシュでピット裏に戻る。
マシンから降りたブーツェン氏の出待ち。
トークショーの際「サインは後で」と言われていただけあって集まったファンにサインをして下さった。
午後はウイリアムズFW12で走行するはずだったが、マシン不調で出走できず。ガ~ン! 午前中は走行できていたのに。ヒストリックマシンは調子を維持するのが難しい。
土日観戦なら土曜日の走行写真に日曜日にサインを入れて頂くこともできたかもしれないが、日曜日は観戦していないのでそれは不可だ。
夕方もヒストリックマシンのピットにブーツェン氏が長くいたと思ったら、どうやら翌日に乗るマシンを決めていたようだ。
日曜日はF3000やGr.Cアドバン・ポルシェ962Cにも乗られたそうだ。観たかった~。
夕方までに何度かブーツェン氏と遭遇。その度に昔撮影した写真にサインをおねだりしたのだった。
1988年 ベネトンB188
1989年 ウイリアムズFW13
1997年鈴鹿1000㌔ ポルシェ911GT1
鈴鹿1000㌔で来日した際、初めてブーツェン氏にウイリアムズFW13Bの写真にサインを頂いた。
上の写真も構図はもっと良いものがあったが、ヘルメットが分かる写真にした。
日も暮れてブーツェン氏がサーキットから帰る祭「Thank You Boutsen!」と手を振って見送ったのだった。お礼を言わずにはいられなかった。
6輪F1鈴鹿を走る タイレルP34とピエルルイジ・マルティニ氏 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン
2019鈴鹿サウンド・オブ・エンジン最大の注目マシンは、6輪F1・タイレルP34/フォード’77年型だ。
❝いつもの❞マシンが大半を占める今年のF1、Gr.C、’60年代マシンにあって(あれらのマシンを❝いつもの❞と言ってしまうあたり贅沢になってしまった…)、超レアなマシンが来てくれた。
タイレルP34は史上稀にみる実戦で走った6輪F1。現役当時から人気のマシンだった。
しかも、マシンのオーナーは元F1ドライバーのピエルルイジ・マルティニ氏というから驚きだ。マルティニ氏本人がタイレルをドライブしてくれるのだから嬉しい。
土曜日のトークショーでのピエルルイジ・マルティニ氏
土曜日のトークショーでは
「私が走っていた時代のF1は、アイルトン・セナがいて、アラン・プロストやナイジェル・マンセルがいて、マイケル・シューマッハも出て来た。良いドライバーが大勢いた。その中で走れたのは良かった。あの頃は人と人との闘いだった」
と話されていた。
タイレルP34’76年型は’83年F1フェスティバルや田宮模型本社でじっくり見る機会があったが、’77年型をまじまじと見るのは今回が初めて。
マルティニ氏のタイレルはフロントタイヤがスポーツカーノーズに隠れて空気抵抗を減らす基本コンセプトに沿ったモデル。’77年F1日本GPにやってきたマシンはワイドトレッドになってカウルからはみ出てしまっていた。
金曜日に練習走行の時間があったものの、エンジントラブルで走れなかった。これはなかりショックだった。
金曜日はS字か逆バンクで撮影し、土曜日はパドックプラス券を使って激感エリアで撮影しようと計画していた。
そして金曜日に撮影した写真に土曜日にマルティニ氏にサインを入れて頂こうという作戦だったが、頓挫してしまった。
今までデモランしてきたヒストリックF1はマシンに合うオリジナルブランドのタイヤが製造されていないため、エイボン社にオーダーして作ってもらっているという話を聞いたが、タイレルP34はオリジナルのグッドイヤー製タイヤを履いていた。
レインタイヤも用意されていた
金曜日、パドックに集まったファンにも気軽にサイン&写真撮影に応じてくださった。陽気で親切な方だった。
ハイタッチ&サインもして頂いた。嬉し~ッ!
’90年日本GPミナルディM190
’93年日本GPミナルディM193
朝から集まってくれたファンに-と、マルティニ氏直々にピンバッヂを下さった。
これはもう❝お宝❞だぁぁぁ~ッ!
↑上写真の時のヘルメットだ。
今回使用されたヘルメット。デザインはそのまま
土曜日の午前中、F3000とFL500の走行時間の間にいきなり走り始めたタイレルP34。焦った~。
1周目はマシンを目視してからコンデジの電源を入れて構えたので、タイミングが合わずポールが写り込んでしまった。2周目以降は失敗しないように動画撮影。
期せずして激感エリアで撮影することができた。
うわぁ~、6輪F1が鈴鹿を走ってるよぉ!
鈴鹿を経験した元F1ドライバーだけあって走りが確か。最初っから1~2コーナー内側ギリギリを走ってくる。
ギアシフトダウンする「ボウン、ボウン、ボウン」という大きなエンジン音。いいねぇ~。
動画撮影からコマ抜き
グリッドウォークは一目散にタイレルP34の元へ。
グリッドウォークの際、ファンのリクエストに応じてマシン横で記念撮影するマルティニ氏
土曜日に日本GPで初めてF1走行した写真と、最新の写真にサインを入れて頂いた。
'88年日本GPミナルディM188
タイレルP34とマルティニ氏
本当は走行写真に-と思っていたが走らなかったので。
「Tyrrell P34 伝説のシックスホィーラー」
いよいよ本番の走行。15時50分からだが、東コースの大半は日陰になってしまっている。光量が不十分になるので1周目は写真撮影。2周目から動画撮影にした。
S字の切り替えがクイックで「こんなに速く走ってくれるのか」と驚くほど。
場内放送で解説の熊倉さん(?)が「タイヤが昔よりも良くなっていて、ドライバーも良いので、当時走るよりも速いかもしれませんよ(笑)」と話されていた。
土曜日、これだけ快走していたのに日曜日は再び調子を崩して走れなかったとか。日曜日に楽しみにしていた方は残念だっただろう。
やはりクラシックなマシンは調子を維持するのが難しいようだ。
マルティニさん、日本に来てくれてありがとう! タイレルP34を走らせてくれてありがとぉぉぉッ!!
21の日 WGPレジェンドが来たッ! レイニー氏が走った日 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン土曜日
今年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンで一番の楽しみはWGP最高峰クラスで複数年チャンピオンを獲得したレジェンド3人の来場だ。
特に❝神様❞ケニー・ロバーツ氏は2年前の鈴鹿8耐以来の鈴鹿サーキット。「まだ2年しか経っていないの?」と改めて思うくらい待望だった。
そしてレース中の事故で半身不随になったウエイン・レイニー氏が再びバイクに乗ると言うのだから。これは観ておかねば気が済まない。
やはり半身不随になった元GPライダー・青木琢磨氏がバイクに乗ったことで、レイニー氏が再びバイクに乗る話が進んだのだそうだ。
ピットに用意されたウエイン・レイニー氏用ヤマハYZF-R1
琢磨氏が乗ったCBR同様のハンドクラッチと足の固定器が装着されている。
チャンピオン獲得時のマールボロカラー。カッコイイ。ロゴが入っていない所はミニカーっぽい(笑)。
ホンダもヤマハも走らせられるかつてのチャンピオンマシンが無いので(パーツが無くなってしまったので滅多に走行させられない)、走るのはレイニー氏だけだと思っていた。
ピットに用意されたマシンを見て「この手があったか~!」と目から鱗。
それと同時にロバーツ氏、ローソン氏も走ってくれると分かり、一層テンションが高まった。
ケニー・ロバーツ氏用ヤマハYZF-R1
ヤマハ・ストロボカラー
エディー・ローソン氏用ホンダCBR1000
チャンピオン獲得時のロスマンンズカラー。やはりロゴは入っていないのでミニカーのようだ。
青木琢磨氏用のレプソル・ホンダRC213V-S
琢磨氏の弟・青木治親選手が調整を手伝っていた。治親選手は金曜日だけなのだそうだ。
RC213V-Sだけでなく、レイニー氏のR1も慈しむように磨いていた姿が印象的。
琢磨氏も来られるものと思って金土曜日待っていたが現れず。
日曜日だけの来場だったようだ。
琢磨氏の兄・青木宣篤選手は金曜日から参加。
土曜日、気付いたらレイニー氏のR1と宣篤選手のスズキGSXR1000がピットから消えていた。
きっとどこかでフィッティングを行っているのだろう-と察した。だがどこで? パドックやピットをくまなく見て回ったが見つからず。
後に宣篤選手が公開した動画で「西コース」でライディング練習をしていたと判明。それでは分からないや。
WGP US Legends ~ Wayne is Back ~
土曜日午後3時半といったら東コースの大半が日陰になってしまっている時間。
コンデジでは1周につき1枚くらいしか撮影できない事と光量が不足すると思い、動画で撮影することにした。
ウエイン・レイニー氏
この写真だけ写真撮影。他は動画から抽出。
最初にレイニー氏が走り始めた。
1~2コーナーを回り、近づいてくる。観ていたS字を駆け抜けてゆく。
あぁ、レイニーさんが走っている。空のノリックにも見せてあげたい。この場にケビン・シュワンツ氏にも来てもらいたかった。
ノリックがマールボロ・ヤマハ・チーム・レイニーに在籍していた時、レイニーさんをリスペクトする話を雑誌で読んでいた。
目の下に熱を感じた。鼻の奥がツンとしてムズムズしてきた。
やれなできるんだな。勇気を頂いた思いだ。
レイニー氏の走行を見て、改めて青木琢磨氏が鈴鹿8耐テストで公開走行した時の速度が尋常ではないと分かった。きっとかなり練習してきたのだろう。
ケニー・ロバーツ氏とエディー・ローソン氏
今までのイベントでは昔のマシンでデモランするだけだったが、今回はいくら回してもOKな現代のバイク。
歳をとっても堂に入った見事なコーナーリングで、先行するレイニー氏に追いつくために走る走る。観た感じかなり攻め込んでいた。
ロバーツ氏のコーナーリングが目の間で!
エディー・ローソン氏 キレのあるコーナーリング
最後は3人そろっての走行
撮影動画を見て気付いたのだが、レイニー氏も少しだけ片手を上げて観客に応えていた。
ロバーツ氏、ローソン氏が来られるというので「TECH21」シャツを着て行った。
今年の鈴鹿8耐後、この日のために冬眠させずにいた。
ケニー・ロバーツ氏
ドルフィンの中では「2輪の神様」。お会いして震えた。
自分の気持ちを伝えたくてスマホに話す翻訳ソフトを入れて行ったのだが、舞い上がってしまって使う事を忘れてしまっていた(笑)。
サインを書いて下さっている時に「ユア、マイ、ゴット」と伝えるのが精いっぱいだった。「アリガトゴザイマス」と日本語で返してくださった。
鈴鹿で知り合った方に英語で選手と会話できる方がいて、凄な~と感心する。
ケニー・ロバーツ氏に1985年の鈴鹿8耐の写真にサインを入れて頂いた。
フィルムの退色が辛い…。今にして思えば良いフルムでメーカー現像にしていれば良かった。-が、当時は学生でお金無かったんだよなー。あ、今も無いか!
また、2017年鈴鹿8耐40回記念大会でTECH21ヤマハFZR750をデモランした写真にもサインを入れて頂いた。
エディー・ローソン氏
ローソン氏はTECH21ヤマハで平選手と組んで8耐優勝している。
ローソン氏のミニカーは探しても無かったので、ブレブレ写真ながら優勝した鈴鹿8耐の写真を持って行き、サインを入れて頂いた。
この大会は❝初めて❞にポジフィルムで撮影。おかげでフィルムの経年劣化が少なかった。
ウエイン・レイニー氏
レイニー氏を生で姿を見るのは初めて。
雑誌やビデオで見ていたレイニー氏は二枚目でカッコ良かった。歳を取られた今でもカッコイイ。そして気さくな方だった。
レイニー氏は撮影した写真が無いので、チャンピオンバイクコレクションのミニカーにサインを入れて頂いた。
レイニー選手のチャンピオンバイクコレクションを持って来られている方は多かった。
手持ちのチャンピオンバイクコレクションでサインを頂いていない存命ライダーはフレディ・スペンサー氏だけになった。
憧れのレジェンド・ライダー達にお会い出来てテンション上がりっぱなし。
嬉しく楽しかった。レジェンド・ライダーの皆さんありがとうございます。また鈴鹿で走って下さい!
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レジェンド祭り 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン 土曜日編
鈴鹿サウンド・オブ・エンジン土曜日。いよいよメイン開催日が始まる。
第2回目以降、開催がこの季節に移ってからは必ず1日は雨が降っていたが、今年は大丈夫そう。メッチャ素晴らしい秋晴れだ。
園内各所にサウンド・オブ・エンジンのノボリが立っているが、スポンサー名が入らないもの。
昨年までのスポンサー・リシャールミルは喧嘩別れしてしまったのか、同日に富士スピードウェイで別イベントを展開。-なので今年はサーキットタクシーも無いので中野信二選手や新井敏弘選手も来場されないようだ。
GPスクエアには「TIME TRAVEL PARKING」の車両が集まっていた。
今年はゆっくり見られなかった。
ピエールルイジ・マルティニ氏、ティエリー・ブーツェン氏、トークショー
GPスクエアは朝一番から4輪メインゲストのトークショー。
「ブーツェン氏はこれで今日の仕事終わったったの? この後どうするの?」と思っていたら…。
一旦、パドックに行ってみる。
マクラーレンのディーラーやリシャールミル上得意様の超スーパーカーが来ていた昨年までにくらべてガラガラ感が否めない。
パガーニが来ていた。
土曜日だからだろうか、スーパーカーの台数も少ないような…。
朝、サーキットに向かう途中でカウンタックと遭遇してテンション上がった。
集まっていたスーパーカーの中ではフェラーリF40が一番好きだ。
ランボルギーニ・イオタSVRとか来てくれないかなぁ。
Historic Formula Register
日本2輪レジェンド・トークショー
河崎裕之氏、水谷勝氏、八代俊二氏
このメンバーは見ておかなければ-と、再びGPスクエアメインステージに向かう。
マシン開発話で盛り上がった。
せっかく「パドックプラス券」を買っているので、F3000&F1走行を撮影するために2コーナー激感エリアに向かう。
パドック・センターハウスから激感エリアまで無料シャトルバスが出ているので助かる。
F3000の走行が終わり「次はFL500の走行です」とのアナウンスが聞こえて来た。が、しばらくすると予告無しにいきなりタイレルP34が走って来た~💦
前日、エンジントラブルで走れなかったので、本番前の走行テストだろうか?
ダッシュでコンデジの電源入れて撮影したら、ポールが写り込んでしまった…。
合計3周走行。2周目からは動画で撮影。
FL500
「LEGEND of Formula 1」の走行を撮影していると「あれ?」と気付く。
ロータス101をドライブしているのはティエリー・ブーツェン氏か? マンセル・レプリカのヘルメットを被っている方はいたが…。ブーツェン・レプリカのヘルメットなど無いだろう。本人か?
走行予定は無かったものの、数年前のロベルト・モレノ氏のようにサプライズで乗ったようだ。
午後にはウイリアムズFW12にも乗るらしかったが、マシントラブルで出走できず。残念。
この写真にサインを入れて頂く機会はもう無いだろうな。
グリッドウォーク
速攻でタイレルP34のところに行くと、ピエールルイジ・マルティニ氏が記念撮影されていた~ッ!
好きなF1マシンの一台、ナニーニ選手が日本GPで優勝したベネトンB189
日曜日にはティエリー・ブーツェン氏がADVAN Alphaポルシェ962Cにも乗って最速ラップを出したらしい。観たかったな。
再び激感エリアへ。星野一義氏、長谷見昌弘氏、松田次生選手が走る「NISSAN Legend Cars」と「60’s Racing Carデモレース」を撮影。
メインの「WGP US Legends ~ Wayne is Back ~」と「Tyrrell P34 伝説のシックスホィーラー」をどこで撮影しようかと悩む。
2輪は激感エリアの方が圧倒的に近くで撮影できるが、タイレルは真横からしか撮れない。
本来なら金曜日にタイレルが走っていればS字か逆バンクで撮影し、土曜日は激感エリアで-と思っていたのだが、金曜日は走行しなかったからだ。
陽も陰ってきたので、両方とも動画で撮影することにシ、S字に移動。
「WGP US Legends ~ Wayne is Back ~」
ケニー・ロバーツ氏、エディー・ローソン氏、ウエイン・レイニー氏…全員、複数年ワールドチャンピオン経験者。幾多の伝説を築いてきた選手たち。
’80年代、彼らのバトルをTVやビデオで観て来たなぁ。
写真は動画から抽出。
レイニーさんがハイクで走った! 感激だ。目の下に熱を感じ、鼻の奥がムズムズツーンとしてきた。
青木琢磨さんは日曜日だけの来場だったようだ。
「WGP US Legends ~ Wayne is Back ~」
この日は走ってくれた。
昔のマシンなのでもっとトロトロ走るものかと思っていたら、かなり攻めた走りでビックリした。
写真は動画から抽出。
朝からハイテンションで過ごした夢のような二日間が終わってしまった。
来年のサウンド・オブ・エンジンにも期待したい。























































































































