象を撃つこと3
しかしながら、その瞬間、私はあとをついてきた群集を見渡した。それは途方もない群集であった。彼らは道の両側を遠くまで埋め尽くしており、数分ごとにその数が増えていた。私は、派手な服装の上にある黄色い顔の海を見た、――その表情はみなうれしそうで、ちょっとした楽しみで興奮しており、象が撃たれることをみんな確信していた。彼らは私をあたかも魔術を執り行う占術師であるかのように見ていた。彼らは、私ことを好きではなかったのだが、私が手に持っている魔法のようなライフルのために、当面、私は見るに値するものであった。そしてまったく突然、結局のところ私は象を撃たねばならないことを認識した。こうした人々は私に対して、そのことを期待しており、私はそれをやらねばならなかった。彼ら二千人の意志が、否応なく自分をプッシュしていると私は感じた。そしてその時であった。ライフルを手に持って立っていたとき、私は初めてその無意味さを感じた。東洋における白人支配の無意味さというものを。今ここにいる私、銃を手にした白人で、無防備な原住民の前に立っている、――考えてみれば一場の主人公のようなものだ。だが、実際のところは、黄色い顔の裏側にある意志により、私は、右往左往させられている風変わりなあやつり人形でしかないのだ。この瞬間、私は次のように感じた。それはすなわち、白人が暴君になるとき、自分が破壊しているのは、自身の自由そのものであると。彼は一種の空洞となり、ダミーを装い、ありきたりの閣下を演じていることになる。というのも、“原住民”に印象づけて、どんな危機にも、“原住民”が彼に期待することをやらねばならないということが、自らのルールであるように条件づけたのだから。彼は仮面をかぶり、彼の表情は、それに合うものになっている。私は象を撃たねばならなかった。自分がライフルを取りにやった時点で、こうなることを自分に課したのだ。閣下は閣下のように振る舞わねばならぬ。彼は断固たる姿勢を示さねばならぬ。自身の考え方をわきまえて、確実なことをやるためにも。はるばると遠くからやって来て、私のあとから二千人の大衆と一緒に来て、弱々しくすごすごと消え入り、何事もなさず、――否、それはあり得ない。群集は私のことを哂う(わらう)であろう。そして私の人生、すなわち東洋におけるどんな白人の人生であれ、それは、わらわれないようにするための一つの長い闘争であった。
だが、私は象を撃ちたくはなかった。私は象を見ていた。象は草のたばを自分のひざにうちつけていた。象が夢中でやっているその行為は、おばあさんのような雰囲気があった。それを撃つことは私にとって殺人のように思われた。当時の私の年齢では、動物を殺すことは吐き気をもよおすほどではなかったのだが、象を撃ったことなどなかったし、決してそんなことをやりたくはなかった。(いずれにせよ、“大きな”動物を殺すことはより悪であるかのように思われた。)その上、この動物のオーナーのことも考慮すべきであった。生きていれば、この象は少なくとも、百ポンドの値打ちがあるのである。死んでしまえば、その牙の値打ち、せいぜい5ポンド程度である。だが、私はすばやく行動しなければならなかった。私は幾人かの経験ありそうなビルマ人、彼らはわれわれが到着したときからいたのであるが、彼らにむかって、この象がどういう行動をとったのかということを訊ねた。彼ら全員が、同じことを言った。象をほったらかしにすれば、その象は何の注意も払わないであろうが、近くに寄れば、それは敵対するに違いなかった。
私が何をするべきかは、完全にはっきりとしていた。象から、例えば25ヤード以内に接近して、彼の行動をチェックするべきだ。もし彼が敵対的になれば、それを撃つまでだ。もし彼が私に気づかなければ、象使いが戻ってくるまで、彼をほったらかしにしても大丈夫であろう。しかしまた同時に私は、そうしたことは不可能であることも分かっていた。私はライフルについては下手で、地面は一足ごとに沈み込むほどにぬかるんでいた。象がもし興奮すれば、私は撃ちそこなうであろうし、私は、蒸気ローラーの下にいるカエルのようなものであった。だが、その時であってさえ、私は自分自身の肌の色を考えていたわけではなかったのだが、ただ一つ、うしろにいて注意深く見守っている黄色い顔のことを考えていた。というのも、その瞬間、自分を見守っている群衆と一緒にいて、私は、もし自分が一人であった場合、そうであるような通常の意味で怖れていたわけではなかった。白人は、“原住民”の前では、びくびくしてはならなかった。そしてだから、総体的にいって、彼はびくついてはいなかった。ただ私が思ったことは、もしもことがうまくいかないとなると、二千人のビルマ人は、私を追いかけて、捕まえ、ふみつぶし、あの丘の上のインド人のように、にやけた笑いを浮かべる死体にしていまうであろう。そして、もしそうなれば、幾人かが哂(わら)うことはほぼ確実である。それだけはあってはならない。選択肢はたった一つしかない。私は弾薬ケースにカートリッジを押し込み、よりベターな目的のために道の上に横たわった。
―――つづく