'96ITC鈴鹿 J.J.レート選手とスタック選手のチーム・ロズベルグ ミニカーと写真で振り返る
’96年に開催されたITC鈴鹿。
大好きなドライバーはアレッサンドロ・ナニーニ選手だが、チームで言うならば Opel Team Rosbergを一番応援していた。
元F1チャンピオンのケケ・ロズベルグ氏がオーナーで、ドライバーはJ.J.レート選手とハンス・スタック選手の新旧F1ドライバー・コンビだ。-まるで新旧ドリフト・コンビのような魅力ある顔ぶれ。
「ケケ氏も来日するかな?」と期待したが、残念ながら来日しなかったようだ。
J.J.レート選手/オペル・カリブラV6
F1で6シーズン戦い’91年にスクーデリア・イタリアで3位表彰台を獲得している。
成績だけを見たら「え? こんなもの??」と思えるほど。目立ったものは3位1回のみだが、キャラクターが良いせいか人気があった(と思う)。
ITC鈴鹿に先立つ8月の鈴鹿1000㌔でガルフ・マクラーレンF1GTRに乗って優勝を遂げている。そのレースも観戦に行っていただけに、一層J.J.を応援していた。
スタート前のJJ
ピットウォークの際、ピット内にJ.J.の姿を発見!
しかし、出てきてサインをしてくれるようなことは無かった。
この当時のピットウォークは選手のサイン会とかは無く、単にピットロードに入って整備されるマシンを近くで見るというものだった。
ハンス・スタック選手/オペル・カリブラV6
’76年、’77年の富士F1日本GPも走り、Gr.Cポルシェ956/962で’84年~’86年のWEC JAPANも走った鉄人。そのレース全てを観戦している。
『赤いペガサス』の劇中にもチョコッと登場している憧れのドライバー。こうして鈴鹿でも走りが観られて嬉しかった。
ハンス・スタック選手とクリスチャン・ダナー選手
サーキットから遊園地に向かうトンネル手前のグッズショップの前あたりで遭遇。
ハンス・スタック選手のサイン
レース1とレース2の間のインターバル
BTCCやDTMで行われ、後にJTCCでも採用された1日2レースのインターバル間のみ修理・セッティング変更が許されるレギュレーション。
鈴鹿戦はITCシリーズが消滅する正真正銘の最終戦。金曜日にはチームのスタッフが小遣い稼ぎに自前のチームグッズを売りにやってきていた。
チーム・ロズベルグのスタッフもシャツ等を売りに来ていた。
チームシャツはユーズドだけに横のグッズショップで売られてる新品よりも少し安い価格設定にしていた。
ドルフィンは新品よりもスタッフと一緒にシリーズを戦って来て、最後に海を渡って来たシャツの方が欲しかった。まっさらの新品だったら買っていない。
-とは言っても❝言い値❞では買っていない。値段交渉から始まる。カタコトの英語とほぼジェスチャー&魂。
そして「これ以上はムリ」となったら「何か付けて」となる。そうしてチーム・ロズベルグのステッカーを頂いた。更には「(自分が撮った)写真にJ.J.にサインもらってきて」と。
「すぐには無理だから後で送るよ」とチームスタッフ。信じて写真と英語で住所を書いて渡したのだった。
せっかくなのでシャツにJ.J.のサインを書き入れて欲しい。
レース終了後にメルセデスのゲストパスを頂いて片付けが始まっているパドックに行くことができた。そこで幸運にもJ.J.レート選手に遭遇することができ、シャツの背にサインを入れて頂けたのだ。
これはもう家宝である。1回洗濯して畳んでしまっている。
今回、写真撮影のために久しぶりに出してみた。
J.J.レート選手のサイン
イベントでJ.J.レート選手が来られる事があったら着て行こう。
何週間か経った頃、エアメールが届いた。
封を開けてみると、J.J.レート選手とハンス・スタック選手のサイン入りチームカードだった!
チームスタッフの方は約束を守って下さったのだ。これには感激した。
このように思い出のあるJ.J.レート選手のオペル・カリブラV6のミニカー欲しい1台だった。
ミニチャンプスから1/43ミニカーが発売されていたが、ミニカーを集め始めた頃には既に4~5年経っていて在庫はほぼ無し。あってもプレミア価格が付けられていた。
ネットオークションも手を出し始めた頃で、探し出して納得価格で落札できたのだった。
持つとズッシリとと感じるほどのダイキャスト製。
ミニカーラックに飾っているが、デカールが浮くような不備はまだない。
飾っているミニカーを見るとあの日の思い出が蘇ってくる。
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