仏教器世間世界を語ろう③四大洲(まずサイズ感)
やっとこさ、人間が住む「四大洲(しだいしゅう)」の話です。ちょっと前段として「須弥山宇宙の階層構造」について。人間世界は、まず四洲があって洲の中にさらに居住地が分かれていて…なのですが、この階層構造の数をあえて中国仏教、ヒンズー教と比較して並べてみましょう。(ヒンズー経典も異同があるので『ブラフマー・プラーナ』に従ってます。)・大洲(Dvīpa) 「大陸」に相当する海で隔絶された世界 インド仏教:4つ(北倶盧洲・東勝身洲・西牛貨洲・南贍部洲) 中国仏教:4つ(同上) ヒンズー教:7つ(Jambū・Śāka・Kuśa・Plakṣa・Puṣkara・Śālmali・Krauñca) ↓うち南贍部洲(Jambū)をさらに分類・従洲(Upadvīpa) 「南アジア」など大陸内の地域に相当 インド仏教:1つ(天竺以外の文明世界なし) 中国仏教:4つ(象主国(天竺)・人主国(震旦)・馬主国・宝主国) ヒンズー教:9つ(Bhārata・Kimpuruṣa・Harivarṣa・Ramyaka・ Hiraṇmaya・Uttarakuru・Ilāvṛta ・Bhadrāśva・Ketumāla) ↓うち天竺(Bhāratavarṣa)をさらに分類・片域(Khaṇḍa) 国内の「地方」 インド仏教:「中国」と「辺地」以外明確な区分なし 中国仏教:5つ(中天竺・東天竺・西天竺・南天竺・北天竺) ヒンズー教:9つ(Bhārata・Indradvīpa・Kaseru・Tāmraparṇa・ Gabhastimān・Nāgadvīpa・Saumya・Gandharva・Varuṇa)見てのとおり、インド仏教は四大洲以下の地域分類がほぼないのが分かります。シルクロード交易で中国やローマを知らないはずはないのに、天竺の周辺世界に極端に無関心なのはどうしたことでしょう。『十上経』『八難経』に「八難解法」という、せっかく仏が出現しても仏法に触れられないという8つのケースが載っています。その5つ目が「辺地夷狄に生まれて仏の教化を受けられない」ことです。天竺に現れた仏陀の教えに触れられることこそ幸福であり、仏教的には辺境の地に生まれることは全て不幸であり、かわいそうなことということになります。少なくとも仏教が天竺の近くに文明世界、あるいは他の神話で一般的な「理想郷」のようなものを一切置かなかった独特の理由はそこでしょう。仏の教化が及ばない辺境に幸せな国があってはならないのです。あるとすれば、四大洲の残り三洲、須弥山・七金山のような人間の交流から完全に隔絶した天界に近い世界だけということかと。で、話戻って唯一並行存在を認めている人間世界が「四大洲(Catvārodvīpa)」です。七金山と鉄囲山の間にある大海の東西南北に配置されています。四大洲は、「四大部洲」「四天下(てんげ)」などと訳されることもあるようですが、ひとまず『倶舎論』の訳語で。この四大洲とその名前は、記述の濃淡はありますがほぼ全ての経典で一致しており、仏教の根本的な世界観といっていいでしょう。(唯一『正法念経』だけはおそろしく複雑な地理関係を記載していて四大洲の位置が全く分からないですが、ただ細部にこだわりたかっただけと思います。)四大洲の名称はそれぞれ次のとおりです。 北倶盧洲(Uttara-kuru) 東勝身洲(Pūrva-videha) 西牛貨洲(Apara-godānīya) 南贍部洲(Jambu-dvīpa)三洲は名前に「北(Uttara)」「東(Pūrva)」「西(Apara)」が入って大変分かりやすくていいです。南贍部洲だけは我々の住んでいる場所なので方角は入れないようで、梵語の原典で「*Dakṣiṇā-jambu」などという表現はなく、「南」は漢訳の際に整合性のために挿入されたようです。ちなみにuttaraは「北」のほかに「より優れた」の意味もあります。四大洲の中で北倶盧洲は最も優れていることになっているので、ダブルミーニングになってますね。四大洲の名称・位置がほぼ共通ですが、形状・大きさは経典によってそれなりに違います。 『倶舎論』ほか 北:四辺が2,000由旬の方座形(caturasra) 東:東辺350由旬、他三辺2,000由旬の半月形(ardhacandra) 西:直径2,500由旬、周長7,500由旬の満月形(pūrṇacandra) 南:南辺3.5由旬、他三辺2,000由旬の車形(śakaṭa) 『立世論』 北:四辺2,000由旬、周長8,000由旬 東・西:直径2,333と1/3由旬、周長7,000由旬の円形 南:南辺3.5由旬、他三辺2,000由旬の車形 『世記経』ほか 北:縦横10,000由旬の正方形 東:縦横9,000由旬の円形 西:縦横8,000由旬の半月形 南:縦横7,000由旬の南が狭く北が広い車箱形 『瑜伽論』 北:大きさ8,000由旬の四角形 東:大きさ7,000由旬の半月形 西:大きさ7,500由旬の円形 南:大きさ6,500由旬の車箱形諸説はまあいいですが、アーガマ系経典が東が円形、西が半月形になっているのにアビダルマ系になると入れ替わってるのが面白いです。どの経典も「洲の形がそこに住む人の顔の形と一致している。」と言っているので、初期仏教では東方人の顔は丸くて西方人の半月形だと考えたのに、アビダルマを作った人々はいや逆だろうと考えてわざわざ入れ替えたということですね。まあ人の顔の形なんて主観だと思いますが。てか半月形の顔ってなに?『倶舎論』ほかアビダルマ系だと、四大洲はそれぞれ両側に2つの中洲(antaradvīpa)を従えていることになってます。『倶舎論光記』の訳語に従って中洲を列記すると 北倶盧洲 東:有勝辺洲(Kaurava)、西:勝辺洲(Kurava) 東勝身洲 北:身洲(Deha)、南:勝身洲(Videha) 西牛貨洲 北:上議洲(Uttara-mantrin)、南:諂洲(Śāṭha) 南贍部洲 東:猫牛洲(Cāmara)、西:勝猫牛洲(Avara-cāmara)となります。南贍部洲のcāmaraはヤク(犛牛)のことですが、「猫牛」という妙に可愛い訳になってます。また「勝猫牛」は、訳の意味や「筏羅遮末羅」という三蔵法師の音写から「Vara-cāmara」が正しそうな気もしますが、西蔵大蔵経『倶舎論』に従って「Avara-cāmara」にしてます。どっちでもいいよと思いたくなりますが、実はこれ否定辞のa-がつくかどうかで「優れた」「劣った」という正反対の意味になり、どっちの中洲が優れているのかの話になるので馬鹿にできません。『翻訳名義大集』は、「Apara-cāmara」という梵語も提示しています。なるほど「西の猫牛州」ということならこれはこれで筋は通ります。実は北倶盧洲の勝辺洲もどうも『倶舎論』だけでも2系統の名称があるようです。三蔵法師訳・西蔵大蔵経だとKuravaですが、真諦訳・現存の梵文だとKuruです。ただこれこそどうでもいいです。Kuruは大洲と全く同じ名前だしKuravaとKauravaって実はどちらもKuruの形容詞形なんです。(ラテン語のRomaという地名にRomanusという形容詞形があるとの同じです。)例えてみると「日本」という大洲に付属して「にっぽん」とか「ひのもと」とか「やまと」という中洲があるようなもので、まあ…なんですか、取ってつけたにしてももう少し真剣に命名してはいかがかと。中洲が大洲のどちら側にあるかは『彰所知論』『仏祖歴代通載』によりましたが、惜しいことに北倶盧洲の中洲のみ東西が書いてません。ここだけ分からないままだとモヤモヤするので、北京の「頤和園」で四大洲を模した庭園の配置に従いました。(笑)根拠はないに等しいですがご愛敬で。中洲の大きさや形については何の情報もありません。後世の須弥山図(上に貼った『法界安立図』もそうですが)のほとんど全てが、大洲と中洲の形を同じにしていますが、文献的な根拠はなさそうです。『立世論』独自の中洲として、四洲同士の中間に直径1,000由旬の円形の「四鳥洲」があって、人間ではなくガルダ鳥が住んでいるそうです。面白いです。もっと仏教世界観に普及されるべき。中間とは言っても四洲の直線距離上にあると七金山の角にぶつかりそうなので、四鳥洲が北東、北西、南西、南東の隅にあって、四大洲を通る直線で大きな正方形となっていると考えると綺麗にいきそうです。そのほかにあまたの小洲があるそうです。アーガマ系の『起世経』だと四大洲全体で8万ないし8万4千の小洲があり、『世記経』だと8千ないし8万の小洲があるそうです。(しかし一つの経典内の記述はもう少し校正統一してもらえませんかね…)アビダルマ系の諸経典だと大洲・中洲ごとに500の小洲を従えていることになっています。名前の記載はほとんどありませんが、『正法念経』のみ「金地洲」「宝石洲」「幢鬘洲」「迦洲」「螺貝洲」「真珠洲」「囲洲」「光明洲」「翳沙波陀迦洲」「康白洲」「普賢洲」「心自在洲」「黒双洲」「香鬘洲」「三角洲」「須屖拏洲」「賒那斯都洲」「阿藍迦洲」「楞迦洲」「弥留毘羅迦洲」「山住洲」「赤貝洲」「赤真珠洲」「雪旋洲」「沙塵遶洲」「無道洲」「五銅洲」「覆洲」「賒吉帝力洲」「女国洲」「饒樹洲」「翳沙波陀洲」「丈夫洲」と33個もご丁寧に挙げてもらってます。「女国洲」こと女護ヶ島伝説があるのは何とも土俗的です。『立世論』の説明のみ特殊で、四大洲・四鳥洲ごとに「牛洲」「羊洲」「椰子洲」「宝洲」「神洲」「猴洲」「象洲」「女洲」の八小洲が取り囲んでいるそうです。女護ヶ島が増えました。てかガルダ鳥しかいない洲の傍に女護ヶ島があっても子孫残せませんよ。