ドキュメンタリー映画「チェルノブイリ・ハート」を観ました。マリアン・デレオ監督がチェルノブイリ原発事故(1986年4月26日発生)から16年後の2002年に放射能汚染地域のベラルーシを取材したドキュメンタリー映画です。(※思いっきりネタバレの紹介になりますので映画を観ていない方はご注意ください)
チェルノブイリ原発事故の影響で、生まれながらにして心臓に重度の障害がある子どものことを現地では「チェルノブイリ・ハート」と呼んでいます。病名は多くの場合、「心房中隔欠損症」とされ、主に心臓に穴が開くなどの症状があり、手術をしなければ子どもたちの多くは成人できないまま死亡してしまいます。映画の中では、心臓に2つの穴が開いている少女のケースが紹介されています。その少女は手術を受けることができて完治するのですが、心臓手術の順番を待つ子どもたちは7千人もいて、多くの子どもたちは手術を受けることがかなわないまま亡くなってしまうことを伝えています。
多くの子どもたちを死に至らしめる「チェルノブイリ・ハート」が象徴するように、放射能で汚染されてしまった地域においては、チェルノブイリ原発の「事故前」と「事故後」の子どもたちの「いのちの物語」が一変していることを映画は告発していきます。
ベラルーシのゴメリ州の甲状腺がん発症率は、「事故後」の現在、1千倍に増加しました。「チェルノブイリ・ネックレス」とも呼ばれる痛々しい首の傷跡ができ、声を出しづらいと訴える子どもたち。多くの友人も甲状腺がんを発症していることを訴えます。奇形児の出生率は「事故後」の現在、25倍に増加し、健常児が生まれる確率はわずか15~20%。いま、5人に1人弱しか健常児が生まれない状況に陥っていると語る医師。目に見える身体障害や知的障害がなくても、遺伝子が損傷した子どもや、免疫システムが極度に弱い子どもなどが多く生まれており、無事に生まれても病気にかかりやすい子どもが多くなっています。そうしたなか、「事故前」には存在しなかった遺棄乳児院の“ナンバーワン・ホーム”と呼ばれる施設が「事故後」につくられました。重度の障害を抱え生まれて来る子どもたちが「事故後」に多発し、子どもたちが遺棄されるケースが多くなったため、こうした施設が必要になったのです。映画は、脳が頭蓋骨に収まらない水頭症の少女の姿など重度の障害を抱えた子どもたちの「いのちの物語」の現実を――私たちが直視しなければならない現実を告発しています。
チェルノブイリと同じ世界最悪のレベル7となった福島原発事故。「チェルノブイリ・ハート」の現実は、十数年後には「フクシマ・ハート」の現実となって立ち現れる可能性が高いのではないでしょうか。「チェルノブイリ・ハート」は、福島原発事故を抱える日本人が、いま直視しなければいけない映画です。ぜひ多くの方に観ていただきたいと思います。
▼映画「チェルノブイリ・ハート」の公式サイト
http://www.gocinema.jp/c-heart/
【※以下、映画の紹介ではなくいくつか補足するデータなどを紹介しておきます】
チェルノブイリ原発事故後、
日本の東北と関東地方で乳がん死者数が激増
上のグラフは、医師の肥田舜太郎さんが、厚生労働省のデータから「青森・岩手・秋田・山形・茨城・新潟の乳がん死者数」の推移を出したものです。チェルノブイリ原発事故によるセシウム137の秋田への降下量は核実験などの十数倍にも上っていて、10年後の1996年から98年にかけて乳がん死者数が激増しているのです。(※グラフは、松井英介著『見えない恐怖 放射線内部被曝』27ページ〈旬報社〉からです)
チェルノブイリ事故25周年国際会議資料集にある「ベラルーシの高度汚染地域および低度汚染地域での先天障害発生数」によると、高度汚染地域で生まれた新生児1,000人の中に、事故前(1981~86年)には4.08人だった先天障害が事故後の1987年から88年には7.82人と2倍近くに増えています。低度汚染地域では事故前(1981~86年)には4.36人だった先天障害が事故後の1987年から88年には4.99とあまり増えていないものの、1990年から2004年には8.00人と2倍近くに増えています。
低線量長期内部被曝で子どもの染色体異常は10倍
低線量長期内部被曝の中で生まれて来る子どもたちへの遺伝的影響を研究している広島大学名誉教授の佐藤幸男医師とベラルーシのゲンナジー・ラジューク医師の40年に渡る遺伝子の共同研究によると、低線量長期被曝したベラルーシの住民の染色体は、上の写真のように血液の細胞の染色体に異常が見られます。矢印の染色体が崩れ別の染色体にくっついています。染色体の異常が精子や卵子の染色体で起きれば子どもに先天的な影響が起き、高い汚染の続くゴメリと低い汚染のミンスクで事故後に生まれた子どもの染色体を調査したところ、ゴメリの染色体異常はミンスクの10倍にも上りました。(NHKスペシャル「汚された大地で~チェルノブイリ20年後の真実」2006年放送)
心疾患は事故前の6倍に激増、住民の3人に1人が心疾患
――チェルノブイリ原発事故による低線量長期内部被曝
今年8月6日にNHKで放送されたドキュメンタリーWAVE「“内部被曝”に迫る~チェルノブイリからの報告」では、ウクライナのナロジチ地区中央病院(チェルノブイリ原発から70キロ地点)において、心疾患は事故前の6倍に激増したことを指摘しています。チェルノブイリ原発事故から20年以上たって低線量長期内部被曝により住民の3人に1人が心疾患となっているのです。人間の内臓の構成と似ている豚を調べたところ、①腎臓②心臓③胃④甲状腺⑤大腸⑥肝臓の順で内部被曝の度合が高いことが指摘されています。
(byノックオン。ツイッターアカウントはanti_poverty)
※追記(2011.12.17)
この映画「チェルノブイリ・ハート」について、注意する点があるとのご指摘を読者からいただきました。以下転載させていただきます。
▼「DAYS JAPAN」の広河隆一さんの編集後記です。
http://daysjapanblog.seesaa.net/article/235557323.html
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【編集後記(「DAYS JAPAN」2011年12月号)】
「原発は、あらゆる形の差別を引き起こす要因にもなる。それに取り込まれてはならない」(広河)
「チェルノブイリ・ハート」が評判だ。被曝した子どもたちの心臓欠陥多発の映画で、2003年アカデミー短編ドキュメンタリー賞を受賞した。放射能の恐ろしさを警告する映画だ。
しかし気になるところもある。障害を負った子どもたちが映し出され、「チェルノブイリ事故のせいですか」と取材者が聞き、施設の職員は「そうです」とうなずく。今から10年以上前、国内外の有力誌がいっせいに、「チェルノブイリで身体障害多発」という大見出しで、子どもたちの写真を掲載した。衝撃の報告だった。しかし私は驚いた。ちょうどその時期に、救援のため現地を何回も訪ねていたのだが、そうした話は聞いたことがなかったからだ。私は障害を負った子どもの写真を多く撮影したが、事故との関連が確信できなかったので発表しなかった。
次に現地を訪れた時、子どもたちの写真が掲載された施設を訪ねた。そこにはさまざまな障害を負った多くの子どもたちがいた。私は所長に「この子どもたちはチェルノブイリのせいで病気になったのですか」と尋ねた。所長は首を振った。「何人かはそうかもしれないが、ほとんどは関係ないでしょう。なぜならここには事故前から多くの子どもがいたからです。事故の後に1割ほど増えたかもしれないけれど」と言う。
雑誌や映画を見た人は、写っているすべての子がチェルノブイリ事故のせいで障害者となったと思ったはずだ。放射能はあらゆる病気の原因になる。遺伝子を傷つけるから出産異常も身体障害も引き起こす。だが、放射能の恐ろしさを訴えるためにこのような強調をしていいのだろうか。人は皆、健康でありたいと願う。親は子どもの健康を望む。けれども「身体異常の子どもができるから原発に反対だ」という言葉は、障害者に「自分のような人間が生まれないために原発に反対するのか。自分は生まれてはいけなかったのか」と考えさせるだろう。
原発は、あらゆる形の差別を引き起こす要因にもなる。それに取り込まれてはならない。(広河)