カスタムカーとお姉さん お姉さん達はマスク無しで頑張ってました 大阪オートメッセ
かつてはメーカー出展のある「モーターショー」は清楚系のお姉さんが多く、カスタムカーが主流の「オートサロン」は露出が多く派手なお姉さんが多かったが、近年はでその境が無くなってしまったようだ。
大阪オートメッセのカスタムカーとお姉さんたち。
新型コロナウィルスが騒がれ始めていた頃の開催だったので、メーカーの説明担当者や受付お姉さんはマスクをされていた。しかし、写真を撮られてナンボのキャンギャルのお姉さん達はマスクをしていては商売にならない。マスク無しで平気で写真を撮りに来るお客さん相手でも笑顔でいなくてはならない。恐怖を内に秘めて仕事をするお姉さん達の覚悟たるや。
JPSロータスをイメージした軽トラ。
このカラーリングは琴線に触れる。メッチャカッコイイ!
2台そろえて展示していたが、どうせならゼッケン「5」と「6」だと良かったな。
S耐参戦のハセプロ
共にアパレル系の懐かしいカラーリングのスクーター
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日本で観られる唯一にして最高峰のフォーミュラ 鈴鹿F2 1983年
1977年のF1日本GPが終わってから日本で世界選手権が開催されない年が続いた。日本GPでの事故や暴走族問題等によってモータースポーツ逆風に晒されていた。
日本で観られる唯一無二の最高峰レースはF2だった。
1979年に長谷見昌弘選手が四冠を獲得したように、F2レースは「全日本F2」と「鈴鹿F2」の2つタイトルがかけられていた。
鈴鹿では開幕戦「2&4」「JPSトロフィー」「ゴールデントロフィー」「グレート20」「JAF GP」と、年5戦も開催されていたので、独自タイトルもできたのだろう。
鈴鹿戦は全日本戦の内にも含まれていた。
名古屋市に引っ越したのを機に、初めて鈴鹿サーキットにF2レースを観に行ったのが1983年の「JPSトロフィー・レース」だった。
グランドスタンドは全席自由で500円
近鉄名古屋から白子駅まで❝普通❞に乗ってしまった。
❝国鉄圏❞に住んでいたので❝普通❞以外は別料金がかかるものと思っていたからだ。小遣い少ない身であるので特急料金は大きい。
のんびり普通列車に乗りながら景色を見つつ白子までの行程。その後、名古屋の友人に私鉄の料金体系を教えてもらったのだった。
余談だが、初めての名鉄でも列車時刻の「つぎ」と「こんど」の違いにも混乱をきたした。
覚えていないが駅からはバスだったと思う。
サーキットで頂いたJPSのステッカー
鈴鹿サーキットへは行楽会で2回ほど行っていたので(当ブログで「何も無い日にサーキットに行ってみる」を参照)、園内地理は分かっていた。
相当朝早く出発していたのだろう、朝のF2フリー走行には間に合っていた。朝のうちはまだ路面はウエットだった。
F2の開催セレモニーがあり、冠スポンサーのJPSのお偉いさんのコメントがあったり、コースレコードでポールポジションを獲得した高橋徹選手が選手宣誓を行った(後に「たった一度のポールポジション」のタイトルにもなる)。
派手なセレモニーもあって、さすが鈴鹿サーキットは凄いなぁ-と圧倒された。
F2観戦は1978年の富士以来2度目。
マシンはほぼ全車がマーチ社製。最新型がマーチ832。前年型822を使用しているチームもある。
エンジンはBMW。i&iレーシングのジェフ・リース選手と原田レーシングwithナカジマの中嶋悟選手がホンダを搭載し、この2人がレースを引っ張っていた。
久しぶりに生でF2を観たインパクトとシリーズで都合3戦+練習を観に行ったこともあり、マーチ832はNOVA532と並んで好きなF2マシンだ。
ジェフ・リース選手/JPSスピリット201/ホンダ
F1を経験し、ホンダが欧F2でレース復帰した際、ラルト/ホンダのドライバーとしてチャンピオンを獲得。
そんなドライバーが日本に活動の場を移してフル参戦。
JPSカラーのマーチ832を最後にドライブしたのはリース選手だが、現在では「中嶋悟車」として保存されている。
中嶋悟選手/エプソン・マーチ832/ホンダ
最終コーナーで接触してフロントカウルを飛ばしていた。
優勝:松本恵二選手/LM Sportsマーチ832/BMW
同年のWEC JAPANの時に初めて頂いた松本恵二選手のサイン
思い返せばあの大クラッシュした後か…。
当時はまだ色紙にサインを頂いていた
2位:星野一義選手、3位:高橋徹選手
星野選手はラスト5周で徹選手をオーバーテイクして2番手浮上したのだった。
行きの電車の中から見た景色は脳裏に刻まれているのだが、帰りはどうしたのかさっぱり思い出せない。
2度目の観戦は7月のゴールデントロフィー・レース。
JPSトロフィーはスタンドで観戦したので、次はコーナーで観たいと、初めてヘアピンに行ってみた。
当時はスタンド裏でイベントなど行われず、ただただレースを観戦するのみだった。
コーナーに赴くとピットでの作業やセレモニーを観ることができないので、プログラムを見て時間を潰していた。
現像・プリント代がかかるフィルム撮影だったため雑感は撮っていない。
ヘアピンはマシンを一番近くで観られるので、210mmズームしか持っていなかったトドルフィンにとっては最も撮影しやすい場所。
後々8耐やF1でも必ずヘアピンで撮影していた。
星野一義選手/LARKマーチ832/BMW
高橋徹選手/LARKマーチ832/ワークスBMW
高橋徹選手をキッチリ撮れた唯一の写真
言わずと知れた伝説のヒーロー。F1チームから声をかけられてステップアップする-という当時の正当なF1行きをしてくれると期待していた。
ワルっぽさとシャイな感じを併せ持つマスクにも惹かれる。
一度もお会いする機会が無かった事が悔やまれる。
ジェフ・リース選手/JPSスピリット201/ホンダ
JAF GP前練習日に初めて頂いたジェフ・リース選手のサイン
リース選手は来日初年度にしてシリーズチャンピオンを獲得。
中嶋悟選手/エプソン・マーチ832/ホンダ
エジェ・エルグ選手/RACING MATEマーチ832/BMW
この年から全日本にやってきて、数年日本で走った。
新車を仕上げるのが上手かったのか、シリーズ序盤の成績が良かった記憶がある。
名前を外国語発音を日本語表記にする際、雑誌とサーキット表記が異なっていたが、ドルフィンは覚えやすいサーキット表記で通している。
JAF GP前練習日に初めて頂いたエジェ・エルグ選手のサイン
サーキットでの食事はどうしていたのだろう? おにぎりくらいは自分で作って持って行ったかもしれない。
タコヤキは安かったので食べていた。今は高くなっちゃったな。
水分も当時はまだペットドリンクは珍しかったから、カップ入りを買っていたのかも。
サーキットでの食事で記憶に残るのは、翌年に初めて鈴鹿8耐観戦に行ってから。
優勝:ジェフ・リース選手、2位:星野一義選手、3位:高橋健二選手
先週発売 F1マシンコレクション83号 サウンド・オブ・エンジンで走ったペンスキーPC4
新型コロナ対策によるスーパー耐久鈴鹿戦が秋に延期。押し出された形で今年のサウンド・オブ・エンジンが中止になってしまった!
1年のモーターイベントでトップにあるのが鈴鹿8耐とサウンド・オブ・エンジン。そのうちの一つが中止になり、8耐も開催が危ぶまれている。楽しみが無くなってしまう。
昨年のサウンド・オブ・エンジンはゲストは豪華だったが、マシン的にはタイレルP34が無ければ国内にあるマシンだけだった。もしかしたら来年以降も無くなってしまうのではないかと危機感を覚える。
先週発売になったF1マシンコレクション83号は、サウンド・オブ・エンジンでも走ったペンスキーPC4/フォードだ。
購入方法を変えたので、手元に届くのが一週遅れなってしまう。
ペンスキーPC4は、ジョン・ワトソン選手が1976年のオーストリアGPで優勝。
同年のF1inJAPANにも出走しているものの観た記憶が無い。
通常なら購入を控えてしまうところだったが、2017年と18年のサウンド・オブ・エンジンにやってきて走行を披露してくれた。しかもワトソン選手が優勝したマシンそのものだ。
このマシンを買わないという選択肢は無いやろぉ~。
コクピットサイドから始まるNACAダクトと、続くエンジンカバーの膨らみがとても美しいスタイル。
村上もとか氏の『赤いペガサス』最終14巻に収録されている読み切り『F1サーカス』の主人公、ジョン・ミツイのマシン、ファイアーアロウはペンスキーPC4をモデルに描いているのではないかと推測している。
1/43ミニカーは現代F1のように複雑なスタイルではない代わりに作り込みが細かいように見受けられる。
サイドポンツーン上部にある薄いエアインテークには墨入れしてあるし、後部上方の排気スリットも造形されている。
サイドスカートも底面を見るとスカート部分だけが下に伸びている―スカート部だけボディに着色して区分けしている訳ではないのだ。
来年のサウンド・オブ・エンジンには再び「マスターズ・ヒストリックF1」を誘致してもらいたい。
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D1マシンとお姉さん 大阪オートメッセ
大阪オートメッセでは選手こそ来場していないが、D1GPのマシンも展示されていた。
TOYOタイヤ
Team TOYO TIRES DRIFT GR Supra/川畑真人選手
川畑選手、来場して欲しかった。
VALINO N-style SILVIA/高木美紀選手
D1ライツに参戦する女性ドライバー、高木美紀選手。お会いしたいものだ。
CRYSTAL HE 極 SILVIA/中村直樹選手
鈴鹿クラブマンレース参戦車
GO&FUNのお姉さん
モータースポーツもスポンサードしているエナジードリンク。試飲サービスを行っていた。
初めて目にしてから数年経つが初めて飲んだ。
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'96ITC鈴鹿 F1予備軍だったヤン・マグ選手 メルセデス勢 写真で振り返る
ITC/DTMは元F1ドライバーはもちろん、F1のシートを狙うヤングタイガーも参戦しているところも魅力だった。
'96ITC鈴鹿にもヤン・マグヌッセン選手やダリル・フランキッティ選手といった若手有望株も走った。
ヤン・マグヌッセン選手/AMGメルセデスCクラス
’95年F1パシフィックGPでのスポット参戦がF1デビュー。
日本で走りを観た選手がF1レギュラーシートを得られると嬉しい。
’97年からスチュワートGPでF1フル参戦した時は活躍を期待した。ーのだが…。
’97F1日本GPでのヤン・マグヌッセン選手
ITC鈴鹿プログラム
メルセデス勢をサポートしていたブリヂストンのお姉さん
アルファとオペルはミシュラン。
キャンギャルがとても少ないレースで、鈴鹿レースクイーンとBSしかお姉さんがいなかった。
アレクサンダー・グラウ選手/AMGメルセデスCクラス
グラフィックが見事なボンネット
現在では当たり前になっているグラフィックを施したシートでラッピングする技術を既に使用していた。
ボンネットがめくれ上がってエンジンが見えているようなグラフィック。当時は「描いているのだろうか?」と不思議だった。
エレン・ロール選手/AMGメルセデスCクラス
ITC/DTMで唯一の女性ドライバー。
モナコF2で2位に入ったこともある。
現在だったらITC消滅後は日本で走ったかも。
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中止になったので— 2011年鈴鹿モタスポファン感謝デー 頑張ろう日本
新型コロナ終息のため、今年の鈴鹿モータースポーツファン感謝デーは中止になった。
元々警戒して行こうかどうしようかと悩んでいたので、中止になった方が気持ち的にスッキリする。週末天気の心配もしなくていい。ーのだが、やっぱり…。
21世紀に入ってから初めて鈴鹿ファン感謝デーに行ったのは、確か2010年が最初だった。まだイベントではなく、スーパーGTの開幕前テストがメインだった(当時は鈴鹿開幕)。
まだ電車で鈴鹿通いをしていた。
当日はひどい雨だったが撮影していると、家から先代にゃんこ危篤の知らせが入り、早々に帰宅したのを覚えている。
翌、2011年のファン感はフォーミュラ・ニッポン、スーパーGT、ロードレース、D1等の催しが企画されていた。
―が、東日本大震災が起こり、その翌日だった。
まだ被害の状況が伝わっておらず、呑気にも出かけて行ったのだった。
震災に配慮してマシン走行は無く、ピットに並べられるだけだった。
既に鈴鹿入りをしていた2輪、4輪の選手が出てきてサイン会を行ってくれた。
入場するとNSXが3台お出迎え
オフィシャルカーはCR-Z
その頃はまだ1年に1回、鈴鹿1000㌔に行くくらいだったので、選手に会う機会が無かったので「(昔から)知っている選手が全然いない!」と驚愕した。
中嶋一貴選手とペトロナス・トムスSC430とFN09
F1挑戦を終え、1年の休息を経て全日本に復帰することになった中嶋一貴選手
にも初めてお会いしした。
当時の選手の写真を見ると、皆若い!(当然だが) 山本直貴選手は変わらないなぁ。
チャンピオンマシン、ホンダHSV-010
旧NSXと新NSXの狭間を埋めたプロトタイプ。ミニカー持ってます!
初めて間近で見ることができた。写真より実車の方が断然格好良かった。
最近、このマシン見ないなぁ。イベントで走らせて欲しいな。
日産はKONDO RACING GT-Rのみ
ロードレースを再び観戦に行くようになったのはケビン・シュワンツ選手の8耐復帰がきっかけ。
まだこの当時は全日本ロードレースについてほとんど知識が無かった。
YSP Racing Team with TRCヤマハYZF R-1
MuSASHi RT HARC-PROホンダCBR1000RR
YOSHIMURA SUZUKI Racing TeamスズキGSX-R1000
8耐優勝した加賀山就臣選手
さすがにヨシムラで8耐優勝を遂げた選手は知っていた。
TeamKAGAYAMA GSX-R1000
TeamGreen カワサキZX-10R
EVA RT TEST TYPE-01 TRICKSTAR FRTR カワサキZX-10R
モリワキMD600
ピットビルのラウンジにもF1や色々なマシンが展示されていた。
1/1スケール トミカF1
この時も「頑張ろう日本」だったが、今もまた「頑張ろう日本」だ。
中止になったので- 初めての鈴鹿ファン感謝デー 中嶋悟選手引退セレモニー
今年の鈴鹿モータースポーツ・ファン感謝デーは新型コロナウイルス蔓延防止策で中止になってしまった。
残念だが蔓延防止するためには現在はこれも一つの策だろう。選手も体調を崩されても大切なシーズンを棒に振ってしまう事になりかねない。
ファン感にちなんだネタということで初めて鈴鹿ファン感謝デーに行った写真を掲載。
1992年1月19日に開催されたファン感は、F1及び現役を引退した中嶋悟選手の引退セレモニーがメインだった。
当時、毎年開催されていた「鈴鹿サーキット1周ジョギング大会」。
ファン感には仕事関係で行ったのだが、ジョギング大会は強制参加だった。
初めて自分の足で鈴鹿サーキットを走った。
FISCO(旧富士スピードウェイ)はバンクコースを含め、2度ほど歩いて一周したことはあった。
高校時代に駅伝部だったので、せめて1コーナーまではトップで行きたいと心に秘めていた。
だが、ガチで走る地元高校陸上部やマラソン愛好家には遠く及ばず、一度もトップに立つことなく1コーナーをクリアしたのだった。
高低差に苦しめられながらも一度も歩かずに完走できた。
日本人初のフルタイムF1ドライバーの引退とあって、多くのメディアが取材。
中嶋選手もロータス100T、最後のマシン・タイレル020をドライブした。
多くの報道陣で前からは写真撮れなかった。
小雪が降る寒い日だったが、中嶋選手❝現役最後❞の雄姿を観ようと多くのファンが詰めかけた。
近年になってから中嶋監督にサインを入れて頂いた
ファン感やサウンド・オブ・エンジンで走行するブルー&ホワイトのテイレル019/フォードもいいが、ガンメタの020/ホンダは「表彰台を!」と応援してきた思いも含め好きだ。
引退後はイベントで020を走らせていたそうだが、ここ15~20年くらいは走行させていない(と思う)。また白とガンメタのマシンが走るところを見たいものだ。
ピットには中嶋選手所縁のF2、F3000マシンが展示された。
マーチ822/ホンダ
i&iレーシングで中嶋悟選手とジェフ・リース選手がドライブした。JPSカラーがカッコイイ。
中嶋選手がF1に行くまでは「ジェフ・リース車」として展示されていた。
マーチ86J/ホンダ
F1にステップアップする前、最後のF3000。
全日本三連覇した。
ラルトRT20/86・ホンダ
ヨーロッパF3000に挑戦したマシン。オーストリアGP併催のレースでの4位が最高。
ロータス99T/ホンダ
この時ですら走行しなかったので、展示用のエンジン無し状態だったのかもしれない。
ウイリアムズFW11B/ホンダ
マクラーレンMP4/4/ホンダ
#1 NSR250岡田忠之車
#3 NSR500マイケル・ドゥーハン車
#3 NSR500伊藤真一車
全日本TT-F1 RVF750宮崎祥司車
新色NSX、次期N-one展示も… ホンダ・ブース 大阪オートメッセの
大阪オートメッセのホンダ・ブース。
昨年は佐藤琢磨選手のインディ500制覇マシンやチュートリアル福田さん監修車があったり、パーツを使ったロボットが置かれていたりとバラエティーに富んで遊び心があったが、今年はそういったものを感じられなかった。ショールームに行けば見られそうなブースだった。
さらにはトークショー等一切ナシ。ドリキンさんのモデューロX開発トークがここでも見られるかな?と楽しみにしていただけに面白みに欠けた。
NSX
今年の新色。
NSX-GT
スーパーGTブースと共に展示されたNSXテスト車。
N-ONE Café Racer Concept
6速マニュアル・ミッションの中身は次期N-one。
今までのN-oneレースってオートマ車でやってたんだ⁉
CIVIC TYPE R
マイナーチェンジの参考出品。
MUGEN S660 Concept
今夏にマイナーチェンジするS660に、サーキット走行をテーマにした無限パーツを組み込んでいる。
S660 Modulo X
マイナーチェンジ後のS660にモデューロXパーツを装着している。
FIT Modulo X Concept
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'96ITC鈴鹿 亜久里選手も参戦メルセデス勢 写真で振り返る
旧DTM/ITCの消滅前最終戦として開催されたITC鈴鹿。
長年、生で観たかったレースは、本当に激しいレースで面白かった。それとともに再びこのシリーズを観ることはできない寂しさもあった。
シリーズが続いて翌年も鈴鹿開催できていたら、観戦スケジュールをF1日本GPよりも優先させたいレースだった。
ITC鈴鹿では日本ラウンドということもあり、3メーカーにそれぞれ日本人ドライバーが参戦。元F1ドライバー鈴木亜久里選手はメルセデスから参戦。
リアに日本国旗が描かれたCクラス
事前テストする時間が無く、レースウィーク木曜日が初ドライブ。
レース1は11位。レース2はフォーメーションラップ中にマシントラブルでDNS。
このレースが期になったのか、翌年の鈴鹿1000㌔でもメルセデスGT1をドライブすることになった。
後に(翌年の鈴鹿1000㌔かな?)亜久里選手にサインを入れて頂いた
当時はもちろんフィルムで撮影。フィルム代、現像代も馬鹿にならないので撮影は一撃必殺。あ、これは現在も一緒か。
カメラにはAF機能が付いていたが、現在ほど速く無かったのでマニュアルでピントを合わせていた。
雨の時は雨天撮影用フードを被っていた。
ITC鈴鹿のチケット
メルセデスのゲストパスは、レース終了後に帰られる方から頂いたもの。
このパスを使ってパドックに入り、J.J.レート選手にお会いすることができたのだった。
ITCマシンはF1でも禁止されたトラクションコントロールやABS等のハイテク技術が投入されていて、そこがマシン的魅力だった。
メルセデスのマシンは2WDだが、加速時にウェイトのようなものがスライドして後方荷重させるような細かい❝仕掛け❞まであったらしい。
ヨルグ・ファン・オメン選手/AMGメルセデスCクラス
ベルント・マイレンダー選手/AMGメルセデスCクラス
F1アロウズで有名のドイツのワルシュタイナー・ビールがスポンサード。
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キャンギャル軍団とドライバー・トークショー RH9ステージ 大阪オートメッセ
大阪オートメッセに出店している幾多のパーツショップで構成されている「RH9」。
ステージは十数名のキャンギャルとレーシングドライバー・トークショーが行われるので結構人気がある。
「レコ9フェニっ娘」と名付けられたキャンギャル軍団は、時間により複数回のコスチュームチェンジを行うので、その筋のマニアにも好まれている(笑)。
司会は鈴木マナビ―氏。谷口信輝選手、飯田章監督、佐藤公哉選手、井入宏之選手のトークショー
司会はD1のMCや雑誌のライターとして活躍する鈴木マナビー氏。
井入選手が❝風邪❞(本人談)で金曜日のステージを欠席したため、巷で騒がれている流行り病ではないかと少し離れた場所に座席が設けられ、いじられっぱなし。
なかなか車の話にならない。
他のドライバーもメーカーやスポンサーブースでのステージでは見せないリラックスぶり。このグダグダ感が良いところ。
谷口信輝選手、飯田章監督、佐藤公哉選手
毎年のことながらオートメッセで谷口選手は複数のブースをかけもちしていて大忙し。
佐藤公哉選手はユーロF3にも参戦。Auto GPに参戦。ミドルフォーミュラのクラスで日本人と初めてチャンピオンを獲得。2013年にはF1ザウバーのリザーブドライバーにもなった。日本GPでのフリー走行でF1走行デビューを期待したが、その機会は無かった。
そこまで行きながらも❝その先❞に恵まれなかった。何故だろう?
今回初めて佐藤選手のトークを聞いた。
トークショーの後半は日産の松田次生選手とスカイライン開発担当のトークステージが重なったため、行ったり来たりしていた。
2カ所が同じ館内にあったので助かった。
飯田章監督、佐藤公哉選手
初めて頂いた佐藤公哉選手のサイン
別ブースで松井選手も頂いたので、これで2019年ホッピー86ペアのサインをオートメッセでGETできた。
出待ちして京商ミニッツレーサーのESSOスープラに飯田章監督のサインを頂いた
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