九山八海の最後は一番外側の海と山です。

改めて全体像再掲。四角枠の外側の海が鹹海で、外縁が鉄囲山です。

 

鹹海

聖域である七金山の外側にあり、人が住む四大洲がある「われらをめぐる海」です。

広さは32万2千由旬(257万6千km)、ただし上図のように七金山の角の部分はそれよりは狭くなっているので、計算上は206,796由旬(1,654,368km)になりますね。

七金山内側の香水海に対比して鹹海(Lavaṇa-sāgara)と称することもありますが、単に大海(Mahā-sāgara)と言うこともあります。

 

「四大海」と呼ばれることも多いですが、四つが何なのか書いている経典が見つかりません。『観経疏』では一つの海が広さ8万4千由旬で四大海合わせて広さ33万6千由旬だという記述があり、『倶舎論』の大海の幅と近いので、大海を内側から外に向かって同心円上に4分割したのが四大海という考え方もできますが、これ以上の情報はなくよく分かりません。

 

あまりに広大で超えることができない(難度の大海)と形容されることもありますが、しれっと海を渡っている経典も結構あります。

 

海が塩辛い理由について、アーガマ系の多くの経典が3つの説を挙げています。

  • 世界生成の際、最初の雨が降って海ができた時に天宮や陸地の不純物が洗い流されて鹹海にたまった。
  • 昔、諸仙が「塩辛くなって飲めなくなれ」と海に呪いをかけた。
  • 様々な海中生物や宮比羅(Kumbhīra)、低摩耶、低寐弥羅、低寐兜羅、兜羅祁羅といった海妖たちの排泄物により塩辛くなった。
呪われた海というのもなんだかなですが、「生死の苦海」(Saṃsāra-sāgara、Duḥkha-sāgara)という象徴的な言葉が示す通り、大海とその上に浮かぶ地上はそれ自体が一つの広大な牢獄のようなもので、どこに生まれ変わろうとも決して苦から逃れることはできない。苦から離別した清浄の地は大海とは別の場所にあるというのが仏教に通底する思想です。大海自体が原罪論的世界なわけですね。
 
例外として『海八徳経』(パラレル:南伝『パハーラーダ経』)のように大海の徳を讃えている仏典もありますが、水が塩辛いのがすごいとか、穢れを受け入れず水死体を岸に打ち寄せるのがすごいとか、水があふれないのがすごいとか、正直何をほめているのかよく分からない経典です。
 
『瑜伽論』はもう少し分かりやすいけど生々しい説明で、人が死んで腐敗した膿、残された人々が流す涙、生まれた子供が飲む母乳、罪人が罰せられて流れる血など、いわば「苦界に生きる人々のカルマから生まれたドロドロ」が大海に流れ込み海を汚し、大地の果てにたまっていくそうで。さらに『正法念経』によると、鉄囲山に打ち寄せられたこの「カルマ汚泥」は太陽が通過する時の熱を浴びてヨーグルトやチーズのように固まって、さらに熱せられ焼き尽くされて浄化されるそうです。
ただ再び『瑜伽論』に戻ると、これだけでは浄化は十分ではなく、定期的に「火災」で世界を滅ぼして焼却しないといけない。焼いてもまだ燃えがらは残るので、さらに定期的に「風災」で世界を徹底的に滅ぼして最終処分しないといけないそうです。末法思想に代表されるように仏教は基本的に未来への悲観論が多いですが、世界が有情のカルマにより不可逆的に汚染されていくというのはなんとも現代的ですね。
 
『施設論』は、大海中にある衆山が溶けて流れ込んで海が塩辛いという説明をしています。アビダルマで科学的正解が出てしまった。
 
『正法念経』では大海の向こうには閻羅王の法廷があり、それを過ぎると暗黒の世界で海はあっても日月がなく東西も分からないとの記述があります。日月星宿天の項目で紹介した『立世論』の大海の幅322,000由旬に対して外側241,125由旬は日光が及ばないとの記述とも一致しています。アーガマ系からアビダルマ系への移行で地獄の場所も世界の果てから地下へ移ったはずですが、世界の外側は暗黒の冥界という発想だけは残ったようです。

鉄囲山

世界の外縁にある高さ・幅312.5由旬の鉄でできた山です。山です…が、びっくりするほどこの山に関しては情報がありません。寂しいです。

 

数少ない情報として、『正法念経』の四天王天の一つである「白身天」の住人は世界の各所を遊び歩くのですが、鉄囲山に「異天」がいて彼らのところに遊びに行くこともあるそうです。須弥山世界の神々は七金山の内側に集中していますが、外縁の鉄囲山に全く異なる蕃神が住んでいると考えると面白いです。

 

逆に鉄囲山=地獄の観念を引きずっているものもあり、密教系ですが『慈氏儀軌』では、鉄囲山は「地獄・餓鬼・鉄鳥・毒竜」で満たされているというおっかない世界になっています。

 

また、『立世論』によれば世界を移動するにはセキュリティ制限があり、三十三天の住人は鉄囲山の内側から外には出られない。その上の夜摩天から梵輔天までの住人は一世界(つまり鉄囲山の外側)から外には出られない。大梵天から上の住人になって初めて鉄囲山の外に出て世界から別の世界に移動する権限があるそうです。

そもそも大梵天の上の二禅天は、一千世界を覆った上にある世界なので下界の一千世界間を自由に移動できるのはむしろ当たり前なのですが、一世界の中に納まっている初禅天の中で最上位の大梵天だけは、他の世界にも赴くことができるという「管理者特権」を持っていることになります。他の世界との外交交渉でもするんですかね。

 

アーガマ系の鉄囲山は、サイズ感のところで幅・高さ680万由旬の超巨大鉄囲山が二重にあって、山の間に地獄界がある旨紹介しましたが、この二大鉄囲山についても金剛(vajra)でできていて大変硬いという以外には情報がありません。

 

『世記経』ではこの二大鉄囲山があるおかげで、地獄界に吹く暴風・灼熱・臭気が人間界に及ぶのをさえぎっているとのことです。