「カレー」という食べ物は、シンプルであるから多種多様であり、
その一言からそれぞれが頭の中に立ち上がらせる景色は、
人によってはインドカレーかもしれないし、欧風カレーを浮かべる人もいる、
もちろん日本の家庭的なカレーが好き、という人もいるでしょう。
どのカレーを思い浮かべる人の顔にも、不思議なことに、笑顔がある。
カレーの持つ「不思議な力」。
カレーという食べ物には、どうして人の思い出がこんなに詰まるものなんでしょう。
その人もやはり、はじめにカレーがありました。
『カ レーには人を幸せな気持ちにする”不思議な力”があると信じています。
子供の頃、初めて作った料理が”カレー”でした。
子供ながらにとても美味しく出来た 記憶があります。
しかし、その味の記憶よりも家族のみんなが美味しいと絶賛して食べてくれた喜びの思い出の方が、
鮮明に記憶に残っています。
食べた人を幸せにして、その人の笑顔を見て作った本人も最高に幸せな気持ちしてくれる料理”カレー”、僕の中では、人生で初めて家族みんなを喜ばせたとても大切な思い出が
カレーという料理に詰まっております。』
きっと、その記憶が今も続いている。
カレーに込めた思い、じっくりと紐解いてきます。
2015年7月にオープンした「COEDO TRADISH CURRY Jam3281」さん。
お店があるのは、大勢の人で賑わう一番街から静かな脇道に入った先にあって、まさか一番街のすぐそばにこんな雰囲気の通りがあったなんて、と知る人ぞ知る場所にあります。
あの場所を目的として目がけて行く人以外にも、あるいは一番街から、何かが見つかるかもしれないと、誘われるようにふらっと脇道に入り込んで出会う人も多いかもしれない。
そう、そんな場所にお店はあるのです。
どちらの道から行っても味わいある道程で、時の鐘がある鐘つき通りから、あぶり珈琲さんがある通りへ入ってあります。
もう一つ、辿り着くまでの別の道を楽しむなら、一番街の笛木醤油さんの横の稲荷小路を入って幸すしさんを越え、
突き当たりを右折すると同じ場所に来ることができます。
地元の人にとっても、こんなところにカレー屋さんがあるなんて、という発見で、細道の先に出会えるという川越ならではのわくわくする裏道感がここにもある。
「COEDO TRADISH CURRY Jam3281」
川越市大手町15-9
月曜日~金曜日 11:00~15:00
土・日曜日、祝日 11:00~16:00
不定休
049-236-3909
アクセス
西武新宿線本川越駅蔵のまち口(東口)より徒歩約15分/東武東上線川越市駅出口より徒歩約20分
HP:
扉を押して店内に入るとテーブル席にカウンター席、落ち着いた雰囲気はここが一番街からすぐ近くだということを忘れさせられます。時間がゆったりと流れる空間。
小江戸カレー御膳として
・牛肉柔らか煮込みカレー
・若鶏の香辛揚げカレー
・魚介の海鮮MIXカレー
・エビカレー
・ホタテカレー
・アサリカレー
辛さは甘口、中辛、辛口から選べます。
トッピングには、チーズ焼きに半熟卵。お子様カレーもあります。
(若鶏の香辛揚げカレー)
珍しいカレーとして鉄器焼きカレー小江戸御膳。
これがまたコクがあって美味しいのです♪
・半熟卵と挽き肉の焼きカレー
・完熟トマトとフレッシュバジルの焼きカレー
(半熟卵と挽き肉の焼きカレー)
焼きカレーには、Jam3281の瀬谷さんが惚れ込んだOIGENの南部鉄器を使用していて、
この鉄器を使えば料理のいろんなバリエーションが広がりそう、と想像を膨らませている。
鉄器のテイストとこの落ち着いた場の相性がなんともいい。
ドリンクはソフトドリンクをはじめ、樽生ハートランドにCOEDO各種、ノンアルコールもあります。
Jam3281で提供している珈琲は、
あぶり珈琲さんによる特別焙煎のものです。
Jam3281は新しいお店ですが、実はもうずっと地域に親しまれているお店でもある。
このお店のことは、以前から知っている方もいるのではないでしょうか。
川越にオープンすると知って、喜んだ人も多いはず。
Jam3281は、川越店とついているように、
もともとふじみ野が発祥で、ふじみ野の本店は地域に親しまれてもう16年になるお店です。
ふじみ野店と川越店では、メニューは若干異なりますが、根幹となるカレーは同じレシピから作られている。
Jam3281のカレーのレシピはたった一つ。
開店以来変えていないその一つのレシピから作るカレーは、
これまで継ぎ足し継ぎ足しされて、昨日よりも今日、今日よりも明日、と深みを増しています。
Jam3281のカレー作りの手間は、
大量のタマネギを使用して3、4日かけてペーストにすることがある。
それに、Jam3281がこだわるのが、スパイス。
瀬谷さんはスパイスの研究にはかなり没頭し、どうすれば理想の味になるか研究してきました。
カレーを食べていて同じ味がずっと続くと途中で飽きてしまう、
食べ進むうちに味が変わるようなカレーを作れないものか模索してきた。
すぐに辛さを感じるスパイスや後から辛くなってくるスパイス、いろんな組み合わせを試し、
そこから、
「始めは甘く、食べ進むうちにだんだん辛くなっていく」
スパイスの調合を見つけ出した。
食べ飽きずに最後まで新鮮な気持ちでスプーンが進み、
もうちょっと食べたいなと余韻を残しながら、
お皿の中が空になっている、そんな形をイメージしたと言います。
まさに、カレー専門店ならではの突き詰め方。
ふじみ野店は、開店以来の常連客に毎週のように通うお客さんがいて、町を変えたと言っても過言でないほど、ふじみ野の空気を変えてきました。
埼玉県内で欧風カレー専門店を謳っているお店は多くなく、例えば食べログのランキングを一つ一つ見ていくと、10店中Jam3281の流れのお店が半分を占めるというくらい、今や欧風カレーを引っ張っている存在です。
なぜ、川越にお店を出そうと思ったのでしょう。瀬谷さんが話します。
「ふじみ野店から付き合いがある人がいて、川越のこの場所のことを教えてくれた」
という仲介があって辿り着いた場所だったのもありますが、
川越という地には以前から興味を抱いていたのもあった。
ふじみ野店には川越からのお客さんも多く、
「川越の人はカレー屋を欲しているのは感じていました」
川越にはカレー専門店が少ないから、ふじみ野まで来る、そういう人が多いのだろう、と。
川越には欧風カレーの名店ジャワがありましたが、
惜しまれつつ2013年11月に閉店。
欧風カレーの系譜はボンディさんが残っていますが、
カレー難民となった川越市民は、
欧風カレーを求めてふじみ野まで足を運ばなくてはならなくなった。
そんな風も感じていた瀬谷さんは、川越にお店を出すことに意欲を燃やしていった。
クレアモールといった市街地ではなく、一番街での勝負、
和の場所でカレー好きが集まるようなお店になったら面白い、と考えた。
Jam3281が面白いのは、お店は単にお店で終わりでなく、
この場所が「カレー好きのコミュニティにしたい」と掘り下げようとしているところ。
ふじみ野店もカレー店でありつつ、
音楽のイベントなど開催したり、そこは人が集うコミュニティになっている。
川越店でも、小江戸カレー部、といったコミュニティを立ち上げて、
まさに店名の由来でもある、
Jamセッションのように人と人が交わればいいと考えています。
リアルな人との繋がりに、今瀬谷さんが驚くのは、カレー好きの人たちのSNSの発信力。
川越店オープンのことが瞬く間に川越の中で共有され、詰め掛けている。
確かに川越はSNSの繋がりが特に強い街のように感じるし、瀬谷さんも驚くほどだった。
カレーを味わいながら、いよいよ、東側も楽しくなってきたと想いを馳せていました。。。
一番街から西に東に伸びる脇道に、こだわりの個人店が続々とオープンしていることは、
もう特に改めて言及することが必要ないくらい浸透していますが、
今までは一番街の西側で新店オープンの活発な動きが見られました。
埼玉りそな銀行向かいの路地に入っていけば着物の右左さんがあり、
隣には雑貨のサニーサイドテラスさん、
そのまた隣には飲食店のMieCoco、少し歩いていくと飲食店のMIMI DINER、
行傳寺に付き当たれば、カゴ&帽子、雑貨のKIKONOさんがあります。
(KIKONO カゴと帽子、ときどき雑貨。KIKONOの世界は広がっていく
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12011070379.html )
行傳寺から左に曲がって進めば、Hamano-yaさん。
(「Hamano-ya」ギャラリーと手しごといろいろ
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12054035319.html )
これでもかと素敵なお店が軒を連ねる川越の中でも稀有な通りで、
昔の風情と新しく出来たお店の融合が、他にはない貴重な雰囲気を醸し出します。
一番街の北端である札の辻交差点から市役所に向かう通り沿いには、
hazeやBANONがあり、北も動きが大きかった2015年の川越でした。
(「haze」同じ火には、二度と会えない。
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12073133563.html )
(「BANON」喫茶とあれこれ
http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11997590488.html )
南には大正浪漫夢通りや昭和の街があって、全方位的に賑やかになっている中で、
一番街の東側で新しいお店がオープンしたことが新しいです。
隣にはあぶり珈琲さんもあるし、角を曲がれば川越スカラ座がある、
老舗店も軒を連ね「文化」を感じさせる東地域に、カッコいいカレー屋さんができたことで
東側散策を目当てにする人が増えていくのではないでしょうか。
西も北も南も東も、それぞれに空気感やお店の個性も違って、一言では言い表すことはできない。
これらのお店は、その場所にありながら観光客を意識してというより、
地元の人に愛されたいという気持ちを抱いていることも共通していて、
もちろんJam3281も同じ。だからどのお店も質が高いし、地元の人が訪れている。
クレアモールから脇に伸びる道に個人店が点在するエリア「うらかわ」と、
一番街から脇に伸びる道に個人店が点在するこのエリアと、
今二つのエリアが注目を集め熱い川越。
Jam3281が川越初進出といいつつも、川越との繋がりは昔からあり、店内に置かれたチラシを発端にして、掘り下げることができます。
この時、本川越駅近くにある「カフェ・マチルダ」でのDJイベントの告知チラシが
Jam3281に置かれていました。
カフェ・マチルダのスタッフはるき君は、
かつてあったハンバーガーの名店オートマンダイナーで働いていた人。
瀬谷さんはオートマンダイナーにもよく来ていてオーナーとも知り合い。
相当以前から川越との縁はあり、
マチルダとの繋がりは今も続いていて、こうしてイベントの告知したり、参加したりしている。
Jam3281が、落ち着いた場所にある落ち着いたお店、と定型化される表現では収まらないことは、
店内から発する「熱」を感じ取った人にはすっと分かってもらえるかもしれません。
なんだか居ると楽しくなってくるような、心の底ら辺からわくわくさせられるような雰囲気があって、
なぜなんだろう、と周りを見回すと、一つ思い当たるものがあった。。。
ストレートな、「言葉」たちでした。
高橋歩さんをご存知でしょうか。
「高橋歩オフィシャルウェブサイト
http://www.ayumu.ch/index.html 」
数々の書籍を世に送り出しているので、その言葉たちにはきっとどこかで触れていると思います。
高橋さんが立ち上げたサンクチュアリ出版から発行した「毎日が冒険」はベストセラーになりました。
Jam3281の店内には、高橋歩さんの本やメッセージがそこここに置いてあります。
高橋歩さんのことを知らないお客さんもいるかもしれない、
でも、カレー屋さんでなんだか面白いものが置いてある、その感覚だけは確かに残るはず。
瀬谷さんがカレーの世界に飛び込むきっかけとなったのが、
東京の千代田区麹町にある「プティフ・ア・ラ・カンパーニュ」の欧風カレー、21歳の時のことでした。
「こんな美味しいカレーがあるのか」と衝撃を受け、
弟子入りし4年ほど働いていたという話しから、当時の話へと遡っていきます。
(ふじみ野本店15周年の記念に制作したTシャツは、自身でデザインしたものだそう)
プティフ・ア・ラ・カンパーニュで修行した後、母親の実家がある宮崎県で、
従兄弟が営んでいたハンバーガー店を畳むので
そこで何かお店やらないかと声を掛けてもらったことで、
宮崎で自分のお店を出すことを決心した。
それが瀬谷さんの初めてのお店、英風カレー「JAM」でした。
ちなみに当時のJAMの住所の番地が3281番地だった。
そう、この数字がその後埼玉県で開いたJamふじみ野店オープンの店名に使われたのです。
JAMのカレーは、猪の骨を出汁に使っていたのが特長で、地域で人気を博していました。
2年間営業した後、
もっといろんな勉強をしたい、世界を見たいと一時休業し、
アメリカに二ヶ月間放浪の旅に出かけていった。
なんだかそれは、高橋歩さんのような突進力を思い起こさせ、
いや、いつの時代も全国の青年たちは
高橋歩さんの熱に少なからず突き動かされていた、いるものはあるはず。
(そんなことを書いている自分も、高橋さんの本は好きで読んでいた。
バッグ一つで世界に飛び出した、、、なんて話しはないけれど。。。)
特に瀬谷さんは高橋さんと同年代。
リアルに感じる熱は相当なものがあったはずです。
瀬谷さんはアメリカ西海岸を見て回り、いろんなお店を見て、心の傍らにはいつも高橋さんのたくさんの言葉たちがあって、
店は自由に生きるための場、好きな場所で、好きな人と、好きな料理を食べる、まだカレーということではなく、「日本でかっこいいお店を作りたい」と闘志を燃やしていた。
アメリカから帰国する時に、宮崎でお店を作り直すのか、東京に戻るのか、二つの選択があり岐路に立たされた。
考え抜いた先に出した結論が、
「東京で勝負したい」。
宮崎の英風カレーJAMは閉めて、東京から少し離れた自身育った町である
上福岡、ふじみ野に1999年にカレー店を開きました。
それが、Jam3281でした。
この町にお店を開くことで、町の人が「自分の町にはJamがある」と自慢に思うようなお店になればいい、
「かっこいいカレー屋さん」を目指した。
それは、まちづくりのような気持ちがあったと当時を振り返る。
Jam3281のカレーの「種」は、16年前にオープンした時から継ぎ足しているもの。
そして遡れば英風カレーJAMから継ぎ足していて、
さらに遡ると、修行先のプティフ・ア・ラ・カンパーニュから分けてもらったものでもあり、
そのお店もそこから20年前からあるお店なので、
合わせると40年くらいは継ぎ足し継ぎ足ししてきていることになります。
(エビカレー)
瀬谷さんはふじみ野で16年営業している間にも、
先ほど記したような店内LIVE企画であったり、
小手指の「カレーキッチンタキザワ」、東久留米の「オニオンマジック101」といった
カレー屋さんをプロデュースに関わったり、その活発な行動力は、高橋歩さんと変わらない。
お店はコミュニティと語る中には、お客さんだけでなく従業員も含まれていて、
スタッフ間の繋がり作りには力を入れていると話す。
月に一度のスタッフミーティングでは、
瀬谷さんが薦める本を読んで読書会を開いたり、
遠足と称した研修旅行では各地のお店を見て回ったりしている。
だから、
「うちのカレーはうちのスタッフが一番のファン」というコミュニティが作れているのだと思います。
小手指や東久留米のプロデュース店にはJam3281にいたスタッフが働いていたり、また、Jam3281から独立して新所沢や狭山にカレー店を構える人もいて、若い人にとってはここがコミュニティであり修行の場にもなっている。
高橋さんが多くの人に影響を与えたように、瀬谷さんも下の世代を育てようと後押ししている。
何かをやりたいと思った時に、
「お前ならできるよと言ってくれる仲間が周りにどれだけいるか、
そう言われる自分になることも大事だし、
応援し合えるようなコミュニティを作るのも自分の役目だと考えているんです」
と瀬谷さんは自覚している。
最後に、好きな言葉はなんですか??と訊ねると、
瀬谷さんにお話しを伺っていたのは、一時間以上。
カレー屋さんの話しのはずが、だんだんとカレー屋さんの話しに思えなくなってきて、
瀬谷さんの熱いメッセージは、熱の伝導だった。
この熱があるから、ふじみ野店が年々右肩上がりで浸透しているのだと実感しました。
川越でも、小江戸カレー部のコミュニティは、広がっていくと確信しました。
カッコいいカレー屋さんがここに。。。
「COEDO TRADISH CURRY Jam3281」
川越市大手町15-9
月曜日~金曜日 11:00~15:00
土・日曜日、祝日 11:00~16:00
不定休
049-236-3909
アクセス
西武新宿線本川越駅蔵のまち口(東口)より徒歩約15分/東武東上線川越市駅出口より徒歩約20分
HP: