リヤ6
リヤは自ら王位を放棄するが、みんなが自分を王として処遇することを期待している。彼が権力を引き渡すと、他の人々が彼の弱点を利用するとは思わなかった。しかも、彼に最も露骨におべんちゃらを言っていた人々、すなわちリーガンやゴネリルは、真っ向から彼に敵対することになる。彼が以前の通り人々をかしづかせることがもはやできないとわかった瞬間、彼は怒りに駆られる。ここはトルストイが述べているように「奇妙で不自然」なのだが、しかしそれが完全にキャラクターなのだ。怒りと失望にかられて、彼はふたつの状態を経験するが、それもやはり彼をとりまく状況からすればじゅうぶんに自然である。だがそのふたつのうちの一つは、シェークスピア自身の見解を述べるための口述の役割であることはあり得ることだ。そのうちの一つはリヤが後悔しているところの嫌悪感で、最初、王であって、公的な正義と世俗的な道徳といった腐敗を初めて経験したことである。もう一つは、重要な怒りのムードであって、彼にたいして不正をはたらいた人々に対する想像上の復讐をぶちまけるシーンである。「赤く燃えるような千ものつばがシューシューと彼らの上にふりかかるのだ!」そして、
それはいわば馬に蹄鉄を打ち込むための微妙な戦略なのだ
馬の一隊が、「私はちゃんとつけるであろう」と感じながら
そして私があの義理の息子たちから盗んだとき、
そのときは、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!
最後の部分でのみ、彼は、正気の人間として、権力、復讐、そして勝利というものが価値あるものではないということを悟るのである。
否、否、否! さあ、監獄へ行ってしまおう・・・
・ ・・・・そしてわれわれは疲れ果てるだろう
・ へいのある監獄の中で、偉大の者の一団がひとかたまりになって、
・ 月によって引き潮となり、流れてゆくのだ。
しかしながら、このことを見出したときには、それはすでに遅かった。というのも、彼とコーデリアの死はすでに決定されていたのだから。これが物語の筋である、そして、その語り口に多少のぎこちなさを許容するなら、これは非常に良い物語である。
しかし、それはまた、トルストイ自身の歴史にも奇妙に相似していはいないだろうか? そこには、見逃すことがない全般的な類似性があるのであるのだ。
なぜなら、トルストイの生涯で最も印象的な出来事は、リヤと同様に、放棄という巨大な無償行為であったからだ。老人となって、彼は自分の財産、爵位、そして著作権までをも放棄して、一つの試みを行った、――それは真摯な試みであって、成功はしなかったのだが、――すなわち、自らの特権的な地位から逃れて、一人の農民としての人生を生きることであった。だが、もっとより深い類似性は、トルストイが、リヤのように、間違った動機から行動して、自分が望んだ結果を得ることに失敗している、という点である。トルストイによれば、どんな人間存在もその目的は幸福であることであって、幸福は神の意志に従うことによってのみ達成されるのだ。神の意志に従って行動するということは、すべての俗世界の快楽と野望を捨て去ることであり、そして他の人のために生きることである。究極的には、従って、トルストイは、そうすることが自身を幸せにするであろうとの期待で、世界を放棄したのである。しかしながら、彼の晩年の時期について一つの確実な点があるとするなら、それは、彼が幸福“ではなかった”という点である。まさにその逆で、彼はまわりの人々の行動により、ほとんど狂気寸前にまで陥ったのである。彼らは、放棄するという彼の行為により、“そのために”まさしく訴えたのだ。リヤのように、トルストイも、謙譲家ではなく、性格を判断することが得意ではなかった。野良着を着た農夫の姿であるにもかかわらず、彼は、時おり、学者のような態度に復帰したい瞬間があり、自分が信頼する二人の子供であってさえ、最終的には彼らは彼に対してして敵対したのであるが、――もちろん、それはリーガンやゴネリルのようにセンセーショナルなものではなかったが。彼の性的なものにたいする過度の嫌悪は、際立ってリヤのそれと酷似している。結婚とは、“奴隷制であり、飽満であり、反感なのだ”というトルストイの指摘と、“醜悪さ、下品さ、くさいこと、また腹立たしさ”といった意味合いに用いている点は、リヤのよく知られた叫びによくマッチしている。
だが、神々が所有するガードルにたいして
その下はすべて鬼畜だ;
そこには地獄があり、暗闇があり、硫酸壷があるのだ
焼け爛れて、火傷し、悪臭を放ち、破壊、等々があるのだ。
―――つづく
リヤ5
科学もまた好奇心とは決別されなければならない。科学の仕事とは、何が起こっているかを発見することではなく、人にどうやって生きるかを教えることだ、と彼は言う。それはまた歴史にしても、政治にしても然りである。 多くの問題(例えばドレフュス事件)は、単に解決されるだけでは意味がなく、未決のままにしておこうと彼はする。実際、“狂気”あるいは“伝染性の暗示”といった彼の理論全体は、そこでは、十字軍とオランダのチューリップを一緒くたにしているのだが、多くの人間活動なるものとは、単にいったりきたりしているアリの行列ように、説明不能で、面白くないものであると断定して、その意志表明を行っているのである。シェークスピアのようなカオス的で、詳細に亘り、とりとめのないようなものに対して、明らかに彼は、堪忍ならないに違いない。彼のリアクションは、騒々しい子供に悩まされてイライラしている老人のそれである。「何故おまえは、そうやってずっと飛んだりはねたりしておるのだ? 私のように静かに座っていることができないのか?」ある意味でこの老人は正しいのだが、問題は、この子供の四肢には、老人が失ってしまったフィーリングがやどっていることだ。そして、もし老人がこのフィーリングの存在を知っているとするなら、それは単に彼の苛立ちを高める効果しかないのである。できることなら、彼はその子供を老けさせたいと思うであろう。トルストイは、おそらく、シェークスピアの中にあるものを見失っていることを知らないでいるのだが、しかし、何かを見失っていることは、彼には分かっていて、他人も同様にそれが奪われていると決めつけている。生まれながらにして彼は、尊大であると同時に、自己中心的であった。成長してからもずっと怒りにまかせて彼は召使を殴っていたし、また後では、英国の自伝作家であるデリック・レオンによれば、「ちょっとした怒りで、賛成できない人の顔をひっぱたいてやりたい欲望にしばしば駆られた」のである。改宗することにより、そうした種類の気質を直す必要は必ずしもないのであるが、実際のところ、再生したという幻想は、生まれつきの悪習を、たぶんより微妙なやり方であれ、より自由に開花させたかもしれない。トルストイは、肉体的な暴力を捨て去り、それがどういうものであるのかということを分かる能力があったのだが、しかし彼には、寛容、あるいは謙虚さという能力がなく、人が、彼の他の作品をまったく知らない場合、その人は、この一枚の小論文から精神的ないじめへの傾向があると推測してしまうであろう。
しかしながら、トルストイは、自分が共有していない他人の楽しみを、ただ単に奪おうとしたのではなかった。彼はそれをやったのだが、シェークスピアとの彼のけんかはさらにその先を行っていたのだ。それは、人生にたいする宗教的な姿勢と、人道主義的な姿勢とのけんかなのだ。ここで「リヤ王」の中心的なテーマに戻ることになるのであって、トルストイは、ある程度まで細かい筋書きを説明しているにもかかわらず、そのことを指摘していないのである。
「リヤ」は、まごうことなき何かに“ついて”書かれたシェークスピア戯曲の中でも数少ないうちの一つである。トルストイが正しく不平をならしている様に、一人の哲学者、一人の心理学者、あるいはまた“一人の偉大な道徳の教師”、その他あらゆる者としてのシェークスピアについて、多くのつまらないものが書かれてきた。シェークスピアは、体系的な思索家ではなく、彼の最もシリアスな思想は何の脈略もなく、かつ間接的に発言されており、そして、彼が“目的”をもってどの程度まで書いたのか、もしくは、彼が書いた作品の中でどの程度まで彼自身に帰着されるべきものなのか、ということに関してわれわれは知らない。ソネット(14行詩)では、俳優としての自己のキャリアを半分恥ずかしそうにほのめかしているにもかかわらず、自分がつくりあげた戯曲の部分に関連しているとは決して言っていない。彼の戯曲の半分は、金儲けのためであり、つぎはぎできるもの、すなわち盗作された素材で、舞台上で多少なりとも筋書きが通っているもの、そういうものである限り、目的や蓋然性といったことには、ほとんど注意が払われていない。しかしながら、これだけが事柄のすべてではない。先ずもってトルストイ自身が指摘しているように、求められていない一般的な見解に対して、鋭い皮肉でやっつけるという習慣がシェークスピアにはあるのだ。これは劇作家としては、深刻な欠点なのだが、そのことは、トルストイが描くシェークスピア像には一致しない。そこでは彼は、独自の見解をもたず、単に、最小の努力で最大の効果を生みだしたいと願っているような俗っぽい悪漢にすぎないのである。そしてそれ以上に、彼の戯曲の一ダース以上が、1600年以降から大半の時期に書かれたもので、これらは、疑問の余地なく、一つの意味、かつ一つの道徳すら有しているのである。それらは中心的な主題をめぐって回転しており、その主題とは、ある場合には、一つの言葉に集約される。例えば、「マクベス」は野望であり、「オセロ」では、嫉妬であり、「アテネのシモン」では金(カネ)である。「リヤ」の主題は、断念であって、シェークスピアが何を言っているのかを理解することに失敗したというのは、故意に盲目的である場合だけである。
―――つづく
リヤ4
トルストイの小論文を読んでイギリスの読者が先ず気づくことは、彼はシェークスピアを詩人としてほとんど扱っていないという点である。シェークスピアは、劇作家として扱われて、その人気がみせかけのものでない限りにおいて、それは、賢い俳優に良い機会を与えるようなステージ上の技術によるものとされている。ちなみに、英語を話す国々に関して言えばこれは真実ではない。シェークスピア愛好者にとって最も価値ある戯曲のいくつか(例えば“アテネのティモン”)は、ほとんど、あるいはまったく上演されていない。一方で、最も上演されやすいもののいくつか、たとえば“真夏の夜の夢”などは、あまり賞賛されていない。シェークスピアを愛好するたいていの人にとって、その価値を決定づけるものは、その言葉の使用法、“言葉の音楽”なのであって、これは、あのもう一人の攻撃的な批評家であるバーナード・ショウであってさえ、“抗し難い”として賞賛している。トルストイはこのことを無視しており、それが書かれた場所で、その言語をしゃべっている人々にとっては、詩人というものは特別な価値がある、ということをどうやら認識していないようである。しかしながら、もしも仮に、ある人がトルストイのいる場所に自らを置き、シェークスピアを外国の詩人だと思うとしても、それでもトルストイは、依然として、何かを抜き去っていることは明らかだ。詩とは、音と連想だけの事柄ではなく、その言語グループ以外では無価値である、ということではないように思われる。でなければ、死滅した言語で書かれた詩を含む他のいくつかのものが、どうやって、国境を越えるのであろうか? “明日はセント・ヴァレンタインの日”といった歌詞は、確かにうまく翻訳できないはずなのだが、シェークスピアの主要作品では、言葉から離れて、詩歌として叙述できる何かがあるのだ。“リヤ”は戯曲としては、できはよくないとトルストイが言っているのは正しい。それはあまりに引き伸ばされ、あまりに多くの登場人物とわき筋がある。一人の変な娘は余計であり、またエドガーも不必要な登場人物だ。グロウセスターとその息子二人が消去されていれば、おそらくもっと良い戯曲であったろう。そうであるにもかかわらず、何か、ある種のパターン、あるいはたぶん、その雰囲気のみが、込み入った事情と、“長ったらしさ”を持続させているのである。“リヤ”は、一つのパペット(人形)ショー、パントマイム、バレー、また一つづきの絵画というふうに想像でき得る。その詩の一部は、おそらく、最も本質的な部分であるのだが、それは、この物語に固有のものであり、どの言葉の組み合わせからも、また、肉体的な表現からも独立しているわけではないのである。
目を閉じて、「リヤ王」のことを考えてみよう。それももし可能であれば、どんな会話も心に思い浮かべずに。君は何を見るだろうか? とりあえず私が見ているものがここにある。長く、黒いローブを着た威厳のある老人がいて、ゆれる白髪とひげがあり、その姿はブレイクの素描から出てきたようだ。(だが同時に、面白いことに、それはトルストイのようでもある)彼は嵐の中をさまよい、天を呪い、馬鹿と狂人が一緒にいる。やがて場面が変わり、その老人は、それでも呪詛の文句を吐きながら、依然として何も理解せず、一人の死んだ娘をその腕に抱き、その間背景では、馬鹿が締首台にぶら下がっている。以上が、この戯曲のざっとした骨組みなのであるが、ここであってさえ、トルストイは、本質的なものの主要部分をカットしたいと思っているのだ。彼は、嵐に異を唱え、その馬鹿であってさえ退屈な邪魔者、なおかつ冗談を言うためだけのものであり、またコーデリアが死ぬことさえも、こうしたすべてのものが必要ではないものとして彼の目には映っており、このことは、彼が思っているように、この戯曲の道徳性を奪っている。トルストイによれば、それは初期の戯曲「リヤ王」(King Leir)であって、シェークスピアが改作したものである。
「それは、より自然な結末であり、シェークスピアがやっているよりも、観客の道徳的な要求に対して、それにより準拠している。つまり、姉の夫たちを征服したゴールズ王と、コーデリアによって、殺されるかわりにリヤを従前どおり復権させたのである」
言い換えるなら、この悲劇は、コメディか、たぶんメロドラマであったはずなのだ。悲劇性への意識が、神への信仰と両立し得るかどうかは、疑問である。いずれにせよ、人間の尊厳への不信と、美徳がうまくいかないときにだまされたと感じるところのある種の“道徳的要求”とは、両立しないのだ。悲劇的な状況とは、美徳が勝利“しない”まさにそのときなのであるが、しかし、人間をうちのめす力よりも、人間はもっと高貴であると、依然として思われている。トルストイが馬鹿の存在に対して何らの正当性を理解していないことこそが、おそらくより重要なのではないか。馬鹿はこの戯曲では不可欠である。彼は、一種のコーラスを演じていて、他の登場人物よりもより知的にコメントすることで、主要部分の状況をより明確にしているのだが、それだけではなく、リヤが激しく興奮するその裏をかいているのである。彼のジョーク、謎かけと、韻の寄せ集め、そして、リヤの高い志(こころざし)をもった愚行に対する終わることのない当てつけがあり、それは単なる嘲笑から、メランコリーな詩までをも含むものとなっている。(汝が生まれながらにもっていたすべての位階を与えてしまった)などは、この戯曲全体を通して流れる正気のひと筋であって、ここで起こっている不正、残酷さ、悪巧み、裏切り、誤解、これは通常の人生でもたいがいそうなのだ、ということを思いださせる契機である。馬鹿に対してトルストイが不寛容であることで、人は、シェークスピアと彼との深い反目を垣間見る。ある種の正当性でもって、シェークスピア戯曲のボロさかげん、その不遜さ、信じられない筋書き、行きすぎた言語に対して、彼は、異を唱えている。しかし、真底で彼がおそらく最も嫌悪しているのは、溢れるような元気、――それは実際の人生の過程にある一つの興味ある楽しみといったものではないのであるが、何かそういうものを取り込もうとする性向なのだ。トルストイのことを、道徳家が芸術家を攻撃していると書いてしまうのは間違いである。そうした芸術は、ひどいもので、無意味であるとは彼は決して言っておらず、また、技術的な名人芸が重要ではないとも言っていないのである。ただ、彼の晩年における主要なテーマは、人間の意識の巾をせばめることにあった。現実の世界と、日々の格闘にたいする興味、関心事は、ほとんどないか、もしくはできるだけ多くないようにしなければならないとしたのだ。文学は寓話から構成されなければならず、詳細を省き、また言語からもほとんど独立していなければならない。寓話とは、――この点が、他の平均的で、俗っぽいピューリタンとは異なっているのだが、――それ自体で芸術作品でなければならないとし、しかしながら、快楽と好奇心は、それらからは削除されなければならないのである。
―――つづく
リヤ3
つまりは、これがトルストイの小論文の内容である。シェークスピアを説明するのに、明らかに真実でないことを言っている悪い作家である、と人は先ず思ってしまう。だがこの場合そうではない。現実には、シェークスピアであれ、他の作家であれ、彼らが“良い”作家であることを示しうる証拠なり、議論なりがあるわけでもないのだ。あるいはまた、例えば、――ワーウィック・ディーピンングが“悪い”というふうに証明だてる何らの手立てもないのである。究極的には、生き残る以外に文学上のメリットを試す手段はないのであって、このことは、それ自体が多数者の意見の指数なのだ。トルストイのような芸術理論は、まったく無意味である。というのもそれらは、独断的な仮定から出発しているのみならず、あいまいな語彙(“真摯さ”、“重要な”、等々)に依拠しており、それらは人によってどのようにも解釈され得るからだ。的確に言えば、トルストイの攻撃に対して、人は“答える”ことができない。面白い疑問だが、何故彼はそれをしたのか? 途中で彼は、多くの薄弱で、不正直な議論を行っている。それらのいくつかを指摘することは意味がある。それは彼の言説の主要部分を無意味にさせるということではなく、それは言わば、悪の証拠であるからだ。
先ずもって、彼がやっている「リヤ王」の検証は、彼が二回も指摘しているように“公平”ではない。まったくその逆で、それは、虚偽申告の引き伸ばされた演習である。君が「リヤ王」を読んでいない人のために、要約するとすれば、その重要な言説を紹介する際、君は実のところ公平ではない、ということは明らかだ。(これはコーデリアが彼の腕の中で死んだときのリヤのせりふなのであるが)次のようになっている。「またしてもリヤの恐ろしい狂気が始まった。人は、まずい冗談を聞かされるごとく、気恥ずかしさを感じてしまう」トルストイは、自身が批判している段落をわずかに修正するか、色合いを変化させている。いつもこのようにして、プロット(筋書き)を若干複雑に、そして不正確にしてしまうか、あるいは、言葉をややいきすぎたかたちにするのである。一例として、リヤは、「自らの退位についてその必要性や、動機を有していない」、だが、退位する理由(彼は老齢で、国を治めることから引退したいという望み)は、第一場ではっきりと示されている。私が以前に引用した段落ですら、トルストイは故意に誤解し、わずかに他の意味に変化させ、文脈上じゅうぶんに理の通った言い分を無意味にしている、ということが分かるであろう。こうした誤解された読解は、それ自体特にに大したことではないのであるが、しかし、これの積み重なりの効果というものは、戯曲の心理的な不可解さというものを助長するのである。再度、トルストイは、シェークスピアの戯曲が、彼の死後二百年経った今でもいまだに印刷されており、また舞台にかけられているという事情を説明することができない。(すなわちこれは“伝染病的暗示”が始まる以前からそうなのだ。)そして、シェークスピアの名声が高まるその全体的な理由とは、あからさまな虚偽によって強調された推論なのだ。そしてまたもや、彼の非難は相互に矛盾したものとなっている。例えば、シェークスピアは単なるエンターテイナーであって、“本気ではない”。だが、一方で、彼は自分の登場人物たちの口を借りて自身の思想を絶えず挿入している、云々。全体として、トルストイの批評が誠実に語られているとは思い難い。いずれにしても、彼が自分の主要なテーマを完璧に信じていることはあり得ないのであって、――言うならば、何世紀にもわたって文明世界では、巨大でわかりやすいうそが取り込まれてきたのであって、彼のみがそのことを分かっている、――と信じているのである。彼のシェークスピア嫌いはじゅうぶんに本当であることは確かなのだが、その理由は、彼が公言しているものとは違うところにあるのかもしれない。あるいはそれが部分的であっても。そして、そこにこそ彼の小論文についての興味があるのだ。
この時点で、人は推理を余儀なくされる。ところが、ここに一つの鍵がある。あるいは少なくとも鍵へと至る道筋となるような疑問がある。それはすなわち、何故トルストイは、三十以上ある戯曲の中から、「リヤ王」を特別なターゲットとして取り上げたのだろう? 「リヤ」は確かによく知られていて、賞賛されており、シェークスピア作品を代表するベストのものとして選定されている。ちなみに、攻撃的な分析を施す目的でトルストイは、自ら最も嫌悪する戯曲をおそらく選定したのであろう。この戯曲のみに悪意を持っているとは考えにくい。というのも、彼は、意識的にも、無意識的にも、リヤの物語と自分自身のそれとが相似していることが分かっていたのではないか? だが、この鍵へとアプローチするには反対の方向からすすめるのがよさそうだ。――すなわち、「リヤ」自身と、トルストイがふれることに失敗しているその資質、――という方向である。
――つづく
リヤ2
「シェークスピアは、君がそうと思う何者でもあったはずだ」と、トルストイは結論づけている。「ところが彼は芸術家ではなかったのだ」それどころか、彼の見解はオリジナルではなく、あるいは興味あるものでもなく、しかも彼の性向は、「最低であって、なおかつ非道徳的である」面白いのは、トルストイはこの判断を、シェークスピア自身の言葉ではなく、二人の批評家であるゲルビヌスと、ブランデスの主張にその根拠をおいていることだ。ゲルビヌスによれば、(少なくともトルストイが理解する限り)「シェークスピアが思うに・・・人は善良すぎる」 また一方でブランデスによれば、「シェークスピアの基本原則は、・・・結末が手段を正当化する」トルストイは、次のように自ら理由づけを行っている。それはすなわち、シェークスピアは最悪のタイプの好戦的愛国主義者だったのだが、このことは、ゲルビヌスやブランデスが、シェークスピアの人生観についての真実で、適正な説明をしたのとは別物であるとしている点である。
トルストイはまた、他の箇所でずっと大幅に展開した自身の芸術論を、二三の段落でもって再度行っている。そのことをあっさりと簡略に言えば、主題の尊厳さ、誠実さ、そして良質の職人芸の必要性、というふうにまとめられる。芸術上の偉大な作品とは、“人間の生活にとって重要である”いくつかの主題を扱うものでなければならない。それは作者が真に感じる何かを表現しなければならないのであって、それはまた、望むような効果を生み出すべく技術的な方法を用いなければならないのである。シェークスピアは、その態度における品性が低劣で、そのやり方はだらしなく、たとえ一瞬間であれ真摯であろうとして、それにしくじっている、云々というふうに、彼の立場は救い難いものとなっている。
しかしながら、ここで困難な疑問が生じてくる。もしもシェークスピアが、すべからくトルストイがいうような存在であるとすれば、どうして彼は、一般的に賞賛されたのだろうか? 明らかにその答えは、一種の集団的催眠効果、もしくは“伝染病的暗示”にのみあるのだ。すべての文明世界では、いずれにせよ、シェークスピアは良い作家であるというふうに、だまされてしまっているのであり、そして、これに異を唱える最もシンプルな見方であっても、何の興味も起こさせないのである。なんとなれば、人はもののわかった意見を聞くのではなく、宗教的に近しい何かに注意を喚起されるからだ。歴史を通して、こうした“伝染病的暗示”の果てしなき連続がある、とトルストイは言っていて、――例えば十字軍、哲学者の石の探求、かつてオランダ中を席巻したチューリップ騒動、等々である。この現代の局面においては、むしろ特徴的なのだが、ドレフュス事件では全世界が、十分な理由もなく大騒ぎとなっている、とトルストイは言う。また、長続きしない政治的な、また哲学的な理論があり、そして、あれやこれやの作家、芸術家、科学者がいる、――例えばダーウィン、彼は(1903年時点で)“忘れ去られようととしている”。またいくつかのケースでは、まったく無意味な人気者が、何世紀にもわたって残るかもしれない。というのも、「こうした狂気はたまたま起こるのであり、社会に蔓延した人生観のその程度に応じて、その主要な階層がたまたま反応した特別な理由によって生じるものだからだ。特に、文学サークルではそれが長期間にわたって維持されることがある。シェークスピアの劇作は長期間にわたって賞賛され続けてきた。というのも、“彼、及びわれわれの時代の上層階級における非宗教的、非道徳的な心情に感応した”からなのだ。
シェークスピアの名声が“始まる”そのプロセスについて、トルストイが説明しているが、18世紀の終わりごろ、ドイツ人の教授によってそれは“引き起こされた”。彼の評判は、“ドイツでつくられ、それからイギリスへと移転したのだ。”ドイツ人は、シェークスピアを持ち上げるという選択をしたのである。なぜなら当時、話題にするようなドイツ製の戯曲がなく、そしてフランスの古典文学が硬直して、作為的になりはじめたころで、彼らは、シェークスピアがつくる“場面の賢い形成”に魅了されたのであり、また彼らの人生に対する自分たち自身の姿勢がよく表現されていると思ったのである。ゲーテが、シェークスピアは偉大な詩人であると宣言し、この点において、他のすべての批評家たちもオウムの集団のごとく追随し、爾来、大方が魅了された状態がずっと続いてきたのだった。結果として、戯曲の品位の更なる低下を招き、――現在の舞台を非難する際、トルストイは、自身の劇作も注意深くそのうちに入れているのだが、――道徳的な展望をもさらに破壊する結果となったのだった。さらには、「シェークスピアの誤った栄光化」というものが、トルストイ自身がたたかう義務のある重要な悪となっていったのである。
―――つづく
リヤ、トルストイそして馬鹿
リヤ、トルストイ、そして馬鹿
ジョージ・オーウェル
トルストイの小論文は、彼の作品の中でも最も知られていない部分であって、シェークスピアへの攻撃についてのもの(*)は、少なくとも、英訳されたものに関する限り、手に入れるのは簡単ではない。おそらく、従って、このことを議論する前に私が、その小論文を要約することは有益であろう。
トルストイは、次の言葉から始めている。それはすなわち、シェークスピアは、その生涯を通じて、「否応のない反発と倦怠」をその身内に抱え込んでいる、というものだ。文明世界が彼に敵対しているという評価を意識しながら、シェークスピアの作品について、彼は、ロシア語訳、英文、そしてドイツ語訳を読みつつ、次から次へと一つの試みをしている。「否応なく私は、同じ感情を経験するのであって、それは、反発、倦怠、そして困惑なのだ」 ちなみに、75歳で、歴史戯曲を含むシェークスピアの全作品を彼は再読しており、そして、
「私はより大きな力を感じたのであり、それも同じ感情なのだが、――今度はところが、困惑ではなく、しっかりと疑う余地のない信念であり、それは、シェークスピアのもつ偉大な才能のかくれもない輝きなのであって、それは、現代の作家たちをして彼を模倣させる力であり、また読者や観客をして、あり得ないメリットを見出させる力であり、――そうすることで、彼らの美学的な、また倫理的な理解を変形させるのであって、――このことは、一つの大きな悪であり、あらゆる虚偽なのだ」
トルストイはまたこうもつけ加えている。シェークスピアは、単に天才ではないというだけではなく、“平均的な作家”でさえない。この事実を証明するために、彼は“リヤ王”を検証するであろう。このことは、ハズリット、ブランデス、その他からの引用により示すことができるのであるが、この“リヤ王”は、途方もなく華々しく賞賛され、シェークスピア作品の中でも最高のものでる一例として引用され得るのである。
(*)(原注)“シェークスピアと戯曲”というもので、1903年ごろ執筆された。これはもう一つ別の小論文、“シェークスピアと労働者階級”アーネスト・クロスビー著、のための紹介文である。
それから、トルストイは、“リヤ王”のあらすじを紹介しているのだが、あらゆる段落が、ばかばかしく、冗長で、不自然で、不明朗で、野卑で、退屈で、そして信じられないような出来事に満ちていて、“激しい狂気の沙汰”であり、“愉快でないジョーク”であり、アナクロニズムであり、不遜で、猥褻で、古くさいステージ上の慣例であり、そしてその他、道徳上の、また美学上の欠点を述べている。いずれにせよ、「リヤ」(Lear)は、以前のそしてもっとベターな戯曲で、作者不詳である「リヤ王」(King Leir)からの盗作であり、シェークスピアはこれを盗用し、そしてぶち壊したのである。トルストイが研究しているところのそのやり方を示した段落を一例として引用することは意味がある。第三幕、第二場、(その中で、「リヤ」(Lear)、ケント、そして馬鹿が一緒に嵐の場面にいる)は、次のように要約されている。
リヤは荒地を歩き回り、自らの絶望感を表現する言葉を吐いている。彼は、風がもっと強くふくことをねがい、その風が彼らのほおを打ち、雨がすべてを水びたしにして、稲妻が彼の白髪を焼き、落雷が世界を平らにし、「人間を恩知らずにさせる」すべての虫けらどもをうちのめすことをねがうのである! その馬鹿は、いまだに意味のない言葉を吐き続けている。ケントが入ってくる。リヤが言う。この嵐の間に、何らかの理由で、すべての犯罪者が見つかって、有罪に処せられるであろう。ケントは、リヤがそうとは気づかず、彼を小屋に入らせようと努力している。この時点で、馬鹿が、この状態とは脈絡のない予言を吐く。彼ら全員が別れてゆく。
「リヤ」についてのトルストイの最終的な評決は、催眠術にかからない観察者、そうした観察者がいたとしての話であるが、そうした観察者は、「嫌悪感と倦怠感」以外にどんな感情もいだくことなく、最後まで読み通すことはできないであろう、というものである。しかも、“シェークスピアの他の賞賛されているすべての戯曲、言うまでもなく、あの無意味な戯曲化された物語であるところのペリクリーズ、十二夜、テンペスト(嵐)、シンベリン、トロイラスとクレシダ”も、まさに同様なのである。
「リヤ」をとりあげることで、トルストイは、シェークスピアに対してより全体的な告発を行っている。シェークスピアは、技術的なスキルをもっていて、そのことは一部、彼が俳優であったことに起因する。だが、そのことを除けば何のメリットもない、ということを彼(トルストイ)は見出したのである。彼(シェークスピア)は、状況から自然に湧き出してくる性格描写、あるいは、せりふやアクションをかたちづくる能力がないのであり、彼の言語は、なべて過剰で、ばかばかしく、たまたまそこにいた登場人物の口から自身の考えを、絶えず手当たり次第に挿入しており、“美学的感情の完全な欠如”を展示していて、そして彼の言葉は、“芸術や詩歌と共通するなにものを有していない”のである。
―――つづく
象を撃つこと4
群集はまったく静かになり、そして深く、低い、うれしそうなため息が聞こえた。それは、カーテンがとうとう上がったのを見ている観衆のそれであった。無数の人々が呼吸していた。彼らは自分たちのちょっとした楽しみをついに見出したのだ。ライフルは、美しいドイツ製で、クロスヘア照準器がついていた。私はその時知らなかったのだが、象を撃つ場合、両耳を貫通する仮想線上をねらうべきなのだ。従って私は、象を横向きにして、その耳の穴が直角になるようにすればいいことになる。実際には、脳はそこよりさらに前部にあると考えて、そこから数インチ前部をねらった。
引き金を引くと、バーンという発射音も、衝撃も感じなかった、――的中すればそうなのだ、――だが、群集の間から湧き起こった悪魔のような喜びのうなり声を私は聞いた。この瞬間、弾丸がそこに到達するまでのあまりにも短い時間であってさえ、神秘的で、恐ろしい変化がその象にもたらされるということを人は思ってしまうのではないだろうか。象は、暴れもせず、倒れることもなく、だが、その身体の線が変わってしまっていた。象は、突然、撃たれたという感じで、縮んで、急速に老けたように見えた。あたかも、弾丸の恐ろしい衝撃が、象をして、倒れる間もなく麻痺させてしまったかのようであった。そしてついに、――それは長い時間に思われたのだが、――あえて言えば、5秒ほど経過したはずだが、――象は、ひざをグニャッと曲げたのである。その口は、だらしなく開いていた。巨大な老衰がその象の上に降りかかってきた。それは五千歳にも思われるほどであった。私は、同じ箇所を再び撃った。二発目で、象は、倒れはしなかったが、絶望的な緩慢さでそこに立っており、それは、弱々しくそこに立っているだけであり、足が下がり、頭も垂れていた。私は、三発目を撃った。それはとどめであった。苦悶で全身が震えだし、その足の最後に残っている力を奪ったのだ。だが、倒れようとする間でも、一瞬、象は、起き上がろうとするのが見えた。というのも、自らの体重で押しつぶされそうになっているうしろ足が、巨大な岩がつんのめるように、上に上げようとしたように思われた。その鼻が空に向かって伸びた。象は大きな声をあげた。それは初めてで、一回だけであった。それから象は、はらを私に向けて倒れた。私が横たわっている地面にまで伝わるような振動があった。
私は立ち上がった。ビルマ人たちは、すでに私を通り過ごして、ぬかるみの中をあらそって行こうとしていた。象は、二度と立ち上がることはないのははっきりしていたが、まだ死んではいなかった。象は、ガーガーと音をたてながら、非常に規則的な間隔で呼吸をしていた。その大きな盛り上がった胴体が、痛々しく上下していた。象の口は大きく開けられ、-のどの奥のピンクののどが見えた。私は、象が死ぬのを長い時間待っていた、しかし、その呼吸が弱まることはなかった。とうとう私は、心臓があると思われる箇所に残った二発を撃った。赤いベルベットのように、濃い血がそこから流れ出した。だが、象はまだ死ななかった。銃撃を受けても、象の身体は起き上がることはなかった。苦悶に満ちた呼吸が休みなしに続いた。象は死にかかっていた。だがそれは、非常に緩慢に、そしてひどい苦しみの中でのことであった。だが、どこか遠い世界では、一発の銃弾でさえ、これ以上彼を傷つけることはないのだ。この恐ろしい騒音を終わらせなければならない、と私は思った。巨大な獣(けもの)がそこに横たわっていて、動く力もなく、死ぬ力もないのを見るのは恐ろしいように思われた。しかも、彼を終焉にみちびくことさえできないのだ。私は、自分の小さいライフルをもってこさせて、彼の心臓と、のどの下をめがけて何発も打ち込んだ。苦しいあえぎが、時計のカチカチという音のように、絶えず聞こえた。
しまいには、私はもはやこれ以上耐えきれず、立ち去ってしまった。後になって聞いたのだが、死ぬまでにあれから30分かかったそうである。ビルマ人たちは、私が立ち去る前から、ダア(訳注:ビルマ製のナイフ)や、かごを持ってきていて、彼らは、午後までには、ほとんど骨になるまでにする、と私は告げられたのであった。
その後、当然ながら、象を撃つことについて、延々とした議論があった。オーナーは激怒したが、彼はインド人であり、どうすることもできなかった。その上、法的には私は正しいことをしたのである。というのも、狂った象は、狂った犬と同様に、オーナーがその扱いに失敗した場合、殺処分されなければならないのだから。ヨーロッパ人の中でも、賛否両論があった。老人は、私が正しいと言い、より若い人は、クーリー(労働者)を殺害した象を撃つことは、まったく恥であると言った。なぜなら、象は、コリンジー(訳注:ビルマ、マラヤ、タミール等の原住民の総称)であるクーリーよりも価値があるのだから、というものであった。そして、後になって、クーリーが殺害されていたことはありがたかった。そのことで私は、象を撃つことに対して、法的に正しい立場にしてくれたし、十分な弁解の余地を残してくれたのである。私がそれをやったのは、ただひとえに馬鹿に見られないようにするためであったと、だれか気づくものがいるのだろうか、と私はしばしば思った。
-――了
象を撃つこと3
しかしながら、その瞬間、私はあとをついてきた群集を見渡した。それは途方もない群集であった。彼らは道の両側を遠くまで埋め尽くしており、数分ごとにその数が増えていた。私は、派手な服装の上にある黄色い顔の海を見た、――その表情はみなうれしそうで、ちょっとした楽しみで興奮しており、象が撃たれることをみんな確信していた。彼らは私をあたかも魔術を執り行う占術師であるかのように見ていた。彼らは、私ことを好きではなかったのだが、私が手に持っている魔法のようなライフルのために、当面、私は見るに値するものであった。そしてまったく突然、結局のところ私は象を撃たねばならないことを認識した。こうした人々は私に対して、そのことを期待しており、私はそれをやらねばならなかった。彼ら二千人の意志が、否応なく自分をプッシュしていると私は感じた。そしてその時であった。ライフルを手に持って立っていたとき、私は初めてその無意味さを感じた。東洋における白人支配の無意味さというものを。今ここにいる私、銃を手にした白人で、無防備な原住民の前に立っている、――考えてみれば一場の主人公のようなものだ。だが、実際のところは、黄色い顔の裏側にある意志により、私は、右往左往させられている風変わりなあやつり人形でしかないのだ。この瞬間、私は次のように感じた。それはすなわち、白人が暴君になるとき、自分が破壊しているのは、自身の自由そのものであると。彼は一種の空洞となり、ダミーを装い、ありきたりの閣下を演じていることになる。というのも、“原住民”に印象づけて、どんな危機にも、“原住民”が彼に期待することをやらねばならないということが、自らのルールであるように条件づけたのだから。彼は仮面をかぶり、彼の表情は、それに合うものになっている。私は象を撃たねばならなかった。自分がライフルを取りにやった時点で、こうなることを自分に課したのだ。閣下は閣下のように振る舞わねばならぬ。彼は断固たる姿勢を示さねばならぬ。自身の考え方をわきまえて、確実なことをやるためにも。はるばると遠くからやって来て、私のあとから二千人の大衆と一緒に来て、弱々しくすごすごと消え入り、何事もなさず、――否、それはあり得ない。群集は私のことを哂う(わらう)であろう。そして私の人生、すなわち東洋におけるどんな白人の人生であれ、それは、わらわれないようにするための一つの長い闘争であった。
だが、私は象を撃ちたくはなかった。私は象を見ていた。象は草のたばを自分のひざにうちつけていた。象が夢中でやっているその行為は、おばあさんのような雰囲気があった。それを撃つことは私にとって殺人のように思われた。当時の私の年齢では、動物を殺すことは吐き気をもよおすほどではなかったのだが、象を撃ったことなどなかったし、決してそんなことをやりたくはなかった。(いずれにせよ、“大きな”動物を殺すことはより悪であるかのように思われた。)その上、この動物のオーナーのことも考慮すべきであった。生きていれば、この象は少なくとも、百ポンドの値打ちがあるのである。死んでしまえば、その牙の値打ち、せいぜい5ポンド程度である。だが、私はすばやく行動しなければならなかった。私は幾人かの経験ありそうなビルマ人、彼らはわれわれが到着したときからいたのであるが、彼らにむかって、この象がどういう行動をとったのかということを訊ねた。彼ら全員が、同じことを言った。象をほったらかしにすれば、その象は何の注意も払わないであろうが、近くに寄れば、それは敵対するに違いなかった。
私が何をするべきかは、完全にはっきりとしていた。象から、例えば25ヤード以内に接近して、彼の行動をチェックするべきだ。もし彼が敵対的になれば、それを撃つまでだ。もし彼が私に気づかなければ、象使いが戻ってくるまで、彼をほったらかしにしても大丈夫であろう。しかしまた同時に私は、そうしたことは不可能であることも分かっていた。私はライフルについては下手で、地面は一足ごとに沈み込むほどにぬかるんでいた。象がもし興奮すれば、私は撃ちそこなうであろうし、私は、蒸気ローラーの下にいるカエルのようなものであった。だが、その時であってさえ、私は自分自身の肌の色を考えていたわけではなかったのだが、ただ一つ、うしろにいて注意深く見守っている黄色い顔のことを考えていた。というのも、その瞬間、自分を見守っている群衆と一緒にいて、私は、もし自分が一人であった場合、そうであるような通常の意味で怖れていたわけではなかった。白人は、“原住民”の前では、びくびくしてはならなかった。そしてだから、総体的にいって、彼はびくついてはいなかった。ただ私が思ったことは、もしもことがうまくいかないとなると、二千人のビルマ人は、私を追いかけて、捕まえ、ふみつぶし、あの丘の上のインド人のように、にやけた笑いを浮かべる死体にしていまうであろう。そして、もしそうなれば、幾人かが哂(わら)うことはほぼ確実である。それだけはあってはならない。選択肢はたった一つしかない。私は弾薬ケースにカートリッジを押し込み、よりベターな目的のために道の上に横たわった。
―――つづく
象を撃つこと2
ビルマ人は、武器をもっていないので、この事態にたいしてはどうずることもできなかった。象は、すでに誰かの竹でつくられた小屋を壊し、一頭の牛を殺し、果物屋の屋台を襲撃して、その商品をむさぼり食った。またその象は、市の衛生局の清掃車と出会い、ドライバーがあわてて逃げ出すと、かかとでそのバンをひっくり返し、さんざんにふみつぶしたのであった。
ビルマ人の副官と、数人のインド人の警官が、象がいた街かどのところで私を待っていた。そこは貧民街の一角で、やしの葉でふいた屋根のある竹製の小屋が、急な丘の斜面に迷路のように立ち並んでいた。雨季が始まるころで、曇天で、むっとした空気であったと記憶している。われわれは、住民に象がどこへ行ったのか訊きだそうとしていたのだが、例によって、確かな情報を得ることができなかった。これは東洋では日常茶飯事である。一つの事柄は、ある一定の距離をおくと、十分にはっきりしているのだが、現場に近づけば近づくほど、事態は不鮮明となるのだ。ある者は、象はこっちの方向へ行ったと言い、また別の者は、あっちの方向だと言い、また別の者は、象の話なぞ聞いたことがないという始末だ。これはまったくの作り話じゃないのかと、私が思いかけたとき、遠くのほうで叫び声が聞こえた。それは大声で、すっとんきょうな声であった。「おまえたち、どこかに行きなさい! 今すぐ!」手に木の枝をもった老婆が、小屋のそばに来て、裸の子供たちの一団を乱暴に追い払っていた。さらに幾人かの女がその後を追っていった。彼女たちは舌打ちしながら、叫んでいた。明らかにそれは子供が見るべきものではない何かであった。小屋のまわりを回ってみると、泥の中に男の死体が横たわっているのが見えた。彼はインド人であった。浅黒いドラビダ人のクーリーで、ほとんど裸で、死後何分も経っていない感じであった。みんなが言うには、その象が突然、小屋を回って、彼のところにやって来て、鼻で彼をとらえ、足で彼の背中を押して倒したのであった。今は雨季で、地面はやわらかく、彼の顔は、深さ1フィート、長さ2ヤードほどの溝をつくっていた。彼はうつぶせに横たわっており、腕は組み合わされ、頭が片一方に鋭くねじれていた。彼の顔は泥におおわれ、目は大きく見ひらき、歯がむき出して、耐え難い苦悶の表情で、ニヤッと笑っているようであった。(ところで死者の表情が平穏だとは決して言わないでほしい。私が見たほとんどの死体は、悪魔的であった。)この大きな動物の足のこすり傷が、彼の背中の皮膚をはぎとり、ほとんどそれはウサギのようになっていた。死体となっている男を見るやいなや、近くにある友人の家に、象用のライフルをとってくるように用務員に、私は以前に言い渡してあった。
用務員がまもなくライフルと5個のカートリッジをもって戻ってきたが、その間、数人のビルマ人がやって来て言うには、ほんの数百ヤード下の水田に象がいるとのことだった。私が出かけると、その町の一角の住民が、文字通り、全員一団となって出てきた。彼らは私のライフルを見ており、全員が、私がその象を撃つであろうと叫んでいた。その象が家を壊している間は、彼らはたいした興味を示さなかったのであるが、だが象が撃たれるとなると、話が別である。それは彼らにすれば、ちょっとした楽しみであった。それはちょうどイギリス人の大衆であってもそうであろう。それに彼らは肉を欲しがっていた。そのことで私はなんとなく落ちつかなくなった。私は象を撃つつもりはなく、――ライフルをもってこさせたのは、ただ必要に応じて、わが身を守るためであり、――それにしても、後からぞろぞろとついてくる群集にはいらいらさせられた。丘を下って行く際、ライフルを肩にかつぎながら、どんどん増えてくる群集に押されるようにして進む私は馬鹿のように見えたし、そう自分でも思った。小屋から遠く離れた丘の下では、舗装された一本の道路があり、その向こう側にはぬかるんだ水田が、千ヤードも広がっていて、そこはまだ耕作されておらず、最初の雨でぐじゃぐじゃになっていて、ところどころに雑草が生えていた。象は道から8ヤードのところに立っていて、われわれに左側を見せていた。そいつは、草をむしゃむしゃやっていて、ひざでたたいてから、まとめて自分の口のほうへもってきた。
私は道端で止まった。象を見るやいなや、これを撃つべきではないと、私は確信するように思った。労働に従事している象を撃つことは重大であり、――巨大で、高価な機械を壊すにも等しいことであり、――避け得ることであれば、明らかにそれはやるべきことではなかった。そして、この距離では、無事に草を食んでいる象は、牛よりも安全に見えたのである。“命令”にたいする彼の攻撃の時期はすでに通りすぎたのだ、とその時思ったし、今でもそう思っている。この段階では、象使いが帰ってきて、彼を捕まえるまで、害を与えることなく、ただ単にうろついただけなのである。しかも、その象を撃ちたいとは私はこれぽっちも思っていなかった。しばらく様子をうかがって、暴れだすことがないのを確認してから、帰ることに私は決めたのだった。
―――つづく
象を撃つこと
象を撃つこと
ジョージ・オーウェル
ビルマ南部、ムールマインというところで私は、多くの人から嫌われていた、――これが私の身に起こったということからすれば、生涯でたった一度だけ私は、重要人物であった。私はその町にある支所の警察官であって、そこでは、反ヨーロッパの気分が、意味もなく、ささいなところにも鋭く充満していた。誰も暴動を起こすほどの勇気もないのだが、もしもヨーロッパの女性が一人で市場に出かけたならば、誰かが、ビンローのジュースを彼女のドレスの上に、たぶん、吐きかけることだろう。警察官として私は、はっきりとした目標であり、それが許されそうであれば、いじめられる対象であった。一人の抜け目のないビルマ人が、フットボールの競技場で私の足をすくったとき、レフリー(もう一人のビルマ人)は、見てみぬふりをしていて、観衆はといえば、くすくす笑いまじりの叫び声を上げたのである。これは一度だけのことではなかった。ついには、若い男たちの冷笑的な顔がどこにでもあって、私が安全な場所にいるならば、あざけるような笑いに出会い、私の神経を逆なでしたのである。若い仏教僧がなかでも最悪であった。彼らはその町では数千人もいて、通りのかどに立って、ヨーロッパ人をやじる以外は何もしている様子はなかった。
このことは、すべからく困惑させ、腹立たしいことではあった。というのも、当時私はすでに、帝国主義というものは悪であると確信していて、この仕事を放り出して、ここから出てゆくのが早ければ早いほどベターだと思っていた。理論的に、――そして密かにであるのは当然であるが、私は、ビルマ人を全面的に支持しており、彼らの抑圧者であるところの英国人に対して、対立していた。私がやっている仕事に関して言えば、たぶんよく説明ができないほど憎んでいた。この職業についていると、帝国主義の汚いやり方の細かい面まで見てしまう。留置場の汚いオリの中で、かわいそうな囚人たちが群れており、灰色をした、長期刑におびえている顔、竹で叩かれて、傷ついた男の臀部、――そうしたすべてが、耐え難いほどの罪の意識で私を抑圧したのである。だが私は、将来の展望を得ることができないでいた。私は若く、ちゃんとした教育も受けておらず、東洋におけるあらゆる英国人に課されている完全な沈黙の中で、自らの問題を考えなければならなかった。私は、大英帝国が死滅しつつあることすら知らなかったのであって、そのことは、追い越そうとする若い帝国主義よりもはるかにましであることすらも、もっと分かっていなかった。私に分かっていることは、自分が奉職しているこの帝国を憎悪していることと、自分の仕事を不可能にさせようと企む険悪な若者への怒りとの間で、板ばさみになっていること、それだけであった。私の心の一部分では、ブリティッシュ・ラジ(訳注:1854年から1947年まで、大英帝国がインドを直接統治したその首長)を、打ち負かすことのできない専制者、がんじがらめに締め上げるような者として、それも“シーキュラ・シーキュラルム”(saecula saeculorum)
(訳注:ラテン語、永久にずっと)に、屈服した人民にたいして、君臨しているものと思っており、また他の部分では、この世の最大の喜びは、仏教者のはらに銃剣を差し込むことであると思っていた。こうした気分は、帝国主義の正常な副産物であって、勤務中ではないどの英国系インド人の役人に訊いて見るといい。
ある日、まわりまわって、何か啓発されるようなことが勃発した。それ自体は、些細なことであった、だが、帝国主義の真相について、それまで私が抱いていたものよりも、よりはっきりと分からせるもの、――すなわちそれは、専制的な政府が起こす行動のほんとうの動機であった。ある日の早朝、その町の反対側にある支所の副官から、私に電話がかかってきて、一頭の像が市場を荒らしまわっていると告げたのである。そのことについて、私がとにかく来て、何かするのだろうか? 自分に何ができるのか私には分からなかったのだが、何が起こっているのか見てみたかったので、子馬に乗って、出かけたのである。私は自分のライフルを持っていた。それは古い44口径のウィンチェスターで、象を殺すにはまったく小さすぎたが、その音でおののかすには十分だろうと思った。いろいろなビルマ人が、途中、私を止めて、象の行動について話をした。その象は、もちろん、野生ではなく、“命令をきく”おとなしい動物であった。他の象と同じように、いつもはチェーンにつながれているのだが、昨晩、チェーンを切って、逃げ出したのであった。この状態で、治めることのできる像使いが、追跡を始めたのであるが、違った方向に行ってしまい、今や12時間の彷徨の末、その象は、突如として、町に再度現れたのだ。
―――つづく