先週の木曜日から日曜日まで、郷里の伊豆に滞在しました。都会の喧騒を離れて、からだを休めながら、合間をみて、墓参したり、読書したり、勉強したり、親戚のおじさんとお酒を飲みながら、話をしたりしていました。特に、墓参は、今後も、遠い所ではないので、面倒くさらず、折を見て、行くべきだと肝に銘じています。先祖のお墓では、、線香やお花を手向けて、見守ってほしい、という気持ちを込めながら、祈りを捧げました。また、日曜日には、沼津市にある、作家の芹沢光治良さんのお墓を訪れました、人間・神・世界・宇宙とは何かを学び、考えることの大切さを教えてくれた人です。感謝の気持ちを込めて、祈りを捧げました。この世にいない人に対して、祈りを捧げることは、当然、コミュニケーションの不可能性からは、逃れられないけれど、言葉にならない感情や思いは、やり取りできる気がして、神聖に思います。芹沢文学館のある我入道から臨んだ海は、静かな波をたたえつつも、なぜか僕の胸に熱い心の鐘を鳴らすのだった。
日曜日の夕方に訪れた秋葉原。ゲームセンターやら電気屋の宣伝やらで、本当に騒がしい街です。消費が刺激されるだけで、何のありがたみもない。静かな伊豆にいた人間には刺激が強すぎたのか、本気でウツ状態に陥りましたよ。合唱の練習がなければいきたくもないんですけどね。

仕事で余裕かましてたら、今週は、しっかり仕事が舞い降りてきました。人生こんなものです。我慢の2月が、ついに到来です。いかに重要なことに集中できるか、それと、社内でのコミュニケーションですね。今日は、完全に集中力がきれたので、明日、朝早く会社に来て仕事しようっと。先週末、合唱サークルの合宿でした。一言でいうと、ただ「歌う」ことから「合唱」することへの転換を迫られた、そんな2日間でした。いや、前から迫られていたのですけど、今までは、サークルのメンバーの暖かいまなざしに甘えていました。また、レッスン受けたことで、少し歌えるようになったことで、調子にのってました。まだまだまだ未熟きわまりない。テーマは、ハーモニーとピッチ。サークルの先輩からいただいた言葉じゃないけど、2ヶ月間悩みます。悩みは宝だ。4月の演奏曲のひとつである「Stabat Mater」という聖歌曲では、チェロと一緒に演奏するのですが、今回の合宿で、初めて合わせて練習しました。初めて間近で、チェロの音色を耳にしましたが、トリルに思わずしびれました。あと、合宿の発声練習でならったこんにゃく体操が、肩こりに効くことがわかり、思わぬ収穫です。Sさん、ありがとうございます。ではでは。

今日の仕事が終わりました。雑用だらけで、ホント疲れます。今日は、社長が早く帰ったせいか、同僚も、さっさと帰って、周りには誰もいないので、このまま会社でゆっくり、ブログを書き綴りたいと思います。朝方、二日酔いもあってか、頭痛が酷かったのですが、今はようやく小康状態です。これも、居酒屋で意気投合した同世代の男性の、音楽、映画についての語りを、2時間強も聞き続けたからだな。ものすごい知識量で、参考にはなったのですが、昨日は長居するつもりはなく、1時間くらいで帰るつもりだったのです。帰りたいときに「帰ります!!」とごり押しする強引さが必要だな!もっとはっきりと自己主張しないとな。僕のよくないところなんですけどね。仕事は、はっきりいって、楽チンです。来月は、3月の展示会の出展準備で、帰りが遅くなりますけど、たかが1ヶ月の我慢です。1年を通じて、特別忙しいのは、2月だけで、あとの週は、残業代も頂いておりませんので、正直、身を削ってまでは、働くのは嫌で、せいぜいサービス残業2時間が妥協の限界。このワーキングプア状態から抜け出したいです。節約とともに、小遣い稼ぎも考えなくてはいけないかもしれません。ただ、現在は、実家暮らしをしているため、生活の負担は少ないのが、本当に救いです。両親には、心から感謝の気持ちでいっぱいで、早く、親孝行できる身にならなくてはと思います。そのためにも、今一番考えたいのは、自分の将来のことです。5年後先ぐらいまでは、目標とその目標達成に必要なことをざっくり考えて、具体的な行動は、その都度考えていきたいと思っているのですが、そのためには、いかに考える時間をとるかが本当に重要です。日常生活で時間をとることを意識づけることはもちろん必要ですけど、誰にも邪魔されない旅先で、まとめて考えるのもいいかもしれません。今年は、3月に郷里の伊豆に、3日間滞在することにしました。その後は、余裕がもてるなら、金沢・山口に、数日滞在したいと思っています。一方、人と会う機会も惜しまず、作っていきたいです。ひとりで考えていてもだめなときがあって、そんなとき、人の助言、苦言が、人生をよりよくすることにつながることを僕も経験してきました。会いたい方がたくさんいます。人との出会いを本当に大事にしたいです。今は、学習についての計画を考えています。学習の中心は、語学です。言語表現を創作の中心にしたいと考えていることが大きな理由ですが、当面の収入源にするつもりなので、絶対はずせません。これはあくまで希望ですが、短期でも留学したいくらいだし・・・この5年間は、英語とフランス語の取得が目標です。英語は、今年の10月まで翻訳学校のカリキュラムをこなし、その後は、翻訳検定の級取得、TOEICスコアアップを目標に、英文解釈とライティング、英訳などを学習していくつもりです。会話は、今年いっぱいは、英会話喫茶か、知り合いの国際交流イベントに参加するぐらいにとどめて、来年から2年くらいかけて、会話のレッスンを受けようと思います。お金が許せば、大手英会話学校に通うのがいいんでしょうけど、英会話学校も、某社の不祥事以来、金回りの面で信用が置けないですからね。さいわい、職場の近くに安価な英会話学校を見つけたので、そこにしばらく通うかもしれません。フランス語は、基本的な文法書はだいたい目を通したのですが、まだ身にはついてないです。さらに、覚えておくべきこともまだまだあるでしょうし、さらに、会話もとなると、当面は英語の比重が高いので、厳しいですね。時間があるときに、仏語の短めのテキストを探してきて、文法書と辞書片手に読むのが一番いいかな。今年に関しては、今まで触れたことを忘れない程度に学習するつもり。学習には欠かせない読書についても、計画を練っています。翻訳の学習をしているうちに、言語そのものにも興味が出てきて、今年になって、比較的簡単に読める言語に関する入門書に数冊目を通しました。いきなり、言語学の大家にいくと、たぶん昔みたいに自滅するのが目に見えているので。言語について考えていると、おのずとコミュニケーションについても考えることになるんですね。コミュニケーションについて考えると、心理、論理、思考・・・と考えていく。もっとひろがるんでしょうけど、これ以上考えると、絶対もてあますのでやめときます。今年は、3月までは、時間もあまりないので、家に買い置きしてある、言語、コミュニケーションや論理、心理、思考に関する書籍を中心に読み進めていくと思います。4月からは、年末まで使う覚悟で、難書と取り組みたいですね。可能ならですが、フランスの哲学者、アンリ・ベルクソン「創造的進化」が今、一番じっくり読みたい本です。芹沢光治良が大学時代に読んだ書籍ということで興味を持ったのですが、芹沢光治良が読んだときの雰囲気を少しでも味わいたいと思い、思わず、神田の古書店で、戦前のものを買ってしまいました。今使われていない漢字表現があって、大変よみにくいんですね。新書と買い換えるのもばかばかしいので、我慢。分野は、3月までの継続と、本当に余裕があれば、戯曲、シナリオ、芸術関連書籍と。ビジネスにおいて、マーケティングの仕事に興味があるのですが、たぶん、マーケティングに関するビジネス書はそれほど読まなくて大丈夫ですね。これから読んでいく書籍で、マーケティングの仕事を遂行するために、必要なノウハウも十分カバーできる気がします。読書による学習において追究する目的については、まだあいまいで、これからというところですね。実際読んでいるだけではだめで、言葉にしなくてはならない。様々な分野において、別々の目的を追究していくことが、いつか、ひとつの思想になり、自分の創作における土台となると思います。その言葉にする行為を続けることを、このブログの目的としたいと思います。あれ?創作活動は?気晴らしに、ぼちぼち続けていきます。これだけのことをやろうと思ったら、時間もそんなにないでしょうしね。全てやりつくすことはできないかもしれない。予定通りにいかないことで、苦しみ、悩み、迷うことはあると思う。その時、何を選んでいくか?というよりも、何を捨てていくかはそのときに考えればいい。今は、一喜一憂せずに、大きな目標を達成するのだという強い意志をもって、無理せず休み休みしながらも、確実に自分の道を進みたい。

昨日はお酒で小休止。孤独に耐えられないだめな私。でもいいんです!そのかわり、飲んでいる途中に、自分が前に書いた文章を読み返したいと思い立ち、今朝、出勤中の電車で読み返してました。美しいものって、何かな?ってわからなくなってた時期があることを思い出しました。美しいものって、きっといろいろな感情がつまっているんですね。喜びも悲しみも怒りもすべて。「G線上のアリア」の旋律の中にそんな美しさがつまっていて、いいですね。バッハはやっぱすごい。

今日は、ゆっくりと考える時間がとれました。考えたことを毎日言葉にしていくことが明日への糧となる。人生、自分の思い通りに全て進むはずはないが、だからこそ、毎日、成長の種をつかみながら、明るく生きていきたいと思う。このブログ、放置状態でしたが、創作というテーマで、また書きはじめます。本格的な「創作日記」を書くには、まだ程遠いのですが、本格的な創作をするまでの軌跡を、書ければと思います。たまにテーマから脱線することもあるかと思いますが、あたたかく見守ってください。最近、気分転換はもっぱら音楽です。ゆっくり小説や戯曲を読みたいところですが、どうしても時間がとれないので、春までは、我慢の虫です。しばらく、フランスのピアノソロばかり聞いていましたが、クラシック以外のジャンルにも手を伸ばそうと、今日は、イギリスのジャズアカペラグループ、シンガーズ・アンリミテッドのCDを購入しました。ビートルズの曲を何曲は歌っているようです。歌といえば、休日以外は、なかなか歌う機会も場所も時間もなく、鼻歌で我慢しています。

会社が終わった後、借りていた書籍を返却するために、職場の近くの図書館に行きました。図書館は、静かな上に、所蔵されている書籍などから、いろいろなインスピレーションを得ることができて、考える空間としては、適していますね。(もう少し人が少ないと、なおいいのですが。)おかげで、モヤモヤしていた頭の中が、だいぶ整理されたように思います。会社で考えていると、思考を妨げられる気がするので、会社外で考えるのがミソです。もう少し暖かくなったら、公園もいいかもしれない。時間帯としては、僕の場合、早朝か、夕方から夜の食事前がベストですね。今、考えなければならないことが山積しているので、一日のスケジュールにもよりますが、しばらく、考えることに集中する時間を、一日に一時間程度確保することを、自分に課してみてもいいかなと思いました。今までも、考えることを大事にしているつもりでいたけど、まだまだ、甘かった。今は、周りに考えすぎだといわれても、自分としては、考えすぎていると思うことはないでしょう。きっと、思考という、人間としての活動を成長させるチャンスだと思います。その他は何もないですね。いつも書いている日記も今日は白紙です。

僕が所属するLOCUSの今年4月の演奏会で「Viri Galilaei」という曲を演奏する。僕が担当するパートは、テノールで、いわゆるファルセット区(オクターブFより上)の発声がうまくいかない。先日のLOCUSの発声練習の際も、発声担当のメンバーの方から指摘された。現状はファルセットで出しているつもりだが、それだと音程が安定しない。この課題を根本的に解決するには、ミックスボイスで発声することが求められる。実は、以前からミックスボイスの発声練習は蔭ながら試みてはいた。去年から発声については当間修一氏のサイトを参考にしている。


こちらのサイト↓

http://www.collegium.or.jp/~sagitta/ocm_homepage/html/kouza.html


まずはファルセット区を発声し、その後に実声とファルセットの中間くらいの声を出すつもりで、発声する。そうすると、実声にはない、天まで届かんばかりの「仮の声」が出る。ミックスボイスは別名「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」という。しかし、この習得にはいくつかの問題が存在する。


・ファルセットが不完全

多分、今の僕が思っているファルセットは、本物のファルセットではない。


・難しい声帯のコントロール

当間氏のサイトによると、「声帯を「伸張」した状態で、二枚の声帯ヒダの接触部分を強めるための「収縮」を起こす」とあるが、これを実現するには、感覚的な思考が要求される。声帯の動きを感知するなんてことは常人にとって難しいことは容易に想像できる。


・「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」だと自分が思った声が本当に「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」なのかがわからない

これが一番怖い。先生や周りの人に聞くしかないですね。


・仮に出せるようになったとしても、歌で使えるまでになるためには修練を要す(はず)

歌っているとき、偶然に発声されることがあるが、コントロールできず、声がひっくり返る。

できれば「Viri Gariaei」だけでも使えるようにしたいが、演奏会に間に合うかどうか?


発声以外にも、まだまだ課題は多いのですが、「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」を、演奏会までの大きな課題としたいです。ベルカント唱法へのはじめの一歩だ。燃えてきたぞ。


AMAZONで注文した坂本九のCDが昨日届いた。両親と食事しながら、早速、有名な曲をピックアップして視聴。

親父は、「週末、車のなかで聞くから貸してくれ」と、ぽつりもらす。気に入ったようだ。親父は世界遺産学検定の勉強をはじめると言い出した。母も「昔の曲は詩がいいのよね」とうっとり。母は父につられてか、カラーコーディネーターの勉強をするという。ふたりとも前から考えていたことだったのだろうが、坂本九の歌が、「学ぶ」という家族の共有を運んでくれたような、そんな奇跡とつい錯覚しそうになる。やはり、僕が翻訳の勉強をしている影響だろうか。それでも、なんだかうれしかった。「見上げてごらん夜の星よ~・・・ぼくらのように~名もなき星が~ささやかな幸せを祈っている・・・」

昨日、東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートに行って来ました。ワーグナー「ローエングリン第3幕への前奏曲」、プッチーニ「トゥ-ランドット-誰も寝てはならぬ」ではじまり、何曲かはさんだ後、ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番第一楽章」、J・シュトラウスⅡのポルカ(チェコの民俗舞曲で速い3拍子のリズム)2曲、締めはストラビィンスキーの「火の鳥」となんともぜいたくな内容。個人的には、ロシアの作曲家、ラフマニノフとストラヴィンスキーを楽しみにしていったのですが、「ピアノ協奏曲第2番第一楽章」はピアノの音が、肝心なところで、よく聴き取れなかったのが残念でした。ピアノ協奏曲を生で聞くのは初めてなのですが、オーケストラの音量とのバランスが難しそうだなと思いました。もしかしたら2階席だったからかもしれませんが。「火の鳥」は哲学的です。曲を聞くというより、曲の世界に入り込んで、あれこれ考えこんじゃう曲です。よって、どんな曲だったか、あまり覚えていない・・・。ワーグナーとJ・シュトラウスⅡは、合わないようです。主題は震えが来るほど、素晴らしいんですけど。曲と曲の間に、指揮者の金聖響さんのお話をうかがうことが出来ました。それにしても、凄い名前です!あたかも音楽をすることを宿命づけられているかのような・・・。大体、次のような内容だったと思います。「基本的に、指揮者は作曲家の書いた楽譜を再現することが使命で、主観は表現の中に含めない。また、お客さんに快い音を聞いていただくために、音の響きやテンポを、状況に応じて調整していく。」この話を聞いたとき、ああ、翻訳の心がけに近いなと思いました。「お客さんにあわせて」というのは、本当に難しい。実務翻訳の場合、クライアントと話を詰めながら進められるから、まだ、ましな気がしますけど、文芸翻訳や舞台芸術は、お客さんが複数ですから難しい。しかも、舞台芸術はその場一回限りですから、さらにシビア。「だから、面白い」っていうプロの方沢山いらっしゃると思いますが。今回、音を聞いていて、どの楽器がその音を出しているのか(だいたい)わかるようになってきたので、今後は、楽器の特徴とか、交響曲の形式とか、専門的なことを調べてから、コンサートに行きたいと思っています。

今日が、正月休みの最終日となった。正月休みは、ゆっくりと体を休めることができた。かといって、正月気分にも浸りすぎず、年始からやりたいと思っていた課題もほぼこなすことができて、いいスタートが切れた。今年は、仕事と翻訳中心の一年になると思われる。この二つのテーマについては、しっかりとした土台を作ること。その他趣味の活動も含めて、忙しい一年になりそうだが、目線は常に高い位置を保って、頑張っていきたい。題名に表したように、今年は「先行逃げ切り!全開!」で余裕を持って、だが、全力で事を行うことを意識する。また、考える時間をとることを、今まで以上に意識したい。また、アイデアをうまく実行に移す方法や、考え方(テーマや時間軸の意識)、考える環境を工夫したい。あとは、自分を信じて、とにかくあせらないこと。