またもや余談です。

アビダルマ須弥山世界とは関係薄いので、読み飛ばしても全然かまいません。

 

須弥山世界に同心円上に並ぶ九山八海とは別に、世界を構成すると考えられた山群があって、まとまったものも全くまとまってないものもありますが、一応列挙される次元でまとまってるものが「十宝山(じっぽうせん)」です。

 

『華厳経』に二箇所、十宝山を列挙しているところがあり

・「十地品」

  1. 雪山(せつせん Himavāt-parvata)
  2. 香酔山(こうすいせん Gandha-mādan)
  3. 軻梨羅山(かりらせん Vaidalya)
  4. 神仙山(しんぜんせん Ṛṣi-giri)
  5. 持双山(じそうせん Yugaṃ-dhara)
  6. 馬耳山(めにせん Śvakarṇa-giri)
  7. 持魚山(じぎょせん Nimin-dhara)
  8. 輪囲山(りんにせん Cakravāḍa)
  9. 幢相山(どうそうせん Ketumat)
  10. 須弥山(しゅみせん Sumeru)
・「普賢行願品」(大小輪囲山と金剛山は別)
  1. 芭蕉山(ばしょうせん)
  2. 仙人山(せんにんせん)
  3. 伏魔山(ぶくません)
  4. 大伏魔山(だいぶくません)
  5. 持劫山(じごうせん)
  6. 黒山(こくせん Kāla-parvata)
  7. 目真隣陀山(もくしんりんだせん Mucilinda)
  8. 摩訶目真隣陀山(まかもくしんりんだせん)
  9. 香山(こうぜん Gandha-mādan)
  10. 雪山(せっせん Himavāt-parvata)
といったものです。
 
「十地品」の方は、アビダルマ須弥山世界では九山八海に含まれる山が大半で、あとは雪山や香酔山のように南贍部洲内の山、神仙山や幢相山のような謎の山がありますが『倶舎論』とかの世界観とあまり変わりないというのが印象です。
 
一方で「普賢行願品」の方は真ん中の須弥山(金綱山)と外縁の鉄囲山(輪囲山)、黒山・香山・雪山を除けば、聞いたことのない山ばかりで、アビダルマ系とは明らかに別の世界観です。10個の山が須弥山を取り囲んでいるのか、どこかに固まっているのか、ばらばらに散らばっているのか、それすら分かりません。
 
軻梨羅山は、他経で七金山の一つである檐木山の音写に使われていますが、梵語原典では全然別の名称になってます。音写としてもおかしいので、漢訳の底本と現存の梵語原典が違うのかも。
 
目真隣陀山は『法華経』『大宝積経』『般若経』『心地観経』にも登場している、大乗では超定番の山ですが、どこにあるのか、どんな山かは誰も触れてないので詳細不明です。『法華経』からMucilindaという原語が分かる上、『華厳経音義』でも竜の名前であるとの注があるため、南伝『ムチャリンダ経』に登場する竜王と同一と思われます。同じく南伝『阿吒曩胝経』で列挙されている神の中にムチャリンダがいますが、雪山や持双山と並列されているので、山名であり護法神名であるという扱いかと。ただムチャリンダの山がどこにあってどんないわれがあるとかは何も情報がありません。
 
あるいは、『ムチャリンダ経』はお釈迦さんがムチャリンダの根元に座しているとムチャリンダ竜王がやってきたという説話なので、Mucilinda自体は樹木名です。(『四分律』では「文鱗樹」のところに「文鱗竜王」がやってきたとしています。)満久崇麿『仏教の植物事典』では、Barringtonia acutangula(和名コサガリバナ)としています。とすれば檐木山や芭蕉山と同じく植物由来の山で、護法竜王としてのムチャリンダ伝説とは別系統なのかもしれません。
 
あと大乗経典に出てくる十宝山は大小のセットがやたら多いです。「普賢行願品」の伏魔山と目真隣陀山が既にそうですが、他経でも大須弥山と小須弥山、大鉄囲山と小鉄囲山、黒山と大黒山のようなセットが頻出します。この大小の位置関係も内外に分かれているのか、全く別物なのかが分からない。とにかく大乗宇宙論では重要な山には大小セットがあってヒエラルキーが分かれているのが重要みたいです。
 
「十宝山」の語自体はアーガマ系の経典からあるので古い概念のようですが、『華厳経』を中心とする大乗仏典の中で、世界を構成する山を総括する概念として盛んに使われ、散発的な列挙だけはされている。ただ、アビダルマ系みたいに整然と配置はされなかったので、宇宙論としては何も残らなかった、そんなとこですね。
 
他の項目にもまして結論のない雑多な話ですがご容赦を。
 
ちなみに、個人的には『大宝積経』『般若経』『心地観経』『六波羅蜜経』に出てくる「宝山(Ratna-parvata)」が気になります。やっぱり詳細不明の一応聖山なんですが、起源的には人間の物欲が生み出した山な気がしてなりません。