• 22 Aug
    • 同志社大学周辺の洋館

      京都御苑東側の梨木神社の北側、 和風土塀からひと際異彩を放つ洋館が立っている。 名称はフレンドピースハウス。               この建物は同志社の宣教医ジョン・C・ ペリーの旧自邸である。 その後は同志社大学の留学生寮などに用いられ、 現在は会合など多目的に使用されているそうだ。                     同志社と云えば重厚な赤煉瓦造りをイメージするが、 この建物はアーリーアメリカン風の小洒落た洋館。           北面の切妻造りの玄関入り口や、 白い下見板の壁面に緑色の木部が印象的な洋館だが、 屋根は桟瓦葺で和洋折衷の様。               40年以上前から知っていたが、 実際近くで確認したのは25年ほど前、 今は草ぼうぼうの空き地になっているが、 南隣に完全オーダーメイドの靴屋が営業していた。               その店は迷路みたいな庭園にモダンなガラス張りの造り、 京都通でも知らない超穴場的な存在だったが、 その庭園からフレンドピースハウスを見ることが出来、 一層の特別感を演出していたが、いつの間にか無くなっていた。                 1、2階には開放的なバルコニーが設けられている。               フレンドピースハウスの近くにもう一つ洋館がある。 そう、同志社創立者の新島襄の旧邸。     残念ながらこの期間は休館していて、 建物の中には入れなかったので、 外観だけでもと思い…           外観はいわゆるコロニアルスタイルの洋風だが、 造りの基本は和風寄棟住宅らしい。           三方にべランダをめぐらし窓には鎧戸をつけ、 白い壁面に茶褐色の木部を見せる簡素な二階建住宅。  意外な質素さに少し驚いたが、 内部詳細は次回機会を見て報告…               同志社大学は赤煉瓦造りの建造物が実に多いのだが、 その中にW.M.ヴォーリズの設計の建物が残されている。               その中でもヴォーリズの傑作の一つと云われている、 ジョージアン・コロニアル・スタイルのアーモスト館。 今出川東キャンパスの相国寺通りに面して建っている。                 実際の躯体は鉄筋コンクリート2階建てで、 壁面には他の同志社の建物に合わせて煉瓦を積んでいる。 ドマー・ウインドウと呼ばれる屋根窓と、 4本の煙突が見える…                   アーモスト館は学舎ではなく、 新島襄の米国での母校アーモスト大学との、 友好関係から建てられた学生寮。               少し前に外観、内部が修復されていて、 その内部は高級ホテルを彷彿させるディティール、 内部の写真が一枚も無く申し訳ないが、 機会があったら是非とも紹介したいと思っている。         現在でも男女を受け入れる学生寮として機能していると聞く。 何とも羨ましい限り… 建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズは、 日本の近代建築の父と云ってもいい位多くの設計をしている。 京都にも同志社以外でも復活教会、東華菜館、大丸ヴィラ等、 魅力的なな建造物を残してくれている。 これらの建造物は機会を見ておいおい紹介する予定。     京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 21 Aug
    • ちりめん山椒への道No22、No23、No24

      この前ちりめん山椒No21を作ってから、 すでに二ヶ月以上経っているかもしれない。 実はその間に3回以上は挑戦していた。 データは取っていたが正確さに欠けるので、 No22、No23については写真と配合のみ、 No24は新しい調味料に挑戦しているので、 そちらはメインに解説を… まずはちりめん山椒への道No22(制作:一ヶ月半前)。 材料 ちりめんじゃこ:100g 実山椒:大さじ2杯(水煮) 切りだし昆布:5×3センチ程度2枚   調味料 清酒(タカラ):50cc 割烹白だし(ヤマキ):25cc 再仕込み湯浅醤油(小原久治商店):25cc 本みりん(福来純三年熟成):25cc 昆布だし:120cc(水に昆布を1日浸けて出汁を取る。)   調味料の配合については、 前回、前々回に白っぽい仕上がりに挑戦したが、 周りの評判は従来の方が良いとの事で、 従来の配合に戻している。             ちりめん山椒への道No23は知り合いのご婦人から、 帰省の手土産で再度ご注文。もちろん前回同様、 ちりめんじゃこ代金のみで後はサービス。(制作:一ヶ月前) 材料 ちりめんじゃこ:300g 実山椒:大さじ6杯(水煮) 切りだし昆布:5×3センチ程度6枚   調味料 清酒(タカラ):100cc 割烹白だし(ヤマキ):50cc 再仕込み湯浅醤油(小原久治商店):50cc 本みりん(福来純三年熟成):70cc 昆布だし:200cc(水に昆布を1日浸けて出汁を取る。) 脱酸素剤を投入して50gの袋詰めにして6パック完成。 ちりめん山椒への道No24 これが10日程前の最新作。 一ヶ月ほど前にあご出汁の旨みについて気になり、 いつも食べているうどんにあご出汁を配合して、 4メーカーのあご出汁を食べ比べ、 最終的に久原のあごだしつゆに辿り着いた。 この段階でヤマキの白だしは当然省いている。 これが一年かけてようやく辿り着いた、 今考えられるベストな組み合わせかな、と思っている。 材料 ちりめんじゃこ:100g 実山椒:大さじ2杯(水煮) 切りだし昆布:5×3センチ程度2枚   調味料 清酒(タカラ):50cc 再仕込み湯浅醤油(小原久治商店):25cc 本みりん(福来純三年熟成):25cc あごだしつゆ(久原):25cc 昆布だし:100cc(水に昆布を1日浸けて出汁を取る。) 調理工程 掃除が出来た「ちりめんじゃこ」はザルに移し、 お湯を沸かし、お湯で2回に洗い流し、 出来るだけ軽く湯切りをして、清酒をほんの少し、 まんべんなく振っておく。   上記の調味出汁に「ちりめんじゃこ」を投入。 2、3時間冷蔵庫で馴染ませてから炊き出すが、 実山椒もこの時点で用意しておく。 実山椒の用意 山椒の水煮はペーパータオルで水気を取って置く。 炊き出し ちりめんじゃこと調味出汁共々、 フライパンに投入し炊き出す。 火加減は最初は中火で、木のへらで大きく柔らく混ぜて、 ジュージューと言い出したら、弱火でごげ付かない様に より慎重に混ぜていく。 ほとんど水分が無くなりかけたら実山椒を投入。 更に優しく混ぜて、水気が完全に無くなったら完成。   乾燥 ペーパータオルを敷いた竹ざるに移し、出来るだけ 平らになるように敷き詰め、団扇で水分を飛ばし、 風通しのいい場所で一日ほど自然乾燥させたら完成。                 味見をしたが、あご出汁が利いているのか、 今までに無いほんのりとした甘みも感じる。 これで終わりではないが、 ようやく一つの通過点を超えられた感じがする。 まだまだ続く、京一堂のちりめん山椒への道(笑)。     京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 20 Aug
    • 進化系地蔵盆に遭遇

      昨日「アメリカが最も恐れた男 その名は、カメジロー」 に触れたが、もう一つ気になる映画がある。 モダンホラー作家の奇才スティーヴン・キングの「IT」。 映画「IT イット“それ”が見えたら終わり」が公開される。 キャリー、シャイニング、クリープショー フロム・ザ・ダークサイド、ミザリー等、 数え上げたら切りがない恐怖の作品…。 90年に米国テレビのミニシリーズとして映像化され、 日本でもテレビ東京、NHKで放送されている。 その時の印象は強く、不気味なボサボサの赤髪に赤い鼻のピエロ。 “恐怖の象徴”として登場するピエロのペニーワイズ。 対象は子供であり、相手が恐怖と感じる物の姿に変化する。 以前はホラー映画もよく観たが、今では全く興味が無い! しかし、あの時の後味の悪い恐怖感が未だに残っている、 ピエロのペニーワイズの恐怖が… さて本日は町内をチャリンコでひと回り。 この時期、市内の至る所で地蔵盆が行われているので、 他府県ナンバーの車が知らず町内に入ると大変な事になる。 聚楽廻の二条保育園前の地蔵盆はかなり規模。 その先の小さな通りが完全に通行止めをしていた。 二条公園の鵺大明神の横の祠にも… 普通は祠の前にテントが張られ、 近所の役員の方、お母さん方からご老人、 そして小学生を中心の多くのお子さんの光景… 誰もいない?大人もいない?         平安時代後期に近衛天皇を苦しめた、 妖怪・鵺の伝説の残る鵺池にも誰も?               鵺池碑の先、 目を凝らしてみると、テントを発見! おそらく地蔵盆の様な?             明らかに地蔵盆の様です!!             これは地蔵盆の進化形! アウトドア感覚で地域住民の親睦を図る。           やはりここには京都人が培ってきた、 平和な生活術があるみたいだ。             何とプールもあるし、 バーベキューもやっているみたいだ(笑)。       子供と母親が佇む姿は美しく、平和!         京都の地蔵盆は関西圏でも独自の成り立ちをしていて、 元々は「祠の前」だったのが、京都市の調べで現在は、 祠の前(39%)、個人宅(23%)、ガレージ等(17%)、 集会所・公園等(12%)、道路上(11%)と、 時代に合して変化しながら存続されているそうだ。       映画「IT」に登場するピエロに扮したペニーワイズは、 実在するジョン・ゲイシーをモデルにしていて、 アメリカが抱える深い闇を象徴したかの様な事件を起こしている。 その時に子供に接する姿がピエロだった。 余りにも悍ましいのでこれ以上事件には触れないが、 獄中で描いた彼のピエロの絵は一部のマニアに人気で、 変わり者で有名なジョニー・デップも所有しているらしい。 タダでさえ大変なアメリカ。 やはりトランプはジョーカーに成れず、 単なる疫病神のババになりそうな勢い! 日本も安心している場合ではない。 「IT イット“それ”が見えたら終わり」 にならないように、陰で切に願っている。   京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 19 Aug
    • 夏空の下の北野天満宮

      私が映画をよく観ていた頃は、 日本映画は斜陽産業で名画座もバタバタ姿を消していった。 今の様な日本映画の光景を誰が予想しただろう。 と云っても、この30年間アニメ以外で日本映画を観た記憶が無い。 一番最近見た「三国志」48巻(各2話)でも5、6年前で、 レンタルDVDで全て見終わるのに半年近く掛かった。勿論中国製作。 そんな中、「アメリカが最も恐れた男 その名は、カメジロー」 沖縄で米軍と戦った1人の男の生き様を描いたドキュメンタリー。 監督は「筑紫哲也NEWS23」でキャスターを務めた佐古忠彦。 初監督となる本作に坂本龍一がテーマ曲手がけ、大杉漣が語りを担当。 久しぶりに興味をそそる日本映画が公開される。勿論ドキュメンタリー。 冒頭から横道に逸れて恐縮。 本日の京都は相も変わらず暑い! 涼しげな京都お伝えしたいのは山々だが、 当分はなさそう(笑)。         それならば少しは涼しげな花の景色でもと思い、 北野天満宮楼門を潜った所の「槐(エンジュ)」の木。         「槐(エンジュ)」の花言葉は「幸福」「上品」。 中国では高官に出世すると庭に植える風習があり、 「幸福」を呼ぶ縁起のよい木とされているらしい。 又、枝の茂り方や白く美しい花を咲かせる、 その「上品」な姿に由来しているらしい。             10日ほど前に見頃を迎えたと聞いていたが、 七夕の飾りつけが無くなってからの方が、 少しでも写真映えすると思い今日になった。               しかし槐の木には見頃を過ぎた花が少しだけ残るのみ! その上、しっかり七夕の飾りも残っていた(笑)。               せっかく来たので手ぶらで帰るのも何なので、 日頃炎天下では寺社の撮影はしないが、 趣向を変えて夏空の下の北野天満宮。               三光門を潜ると甘酸っぱい香りが…   炎天下、ずらっと並べられた梅、梅、梅…                 7月中旬~8月下旬頃までカラカラになるまで干し上げたら、 再び塩をまぶして樽に収め11月下旬まで貯蔵。 その梅は約6粒ずつ奉書紙で包み「大福梅」となり、 12月13日の事始めから、終い天神まで授与されるらしい。         青空の下の寺社は撮影が難しい。 地中海や南国の景色は透き通った青空や雲は 何処を撮っても絵になるが、寺社は何故か絵にならない? 恐らく腕が悪い!!云われなくても分かっている(笑)。 炎天下の寺社がうまく撮れるようになるのはいつやら!             これで帰るのももったいないので、 もう少し境内を散策してみる。             先日七夕祭ライトアップで伺った時のもみじ苑の入り口付近。               その時は暗くて分からなかったが、 茶室「梅交軒」もしっかり確認!           今年の紅葉シーズンは利休が考案したと伝わる 茶菓子とお茶を「梅交軒」で是非とも頂きたいものだ。           最後に夏空の下の絵馬所に立ち寄る。 立派な絵馬が沢山奉納されているが…                 これはひと際豪華で立体的、 鞍馬の天狗の羽団扇ではないが、 この暑さの中、金箔大扇子で仰げば、 少しは涼しげな気になるのでは(笑)。     京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 18 Aug
    • 旧三井家別邸の特別公開(其の弐)

      関東方面から北東が長雨が続いているらしい。 梅雨の時期より多い雨にため息を漏らすも、 日々のあれこれに追われて、一日を終える東京の人…。 それでは昨日の旧三井家下鴨別邸の2階からの続き。               階段を降りると簡素な洗面台と風呂場。                 一様ヒノキ造りだが、至ってこちらも簡素。                 天井が極めて特徴的な造形をしている。             その隣? こちらにも洗面台が! 窓の格子柄が繊細で何となく中華風?               順路通り廊下を進むと、 左手に茶室が見える。               茶室に併設の路地庭のようだが、 犬走り、飛び石、延段、竹垣の構成が、 ひと際モダンな石庭にも見える。                 今回は茶室は公開されていなかったが、 手続きをすれば利用も可能との事。                 それでは庭園を巡る事に…           茶室は庭園に面して3畳次の間が付いた、 4畳半の開放的な広間を配置している。               裏側には茶室として極小空間である1畳台目。 簡素な構成だが煎茶と茶の湯(抹茶)の、 いずれにも対応できるらしい。               茶室は誰がいつ頃建てたかは全く不明だったが、 京都市文化財保護課によると2013年度の修理の際、 天井裏から「慶応四年」(1868)の祈祷札が見つかり、 幕末期には建っていたことが分かったらしい。                 主屋は望楼が特徴的な木造三階建てで、 書院造りの形式を踏襲しつつ、 内外ともに簡素な意匠で纏められている。                 この建物の最大の特徴でもあるガラス張りの望楼。 先日の五山送り火の「大文字」もよく見えたそうだ。               ひょうたん池の写る主屋の姿も趣を感じる。             最後にひょうたん池の曲線園路が巡り、 主屋の玄関軒下を潜り帰路に…。     尚、旧三井家下鴨別邸の特別公開は8月27日(日) まで(8/23は休館)   京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 17 Aug
    • 旧三井家別邸の特別公開(其の壱)

      昨日は下鴨の友人宅に伺っていた。 7時頃に夕食をご馳走になり、 五山送り火には時間があったので少しゴロリ…。 そして目が覚めたのが送り火全てが鎮火後! ビールグラス一杯でこのざま。 昔はアルコール中毒などと陰口叩かれた男が、 最近はグラス一杯でほろ酔い気分になってしまう(笑)。 実は五山送り火はまともに観た事が無い。 もちろん先日紹介した観賞スポットでは一度も! 大体が知らない間に終わっている。 それでは京都の夏のメインイベントも終わった事だし、 先日入らなかった特別公開中の旧三井家下鴨別邸へ…。 ここまでは何の問題も無く! お盆休み大勢の観光客がは見受けない?ここまでは…           お盆明けとは言え、多少の観覧者は承知の上… かつて三井家が祖霊社を祀っていた旧三井家下鴨別邸。 下鴨別邸は下鴨神社の「糺の森」から南、 高野川と鴨川の合流地点の北岸に位置する。 呉服を商う三井家は養蚕の神「木嶋神社」事、 珍しい三柱鳥居のある「蚕の社」を信仰していて、 三井家の祖霊社「顕名霊社」が遷座された地であり、 京都に複数あった三井家邸の中でも特別の意味を持っている。           下鴨別邸は「主屋」「玄関棟」「茶室」の3棟からなる。 「主屋」の前面には苔地の庭が広がり…   ところがお屋敷に上がってみて分かった! 人が想像以上に多い! 係員に聞くと、本日は団体さんが最高で、 団体さんだけでお盆休み期間の二倍の700数名。 思惑が見事に外れ裏目に(笑)!! かなりアングルには制限が掛かるが、 これも世の常!!       蹲踞と石灯篭の先には「茶室」が…       順路に従って「主屋」の8畳の座敷に…。               1階には小さな部屋が幾つもあり、 この部屋には江戸後期の絵師・原在正の 見応えのある「孔雀牡丹図」杉戸絵が描かれていた。               残念ながら「孔雀牡丹図」は撮影は出来ないので、 坪庭のオブジェを…、恐らく最近の造作?           そしてその隣が「内玄関」と呼ばれる、 家族など内輪の人が日常利用する出入り口。                       元々は水屋らしきこの部屋は、 展示スペースに…               こちらの坪庭は古いものと思われるが、 至ってシンプルで心が安らぐ…               順路を更に進むと二階に上がる事になる…。               縁側よりの眺望はまた格別!         泉川から水を取り入れた滝の流れを持つ、 ひょうたん型の池が作られている。 ひょうたん池には石橋が架けられ、 芝を張った築山に灯籠や巨大な鞍馬石が置かれ、 その周囲に園路が巡らされている…。             ここから一階に降り、 特徴的な施設、茶室、庭園を更に拝観。 詳しくは次回公開予定。   京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 16 Aug
    • 無鄰菴、無鄰菴会議の洋館

      無鄰菴の最後は「無鄰菴会議」の舞台となった洋館。 日露戦争開戦前の1903年4月21日、 その時の顔ぶれは元老・山縣有朋、政友会総裁・伊藤博文、 総理大臣・桂太郎、外務大臣・小村寿太郎である。   と云っても、実際この建物を観た感想は洋館と云うより、 日本古来の土蔵造りに近い感じがしたが、 信頼できる情報筋は煉瓦造り2階建の建物と解説していた。             正確な事は分からないが、 明治31年に建てられているので、 この時期ならではの建築手法かもしれない?           取り合えず中に入ってみる。 一階は倉庫に使われていたとしているが、 扉はまさしく重厚な蔵の扉… 現在は室内は全く新しく作り変えられていて、 パネル展示など、資料室として開放されていた。             肝心の部屋は階上なので… 窓枠や階段周りの木材は新しく修復されていると思われる。   2階の間はしばしば要人との会見に用いられたらしい。               時間が止まったかのような空間には、 椅子、テーブルなどの家具がそのまま保存され、 当時の趣が生々しく残されている。           贅沢な装飾が施され花鳥文様の格天井…           まだ温かさが残っているかの様なストーブ…           要人のぬくもりが残っているのか、 そんな錯覚にとらわれる。                 会議室としてはかなり狭いが、 四方の壁面には狩野派による金碧花鳥図が描かれている。                       そして隣の部屋には山縣有朋愛用の品々が…             この部屋は会議室よりもさらに狭く、 全景を捉えることは無理なので…   傍に山縣愛用の椅子とテーブル。 アームに本が置けるようになっており、 黒い本革の椅子が激動の時代を感じさせている。       この部屋にはその他、 愛用の硯箱など少しだけ展示されていた。     廊下に出て窓を見下ろすと、 そこにはいつもと変わらない岡崎界隈…   そして眼下には創業400年を誇る瓢亭。 老舗高級料亭で京都人でも敷居が高く、 一般庶民では一生の内で行けるかどうか? 私自身、玄関さきのわらじと笠を何度も目にするも、 未だ一度も入った事が無い(笑)。   京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 15 Aug
    • 無鄰菴、燕庵を模した茶室

      昨日の夜中一時過ぎにコンビニに行こうとしたら、 かなりキツイめの雨が降っていた。 いつから降っていたんだろう? 今朝方はその雨もいつ頃か知らないが止んでいた。 下鴨神社の古本まつりや送り火の情報などで、 無鄰菴の茶室が後回しになってしまったが、 本日軌道修正!!                     早速、前回の無鄰菴の続きから、 雄大な庭園を散策した最後にあるのが目の前の建屋。           古田織部好みの代表的茶室である、 藪内流の燕庵(えんなん)を写して作られた茶室…               燕庵とは織部の考案による相伴席付三畳台目の茶室を指す。                           表千家・裏千家・武者小路千家は良く知られているが、 藪内(やぶのうち)流も茶道流派のひとつで、 家元は京都市下京区西洞院通正面下にあり、 このため上京区にある上流(三千家)に対して、 下流と呼び習わされてきたらしい。知らなかった!               俄仕込みは免れないが、 藪内流について少しだけお勉強!       初代藪内剣仲は武野紹鴎(たけのじょうおう)の門下で、 紹鴎と利休の侘び茶、更に織部の武家茶の影響を取り入れ、 古儀茶道藪内流とも云われている。 兄弟子の千利休とは親交が深く、利休より相伝を受け、 また利休の媒酌によって古田織部の妹を娶ったと…。           しかし豊臣秀吉に茶頭として務めていた利休とは対照的に、 洛北に隠棲して孤高の茶三昧を送っていたと伝わる。 利休の死後、聚楽第で茶頭を務めた時期もあるようだが、 まもなく辞している。               元々の燕庵は大阪夏の陣の前に織部から譲り受けた茶室で、 1864年焼失したが、家元藪内家には燕庵写しが現存している。             ここまでで登場した人物で知らないのが武野紹鴎? 戦国時代の堺の豪商で茶人。             千利休は「術は紹鴎、道は珠光より」と説いており、 珠光とは「わび茶」の創始者とされている村田珠光。 紹鴎とは勿論、武野紹鴎の事である。 紹鴎は4畳半よりも小さい茶室を「侘敷(わひしき)」と称した。 4畳半以上の茶室を「寂敷(さひしき)」と区別して、 後に利休は「侘敷」と「寂敷」との区別を曖昧にした事から、 「わび・さび」の意味合いにおいて深い混乱を生じさせたと、 指摘する研究者もいるようだ。   まあ、お茶を嗜む本質さえ抑えておけば、 そんなに深く考える必要はないと思われるが(笑)。   何時も文章が横道に逸れて恐縮!! 最後に無鄰菴の宣伝(笑)。 古田織部好みの代表的茶室である、 この薮内流燕庵写しの茶室でお点前体験ができるそうだ。 比叡山を臨む山縣有朋の愛でた景色を眺めながら…   詳しくは無鄰菴管理事務所まで、 毎週火曜日午前のみ(完全予約制) 9時~11時。   京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 14 Aug
    • 五山送り火の直前情報のはずが?

      この時期の京都の最大の関心事は五山送り火。 あと二日に迫り、かがり火が点る山々は何気なく活気づく。 基本的に観光案内的なモノが苦手だが、 なるだけ京都のリアル情報をお伝えする者としては、 ここは素直に「五山送り火」観賞スポットの 直前情報などと思い現地に赴くことに…。 先ずは東山如意ヶ嶽の「大文字」から始め、 右回りに紹介して行くことに…。予定では?   「大文字」の絶景ポイントは吉田山・神楽岡の山頂休憩広場。 山頂休憩広場は吉田神社廻り、 東側の神楽岡コースの登山道、真如堂廻り、 そして今回は上の吉田神社正面参道ではなく、 今出川通の北参道から登る事に…           初めてのこの道を選んだのは、 地図を見るとこの道が一番近そうに見えた?           入り口同様、登ってみると結構荒れている…   吉田神社廻り、真如堂廻り、神楽岡コースに比べて、 普段はかなり人通りがなさそうだ。                 段差もキツク、老体の足腰には堪える。                   歩くこと15分、ようやく山頂に! その時、初老のロマンスグレーのご婦人が、 「この辺にモアンと云うカフェご存知でしょうか?」 今私が上がってきた道にはそれらしき店は無く、 おそらく神楽岡コースを上がってこられていたので、 「吉田神社方面に行けばあるのでは?」と確信が無いが伝えた。               山頂休憩広場は想像以上にちゃんとしているし、 東山如意ヶ嶽との構成が計算されている様な…                 モニュメントらしき椅子?       こんな間近に「大文字」… 夜は上がってくるのは厳しいかもしれないが、 それ以上の感激があるかも?           これで次の観賞ポイントに行くつもりだったが、 モアンと云うカフェが少し気になり吉田神社方面へ…                 この山頂広場はおそらく市の管理と思われるが、 余り手入れされていると思われない。                 何か不思議な光景が開けているので…             おそらくこの石の椅子も、 前方の「大文字」を観るために…                 来た道を少し戻り、 吉田神社方面に進むと…         これがご婦人が探していた「茂庵(モアン)」?   こんな所にこの様なカフェがあるとは驚き!                   家に帰って調べてみると、 五山送り火の観賞スポットの穴場で、 両側の大きな窓から「大文字」「左大文字」、 更に「船形」「鳥居」を観る事が出来るらしい。     この右手の斜面には茶席らしい建物が…。                 又、かってこの山頂には大正時代に一人の数奇者によって、 茶室8席、月見台、楼閣などの茶苑を築いていたらしい。                 現在は田舎席、静閑亭の二席が残されていて、 気軽にお茶に親しんでいただける「月釜」を催しているとの事。 かれこれ二時間ほど吉田山山頂を徘徊した結果、 シャツもパンツも汗でびしょ濡れ。トホホ! 戦意喪失!これから五か所以上は回る予定だったが、 途中でアイスキャンディーを買って帰宅(笑)。 と云う事で、ここからは行く予定をしていた観賞スポットの 知っている範囲内の情報と以前撮った写真でご勘弁を!! 吉田山から続いては最大の人気スポット鴨川デルタ、 上の賀茂大橋からは迫力ある大文字と法の送り火が…   賀茂大橋から高野川の上流に高野橋、 堤防東岸からは北のほうに「妙」「法」、 南東方向に「大文字」が観えるらしい…。 そして鴨川デルタの賀茂大橋に戻り、 上賀茂神社の御薗橋に至るまでの鴨川上流の 出町橋→葵橋→出雲橋→北大路橋→北山大橋→上賀茂橋の 各橋と堤防は全て観賞スポットに…     これは葵橋から上流を望む…   そして最後は大文字、妙法、舟形、左大文字が観れる船岡山。 誰もが認める「五山送り火」大人気観賞スポット。 自身も今回は気合を入れて挑戦しようとしたが、 ネットで過去の撮影状況を調べていく内に諦めました。 気合と体力のある方は是非とも挑戦して下さい(笑)。 その他、京都御苑、広沢池、嵐山渡月橋等々…。     京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 13 Aug
    • 下鴨神社糺の森、納涼古本まつり

      本日は前回の続きで、 無鄰菴の茶室を紹介するつもりだったが、 天気が撮影に都合が良さそうなので、 急遽下鴨の旧三井家下鴨別邸に向かう事にした。 これも「京の夏の旅」の一環であるが、一抹の不安はある? 気温は33℃前後、普通なら暑いのだが、 猛暑日が続いたせいか、少し涼しく感じてしまう。 この先直ぐの左手が旧三井家下鴨別邸。一抹の不安が的中! 大勢の観光客が入り口になだれ込んでいた(笑)。   取り合えず中に入って玄関先の係員に様子を窺うと、 お盆の期間は連日込んでいるとの事。           8月10日(木)~27日(日)まで公開しているので、 又、日を改めてくる事に…   参道には「下鴨納涼古本まつり」のノボリが棚引いていたので、 ついつい下鴨神社糺の森へ足が向いていた。 下鴨の古本まつりはすでに30年ほどの歴史がある。             今はほとんど古本屋、古書市には行かなくなったが、 昔は映画館、古本屋、喫茶店で大半の時間を過ごしていた。 古本屋に関しては、神戸のセンター街の数件、 大阪は梅田のかっぱ横丁、道頓堀角座前の天牛書店を中心に数件、 やはり京都は大学が多いせいもあり、一番密度が高い。 取り分け二十歳代は闇雲に刺激的な本を求めて、 登山家の様に関西圏の古本屋を駆けずり回っていた。             30年前は京都のほとんどの古本屋は知っていたが、 ここに出店されている40件近い古本屋の中で、 知っている店は半分以下…                 元々は百万遍の知恩寺で開いていた「古本まつり」が 好評だったので糺の森でも開くようになったが、 開催の30年前はこんなにも多くの人が訪れていなかった。                 懐かしいアンディ・ウォーホルの作品集。 彼の活動により多くの事を教えてもらった。 ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、 ルー・リード、ニコ、アトリエ「ファクトリー」etc…。 イラストレーション、ファインアート、ポップアートとどんどん進化、 そしてウォーホルの理解者を嘲笑うかの様な前衛的映画。 1987年2月22日58歳でこの世を去っているが、 もっと作品を観たかった様な気もするし、怖いような気もする。       中原淳一の描く、 昭和の新少女美人画を彩った「ジュニアそれいゆ」。               昔の登山家の様な探求心が蘇る光景…           やはり、昔定期的に購入していたシルヴァン書房のブース。 元々は四条烏丸近くで洋書・美術書を専門に扱っていたが、 現在は太秦で店はやっているそうだ。               そして銀閣寺の竹岡書店。 こちらは昔から何かとお世話になっている書店で、 挨拶に覗いたが店主は不在で息子さんと少し談笑… 下鴨神社でやり始めた事は大変で、 この数年前からようやく盛況になったとおっしゃていた。                   すっかり糺の森に溶け込んでいる…。 こちらが元祖「秋の古本まつり」。 次回予告:百万遍の知恩寺11月1日~11月5日。                 帰りに賀茂大橋から鴨川デルタを望む。   この橋からも目の前に微かに如意ヶ岳の「大」が見えるが、 この一帯は3日に控えた五山の送り火の夜8時には人人で溢れ返り、 大文字山に浮かび上がるかがり火「大」は怖ろしくリアル(笑)…。 尚、「下鴨納涼古本まつり」は8月16日まで開催中。     京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 11 Aug
    • 無鄰菴、夏の庭園

      世間はお盆休み入っているが、 本日の京都は朝から暑い!そう猛暑日!! 動くのもままならず、 残り少なくなった控えの画像フォルダを開いてみる。 先月の祇園祭の山鉾巡行の17日午前中、 多くの方が四条河原町に流れ込んでいるの隙に、 岡崎の名勝庭園・無鄰菴(むりんあん)に伺ってきた。                   予想は的中!普段は有力な観光エリアなので、 そこそこの人出があるらしいが、ほとんどだれも! 四条河原町の賑わいが嘘の様でもある。                   庭園の入り口は驚くほど小さく狭い! お相撲さん体型の方はおそらく無理(笑)?     無鄰菴は明治時代の元老山縣有朋公の別邸である。 無鄰菴と名付けられた山縣邸は三つあったらしい。 最初の無鄰菴は山縣の郷里、長州・下関の草庵である。 名前の由来はこの草菴に隣家がないことによる。 第二の無鄰菴は京都の木屋町二条に購入した別邸、 現在は日本料理「がんこ高瀬川二条苑」になっている。 そして第三の無鄰菴が南禅寺参道前に造営した別邸で、 「無鄰菴会議」の舞台にもなったこの場所である。               庭園は有朋公自らの設計・監督により、 造園家・七代目小川治兵衛が作庭している。               木造二階建ての母屋に上がって…。         玄関から入ると、 四方竹の坪庭が出迎える。                       母屋から眺める開放的な芝生の丘と、 一体感ある景色は格別雄大…               それでは庭園に降りる事に…。             緩やかな傾斜地に東山を借景とし、 疏水の水を取り入れ池泉回遊式庭園…   明るく開放的な芝生空間を配した、 明治時代の名園の一つ…。               水にリズミカルな動きを与える、 瀬落ちが奏でる水音が心地よく響く…                 更に奥に向かっていく…             足元に気を付けて飛石を渡る…   その時、細い竹竿を振り回しているお若い女性に遭遇! その女性に冗談で「魚釣りですか?」と声を掛けると、 笑いながら「蜘蛛の巣取りです」。そうですよね! 名勝と言えども蜘蛛の巣で興ざめと云う事もよくある事、 「ご苦労様」と思わず声を掛けていた。 奥に佇む三段の滝が角度が悪いのか、 どう見ても一段の滝しか見えない!トホホ(笑)。       作庭当初は芝生だったのが 今では自然に遷移した約50種の苔が広がっている。             この先に少し見えるのが、 薮ノ内流燕菴を模したといわれる茶室。 次回はこの茶室を紹介…     京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 10 Aug
    • 天得院、桔梗を愛でる特別拝観

      一ヶ月ほど前に東福寺の三門前の蓮を撮影した際、 塔頭の天得院が「桔梗を愛でる特別拝観」をしていたので、 帰りに伺う予定にしていたが、撮影を終え天空を見上げると、 大きな太陽がジリジリと照りだしていた。 夏の強烈な日差しの下の庭園はと思い、この日は諦めて帰った。 その数日後の7/10拝観終了の一日前、 本日の天気予報は概ね曇、何も考えず天得院に向っていた。 到着は10時過ぎだったが、最終一日前と云う事もあり、 すでに大勢の観光客が押し寄せていた。 正平年間(1346~70)東福寺第30世住持、無夢一清禅師が開創。 1614年に文英清韓長老が住菴となっている。 清韓は豊臣秀頼の請に応じ方広寺の鐘名を撰文したが、 銘文中の「国家安康、君臣豊楽」が徳川家を呪詛するものとして、 徳川家康の怒りを招き寺は取り壊されたと伝わる。 現在の堂宇は天明9年(1789)に再建されたものらしい。 ここ数年は「桔梗の寺」として… 小さなお寺で何度か前を通ったことがあるが、 想像以上に方丈建屋には人で溢れ返っていた。             少しお金持ちの個人宅座敷の広さしかない方丈。 一番の庭園のベストビューポイントは、 方丈の端から縁側を大きく入れて庭園の全景を捉える。 しかし画面右手には約50~60人がひしめき合ているので、 何度も頃合いを探ったが、これが限界!                           なかなか撮影ポイントが定まらず、 久々にストレスを感じるも、 無垢な桔梗の花を観ていると自然と穏やかに…             気持ちを切り替えて、 ここからはほとんど杉苔と桔梗の花…。         枯山水式庭園の方丈南庭は東西に延びた地割になる。 東福寺227世・文英清韓が住庵していた頃、 安土・桃山時代の作庭と伝わる。             自然石と杉苔、槙、檜葉、山茶花などの植栽による。 苔は大海を表すという…。             半分しか映っていないが、 画面左の白っぽい岩盤は座禅石で、 かつては座禅を組んだらしい。                                               1968年に庭師・中根金作により一部修復されている。             この先に見えるのが方丈西庭…。             方丈南庭と同じような組み合わせで、 自然石と杉苔、そして桔梗が植えられている。             先の奥書院には入れないが、 竹が組まれた円窓が印象的!                                                               天得院の「桔梗を愛でる特別拝観」は 6/25~7/10までだったが、お寺の方に伺うと、 実際は桔梗はそれからドンドン咲き出し 、 この分だと7月末前後が見頃になるのでは!と言っていた。 改めて写真を見ると、人が一切映っていないので、 もし静寂なお寺と思い来られ失望されても困るので、 最後に言っておきます!大変人気のお寺ですので、 覚悟して参拝して下さい(笑)。             京都屈指の紅葉の名所・東福寺。 その塔頭のひとつ天得院は年二回のみ特別拝観。 次の公開はツワブキと紅葉が美しい紅葉シーズン。     京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 09 Aug
    • 京の七夕・堀川会場、光の天の川

      台風が大量の雨と共に過ぎ去って、 少しは涼しくなるかな~と思っていたが、 本日の京都は例年以上の猛暑日。 容赦なく太陽が降り注いでおります。 そんな時は少しでも涼しげな写真と思い、 昨日は京の七夕の堀川会場に行ってきた。 堀川遊歩道は自宅から超高速チャリンコで2、3分。 前から何かやっている事は知っていたが、 具体的にはこのブログを始めてから知った。 堀川会場のライトアップは19:00~から 堀川丸太町に着いたのが点灯の15分前、 但し19:00以降、堀川遊歩道は北行き一方通行になるので、 二条城前の入口まで遊歩道を歩く事に…。 昨日は台風で中止だったので、 そのせいか多くの方が待機していた。 そして点灯! 京都に縁の著名人や話題性のある方々の、 メッセージを掲載した大きな「メッセージ行灯」が並ぶ。             基本女性連れとカップルが多かった。 それと浴衣姿の女性が…             彼方にゲートの提灯が灯っている。             二条橋下には竹かご灯が浮かび、 優しい香りのお香がたかれていた。         そして会場最大の演出「光の天の川」のイルミネーション…。   七夕の夜空に浮かび上がる満天の天の川を、 竹を使用したアーチとLEDで再現。   ブルーのLEDライトがキレイ…           白から青に色が変わり、より幻想的に…             小川に光が反射している風景もまた良い…         これまでは写真は、 特設ブースで立ち止まっての撮影だが、 遊歩道は立ち止まりは禁止なので…             遊歩道に戻り、歩きながら天井目掛けて闇雲にシャッターを切る… 近くで観ると一層幻想的!!                                       「光の天の川」のトンネルを抜けると…             地元の子供たちの「願い」を書いた七夕が飾られていた。         最初に入った堀川丸太町付近には、 伝統の友禅流しをイメージし、 夜空に輝く花火と天の川を演出…           ここまで30分程、 この先はまだ、光のしずく、かがり火ライブ、かがり火屋台村、 上七軒の舞妓さんの踊りが披露される堀川七夕茶屋などが、 一条戻橋まで続いているそうだが、 これから下鴨の友人宅に夕食に誘われているので、 残念ながらここでお暇…。   京の七夕堀川会場は11日まで開催されているとの事。     京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 08 Aug
    • 天龍寺、宝厳院「獅子吼の庭」

      昨日は台風5号(ノルー)の動きに翻弄されて、 ほぼ一日中雨が降っていたので自宅にいた。 大きな被害は出なかったようだが、 このところ集中豪雨が続いた地域の方は、 ホントにうんざりだったと思う。 特に農業をなさっている方は… 台風が反れていたら、堀川の京の七夕に出向くつもりだったが… と云う事で今回も暑くなる前に撮影しておいたフォルダから。 一ヶ月以上前の6月が終わりかけている頃、 嵐山の天龍寺塔頭・宝厳院の「春の特別拝観」が 終盤を迎えていたので何とか調整して行ってきた。 天龍寺に来るのも二十年以上は経っている。 境内の建物は昔と変わりは無いが、 驚く事に車が境内の至る所の駐車していた。 もちろん観光客も多く、 天龍寺の顔でもあるひょうきんな達磨が描かれた 衝立のある庫裡に吸い込まれるように入っていくが、 宝厳院はその手前を左に曲がり、歩いて2、3分で辿り着く。               特別拝観は「獅子吼の庭」と本堂襖絵「風河燦燦三三自在」。             宝厳院は室町時代に細川頼之が創建した寺院。 創建時は上京区にあったが、応仁の乱など変遷を繰り返し、 豊臣秀吉の恩顧によって再建もされ、最終的にこの地に…。               庭園「獅子吼(ししく)の庭」は室町時代の禅僧、 策彦周良(さくげんしゅうりょう)によって作られた庭園。 この時はほとんど観光客を見なかったが、 紅葉シーズンになると紅葉に赤く染まった、 燃え盛る「獅子吼の庭」に叫喚の声が漏れるらしい。               「獅子吼」とは「仏が説法する」の意という。 現世の「苦海」はごつごつした石で荒れ狂う海を表し…           中央に三尊石(釈迦、文殊、普賢)を配し、 築山は須弥山を表し、苦海(空池)、雲上三尊石、 海には此岸より彼岸に渡るという舟石、 仏の元に渡る十二支に見立てた獣石などが据えられている。           この先には本堂襖絵が展示されていたが、 別途参拝料(大人500円)が必要な事もあったが、 田村能里子の描く「風河燦燦 三三自在」は朱色が印象的で、 何度かネット画像で拝見している。 その強烈なイメージは、前述の燃え盛る紅葉の様でもあり、 今の自分には刺激的過ぎると想い遠慮した。 百年後、顔料が少し色褪せた時分ならば恐らく? 死んでしまっているがな(笑)。                   それでは「獅子吼の庭」のメイン、 幾つもの巨石が横たわるエリアに…               江戸時代の京都名所名園案内記「都林泉名勝図会」にも 掲載されれている「獅子吼の庭」… 嵐山の景観を取り入れた借景回遊式庭園のようだが、 最初の巨石は「碧岩」と名づけられている。             今までそこそこの庭園を観てきたが、 こんなにも巨石が配置された庭は初めてだ。                   又、庭園には変わった数種類の垣根が設けられている。                 珍しい造形の豊丸垣、 蓑に似ている事から蓑垣の名称がある。                 「響岩」の名前の巨石もあるらしいが、 よく似た形も多く、全く見当がつかない(笑)。                     そして大迫力の「獅子岩」、 獅子の姿をしているところから命名らしい。       意外にも光悦垣が設けられていた。           大堰川は渡月橋の下を流れる川。 この木標は以前渡月橋のたもとに立っていた。           大正期の茶席「青嶂軒」も2003年に復元されいて、 公開中は申し込めは抹茶を頂けるらしい。       そして最後に、 入る時と出る時に遭遇する10メートルに及ぶ蓑垣。             「青嶂軒」を囲むように長く続く蓑垣は、 耐久力を増すために上部に屋根を付けられ、 宝厳院に因んで「宝厳院垣」と呼ばれている。     少し足を伸ばし、 今ではなかなか来れない大堰川のせせらぎ…   彼方に見えるは渡月橋…。     京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 07 Aug
    • 北野天満宮、七夕祭ライトアップ

      一昨日の5日は各地で灯りにまつわる催しが開催されていた。 奈良公園では古都の夏の夜をろうそくで彩る「なら燈花会」。 広島原爆の日を前に鎮魂と平和への願いを込めて、 原爆ドーム前の元安川で灯されるかがり火…。 そして京都では醍醐寺万灯会、北野七夕祭、京の七夕等々。 取り分け醍醐寺万灯会は一日限りなので、 少し前からこちらにお邪魔する予定にしていた。 夕方の5時過ぎになったので準備をし、 空の様子を見るために窓を開けると突然の雷鳴! 雲はそんなに暗くは無く、何とか大丈夫では?… 五条大橋に差し掛かった時、 醍醐寺方面の雲を見ると何とも怪しい雲の気配。 行動を起こそうとした時に何か異変が起こる時は、 大体が良くない兆候!何時も気づくのが遅い(笑)。 急遽予定を変更して寺町の知り合いの骨董屋へ… 骨董屋で油を売る事一時間半…。 外に出てみると結構雨が降っていたみたいで、 道路の所々に水たまりが出来ていたが、 空はほとんど雲は無く、時折月も顔を出していた。 それならばと思い北野天満宮まで走る事に…。   正面の一の鳥居に辿り着いたのが7時半。 思っていたよりも暗い…。           やはり雨のせいか初日にしては人出が少ない? 楼門上部の「文道大祖 風月本主」もライトアップ!             提灯「三階松紋」横の銀飾りがキラキラ星如く… 北野天満宮の神紋「星梅鉢紋」は良く知られているが、 「松紋」も一夜に千本の松が生えたという伝承による…           この期間に同時開催される御手洗祭の会場、 御手洗川の横を通りすぎる時、 お若い女性二人が上空の月を見上げて、 「さっきのどしゃ降り何やったやろ?ほぼ満月やな!」 スマホでその月を捕らえていた。       そしてメインのライトアップの中門「三光門」。             ここでは流石に多くの方が三光門を入れて自撮り…             そしてこちらが本来の北野天満宮メインの社殿…。               星欠けの三光門にかかる満月! 何と呼んだらよいのやら?             初めて北野七夕祭に来たので、 これで終わりと思いきや…             国宝の本殿の彼方に明かりが…           灯されている明かりに導かれるように…。               吸い込まれるように奥に進むと…、どうやら普段は入れない 「もみじ苑」もライトアップされているようだ。             途中板張りの見晴らし台?には、 先ほど大雨の水たまりが…               周り方には上下二通りあるみたいで、 今回は下からとなる…         豊臣秀吉公が築いた土塁「御土居」が残る「もみじ苑」、 紙屋川の約300本の紅葉を有する名所…               ライトアップは青、赤、緑、黄色など… こちらは緑のライト…               こちらの赤く灯されたモミジは強烈…           紙屋川にかかる太鼓橋「鶯橋」や…                 今回「もみじ苑」は初めてだったが、 昨年の紅葉シーズンの撮影候補のひとつだった。 菓子付きで入苑料700円は少し高いと思い外したが、 暗がりにも拘らずモミジはそれなりに見応えがあった。 今年は何とか調整して訪れてみたいものだ。 北野七夕祭は8月16日までで、 17:00~20:30の間ライトアップされております。   京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 05 Aug
    • 東本願寺・渉成園の茶室特別公開

      台風5号(ノルー)の動きが気になるが、 2017年「京の夏の旅」の文化財特別公開が開催されている。 京都大学の花山天文台公開も夢があっていいが、 この暑さの中、東山連峰の頂を歩くのは正直キツイ! 日本のモダニズム建築の先駆けとされる、 建築家・本野精吾の元自邸も公開されている。 もちろんモダニズム建築には興味があるので、 何度かネットで詳細を観ているが、それほど気が進まない。 ねねの道近くの大雲院の祇園閣も公開されている。 しかし祇園閣内部は厳重に撮影禁止されているので、 狭い螺旋階段をサウナ状態で拝観するのも…。 他にも何か所かあったが、 結局東本願寺の渉成園の茶室「蘆菴(ろあん)」に決めた。 「枳殻邸(きこくてい)」の名で知られる渉成園は、 江戸初期に石川丈山が手がけた庭園に風雅な建物が点在し、 歴代門首の隠居所として使われ、幕末、徳川14代将軍・家茂、 15代将軍・慶喜も訪れており、「大政奉還150年記念」として、 二階建て茶室「蘆菴」が特別公開されている。   渉成園に入って左手の臨池亭(左)と滴翠軒(奥)は、 この季節ならではの趣を出している。                 ここの決めた要因はもう一つある。 云うのは、今年の梅の時期に訪れた際、 この先のメイン印月池の水が抜かれていて、 池泉回遊式庭園の重要な要素である池を入れた景色が撮れず、 四月以降水は戻されると聞いていたので…。                 ところが池に浮かぶ絶景の回棹廊(かいとうろう)は、 前と同じ景色ではないか?水が戻されていない! 印月池の架かるメインの侵雪橋を修復工事を なさっている方に尋ねると、一旦水は戻されたが、 工事が終わる10月末頃までは部分的に入れたり出したり、 落ち着かない光景が続くそうだ。あちゃ~(笑)。         気を取り直して、 取り合えず第一目的を果たそう!     池泉の築山に浮かぶように建てられている「縮遠亭」。                   手前の抹茶席、吹き抜けの奥に三畳敷。 いつも障子戸は閉まっているが、 一度部屋の中を是非観てみたい!       かつてはこの下に船着き場が設けられていて、 対岸の「漱枕居」の茶会の客人が「縮遠亭」に、 舟で向かう趣向になっていたらしい…。                 対岸の「漱枕居」は四畳半、三畳敷の座敷、 土間、三畳東に手摺付の縁側を持つ。 船では渡れないのでので、 歩いて「傍花閣」の前を通り「蘆菴」を目指す…。             その先の大量の蓮群とアオサギ、 背景の南大島にはかって建っていた臥龍堂の礎石が…             この時は何羽ものアオサギが降り立ち、 何故か物思いに耽っていた…             其処から数分、 目的地の「蘆菴」へ…。             1957年に再建された「蘆菴」は2階建ての茶室。 一階は7畳で西側に床を構え、二方に縁が付けられている。             何人かの高齢の男性解説員がおられ、 丁寧に説明をされていた。   それではかなり狭い階段を上がり二階の茶席へ…           二階には四畳半に次の間があり、 主室北側を板敷きとし、 中央に赤松の曲がり木を立てて左を床とし、 右脇には二重の棚が設けられ…       二方の肘掛窓からは眺望を楽しむことが出来る、 抹茶席とは一味違う瀟洒な煎茶席…。             前庭には珍しい形の屋根の「傍花閣」が…。 一見茶室の建物に見えるが、 れっきとした楼門造りの山門らしい。                 印月池の完璧な全貌は観れなかったのは残念だが、 10月以降に侵雪橋の修復が終わり、 渉成園が一層美しく生まれ変わるのを楽しみに後にする…。       京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 04 Aug
    • 妙心寺・桂春院、三つの庭園?

      桂春院 (けいしゅんいん)は妙心寺の境内の北東に位置する、 妙心寺の塔頭のひとつで、本尊は方丈に薬師如来像を安置する。 史跡名勝の庭園がある寺院として紅葉時期は多くの人が訪れる。 この時期メチャ暑いので迷ったが、 静かに拝観できると思い先週末に行ってきた。     名勝庭園は大きくは三つに分かれていて、 順路から云うと、書院前庭「侘の庭」、 方丈東庭「思惟の庭」、南庭「真如の庭」… 全て基本は江戸時代に造られたと聞く。   建屋に入り直ぐの玄関は少し鄙びた感じで、 少し寺院のイメージはとは違っていた。         順路を進むと、 最初に遭遇するのは坪庭「清浄の庭」…。             「清浄の庭」の作庭年代は不明だが、 最近は花頭窓が見えるカワイイ坪庭として、 若い女性に人気の様だ…。               その先には赤い毛氈が敷かれた書院が見える…。               その書院前の「侘の庭」は、 名称通り苔蒸した趣のある露地庭風…             実は非公開だが、 書院の裏に隠すように草庵風の茶室がある。           江戸時代の茶人・藤村庸軒ゆかりの、 「既白庵(きはくあん)」は蹲踞も土蔵壁に接し、 かつては樹木に覆われていたらしい。 これらは妙心寺の宗風として、趣味を嗜むことが排され、 詩歌、香道、茶道、能楽なども禁じられていたらしい。               「侘の庭」の前を通り抜け方丈の建屋に…。               すぐ目の前に開けるのは方丈東庭「思惟の庭」…。               「侘の庭」に繋がる梅軒門の窪地に飛び石が…   低地には七尊石、茶の水井戸、蒼竜池が配され、 十六羅漢石、礎石を座禅石に見立てた石も…   そして最後がメインの方丈南庭「真如の庭」…   「真如の庭」は低地に造られている。 軒下の犬走りとツツジの刈り込み、 さらにその先に段差があり杉苔庭が広がっている。           杉苔の中には椿、紅葉などの低木が植えられ、 小さな庭石を七五三風に配置されているところは、 「十五夜満月」を表現していると…。               方丈の襖絵は狩野山楽弟子の狩野山雪(1590-1651) によるもので、数点拝見したが、 奥に少し見えるのが大作の「金碧松三日月」…               今は直接写真撮影は出来ないようなので、 方丈外観撮影の一部として写真を拡大、 明るく処理して雰囲気だけでも…。 背景は金箔だが老松の枝ぶりが見事で、 雲間から見える三日月が未来を見据えているような…     この先を進むと「真如の庭」の背後に回る事が出来る…。   背後の庭にも杉苔がびっしり…   秋の景色を想像するとため息が…                   この滞在中私一人。 最初の花頭窓の横を通り帰る事に…。 ようやく玄関先で大きな白人の男性一人が、 ワクワクしながら拝観手続きをしていた。     京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 03 Aug
    • 佛陀寺の木槿

      米ハワイ州のホノルル市は8月1日までに、 「歩きスマホ」を禁じ違反者には罰金を科す条例を制定した。 当然の成り行きと云えば当然! 日本でも運転中の携帯、スマホは道路交通法で禁じているが、 実際この法律は売春防止法下のソープランド、 又、公営ギャンブル以外の賭博行為を禁じているが、 実質賭博のパチンコ屋は市民権得て堂々と営業を続けている。 これらと似ていて、誰も悪いと感じて運転中のスマホをしてなさそう? 昔は前方の車が不穏な動きをしている時は、 お年寄りか女性と決まっていたが、今はスマホ! 前述の例より、運転中のスマホは格段に他人に及ぼす被害大! 最近で一番驚いたのは、大きめのワゴン車に乗った女性が、 タバコを吸って、コーヒーを飲みながらスマホ、もちろん運転もしている。 思わず「お前は弘法大師か?」と心の中でツッコんでいた(笑)。 この法律が出来た当初は取り締まりをやっていたが、 最近見た事が無い。百万遍で京大生のチャリンコを停めて 職務質問する時間と警察官の余裕があるのならば…。 運転者のモラルはドンドン低下している。 富にUターン禁止場所でのUターンも目撃する。 ぼやきオヤジの戯言を一先ず置き、本題に戻し…。   3日ほど前に京都の花の開花情報を調べていると、 上京の寺町通の枝垂れ桜で有名な本満寺の隣の佛陀寺。 木槿(ムクゲ)が咲き出しているらしい。             確か以前、早咲きの桜情報で伺ったが、 その時も山門が柵で塞がれていて、結局境内に入れず…。 今回も同じ様子だが、門前から境内を見渡すと…。           それでも今回は花らしき光景が確認できるので、 廉価版デジカメの望遠を生かして…。 佛陀寺(ぶつだじ)の院号は大蔵院という。 平安時代の朱雀、村上の兄弟天皇ゆかりの勅願所だった。 度重なる変遷を経ているが、 安土桃山時代に豊臣秀吉の命によって現在地へ移され、 それからも何度も焼失しているが、この地に留まり現在に至る。                         この時期にしては小さな蓮だが、 枝の派生の仕方と色目がキレイだ!                 本堂前の百日紅が咲いているが、 これから見頃を続け、9月上旬まで咲いているらしい。           山門から拝見したところ、木槿は確認できなかった。               諦めて帰ろうと通りに出ると、 土塀から菫色の木槿が…。             木槿も9月下旬まで咲いているとの事なので、 近くにお立ち寄りの際は目の保養に…。       京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 02 Aug
    • 仁和寺御殿の庭園(其の三)

      本日の京都は朝からヒートアップ。 台風11号(ナルガエ)が太平洋のウェーク島に発生しているが、 10日以上前に発生している台風5号(ノルー)が、 2日12時には日本の南にあって、5日9時には東シナ海に達する見込み。 この数年、何度か経験する台風の不穏な動き。 数年前まで飛躍的に精度を高めていたスーパーコンピューターだが、 ここにきて最近の不穏な動きする台風に対してはお手上げらしい。 さて本題に戻り、前回の続き…。 北庭の池の背後に控える霊明殿…。                       廊下を進むと黒書院…。 京都・花園にあった旧安井門跡の寝殿を移築したもので、 内部は竹の間・秋草の間など6室からなり、 1937年に堂本印象が描いた襖絵が室内全体を飾っている。                 先ずは北側の2室…。 竹の間から続く水墨画は、 堂本印象が晩年に行きついたアバンギャルドな画風とは違い、 落ち着いた京都的な趣を描いている。                       渡廊により繋がる霊明殿は、 鎌倉、室町時代の様式を取り入れた、 御殿内の唯一の仏殿になる。               本尊の薬師如来坐像、歴代の位牌を安置している。 外縁に閼伽棚、屋根上の露盤宝珠が特徴的になる。           霊明殿の外縁より北庭を望む。 裏手には尾形光琳ゆかりの茶席あるとの事だったが、 霊明殿の裏に回り込んだが確認できなかった。 遼廓亭(りょうかくてい)は仁和寺門前の尾形家から 移したと言われていて、二畳半台目の茶室と 広間・水屋等からなる草庵風と書院式を加味した茶席らしい。 事前予約で拝観が出来るらしい。                     黒書院に戻り、 南側の三室を拝見…。         引き続き堂本印象の季節の風情を描いた襖絵…。                   黒書院の各部屋の名前は、 堂本印象が描いた作品名が付けられているらしい。 この部屋は「松の間」…。                 そして隣の部屋は「秋草の間」…。             黒書院南には庭があるが、 一部のサイトで「坪庭」と称しているが、 この大きさと構成から見て普通の庭と思われる。           ざっと観てきたが、 実際はこの日は太陽が出たり入ったりで、 室内といえども汗が溢れ出してきて往生していたが、 黒書院の近くに記念品を売っている施設があって、 この中は有り難い事に冷房と扇風機を全開していたので、 買い物はしなかったが、撮影中3回もお世話になった(笑)。               これで帰る事になるが、 しつこく、もう一か所紹介…。 見事な透し彫りの勅使門(Chokushimon)。 勅使門は1887年に焼失し、1913年に新たに建立された。 設計は京都府技師であった亀岡末吉。           檜皮葺屋根の四脚唐門で前後を唐破風、 左右の屋根を入母屋造としている。 鳳凰の尾羽根や牡丹唐草、宝相華唐草文様や幾何学紋様など、 細部にまで見られる彫刻装飾は、 伝統的和様に亀岡独自の意匠を取り入れたもの…。         仁和寺門前には多くの文人なども移り住んだ。 平安時代中期、菅原道真の5世孫にあたる菅原孝標の 次女菅原孝標女も界隈に住み『更級日記』を記した。 又、鎌倉から南北朝時代の随筆家・歌人の吉田兼好が 晩年移り住んだとみられている。 そして、江戸時代の画家・工芸家の尾形光琳、 弟の絵師・陶工の乾山も門前に住んでいたと聞く…。     京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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  • 01 Aug
    • 仁和寺御殿の庭園(其の二)

      本日は昼間に二条駅のなか卯で親子丼を食べた。 基本昼食は外食しないが、たまにファストフード店の 新商品、キャンペーンには少しは心が動く。 何故かと云えば、新商品発売時は企業が総力上げて 材料、調理法、味付けに力を入れているので、 誰でもできるレシピでも店の販売体制共々、 調理人にも気合入っているので仕上がりが自ずと違う。 今までで一番違いを感じたのは吉野家の牛すき鍋膳。 800円前後ですき焼きが食べれるとの想いから、 発売直後に食べたが、米国産の赤身肉で味は定番の甘辛! これは人に薦められるほど美味しかった。 しかし、二、三週間ほどしてもう一度頂いたが、 それは発売直後と明らかに違い盛り付けも雑。 肉自体も脂身と筋が多く、あの赤身は何処? 先ずは自分の好みの料理であるかどうかは肝心だが、 選択に迷った時には、新商品から選ぶと当たり外れがなさそう。 なか卯の本日のキャンペーンは鶏肉25%増。 これは目的ではなかったが、 親子丼に気合が入っているかどうかを確かめたく(笑)。   冒頭から横道に逸れて申し訳ない! それでは早速昨日の続き、宸殿の北庭から…。       宸殿の南庭側の回廊を進む…。   御所の紫宸殿と同様に檜皮葺、入母屋造。 内部は三室からなる。     宸殿は儀式や式典に使用される御殿の中心建物で、 御所から下賜された常御殿がその役割を果たしていたが、 明治20年(1887年)に焼失。 現在は大正3年(1914年)竣工されたもの。   宸殿の板戸絵は各所に描かれている…。               この先に北庭が開けている…。             宸殿の北側にあることから北庭と呼ばれ、 南庭とは対照的な変化に富んだ池泉回遊式庭園。             斜面を利用した滝組に池泉を配し、 築山に茶席・飛濤亭(ひとうてい)、 その奥には中門や五重塔を望む事が出来る。         飛濤亭は江戸時代建築の重要文化財建造物。 光格天皇遺愛の席と伝えられる四畳半の茶室と、 水屋・台所からなる草庵式本位の趣のある茶席。 残念ながら通常公開されていないが、 事前予約すれば拝観可能との事…。                 庭園の制作年代は不明だが、 元禄3年(1690年)には加来道意、 明治~大正期には七代目小川治兵衛によって整備され現在に至る。               下段の間、中段の間、上段の間の襖絵や壁などは、 全て原在泉(1849~1916)の手によるもので、 四季の風物をはじめ、牡丹・雁などが見事に描かれている。           下段の間の長押上の壁には雁行が描かれ、 障子戸の下には冬の草花…。               襖絵は冬の交野の「鷹野行幸図」…。               中段の間に夏の「葵祭之図」、                 秋の「大堰川三船之図」、               上段の間の床に「遠山流水」、 襖絵に四季折々の情景が描かれている。           正面の豪華な飾り襖は、 御所御用絵師・原在泉の花鳥画「孔雀と牡丹」…             そしてこちらの襖絵は春の「桜花」…   冒頭で好物の親子丼の話をしたが、 二十歳まではそれほど好物ではなく、 京都に来て初めて食した山椒が掛けられた親子丼。 鰻でもないのになんで?これが京都風であった。 その上何が違うと云えば、トロトロはトロトロだが、 最近よく見かける半熟ぽっいものとは全く違う、 ほぼ白身と黄身が混ざり合っていてクリーム状、 これには驚いた! しかしこの店は名店でも何でも無く、 たまたま建築学校の友人宅に行った時、 不在で時間待ちの為に入った京都では極普通の丼屋で、 かなりのご高齢のご婦人が切り盛りをしていた。 もちろん出汁は効いているが、鶏肉と調理法が違う! それまで実家の尼崎で食べた丼は何だった? この丼屋に何度かお世話になったが、 気が付いたらすでに店は閉店していた。 それでも25年ほど前に八坂「ひさご」の親子丼が 祇園の舞子さんに絶大なる支持を得ていると聞き、 早々に食べてみたが、美味しいは美味しいが、 友人宅近くの親子丼とは比べようが無い。 それから何軒かの親子丼を食べているが一度も満足できず、 今となってはこの親子丼は、私にとっては幻の味の一つだ(笑)。 またまた横道に逸れて恐縮! これから霊明殿、黒書院に続くが本日はここまで。 次回は堂本印象の襖絵、黒書院前の坪庭…。     京都市 ブログランキングへ   にほんブログ村 京都風景写真

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プロフィール

京一堂

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お住まいの地域:
京都府
自己紹介:
趣味のちりめん山椒作りをしながら、京都をのんびり再確認中。

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