BLOG運営者のKOTAROADです。昨年から「創作日記」というブログ名のまま1年以上休止しておりましたが、この休止中に、ある劇団とご縁があって、俳優として創作活動をスタートすることとなりました。よって本日2月10日より「俳優修業中!!KOTAROADの珍生活」という名前で再スタートします。なるべくたくさん更新できるよう、努力していきますので、よろしくお願いいたします。


KOTAROAD


創作日記
東京ノーヴイ・レパートリーシアターです。

http://www.tokyo-novyi.com/
演劇の街・東京下北沢を拠点として
日本演劇界では異例の長期連続公演を実践
3年連続文化庁及び藝術文化振興基金の支援獲得
ロシア、韓国などでも高い評価
演劇サイト「CoRich」でも大きな反響
http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_id=11448


第6シーズンが11月6日よりスタートします!


そして、


この第6シーズンから新しくレパートリーとして加わった
ロシアの文豪、アントン・チェーホフが生んだ名作!

東京ノーヴイ・レパートリーシアター付属 第1スタジオ公演
アントン・チェーホフ「イワーノフ」
http://www.tokyo-novyi.com/repertory/iwanohu.html


「昔のイワーノフが語り始めたぞ」
絶望の淵からイワーノフが見つけたものとは?
そして、あなたは劇場で何を見つけるだろう?

シリアスだけどなぜだか可愛くて、笑えるコメディ。
付属スタジオの俳優が新鮮で、心のこもった演技を見せます。


観劇ご希望の方は、
劇団事務所へ直接連絡または下記申し込みフォームでお申込みください。
申し込みフォームはこちら→http://www.tokyo-novyi.com/postmail/postmail.html
劇団事務所営業時間 : 月曜日ー土曜日 10:00~17:00 
電話 & FAX : 03-5453-4945  
皆様のお越しをお待ちしております。


【日時/場所】
11月8日(日)昼13:00開演(開場は開演の30分前より)
東京ノーヴイ・レパートリーシアター劇場

【チケット料金】
通常 前売3,000円 当日3,500円 学生・子供2,500円

【劇場所在地】
東京都世田谷区北沢2-13-6 第一マツヤビル3F

創作日記

限定26席の臨場感あふれる劇場。
芝居のエネルギーがじかにつたわってきます。


【道順】
下北沢駅南口に出ていただくと、正面に商店街がありますので、
直進してください。入口にマクドナルドがあります。
ゲームセンターを通り過ぎると、ソフトバンクのお店が
ありますので、その角を左へ曲がってください。曲がって
すぐの右側に、カラオケ館の看板があるビルがあります。
3階が劇場です。


あけましておめでとうございます。新年初の映画鑑賞は、成瀬巳喜男の「乱れる」です。成瀬作品は、昨年から鑑賞し続けてきましたが、「乱れる」は、「浮雲」に負けるに劣らない、素晴らしい作品でした。舞台は昭和30年代の静岡県清水市。戦死した夫の代わりに、夫の実家の酒屋を18年間切り盛りしてきたレイコ(高峰秀子)。そんなレイコの長年の働きにもかかわらず、時代の流れか、近くにできたスーパーマーケットでの安売り商法もあって、客足はぱたととだえがちになる。この状況をみて、酒屋からスーパーマーケットへの業態変更を計画する夫の親族達は、レイコの存在をうとましく思い、他家に再婚させて、穏便に家から出て行かせようとする。一方、レイコの亡くなった夫の弟であるコウジ(加山雄三)は、大学を卒業したものの、半年で会社をやめて、マージャン、パチンコ、酒と放蕩三昧。店の仕事も、使用人に任せきりで手伝おうとしない。しかし、実はコウジは11歳離れた兄の妻であるレイコを愛していたのであった。会社をやめたのもレイコのそばにいたいという一心からだった。ある日、コウジはその思いを、レイコに打ち明ける・・・・

このときのレイコの気持ちを考えると、胸が苦しくなりました。突然の告白に対する驚きの一方、コウジに対する愛の思いも確実に芽生えたはずなのです。しかし、その思いを表に出すことを許さない周りの目と自分自身の中にある倫理観。結局、居たたまれなくなったレイコは山形の郷里へと帰ることを選択します。コウジは、レイコへの思いを捨てきれなかったのでしょうか。レイコと山形へ旅路を共にするのです。レイコは、コウジと同じ電車に乗っているうちに、ついに我慢していた思いが頂点に募り、涙を流しながら、郷里の駅に着く前に、途中下車しようと、コウジを誘います。途中下車して降りた駅でレイコは一言「私だって女よ。コウジさんに好きっていわれて、正直にいえばとってもうれしかったわ」とついに自分の本音を明かすのでした。そして、宿泊した温泉宿で、クライマックスを迎えます。お互いの思いがはじけます。(あ~もう一回みてみよう)レイコの女である部分、なんと言葉にしたらわからないが、いじらしさ、せつなさなど、様々な感情が見えたり、隠れたり、「乱れる」。コウジはただ翻弄される。結局レイコは、乱れきらずに、コウジを突き放します。そして、「浮雲」同様、最後に悲劇が訪れる。高峰秀子は、本当に幅がひろい女優ですね。今まで見た高峰秀子とはまた違う姿を見た気がして、やはり日本の名女優にふさわしい方だと再認識しました。普通の恋愛映画じゃもう物足りないという人は、ぜひみてほしいですね。特に、女性がどんな見方をするのか非常に興味がありますね。
一方、今回、僕は「家族」という形式に注目しながら見ていました。心理学を学習する上で、家族関係をテーマに研究していきたいと考えています。この作品についても、母‐娘、母‐息子、義母‐嫁といったそれぞれの関係が、シナリオの進行に微妙な影響を与えているのではという仮説をもって見ていたのですが、今回の鑑賞ではその根拠をうまく拾いきれなかったので、今後の課題としたいと思います。そんなことを考えてたら、クライマックスの理解がおろそかになってしまいました。本当にある作品を様々な角度で分析しようと思ったら、数回見直さないとだめですねえ。あといくつか家族におけるモデルケースを知識として詰め込まないとダメですね。

久しぶりにブログを更新してみました。今年も今日1日。ようやく少しは実感が沸いてきています。

昨日から、とあるレポート作成のために、3年ほど前に書いたブログを読み返していたら、自分が今、心理学や演劇に関わっている理由がよくわかってきました。なぜって、心の持ち方とかコミュニケーションにおける心がけを書いた記事がほとんどだったからです。この頃の私は、「起業家」にあこがれていて、そのためには社会に貢献するという志が大事と、「起業家」が書いた本や自己啓発の本をよく読んでいました。そんな本から、きっと影響を受けたのでしょう。「起業家」目指すなら事業アイデアとか事業プランをもっと考えろというところですが、この頃会社で、人間関係で悩んでうつ状態になっていたり、ちょうどどんなご縁か忘れてしまったけど、哲学者のブログを読み始めたこともあって、心と哲学の道に引き寄せられていったのでした。とはいえ、何冊か哲学書といえる本は読みましたけど、哲学を語るレベルには到底およびません。でも、少なくとも人間が人間らしく生きるということはどういうことか考えることは、誠実に生を全うする上での義務だと私は思います。こんなことは欧州なら、初等教育で終わっている話。心理学を修めたいと思ったのも、臨床心理士の資格を取得して、自分が経験した体験を活かしつつ、様々な人間の心の問題の解決に貢献したいという、自分のキャリア形成における目的が第一なのですが、心理学を理解することで、哲学や文学、演劇を深く追求するための目を養うという目的もそれに劣らず大きいのです。今日、本棚を片付けていました。心理学の学術書をたくさん買おうと、収納のスペースを多めにとりました。どっちみち近いうちに、家は出ますが、これは気分の問題です。専門科目の概要整理のために、東京大学出版社の「認知臨床心理学入門」を、図書館から借りてきて、科目やテーマごとにノートを作る予定ですけど、臨床士が書いたものや、研究テーマの検討の参考になりそうなものは積極的に購入しようと思います。それよりも、来年は、語学が課題です。翻訳もビジネスレベルにのせたいので、また学校に行くかもしれません。文庫本もだいぶたまりましたが、購入書を見る限り、浅いなあとわれながらちょっとがっかりしてしまいました。散らばりすぎだし、テーマが見えないんですね。年末、シェークスピアの四大悲劇やフロイトの著書を読みすすめていましたが、これはなかなかいい傾向です。今後は、深く、つながりがわかるような読書法を心がけていきたいですね。あと、あっちこっち飛び過ぎないように注意。落ち着きのない性格なのか、ついつい飛びすぎてしまうんでね。

4月初旬は、一息つけるかなと思ったら、仕事で大きなチャンスが2つ舞い込んで来ました。なかなか神様は休ませてくれませんね。今がきっとがんばり時なんでしょう。努力していれば必ず時が来ることを実感しています。でも忙しいことは本当に有難い事です。むしろ、人間、忙しくないとだめなのかもしれません。時間に追われながらも、自己研鑽の時間を捻出して、勉強すること。日々の生活から、自分の課題を見つけて、解決する方法を考えて、次の日の生活から実践していくこと、このように考え続けて動くことは、、暇にのうのうと暮らしている人とは、時間の感じ方が違うのではないかと思います。忙しくなることは、自由なことが出来なくなるから嫌だと少し前は思っていましたが、今は、忙しくないと嫌です。とはいえ、まだ、大丈夫だろうか、これから、やりたいことをこなしていけるだろうかと、少し戸惑っている、半信半疑の自分がいます。限界ではないか、と思ったときの状況を「あたりまえ」にし続けることが、課題ですね。限界を決めた時、人間は守りに入る。今は攻め、攻め、攻め一辺倒。自分を変え続ける。自分を変え続けることの限界なんて、凡人の僕が考えなくていいこと。

肩こり、首のハリ、腰の痛みは、現代人の誰もが多かれ少なかれ、持っているものだと思います。これらの痛みのやっかいなところは、病院にいっても、その原因を特定しきれず、根本的治療が難しいし、なにしろ費用がかかることです。しかし、痛みが起こる時に、自分の身体、もしくは心に何が起こっているかを意識し、様々な対策を実践することで、病院に通院するのと同じように、体の痛みを軽減でき、長期的に続ければ、根本的回復につながる可能性があるかもしれません。自分の姿勢は、長年の生活習慣の影響で、知らず知らず身に付いているので、意識していないと、なかなか気づけないものです。 例えば、パソコンを使って、作業をしていたら、知らないうちに、肩に力が入ってしまっていたり、体が前かがみになりすぎていることってありませんか。まずは、自分が生活の中で、どのような姿勢で暮らしているのかを見直し、自分の身体に、負担をかけている姿勢を知ることです。そして、正しい姿勢を学び、その姿勢を保持するための方法を知ることです。正しい姿勢については、身体について書かれている本で紹介されていますので、参考になるでしょう。一方、痛みが起きる時の、心の状態というのは、悪い姿勢による痛みよりも意識化しにくいものです。心の状態というのは、「内観」することであり、日々時間におわれて生活している人が大半を占める現代においては、なかなか難しいことです、また、心の状況とは、様々であり、また移ろい行くものなので、痛みが起こった時の心の状況と言われても、表現することが難しいのです。ここで考えたいのが、痛みが生じる「状況」についてです。痛みが生じるときによく起こる状況を特定化してしまうのです。仕事で時間に追われている時なのか?他人に中傷されたときなのか?悲しいことがあった時なのか?きっと、人それぞれでしょうが、こちらなら心の状況よりも比較的特定化しやすいのではないでしょうか?痛みが生じる状況が特定化できたら、その状況が起こったときに、心の状況がどうなっているか、考えましょう。そして、常に言語化できるとは限りませんが、できれば単語レベルでもいいので、言語化してください。例えば「不安」とか「怒り」とか「虚しさ」とかという単語です。複数の感情があると自分で感じたなら、列挙できるだけ、言葉にします。言語化できないときは?信頼できる人とその時の状況について話してください。話している人が言語化してくれるかもしれません。あとは、その感情をコントロールするためには、どうしたらいいか考えるのです。なかには、感情を消すことが難しいものもあります。その場合はあえて逆らわずに、中和しようとするのです。痛みが生じる状況が起こらないようにするために、「起こらないように痛みが生じると思われる状況を避け続ける」という裏技もありますが、それは、自己を主張して、堂々と社会を生きていくことを志す人にとっては、かえって苦痛を伴うことでもあります。痛みが起こる状況を作り出すのは、多くは、他人との関わりだからです。一番大切なのは感情のコントロールですが、それに身体の痛みが伴う場合は、感情のコントロールが難しくなります。身体の痛みを軽減する過程の中で、自分の感情の流れの傾向をつかんで、それらをコントロールする術を学びたいものです。身体と心についての小論考でした。論点が不足しており、深みもまだまだ足らないし、間違いもあるかもしれません。今後の学習を通じて、少しずつ埋めて、解消していきますので、お見逃し下さい。身体と心の問題についての学問は、身体と心が、人それぞれであるがゆえに、完全な処方箋の提示は、不可能です。学説も多数あり、スプリチュアルブームの現代人ならご存知の通り、まがい物も多く存在し、学問的意味を問われることも多いのですが、語る価値もしくは学ぶ価値があると思われることについては、今後もブログに書いていきます。

最近自分が、頭の中で考えたり、本を読んで、思ったことなどざっくばらんに書き記していきます。今日は少しえらそうなことを書くかもれませんが、許してちょんまげ。人間って、どんなことが身に降りかかったとしても、何もかもをあるがままに受け入れることが大事だと思います。所詮、人間が捉えられる範囲には限界があり、それはどんな天才であっても、そうです。世の中で起こりうる全ての現象を捉えることなど、人間である限り、何百年生きようとも、おおよそ不可能で、神とか仙人とか、幻想的な世界のお話に過ぎません。人間は、将来が予想できないという不安を常に抱えながら生きていくのです。よって、不安は、消すことはできないのです。その不安を消そうとしている人はあきらめた方がいいです。また、不安にあわてふためいてたところで、何ひとついいことはありません。僕も、不安にさいなまれて、今思うと、ずいぶんバカなことをした経験がありますが、その結果、自分の不安の元となっているものは、結局何一つ改善されませんででした。不安を軽減するには、その不安を引き起こす原因となるものと、真剣に向かい合って、解消できるように努力するしかないです。これが非常につらい。つらいけど、それ以外に道はないんです。人間は完璧じゃないんです。自分の精神的・肉体的範疇が明確に存在するのです。ゆえに、その限界を超えれば、簡単にシステムエラーを起こす存在なんです。自分が捉え切れない現象が、いつも存在していると思うことです。自分が普通だと思っていることが普通じゃないし、、その逆もあるといることです。死ぬことですら、生きている以上、あたりまえのこと。どんなにつらい人生でもいつかは死ねる。それぐらいで考えていれば動ずることなど何もないし、また、自分以外の世界観にも寛大になれ、いろいろな物事に目が向くようになるので、不安があることをけっこう楽しめちゃうかもしれません。そもそも、不安がなかったら、人間は何もしないでしょうし、そう考えると、不安もけっこういいものかななんて思います。人間にエラーがあることも必然なのです。エラーがあること、すばらしいじゃないですか。エラーは、改善の第一歩です。それを認めないで、エラーしたという事実に執着して、落ち込んで、自分の殻の中に閉じこもっていては、人は成長できないし、そんな人間では、エラー自体に過敏になりすぎて、他人のエラーにも寛大になれないように思います。エラーしたことに執着するのではなく、同じエラーをしないためにはどうしたらいいか考えられるのが人間の人間たる所以なんですね。


阪神タイガース、今日も勝ちました!今日はKF、昨日はJFKで締めました。まわりには、今年もJFK頼みかといわれそうですが、タイガースが勝利をものにし続けるためには、先発が6回まで投げて、JFKにつなぐかたちを作るのがベストなのです。相手チームに、JFKが出てきたら、「もうあかんな」と思わせることができれば、しめたものです。ただ、JFKとはいえ、人間ですから、いつもうまくいくとは限りません。昨日も、久保田は、相手のホームランバッターに高めの棒球を放り、ボールをスタンドに運ばれていました。ツーアウトをとって、気が抜けたのか、そこが久保田らしいともいえますが、長いシーズン、ジェフだって、球児だって同じことが起こりうることを覚悟しなくてはなりません。特に藤川は、昨日もランナーを許し、今日もいい当たりを打たれたのを見ると、他球団にだいぶ研究されているのではないでしょうか。そうなると、渡辺、江草、ハシケンあたりの奮起が必要です。先発ピッチャーがなるべく長い回を投げることが必要です。打線が打って、相手との点差を早い回で広げて、JFKが出なくてもすむようにすることが必要です。去年はそれができなかった。今年は、JFKという最大の武器をシーズン最後まで活かしていくために、JFK以外の選手達がどんなプレイをするかが、優勝への鍵です。どんなスポーツでも、勝つチームには、JFKのような「勝利の要素」がありますね。ラグビーでいえば、マイクロソフトカップのサントリーがそうでした。三洋有利の下馬評を覆したのは、サントリーの、FWにこだわった連続攻撃でした。FWでボールを支配し続けることで、三洋のランニングラグビーを封じたのです。細かくパスをつなぎながら、トライをめざす三洋のラグビーの方が面白い。そんな声が上がったことも事実でしょう。ラグビーも、プロ化を進めていく中で、観客に魅せるラグビーを求められていることも確かでしょう。しかし、マイクロソフトのサントリーは、三洋に「勝つ」ことに全てを求めたのです。そのために、自分たちに有利で、なおかつ相手の長所を封じるという戦略目的の上に、FW偏重の攻撃を試合を通じて続けるという戦術を選択したのです。きっと、そんなサントリーのラグビーに、観客からブーイングもあったでしょう。しかし、その日のサントリーにとって、勝利を必ずつかむという、彼らの存在をかけた戦いだったのです。勝利を追い求めることに愚直になることとは、愚かであることではなく、周りからの風評をおそれず、勝利への鋼のような強い意志をもって、戦略を構築し、その戦略から得た戦術をあくまで実践し続けることなのです。

ついにプロ野球が開幕してしまいました。我が阪神タイガースは、初戦の接戦を制し、目下ヤクルトと並んで、首位です。このままペナントレースを首位で終えてくれれば、正直、それでいいと思っています。クライマックスシリーズ、日本シリーズは短期決戦で、運の要素が入ってきますから、興味ありません。チームの実力は、多くの試合を経た中での勝利数に反映されると考えるのが、確率論的にも当然ですよね。大差を付けられた試合で、1イニングに10点とって逆転したり、9回裏、ツーアウトから逆転したりと、信じられない勝ち方をするのがタイガースの魅力であり、ファンを辞められない理由ではありますが、今年は、そんな大味なことよりも、1試合1試合、勝つことに飽くまで執着し、結果として、シーズン通じて、安定した戦いを続けた、といわれるような、「精密機械タイガース」を見せて欲しいと思います。球団の伝統からすると酷な要求かなとも思ったりするんですが。ていうか、今年は、個人的に様々な生活のためのよしなしに忙殺されるので、あまり心を騒がされたくないだけだったりするだけなのですが。期待する選手は、野手では、今岡。昨日さっそくやってくれました。打率3割、30本、100打点を期待してます。投手はなぜ?っていわれそうですけど、杉山。毎年期待しているんですけど、なぜか成績はいまいち。自信を持てばお前は大丈夫。出来る子や~!俺も頑張る!

サッカーの日本代表、バーレーンに負けてしまったみたいですね。翌日、つまり今朝、5時に起きるつもりで、12時前には床についていたため、試合自体はほとんど見ておらず、よって、プレイに関することは、何もいえませんが、バーレーン、オマーンあたりの中東の中堅国と戦うと、いつも苦戦しますね。中東独特の応援歌に、洗脳されてでもいるかのようですね。昨今、欧州のクラブチームに所属する日本選手が非常に多くなったため、日本のサッカーのレベルは上がったように錯覚しますけど、実際は、アジアサッカー界における日本サッカーの相対的レベルは、1996年、フランスW杯以来、そんなに変わっていないんじゃないですか?中東だけでなく、東南アジアの国、タイ・ベトナムも頭角をあらわしつつありますね。うかうかしていると、足元をすくわれることもあるかもしれません。日本経済と同様。まあ正直、日本のサッカーなんて、僕のスポーツに関する好奇心の中では、どうでもいい存在です。グラウンドに簡単に倒れる選手を見ると、そう思います。身体を使うことを生業としているのにしてはあまりに弱すぎやしませんか?最近じゃわざと倒れる選手もいるっていうから、スポーツマンシップもくそもあったもんじゃありませんね。サッカー選手が、ラグビーやったら、死ぬんじゃないかと、試合を見ていて、いつも思います。