☆旅メルお出かけ日記/名画座とオムレツとピーターラビット(つづきひろこ)☆

先日、友人と自由が丘にある「ピーターラビットガーデンカフェ」というお店でランチを食べてきました。

卵料理が自慢の「ラケル」がコンセプトを変更してリニューアルしたようで、店内はまさに「ピーターラビット」の世界一色。

面白かったのは、各テーブルにウサギさんたちが同席してくれるサービス。

実は、散歩の途中で偶然見つけたお店なので、この店があの「ラケル」と知り驚きました。

「ラケル」といえば、最近ではあまり目にすることがなくなりましたが、かつてはあちこちに見かけた気がします。

中でも、明治通りを挟んで渋谷警察の向かい近くのビルの地下にあった「ラケル」が思い出されます。

学生時代、友人たちとよくたむろした店でした。

懐かしい…

ところで、この店との出会いの前にもう一つ懐かしい偶然がありました。

実は、自由が丘にはよく行くのですが、たいていは、用事を済ませると寄り道もせずにとっとと帰宅してしまいます。

先日、たまたま気が向き、お天気も良いので、お散歩を楽しむことにしました。

お店を除き、気分にまかせ、ふらふら散策していると、思い出のビルの前に出ました。

このビルには、今や、時代を象徴するかのごとく保育園が入っています。

実は、高校、大学時代と、映画をよく観ていた私。

自由が丘も例外ではなく、ビルの二階には、かつて「自由が丘武蔵野館」という名の名画座がありました。

もっとも、この名はビル改築後のリニューアルによるものらしく、名画座の歴史はリニューアル以前からとか…

私がこの名画座と出会ったのが、このリニューアルのまさにその時でした。
記憶が間違ってなければなのですが、

第1回目の上映は、ジーン・ケリー主演のミュージカル『雨に唄えば』…
第2回目は、同じくミュージカル映画『上流社会』…

後にモナコ王妃となったグレース・ケリー、また、フランク・シナトラ、ビング・クロスビー、ルイ・アームストロングなどのジャズ界のスターが一堂に会したすごい作品でした。

その他、多くの名画に出会えた映画館。

社会人となり、映画館から足が遠のき、映画に対する情熱も薄れていきましたが、この場に立つと、一瞬で青春時代が蘇るのですね…

オムレツに名画座。

懐かしい時間でした。



☆旅メルお出かけ日記/健康優等生な日曜日(つづきひろこ)☆


今朝は、代官山の笑いヨガクラブに参加。


お馴染みの仲間たちと一緒にたっぷり笑い、心も身体もリフレッシュ!!


その後、中目黒の『はな豆』さんに直行…

野菜たっぷりランチをいただきながら、みんなとおしゃべりを楽しみました。


「いやぁ~、運動の後のご飯は、ほんと、美味しいっすね~!!」

「今夜はぐっすり眠れそうだメェ~」



前回、人間は、他者、そして自分以外のすべてのものとの関わりの中で生きているという「縁起」の考え方を取り上げました。


「自分」という存在は自分だけで成り立っているわけではありません。


しかし、人間には「自我の呪縛」というものがあります。


自分は自分、他人は他人と分けて認識するのは、人間としては当たり前のことですが、「自分のことをまず第一に考える」、「自分は他人より優位である」等というような他人との関係性の比較により、心理的に人間に不安、恐怖、苦しみ、矛盾等といったストレスを与えてしまいます。


人間は本来、他者との関係性の中で生きていて、様々なエネルギー循環(生命力、お金、価値観、心、感情等)を生み出しますので、「自己中心」にフォーカスをあてていると、他人や世界との関係性がブロックされ、循環が阻害されてしまいます。


「自我が呪縛」された状態では、悩み、苦しみ、悔しみ、怒り、悲しみ等のネガティブ感情に人間はずっととらわれ続けることになります。


この世のすべての生物にとって、「幸せ」とは、この世界の中でそれぞれの機能と役割を果たすこと…

お互いがお互いの存在を支えあう「縁」という「つながり」で成り立つこの世では、他の存在から離れて、「自分だけの幸せ」を追求することは不可能といえます。


では、どうすれば良いかというと、「自分のことをなんとかしたい」という発想から、「あの人のお役にたちたい」という発想に切り替えを行えば良いのです。


一言でいうと、「自分以外の人を喜ばせるための何らかの発信行動」ということになります。すべての行動は相手を喜ばせるためと考えていると、エゴが消え、他を活かすための循環のエネルギーが無尽蔵に湧いてきて、心にゆとりが生まれますので、他人と揉めることがあまりなくなります。


つまり、他人を思いやって、喜んでいただけることをすることで自我の呪縛がなくなります。


自分の心を最も癒す最善の方法は、「他人を喜ばせる、他人を幸せにする」ということなのです。


『人間は他人が喜んだときしか幸福を感じない生き物…』

『他人も喜んで、自分も喜ぶ』

『自分も好きなことをやって、その姿を見て他人も喜ぶ』


「縁」を活かすこととは、実はこういうことが本質だったのです。


「縁起」の考え方は難しいので、私もやっとのことで自分なりに整理してみました。


とにかく、「身近な人のご縁を大切にして、如何にお役にたてるかという視点でお付き合い」していけば、物事がいい方向に「運」を切り開いていけるのではないかと思います。


参考 図解「自我の呪縛」から脱却する方法

 

妻が「良縁」という切り口で活動し始めているので、「縁」についての本質を調べてみました。

 

「縁」という言葉は、元々は仏教用語…

 

人と人の出会いの場面では、よく「ご縁に感謝します」というやりとりがあります。言われた人は、相手から大事に思われているのだとありがたい気持ちになりますが、これは仏教の精神に基づきます。  

 

仏教でいう「縁」とは、「因」(原因)があって、結果に至らしめる「間接的な要素」です。  

 

例えば、「私」という自分を成り立たせている条件を考えてみるとします。  

どんな種も引き出しにしまい込まれたままでは実りません。大地に蒔かれ、太陽を浴び、雨や水や養分を吸収して成長します。

 
「因」である「種」は、「大地、太陽、雨、水、養分」という様々な「縁」があって初めて花を咲かせます。
 

 

同じように、「自分」という存在は数多くの「縁」で成り立っています。  

 

人というご縁…祖父母、両親、兄弟、友人、人生で出会うたくさんの人たち  


環境というご縁…生まれ育った場所、家

 
社会というご縁…人が集まり協働で仕事、活動、勉強をしている会社、団体、学校  

 

そして、「仏縁」…  

 

人は、自分ひとりの力で生きていると思い込む時がありますが、仏縁に出会えば、自分という存在が自分のみで成り立っているものではなく、さまざまな縁によって存在していることを知ります。  

 

これを仏教では、「縁起」といいます。  

 

「縁起」は、「縁起がいい」とか「縁起が悪い」というように「物事の起こる前ぶれ、前兆」の意味で用いられることが多いのですが、元々、仏教的にはそのような意味ではありません。  

 

仏教的な「縁起」の意味は、「人間は、単独で存在しているのではなく、他者、自分以外の全てのものとの関わり合いの中で生きているという関係性」のことになります。  

 

「縁起」の定義は、なかなか難しいのですが、人生のあらゆるシーン、特に人間関係を豊かにするために大事な原理原則でもあります。  

 

次回は、「縁起」をプラスに活かすことが如何に大切かということに触れていきます。

    

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★結婚に憧れるあなたへvol.12 (良縁カウンセラー:つづきひろこ)★

~「良縁」って何?/ 「良縁」と「にわか良縁」

 

来月はまた「結婚記念日」がやってきます。

 

「どうして夫だったのか…」

 

何度考えても、「縁だった」としか思えないのです。

 

結婚願望がある人たちは、この「縁」を求めて葛藤を続けることになりますよね。

 

この時、縁の「良さ」「悪さ」が問題となるわけですが、独身者の多くが、「結婚=良縁」と考えている印象を受けます。

 

もちろん、結婚に至るような男女関係がまれですから、生涯を共に生きる覚悟をするほどの仲ともなれば、たしかに「良縁」という言葉がふさわしいのかもしれません。

 

それでも、私は、「結婚に至る縁」のことは「にわか良縁」と呼び、「良縁」とはあえて区別して考えています。

 

だって、思いませんか?

 

もし「結婚=良縁」であるのなら、なぜ、結婚5年、10年、30年と年月を重ねるうちに、夫婦は徐々にいがみあい、会話が減り、寝室さえ別になって、「亭主元気で留守がいい…」と開き直るほどまでに、すれ違ってしまうのでしょうか…

 

さらに、私は考えてしまうのです。

 

「本当の良縁」であるならば、今日よりも明日、明日よりも明後日と、夫婦が歴史を重ねるほど、もっと、もっと、相手のことを好きになってもよくはないかと…

 

結婚前は「優しい人」も結婚後は「冷たい人」…あれほどのろけ、「良縁」と疑わなかった相手の変容…

 

不思議なことではないです。

 

「恋は盲目…」

 

恋人たちは、いつだって都合の良い「思い込み」が得意です。

 

そこで、「結婚=にわか良縁」と私は考えるのです。

 

ここで、あの教会結婚式の誓いの言葉を思い出します。

 

「その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も 富める時も、貧しい時もこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け。その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか…」

 

実際、結婚の現実とは、大なり小なり、苦労やトラブルがつきものです。

 

そして、本当は、夫婦の真価が問われるのは、うまくいっている時よりも窮地の時なのだと思います。

 

おそらく、神様はこの真実を知っていたからこそ、人間たちにあえて誓わせたかったのかもしれませんね。

 

それなのに、愛を誓ったはずのカップルのなんたる転身のはやさ…

実際、結婚する時に、自分たち夫婦の30年後の関係性について具体的に考えてみるカップルはどれほどいることでしょう?

 

結婚式のドレス、新居の間取りやインテリア、新婚旅行の準備となれば、最大限に想像力を働かせるのに…

 

これほど、「結婚」とは魅力的かつ厄介でもあり、実に難しく不可思議なものなのです。

 

もしかすると、そもそも「良縁」などというもの自体が存在しないのかもしれませんね…

 

むしろ、あるとするならば、単なる「縁」です。

 

この「縁」を良くするも悪くするも、結局は私たちしだい…

 

だからこそ、結婚までの男女関係よりも結婚後の夫婦の関わり方が問われているように感じるのです。

 

私たち夫婦が「夫婦単位」に拘るのはこうした理由からで、私たちも修行中です。

 

おそらく皆さんは今後、「一時的」に「良縁」を感じられる時があることでしょう。

 

けれど、理想に描いた「良縁」が訪れるのは、夫婦がもっとお互いの歴史を重ねたずっと後のこと…

 

それどころか、死が2人を別つその瞬間なのかもしれません。

 

「君と出逢えて本当によかった。ありがとう。」

 

そう、お互いに思いを共有できた時…

 

ですから、まずは「良縁」をさがして路頭に迷うよりも、身近にある「縁」に気づき、それを温めることからはじめてみるといいかもしれませんよ。

 

いつか、単なる「縁」が「にわか良縁」となり、さらには、本当の「良縁」と進化していけるように…  

アメリカで数十年間離婚カウンセラーを行っている人が長年の経験から得た真理。

 

それは

『幸せになるために結婚するのではない』

 というものです。  


ほとんどの人は結婚すると「お幸せに…」とか、「結婚して幸せでいいですねえ…」等あたかも、結婚すること自体が幸せへのパスポートであるかのように認識しています。  

 

しかし、結婚すると様々なトラブルや試練に見舞われて、離婚する夫婦は増える一方…  

結婚は幸せになるためのものではなかったのか…

 
実は、結婚さえすれば幸せになれると思っている人ほど幸せにはなれないのです。  

今、幸せを感じていない人は未来も幸せになることはできません。それは、自分自身の生き方が「依存的」だからです。
 


依存的な生き方をしている人は、自分の今の状況を環境や他人のせいにします。何をやっても満たされることはなく、不満ばかり…  


そんな人の目の前に素敵な生き方の異性が現れるでしょうか?  

波長が合うのは、同じように幸せを感じていない異性としか出逢えないと思います。

 
では、今幸せだと感じている人はどういう人かというと、何事も環境や他人のせいにせず、すべて自己責任で将来の目標に向かってたり、今を楽しんでいたり、周囲の人たちにプラスの影響を与えて生きている人たちです。  


そのような生き方をしている人は魅力ある人ですから、いい出会いを引き寄せるはずですよね。  


幸せな人には、幸せなことが寄ってくる…  

不幸な人には、不幸なことが寄ってくる…

 
これは、自然の摂理といってもいいでしょう。
 


今を楽しめなかったり、幸せを感じられないのに、その先に幸せを求めても何も得ることができません。  

 

「今、今、幸せであること」そして今、満ち足りた気持ちで「愛を与える」ことができることがとても大切…  

 

「幸せだから結婚する…」大人として自立した生き方をしている、そもそも幸せな二人が出会って、信頼関係を作り、一緒に幸せを作っていく努力をしていけば、確実に幸せな結婚になるでしょう。  

 

参考 幸せだから結婚します  


参考 結婚に焦っている女性へ

 

 

人それぞれ大切にしている価値観があります。


恋愛している男女や夫婦が決裂する理由に「価値観の相違」がよくありますが、果たして自分と相手の「価値観」をどの程度理解しているのでしょうか? 


以前の記事にも書きましたが、会話の約8割はミスコミュニケーションです。 


言葉だけでは10%しか伝わりません。それで、いろいろな角度で表現を変えたり、声のトーンを変えたり、ジェスチャーを使ったりして、何度もやり取りしてやっと伝わるかどうかといったところです。 


日本人は欧米人に比べて言葉のやり取りを曖昧にしがちで、はっきりと言うことには抵抗のある人がとりわけ多いので、「はき違い」が多々発生するそうです。 


『彼氏や彼女とはうまくやってきたいのだけれど、自分の価値観と相手の価値観はなんとなく違うみたい…』

こういうケースも結構多いと思います。 


相手を傷づけたくない、対立したくないからといって価値観の違いをそのまま放置しておけば溝は深まるばかり…その内に、けんか別れや言葉もなく別れる等という悲しい事態が起きてしまうでしょう。 


価値観の違いの深まりを回避する方法… 


それは、自分が大切にしている価値観をまず相手に明確に伝えること、そのうえで相手に求めること、自分が許せないことがどういう点をを話すこと、そして相手の価値観も聞き、配慮しながら擦り合わせをすることです。 


相手との摩擦を恐れてはいけません。摩擦が少ないうちに徹底してお互いの価値観について話しておけば、お互いに融合できる点、分かりあえる点が見つけやすくなります。 


お互いが腹を割ることで、むしろ信頼感が増し、考え方の理解不足、勘違いによるミスコミュニケーションによる決裂も防ぐことができます。 


また、大切な価値観は、人生その時期のステージでも異なってきますので、夫婦の方は定期的に何が重要なのかを定期的に擦り合わせることも必要だと思います。 


私たち夫婦の経験上からも言えますが、とにかく、はっきりしない…というのが一番よくないです。はっきり言うことは勇気がいりますけどね。 


人間関係の上でもとりわけ大切なカップルコミュニケーション。とにかくパートナーとの摩擦を恐れず徹底的にいろいろな角度からコミュニケーションしていきましょうね! 


参考 価値観の違いがある彼氏と上手に付き合う7つの考え方

 

リンク先のブログ記事に書かれている心の法則に大変共感します。




とにかく、今、今にフォーカスして、心の進化を遂げていきたいものです。




『今目の前にあることだけに集中して人生を楽しむ。起きてくることを受け入れて体験する…』




『まず、過去は終わったこと、未来はまだ来てません。我々には今しかないのだと知ること。具体的には、過去を教訓にはしても、後悔したり恨んだりせず、未来に期待したり心配したり恐れたりしないこと…」




『他人を害したり、他人の視線を気にしたりしないこと人を押しのけたり、人と比べたり、批判したりせず、人の考えに盲目的に従ったり、人の目を気にして遠慮したりせず、自分のエゴではなく魂の求める興味あること、楽しいこと、やりたいことをやればよい。』


『自分のやりたいことがわからないなら、目の前のことを精一杯して、頼まれたり誘われたりしたことでやってもいいと思えることを引き受ける。または、趣味の時間を作ってそれに没頭する…』




『宇宙の流れ(自然の法則)に乗っていけば、適材適所に配置され、物事は上手く循環していく。




そうすると、人生が楽になり、困難さえも楽しめるようになっていく…』




『今、目の前で起きてることは自分に必要なこと。他人や環境のせいにせず、そこから何を学び、体験するのか、それを理解したら、その世界にいる必要はない…』




『他人や世界を変えようとしても変わらないが、現実を見つめ、味わっていれば、自然と次のステップにシフトしていく。嫌な人がいなくなったり、態度が変わったりしていく…』






参考 人生の目的はどっちか?

 

人間には年単位、月単位、日単位、時間単位での生体リズムがありますが、日単位のリズムを「ウルトラディアンリズム」といいます。

 このリズムは、90分単位で刻まれていますので、人間の集中力は最大で90分間しか持たないことになります。  


どんなにエネルギッシュで仕事ができる人であっても、一日中集中力は続きません。  

 

今、どんなに乗っているからといって、休憩も取らずに仕事していれば、必ずといっていいほど燃料切れを起こします。ひどい時はボーッとして動けなくなったり、一つのプロジェクトが終わってからバーンアウトして、うつっぽくなって、睡眠障害や生理不順の原因にもなります。  

 

これでは疲れ果てるだけで、安定してクオリティーの高い仕事はできません。  

 

どんなに集中しても持続できるのは90分間です。仕事の合間に休憩を入れることがとても大切。  

 

仕事は短期的に結果を出せるものではありませんので、如何に持続的に持久戦に勝てるかで成果が目に見えて違ってくるはず…  

 

『1時間仕事をしたら10分休憩する、さらに1時間仕事をしたら20分ほどの睡眠を入れる』のが最も効果的…  

 

これを繰り返すと体内時計が規則正しくなり、集中力を保ってクオリティーの高い仕事ができるようになるそうです。  

 

仕事が乗っている時に休憩するとか、会社の仕事をしている時に頻繁に休憩をとるというのはなかなか難しいことですがこれを意識して習慣できる人が、人にパフォーマンスで差をつけられるようになるのかもしれませんね。  



参考 ウルトラディアンリズムを改善する

先日の「世界 ナゼそこに?日本人」という番組でのチェコに住む日本人の波乱万丈ストーリーが印象に残りました。

 

小学5年生の時に母親が失踪、そして家族がバラバラに…  

 

その経験から、自分はあんなダメな母親にはならないと決め、チェコで結婚して子育てをしました。 


もともと勉強家だったので、育児書も読み、完璧にこなそうとしたのですが思ったようにならない…
 


その末、育児ノイローゼになりました。  

 

そんな妻を支えられなくなったチェコ人の旦那も精神的に追い詰められ、失踪…


このプロセスは、なんと、なりたくないダメ見本だったお母さんそっくり…

 
そこで、彼女は気づきました。  


「自分は母親そっくりだ」と。  

 

そんな自分を受け入れ、ダメな自分を受け入れたことで、心が楽になったそうです。  

 

母を受け入れることで、母の呪縛から解けたのです。  

 

すると、半年後旦那が戻ってきました。  


旦那さんに戻った理由を聞くと、「二人の間でコミュニケーションが取れるようになったから」と言っていました。

 
育児ノイローゼになったご本人によると、

「自分が完璧さを求め過ぎて、苦しくなっていました。自分が全部悪いんです」

 と語っていました。  


以前の記事にも書いたことがありますが、夫婦関係や対人関係で、自分が嫌だ!不快だ!と思っていることというのは、「自分にもそういう面があるのではないか」あるいは「自分はそういう面が嫌だということにこだわっているのではないか」ということなのです。  

 

つまり、自分は、「他人」を見ながら、そこに写し鏡のように自分の姿を見ているということです。  


「あんな風になってはいけない」ということは、結局自分の中もある同じ面を否定してることになってしまいます。  

 

これでは、生きていて苦しくなるのも当たり前ですよね。  


相手と自分は同じだと理解して、相手をどうするというのでなく、ダメな自分を受け入れる…

 
そうすればと心が軽くなり、自分らしく生きられ、人生が好転することになると思います。  


「自分にこだわらない、ありのままの自分を受け入れる…」というマインドセットって大事なんですね!  

 


参考 ダメな自分を認める