先週発売F1マシンコレクション81号 E・D・アンジェリス選手のシャドウDN9
先週発売になったF1マシンコレクション81号は、エリオ・デ、アンジェリス選手のF1デビューマシン、シャドウDN9/フォード。
今回、書店が珍しく発注を忘れてしまっていたため、手元に届くのが1週間遅れになってしまった。まあ、定期購読ではなく欲しい号だけ注文している自分にも非があるのだが…。書店側にとっては嫌な客かもしれない。
2018年鈴鹿サウンド・オブ・エンジンで走ったシャドウDN9
シャドウのミニカーなど、いくらエリオ選手のマシンであっても通常ならばスルーしてしまう。
しかし、2018年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンにやってきて走ったのを見ている思い出のマシンなので手元に置いておきたい。
それでも通常品ならマイナーマシン過ぎて製造個数が少なり価格も高額になってしまうところ。そこを廉価版で2千500円弱で購入できるなら手を出そうというもの。
シャドウから袂を分けて立ち上げたアロウズと「コピーマシン訴訟」となったシャドウDN9をベースにしたウイングカー。
基本シャシーがウイングカーではなかったので、剛性不足で多くのダウンフォースが得られなかったらしい。そもそもフロントにラジエーターを残したままでウイングカーというのもどうかと思えるが。
サウンド・オブ・エンジンではサムソン・シャグ・タバコのライオンが大きく描かれている有名なカラーリングが施されていた。
マシン自体はエリオ選手がデビューイヤーの1979年シーズン最終戦・U.S.EastGPで初ポイント・4位入賞したマシンなのだそうだ。
(この当時アメリカはロングビーチの「西」とワトキンズグレンの「東」の2GP開催されていた)
F1マシンコレクションの1/43ミニカーはスポンサーが付いていない仕様だ。廉価版では全体の半分近くデカールを貼るのが大変だったのか?
U.S.EastGPが雨だったため、ミニカーではレインタイヤを履かせているところは素晴らしい。
シャドウ時代のエリオ選手はあまり記憶にない。ロータスに入ってから注目され雑誌に書かれた走りに対する姿勢や人間性を読んで好きになった。
シンプソンのヘルメットが格好良かった。
ドルフィンの中でドライバー❝神3❞の一人ジェームス・ハント選手もシンプソンを被った時があったが、やはりシンプソン=エリオ・デ・アンジェリス選手が一番似合っていた。
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'95ITC鈴鹿 闘魂・関谷選手とオペル・カリブラV6勢
’96ITC鈴鹿
ミニカーだけのブログをやっていた頃はミニカーと実車の写真しか掲載しなかったが、今はそこに囚われないのでミニカーを持っていないマシンの写真を改めて紹介。
長年観たかったDTM/ITCの日本ラウンドであり、実際に面白かったレースだ。観戦レースの中でも3本指に入るほどだ。
関谷正徳選手/オペル・カリブラV6
前年にル・マン24時間レースを日本人として初めて優勝。チームメイトのヤニック・ダルマス選手、J.J.レート選手はともにITCをオペルをドライブしている。
関谷選手はホッケンハイム戦も経験。その時からフェンダーには「闘魂」の漢字が描かれていた。
レース1は20位。レース2はグリッドにつく前にエンジンブローでDNS。悔しい結果に終わってしまった。
ピットウォークでは選手サイン会は無かったが、関谷選手はサイン会を行ってくれた。
ピットウォークでの関谷選手。若い!
オペルのカードに頂いた関谷選手のサイン
写真はホッケンハイム戦。
後日、関谷選手にITC鈴鹿オペル・カリブラV6の写真にサインを入れて頂いた。
マヌエル・ロイター選手/オペル・カリブラV6
ル・マン24時間2勝。2勝目はITC鈴鹿が開催された'96年。
ITC最終の’96年にチャンピオン獲得。
チャンピオンも初の鈴鹿にレース1:13位、レース2:14位。
オペル勢は鈴鹿戦では苦戦していた。
レース前にクラウド・ルドヴィク選手らと話をするロイター選手
オリヴァー・ギャヴィン選手/オペル・カリブラV6
レース1:16位、レース2:11位。
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スーパーカーレースとしてはいいが…鈴鹿レース・オブ・アジア 最終回
鈴鹿レース・オブ・アジアの掲載も最終回。
GT3とGT4のレースだが、スーパーGT300クラスに比べるといまひとつ魅力に欠ける。ジェントルマンドライバーが多くて技量や戦略のレベル差だからだろうか?
スーパーカー・ベースのマシンが走るという点では写真撮影していて面白いのだが…。
Triple Eight Race Engineering Australia/Mercedes-AMG GT3
この「KFC」ってあの鳥屋さん?
JRM/Porsche 911 GT3 R
予選中にクラッシュ!
―が、再スタートきって走っていった。このクラッシュでまた走るかぁ? スゲーッ!
Panther/AAS Motorsport/Porsche 911 GT3 R
Audi Sport Asia Team TSRT/Audi R8 LMS GT3 2019
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'96ITC鈴鹿 服部尚貴選手とアルファ155勢 ミニカーと写真で振り返る
コンビニドリンクに付いて来た京商の1/72スケールくらいのDTMアルファロメオ155V6Tiのミニカー。
スポンサーロゴは一切入っていないが、オレンジの車体がイエーガーマイスターを連想させる。
ウインドウは黒で車内は見えず、ライト等も銀塗りになっている。
ミハエル・バルテルズ選手/アルファロメオ155V6Ti
DTM/ITCでイエーガーマイスターのスポンサードを受けていたのはミハエル・バルテルズ選手。
国際F3000の後、ロータスからF1にスポット参戦の経験がある。
このカラーリングはミニカーでも人気がある。
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服部尚貴選手/アルファロメオ155V6Ti
日本ラウンドということもあって、同年のJTCCチャンピオンの服部尚貴選手が起用された。
事前テストは無く、レースウィーク木曜日が初めての走行。専門誌によると、楽しみながらも4WDやABSに手を焼いたそうだ。
メルセデスの鈴木亜久里選手、オペルの関谷正徳選手がともにトラブルでレース2に出走できなかったので、日本人で唯一、ITCオールラストのレース2に臨んだ。
ITCのレギュラーマシンには無い白いBOSCHカラーが斬新だった。
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'96ITC鈴鹿 タルクィーニ選手のサイドスカートとアルファ155勢 ミニカーと写真で振り返る
アルファロメオ155V6Ti ’94~’96 アレッサンドロ・ナニーニ車
京商1/64ミニカー「アルファロメオ」シリーズ1,2,3では、各回DTMマシンがラインナップに加わっていて一番人気だった。
シリーズ「1」は京商ミニカーの存在を知らなかったので、後からオークションで落札して入手。「2」以降はラリーに車とともに引き当てた。
1/64サイズとは思えぬほど細かい造形にカラーリング。これほどまでになるともはや芸術。
ガブリエーレ・タルクィーニ選手/アルファロメオ155V6Ti
スポット参戦を含めると都合7シーズンF1をドライブした。最高位は6位が1回。
数字だけ見ると成績は冴えないものだったが、資金不足の下位チームのマシンをなんとか走らせていた様は職人。
日本GPで鈴鹿にも4回やってきているが、お会いする事は無かった。
後にWTCCでホンダ・シビックを走らせた2014年の鈴鹿ラウンドで初めてサインを頂けた。
アルファロメオ勢は白マルティーニが2台、赤マルティーニが2台と4台も同じスポンサーのマシンを走らせていた。
ピットウォークでアルファのメカさんが「持ってく?」と、タルクィーニ選手のアルファ155のサイドスカートを下さった。アルファの特徴的なスポンサーロゴが並ぶものだ。
フリープラクティスで縁石に乗り上げたのか、中央部分が割れていた。最終戦だったので本来は捨ててしまうものだったのだろう。
フルカーボンのパーツを手に持ったのは初めてだったので、あまりの軽さに驚いてしまった。指でつまんで楽に持てる。
現在もミニカーラックの横に立てて飾っている。
ステファノ・モデナ選手/アルファロメオ155V6Ti
F1タイレルで中嶋悟選手とチームメイトだった事でも有名。その年、タイレル020で2位表彰台を獲得。自己最高位となった。
逆バンクからダンロップ下に向かうポイントだったと思うが、現在ではこの角度で撮影することはできない。
当時もトンネルを抜けた場所に立ち、山影から瞬時に現れたマシンを撮影した。難しいポイントだったので、なかなか上手く撮れなかった。
スタート前のモデナ選手
鈴鹿仕様がまだ売られている!
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ランボがいっぱいでワクワク! 鈴鹿レース・オブ・アジア
鈴鹿レース・オブ・アジアではランボルギーニ・スーパートロフェオ・アジアがサポートレースとして併催。
ランボルギーニ・オーナーも招待されているらしく、サーキットや駐車場にもランボ車がいっぱいで、ランボファンにとってはワクワクした。
―とは言ってもディーラーが顧客を招待しているのだろう、旧車は見当たらなかったのは残念だ。
Lamborghini Huracan GT3
GPスクエアには柵が設けられ、その内側はランボルギーニのお客様専用駐車場と化していた。
ランボ駐車場にはステージが設けられ、アヴェンタドールSとウルス、その間にはヴェールを被った車両が
朝のうちはヴェールを被っていたが、午後には外されていた。
ランボの新車かと思っていたら…
ランボルギーニ・ウラカン・スーパートロフェオ・エディション
アジアシリーズ開始「8」年目を記念してEvoをベースに8台のみ生産されたスペシャルコレクターズカー「ウラカン スーパートロフェオ エディション」。
係の方がいたので「写真を撮らせて下さい」とお願いすると「柵の中には入らないで下さい」と無機質な答え。
レーススタート直後だったため周囲に誰もいなかったのに、柵を超えさせてはもらえなかった。ランボオーナーになるほどの収入を得られなかった自分の責任か…。
ランボルギーニ・アヴェンタドールLP770-4 SVJ「63エディション」
イオタに由来する「J」が付けられているアヴェンタドールの最終形態。
創立1周年(1963年)を記念した特別車。
ランボルギーニ・アヴェンタドール
ランボルギーニ・アヴェンタドール
ランボルギーニ・ウラカン
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’96ITC鈴鹿 優勝のシュナイダー選手&フランキッティ選手のAMGメルセデス 写真で振り返る
’96ITC鈴鹿で強かったのがAMGメルセデスだった。
残念ながらDTMやITCのミニカーではメルセデスは持っていないので写真だけで紹介。
レース1:3位/レース2:優勝
ベルント・シュナイダー選手/AMGメルセデスCクラス
F1ザクスピードで鈴木亜久里選手のチームメイトとして日本では名前を知られるようになった。
F1では散々だったが、DTM~FIA GT選手権ではメルセデスのワークスドライバーとしてDTMの第一期、第二期通算5回のチャンピオン、FIA GT選手権でもチャンピオンを獲得している。
’97年鈴鹿1000㌔でもメルセデスCLK-GT1を駆り優勝している。
’97年鈴鹿1000㌔の際にITCメルセデスの写真にシュナイダー選手のサインを入れて頂いた
’97年鈴鹿1000㌔ではメルセデスが独自に一般観客も参加できるサイン会を行ってくれた。メルセデス全ドライバーが参加。その中にはF1に行く前のマーク・ウエバー選手もいた。
レース1:優勝/レース2:リタイア
ダリオ・フランキッティ選手/AMGメルセデスCクラス
イギリスF3からDTMにステップアップ。
ITC消滅後はCARTシリーズに転向。ツインリンクもてぎ開催のインディ・ジャパン300にはCOOLチーム・グリーンのドライバーとして来日している。そのレースも観戦に行った。
インディ・シリーズでは2000年代に3年連続を含む4度のチャンピオン獲得と3度のインディ500優勝という大ドライバーになった。
スタート前のフランキッティ選手 若い!
メルセデスはフロントから取り入れたエアをフロントタイヤ後方からサイドに排気してフロントのダウンフォースを得ている。残ったエアはリア・ディフューザーから排出。後のGT1やLMP1のグランドエフェクトを既に行っていた。
レース1スターティング・グリッド
スタート後からシュナイダー選手、アルファのC・ダナー選手とバトルを展開
レース1ではフランキッティ選手が優勝。シュナイダー選手が3位。2位はダナー選手
レース2ではバトルのもつれから1~2コーナーでクラッシュ
タイヤバリアに激突してマシンは横転。一時は騒然としたが、フランキッティ選手は無事に脱出。メルセデスの安全性の高さを証明した。
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脇阪/中西組のポルシェ911GT3 鈴鹿レース・オブ・アジア
鈴鹿レース・オブ・アジア、ブランパンGTアジア
LM Corsa/Porsche 911 GT3 R/脇阪薫一:中西慧 組
アルパインスターズのロゴが大きく描かれてカッコイイ。
このレースの後、鈴鹿10Hにも参戦した。その時はマシンのグラフィックも派手に変更されていた。
総合17位でフィニッシュ。
Singha Plan-B by Absolute Racing/Audi R8 LMS GT3 2019
Craft-Bamboo Racing/Mercedes-AMG GT3
コースアウトしたマシンのカウルを修復
カウルを間近で見るとなかり傷が入っていたり、補修の跡が見られる。アジアを転戦する激しさか。とても何千万円もする車両のカウリングとは思えない。
Craft-Bamboo Racing/Mercedes-AMG GT3
Vattana Motorsport/Lamborghini Huracan GT3 EVO
'96ITC鈴鹿 J.J.レート選手とスタック選手のチーム・ロズベルグ ミニカーと写真で振り返る
’96年に開催されたITC鈴鹿。
大好きなドライバーはアレッサンドロ・ナニーニ選手だが、チームで言うならば Opel Team Rosbergを一番応援していた。
元F1チャンピオンのケケ・ロズベルグ氏がオーナーで、ドライバーはJ.J.レート選手とハンス・スタック選手の新旧F1ドライバー・コンビだ。-まるで新旧ドリフト・コンビのような魅力ある顔ぶれ。
「ケケ氏も来日するかな?」と期待したが、残念ながら来日しなかったようだ。
J.J.レート選手/オペル・カリブラV6
F1で6シーズン戦い’91年にスクーデリア・イタリアで3位表彰台を獲得している。
成績だけを見たら「え? こんなもの??」と思えるほど。目立ったものは3位1回のみだが、キャラクターが良いせいか人気があった(と思う)。
ITC鈴鹿に先立つ8月の鈴鹿1000㌔でガルフ・マクラーレンF1GTRに乗って優勝を遂げている。そのレースも観戦に行っていただけに、一層J.J.を応援していた。
スタート前のJJ
ピットウォークの際、ピット内にJ.J.の姿を発見!
しかし、出てきてサインをしてくれるようなことは無かった。
この当時のピットウォークは選手のサイン会とかは無く、単にピットロードに入って整備されるマシンを近くで見るというものだった。
ハンス・スタック選手/オペル・カリブラV6
’76年、’77年の富士F1日本GPも走り、Gr.Cポルシェ956/962で’84年~’86年のWEC JAPANも走った鉄人。そのレース全てを観戦している。
『赤いペガサス』の劇中にもチョコッと登場している憧れのドライバー。こうして鈴鹿でも走りが観られて嬉しかった。
ハンス・スタック選手とクリスチャン・ダナー選手
サーキットから遊園地に向かうトンネル手前のグッズショップの前あたりで遭遇。
ハンス・スタック選手のサイン
レース1とレース2の間のインターバル
BTCCやDTMで行われ、後にJTCCでも採用された1日2レースのインターバル間のみ修理・セッティング変更が許されるレギュレーション。
鈴鹿戦はITCシリーズが消滅する正真正銘の最終戦。金曜日にはチームのスタッフが小遣い稼ぎに自前のチームグッズを売りにやってきていた。
チーム・ロズベルグのスタッフもシャツ等を売りに来ていた。
チームシャツはユーズドだけに横のグッズショップで売られてる新品よりも少し安い価格設定にしていた。
ドルフィンは新品よりもスタッフと一緒にシリーズを戦って来て、最後に海を渡って来たシャツの方が欲しかった。まっさらの新品だったら買っていない。
-とは言っても❝言い値❞では買っていない。値段交渉から始まる。カタコトの英語とほぼジェスチャー&魂。
そして「これ以上はムリ」となったら「何か付けて」となる。そうしてチーム・ロズベルグのステッカーを頂いた。更には「(自分が撮った)写真にJ.J.にサインもらってきて」と。
「すぐには無理だから後で送るよ」とチームスタッフ。信じて写真と英語で住所を書いて渡したのだった。
せっかくなのでシャツにJ.J.のサインを書き入れて欲しい。
レース終了後にメルセデスのゲストパスを頂いて片付けが始まっているパドックに行くことができた。そこで幸運にもJ.J.レート選手に遭遇することができ、シャツの背にサインを入れて頂けたのだ。
これはもう家宝である。1回洗濯して畳んでしまっている。
今回、写真撮影のために久しぶりに出してみた。
J.J.レート選手のサイン
イベントでJ.J.レート選手が来られる事があったら着て行こう。
何週間か経った頃、エアメールが届いた。
封を開けてみると、J.J.レート選手とハンス・スタック選手のサイン入りチームカードだった!
チームスタッフの方は約束を守って下さったのだ。これには感激した。
このように思い出のあるJ.J.レート選手のオペル・カリブラV6のミニカー欲しい1台だった。
ミニチャンプスから1/43ミニカーが発売されていたが、ミニカーを集め始めた頃には既に4~5年経っていて在庫はほぼ無し。あってもプレミア価格が付けられていた。
ネットオークションも手を出し始めた頃で、探し出して納得価格で落札できたのだった。
持つとズッシリとと感じるほどのダイキャスト製。
ミニカーラックに飾っているが、デカールが浮くような不備はまだない。
飾っているミニカーを見るとあの日の思い出が蘇ってくる。
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ヒストリックF1 サウンド・オブ・エンジン 今年は多くのマシンが見たい
2019年の鈴鹿サウンド・オブ・エンジンは楽しかった。
ほとんどが毎年参加しているマシンだったが、ひとえにドルフィンがリスペクトしている二輪ワールドチャンピオンの方々がゲストであったり、2人のF1ドライバーと6輪タイレルの走行があったからだ。
アルファロメオ179C
ドルフィンの中では❝神3ドライバー❞のひとりマリオ・アンドレッティ選手がドライブしたウイングカー。
マリオ・アンドレッティ氏をゲストに呼んでくれないかなぁ。
タイレル019
タイレル019は2台参加。もう一台は中嶋大祐選手がドライブ。
こちらはオーナーさんがドライブ。
019はアンヘドラル・ウイングが分かる斜め前からの角度がカッコイイ。
クーパー/マセラティT86
露出したメカニックが美しくカッコイイ
サウンド・オブ・エンジンの記事投稿もこれにて終了。
2018年の大会記事は参加したヒストリックF1が多かったので、5月までダラダラと投稿していたが、2019年は目新しいマシンが少なかったので早く終わってしまった。
今年のサウンド・オブ・エンジンも楽しみにしているし行くつもりだ。
多くの懐かしいマシンが来てくれることを望む。
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