労働組合ってなにするところ?

労働組合ってなにするところ?

2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

たくさんのご意見をいただきたいと思っていますので基本的にいただいたコメントは全て公開しますが、公開をご希望でない方からのご意見や表現に問題があるコメントは公開しないという選択をする余地を残すため、コメントは承認後公開とさせていただいています。トラックバックも承認後の公開となっております。(※「表現に問題があるコメント」とは、特定の個人を攻撃したり名誉を傷つけたりする表現を含むコメントや、特定の集団に対する差別表現などを含むコメントのことです。単に言葉遣いが乱暴であるという程度でしたら、基本的に公開しております。また、個人情報を明らかにしてしまうようなコメントについても、公開を差し控える場合があります)

なお、今のところアメンバー限定記事を書く予定はありませんので、アメンバーの新規登録は受け付けておりません。全ての記事を全ての方に公開していきますので、ご理解のほどをよろしくお願い致します。



2009.1.15追記 コメントのお返事を書いた記事についてはトラックバックできないように設定することにしました。同時に、コメントのお返事を書いた記事の無断転載は固くお断り致します。



2009.3.31追記 非公開コメントの基準に、「本筋から外れたことを持ち出して議論を混乱させるコメント」、「嫌がらせ、からかいと思われる表現を含むコメント」、「警告を受けても改めない人からのコメント」を追加します。そういったコメントに対してはお返事も致しません。(2009.3.14の基準は曖昧だったので変更しました)

2009.3.31現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントをしても非公開の扱いになっている人は1名です。


2011.10.20追記  トラブルがあり、一時コメント欄を閉めていましたが、本日から再開しています。なお、コメント非公開扱いの人が1名増え、2名となりました。


2011.12.25追記  非公開コメントの基準に、「人の不幸を楽しむためのコメント」、「人の不幸をあげつらうコメント」、「人の不幸を助長させるコメント」を追加します。


2012.3.19現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントをしても非公開と扱う人が1名追加となりました。現在、完全コメント非公開扱いの人は3名です。

「警告を受けても改めない人」の基準として、非公開コメントが通算10個を超した時点で完全コメント非公開扱いとすることとします。


2012.4.15追記  「表現に問題があるコメント」には当然セクハラ表現も含みます。コメントの内容のみならず、投稿者名にセクハラ表現を含むコメントも、本日より非公開と致します。過去にセクハラ表現を含む投稿者名を許容していたことに関しましては、不快感を抱かれた方にお詫び致します。


2012.8.20現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントを非公開扱いとする人が1名追加となりました。現在、完全コメント非公開扱いの人は4名です。


2013.10.30現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントを非公開扱いとする人が1名追加となりました。現在、完全コメント非公開扱いの人は5名です。


2015.10.29追記 これまで誹謗中傷、セクハラ、商業的宣伝目的のトラックバックの削除についての注意がありましたが、トラックバックは廃止になって久しいのでそれを削除し、同様のコメントを非公開扱いにするということに変更いたします。


2020年は、勝負の年です。

今年こそ、憲法9条を中心とする憲法改悪策動を葬り、沖縄の辺野古新基地建設は不可能であることを知らせ、社会保障改悪をストップさせ、特定秘密保護法・戦争法・共謀罪法などの悪法の廃止を求め、雇用形態による差別を解消し、ハラスメント防止法を職場で実効性あるものとし、労働者をはじめとする99%の人たちのいのちと健康と働く権利を守るために行動し、憲法が活きる社会となることを目指し、声を上げることを提起します

 

 

8月12日、ヒバクシャ国際署名連絡会主催のオンライン学習会「ヒバクシャ国際署名のあゆみとこれから」を視聴しました。

以下、その概要をまとめます。

 

まず、ヒバクシャ国際署名キャンペーンリーダーの林田光弘さんが、ヒバクシャ国際署名のこれまでのあゆみについてレクチャーを行ないました。

ヒバクシャ国際署名は、2016年4月、被爆者の方々が「後世の人々が生き地獄を体験することがないように、生きているうちに何としても核兵器のない世界」との思いから始めた署名です。2020年までに核兵器禁止条約が発効することを目指して、世界で数億筆を集めることを目標に取り組まれています。

ヒバクシャ国際署名連絡会は、48団体が参加する中央連絡会と、27都道府県にある地域連絡会で構成されているそうです。中央連絡会と地域連絡会はそれぞれ自由に活動していて、地域連絡会は様々な形態があるそうです。

2020年3月末現在の署名の到達は、1,184万3,549筆であり、最終集約は2020年9月18日の予定だそうです。

また、自治体首長の署名にも取り組んでいて、1,724自治体中1,263自治体の首長が署名し、20人の知事も署名しているそうです。

続いて、これまでの経緯が説明されました。

2016年3月に署名用紙が完成し、4月に署名の取り組みがスタートしました。8月に連絡会が結成され、9月26日には核兵器廃絶国際デーと乗り組みが行なわれました。11月には緊急院内集会が開催されました。この年の署名数の到達は56万4,240筆であり、国連に提出されたそうです。

2017年は、6月の核兵器禁止条約交渉会議に290万3,889筆の署名を提出しました。同時期に、「Peace Wave 2017」が行なわれました。7月7日、核兵器禁止条約が採択されました。8月には、ヒバクシャ国際署名交流会が開催されました。9月には、280ヶ所で2回目の「Peace Wave 2017」が行なわれました。この年の署名数の到達は515万4,866筆でした。

2018年は、2月に「ヒバクシャとであるカフェ」が取り組まれました。7月は、850ヶ所で「Peace Wave 2018」が行なわれました。8月は全国交流集会が開催されました。この年の署名数の到達は830万403筆でした。

2019年は、3月に「NO NUKES 2019」が開催されました。4月にはNPT再検討会議準備委員会が行なわれ、代表派遣が行なわれました。7月は、「Peace Wave 2019」が行なわれました。8月は全国交流集会が開催されました。9月には、気候変動と考えるイベントが行なわれました。10月に署名提出が行なわれ、署名数の到達は1,051万7,872筆でした。

2020年は新型コロナウイルス感染防止対策のために活動が制限されましたが、3月からオンライン被爆者証言会が開催され、5月、7月にも取り組まれました。8月には、「Chose Live Project」とのコラボ企画が行なわれました。そして、ショーン・マクブライド平和賞の受賞が発表されました。

 

続いて、日本被団協の田中煕巳さんが、活動の振り返りを述べました。

田中さんは、まず、ヒバクシャ国際署名がなぜ始まったのかを振り返りました。2010年のNPT再検討会議において、原爆の非人道性が注目され、そのテーマで国際会議も開かれました。そして、核兵器廃絶のための法的枠組みの必要性も確認されました。そのため、2015年のNPT再検討会議への期待が大きかったのですが、そこでは合意ができず、最終文書が採択されませんでした。進展がなかったことにしびれを切らした非核兵器国が中心となり、2016年にオープンエンドワーキンググループが開催されました。これは、核兵器廃絶への大きな流れをつくる必要があるということで開かれた作業部会です。日本被団協は藤森さんを代表派遣しました。ワーキンググループは国連総会に「核兵器禁止条約交渉会議を開くべき」という決議を提出しました。この動きを後押しするため、世界の被爆者が核兵器廃絶の条約を求める訴えを行なおうと、ヒバクシャ国際署名の取り組みが提案されました。

署名は、2016年の核兵器廃絶NGO連絡会で提案され、賛成を得ました。その連絡会には林田さんも参加していて協力の声掛けをし、運動が開始されました。オルグ活動をしながら署名文をつくり上げ、4月に署名の取り組みが開始されました。その時は、生協連などが事務局となりました。

2016年8月、運動が大きくなったため、連絡会が結成されました。この運動は、被爆者が中心となりますが、先頭は若い人たちに任せようと、被爆者の証言活動を通して若い人の賛同を広げていったそうです。

2020年9月の国連総会が署名の最終提出となりますが、残念ながら新型コロナウイルス感染拡大のために動き回れず、オンラインでの証言活動に取り組んだそうです。

そして、IPBがヒバクシャ国際署名連絡会にショーン・マクブライド平和賞を贈るということが、8月9日に発表されました。後日改めて、受賞のコメントを出す予定だそうです。

署名運動は残り1ヶ月となりました。核兵器禁止条約は50ヵ国の批准で発効することになっており、ICANが中心になって批准国を増やす取り組みが行なわれているそうです。8月9日に批准国が44ヵ国に到達し、今年中に50ヵ国を達成することを目指しているそうです。

田中さんは、これからも証言活動を広げていきたいと述べました。

 

次に、地域連絡会の活動が紹介されました。

長崎地域連絡会は、ヒバクシャ国際署名をすすめる長崎県民の会として活動しているそうです。被爆者5団体が呼びかけ人となり、事務局団体に県生協連など5団体がなったそうです。

2016年5月27日から活動を開始し、多くの観光客から234筆を集めたそうです。9月26日に県民の会が結成され、谷口稜暉さんらが代表となり、50万筆を目標としたそうです。

主な取り組みとしては、宗教団体を訪問して賛同をお願いしたり、毎月26日に繁華街で署名活動をしたりしているそうです。2016年12月には、田上長崎市長の参加もあったそうです。また、各自治体の役所のロビーに署名用紙を設置したり、ホームページや市報で紹介したりと、自治体での取り組みも行なわれているそうです。

2017年5月27日には1周年のつどいを行ない、4人の被爆者を国連へ派遣することを決めたそうです。7月7日に核兵器禁止条約が採択され、8月9日には谷口稜暉さんのメッセージが公開されました。2017年、2018年には「Peace Wave」に取り組み、2019年5月26日には3周年のつどいを開催したそうです。また、毎年成人式の会場周辺で署名の訴えを行なっているそうです。2020年4月4日にはヒバクシャ国際署名を考えるつどいを開催したそうです。8月5日、署名数は48万5,017筆に到達し、それを掲示して毎週水曜日に更新しているそうです。

 

岩手県生協連は、ヒバクシャ国際署名をすすめる岩手の会の参加団体だそうです。

岩手の会は2016年12月に発足し、68団体が参加し、賛同団体も10あるそうです。参加団体には高校などもあるそうです。幹事会はこれまでに30回開催され、署名数の到達は19万2,000筆となっているそうです。

活動の特徴は、第一に、被団協がリードしていることだそうです。被団協は対外的な交渉の先頭に立ち、節目の学習会の提案も行なっているそうです。2018年にはジャンプアップ集会、2019年には「あの夏の絵」上演会、2020年にはラストスパートのつどいを行なうそうです。80代の方が中心ですが、ニュースも早くて適格だそうです。

第二の特徴は、原水協の粘り強い取り組みだそうです。33の市町村全てで核兵器禁止条約加盟を求める意見書が採択されたそうです。最後に残った大船渡市は、3回目の請願で採択されたそうです。反対議員を一人一人訪問して説得したそうです。

第三の特徴は、高校生平和大使との連携だそうです。若い人が活動に参加し、発表も行なっているそうです。また、高校前での署名活動にも取り組み、大学生協の委員も参加しているそうです。

生協連は11万5,000筆を集めたそうです。いろいろな学習を積み上げ、最後までがんばると述べました。そして、解散の仕方を考える必要があるとも述べました。

 

兵庫県は連絡会がなく、様々な団体の署名を集約して32万筆に到達しているそうです。

被団協の定期総会で取り組みを決定し、各種団体に行動を呼び掛けたそうです。被爆者が正面に立つのは重いことだと指摘しました。県知事も署名し、県内のほぼ全ての自治体首長も署名したそうです。そこで、県民にアピールするため、自治体首長の写真入りポスターを作成し、署名用紙も写真入りにしたそうです。それにより、「誰でもやっている署名だ」ということをアピールしたそうです。推進のつどいも開催しているそうです。

地域連絡会はありませんが、被団協が中心になって様々な団体が協力し、宗教界にも幅広く要請を行なっているそうです。自民党の代議士も署名したそうです。

かつては被爆者であるというだけで差別されましたが、先輩の苦闘が今の状況をつくってきたと述べました。

そして、この後の運動をどうするかという問題提起を行ないました。核兵器禁止条約はまもなく発効するでしょうが、そこから廃絶までが大変だと指摘しました。

国が「黒い雨訴訟」の控訴を決めたことに対して、被害が償われていないのは許せないと述べました。全ての戦争被害者が救済されるべきだと述べました。

 

次に、ピースプラットホームの森さんが活動を報告しました。ピースプラットホームはヒバクシャ国際署名連絡会の参加団体であり、街頭署名などに取り組んでいるそうです。そして、森さんは仏教寺院の住職であり、仏教界へ署名を知らせる運動も、2019年2月から行なっているそうです。

被爆者の代表とICANの川崎哲さんと一緒に訪問し、全4回の行動で10ヵ所以上と面談を行なったそうです。東京方面は主に田中煕巳さんが、関西は木戸季市さんが担当したそうです。川崎さんは、署名と世界情勢について説明しているそうです。

2019年2月1日は、全日本仏教会を訪問したとこ、昨年秋に協力を表明してくれたそうです。全日本仏教会は59宗派の106団体が加盟しているので、それぞれの団体を訪問し、全日本へ働きかけてもらったそうです。ただし、諸団体から理解を得られましたが、まだ署名数が多く伸びていないので、後1ヶ月間で努力すると述べました。

そして、これからについて提案し、被爆者国際署名の行動はイデオロギーを越えた大きなつながりをつくってきたのであり、このつながりを来年以降も継続すべきだと述べました。核兵器禁止条約の批准国を増やし、核兵器廃絶へつなげるため、運動を継続させて若い世代へ引き継ぎたいと述べました。

 

続いて、4月のNPT再検討会議に合わせてニューヨークへ行く予定だったNPTユースの若者が発言しました。

議員ウォッチを行なっている高橋悠太さんは、慶応大学の2年生で、広島生まれだそうです。高橋さんは中学二年生の時から被爆の問題に関心を持ちましたが、深く関わり出したのはNPTからだと述べました。オンライン証言会を紹介し、小学生から大学生まで、毎回50人くらいが参加したそうです。Zoomでの参加で敷居が下がり、一対一で話しているような感覚があるという感想があったそうです。

各地からいろいろな若者が集まり、同世代の意見を聴ける機会にもなると述べました。私に何ができるかという質問に対して、被爆者の児玉さんは、「あなたたちも核時代を生きる当事者だ」と述べたそうです。直接対話することで生まれた意義があると述べました。

議員ウォッチは、国会議員の核兵器に対する意識を聴き、結果をUpする取り組みだそうです。また、核兵器禁止条約の批准を求める大使館応援ツアー、被爆者の証言を聴いた人たちが交流する対話カフェも取り組まれているそうです。証言を聴いたことにより、新しい活動が始まっていると述べました。

 

田中美穂さんは、カクワカ広島の取り組みを行なっているそうです。福岡県の出身で、広島で就職し、活動を始めて2年だそうです。きっかけは、去年の今頃、海外向けの動画づくり「ヒバクシャアピール」に参加したことだそうです。ポール・ミラーさんが広島を訪れた際に同行し、そこから動画づくりに参加したそうです。

自分の活動が大変で、他の団体との連携が難しいが、このキャンペーンには学ぶことがあると述べまいた。福岡だから、広島だからではなく、全国で活動が行なわれていると述べました。

カクワカ広島は、核兵器政策を知りたい若者の会であり、13人が参加しているそうです。なぜ日本は核兵器禁止条約に入っていないのかという疑問を広島選出の国会議員に伝える取り組みを行ない、16人中8人と面会し、聴き取った意見をSNSで発信しているそうです。核兵器は自分の問題だとはなかなか考えられないが、地元議員の意見を知ることで投票活動につなげ、候補者にもインタビューし、パネルディスカッションも行ったそうです。今後、残りの8人に面会する予定だそうです。

後6ヵ国で核兵器禁止条約は発効しますが、そこに日本が入る可能性を探りたいと述べました。また、広島銀行が核産業に融資しないことを発表したと報告しました。

 

続いて、Zoom参加者の発言が行なわれました。

日本原水協の安井さんは、いよいよラストスパートであり、この署名の力は被爆者が呼びかけていることだと述べました。署名の力で世界を変えて来たが、市民社会への期待は大きいと指摘しました。国連軍縮担当上級代表の中満泉氏が原水爆禁止世界大会へのメッセージで、市民社会が核兵器禁止条約に弾みをつけてくれたと評価し、危険な流れを覆してほしいと述べたことを紹介しました。危険な流れとは核の近代化であり、それを覆すためにもラストスパートをと呼びかけました。

千葉県ヒバクシャ国際署名推進連絡会の児玉さんは、2016年6月に連絡会を結成し、最初に横断幕をつくり、街頭で署名することから始めたと述べました。被爆者認定裁判に参加していた団体が集結し、53団体が参加し、120人の個人も賛同しているそうです。つどいを3回開催し、第1回は核兵器禁止条約について学習し、第2回はヒバクシャと出会うカフェを行ない、第3回はヒバクシャの声を世界へというテーマで開催したそうです。千葉は知事に署名の要請を何度かしたが、会うこともできずにいるそうです。自治体への意見書採択の要請も、全自治体に手紙を出し、議会での説明も行ないましたが、採択は1自治体のみで、活動前に採択していた1自治体を加え、54自治体中2自治体のみだそうです。しかし、街頭署名の活動をたくさんしてきたので、後1ヶ月、まだまだ力を出したいと述べました。

愛知県民の会の大村さんは、7月に最後の訴えのチラシを作成し、各団体、個人をまわってチラシを配布したと述べました。最後の1筆まで集め切りたいと述べました。そして、この後のことも議論したいと述べました。

日本青年団体協議会の斎藤さんは、平和集会、学習会、街頭署名に取り組んできたと述べました。小さな地域では、回覧板に署名とチラシをつけてまわして1.000筆以上を集めたところもあるそうです。青年団への信頼があるからだと述べました。9月18日までに、1筆でも多く集めたいと述べました。

新日本婦人の会の平野さんは、被爆者が呼びかけたことで多くの人が応えてくれたと述べました。核兵器禁止条約が弾みとなり、200万筆の目標に対して、現物で90万筆、他団体に提出したが会員が集めた署名を合わせて132万筆に到達しているそうです。コロナ危機で困難になりましたが、教会やお寺に署名用紙を郵送したり、マスクと一緒に署名をポストインしたりと、工夫した取り組みを行なっているそうです。8月6日から9日の「平和の波」行動では、9,000から1万筆が集まったそうです。被爆75年の今こそ、核兵器廃絶へ前進しようと述べました。また、教会やお寺での平和の鐘つきの行動を行なった際、戦争で鐘を供出してしまったため鐘がないお寺があることがわかったそうです。核兵器のない世界を求める声をあげ、若い世代と力を合わせていきたいと述べました。

創価学会平和委員会の迫本さんは、婦人部が中心となって署名を推進してきたと述べました。被爆証言運動も行ない、映写会を草の根で取り組む中で地道に署名を広げて来たそうです。この2月から、新型コロナウイルスの影響で集会ができませんが、思い切ってオンライン中心で取り組み、機関紙に田中さんや和田さんに出てもらい、そこへオンライン署名の紹介を入れたり、オンライン証言会でアピールしたりしていると述べました。

日本被団協の木戸さんは、ご尽力に感謝すると述べました。振り返って、2015年のNPT再検討会議で危機的感覚を持ち、そこでこの署名を呼びかけたことで、世界が変わってきていると述べました。危機的状況が高まっている一方で、2017年に核兵器禁止条約が採択されたのは、核の被害を受ける国々が「もう待てない」とつくり出した成果だと指摘しました。2016年には思いもよらなかったことだと述べました。被爆者の訴えは誰もが賛同できる署名であり、大きく動いてきていると述べました。核兵器廃絶が具体的な形になる時を迎えているのではないかと指摘しました。岐阜では、署名は終了するが、このつながりを次のステップへつながることを考えていきたいとして、被爆者の思いを継承する会をつくることになったそうです。みんなで次のステップを考えていこうと呼びかけました。核兵器を廃絶する取り組みをそれぞれの地域で行なっていこうと述べました。また、「黒い雨訴訟」の控訴取り下げを求める談話を発表したと述べました。今日まで原爆症に怯える日々が続いてきて、子や孫への不安もあり、これら全ては原爆、戦争がもたらしたものだと述べました。憲法の下で、被爆者が人間らしく生きることを拒絶される政策が許されるのかと問いかけ、協力していきましょうと呼びかけました。

 

最後に、林田さんがまとめの発言を行ないました。

「あなたにできること」として、今すぐ署名すること、活動をツイッターやフェイスブックでフォローすることをあげました。

署名の最終集約は9月18日であり、取りまとめを行なって10月初旬に提出すると述べました。残り後1ヶ月であり、署名数が増えるほど圧力になり、各国のリーダーが支持しているので、最後まで協力をと呼びかけました。

 

以上で報告を終わります。

 

 

2020年は、勝負の年です。

今年こそ、憲法9条を中心とする憲法改悪策動を葬り、沖縄の辺野古新基地建設は不可能であることを知らせ、社会保障改悪をストップさせ、特定秘密保護法・戦争法・共謀罪法などの悪法の廃止を求め、雇用形態による差別を解消し、ハラスメント防止法を職場で実効性あるものとし、労働者をはじめとする99%の人たちのいのちと健康と働く権利を守るために行動し、憲法が活きる社会となることを目指し、声を上げることを提起します

 

 

8月9日、原水爆禁止2020年世界大会・長崎デーがオンライン開催されました。

以下、その概要をまとめます。

 

長崎デー開会にあたって、司会の小畑全労連議長より、8月6日に核兵器禁止条約の批准国が3ヵ国増えたことが報告されました。新しい批准国は、アイルランド、ナイジェリア、ニウエです。これで批准国は43ヵ国となりました。

次に、冨田宏治運営委員が主催者報告を行ないました。

その内容は、国際会議で確認された主催者声明に基づいていますので、それへのリンクをはっておきます。

 

主催者声明

http://www.antiatom.org/intro_activity/2020/wc/2020wc_online_syusaiseimei.pdf

 

次に、被爆者の反納清史さんの証言が行なわれました。

反納さんは長崎で被爆し、高校生の時は体操をやっていてよく怪我をしたそうです。

当時、紫斑が出ると原爆症で死ぬという風評があり、体操で紫斑ができた後は、手鏡で体を見て、他に紫斑が出ていないか恐れていたそうです。

放射能による病気が起こらないかと思って過ごした75年であり、まだよく解明されていないが故に、恐れおののいていた75年だと述べました。

人類にとって核兵器は要りませんと述べました。

核兵器のない世界にならなければならず、被爆者を二度とつくらないように、一緒にスクラムを組んでいこうではありませんかと呼びかけました。

 

続いて、ゲストスピーカーによるスピーチが行なわれました。

駐日メキシコ大使のメルバ・プリーアさんは、被爆者に敬意を表し、証言を伝えることによって重要な役割を果たしていると述べました。被爆者の証言は、平和を促進し、歴史的遺産となっていると指摘しました。そして、次世代にも伝えていく必要があると述べました。

核による攻撃は無差別に行なわれ、性別、年齢、宗教、社会的条件、イデオロギ、国籍が考慮されることはないと指摘しました。このような惨事が再び起こることがないようにする必要があると述べました。罪のない民間人への無差別の被害、健康への有害な影響、そして人類の存続そのものを脅かす規模があまりにも大きいため、メキシコは核兵器を完全に廃絶するべきだと主張しているそうです。メキシコは核軍縮と核不拡散を推進してきたと述べました。核兵器の開発や、いかなる国であれ核兵器の自国の領土への配備を認めないと決定し、メキシコ憲法は原子力は平和目的のみで使用されると定めているそうです。

ラテンアメリカとカリブ海は、核軍備撤廃のために主導的な役割を果たしており、この目的のための努力はトラテロルコ条約につながったそうです。目キス子は、他の4つの非核兵器地帯の創設に寄与してきたと述べました。核軍縮を達成するため、核不拡散の要であるNPTのすべての締約国が、多角的な交渉を進め、条約の効果的な陸を保証するため、あらゆる努力を遂行する必要があると指摘しました。

メキシコは、2017年に核兵器禁止条約の採択に賛成したそうです。この条約が発効すれば、核兵器の生産、保有、使用、ならびに締約国での移転が禁止されます。核兵器禁止条約は、NPT6条の義務と合致しており、NPTを補強することになると指摘しました。そして、既存の核軍縮と核不拡散体制を強化すると指摘しました。核兵器を廃絶することは倫理的義務でもあり、核兵器のない世界は、国家および集団の安全保障に貢献することになると指摘しました。さらに、持続可能な開発目標を達成するための資金を増やす必要があり、核兵器の維持とその近代化のために莫大な財源を割り当てることは道徳に反すると述べました。私たちの責任は、核兵器による悲惨な攻撃が再び起こらないようにすることであり、メキシコは国際協力および紛争の平和的解決に基づき、より安全な世界を構築するために努力すると述べました。世界は人類の平和的共存のために被爆者の精神を必要としていると述べました

 

続いて、国連マレーシア政府代表部のサイエド・モハマド・ハスリン・アイディド常駐代表がスピーチしました。

アイディドさんは、発言者に加えていただいたことを光栄に思うと述べました。パンデミックのためにオンラインとなりましたが、被爆者の証言には情熱とエネルギーを感じたと述べました。原爆投下から75年、はっきりわかっていることは、地球上の誰一人として、悲劇を再び経験することを許してはならないということだと指摘しました。このことを確信し、私たちは核兵器廃絶に努力すべきであり、核兵器の存在は人類に対する脅威であり、だからこそ解決は核兵器の廃絶しかないと述べました。国際社会は核兵器のない世界の達成を追求してきたのであり、1946年の国連総会第1号決議の採択がそれを証明していると指摘しました。核兵器は今も約1万3000発存在し、核兵器への依存と核兵器の近代化は、人類の生存の脅威となっていると述べました。今年はNPT発効50年、無期限延長25年であり、この機会に具体的な前進に弾みをつけなければならないと指摘しました。NPTは、核軍縮と核不拡散体制の要であり、全ての締約国はNPTの三本柱全体にわたって、バランスの取れたやり方で、条約の義務を履行する責任があると指摘しました。しかし、柱の一つである核軍縮の前身は遅く、最近では後退していると述べました。核兵器国はNPT6条の定めている核軍備撤廃に関する措置について誠実に交渉を行なう義務を履行しなければならず、マレーシアはNPT発効50年を記念して共同コミュニケのイニシアチブをとったそうです。共同コミュニケは2020年5月19日、ニューヨーク、ジュネーブ、ウィーンの国連マレーシア政府代表部を通じ、正式に発表されたそうです。この文書は、市民社会など、重要な団体や関係者にも送ったそうです。

最近、既存の協定が破棄されるか、失効の瀬戸際にあり、多国間核軍縮と軍備管理機構が崩壊に瀕しているそうです。安全保障環境は緊急の対策が必要だと指摘しました。コロナパンデミックのために、次回のNPT再検討会議が延期になったことは、締約国が条約の現状について包括的な検討を行なう機会を与え、これまで再検討会議で合意した様々な義務や約束を再確認することを期待すると述べました。次回NPT再検討会議の議長に任命されたスラウビネン大使のリーダーシップのもと、マレーシアは再検討会議主要委員会Ⅰの議長として建設的に関わり、役割を果たすと表明しました。すべての関係者の協力と貢献で、さらなる前進が実現できるように期待すると述べました。そして、被爆者に敬意を表し、核兵器が人類に及ぼす脅威について、世界の人々に、特に青年に教育を強めなければならないと指摘しました。すべての人々の共同で、核兵器のない、平和で公正な世界を実現できると述べました。

 

次に、長崎市長の田上富久さんがスピーチしました。

田上さんは、原爆投下から75年の節目を迎えたが、新型コロナウイルスで記念事業が中止や延期になってしまったと述べました。しかし、核兵器廃絶の訴えを伝えようとする皆さんの努力に敬意を表すると述べました。新型コロナウイルスという共通の課題に取り組み、世界中が人の命を守ることを真剣に考えている今だからこそ、同じように世界が直面している核兵器の問題の当事者として考え、行動することが重要だと述べました。

被爆者は、同じ思いを二度とさせてはならないと証言をしてきましたが、体験を語れる人が年々少なくなっていると述べました。被爆は過去ではなく、今と未来の問題だと述べました。NPT発効50年だが、核兵器の使用リスクは高まっているそうです。2019年11月、フランシスコ教皇が長崎を訪れ、「核のない世界は可能で必要だ」とスピーチし、そのためには「すべての国の参加が必要だ」と述べたそうです。1日も早い核兵器廃絶の実現のため、声を上げ続けなければならないと述べました。被爆75年の節目、核兵器がなくなるまで長崎は訴え続けると述べました。そして、共に歩んでいきましょうと呼びかけました。

 

ここで、アイルランド、ベトナム、オーストリア、ラオスの政府代表、赤十字、政党代表からのメッセージが紹介されました。そして、256の自治体首長からのメッセージが届いていることが報告されました。

 

続いて、セッション1「核兵器のない世界への共同」が行なわれました。

まず、核戦争防止国際医師会議のカルロス・ウマーニャ副会長がスピーチしました。

核戦争防止国際医師会議は、核兵器の人道的影響を伝えるために、1980年に創立されたそうです。今日、政策決定過程における核兵器についての根拠に基づく理解を広げる取り組みを続け、核兵器の人類に及ぼす影響についての認識を高める努力を行なっているそうです。核爆発がもたらす直後の影響は、爆風、熱線、そして電離放射線によるものです。爆風は、ほとんどの建物、インフラをガレキと化し、熱線数百度から数千度になり、広範囲にわらって火災を引き起こし、そして、焼かれたり酸素欠乏によってあらゆる生命を奪うそうです。電離放射線は、急性、または長期的な病気を引き起こし、しばしば致命的であり、遺伝的で世代を超えて健康に影響を与えると指摘しました。急性放射線障害によって、人々は数時間、数日、あるいは数週間のうちに死亡し、命が助かっても何ヶ月あるいは何年も病気が続く可能性があるそうです。また、放射線は著しい先天性欠損症や遺伝的障害の原因ともなるそうです。そして、医療や災害救援は不可能であり、病院などのインフラは破壊され、医療労働者は殺されるか重傷を負い、危険な放射線量のために救急隊員が近づくこともできないと指摘しました。さらに、電磁波がほとんどの電気器具を使えなくしてしまうそうです。

核兵器は、甚大で長期にわたる影響を環境に与え、気候学者はインド・パキスタン間の戦争で広島型核兵器100発が使われた場合、直後に数百万の死傷者が出るだけでなく、ばい煙やガレキなどが大気中に昇ると、生物圏の温度を急激に下げ、穀物の生産に影響を与え、飢餓が起こり、世界中で20億人が死に至ることになると指摘しました。全面核戦争が起こると、幾百万人の人々の殺戮とは別に、核の冬をつくりだし、多くの生き物が絶命すると指摘しました。

核戦争が起こる危険はますます大きなっており、終末時計は2020年には終末まで100秒になったそうです。核兵器国の指導者から発せられる扇動的な言動、気候危機、紛争の可能性、増大する偶発的な核爆発の危険あ化学技術戦の危険によるものだそうです。アメリカだけでもこれまでに1,000件以上の事故が記録されており、そのうち6件は核戦争の瀬戸際までいったそうです。現在、1万4,000発の核弾頭があり、そのうち約1,800発が厳戒態勢にあり、数分で発射可能になっているそうです。サイバー・テロや人為的エラーの危険が高まっていると指摘しました。「命の未来研究所」は、核戦争で最も起こり得るものは、偶発的なものであると言っているそうです。私たちが生きているのは、よい政治のおかげでも、核兵器が「安全」で「責任ある」人の手にあるからでもなく、運がよいだけだと述べました。そして、この運は永久に続くものではないと指摘しました。核戦争になれば、そこからの復興は不可能であり、唯一の分別ある道は核戦争を防ぐことであり、その唯一の保証は核兵器の完全廃絶だと指摘しました。

2017年7月7日、国際社会の過半数が核兵器禁止条約の採択に賛成票を投じ、核兵器禁止条約は核兵器の広範な活動を禁止したそうです。これは、核兵器に悪の烙印を押すことを目指しているそうです。他のすべての大量破壊兵器を廃絶したプロセスだと指摘しました。今、広島、長崎の原爆投下によって引き起こされた苦しみを思い起こし、何が二度と繰り返されてはならないかを考え、すべての人々に私たちが直面している恐ろしい危険にしっかり目を向けようと呼びかけました。私たちは歴史的に最も暗い出来事を繰り返させないために、集団的な責任を果たさなければならず、各国政府に対し、科学、事実と常識の立場に立つことを要求すると述べました。

 

次に、婦人国際平和自由連盟のレイ・アチソンさんがスピーチしました。

アチソンさんは、皆さんとともに「ノーモア」と声を一つにすることができ、うれしく思うと述べました。原爆投下は歴史だけでなく、生き延びた人々の苦しみに刻まれていると述べました。長崎の原爆投下から75年目の今、核武装国が構築してきた暴力と支配の構造の中で、核兵器がその一部になっていることが明らかになっていると指摘しました。現在の世界は、核兵器がそれを保有する者やその同盟者に権力と特権を与える家父長的な世界だと述べました。家父長制とは、ジェンダー関係にとどまらず、性別、ジェンダー、人種、階級、宗教、民族、能力などの違いに基いて傾城された権力の力学だと指摘しました。家父長制の支配によって、世界は人間や地球ではなく、何よりも利潤を優先するようになっていると述べました。これが、核兵器を安全保障に「必要」であるとする理論の根底にあると指摘しました。しかし、実際には核兵器は私たちの生存そのものを危険にさらしていると指摘しました。

長崎、広島は核兵器の恐ろしさを経験しました。核兵器が安全保障のためにあるという主張は、結局、特定の人たちの特定の安全保障しか考えていないと指摘しました。

パンデミックの最中、核武装国は核軍備増強に巨額の投資を続けており、反面、その国民は政府の対策不足に苦しんでいると指摘しました。これらの国は病院の代わりに核爆弾をつくり、看護師や医師の養成の代わりにミサイル、爆撃機、潜水艦に投資してきたそうです。

しかし、世界の大半の国は違う選択をし、核兵器を開発せず、核軍備撤廃を要求し、核兵器禁止条約を交渉し、それに参加したと指摘しました。私たちは、自国の政府にこの条約への加盟を要求し、核兵器廃絶を要求し、安全保障の手段としての兵器を拒否することを求めると述べました。そして、核兵器に投資する銀行には貯金しないことを提案しました。そして、多くの人たちとともに、社会変革を目指し、家父長制ノー、暴力ノー、核兵器ノーを訴えることを呼びかけました。

 

ここで、長崎に原爆が投下された午前11時2分になり、1分間の黙とうを行ないました。

 

次に、国際平和ビューローのフィリップ・ジェニングズ共同会長がスピーチしました。

ジェニングズさんは、この黙とうは世界中で行なわれていると述べました。そして、私たちは声を上げ、沈黙しないと述べました。

国際平和ビューローは世界で最も古い平和団体で、ノーベル賞も受賞し、2021年には130周年になるそうです。被爆者のたゆまぬ努力に感謝し、継承していく責任があると述べました。

ジェニングズさんは、長崎と強い友情の絆があると述べました。初めて長崎を訪れた時、西坂にある二十六聖人殉教地を訪れ、その聖人の一人が同じフィリップという名前だと知ったそうです。そして、長崎の歴史を知り、ここが日本の玄関口だったと知ったそうです。被爆者であり、長崎女子高校の歴史の教師で、若者が署名を集めて世界にメッセージを届けるという平和メッセンジャープロジェクトを始めた方にも会ったそうです。

2010年に世界最大の労働組合UNIの書記長として、長崎で世界労組大会を開催し、150ヵ国から2,000人以上が参加したそうです。参加者はデモをし、平和集会も開き、長崎の歴史を学び、核兵器のない世界のために自分たちも行動すると誓ったそうです。

現在、国際平和ビューローには300組織が加盟し、運動しているそうです。ここアジアにはもっと強大な平和運動が必要であり、アジアを軍事力ではなく、国民に繁栄をもたらす地域にしようと呼びかけました。そして、南北朝鮮、インドとパキスタンの平和を求め、南シナ海での戦争ゲームを終わらせ、アジア全域を非核兵器地帯にしようと呼びかけました。

全世界では数十億ドルが軍備に使われており、2019年にはそれが1兆9,000億ドルに達し、核兵器だけでも750億ドルが投資されているそうです。今年の軍事費反対キャンペーンでは、核兵器への投資をやめ、軍備ではなく医療に投資をと呼びかけたそうです。

ジェニングズさんは、もうひとつの世界は可能だと述べました。コロナ・パンデミックは、私たちの優先課題がすべて間違っていて、このような災禍に対する備えが足りなかったことを浮き彫りにしたと指摘しました。世界は核のアルマゲドンに投資し、縦鼻していますが、その一方で医療、住宅、食料、学校など、人間の基本的ニーズを満たすことができていないと指摘しました。パンデミックは3億人から仕事を奪い、16億人の非正規労働者が収入を失い、40億人には社会保障がなく、経済的不平等は日ごとに増大していると指摘しました。

気候変動、核兵器による人間の生存を脅かす危機は、終末時計を真夜中100秒前まで進めましたが、かつてこれほど真夜中に近付いたことはなく、核兵器から私たちを保護できるものは何もないと述べました。私たちはパンデミックから超大国間の核対立まで、破滅の瀬戸際から引き返し、世界の政策のリセットを呼びかけなければならず、今こそ世界を新たに作り直すときだと指摘しました。新たな社会契約、利益追求だけでない新しい経済のために、ビジネス界を全ての利害関係者本位のものに方針変更し、人間中心のデジタル革命のために、新たなグリーン・ニューディールのために、真のジェンダー平等の世界のために、差別のない世界のためにと呼びかけました。そして、世界を新しくつくり直すには、平和の柱が必要であり、核兵器禁止条約を実現する柱、軍事費を減らし、戦争の惨禍を取り除き、世界平和を目指す新しい対話の柱が必要だと述べました。

愛と尊敬のメッセージを被爆者と長崎に送り、ネバーアゲインと叫び続けると述べました。

 

合わせて、ヒバクシャ国際署名運動が、ショーン・マクブライト平和賞を受賞したことが報告され、代表の田中煕巳さんが受賞のコメントを述べました。

田中さんは、ヒバクシャ国際署名運動は2016年4月から開始し、全ての国が核兵器廃絶の条約を結ぶことを求め、1,000万以上の賛同をえたとのべました。被爆者の役割は大きく、2017年には核兵器禁条約の採択の快挙を成し遂げ、発効まで後7ヵ国に迫り、核兵器国とその依存国を追い詰めていると述べました。コロナ禍でも力を落とすことなく、核兵器のない平和で公正な世界を目指す決意だと述べました。

 

続いて、環境活動家の武田匡弘さんがスピーチしました。

武田さんの職業はプロダイバーとのことで、水中写真を使ってのスピーチとなりました。ダイバーとしてのキャリアは約40年で、20年前までは生物多様性の海がどこでも見られたそうですが、今はサンゴの白化が起こっているそうです。グレートバリアリーフのサンゴの6割がガレキ化し、沖縄本島の海でもガレキ化が起こっているそうです。原因は、気候変動が主だとのことでした。ヨットで太平洋の島々を回って調査したところ、水温上昇が起こっていて、5月の小笠原で水温が32度だったそうです。サンゴの島は標高がほとんどないので、海面上昇の被害を受けているそうです。風の強くなり、ヤシの木が影響を受けているそうです。日本では磯焼けが起こり、昆布などがなくなってしまっており、このままでは海の砂漠化が進んでしまうと指摘しました。二酸化炭素が地球環境を変えてきてしまっており、軍事行動が最も激しく環境を破壊すると指摘しました。基地建設でもサンゴのガレキ化が進んでいるそうです。軍事訓練でも激しく二酸化炭素を排出し、イルカも兵器として使い、戦争後は兵器を海底に放置しているそうです。マーシャル諸島では、核廃棄物が保管され、放射性物質が流出し、海面上昇で水没する恐れがあるそうです。そして、一瞬で環境を破壊するのが核兵器だと指摘しました。世界中で気候危機に立ち向かう運動が行なわれており、核兵器の課題とともに気候危機で連帯すべきだと述べました。

 

次に、原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟会長の吉原毅さんがスピーチしました。

吉原さんは、新型コロナウイルスによる経済の大混乱について、これまでも経済の混乱が戦争の引き金となってきた過去があると指摘しました。そして、欧米大企業による原爆の開発は、人類に対する犯罪だと指摘しました。しかし今、核戦争の準備が始まっているように見えると述べました。原発も人類全体を滅ぼしかねないものであり、原発ゼロ、自然エネルギーの推進のために連盟を結成したと述べました。太陽光、風力、バイオマスなど、様々な自然エネルギーがありますが、日本は原発に固執しており、それは利権を求める醜い姿だと指摘しました。私たちの願いは、原爆と原発のない世界だと述べました。

 

ここで、文化プログラムとして、日本のうたごえ団体の合唱の映像が流されました。

「一人から一人へ」、「青い空は」、「平和の旅へ」などが歌われ、最後は「ねがい」でした。

 

続いて、セッション2「日本と世界、草の根の運動の交流」が行なわれました。

まず、韓国の平和と統一を目ざす人々SPARKのキム・イナさんがスピーチしました。

キムさんは、SPARKの青年企画のリーダーだそうです。被爆者の中で2番目に多いのが朝鮮人被爆者であり、約7~10万人いて、約5万人が亡くなっていると述べました。日本帝国主義による強制連行によって連れて来られた人たちで、戦後に帰国しても差別と無視に苦しんだそうです。実態調査さえも未だ行なわれておらず、毎年100人以上が亡くなっているそうです。最早黙っていることはできず、自分たちに何ができるか考えたと述べました。

SPARKの青年役員たちは、被爆証言の聴き取りプロジェクトを行ない、日本帝国主義と原爆の証人として、多くの被爆者が涙ながらに「核の被害は我々で終わりにすべきだ」と訴えるのを聴いたそうです。核兵器は二度と使われてはならないと述べました。

朝鮮半島は核戦争の可能性が最も高いと指摘しました。2017年に危機が高まり、その後、南北首脳会談や米朝首脳会談が行なわれましたが、未だ板門店・平壌宣言やシンガポール米朝共同声明が履行されておらず、交渉は中断されているそうです。逆戻りしないか心配していると述べました。

核戦争危機を起こしてはならないと述べました。朝鮮半島の非核化では、北朝鮮だけでなく、韓国もアメリカの「核の傘」の放棄を求められていると指摘しました。非核化と平和条約締結は、東アジアの平和の鍵だと述べました。

日本の安倍首相は日米同盟に依存し、集団的自衛権を主張し、朝鮮半島における有事の際には軍事介入も目指していると指摘しました。もし、北朝鮮の核問題が平和的に解決されれば、日米同盟は必要なくなると指摘しました。朝鮮半島の非核化と平和条約の締結は、同盟関係を不要にし、核戦争の脅威をなくし、恒久平和の確立に貢献すると述べました。これからもSPARKの活動に関心を持ち、支持してほしいと訴えました。被爆者に学び、核兵器は二度と使用されてはならないと述べました。

核兵器禁止条約の発効は目前であり、韓国が条約に加盟することを迫る署名運動を始めていると述べました。もし、朝鮮半島の非核化が実現すれば、核兵器のない世界に向かう大きな一方になると述べました。団結し、ともに頑張りましょうと呼びかけました。

 

続いて、フランス平和運動全国書記のロラン・ニベさんが、人民には軍産複合体の妨害を越えて核廃絶を勝ち取るパワーがあるというテーマでスピーチしました。

カナダの社会学者のナオミ・クラインは、グローバル化した資本主義体制は、危機の解きいは人々が求める人間に対する救済を行なうのではなく、それを利用して反社会的な解決を押し付けようとすると述べたそうです。最大の難関はこれからやってくるそうです。

マクロン政権は新自由主義であり、解決に逆行する政策、軍事化を行なっているそうです。新型コロナウイルスがフランスだけで数万人の死者を出し、病院が人命を救うための装置や設備の不足で崩壊しつつあった時、政府はミサイル発射実験計画を打ち出したそうです。これは核兵器近代化計画の一環であり、NPTに違反すると指摘しました。そして、その費用には15年間約1,000ユーロかかるそうです。フランス平和運動は、これに全力で反対しているそうです。

フランス政府の狙いは、コロナパンデミックのような緊急事態でも、核兵器近代化計画を優先することを誇示することにあると指摘しました。これに対してフランス平和運動は抗議集会を組織し、マスコミに注目されているそうです。

マクロン政権は、フランスの核兵器と抑止力をEUを守る傘としようとしているそうです。これに対して、フランス平和運動は欧州の領土からアメリカの核兵器を撤去させ、欧州を非核兵器地帯にするよう呼び掛けているそうです。フランスはNATOとの提携を強化しようとしていますが、平和の波行動の一環として、フランス平和運動は特別ニュースレターを発行し、危機を知らせ、署名協力を求めるために4万人に送ったそうです。フランスの925名の国会議員、400人のジャーナリスト、450の団体にも送ったそうです。

平和の波以降の取り組みは、8月19日にはフランス各地でデモ行進を行ない、9月21日には国際平和Дの一環として約100以上の都市で大衆教育に取り組み、9月26日の核兵器廃絶国際デーには、オンライン国際会議を行なうそうです。また、NPT再検討会議が延期になったので、代わってフランスにいる70ヵ国の大使館に親書を送ったそうです。12月10日は、国際人権デーに行動や討論会を組織し、12月、あるいは1月に、「平和の経済とは」というテーマで全国セミナーを開催するそうです。

この目標の一つは、核兵器製造チェーンのあらゆる部門で働く労働者や労組幹部と協力・連帯し、核兵器廃絶のためのより効果的な行動を決定することだそうです。

新型コロナウイルスの危機で活動が困難になったと指摘しました。かなりの数の組織が核兵器廃絶を支持していますが、フランス政府へNPT6条の義務を履行することを求めなければならないとは理解していないそうです。環境団体を含め、多くの団体は軍事化の未来に対する影響を過小評価し、核の冬の危険性を無視しているそうです。そこで、「平和と気候」についての本を出版したそうです。

現在の経済危機は、900万人の失業者を出し、人々の平和・核軍縮のための行動への参加を困難にしていると指摘しました。しかし、地球レベルで進めるたたかいが、私たちに核兵器廃絶を勝ち取る力を与えていると述べました。核兵器禁止条約は43ヵ国が批准し、条約発効は目前だと述べました。私たちは地球レベルと個人と組織、国と国際機関との間で共同を強めなければならないと指摘しました。ラ・クロア紙とフランス平和運動が共同で行なった世論調査によれば、国民の78%が核軍備撤廃に賛成し、68%がフランスが核兵器禁止条約に批准すべきだとしているそうです。原水爆禁止世界大会は、核兵器廃絶の実現のために、すべての勢力の結集を呼び掛ける国際アピールを出すべきだと述べました。

 

ここで、各地の平和行進のダイジェスト映像が流され、広島の平和記念資料館前での集結集会の様子が紹介されました。

 

続いて、「ヒバクシャ国際署名」をすすめる長崎県民の会の田中重光さんがスピーチしました。

田中さんは、ヒバクシャ国際署名は2016年4月、被爆者が最後の力を振り絞り、核兵器廃絶の条約を求めて始まったものだと述べました。長崎県は被爆県としての責任を果たそうと、被爆者5団体が記者会見を行ない、様々な団体に協力を呼びかけたそうです。平和公園で署名のスタート式を行ない、100名超が参加したそうです。そして、5月26日にすすめる会が発足し、毎月26日を統一行動日とし、署名目標を50万筆としたそうです。

2017年、核兵器禁止条約が122ヵ国の賛成で採択されたことは、心よりの喜びだと述べました。爆心地公園で条約を報告する会を開催し、勉強会を4ヵ月に1回行なってきたそうです。現在、署名は48万5,000筆に到達し、目標達成まで残り1万5,000筆だそうです。

厳しい取り組みだが、成功させるためにいろいろな団体へ呼びかけていくと述べました。

 

次に、イージス・アショアを考える秋田県民の会の渡部雅子共同代表がスピーチしました。

渡部さんは、全国の皆さんのお力添えにお礼を申し上げると述べました。イージス・アショアが来なくてよかったと喜んでいるそうです。国の政策を転換させるのは無理ではないかと思っていたが、ステッカーなどをつくり、たくさんの学習会を企画したそうです。わかってきたことは、イージス・アショアは24時間電磁波を出す軍事基地だということだったそうです。建設予定の地区は、1万3,000人が住み、近くに学校や市役所があるので、生活はどうなるのかと問いかけました。これを知らせる活動をしなければならないと、健康や暮らしへの影響、攻撃目標になるのではないかということなどを学習したそうです。秋田と山口は、太平洋司令部と北朝鮮を結ぶ位置にあり、アメリカを守る盾なのではないかと防衛省に質問しましたが、まともな答えはなかったそうです。6月には防衛省が説明に来ましたが、資料の山の高さが実際と違うなど、ずさんな説明だったそうです。自衛隊の資料は分厚く、説明が長過ぎて職員が居眠りをすることもあったそうです。選挙では、野党統一候補が自民党候補を上回って当選したそうです。

防衛省がずさんな説明をしたからではなく、私たちの運動と交渉、様々な取り組みを行ない、地元の町内会が反対を表明することにつながり、他の町内会へも広がり、24自治体が反対となったそうです。なったそうです。知事、秋田市長も反対を表明し、自民党の国会議員も「無理だ」と言ったそうです。住民運動で追い詰めた結果だと述べました。

「国防は国の専権事項だ」という声もありましたが、しかし、国民の平和的生存権を守るのは国の義務であり、これかれらも核兵器禁止条約に参加すべきという声を多くしていくと述べました。

 

続いて、高校生1万人署名行動実行委員会がスピーチしました。

第23回平和大使には、長崎から最大の6名が参加しましたが、新型コロナウイルスの影響で国連に行くことができずにいるそうです。平和大使の活動と1万人署名行動は、ノーベル賞の候補にもなったそうです。長崎では毎月署名行動が行なわれていましたが、新型コロナウイルス対策で中止になり、オンラインで意見交換してきたそうです。7月から署名行動も再会し、高校生は頑張りますと述べました。そして、署名活動の歌の合唱が行なわれました。

 

次に、青年の報告が行なわれました。

広島の中村さんは、活動をしてきて印象的だったこととして、黒い雨裁判で原告全員を被爆者と認める判決が出たことと、署名行動をしていて、高校生が日本が核兵器禁止条約に参加していないと知って政治に関心を持ったと言ってくれたことをあげました。最終集約まで署名を積み上げていきたいと述べました。世界も日本も変わりつつあり、若い世代が政治を動かしていると述べ、私たちの行動が核兵器のない世界をつくるのであり、核兵器禁止条約を批准する政府をつくりたいと述べました。

長崎の筒井さんは、祖父母が被爆者で、平和への思いを引き継いでいると述べました。ヒバクシャ国際署名の行動は、多くの人が核兵器廃絶を願っていることを示しているが、核兵器国は核にしがみつき、日本も核兵器禁止条約に背を向けていると指摘しました。新型コロナウイルスの影響で問題が顕在化し、ポストコロナの平和で安全な世界を求める声が若い世代からあがっていると述べました。今こそアピールする時であり、署名行動、証言の継承に取り組み、イマジネーションを広げ、核兵器のない平和で公正な社会をつくっていきましょうと呼びかけました。

 

続いて、日本原水協の安井事務局長が、「平和の波」行動の報告を行ないました。「平和の波」行動は、核兵器廃絶、ヒバクシャ国際署名の共同行動として、8月6日午前8時15分から9日午前11時まで取り組まれたそうです。日本全国と世界各地で取り組まれた行動を、写真と動画で紹介しました。平和の鐘つき、スタンディング、署名行動、原爆展、灯ろう流しなどが行なわれました。イタリア、フランス、フィリピンなどでも取り組まれ、フィリピンでは凧揚げでアピールしたそうです。ここで紹介したものの何倍もの取り組みがあったそうです。

そして、行動は終わりではなく始まりであり、ヒバクシャ国際署名を国連総会で提出するまで取り組み、全ての国へ核兵器禁止条約に加入することを呼びかけていくことを提起しました。

 

最後に、主催者声明として「長崎からすべての国の政府への手紙」が発表されました。

閉会にあたり、今回の参加者はZoom視聴が326、YouTube視聴が484人であり、全国で視聴会が取り組まれたことが報告されました。

 

以上で報告を終わります。

 

2020年は、勝負の年です。

今年こそ、憲法9条を中心とする憲法改悪策動を葬り、沖縄の辺野古新基地建設は不可能であることを知らせ、社会保障改悪をストップさせ、特定秘密保護法・戦争法・共謀罪法などの悪法の廃止を求め、雇用形態による差別を解消し、ハラスメント防止法を職場で実効性あるものとし、労働者をはじめとする99%の人たちのいのちと健康と働く権利を守るために行動し、憲法が活きる社会となることを目指し、声を上げることを提起します

 

 

8月6日、原水爆禁止2020年世界大会・広島デーにオンライン参加しました。

以下、その概要をまとめます。

 

主催者報告は、関西学院大学教授で世界大会起草委員長の冨田宏治先生が行ないました。内容は、8月2日の国際会議で確認された主催者声明とゲストスピーカーの紹介だったので、ここでは割愛致します。

 

次に、広島県原爆被害者団体協議会副理事長の山田寿美子さんが証言を行ないました。

山田さんのご家族は、1945年8月6日にバラバラになってしまったそうです。山田さんは当時2歳だったとのことです。山田さんと姉2人は母親の実家に疎開していたそうですが、爆風で1メートルも飛ばされたそうです。父親は県庁に行っており、母親は建物疎開に参加していて被爆したそうです。母親は体中に火傷を負い、幼い山田さんのことを気にかけながら、8月23日に亡くなったそうです。父親の遺骨は見つからず、切ない気持ちでいっぱいだと述べました。戦後、兄は出稼ぎに出て、数ヶ月に1度お金をおいていってくれたそうです。下の姉はまもなく結婚し、上の姉は結核で長期療養していたそうです。山田さんはいとこと暮らしていましたが、子どもだけの生活は続かず、親戚に転々と引き取られることになったそうです。親戚に迷惑をかけていると思い、心も体も休まることがなく、自殺を考え方こともあったと述べました。

政府は被爆者を放置し、被爆12年でやっと近接被爆者に対して対策を始め、1960年にやっと医療補助の制度ができたそうです。空襲や沖縄戦の被害者にも補償はされていないと指摘しました。戦争放棄の9条があるのに、それを変えようとしているということも指摘しました。被爆者にとっては、原爆投下75年経ってもずっと不安を生きており、子は孫への影響の不安もあると述べました。被爆の被害は一生持ち続けるものだと述べました。核兵器禁止条約は50ヵ国の批准で発効することになっており、あと一歩のために世界の人々とともに行動していきたいと述べました。

 

続いて、ゲストスピーカーのスピーチが行なわれました。

国連軍縮問題担当上級代表の中満泉さんは、核の恐怖、苦しみ、全面的廃絶の必要性を考える機会になれば幸いだと述べました。そして、それが被爆者への敬意を表すことになると述べました。

核兵器廃絶は、国連がつくられた当初からの使命であり、それには3つの理由があると述べました。比類なき破壊力、気候変動と並んで地球上のすべての生命を脅かすこと、それが引き起こす人道上の惨事に適切に対処できる国はないことだそうです。核兵器のない世界へ向けての取り組みが後退してしまっていることを憂慮すると述べました。様々な枠組み構築、核実験や核拡散に反対することや、核軍縮、核兵器の安全保障上の役割の低減などの、歴史的成果が崩れつつあると指摘しました。そして、核戦争に勝者はなく、核戦争は決して起こしてはならないということを忘れていると指摘しました。しかし、我々の集団的努力の成果は、たとえばNPTなどの画期的成果など、緊張の最も高い時に達成されたと指摘しました。今日もそのような政治的意志を見い出すことができると信じると述べました。軍縮における集団的努力は、地雷やクラスター爆弾などの禁止、核実験の停止などの成果を上げてきました。核兵器禁止条約の採択も市民社会の努力によるものです。今の努力を倍増し、国連加盟国と連帯することで、核兵器廃絶へ向かうことを呼び掛けると述べました。被爆者の証言の継承を心掛け、特に若い世代に伝えたいと述べました。若い世代は、数々の世界的問題に直面しており、問題の解決は、彼らの声を聞き、彼らと一緒に活動できるかどうかにかかっていると指摘しました。若い人々との関わりを強めることが必要だと述べました。COVID-19に対しても、一丸となって立ち向かうべきであり、地球規模の解決策が必要だと述べました。人間の安全保障に焦点を当てなければならないと指摘しました。75年間、私たちは核による絶滅という暗い陰の下にいたが、光の中へ踏み出すのに遅いということはないと述べました。そして、被爆者の方々のため、より安全かつ安心な世界、核兵器のない世界の実現を再度誓いましょうと呼びかけました。

 

次に、オーストリア欧州統合外務省軍備管理不拡散局長で、オーストリア大使のトーマス・ハイノッチさんがスピーチしました。

ハイノッチさんは、核兵器が最初に使用されてから75年が経ち、奪われた数十万の命を思うと悲しみでいっぱいになると述べました。人類の歴史で最も暗い瞬間であり、生き延びた人たちの証言は重症なメッセージを伝え続けていると指摘しました。被爆者との出会いを決して忘れないと述べ、心からの感謝を表明しました。そして、被爆者とともに核兵器のない世界を達成すると述べました。

今、私たちは未来を奪われようとしており、ウィーンでの核兵器の人道的結末に関する会議で、あるシステムアナリストは、核兵器が1945年以降使われなかったからといって安全だと思い込むべきではなく、統計的に使われる危険は年々大きくなっていると警告したそうです。オーストラリアのエバンス元外相と日本の川口元外相が共同で出した報告書にあるように、世界が破滅を免れてきたのは、たんに幸運だったからだと指摘したそうです。終末時計は真夜中に近付いており、その要因の一つは、米ロが結んだ協定で有効なものは新START条約のみとなっており、それが延長されなければ2021年2月に失効するということだそうです。より包括的な新しい条約が必要だと指摘しました。

オーストリアは核武装国に代わって交渉することはできませんが、しかし、オーストリアにもできることがあると述べました。それは、主要な核保有国をウィーンに招いて交渉してもらうことであり、この7月に米ロ両国の代表を迎えて作業部会を開催したそうです。この会議は継続される可能性が大きく、これはかすかな希望の光だと述べました。

全ての核武装国が核兵器の近代化計画に乗り出していますが、それは実際には古い核兵器を新しい核兵器に置き換えることであり、より殺傷力の高いもの、小型核、より使いやすい核兵器に置き換えることだそうです。しかし、それらは1945年に使われた核兵器と同じ威力を持つそうです。

過去から教訓を学ばなければならず、問題は山積みであり、よりよい目的のためにお金を使うべきだと指摘しました。新型コロナパンデミックにより、核兵器計画に税金をつぎ込んでいる国々は優先順位を間違えているのが明らかになったと述べました。感染症管理や経済回復に取り組むための資金は、核兵器のための支出からしか捻出できないと述べました。

唯一の結論は、核兵器は安全保障にリスクをもたらすということだと指摘しました。核保有国は、核兵器を保有する理由は核兵器を使わせないためだとしていますが、レーガン大統領が述べているように、核戦争の勝利することはできず、核兵器を保有する唯一の価値は核兵器が決して使われないことを確実にすることなのだから、核兵器を完全に放棄する方がよいことになると指摘しました。そして、サイバーハッキングによって、核兵器の信頼はなくなったと指摘しました。急速な技術の進歩は、超音速兵器の導入を可能にし、この兵器は迎撃が不可能なのだそうです。

バチカンでのある会議で、モスクワの国際安全保障センターのアルバトフ所長は、核抑止力はもはや機能していないと述べたそうです。今が現実に向き合うべき時であり、あらゆる人々に問われる問題であり、どの国も解決を求める権利があると述べました。中満代表の、国連の75年の歴史の中で、膨大な破壊的軍備に安全を求めることの愚かしさが、これほど明らかになったことはなく、その殺戮能力に最終的な歯止めをかける必要もかつてなく明らかになっているという言葉に賛成すると述べました。

過半数を超える国が核兵器禁止条約を交渉しました。この条約は、他の大量破壊兵器と同様に、核兵器は禁止されるべきであるという判断を下しました。サーロー節子さんが言ったように、「核兵器の終わりの始まり」だと指摘しました。この条約が直ちにリスクを軽減するという幻想はもっていないが、これは重要な一歩であり、核兵器と核抑止を明確に違法化し、各国が核兵器に依存することを困難にすることを目指していると述べました。昨年の大会以降、新たに12ヵ国が調印し、17ヶ国が批准したそうです。これは早いペースだと指摘しました。条約発効に必要な50ヵ国の批准まであと10ヵ国であり、来年の広島の世界大会までには必ず目標を達成していると確信していると述べました。試練の時代だが明るい兆しもあり、私たちの活動は核兵器のない世界を実現するまで立ち止まることはないと述べました。そして、それは私たちが被爆者と子どもたちにした約束だと述べました。

 

ここで、大会に寄せられたメッセージが紹介されました。アイルランド、オーストリア、ベトナム、ラオスの国家元首から、政党代表はれいわ新撰組と日本共産党から、そして255の自治体主張からメッセージが届いているとのことでした。

内容はメモを取り切れなかったので割愛します。

 

次に、セッション1として、核兵器のない世界への共同についての発言が行なわれました。

核兵器廃絶国際キャンペーン(以下、ICAN)のベアトリス・フィン事務局長は、ICANは被爆者の訴えとその実現のための努力に励まされてきたと述べました。そして、2017年に初めて核兵器禁止条約を勝ち取り、その条約を全世界のものとするために努力していることを光栄に思うと述べました。

核兵器の危険は増大しており、核軍備の増強、核使用の危険性の増大が懸念されていると指摘しました。核武装国、依存国へ抗議の声を上げるべきだと述べました。こうした中で、核兵器禁止条約は明るい光であり、核兵器は違法な兵器であり、この条約は核兵器のない世界へ向かう道筋となっていると述べました。新型コロナパンデミックの下でも批准が進んでいるそうです。

ICANは世界中で活動しており、各国政府へ働きかけ、行動に立ち上がるよう促してきたそうです。核武装国やその同盟国においても、市民、地方自治体、国会議員などを結集して活動しており、ワシントン、パリ、キャンベラなど200を超える都市が、自国の政府に対して条約参加を求め、世界中の1,400を超える議員が、政府に条約参加を迫っているそうです。民間セクターにも働きかけており、銀行へは核製造企業への融資をやめるように働きかけているそうです。核兵器の恐怖への人々の理解を深めるべきであり、新たな人たちに被爆者の証言を広げているそうです。

私たちには、条約を支持する国の政府、国連、国際赤十字、赤新月社の運動、教皇フランシスコ、世界宗教者会議、労働組合運動、環境運動など、多くの味方がいると述べました。教皇フランシスコは、2019年11月に広島と長崎を訪問した際、核兵器の使用、保有、威嚇は倫理に反していると述べたそうです。核兵器禁止条約と被爆者のリーダーシップ、世界中の活動家やパートナーの努力があれば、誰も私たちを止めることはできず、核兵器を完全に廃絶すると述べました。

 

続いて、スペインの前国会議員のペドロ・アロホさんがスピーチしました。アロホさんはコロナパンデミックの教訓は、私たちの脆弱さ、私たちの社会の安全をどうとらえるかということだと述べました。

原爆の非人道性を真摯に受け止めず、核兵器を安全保障を維持する要としている人たちが、少なくとも現実主義に立って、コロナが私たちに教える教訓について深く考えてくれることを祈っていると述べました。そして、彼らが真の安全保障の問題がどこにあるか理解してくれることを期待すると述べました。核兵器に巨額の公共資金がつぎ込まれている状況を変えなければならないと指摘しました。スペインでは、ほとんどの人が核兵器に反対しているそうでう。アロホさんが住んでいるサラゴサ市では、市民が核兵器・米軍基地反対に立ち上がったそうです。アロホさんがスペインのポデモス選出の国会議員だった時、議員ネットワークをICANとともにつくり、約100人が参加したそうです。スペインを核兵器禁止条約に調印する一歩手前まで追い詰めたとのことでした。残念ながら、アメリカとNATOの圧力で実現しなかったそうです。しかし、必ず調印は実現できると確信していると述べました。スペインは、大国から脅しを受けても行動できるかどうか不安に思う国々に対し、お手本を示すことができると思うと述べました。国民が民主的に示した意思を実現するため、全ての人々の努力が必要だと指摘しました。スペインの人々は、行動し続けることを約束すると述べました。

サラゴサ市のフェデリコ市長は、国連憲章を想起し、その主語がたんに「政府は」ではなく、「われら連合国の人民」であり、常に我ら臣民は、核兵器の製造、保有、運搬、および存在さえも違法とすると宣言することを決めると述べたそうです。これこそ、核兵器禁止条約の批准国が50ヵ国に達した時に、初めてできることだと指摘しました。これを達成するのにそれほど時間はかからないと信じると述べました。その時は、みんなで全世界で平和、公正、地球歴な姉妹愛と兄弟愛の時代の幕開けを祝えることを楽しみしていると述べました。

 

続いて、安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合の中野晃一さんが発言しました。

中野さんは、節目の年に発言の機会を与えてくれたことに感謝すると述べました。市民連合は、2015年に集団的自衛権行使容認に反対して立ち上がった団体だと述べました。その目的は、党派の違いを乗り越えて野党が協力し、それを市民が後押しすることにより、政治を変え、立憲主義を元へ戻すことだそうです。道のりは遠いが、みなさんに励ましてもらっていると述べました。コロナ禍の今、自粛しなければならず、インターネットの集会しかできなくなり、新しい運動をつくるのは困難だと指摘しました。一方で、差別、エゴ、分断をいかに乗り越えるかが重要であり、世界各国においても議論が重ねられているだろうと述べました。国々がいかに共同のうねりをつくるかが課題であり、デマや誤った強がりをする政治家が人々の命を危険にさらしており、それは核兵器とのたたかいと重なると指摘しました。核兵器は自らの危険を危険にさらし、新型コロナウイルス感染拡大でこのような国がいかに脆弱で、国民の命を守らないかがわかったと述べました。いかに分断、差別、違いを乗り越え、他者性を受け入れていくかだと述べました。

日本は運動が弱いと言われてきましたが、日本には原水爆禁止運動が戦後すぐに始められ、今に続いていると指摘しました。悲観的になりがちだが、先人の努力に加えて運動を大きくしており、具体的に核兵器禁止条約であり、署名国が増えているのに励まされると述べました。市民の連帯で政治を変えていき、核廃絶につなげていくことを共有し、子孫のために愚かな行動を止め、人類の安全を確保していきたいと述べました。

そして、連帯で世界を変えていきましょうと呼びかけました。

 

次に、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんが発言しました。

安田さんは、フォトジャーナリストとは写真を通して世界で起こっていることを伝える仕事だと説明しました。8月6日、亡くなられた方の冥福を祈ると述べました。

安田さんはこれまで、東南アジア、中東、アフリカなどで取材をしてきたそうです。最近は中東の紛争地を取材しており、イラク北部にはクルド人自治区があると述べました。ハラブジャという町があり、その中にヒロシマ通りという道があるそうです。平和の祈りを届けようと名づけられて、毎年そこで追悼集会が行なわれるそうです。

1988年、イラン・イラク戦争中に、ハラブジャは最前線の一つだったそうです。マイノリティであるため、クルド人は利用され、理不尽に翻弄されているそうです。その年の3月16日、サリン系の化学兵器が使われ、5,000人が亡くなったそうです。利害関係が複雑であるため、欧米諸国はこの人権侵害を黙認したそうです。ハラブジャの人たちは後遺症や結婚差別に苦しめられ、その苦しみは原爆被害に重なると述べました。家族24人を亡くした88歳の男性は、1932年生まれなので、ヒロシマ・ナガサキの原爆投下のニュースを覚えており、ハラブジャから日本へ祈っているように、日本からもハラブジャへ祈ってほしいと述べたそうです。そして、人権は行動が伴わなければただの言葉であり、友達が増えれば世界から戦争は減っていくと述べたそうです。

隣国のシリアでは、9年間戦争が続いており、シリアの人たちはヒロシマ・ナガサキを知っていて、あれだけ破壊されたのに発展し、平和な国を築いてきたとし、いつか自分たちも日本のようになりたいと言っていたそうです。安田さんはそう言われた時、複雑な思いになり、果たして私たちはそうした方に誇れるような平和を築いてきただろうかと思ったそうです。

2003年にイラク戦争が始まったのは、大量破壊兵器を口実にアメリカがイラクを攻撃したからでしたが、大量破壊兵器は未だに見つかっていないそうです。大儀のない戦争で、何十万人もの人が命を奪われたのであり、イラクの女性に今の混乱はイラク戦争があったからだが、アメリカを支持した日本にも責任があるのではないかと問われたと述べました。核兵器への態度もあいまいな日本は、核兵器禁止条約に参加しないで責任が果たせるのかと問いかけました。核保有国は、核兵器を互いに突きつけて、幻想の平和を説いていると指摘しました。戦後を迎えられないでいる人たちの未来を壊すのではなく、照らす存在になるべきだと述べました。戦争の取材が続き、人間は戦争をやめられないものなのかと問うと、イラクの友人は、人間だからではなく、どうせ人間なんてそんなものだと諦める人の心がそうさせるのだと答えたそうです。諦めないという意志を持ち続け、核兵器へのNOを明確に意思表示していきたいと述べました。

 

ここで、文化プログラムとして、日本のうたごえの方々の合唱の映像が紹介されました。

 

続いて、セッション2「日本と世界、草の根の運動の交流」が行なわれました。

まず、ピースアクション全国理事のジョージ・フライデーさんが発言しました。

フライデーさんは、アメリカは私たち国民の安全を考えていないと指摘しました。私たちは団結すれば素晴らしい力を発揮できるのであり、やっと何かが動き出していると述べました。

8月6日はフライデーさんの誕生日で、世界大会に参加した時、1万人の人たちにハッピーバースデーを歌ってもらった思い出があるそうです。9条に勘当しており、9条が支持されていることを心強く思うと述べました。

この15年間、アメリカはよくなっていないが、時間はかかっても国民は学んでいると述べました。行動するには長い時間が必要だと指摘しました。一部にはすぐに活動したいという人もいるが少数であり、大半の人は行動を準備するには時間が足りないそうです。また、国民の大半は、自分の国について知ろうとしないまま過ごしてきたと指摘しました。警察が市民を殺害し、軍隊や企業が環境を破壊し、この100年間に世間が経験したなかでも最も致命的なウイルスに対して何の計画も保護もなく、住民をさらすのを許しておくのは大バカ者だと指摘しました。

最近まで、白人にとって人種差別は見て見ぬふりをする方が簡単だったので、議論をシャットダウンしてしまうそうです。恐ろしい事件が起こると「非難声明」が出されますが、根本的なことは変わらなかったそうです。終末時計は0時100秒前となっており、21世紀の今、戦争以外の方法を選ぶべきだと指摘しました。私たちはどのような機会をつくり出さるかと問いかけました。COVID-19パンデミックで唯一よかった点は、アメリカの社会システムの欠陥が明らかになったことだと述べました。ジョージ・フロイド氏が殺害された後、何百万人もの人々がアメリカをはじめ世界各国で抗議運動を行なったそうです。しかし、それは家のリフォームであり、外観の変化に過ぎないので、根本的な建て替えが必要であり、公平な議論の場を築くべきだと述べました。戦争はもはや時代遅れになり、時間がかかるだろうが、行動しましょうと述べました。抜本的な制度改革を求め、戦争と核兵器を時代遅れのものとしようと呼びかけました。

 

次に、イギリスの核軍縮キャンペーン(CND)事務局長のケイト・ハドソンさんが発言しました。

ハドソンさんは、被爆者とともに私たちの思いはあると述べました。そして、共通の目標である核兵器廃絶を達成するまで努力すると述べました。今、世界はいくつかの相互に連動している危機に直面していると指摘しました。しかし、パンデミックや気候変動、環境破壊は自然災害ではなく、生産の進め方の結果生じていると指摘しました。新自由主義的グローバル化の結果としての経済と社会の危機を、さらに悪化させていると指摘しました。しかし、世界中で人々が、特に若い人たちが立ち上がっていると述べました。ブラック・ライブズ・マター運動は、人民の力が手ごわい力であることを証明しており、全ての人々の平和と正義をという目標を支持すると述べました。

イギリスでは、数万人の若者の自発的な運動で、社会正義と社会変革を求めてデモを行なっているそうです。構造的な人種差別や不平等な制度はもはや受けいれられないということが明らかになったそうです。警察文化に対して、国際的な抗議の声が起こっており、私たちは団結して変化をもたらすために行動しなければならないと述べました。人種差別、抑圧、差別などをなくし、今私たちが生きている時代の苦しみや悲劇からすべての人が解放され、よりよい生活が保証されるために活動しなければならないと述べました。

今年の初め、終末時計の針が真夜中100秒前に進められたそうです。科学者らは、私たちの生存を脅かす2つの最大の脅威は、核兵器と気候変動だと指摘しました。軍隊は二酸化炭素の排出量に重大な影響を及ぼしていることも認識しているそうです。気候変動については、抗議行動を行なう「絶滅への反逆」や、スウェーデンの学生グレタ・トゥーンベリさんの学校ストライキなどを組織する人がいるそうです。イギリスの高校生も参加しているそうです。CNDも独自に行動する予定だそうです。今は、公衆衛生上の制約がかかるそうです。

私たちの安全は危険にさられており、中国に対する新しい冷戦、持てる者と持たざる者の格差の広がりが指摘されました。新しい創造物で運動を強化しなければならないと述べました。今日の技術を使えば、どこにいても瞬時に集まることができ、これを最大限に利用し、世界的な団結を築こうと呼びかけました。多様な運動体がつながれば、地球規模で発言力を持つと述べました。反戦運動が力を持つのに不可欠な要素は、団結、多様性、国際協力だと指摘しました。平和と正義の新時代を切り開くためにも必要な要素だと述べました。平和と核軍備撤廃のためのたたかいは、多様なコミュニティ全てが一致団結して取り組むべきたたかいであり、私たちが直面する問題は国レベルでは解決できず、国際的な解決しかないと指摘しました。団結してたたかうことで、私たちは勝利するでしょうと述べました。

 

次に、愛知敬医療介護福祉労働組合連合会書記次長の矢野彩子さんが発言しました。

矢野さんは、医療現場は人員不足、疲弊の中でも懸命に働いていると述べました。物資もない中、命を救うために奮闘していると述べました。しかし、大幅な減収で、給料やボーナスがカットされ、精神的にも肉体的にも限界であり、しかも差別を受けているそうです。病院は働く人がいなければただの箱だと指摘しました。こんな時に基地や兵器を買っている場合かと訴えました。ブルーインパルスを飛ばすのではなく、直接的な支援をすべきだと述べました。PCR検査の件数を増やし、医療物資を支援し、直接補填を行ない、医療機関の統廃合をやめるべきだと述べました。医労連は、第二次世界大戦で多くの犠牲を出したことから、「白衣をふたたび戦場の血で汚さない」というスローガンを掲げています。医療は戦争や核兵器とは相容れないと述べました。被爆者の体験を聴いてきて、つらい体験を話してくださるのには強い思いからだと感じたそうです。日本政府は核兵器禁止条約を批准し、世界へ核の恐ろしさを伝えるべきであり、軍備ではなく命を守る政策へ転換すべきだと訴えました。

 

続いて、新日本婦人の会中央常任委員の平野恵美子さんが発言しました。発言の間、各地でつくられたタペストリーなどの映像が紹介されました。

平野さんは、新型コロナウイルス感染拡大に直面し、国や自治体へ要請行動を行なったと述べました。75年の節目で、活動ができないが、何としても強い思いをつなげようと、47都道府県全てでタペストリーをつくったそうです。全ての班、シブが参加し、折り鶴や子どもの手形などでデコレーションしたそうです。核兵器廃絶だけでなく、原発ゼロやSDGsなども盛り込み、多彩なものになったそうです。平和行進も、おうち行進やお散歩行進、スタンディングなどを行ない、動画で交流したそうです。ヒバクシャ国際署名は200万筆を目標とし、距離をとりながら活動し、132万筆を集めたそうです。世代を超えて被爆の実相を伝える活動も各地で行なわれているとのことでした。「平和の波」については、全国のお寺や教会に平和の鐘を鳴らしてほしいと呼びかけたそうです。子どもたちでのアクション、女性の共同アクションなどが行なわれるそうです。気候危機対策は待ったなしであり、税金の使い方も変えるべきだと述べました。日本が核兵器禁止条約を批准するよう、運動を進めましょうと呼びかけました。

 

次に、原水爆禁止岩手県協議会事務局次長の菅野宗二さんが発言しました。

菅野さんは、3月19日、大船渡市で核兵器禁止条約批准を国に求める意見書が採択され、34議会全てでの意見書採択が達成されたと述べました。2017年度の原水爆禁止世界大会での呼びかけにより、ヒバクシャ国際署名を進める岩手の会として意見書採択に取り組むことになったそうです。9月に28議会へ請願を提出し、19議会で採択されたそうです。そして、2017年度内に28議会で採択されたそうです。2018年度は未採択の議会に個別に対応し、被団協の訴えの機会をつくったり、紹介議員を増やしたり、平和活動センターに紹介してもらったりして、5つの議会で採択され、大船渡市だけが残ったそうです。そして、3月19日に大船渡市でも逆転採択されたそうです。

全議会での採択は、ヒバクシャ国際署名を進める岩手の会の力だと述べました。各団体が定期的に集まり、議論したそうです。また、市民と野党の共闘の進展も力になったそうです。保守系議員の協力もあったそうです。1980~90年代、全市町村が非核宣言を行ない、中学生を広島へ送る事業や視聴者での原爆展なども取り組まれているそうです。全ての自治体で非核平和行政を拡充させ、「平和の波」で署名に尽力すると述べました。

 

続いて、全国労働組合総連合青年部書記長の稲葉美奈子さんが発言しました。

稲葉さんは広島県と真向かいの愛媛県から参加していると述べました。広島は復興し、世界に平和を語りかける場所になり、毎年、原水爆禁止世界大会で被爆の実相を学び、被爆者の体験を聴き、全身で事実を受け止め、行動してきたと述べました。2月、NPT再検討会議参加に向けて署名活動を行なったそうです。8月2日には、「Ring!Link!Zero2020」オンラインを開催し、青年の連帯を広げたいという強い思いを共有したそうです。SNSで広範な青年とつながる取り組みも始まっているそうです。二度と被害者を生み出さないために、核兵器のない世界をつくる核兵器禁止条約発効まで批准国は残り10ヵ国であり、実現のために一緒に行動しましょうと呼びかけました。核のない、平和な世界をつくるのは私たちであり、さらなるムーブメントをつくりましょうと呼びかけました。

 

最後に、松井一實広島市長のビデオメッセージが流されました。

松井市長は、皆さんの活動に感謝し、新型コロナウイルスの制約の中でも訴えを世界に発信していることに敬意を表すると述べました。被爆75年の今年、被爆者は心身に傷を負いながら平和の願いを訴えてきたと述べました。2017年に核兵器禁止条約が採択されましたが、しかし、世界には1万3,000発を超える核兵器が存在し、自国第一主義で緊張が高まっており、核兵器の近代化も進められていると指摘しました。INFが失効し、新STARTの延期も危ぶまれているそうです。こうした中、被爆者に共感する人を増やすことが重要であり、平和市長会議とともに行動する人たちを後押ししていくと述べました。大きな潮流をつくっていくことが重要であり、本大会が実り多いものとなることを祈ると述べました。

 

ここで、8月2日の国際会議で発表された主催者声明が読み上げられました。

そして、広島デーの参加者は、Zoom参加が451人、YouTube視聴が816人だということが報告されました。

 

以上で報告を終わります。