福島での最後の夜。
街へ飲みに出た。
福島駅の東側に、美味しい会津料理のお店がある。
会津といえば熊本と同じく馬刺しを食べる。
学生時代に会津出身の先輩がいて、彼のアパートで郷里から送ってきた馬刺しを食べたことがあった。
熊本のとは違って、屠畜してから少し寝かすらしく肉の色が落ち着いていた。
熊本では生姜とニンニクを薬味にして醤油で食べる。
けれど先輩は「会津ではもろみ味噌をつけた食べるんだよ、これがうめーんだ」と勧めてくれた。
本当にそれは旨かった。
そんな大学生時代を思い出しながら、
泊まったホテルがある駅の西側から自由通路を歩いて東側へ。
通路の壁にはディスプレイスペース。
と、そこにプラモデルが…
自衛官募集の展示だった。
薄暗い通路の照明の下で、手作り感あるPRが寂しげだった。
僕が大学生だった35年ほど前の東京では「上野公園の階段のところに行くと『自衛隊に入りませんか?』と声かけられっぞ」という話がまことしやかに語られていた。
自衛隊入隊は貧しい若者をなんとかする最後の(に近い)砦のような言われようだった。
僕の出身高は、近年の新書で「名門校」にも(なぜか)選ばれている学校で、昔からそこそこの大学進学を誇っているが防衛大学校への進学も一定数ある。
だから自衛隊に貧困者が行くようなイメージはなかったのだけれど、東京の(ちょっといけ好かない、すかした)大学生の間ではそうだったのだ。
照明不足の、手作り感ある、切実なディスプレイを見ているといろんなことを思い出す。
2011年。
僕は長崎に赴任していた。
その春、東日本大震災が起こった。
救援救出復旧のために長崎の大村駐屯地から多くの自衛官が派遣された。
その夏の夜、長崎の街で夕飯を食べていて、東北から帰ってきた2人の隊員さんと同席することになった。
現地の状況、耐えられないほどの光景。
話の端々にはPTSDになってしまうほどの彼らの体験が滲んでいた。
そんな彼らが日本を救っている。
彼らの尽力をPRすべきだと僕は思った。
秋の連休には長崎国際テレビの大きなイベントが予定されていた。
そこでPRできないものか。
けれど、どこにPR企画を持ち込むべきなのかがわからない。
大村駐屯地に飛び込みで行くか、それとも九州全域を統括する熊本の西部方面総監部に行ったものか。
とりあえず地元の長崎地本に、作った企画書を持って飛び込みで行ってみた。
「地本」とは地方本部。
自衛隊への窓口で各地域で自衛官募集などを担っている。
そこには陸自・海自・空自から隊員が集まり、業務を行う。
恐る恐るドアを開け、対応いただいた男性自衛官の方に趣旨を説明し、どこに持ち込んだものかと相談した。
「民主党政権下のいま、自衛官募集以外の広報予算はカットされ、自衛官募集の広報予算も削られていて余裕はないんです」
「だから持ち込む先としては、この長崎地本しかないです」
と教えてくれた。
その後、ない予算をかき集めていただき、大村駐屯地の災害派遣の資料と写真パネルを手配いただいて、そのイベントでテント1張りのPRコーナーを出すことになった。
テントの前には、もちろん「自衛官募集」の幟も立てた。
長崎は左翼の人が多い街だ。
初日、テントの前をある父子が通りかかった。
その父親は小学生低学年くらいの子に
「いいか、自衛隊というのは鉄砲を持って人を殺す集団だからな」
と大声で諭すようにいいながら通り過ぎていった。
テントの中は人を救う写真ばかりだったのに。
そんな人もいたけれど、10分もあれば一通り見ることができる、この小さなテントの小さな展示に2日半で数千人の皆さんが見に来てくれた。
最終日の夜。
テントの中を撤収しながら「またこのような展示ができるといいですね」というと、女性自衛官の方が「でも予算がなくてですねえ」としみじみとした口調で応えてくれた。
そのとき「ドンッシュルシュルシュル…バーン!」と音が。
打ち上げ花火だ。
ひととき撤収の手を止めて、男性自衛官、女性自衛官の方と並んで花火に見入った。
福島駅自由通路の福島地本のコーナーを見ながら、そんな長崎のPRのことも思い出した。
東北では自衛隊の存在感は震災の前後で大きく変わったと思う。いま福島ではこの展示をうら寂しく思う人はいないのかもしれない。
ところで。
上の写真を見て「戦闘機には武器しか積んでいないよなあ」と思う人がいるかもしれない。
2016年の熊本地震では前震が4月14日の午後9時半頃、本震が同16日の午前1時半頃に起きた。
いずれも真っ暗な夜にも関わらず、地震発生から10 分もしないうちに空から爆音。
余震に揺られながら僕は「なにごと?」と思ったが、熊本市上空に火災発生確認などの目視のため飛行機がやってきていたのだ。
これが自衛隊の戦闘機である。
熊本に自衛隊の飛行場はない。
福岡県の航空自衛隊築城基地から飛んできたのだ。
巨大地震発生時にはスクランブル対応で3分とかからずに体勢を整え、離陸する。
戦闘機は最大出力時には東京・大阪間を10分かからずに飛ぶという。
自衛隊戦闘機のスクランブルのスピードは、人命を救うためにも役に立っているのだ。
だからこそ、もう少しこの展示に光を。
そして予算を。
1%なんて枠を誰が作ったか知らないが、働きに応じて、役割に応じて、そして理解されづらいその存在意義について、広報すべきことはするべきなのだ。
撮影地:福島県福島市 福島駅連絡通路
撮影機材:iPhone 7 back camera 3.99mm f/1.8