妻が「良縁」という切り口で活動し始めているので、「縁」についての本質を調べてみました。
「縁」という言葉は、元々は仏教用語…
人と人の出会いの場面では、よく「ご縁に感謝します」というやりとりがあります。言われた人は、相手から大事に思われているのだとありがたい気持ちになりますが、これは仏教の精神に基づきます。
仏教でいう「縁」とは、「因」(原因)があって、結果に至らしめる「間接的な要素」です。
例えば、「私」という自分を成り立たせている条件を考えてみるとします。
どんな種も引き出しにしまい込まれたままでは実りません。大地に蒔かれ、太陽を浴び、雨や水や養分を吸収して成長します。
「因」である「種」は、「大地、太陽、雨、水、養分」という様々な「縁」があって初めて花を咲かせます。
同じように、「自分」という存在は数多くの「縁」で成り立っています。
人というご縁…祖父母、両親、兄弟、友人、人生で出会うたくさんの人たち
環境というご縁…生まれ育った場所、家
社会というご縁…人が集まり協働で仕事、活動、勉強をしている会社、団体、学校
そして、「仏縁」…
人は、自分ひとりの力で生きていると思い込む時がありますが、仏縁に出会えば、自分という存在が自分のみで成り立っているものではなく、さまざまな縁によって存在していることを知ります。
これを仏教では、「縁起」といいます。
「縁起」は、「縁起がいい」とか「縁起が悪い」というように「物事の起こる前ぶれ、前兆」の意味で用いられることが多いのですが、元々、仏教的にはそのような意味ではありません。
仏教的な「縁起」の意味は、「人間は、単独で存在しているのではなく、他者、自分以外の全てのものとの関わり合いの中で生きているという関係性」のことになります。
「縁起」の定義は、なかなか難しいのですが、人生のあらゆるシーン、特に人間関係を豊かにするために大事な原理原則でもあります。
次回は、「縁起」をプラスに活かすことが如何に大切かということに触れていきます。