さて、今度は仏に教化された南の文明世界(Indu)です。
前の方で書いたとおり、インドの経典では「中天竺(Madhya-deśa)」とその外側の「辺地(Pratyanta-janapada)」以外の明確な地理区分はあまりありません。なので中国の取経僧が記述した
- 中天竺(Madhya-deśa)
- 北天竺(Uttarā-patha)
- 南天竺(Dakṣiṇā-patha)
- 東天竺(Prācya)
- 西天竺(Aparānta)
の「五天竺」の区分を使わせてもらいます。本当は「インド地理紀行文」を仏教世界地理に当てはめるのは不自然なんですが、ここは分かりやすさ重視で。
ちなみに五天竺の梵名は経典に対応があるわけでなく、古代インドの地理用語で東西南北に対応した似たような語があるので当てはめているだけです。
ざっくり分けるとこんな感じ。
仏教時代のインドというと「十六大国」を想起する人も多いと思います。南贍部洲の国の区分は、『仁王経』では「16の大国、500の中国、10,000の小国」、『法句経』では「16の大国、84,000の小国」などいろいろと並べられていますが、16に分かれるというのはなんとなくの通念としてあったようです。
どれを16に含めるかは諸経でいろいろと違います。ただ『闍尼沙経』と南伝『布薩経』の挙げる16国が一致しており、南伝・北伝の最古層の資料でもあるので、ここにあげるものを十六大国とみなすことが多いようです。すなわち
- 鴦伽(アンガ Aṅga)
- 摩竭陀(マガダ Magadha)
- 迦尸(カーシー Kāśī)
- 居薩羅(コーサラ Kosala)
- 抜祇(ヴァッジ Vajji)
- 末羅(マッラ Malla)
- 抜沙(ヴァンサ Vaṃsa)
- 婆蹉(マツヤ Matsya)
- 般闍羅(パンチャーラ Pañcāla)
- 支堤(チェーディ Cedi)
- 居楼(クル Kuru)
- 蘇羅婆(シューラセーナ Surasena)
- 頗湿波(アッサカ Assaka)
- 阿般堤(アヴァンティ Avanti)
- 乾陀羅(ガンダーラ Gandhāra)
- 剣浮沙(カンボージャ Kamboja)
です。ただアビダルマ宇宙論を考察している身としては、アビダルマ系の説が入ってないと寂しい。『婆沙論』は、チェーディ、ヴァンサ、ガンダーラの三国を除いて、以下の三国を入れています。
- 素摩(スーマ Suhma)
- 葉筏那(ヤヴァナ Yavana)
- 奔達羅(プンダ Puṇḍa)
ちょうど上の十六大国の外側に三国があることになります。大体で図示するとこんな感じですね。『婆沙論』の三国は赤枠です。
黒丸は文字を入れるスペースがありませんでしたが、『涅槃経』『十誦律』などに言及されている「六大城」です。すなわち
- 王舎城(Rājagṛha マガダ国の王都)
- 舎衛城(Śrāvastī コーサラ国の王都)
- 毘舎離(Vaiśālī ヴァッジ国の首都)
- 迦維羅衛城(Kapilavastu シャカ国(コーサラ国の北東)の首都)
- 波羅㮈(Vārāṇasī カーシー国の王都)
- 瞻波(Campā アンガ国の王都)
大都市だけあって、仏典の冒頭でもよく仏在処になっているので仏教おなじみの場所です。

