アジアの真実 -33ページ目

・日本タンカー救助のドイツに福田首相が謝意を伝えず ~礼も言わなければ救助もできない日本~

【一筆多論】中静敬一郎 メルケル首相ありがとう :産経
 やはり残念なことだった。

 福田康夫首相が6月1日、ドイツでメルケル首相と会談した際、日本船を助けてくれたことへの謝意を伝えることができなかったことである。

 4月21日未明、日本郵船の15万トンタンカー「高山」はイエメン・アデン沖の公海上で、海賊船に40分間追い回され、5発の対戦車ロケット砲を発射された。至近弾により船尾に直径20ミリの穴があき、あわやというそのとき、急行したのはドイツ駆逐艦「エムデン」だった。

 エムデンが飛ばしたヘリコプターを見るや、海賊船は一目散に逃げた。日本人7人ら乗組員23人は窮地を脱した。ドイツのメディアは大々的に報じた。

 だが、約1時間の日独首脳会談は洞爺湖サミットを前にして、主要課題の気候変動、食糧問題などに費やされ、「海賊事件は話題にならなかった」(外務省欧州局)という。

 福田首相の真意はわからないが、日本のシーレーン(海上交通路)の安全への関心はそう高くないことがうかがえる。

 ここに問題の本質が見え隠れしている。世界各国は、海賊行為のような自国や自国民に対する急迫不正の侵害を除去するため、あらゆる措置を取ろうとする。一方、日本はこうした問題に目をそむけ続けている。福田首相の対応にそれが反映されているといえなくはない
当時、この周辺海域にはテロリストなどを監視する多国籍海軍への給油支援のため、海上自衛隊の補給艦と護衛艦が派遣されていた。高山を救うには距離が離れていたにせよ、本来は海自が駆けつけねばならない。

 しかし、新テロ特別措置法は海自に給油任務しか与えていない。そもそも海自には海賊行為を抑圧する任務がない。

 海賊取り締まりは、海上保安庁と同じ権限を与える海上警備行動が発令されれば、できるが、警察行動でしかなく、海賊撃退はできない。撃退は自衛権の発動である防衛出動が首相から命じられ、初めて可能だ。

 ただ、これも組織的かつ計画的な武力攻撃が条件になっており、海賊には適用されない。

 これらは自衛権発動の要件を「わが国に対する急迫不正の侵害がある」などと、極めて狭く解釈した結果だ。ほとんどの国は、自衛権とは国家が自国または自国民に対する急迫不正の侵害を除去するため、やむを得ず行う防衛の権利としている。

 日本がこれを適用しないのは、自衛権が明記されていない憲法の解釈によるためだ。それに伴い、海賊などに対処する「平時の自衛権」や「自国民侵害」対応がすっぽり抜け落ちてしまった。海自は海賊行為を座視するしかないのが現実だ。

 一方で日本は海賊行為抑止を国際的に約束している。12年前、日本が批准した国連海洋法条約第100条は「すべての国は、最大限に可能な範囲で、公海その他の場所における海賊行為の抑止に協力する」とうたっているからだ。

 6月2日には国連安全保障理事会が、ソマリア沖での海賊行為制圧に向け「必要なあらゆる措置」を取る権限を各国に与える決議を採択した。日本は共同提案した16カ国に連なった。

 これは奇怪としかいいようがない。矛盾を抱える日本がのたうちまわり、結果として信頼を失うのは目に見えている。海賊などへの実効的対処を含め、国際共同行動に参加する法整備が求められるゆえんである。



 なんとも情けなくもばかばかしいと言うか、日本らしい出来事です。上記記事には二つのポイントがあります。一つは後半に書かれている、自衛隊が法に縛られて、海賊船に襲われている船さえ救出することができないという馬鹿げた話。そしてもう一つは、善意で助けてくれた相手に対して、謝意を伝えることもできないという情けない話。

 もし、同じことが行われたときに日本はどう行動できるのでしょうか。例えばまったく逆のことが起きたとしましょう。ドイツの民間船が公海上で海賊に襲われて救難信号を発した。近くに海上自衛隊の艦船がいたとします。そのとき、日本はどんな行動を取れるでしょう。法規に照らし合わせれば、日本は攻撃を受け続けるドイツの民間船を横目に指を加えて見ているしかないのです。

 

 以前、トルコのエルトゥールル号の話 を紹介したことがあります。遭難したトルコの軍艦を、日本が助けたのが1889年。それから100年近く後に、イラン・イラク戦争で取り残された日本人200人あまりを救助してくれたトルコ政府は、「エルトゥールル号のお礼だ」と述べたと言います。しかしながら、今の日本は、他国を救助することもできなければ、救助してくれた相手にお礼の一言も述べることができないのです。武士の国の精神はいったいどこへ行ってしまったのでしょうか。


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参考書籍:
救出―日本・トルコ友情のドラマ
木暮 正夫
475200254X

・ガス田問題「対等とはほど遠い条件」で日中が合意 ~日本側圧倒的不利の内容を読み解く~

ガス田開発 資源確保、経済効果は限定的:産経
 日中両政府が18日、東シナ海ガス田の共同開発に合意したことで、翌檜(あすなろ)(中国名・龍井)南部の海域では来年中にも共同探査が行われる可能性が高まった。政府は白樺(中国名・春暁)で採掘する会社に対し、25%以上の出資を目指して最終調整をするが、2カ所の埋蔵量はそれほど多くはなく、資源確保や経済効果の即効性は限定的になりそうだ。

 中国側が採掘寸前までこぎ着けている白樺の採掘可能な埋蔵量は、石油換算で6380万バレル。中国企業が周辺に保有する7つのガス田では最大規模だが、1つのガス田としては「国際石油資本(石油メジャー)が開発しない中規模」(資源エネルギー庁)のもの。翌檜南部海域も「(資源埋蔵の可能性が)有望な地層」(甘利明経済産業相)だが、埋蔵量は「詳細調査をしないとわからない」(同)状態だ。

 採掘される資源も中国側で売却される可能性が高い。中国は白樺よりも中国側に位置する平湖で石油と天然ガスを採掘し、パイプラインを通じて上海に運んでいる。白樺と平湖はパイプラインでつながれているとみられ、天然ガスや原油は中国向けに販売される見通しだ。翌檜南部海域で大量の資源が採掘できれば、日本側も資源が獲得できる可能性もあるが、現時点では日本側の権益は売却益が中心になる見込みだ。

 今回の合意で日中境界線の確定が棚上げされた結果、白樺や翌檜南部海域以外での開発は今後の協議に委ねられる。中間線の日本側海域には日本の年間需要の1・6年分、石油換算で約32・6億バレルの原油と天然ガスが眠っている。採算に見合う埋蔵量があるかは不明だが、石油開発会社を中心に開発への期待も大きいだけに、早期解決を求める声が強まりそうだ。



 今回の合意、一部のマスコミなどでは「画期的な合意。中国が大幅譲歩。福田政権の外交力の結果。」などと好意的に報道されていますが、福田政権の功績どころか、後世まで不利益を残すような、大きく日本に不利な合意となった可能性があります。

 まず、出資比率に応じて利益を配分という内容。つまり、実際のガスの埋蔵量が例え日本側が9、中国側が1であったとしても、出資配分が5:5であれば、利益配分も5:5となってしまうのです。しかも、日本が埋蔵量の調査をしようとしたら、中国は軍艦を出す等してそれを阻止したため、埋蔵量の正確なデータは中国側しか持っていない上、中国側はそのデータの提出をずっと拒んできました。しかも、翌檜よりも埋蔵町の多いと言われる白樺は日本の出資は25%を目指すとありますから、日本の得られるのは多くても25%です。これを平等な合意だと思う方がどうかしています。

 さらに問題なのは、今回合意したのは、翌檜と白樺の二カ所のみです。その他の地域は今後さらに協議されるようですが、その結果によっては、埋蔵量の豊富な日本側海域までもが共同開発の対象となって権益の半分を持って行かれる可能性も多分に残っているのです。あれだけ頑なだった中国側がいとも簡単に合意したのにはこういう思惑が少なからずあるのは間違いないでしょう。中国が自国に不利になるような条件で合意をするわけがないのです。

 つまり、共同開発の合意というのは名ばかりで、穏便な方法で圧倒的不利な条件を呑まされた可能性があります。既にかなりの損をしていますが、救いは日本側海域の合意はなされていないことです。日本は、今後の協議でもここの共同開発は絶対に阻止することです。共同開発は、中間線をまたぐ海域でしか許されません。

 これまで何度も指摘していますが、この問題は単なるエネルギー問題ではないのです。この海域への中国の進出を許すことは、日本の命綱であるシーレーンを中国に掌握されることにも繋がるのです。

 しかしながら、福田政権はあっさりと日本側海域まで差し出してしまうのではないかという懸念がぬぐい切れません。もしそうなれば、福田首相は、村山元首相や河野洋平氏などと並ぶ売国奴として日本の歴史に大きく名を残すことになるでしょう。

 

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東シナ海が危ない!
上田 愛彦 杉山 徹宗 高山 雅司
4769813309


中国は日本を奪い尽くす
平松 茂雄
4569690009

・台湾の抗議船と巡視艇9隻が領海侵犯 ~中国という後ろ盾を得た台湾~

尖閣諸島:台湾の抗議船が魚釣島に接近 海保が警告:毎日
 16日午前3時50分ごろ、沖縄県石垣市の尖閣諸島・魚釣島に向けて、台湾の抗議船1隻と台湾巡視船艇3隻が航行しているのを第11管区海上保安本部(11管)が確認。同5時50分ごろ魚釣島の西南西約22キロ沖で日本の領海内に侵入したため、海上保安庁の巡視船が領海外に出るよう警告した。台湾船は一時魚釣島約1キロ沖まで近づいたが、その後台湾向けに針路を変更。同8時45分ごろまでに、順次領海を出た。台湾の巡視船艇はこの間6隻が合流し、計9隻になったが、トラブルなどはなかった。

 尖閣諸島については中国、台湾が領有を主張。抗議船が度々領海内に侵入する例があるが、海上保安庁によると、巡視船艇が抗議船に同行して日本の領海に入ったのは初めて。

 尖閣沖では10日、台湾の遊漁船と海上保安庁の巡視船が衝突し、遊漁船が沈没する事故があり、対日批判が過熱。行政院長(首相)が13日「最後の手段として開戦も排除しない」と発言し、対日交流窓口機関、台北駐日経済文化代表処代表の召還を発表していた。

 抗議船は「全家福6号」で、事故に抗議する活動家12人と台湾メディア関係者35人が乗船。15日午後10時半(日本時間同11時半)、「打倒日本」などとシュプレヒコールを上げて台湾北部の漁港を出港した。この際、台湾の海上保安庁に当たる行政院海岸巡防署が抗議船の乗船名簿を読み上げており、台湾当局の公認状況下での出航だった。


台湾船沈没、海保が謝罪 「巡視船にも過失あり」:共同
 尖閣諸島・魚釣島沖で日本の巡視船と衝突した台湾の遊漁船が沈没した事故について、第11管区海上保安本部(那覇)の那須秀雄本部長は15日、同本部で記者会見し「巡視船にも過失があった」として、台湾側に謝罪の意を示した。

 那須本部長は「巡視船が船名を確認しようと遊漁船に近づいた行為は正当だったが、接近の仕方に過失があった。結果として遊漁船を沈没させ、船長にけがをさせたことは遺憾だ」と述べた。

 台湾側から求めがあれば、賠償する考えがあることも明らかにした。

 事故は10日に発生。双方から事情聴取した石垣海上保安部は14日、巡視船の船長を業務上過失傷害と業務上過失往来危険の疑いで、遊漁船の船長を業務上過失往来危険の疑いで、それぞれ書類送検した。


10日に起きた、領海侵犯した台湾漁船と海保の巡視船が衝突し、漁船が沈没した事件で台湾側が強攻策に出ました。これまでも台湾は尖閣諸島の領有権を主張していましたが、それはごく消極的なもので、政府として公的に具体的行動に出るようなことはありませんでした。それは歴史事実上、既成事実上のどれを取っても、台湾に優位性がないことはもちろん、日本政府を敵に回すと、いざ中国と戦争になったときに守ってもらえないという政治的配慮もあったのは間違いないでしょう。

 しかし今回の台湾の行動に、そのような配慮は感じられません。公的機関であり、武装もしている巡視艇を抗議に同行させて日本の領海を侵犯するなど、今までの台湾にはあり得ない行動です。この態度の急変は、5月の選挙で親中国を掲げる国民党の馬氏が総統に当選し、国民党に政権が変わったことに起因するのは間違いありません。選挙時も、当Blogでも「・台湾総統に国民党の馬氏が当選 ~中国に取り込まれる台湾~ 」と題して、台湾の中国化を懸念する記事を書いていましたが、まさにその通りのシナリオとなっています。

 台湾が急速に中国に取り込まれていく中で、台湾の敵は中国ではなく日本になりつつあるのです。あまりの変化の早さに驚きますが、残念ながらこれが現実です。

 残念ながらこの変化に対して、日本が具体的に取りうる良策はあまりないと言わざるを得ません。台湾の国民が急速な中国化に危機感を抱き、目を覚ましてくれることを望みますが、それもどうでしょうか。

 日本は、今までは見方であり、中国の太平洋進出の防波堤であった台湾が中国に取り込まれたものとして外交戦略や安全保障戦略を本気で考えていく必要な時代になったと言えるでしょう。


 一方で、単純な領土問題として今回の事件を見たとき、日本の対応は落第点と言わざるを得ません。抗議船や巡視船の領海侵犯を易々と許したのもさることながら、謝罪と賠償に無条件で応じるとは何事でしょうか。漁船の沈没に関して、巡視船に落ち度があったのであれば、そこは反省し、場合によっては謝罪するのも両国の外交関係を鑑みればあり得ると思いますが、その場合は、「ただし領海侵犯の事実は明確であり、その点については漁船船長の罪は疑いようがない。台湾当局には再発防止を強く求める」などの言葉を付け加えることが不可欠です。

 事件後、抗議船と巡視船あわせて10隻あまりの領海侵犯を許し、謝罪と賠償を求められれば自国領海内で相手の不法行為の結果起こった事件に関して素直に謝罪と賠償に応じる。これでは、後に国際紛争になったとしたら、自国領土ではないと認めているようなものです。

 尖閣諸島に関して今までは、国際紛争になったとしても日本が圧倒的有利な状況でしたが、このような失敗を繰り返していては、中国や台湾に奪われかねません。もう自衛隊の常駐などで具体的な防衛策をとる事が急務であるのかもしれません。かつてのように、「相手国への配慮」という馬鹿げた言い訳をしていては手遅れになるでしょう。



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参考書籍:
台湾問題は日本問題
岡崎 久彦
4759310207
反中vs.親中の台湾 (光文社新書 351)
近藤伸二
4334034543

・自民議連が移民1000万人を受け入れ提言 ~日本消滅の序章か~

移民1000万人受け入れを 自民議連提言:産経
 自民党有志の「外国人材交流推進議員連盟」(会長・中川秀直元幹事長)は12日の総会で、人口減少問題を解決するため、50年間で「総人口の10%程度」(約1000万人)の移民受け入れを目指すことなどを盛り込んだ提言をまとめた。自民党は13日、国家戦略本部に「日本型移民国家への道プロジェクトチーム」(木村義雄座長)を設置し、提言をたたき台に党内論議をスタートさせる。

 提言は、50年後の日本の人口が9000万人を下回るとの推計を挙げ「危機を救う治療法は海外からの移民以外にない。移民の受け入れで日本の活性化を図る移民立国への転換が必要だ」と断じ、人口の10%を移民が占める移民国家への転換を求めている。

 具体的な政策としては、法務省、厚生労働省などに分かれている外国人政策を一元化するため「移民庁」設置と専任大臣の任命▽基本方針を定めた「移民基本法」や人種差別撤廃条約に基づく「民族差別禁止法」の制定▽外国人看護師・介護福祉士30万人育成プラン▽永住外国人の法的地位を安定させるため永住許可要件の大幅な緩和-などを盛り込んだ。


 既にネット上では話題になっていますが、この提言、皆さんはどう思われたでしょうか。私には、この提言は大変恐ろしいものだと思えました。日本国の消滅の序章と言っても決して大げさではないと思います。

 確かに、少子化で日本の人口は減少傾向です。それに対して高齢者は増え、それを支える社会のしくみは行き詰まりつつあります。かと言って、外国人を移民として大量に受け入れることで解決しようという考え方は日本にはまったく合わないと思います。

 日本は有史以降、ほぼ単一の民族で国家を形成してきました。海に囲まれている地理的な条件、また第二次大戦後のごくわずかな期間を除いて、外国の政権下になることもなく、他民族(他国籍)が大量に流入してくるということもありませんでした。他民族の大量流入というのは、今までまったく経験がないのです。唯一あるとすれば、戦時中の労働力不足の際、当時日本であった朝鮮半島から労働者を流入させたことくらいですが、その結果どのようなことが起こったか。戦後60年以上経った現在も、「在日問題」として様々な問題を引き起こしているのはこのBlogでも度々取り上げているとおりです。そうでなくとも、不法入国、不法就労が蔓延し、外国人による犯罪が多発しています。また、これも度々このBlogで取り上げている問題ですが、スパイ防止法も何もなく、スパイ天国と呼ばれるこの現状で、大量の外国人を受け入れることになったらどうなるか。考えただけでも恐ろしいです。

 また、民族差別禁止法というきな臭い法律も気になります。使い方を間違えれば、人権擁護法案のように、逆に悪意のない日本人を排斥する悪法になり得る可能性が十分にあります。

 他国と陸続きであり、民族の入出がし易い上、19世紀以降は政策として積極的に移民を取り入れてきたフランスの実情がどうなっているか。度重なる大規模暴動、スラム街、高失業率など、決して移民政策が成功しているとは言いがたい状況です。

 それに対して、海に囲まれ今まで他民族の大量流入を受け入れたことがなく、しかも敵対国家に周りを囲まれた日本が、1000万人もの移民を受け入れる。私には恐ろしい結果しか想像ができません。人口の10分の1が外国人となれば、混血も進み、いずれ純潔な日本民族の血というものも失われる日が来るかもしれません。

 日本消滅の序章となる可能性を多分に含んだこの提言、まだ提言の段階ではありますが、注意深く行方を見守る必要があります。


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参考書籍:

移民社会フランスの危機
宮島 喬
4000221612

・英国士官が命の恩人である日本海軍艦長の墓参り ~敵兵救助という武士道~

敵兵救助の“武士道”実践 救助された元英国士官が恩人艦長の墓参で来日へ:産経
 敵兵救助した工藤艦長の墓参のため再来日を検討している元英海軍士官のフォールさん 太平洋戦争緒戦のインドネシア沖海戦で艦隊が撃沈されて海上を漂流中、帝国海軍駆逐艦「雷(いかずち)」に救助された元英海軍士官が、救助を指示した艦長の墓参のため7月にも来日する。関係者は「日英間の新たな絆になる。来日実現に向け支援の輪を広げたい」と話している。

 来日するのは元英海軍中尉、サムエル・フォール卿(89)。戦後、英国外務省に勤務し、駐スウェーデン大使などを歴任。同時に、英国海軍OBの会合などで、「雷」の工藤俊作艦長(海軍中佐)をたたえる講演を続けてきた。

 ただ、工藤艦長の消息が分かったときは、すでに艦長が亡くなって数年が経過しており、それ以降も公務員のため来日する機会に恵まれなかった。平成15年、ようやく初来日を果たしたが、日本で工藤艦長の遺族の存在について答えられる関係者はいなかった。

 このため、来日時にフォール卿と知り合った元自衛官で作家の恵隆之介さん(54)が、工藤艦長の出身地の山形県などで調査。工藤艦長は妻、かよさんと2人暮らしで昭和54年に77歳で他界、2人の墓が埼玉県川口市内にあることが判明した。

 また、山形県では工藤艦長のおいが健在で、「雷」の関係者では、存命する士官でただ一人確認できた元航海長の谷川清澄さん(92)=静岡県在住=が戦後も工藤艦長と親交が続いていたことも分かった。

 長年探し求めた命の恩人の“所在”が分かったフォール卿は「元気なうちに艦長の墓に参り、関係者に礼を言いたい」と再来日を決意。66年前、自分と戦友らの救助に汗を流してくれた谷川さんとの対面も楽しみにしているという。

 恵さんは「フォール卿が話さなければ『雷』の英雄的な行動は間違いなく歴史の闇に消えていた」と指摘。「艦長や乗員の行動は日英間の新たな友情の絆となるはず」とし、乗員の慰霊・顕彰碑建立のための事務局「故海軍中佐工藤俊作顕彰会」を立ち上げ、フォール卿の来日と墓前祭の実現に向けた多方面からの協力も呼びかけている。事務局への問い合わせは(電)090・8839・3783。


 以前も少しこの話に触れたことがあったかもしれませんが、今回、フォール卿が念願の工藤艦長の墓参りに来日されるとのことです。4年ほど前は、人生の締めくくりにと工藤艦長の墓を訪ねに来日したにも関わらず、所在がわからず断念したという残念な結果になっていた為、今回、思いを果たせることについて非常に良かったと思います。


 フォール卿について、詳しく書かれているBlogがありますので、今回その記事を転載させて頂きます。

「天皇陛下万歳 !!! \(o⌒∇⌒o)/ 」さんの【武士道】敵兵イギリス兵422名を救助した日本海軍「雷(いかづち)」 より

天皇皇后両陛下がイギリスを訪問したのは8年前の1998年5月だった。イギリス政府と国民は歓迎の意を表し、天皇陛下はエリザベス女王と馬車に乗ってロンドン市民の歓迎にこたえた。しかし、このパレードには抗議の意味でわざと背を向けた人たちがいた。彼らは、第二次世界大戦中日本の捕虜になり、その時の扱いに抗議し、日本政府に賠償と天皇陛下に謝罪を要求したのだった。


この抗議行動に、イギリス政府は「遺恨が日英関係を支配してはならない」(ブレア首相)と呼び掛けるなど、両陛下及び日本政府に異例の配慮を見せた。(読売新聞)当時、日本の財界はイギリスに積極投資するなど、日英関係は経済面で新たな親密度を見せているときだった。ブレア首相の発言は当然だったかもしれない。


しかし、イギリス国民の感情は二分された。戦時中の捕虜に対する非人道的な扱いを非難し日本政府と天皇に謝罪を要求するものから、個人的に戦争に関わっていない現在の天皇に謝罪を要求することへの疑問、さらには、元捕虜に対する賠償問題は退役軍人にちゃんと年金を払わないイギリス自体の問題だなど、様々な意見が噴出し、両陛下のイギリス訪問が反日運動を起こすきっかけになるのではないかとの不安が巻き起こった。そんな怪しい空気を一掃するような投稿がロンドンのタイムズ紙に掲載された。


その投稿は、元イギリス海軍士官からのものだった。戦後はスウェーデン大使を務めサーの称号が与えられたサムエル・フォール卿(投稿当時86歳)だった。フォール卿は、大戦中のスラバヤ沖海戦で、日本海軍に撃沈された巡洋艦から海に放り出され漂流中のところを日本海軍「雷(いかづち)」に救助されたのだった。このときの体験をタイムズ紙に投稿し、敵兵救助を決断した日本の武士道を賛美し、その国の元首を温かく迎えようと国民に呼びかけたのだった。(産経新聞)


実は、この救助劇は歴史に隠れ続けた。日本海軍の駆逐艦「雷」が救助したイギリス海軍兵はフォール卿だけではないのだ。日本艦隊は英米欄の連合艦隊15艘と戦い11艘を撃沈した。合戦後たまたまそこを通りかかった「雷」の見張りが望遠鏡で遠方に漂流物を確認。その漂流物は敵将兵らしく、その数400以上との報告が艦長にされた。艦長の工藤俊作は、次の瞬間「潜望鏡は見えないか」確認させると、見えないとの返答に救助を命令した。


この海域では敵の潜水艦7艘が撃沈されたばかり、前日には味方の輸送船が攻撃を受けて沈没した危険海域だった。そこを「雷」の乗員220名は、全員敵兵の救助活動を行い、乗組員のほぼ倍の422名を救助したのだった。(「敵兵を救助せよ!」恵隆之介著草思社刊)


これは、壮絶な救助行動だったようで、救助活動中は敵も味方もない懸命な活動だったという。救助のため命令に背き海中に飛び込んだ日本兵もいた。「雷」の甲板は救助されたイギリス兵で埋め尽くされ、撃沈された際に流れた重油が体中をまとわるのを日本兵は丁寧にアルコールでふき取り、シャツと半ズボンと運動靴が支給され、熱いミルクと、ビール、ビスケットの接待がなされたという。


その後、イギリス海軍の21人の士官が集められ、工藤艦長が端正な挙手の敬礼をした後流暢な英語でスピーチをし、「諸官は勇敢に戦われた。いまや諸官は日本海軍の名誉あるゲストである」と伝えた。フォール卿はこれは夢ではないかと何度も手をつねったという。(同)


フォール卿は、この工藤艦長の功績をアメリカ海軍機関紙に寄稿した(1987年)。またジャカルタで行なわれたジャワ沖海戦50周年記念式典(1992年)でも称え、自分史を刊行した際も「帝国海軍中佐工藤俊作に捧げる」と書いている(1996年)。さらに、2年後の天皇皇后両陛下イギリス訪問時にもタイムズ紙に工藤氏の実名を上げて投稿し、ずっと工藤氏の消息を探し続けたがつかむことができなかった。心臓病を患いながら、3年前に「人生の締めくくりに」と来日し工藤氏の墓参と家族への感謝の気持を伝えたかったようだが、分らず離日した。その際、「敵兵を救助せよ!」著者の恵隆之介氏(元海上自衛隊)に墓と遺族を探してくれるように依頼したようだ。恵氏はその約束を果たし丹念に工藤氏の足跡を辿った。


しかし、この救助劇は工藤氏の夫人にも話されていなかったことで、知る人はまわりにいなかった。たどるうちに「雷」の乗組員のうち2名が存命であることが分り、このときの様子が再現された。




 尚、この話は記事中にもある恵隆之介氏が「敵兵を救助せよ!」という書籍で詳細をまとめられているほか、たけしの「奇跡体験アンビリーバボー」というテレビ番組でも過去に取り上げられています。


奇跡体験アンビリーバボーより

戦場のラストサムライ

1:http://jp.youtube.com/watch?v=wRcOmYgdp4E
2:http://jp.youtube.com/watch?v=QByCyliKXcI
3:http://jp.youtube.com/watch?v=Q_SbowJUWV4


 上記記事中にもあるとおり、フォール卿は、戦後に日本海軍と工藤艦長をたたえる講演活動を精力的に行ってくれています。それは英国での日本理解に少なからず役立っているはずです。フォール卿にはお礼を申し上げたいと思います。

 そしてフォール卿がいなければ歴史の闇に消えていたであろう、日本の武士道を体現したこの美談、我々日本人も知っておくべきです。


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参考書籍:
敵兵を救助せよ!―英国兵422名を救助した駆逐艦「雷」工藤艦長
惠 隆之介
4794214995

・高砂義勇兵の記念碑封印が解除。拡張工事も ~台湾の英霊達よ安らかに~

「高砂義勇兵」記念碑封鎖で公開協議:産経 

 台北県烏来郷の公園内に設置された台湾先住民出身の元日本兵「高砂義勇兵」の戦没者らを祭る記念碑が2006年2月、地元当局によって封鎖された問題で、県側は29日、地元と初の公開協議を行った。この中で一帯の拡張工事を行った上で記念碑の封鎖を解除し、撤去した石碑も元の場所に全面返還することで両者は最終合意した。作業は終わる予定で、問題は3年ぶりに全面解決する見通しがついた。

 県側は同日、記念碑一帯に新たに900万台湾元(約3000万円)と投じる工事計画の概要を発表し、記念碑を歴史的な観光資源として活用していく方針を説明。日本語の碑文には中国語、英語、先住民語による訳文をつけ、9月には施工に入るという。

 再建後の管理権は土地所有者の県側に移るが、観光客の案内業務など運営は地元に委託される方向だ。県はまた記念碑を指定観光地とする計画でという。
16年前に建立された記念碑は、敷地を提供した観光会社の倒産で存続の危機に陥った。これを報じた産経新聞の記事がきっかけとなり、記念碑を「日台友好のきずな」として存続を求める読者らから3000万円を超える義援金が寄せられ、2006年2月、現在の県有地に移設された。

 だが、移設直後に台湾メディアが碑文を誤訳して報じ、これを下に県側は「日本の軍国主義をあおっている」と決めつけ、問題は一気に政治化。中国国民党出身の新任県長(知事)は石碑を強制撤去し、記念碑を封印した。これに対し、地元側は同年4月処分取り消しを求める訴願を内政部(内務省)に提出、昨年3月には高等行政裁判所に行政訴訟を起こした。

 しかし「烏来郷高砂義勇隊記念協会」のマカイ・リムイ総幹事は29日、訴訟取り下げを検討する考えを示し、「ようやく日本から送られた善意に応えられる。訳文などの公正性が保たれるよう県との交渉は続くが、問題は大きな山を越えた」と話している。


 

 このBlogでずっと追いかけてきた、高砂義勇兵の記念碑の件がやっと決着しました。有名な反日活動家である高金素梅氏などの工作活動により、一時は破壊されようとしていた地元住民や遺族たちの思い、そしてそれを応援しようとしていた日本人たちの思いがやっと報われます。

 

本当に良かった。かつて日本人として、日本の為に戦った台湾原住民高砂族の英霊の方々が安らかならんことを心からお祈り申し上げます。
 
 そしていつの日か、私も自らの足でこの地を訪れ、一礼を捧げたいと思います。

過去参考記事:この問題の一部始終を知りたい方は順番に読んでください。

・アジア各国から見た太平洋戦争4(台湾)

「高砂義勇兵慰霊碑」落成 ~故郷に眠る大和魂を持った台湾人の英霊達~

・中共に毒さた外省人により大半が撤去された高砂族慰霊碑 ~踏みにじられた高砂族の誇りと歴史~

・我々には重すぎる高砂族の方からのお詫びの言葉  ~詫びないで下さい~



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参考書籍:

還ってきた台湾人日本兵
河崎 真澄
4166603086

台湾人元志願兵と大東亜戦争―いとほしき日本へ
鄭 春河
4886561624


日本人はとても素敵だった―忘れ去られようとしている日本国という名を持っていた台湾人の心象風景
楊 素秋

・第二次不二越訴訟 朝鮮人の証言より ~暴かれた強制連行の嘘~

勤労挺身隊訴訟:深く刻まれた心の傷 羅さんにインタビュー /石川:毎日
 ◇涙ながらに半生語る
 夢見て海を渡ったあこがれの日本は地獄でした--。太平洋戦争のさなか、「女子挺身隊」として朝鮮半島から強制連行され過酷な労働を強いられたとして、国と機械メーカー「不二越」(本社・富山市)を訴えた「第2次不二越訴訟」原告の1人、羅贊徳さん(79)が、控訴審第1回口頭弁論(先月28日)の証人として来日。毎日新聞のインタビューに答え、涙ながらに自らの半生を語った。後悔や後ろめたさにさいなまれ、深く刻まれた心の傷を今、見つめ直そうとしている姿があった。【澤本麻里子】

 1944年3月、羅さんが15歳の時だった。村長から「日本にいい工場がある」と誘われた。書道や生け花なども教えてもらえるという。1カ月後、2年間の予定で地元から25人が旅立った。「両親は反対しましたが、技術を学んで、お金ももらえるという希望でいっぱいでした」と振り返る。

 しかし、労働は過酷を極めた。「朝の8時から夜の8時まで休みなく働かされ、休日もありませんでした。機械の操作を誤って指を切断した子もいました」。粗末な食事。給料は支払われなかった。手紙は検閲され、苦しい状況を家族に訴えることもできなかった。

 「1人が泣くと、みんなが泣きました」。日本語と朝鮮語で「いつか不二越去るでしょう」と願う歌を仲間と共に作った。今も覚えていると言って口ずさんだ歌は、哀愁の漂う心に染み入るようなメロディーだった。

 ある日、父が亡くなったと電報が来た。「泣きながら帰りたいと訴えましたが、許されませんでした。『お前が帰ったって、父親は生き返るわけじゃない』と、冷たく突き放されました」。かわいがってくれた父の反対を押し切って日本へ来た後悔ばかりが残った。

 「終戦直前、一時帰宅が許されました。母は私を見るなり、何も言わずに抱きしめて泣きました」。羅さんの目から大粒の涙がこぼれた。

 戦後、結婚し、3人の子に恵まれた。だが、ふとした瞬間にあの過酷な日々を思い出す。家族には「挺身隊」を「慰安婦」と誤解されるのを恐れ、戦時中の体験は秘密にした。夫は00年に亡くなった。そんなとき、不二越の仲間と町で偶然再会。訴訟のことを聞き、闘おうと決意した。「強制労働の事実を認めて、きちんと謝ってほしい。それだけなんです」。まっすぐな視線で語った。


 この不二越という会社が訴えられたのは実は二度目です。第一次不二越訴訟は、1992年に数人の朝鮮人と団体が訴えを起しています。一審、二審では原告敗訴。最高裁まで行きました。おそらくそのままでしたら、最高裁でも原告が敗訴し不二越側の勝訴で終わっていたと思われますが、2000年に和解金を支払うことを不二越側が決定し、裁判は終了しました。

 これに味をしめたのか、私も不二越の被害者だったと、2003年に新たな原告団が結成され、再び同じ訴訟が繰り返されています。


 おそらくこの毎日新聞の記者や証言をしている朝鮮人たちは、こんなに酷い目にあったのだ。日本政府や企業が訴えられるのは当たり前だ。とでも言いたいのでしょう。しかし、この記事の文章におかしな点がたくさんあることにお気づきでしょうか。

 まず、記事の冒頭に”「女子挺身隊」として強制連行された”。とありますが、この羅という人の話によると、村長から「日本にいい工場がある」と誘われたとあります。しかも、「両親が反対した」とありますので選択の自由もあったのでしょう。明らかに、同じ朝鮮人である村長による仕事斡旋であり、またその斡旋も自由意志で選択可能であった。どう見ても強制連行ではありません。

 また、挺身隊としてと書かれていますが、朝鮮に国民徴用令が出されたのは1944年8月。しかもこのときは女子は対象から除かれています。一方で、この人物が日本に渡ったのは1944年3月~4月。しかも女子。どうやら挺身隊でもないようです。訴えの内容と証言が矛盾だらけです。本人も毎日新聞の記者もこれに気づいていないのでしょうか?

 また、”「挺身隊」と「慰安婦」が誤解されるのを恐れ”とありますが、確かに、韓国内の出版物やマスコミでは、挺身隊=慰安婦と定義しているのが一般的です。そのため、この人物が誤解されるのを恐れたという考えはよく理解できます。

 挺身隊と慰安婦はまったく別のものであることは、誰がどう調べても明らかな事実です。実際韓国内でもそれを理由で苦しんでいる人がいるのであれば、日本を貶めるために都合がいいという理由だけで、挺身隊=慰安婦と定義するような幼稚な歴史の捏造は止めたらどうなのか。この記事を読んでそんなことを感じました。


 この第二次不二越訴訟は、昨年9月に一審で原告敗訴となっており、現在高裁にて二審が争われています。この人物はこんな矛盾に満ちた証言を本当に証言台で行うつもりなのでしょうか?またこれを聞いて裁判所はどんな判断をするのでしょうか。どちらにせよ、適正な判決が下されることを望みます。


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参考書籍:

韓国・北朝鮮の嘘を見破る―近現代史の争点30 (文春新書)
鄭 大均 古田 博司
4166605208


在日・強制連行の神話 (文春新書)
鄭 大均
4166603841

・中国当局が日本人旅行者を拘束し「教育」を実施 ~中国では外国人も思想教育されるのか~

日本人旅行者の「チベット救え」バッジ、中国当局が没収:読売
 中国の華僑向け通信社「中国新聞社」(電子版)は4日、中国西部・新疆ウイグル自治区の国境で、6月初め、日本人旅行者2人が、荷物検査の際に、「チベット独立」派を宣伝する物品を所持していたとして、相次いで物品を没収され、「教育」処分を受けたと伝えた。

 2人はそれぞれ、インドやネパールを旅行していた時に、地元住民らから、「チベットを救え」などと英語で書かれたバッジや、宣伝資料などを受け取り、荷物の中に入れていた。

 当局が、チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世「一派」による祖国分裂活動に関する「教育」を行ったところ、「2人の日本人は誤りを認めた」という



この記事、事実を淡々と書いてありますが、事実だとしたらとんでもないことです。本来であれば外交問題になってもおかしくありません。

 他国の旅行者を捕まえて無理やり思想教育を施す。何が正しいかや個人の思想の自由は関係なく、中国共産党の意向に沿わない考えを持つ者は、外国人であろうと、強制的に中国内で洗脳される。こんな恐ろしいことがあるでしょうか。常軌を逸しています。


 先日、韓国の中央日報 が日本の外務省の旅行者の安全対策HP の韓国についての紹介文に、犯罪や交通事故がとても多いので注意すること、食べ物は衛生的でないので注意することなどと書いてあり、韓国のイメージを損ねており、政府は抗議すべきだという記事を載せたことが少し話題になりましたが、中国のページには、「チベット問題や歴史問題などで、中国当局の意向にそぐわない意見を持っている場合は、中国当局にり拘束され、強制的に思想教育を受けさせられることで洗脳される恐れがあるので注意すること」という記述でも追加すべきです。


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参考書籍:

誰も報じない中国の真実 (OAK MOOK 180 撃論ムック)
西村幸祐
477551069X


中国はいかにチベットを侵略したか
マイケル ダナム Mikel Dunham 山際 素男

477004030X

・福田首相の北京五輪開会式出席が決定 ~出席して得るものは「貸し」ではなく「中国への譲歩」~

福田首相 北京五輪開会式出席へ:産経
 政府が8月8日の北京五輪開会式への福田康夫首相の出席を内定したことが3日明らかになった。複数の政府関係者が明らかにした。滞在中、米ブッシュ大統領や中国の胡錦濤国家主席らとの会談を検討している。この問題では、すでに天皇、皇后両陛下をはじめ皇族方の出席見送りが決まっており、中国側が求める元首・首脳級の出席者をだれとするかが焦点だった。首相は、5月の胡主席来日時にも「事情が許せば前向きに検討していく」と、意欲を示していた。

 海外開催の五輪開会式に日本の首相が出席するのは、1988年のソウル五輪の竹下登首相(当時)以来、20年ぶり。北京五輪開会式をめぐって、中国は各国の元首級を招聘してきた。昨年1月には、日本政府に非公式に皇太子ご夫妻の出席を要請。同年4月、来日した温家宝首相が天皇陛下と会い、「ぜひ、陛下と皇族の方々においでいただきたい」と述べた。だが、外務省も宮内庁も「五輪は政治的イベントであり、皇室の政治利用になる」(外務省幹部)と消極的だった。さらに、今年になって未解決の中国製ギョーザ中毒事件やチベット騒乱もあり、現在では「皇族のご出席はありえない」(政府筋)状況だ。

 一方、福田首相は以前から出席に前向きだった。「皇族以外で中国が満足するのは福田首相しかいない」(政府関係者)との見方もあり、政府内には、「中国に貸しをつくり、いろんな懸案で譲歩を引き出すべきだ」(外務省幹部)と、開会式出席を外交上利用すべきだとの意見もある。しかし、ギョーザ問題やチベット騒乱で及び腰の姿勢が目立つ福田首相の出席には、自民党内から「国民は喜ばないし、世界の笑いものだ」(3役経験者)という厳しい声も出ている



 以前も書きましたが、オリンピックの開会式に出席することで中国へ「貸し」ができるなどと本気で考えているようでしたら、とんだ外交オンチだと言わざるを得ません。

 オリンピックの開会席出席というカードは、「貸し」ではく「無条件の譲歩」という意味しか持ちません。毒餃子問題、チベット問題、ガス田問題などなど、山のようにある二国間の懸念事項について何の解決もしておらず、むしろ中国側の一方的な攻撃や実力行使に反論もできないでいる立場である日本が、言われるままにのこのこと出かけていくなど、「すべてにおいてあなたに譲歩します」と言っているも同じです。

 もし行くのであれば、餃子問題やチベット、ガス田問題などで相当の譲歩を先に引き出してから、その対価として行くくらいの条件が必要でしょう。何もせずにヘラヘラと参加してから、中国が「こないだはどうも」と譲歩してくるに違いない。などという甘い考えが政府内にあることにはあきれてしまいます。中国という国がまったくわかっていないと言って良いでしょう。

 自民党三役経験者の「国民は喜ばないし、世界の笑いものだ」という声に同意します。


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異形の大国 中国―彼らに心を許してはならない
櫻井 よしこ
4104253081


チベット大虐殺の真実(OAK MOOK 210 撃論ムック) (OAK MOOK 216)
西村幸祐
4775512056

・撤去された韓国人特攻隊員慰霊碑 ~映画と正反対の結果になった理由は何か~

黒田福美さんらに無断で祈念碑を撤去 韓国・泗川市:朝日

 女優の黒田福美さんが韓国南部に、太平洋戦争で特攻隊員として死んだ朝鮮人青年の祈念碑を建てた問題で、地元の泗川市が13日、この碑を撤去したことがわかった。黒田さんは「無断で撤去しており、行政がやる行為とは思えない」と反発している。

 黒田さんは韓国の洪鍾ピル・前明知大教授らとともに、日本人として戦死した朝鮮人たちの祈念碑を作ろうと計画。泗川市も積極的に応援し、土地などを提供、碑は完成した。だが、10日の除幕式の直前になって韓国の左右両派の団体から抗議運動が起き、市は撤去方針を示していた。

 市側の担当者は無断撤去したことを認めた上で「団体のメンバーが碑を破損する恐れがあり、仕方がなかった。今後、碑の保管などを黒田さんと話し合う」としている。

 一方、黒田さんは「時間をおいて、韓国全体で論議してもらうためにも碑を残してもらいたかった。所有権は私自身にあり、絶対に納得できない」と憤慨している。



「噴水台」卓庚鉉:中央日報
「しばらく黙想に入っていた光山が突然、大きな声で歌い始めた。 アリラン、アリラン、アラリヨ、アリラン峠を越えて行く。絞り出すような悲痛の声だった。 トメと2人の娘も一緒に歌い始めたが、すぐに歌は消えて鳴咽が部屋の中を埋めた。 いつの間にか4人は肩を組んでいた」

1945年5月10日夜、日本鹿児島県知覧飛行基地付近の食堂「富屋」であった実話を描写したノンフィクション『ホタル帰る』(赤羽礼子著、2001年) の一部だ。 光山は翌日には不帰の客になる神風特攻隊員で、トメは彼が唯一親しみを抱いた行付けの食堂のおばさんだった。 次の日、光山は予定通り250キロの爆弾を戦闘機に積んで出撃、560キロを飛行し、沖縄の海上で25年間の短い命を終えた。

‘大日本帝国陸軍少尉 ’光山文博の本名は卓庚鉉だった。 知覧飛行場で天皇から受けた酒一杯に一機一艦の決意を固めて命を捨てた自爆特攻隊は計1036人だった。 その中には卓庚鉉をはじめ朝鮮人11人も含まれている。 卓卿玄は見習士官時代から朝鮮人であることを明らかにしていたという。 彼の魂は靖国神社にまつられ、時々日本首相の参拝を受けたりもする。 飛行帽を着用した彼の写真も神社の隅の遊就館に掛けられている。

先月、卓庚鉉の期日に合わせて彼の故郷の慶尚南道泗川に慰霊碑を建てようとしていた日本人らがいた。 この日本人らは慰霊碑建設が韓日間の和解のための小さな始発点になると信じていたようだ。 卓庚鉉をモデルにした映画「ホタル」(高倉健主演) のようにだ。 映画では、神風特攻隊で朝鮮人少尉の部下だった日本人生存者が上官の遺品を持って韓国を訪れ、当初は頑なに拒否していた遺族が遺品を受け入れることで和解が成立した。

しかし現実の結末は正反対だった。 住民と関連団体の反対デモにぶつかって行事はキャンセルとなり、慰霊碑は撤去された。 故郷でさえも卓卿玄は日帝の協力者でしかなかった。 韓日間の真の和解はまだ時が熟していないことを今回の事件が物語っている。 その前にあるべき真の謝罪と許しの儀式がまだ完結していなかったからだ。

志願であれ、やむを得なかったのであれ、卓庚鉉も歴史のスケープゴートに間違いない。 死を翌日に控え、不眠の夜に祖国を思いながらアリランを歌った彼が、翌日、「天皇陛下万歳」を叫んで死の航路に突進しなければならなかったのは明らかに悲劇だ。 桎梏と狂気の歴史の前で、概して人間の運命は小さくて弱いものだ。 卓庚鉉のはかない死はこのため憐憫の対象として迫ってくる。


 日本のマスコミではあまり触れられませんでしたが、親韓派の女優黒田さんが、韓国人特攻隊員の慰霊碑を韓国に建設しようとし、当初は韓国の地元自治体も賛成して土地などを提供したにもかかわらず、日帝に協力した人物の慰霊碑など許せないとして抗議運動が起こり、土壇場になって慰霊碑を行政が撤去してしまうという事件が起きました。官民一体となって歴史を捏造し、反日一色に染まることで政府は支持率を保ち、国民は自尊心を保っている国家です。戦後60年以上経ってから先祖が当時日本に協力したという理由で、親日派財産没収法なるものが成立してしまうというとんでもない事態を今まで見てきましたから、今回の事件にも驚くことはありませんでした。正直「またか」という印象しか持ちませんでしたが、その後で韓国の中央日報の記事が目に留まりましたので紹介します。

 この記事は、彼が出ている『ホタル帰る』(赤羽礼子著、2001年) などの紹介も交えて、特攻隊員光山文博(卓庚鉉)の詳細を伝えています。さらに、映画「ホタル」(高倉健主演) では、韓国と日本が和解したのに対し、今回映画と似たようなことが女優の黒田さんによって行われたのに、映画とは正反対の結果に終わったことを正確に伝え、最後の記載「死を翌日に控え ~ 桎梏と狂気の歴史の前で、概して人間の運命は小さくて弱いものだ」という文章も的確に事実を捉えたものだと思います。一見すると良い記事なのですが、ほんの一文がそれを打ち消し、韓国という国の本質を表してしまっています。記事中の下線部です。

  「その前にあるべき真の謝罪と許しの儀式がまだ完結していなかったからだ」 慰霊碑撤去の理由はこれではないのです。先に述べたように、韓国による官民一体となった歴史捏造と反日政策がその根本的な理由なのです。これが韓国人達が理解できるようになるまでは、同じことが繰り返されるでしょう。

 

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参考書籍:

俺は、君のためにこそ死ににいく
邦画
B000TLYCSG


ホタル帰る―特攻隊員と母トメと娘礼子
赤羽 礼子
4794210604