レイブリック・カラーで登場 チーム国光NSX / PIAAナカジマNSX 1996鈴鹿1000㌔
1996年の鈴鹿1000㌔はBPR GTシリーズの1戦としてマクラーレンやフェラーリをはじめとする海外勢が参戦してきた。それと同時に前年には見られなかった日本チームも多数参加したのも魅力だった。。
特に応援するチーム国光が、この年のル・マン24時間と同様、レイブリック・カラーで臨む事になったので「それは是非とも観ておきたい」と思ったのだ。
当時、国内のJGTCではアドバンカラーで、レイブリック・カラーは❝特別❞だったのだ。
鈴鹿サーキットクィーンのお姉さん❤
チーム国光レイブリックNSX/高橋国光/土屋圭市/道上龍 組
前年のル・マン24時間でクラス優勝した時のサードドライバー飯田章選手は国際F3000に参戦していたので、1996年のル・マンは❝若手❞の道上龍選手を迎え入れた。鈴鹿1000㌔も道上選手を起用。
国さんドライブ中
レイブリック・カラー国内初見参。以後、今日に至るまでチー国を支援し続けている。
ステッカーの位置が鈴鹿1000㌔とは少し異なるが、ホンダ・コレクションホールに残されている。
車検で軽量する3名のドライバーのヘルメットとスーツ
人気チームだけあって車検時もチー国ドライバーは取材やファンに囲まれていた。
チーム国光のトークショーが行われた
レイブリックのお姉さん❤
レイブリックは昔から細身のお姉さんだった。ドルフィンから見ると「細すぎやろ!」となるほど。
ガルフ・マクラーレンのスピンに巻き込まれたレイブリック土屋圭市選手
完全に「ぶつかった!」と思った
紙一重で回避
土屋選手の危機回能力の高さを目の当たりにした
PokkaMr. PIAAナカジマNSX/黒澤琢弥/佐藤浩二/高木虎之介 組
黒で分かりにくいが黒澤選手のサイン入り。
PIAAナカジマ・レーシングもNSXで参戦。
フォーミュラ路線で走っていた高木虎之介選手もGTレースに出場するので、F1に行ってしまう前にGTを走らせる姿を見たかった。
高木虎之介選手
PokkaMr. のお姉さん❤
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外出自粛なのでITC鈴鹿でもらったアルファ155V6TIのカバーを新しくした
1996年に開催されたITC鈴鹿のピットウォークで、アルファのメカさんが「持ってく?」と、タルクィーニ選手のアルファ155のサイドスカートを下さった。
先日、ITC鈴鹿の回顧記事を書いた際に久しぶりに収めていたプチプチエアパッキンから取り出して撮影した。
今までエアパッキンに包んでミニカーラック横に飾っていたので見栄えが良くなかった。
せっかく外出自粛で家に籠っている事もあるし、何より大きなビニール袋を入手できたので、カバーを変えてみることにした。
包んでいたエアパッキンを裏返して縦に三つ折りにして背後の衝撃吸収材とした。
上下に余った部分は折って天地の保護とした。
スポンサーロゴの間に糸を通してエアパッキンからズレないようにした
大きなビニール袋を被せたが30センチくらい足りない。幅は十分足りているのでビニール袋を縦半分にカットして足りない部分を補う。
後ろ側は見えないので結構荒っぽくガムテープでビニールを止める(笑)。
エアパッキンで包んでいた時より見易くなった
❝定位置❞ミニカーラックの角に収めた
横はアルファ155のミニカーが置いてある。
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昭和特撮写真館・地の巻 子ども心を熱くさせた「走れ!ケー100」
子供に大人気だった昭和ドラマ「走れ!ケー100」。主題歌を歌うのは大スター、にしきのあきらサンだぞ!
鹿児島のクスラップ置き場でタカシ少年が発見した小さな蒸気機関車。その昔、北海道の炭鉱で働いていた車両だった。
かつての機関士だった北海道に住むおじいさんに見せてあげたいと思うが運賃が無い。
そこで大野しげひさサン演じる伊賀山紋太が車輪をタイヤに替え、タカシ君の代わりに陸路で北海道まで旅する事になった。
写真とイラストはドルフィンが作っていた特撮HPに掲載していたもの
SLブーム時に制作。機関車を車にして、1県1話で進むストーリーは全国各地の景色が観られ、男女問わず子供たちの心を魅了した。
ドルフィンの地元は富士山があるので「絶対にケー100来るよね」と、友人たちと楽しみにしていた。小学校から見える国道一号線をいつ通るのかと…。ドラマと分っていても実走して北海道に向かっていると思っていた(かわいいね)。
撮影は極秘裏に行われ、気が付けば静岡編の放送になってしまった。
北海道までは太平洋側をルートにしたが、四国には行けていない。
本来は北海道までの2クール予定のようだったが、大人気のために2クール追加。鉄道が通っていない沖縄の子供から「ケー100を見たい」と手紙を受け取り、日本海側と通って沖縄まで旅した。
アオシマから発売された1/43ミニカー
2006~7年頃にアオシマから1/43ミニカーが発売された。
前期型、後期型、鉄道車輪仕様等々。ドルフィンは地元にやてきた前期型を購入した。
関門海峡を渡るまでは機関車のイメージを強く印象づけていたが、広島編で偶然に水上も走れると判明して汎用範囲が広がった。
ベース車自体水陸両用のバギー車を使用していたので、最初からの予定だったようだ。
次第に❝意思❞を持つような設定にもなった。
番組終了後、近くのデパートにやって来たケー100
デパートにやってきたホンモノを見て、初めて❝ケー100が鉄でできていない❞と知った。
FRP製ボディで、違う会場で子供が登ろうとしたためリア部が破損してしまったらしく、割れた跡があった。
機関車の運転ギミックの下に本当のハンドルが仕込まれていた。
この後、ケー100の話題を一緒にしていた同級生のお父さんが経営する朝霧高原グリーンパークにケー100が引き取られた。ケー100譲渡には多分に彼女の意見が反映されたのだろう。
グリーンパークではケー100は展示。ケー100のお母さん「ケー1000」と名乗るSL型バスが園内を運行していたのだった。
大きくなったら紋太サンのように全国を巡る旅をしたいと思っていたが、遂に実現することは無かった。
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昭和特撮写真展・天の巻 デパート屋上の 仮面ライダー/ウルトラ怪獣
昭和の日―ということで、子供の頃に撮影してもらった昭和特撮の写真を紹介。
近くのデパートの屋上にやってきた仮面ライダー2号と怪人軍団。
人気絶頂期だったので、お客さんの数が凄いのなんの。
祖父がコンパクトカメラで撮影してくれた。
ゲバコンドル
一緒に写っている気品あふれた可愛いお坊ちゃんはドルフィンである。
ちょっと怖いような、ちょっと恥ずかしいような表情をしている。
仮面ライダーのサイン色紙を購入すると一緒に写真撮影ができた。
奥にヤモゲラスが写っている
「あそこにいるから撮って」と言っていたようだ
このデパートの屋上は色々な催しをしてくれて「タイガーマスク・ショー」(本当にプロレスしていた)、「サインはVショー」「がんばれロボコン・ショー」等を開催してくれた。
景気が良かったんだなぁ。
近くのスーパーには「スペクトルマン」がやって来た。
スーパーの店内をスペクトルマンと怪獣がダラダラ歩いているだけだったので、写真が撮りにくくてやめてしまった。
朝霧高原で開催された「ウルトラ怪獣ショー」
小学館の学習雑誌に掲載されていた東京の遊園地で開催されたウルトラマンのパビリオンには遠くて行けなかったので、母にせがんで連れて行ってもらった。
母が祖父のコンパクトカメラで撮影。滅多にカメラを持った事がなかった母が苦心して撮影してくれた。
初めて見る❝本物❞の怪獣にワクワクが止まらなかった。
ザニカがいるということは「帰って来たウルトラマン」以後に開催されたのだろう。
かなり簡素なステージ。この上で怪獣が紹介されて練り歩く。
あまり記憶が残っていないのだが、ステージの構造上、暴れまくったりはできなかっただろう。
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マクラーレンに一矢報いたフェラーリF40 1996年鈴鹿1000㌔
初めて観戦に行った1996年の鈴鹿1000㌔。
マクラーレンF1 GTRやフェラーリF40、そして日本のチームも多く参戦したので「行こう!」と決めたのだった。
土日観戦したが「とても楽しかった」事しか覚えていない。
24位:エネアTipoマリエール・フェラーリF40 GTE/M・アンジェレッリ/太田哲也組
結婚式場がスポンサーなので、お姉さんもウエディングドレス風コスチューム
サーキットにウエディングドレスは斬新だった
実は右側のお姉さんが昔の彼女に似ていたので思わず「え!?」と声に出てしまった。
お姉さんの方もそのリアクションを受けて「知ってる人?」と驚いた感じだったので一層「そうなの!?」と驚いてしまった。
が、別人だった。何と言っても彼女に比べて足が細すぎ(笑)。
こんな思い出もあるのだった。
2位:エネア/IGOLフェラーリF4 GTE/A・オロフソン/L・デッラーノッチェ組
マクラーレンF1 GTR軍団に割って入り2位表彰台を獲得。
久しぶりのオロフソン選手
7位:エネア/IGOLフェラーリF40 GTE/M・グーノン/E・ベルナール/P・ベルモンド組
元F1ドライバートリオで編成。
昔はシケイン進入を後方から撮影できた
リタイア:パイロット・フェラーリF40 LM/M・フェルテ/O・セベナン組
リタイア:ニューキャッスル・リスター・ストーム/G・リース/T・ニーデル/C・ブシュー組
ジェフ・リース選手やティフ・ニーデル選手と日本に馴染みのある選手が組んだチーム。
この時リース選手にウイリアムズ/ホンダのF1エンジンテストの写真にサインを入れて頂いたと思う。
ピットウォークで頂いたチームのステッカー
海外チームのステッカーなので大事に保存していた。
リタイア:メニコン・サードMC8R/A・フェルテ/M・マルティニ/長坂尚樹組
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マクラーレンF1GTR大挙襲来 長い歴史の鈴鹿1000㌔もこれが初観戦1996年
1966年から始まった歴ある四輪レース、鈴鹿1000㌔。
これだけ長い歴史がある真夏の祭典だが、初めて観戦に行ったのは1996年大会が最初。Gr.Cカー時代にすら行っていない。
そのGr.C時代が終わり、3年後にBPR GTシリーズの一戦となったため、海外で大暴れしていたマクラーレンF1 GTRが鈴鹿に登場することになった。
BPR GTシリーズ初年の1995年は怪我をしていて行く事ができず、翌年に土日で観戦に行った。
前年観戦していた友人が「マクラーレンF1 GTRは速いしカッコイイ」と熱を入れて話してくれていたので、とても楽しみにしていた。
当時は静岡の実家に住んでいて、まだマイカーを持っていなかったので、家の車を強引に借りて出かけた。
鈴鹿サーキットボウル横の木陰になる場所に、友人(レビン86)と車を並べて停めていた車中泊した。
前年にクアガーデンも開業していたので、夏でも汗を流すことができた。露天風呂に浸かりながら友人とレース話をするのはとても楽しかった。
土曜日のピットウォークは公開車検もありたっぷり2時間45分!
土曜日のピットウォークは朝一番からたっぷり2時間45分もあった。
これは公開車検も含めてで、観客も少なかったので車検に向かうマシンを間近に見られたり、選手に会うこともできて楽しかった。
あのゆる~い感じのピットウォークはとても良かった。今のスーパーGTのピットウォークは時間に追われ、半乾きのシャツの臭いと汗びっしょりの腕やシャツに触れられながら人の海を渡らなくてはならない。
GTの公開車検はラウンジ等高額エリア限定になっているし…。
鈴鹿サーキットクィーンやキャンギャルのお姉さん方も出て来てくれていた。現在のようにワッと群がるような事にはならず、撮影しやすかった。
まだこの頃はドライバーサイン会が確立しておらず、行うチームは皆無だった。
話題のポルシェ911GT1のロードバージョンも公開された
ポルシェ911GT1ロードバージョンの公開は大きな話題だった。
このレースには911GT1は走らないのが残念だ。翌年の大会にはFIA GT選手権の一戦になったため参戦してきた。
秋に開催されるITC鈴鹿をアピールするためにメルセデスCクラスが展示
優勝:ガルフ・マクラーレンF1 GTR/J.J.レート/R・ベルム/J・ウィーバー組
思い出のレースなのでイクソ1/43ミニカーを入手。
背景のガルフのグローブはこの年か翌年くらいに決勝後のコース解放でピットを除いていた時にメカさんが下さったもの。本物のチームグッズだ。
J.J.レート選手はF1、CART、ITC、GTとカテゴリーを変えて観てきたことになる。
6位:ガルフ・マクラーレンF1 GTR/L・ジョーンズ/P-H・ラファネル/D・ブラバム組
3位:ハロッズ・マクラーレンF1 GTR/A・ウォルズ/O・グルイヤール組
元F1ドライバーのオリビエ・グルイヤール選手もドライブ。グルイヤール選手にはお会い出来なかった。
カラーリングが鮮やかで美しいマシンだった。
イギリスの老舗高級百貨店がスポンサードしているところが凄い。
キャンギャルのお姉さんもハロッズのテディベアを抱いていた。
4位:ウエスト・マクラーレンF1 GTR/T・ブシャー/J・ニールセン組
リタイア:BBAマクラーレンF1 GTR/J-L.モーリー・ラビエール/E・クレリコ/J-P.リベール組
5位:フランク・ミューラー・マクラーレンF1 GTR/F・ジロワ/J-D.デルトラス/R・S・ブラティラット組
2位にフェラーリF40が食い込んだ以外は1位~6位までマクラーレンが占める圧倒的な強さだった。
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シュワンツ選手が復帰した鈴鹿8耐2013年 金曜日の写真で優勝~3位
ケビン・シュワンツ選手が復帰したことで23年ぶりに鈴鹿8耐観戦出かけた2013年。
休日の関係で現地に行けたのは金曜日のみにして土曜日は休息し、日曜日は出勤だった記憶がある。家で写真整理しながら鈴鹿サーキット配信動画で観ていたような…?
優勝:MuSASHi RTハルク・プロ/CBR1000RR
高橋巧選手
ピットウォークでのレオン・ハスラム選手とマイケル・ヴァン・デル・マーク選手
テスト日に初めてレオン選手にお会いできた。「あのロン・ハスラム選手の息子かぁ~。濃い顔立ちだなぁ」と思った。
マイケル選手は背が高いイケメンだった。
ワールドスーパーバイクや英スーパーバイクから招聘されているとか詳しい情報は知らなかった。
レオン・ハスラム選手
マイケル・ヴァン・デル・マーク選手
2位:ヨシムラスズキレーシングチーム/GSX-R1000
津田拓也選手
ジョシュ・ブルックス選手
青木宣篤選手
青木三兄弟の長兄で元GPライダー。
テスト日に初めてお会いしした。丁寧に対応して下さり「さすがはGPライダー」と感心したものだった。
3位:Team KAGAYAMA/GSX-R1000
加賀山就臣選手
ドリームチームを企画・編成し3位表彰台は見事。話題性だけではなかった。
芳賀紀行選手
午前中の走行で逆バンクでクラッシュ。体へのダメージは少なかったようだ。
午後からの走行では8耐スペシャル・カラーのヘルメットで走行。
決勝では脱水症状になるまで周回を負担して走行した。
ケビン・シュワンツ選手
予選ではサプライズで強敵(とも)ウェイン・レイニー選手のヘルメットを被って走行。
アライとショウエイ、互いの契約ヘルメットメーカーを超えての想いに感激した。涙が出た。
プロが個人的わがままを叶えるためにはどれほどの努力をしたのだろうか? それを了解した両ヘルメットメーカーの器の大きさも素晴らしい。
決勝の走行は1スティントくらいだっただろうか。
ピットウォークでのシュワンツ選手
ピットウォークに入り、真っ先にTeam KAGAYAMAピット前に向かった。
待っていても誰も選手が出てくる気配が無く、残り時間を考えて他のチームを巡ることにした。
一周して帰ってみるとシュワンツ選手がサイン会を行っていて長蛇の列ができていた~っ! しかも締め切られていた。なんてこった!
もちろん購入。ケビン・シュワンツ弁当~ッ!
まだミニカーラックの上に飾っている。
ピットウォーク待ち時間に昼食
食後はお手洗いで重箱を軽く洗って持ち帰った。
GPスクエアのスズキブース横に出展していたTeam KAGAYAMAのグッズショップ。
8耐「本戦」の華やかな雰囲気と、シュワンツ選手の復帰が「この1戦のみ」という限定性があってテンションが高まり、グッズを色々と買いそうになってしまった。同じ状態になったのは、Gr.A最終戦INTER TECでのチー国グッズがそうだった。
迷った挙句、ステッカーを2枚購入。
翌年の鈴鹿8耐テストの際に加賀山選手、芳賀選手、シュワンツ選手にサインを入れて頂いたステッカー
モリワキ祭の時にシュワンツ氏にサインを入れて頂いたステッカー
シュワンツ選手の選手としての走りを再び観る事ができて感激した。
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23年ぶりの鈴鹿8耐―2013年は金曜日のみ ジョナサン・レイ選手はTSRから
ジョナサン・レイ選手/F.C.C. TSR Honda/CBR1000RR
今やワールドスーパーバイク5連覇の最速ライダー。
全大会・2012年に秋吉耕佑選手、岡田忠之選手と組んで8耐優勝を遂げている。
テストの段階から地元の友人に「ジョナサン・レイ選手にもサインもらっておいたらいいよ」と教えてもらっていたが、全く会えなかった。
顔は分からなかったが、レッドブルのツナギを着ていたので「あの選手か」と目星はついていたのだが…。
清成龍一選手/F.C.C. TSR Honda/CBR1000RR
ワールドスーパーバイク、英スーパーバイク、アジアロードレースと、海外を拠点に活動していたので名前は知っていたが、ピットウォークで初めて顔を見た。
ケビン・シュワンツ選手が選手復帰するということで観戦に出かけた2013年の鈴鹿8耐。
最後に観戦したのが1990年。以後は東京に引っ越したため、なかなか鈴鹿まで足を延ばせないでいた。実に23年ぶりだ。
とは言っても平日休みなので観戦は金曜日1日のみ。
早朝、近鉄特急を使って白子まで行くと8時過ぎに到着する。
当時はデジタル一眼レフ+スチールカメラの望遠レンズの組み合わせで撮影。
本体とレンズのマッチングが良くなくて明るさがうまく調整できなかった。
走行写真以外はコンデジ撮影。
鈴鹿クイーンのお姉さん
金曜日はまだ人が少なかったが、楽しみにしていた「BASE8耐」が土曜日からと知ってガッカリ。
MotoGP宣伝ブース ストーナー選手のRC211Vにまたがって、もてぎエンジェルのお姉さんと一緒に写真が撮れた
『バリバリ伝説』企画展が開催
各メーカーの8耐参戦マシンも展示。
中須賀克行選手/MONSTER ENERGY YAMAHA -YART/YZF-R1
まだファクトリーチームが無かったため、EWC参戦チームであるYARTヤマハのライダーとして参戦。
今年の野佐根選手のような状態。
ジョシュ・ウォーターズ選手/MONSTER ENERGY YAMAHA -YART/YZF-R1
ブロック・パークス選手/MONSTER ENERGY YAMAHA -YART/YZF-R1
出口修選手/エヴァRT初号機シナジーフォースTRICK☆STAR/ZX-10R
伊藤真一選手/TOHO Racing with MORIWAKI/CBR1000RR
'90年代にロードレースを観戦強いた時の新星だった伊藤真一選手がまだ走ってくれていて嬉しい!
モリワキが単体ではなくトーホーレーシングと組んで参戦していた。
玉田誠選手/Honda Team Asia/CBR1000RR
元日本人MotoGPライダーの玉田選手も走ってくれていた。
ピットウォークで初めてお会い出来て感激。
まだ太っていない💦(笑)
KTM HAMAGUCHI BAKUON RACING/RC8R
ファン感謝デーに痛バイクを展示してあったので『ばくおん!』の存在は知っていたが、まだコミックスを読んだことはなかった。
バイクにプリントされている羽音ちゃんは何故ドカヘルなのだろう? あのドカヘルのイメージで最初は暴走族漫画かと思ってしまった。
ファン感の展示で初めてKTMというバイクメーカーを知ったのだった。
ラベレッツアスピード&くまモン/ドゥカティ1199Panigale
「うわっ! くまモンが走ってる!!」と驚いた。
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外出できない時は家でミニカーラック棚板づくり ミニカーラックへの道56
ミニカーラックへの道56
サーキットどころか外出も自粛しているので、この機会にミニカーラックに手を入れようとここ2週間くらいかけて棚板づくりをしていた。
まあ、ホームセンターには行かなくてはならないのだが。
シリーズ通し番号を確認するために過去のブログを見ると、ちょうど1年前に更新していた。
屋外でノコを引いたりペンキを塗ったりするので春が一番作業しやすいのだ。
夏から秋は暑いし蚊が飛んでくる。
冬になると寒くてできない。
特に今はレース観戦に行かないので板やペンキ、透明ペット材を購入する資金がある。
ミニカーラックに差し込む棚板は一年前から工夫も進化も無く同じサイズで制作。
下段に少しでも光が入るように板の先端部分にはペット材のシートを取り付ける。
それだけだと重量で湾曲してしまうので支える横棒を加えた形状だ。
裏面
裏面はビスに引っかけてもズレないようにしている。短い棒が前後のビスの間に入るのだ。
ミニカーをぎっしりおいてしまったらペンキを塗る必要が無いのではないか?―と思われるだろが、板の劣化防止のためには表面をペンキ塗りする事が必要なのだ。
板のカット、組み立て、ペンキ塗り、透明材接着をチョコチョコやって二週間。
今回作った棚板6枚を使って一部入れ替えをしてみた。
ミニカー入れ替えの際は「レンズ拭き」でホコリを取り除く。
最上段がワールドチャンピオン、サイン入りミニカー・コーナー
その下からベネトン・コーナーが始まる
ベネトン・コーナーの下に京商1/64を中心にジャンル&メーカー別に並べる
京商「サーキットの狼」「よろしくメカドック」もここに置く。
一番下にはサイズが大きいケーシー・ストーナー選手サイン入りホンダ211Vと、柳川明選手、渡辺一樹選手サイン入りカワサキH2R
京商1/64ミニカーのポルシェやBMWの近くに置いていたイエーガーマイスターのミニボトル。棚板の間隔を狭めたために置けなくなったため一番下に移動。
新しい棚板と入れ替わりに外に出した旧型は、使えるパーツは残して次に作る際に流用する。
どこかの棚板はまだ初代の板が使われているかもしれない。
ケビン・シュワンツ選手復帰で観に行った 2013年鈴鹿8耐テスト
元WGP500チャンピオン、ケビン・シュワンツ氏が2013年鈴鹿8耐で選手復帰する! という衝撃ニュースが伝わった。
WGPを一番熱心に観ていた時代の好きな選手なだけに「これは観に行くしかない!」と動かされた。
2012年の鈴鹿サーキット50thアニバーサリーを控え、大々的に開催された3月のファン感謝デー。ゲストとして久しぶりに鈴鹿サーキットに登場したケビン・シュワンツ氏とワイン・ガードナー氏。嬉しかった~。
この時、加賀山就臣選手とトークショーを行ったシュワンツ氏。この時から「8耐出場」が動き始めたと後述している。
2012年鈴鹿ファン感謝デー この時から復帰が動いた
7月上旬に行われる8耐テストにシュワンツ選手が参加される。平日休みだったのでチ「ャンス!」とばかりに観戦に出かけた。
当時はまだ往復の交通に近鉄特急を使っていた。
8耐ラッピングの自販機にビックリ!
1990年の鈴鹿8耐を最後にロードレースから遠ざかっていたので、選手の世代は完全に交代してほとんど知らない選手ばかり。
かろうじて鈴鹿8耐はチェックしていたのでトップ選手の極々一部しか知らなかった。テストに行っても❝シュワンツ選手だけ❞が目当てと言っても過言ではなかった。
Team KAGAYAMA/スズキGSX-R1000
加賀山就臣選手はケビン・シュワンツ選手だけでなく、ヤマハで走っていた強敵(とも)芳賀紀行選手も加えたドリームチームを編成。この年一番の話題になった。
その作戦のおかげでドルフィンは8耐…ロードレースに再び熱を上げるようになったのだ。
ケビン・シュワンツ選手
当然ながら選手復帰で走るのを観るのとデモランを観るのとは違う。本来の戦う姿なのだ。熱の伝わり方が違って来る。
シュワンツ選手の歳を重ねているのに過酷な夏の8耐を走ろうとする挑戦者魂はリスペクトに値する。
久しぶりにロードレースを観て、ほとんど転倒しているような深いバンク角になっていた事に驚愕したが、シュワンツ選手は割りとリーンウイズ・タイプ。「あぁ、こういうコーナーリングだったな」と懐かしく感じた。
ドルフィンも含め多くのファン(おっさんばかり・笑)がシュワンツ選手がピット裏に現れるのを待っていた。
前年のファン感でチャンピオンバイクのミニカーにサインを頂いている方を見かけて「これはいい!」と、この時はドルフィンもチャンピオンバイクにサインを入れて頂いた。感激だ。
初めてチャンピオンバイク・ミニカーにサインを入れて頂いた選手になった。
加賀山就臣選手
ヨシムラで鈴鹿8耐を制したので知っている選手のひとりだった。
2011年のファン感の際に初めてお会い出来てサインを頂いた。
バイクから降りると杖をついて歩いていて痛々しかった
芳賀紀行選手
8耐優勝。そしてワールドスーパーバイクで走っている選手ということは知っていたが、この時は顔がよく分からなかった。
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