労働組合ってなにするところ?

労働組合ってなにするところ?

2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

たくさんのご意見をいただきたいと思っていますので基本的にいただいたコメントは全て公開しますが、公開をご希望でない方からのご意見や表現に問題があるコメントは公開しないという選択をする余地を残すため、コメントは承認後公開とさせていただいています。トラックバックも承認後の公開となっております。(※「表現に問題があるコメント」とは、特定の個人を攻撃したり名誉を傷つけたりする表現を含むコメントや、特定の集団に対する差別表現などを含むコメントのことです。単に言葉遣いが乱暴であるという程度でしたら、基本的に公開しております。また、個人情報を明らかにしてしまうようなコメントについても、公開を差し控える場合があります)

なお、今のところアメンバー限定記事を書く予定はありませんので、アメンバーの新規登録は受け付けておりません。全ての記事を全ての方に公開していきますので、ご理解のほどをよろしくお願い致します。



2009.1.15追記 コメントのお返事を書いた記事についてはトラックバックできないように設定することにしました。同時に、コメントのお返事を書いた記事の無断転載は固くお断り致します。



2009.3.31追記 非公開コメントの基準に、「本筋から外れたことを持ち出して議論を混乱させるコメント」、「嫌がらせ、からかいと思われる表現を含むコメント」、「警告を受けても改めない人からのコメント」を追加します。そういったコメントに対してはお返事も致しません。(2009.3.14の基準は曖昧だったので変更しました)

2009.3.31現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントをしても非公開の扱いになっている人は1名です。


2011.10.20追記  トラブルがあり、一時コメント欄を閉めていましたが、本日から再開しています。なお、コメント非公開扱いの人が1名増え、2名となりました。


2011.12.25追記  非公開コメントの基準に、「人の不幸を楽しむためのコメント」、「人の不幸をあげつらうコメント」、「人の不幸を助長させるコメント」を追加します。


2012.3.19現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントをしても非公開と扱う人が1名追加となりました。現在、完全コメント非公開扱いの人は3名です。

「警告を受けても改めない人」の基準として、非公開コメントが通算10個を超した時点で完全コメント非公開扱いとすることとします。


2012.4.15追記  「表現に問題があるコメント」には当然セクハラ表現も含みます。コメントの内容のみならず、投稿者名にセクハラ表現を含むコメントも、本日より非公開と致します。過去にセクハラ表現を含む投稿者名を許容していたことに関しましては、不快感を抱かれた方にお詫び致します。


2012.8.20現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントを非公開扱いとする人が1名追加となりました。現在、完全コメント非公開扱いの人は4名です。


2013.10.30現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントを非公開扱いとする人が1名追加となりました。現在、完全コメント非公開扱いの人は5名です。


2015.10.29追記 これまで誹謗中傷、セクハラ、商業的宣伝目的のトラックバックの削除についての注意がありましたが、トラックバックは廃止になって久しいのでそれを削除し、同様のコメントを非公開扱いにするということに変更いたします。


2024年は、再生の年です。

不正にまみれた政治を刷新し、コロナ禍で疲弊した医療・介護現場を立て直し、社会保障削減や負担増を撤回させ、防衛費倍増ではなく国民生活を豊かにするために税金を使わせ、憲法改悪を阻止し、安心して働き続けられる職場をつくるため、行動し、声を上げることを提起します。そして、戦争・紛争が一日も早く終結し、避難している人々の生活が立て直されることを願います。

そして、能登半島大地震で被災された方々にお見舞い申し上げるとともに、一日も早く生活が立て直されるよう祈ります。

 

 

毎月恒例、今月の行動予定です。

 

3月3日は、「2024年春、平和をよぶ作品展」の学習会に参加します。

 

3月10日は、さよなら原発埼玉集会にオンライン参加します。

 

3月13日は、当組合の第2回中央交渉です。回答指定日にあたります。

 

3月14日は、始業時より1時間のストライキを予定しています。

 

3月18日は、所属支部の支部交渉に参加します。

 

3月27日は、当組合の第3回中央交渉です。

 

3月28日は、当組合と理事会の中央経営協議会を行ないます。

 

春闘大詰めです。こんな感じで今月も頑張ります。

2024年は、再生の年です。

不正にまみれた政治を刷新し、コロナ禍で疲弊した医療・介護現場を立て直し、社会保障削減や負担増を撤回させ、防衛費倍増ではなく国民生活を豊かにするために税金を使わせ、憲法改悪を阻止し、安心して働き続けられる職場をつくるため、行動し、声を上げることを提起します。そして、戦争・紛争が一日も早く終結し、避難している人々の生活が立て直されることを願います。

そして、能登半島大地震で被災された方々にお見舞い申し上げるとともに、一日も早く生活が立て直されるよう祈ります。

 

 

2月24日、第5回25条埼玉集会に参加しました。

今回は、パネルディスカッションの概要についてまとめます。

 

記念講演の後、本田宏医師の司会でパネルディスカッションが行なわれました。

最初の発言者は、埼玉平和運動センターの金子さんでした。金子さんは元中学校教師で、川口市で長く勤めたそうです。当時、全部の中学校で男の子は坊主頭にしなければならないとされていたのですが、中学生が「自分の体のことを決める権利は生徒一人一人にある」と主張し、その学校では校則を変え、他の学校にも広がったそうです。

子どもの権利条約を日本は1994年に批准しました。条約には、差別の禁止、子どもの権利の尊重、子どもの最善の利益、子どもの決定権の4つの原則があるそうです。これに基づいて校則の見直しなどが行なわれ、1996年、埼玉県議会は子どもの権利条約をいかす決議を採択したそうです。その決議により、学校の名簿を男女混合名簿にすることなどが行なわれたそうです。

2002年、ゆとり教育が始まり、授業時間が減少し、総合的な学習の時間ができたそうです。

その時間に、まちづくりを考えようと、お年寄りや障害のある方が住みやすいかをまちへ出て調べたそうです。また、環境問題について学ぶため、子どもたちが環境省にアポをとって話を聴きに行ったりしたそうです。そのような、主権者として育つための学習が行なわれたとのことでした。

しかし、ピサで日本の成績が下がっていると宣伝され、方向転換が行なわれたそうです。学力テストで学校は息苦しい場所になってしまったと述べました。

昨年、「子ども基本法」が成立し、再びチャンスとしていかすべきだと述べました。

「道徳」の授業は、特定の価値観に子どもを誘導するものだと指摘しました。たとえば、「障害者は困っている」、「障害者はそれを乗り越えてがんばっている」というような見方です。

不登校も増加し、学校を考え直す必要があると指摘しました。

困窮している子どもたちの問題については、自己肯定感が希薄になっており、希望の格差につながっていると述べました。教育のためにどれだけ予算をつけられるかが問題だと指摘しました。また、朝鮮学校への助成金が停止されたことについても、声を上げていく必要があると述べました。

 

次に、きょうされんの佐藤さんが発言しました。佐藤さんは精神疾患があり、生活保護を利用しているそうです。

人権侵害の意識はいろいろあると学び、極度の貧困も人権侵害であると知ったと述べました。

やどかりの里という施設には、生活保護を受けながら家族から独立して生活している先輩たちがたくさんいるそうです。

佐藤さんの障害者年金は65,000円から66,000円くらいで、作業所の工賃も少ないそうです。

2012年の生活保護バッシングは、自民党、公明党、マスコミによって行なわれたと述べました。そして、2013年、14年、15年、18年、19年、20年に生活保護基準引き下げが行なわれました。

佐藤さんは、住宅扶助がマイナス2,700円、生活扶助が7,000円の引き下げとなったそうです。

不服審査を知って申請し、再審査も請求しましたが却下され、裁判の原告となったそうです。

原告となって生活を見直してみたところ、食べることが中心となり、衣類は買い控えし、レジャーや余暇を楽しむ余裕はなかったそうです。

佐藤さんは、障害を持っているからといって虐げられていいのかと問いかけました。

生活保護裁判は、全国29の地裁で、1,000人以上がたたかっているそうです。

名古屋地裁ではひどい全面敗訴判決が出されましたが、地裁では15勝11敗で、名古屋高裁では全面勝訴し、国の賠償責任が認められたそうです。血の通った判決でしたが、しかし、世の中の反応は冷たいと指摘しました。

「Nothing about us, without us」という言葉の通り、当事者の声を聴いて決めるべきだと述べました。

裁判をいたずらに長引かせる国の対応はおかしいと指摘しました。原告が高齢化し、亡くなる人もいるそうです。明るい未来が見える世の中であってほしいと述べました。

最後の最後までたたかっていく、勝つまでたたかうので、応援よろしくお願いしますと呼びかけました。

 

次に、年金者組合埼玉県本部の曽根さんが発言しました。

年金者組合は、若者も高齢者も安心して暮らせる年金制度をつくろうとつくった団体だそうです。

2012年、「特例水準解消」として、3年かけて2.5%の引き下げが行なわれたそうです。

行政不服審査請求を行ない、却下され、再審査請求も却下され、訴訟へ訴えることになったそうです。17回の意見陳述が行なわれましたが、さいたま地裁では不当判決が出され、東京高裁へ控訴したそうです。

憲法25条の生存権、29条の財産権、13条の幸福追求権に違反していると訴え、後退的措置の禁止も合わせて訴えているそうです。

国が後退的措置をとる場合、「(a)行為を正当化する合理的な理由があったか否か、(b)選択肢が包括的に検討されたか否か、(c)提案された措置及び選択肢を検討する際に、影響を受ける団体の真の意味での参加があったか否か、(d)措置が直接的又は間接的に差別的であったか否か、(e)措置が社会保障についての権利の実現に持続的な影響を及ぼすか、既得の社会保障の権利に不合理な影響を及ぼすか、又は個人もしくは集団が社会保障の最低限不可欠な水準を得る手段を奪われているか否か、(f)国レベルでその措置についての独立した再検討がなされたか」という6項目が規定されているそうです。

さいたま地裁は、「国には法律をつくる自由がある」として却下したそうです。

しかし、いくつかの成果もあったそうです。高齢者の年金生活者の暮らしが大変になっていることが社会に広がってきたこと、女性の低年金について広がり、メディアに取り上げられるようになったことなどだそうです。

昨年12月15日、最高裁で兵庫事案の判決が出され、社会権規約については無視されたそうです。

裁判を通して、日本のこうした姿勢を正していかなければならず、最高裁に向けて、「私のひとこと」の協力を呼びかけました。

 

次に、特別養護老人ホームななふく苑の速水さんが発言しました。

ななふく苑は、手話で生活できる特養ホームで、毛呂山町にあるそうです。

「手話はろう者の言語」ということが広まり始めていますが、昔はろう学校では手話は禁止されていたそうです。

しかし、口の動きで読み取るのは困難で、学校で禁止されても手話は続けてきたそうです

病院や他の施設で「よく暴れる」とされていた方が、ななふく苑ではしっかり理解してもらってからケアをするので、暴れることはなくなったそうです。

入居者の半分はお子さんがおらず、断種手術のためだそうです。自分から手術を受けた人は一人もいないと指摘しました。

何度も中絶させられた人や、病気を治すと嘘を言って断種手術を受けさせた例もあったそうです。聞こえない兄弟がいるということを隠して結婚した人もいるそうです。皆、「優生思想」に支配されている被害者だと指摘しました。

出生前診断でダウン症があるとわかると、99%が中絶しているそうです。

聞こえる子が生まれてほっとしたこともあったが、しかし、たくさんのろう者との出会いで、今なら自身を持って産む、育てると言えると述べました。

重い障害があるとわかっても安心して産める社会へしていかなければならないと述べました。

障害がある子が生まれても「おめでとう!」と言える社会にしましょうと呼びかけました。

 

次に、特別報告として、きょうされんの斉藤さんが能登半島地震被災地支援の報告を行ないました。

今週の火曜日から昨夜(2月24日)まで、障害のある人を訪問してきたそうです。

あちこちで道路が寸断され、土砂崩れが起き、液状化していたそうです。輪島の火災は戦場のようだったと述べました。

これから毎年、元旦の度につらい思いをする人がたくさんいると述べました。

手帳がある人の安否はわかっているが、全容はわかっていないと指摘しました。多くの団体が心配していると述べました。

支援金だけでは生活再建はできないと指摘しました。

1ヵ月経って、はじめて精神科の受診が出来たという方もいらしたそうです。新しい症状が出た人もいらしたそうです。

作業所の状況は、珠洲市の作業所の9人は避難所にいて、24人は二次避難所にいるそうです。29人の職員の中で、7人が被災により退職したそうです。2月になって作業所を再開しましたが仕事がないそうです。関連事業所が被災したためだそうです。

復興にはほど遠く、復旧も遅々として進んでいないそうです。

株価史上最高とは真逆の状況であり、震災の時は弱い立場の人に被害が集中すると指摘しました。憲法25条の具体化が必要だと述べました。

 

本田先生は、日本は何度も震災を体験しているが、何度も失敗しているのに何も変わらないと指摘しました。メディアは大切なことを流さないと述べ、防衛省より防災省をつくるべきではないかと提案しました。

続いて、藤田早苗先生にコメントを求めました。

藤田先生は、発言者にお礼を述べ、早く個人通報制度を使えるようにしたいと述べました。馬鹿な判決がひっくり返されることで裁判所が学び、政府もおかしいことはできなくなるそうです。イギリスも個人通報によって変わったそうです。

シングルイシューではなく、一緒に運動すべきだと述べました。優生思想もまだまだ強く、全ての人には同じ価値があるということを広げていかなければならないと述べました。その人が何もしてくれなくても、人間であることで尊厳があるという価値観が根付いていかなければならないと指摘しました。

メディアをつくっているのは視聴者であり、デスクに潰されるというが、デスクは2、3つの意見が出れば変わると述べました。そうすることで、メディアの中でがんばっている人がやりやすくなるそうです。

お互いに高めていく責任があると述べました。

曽根さんは藤田先生にお礼を述べ、年金裁判は一つの最高裁判決は不当判決だったが、ご本に最高裁への国連人権規約の勧告のことが載っていたが、日本の最高裁判事はそのことを学んでいるのかと質問しました。

藤田先生は、韓国では国際人権規約の勉強会をつくっていると述べました。日本では弁護士でもまだまだ知らない人が多く、裁判官は望みが薄いので、まずは弁護士から始めてほしいと述べました。

尾崎埼玉弁護士会会長は、弁護士会にはたくさんの人権についての委員会があり、これからもがんばって裁判官にもわからせたいと述べました。

本田先生は、日本弁護士会で人権としての医療を守るという決議を出してくれた、これからもよろしくお願いしたいと述べました。

金子さんは、教育がどんどん後退しており、一番の問題は教員の働き方だと述べました。過労死するほどの働き方で、一人一人の子どもに向き合う時間がないと指摘しました。20年前にはまだ工夫する時間があったが、給特法をやめて残業手当を出さなければ駄目だと述べました。みなさんも後押しをお願いしたいと述べました。子どもたちも大変で、休職の代替もなく、管理職が授業をしている状態だそうです。

本田先生は、医師も働き方改革で大問題になっているが、そもそも必要な医師数に13万人たりないと指摘しました。しかし、メディアでは伝えられないそうです。ドライバーが3万人たりないことは時々伝えるそうです。教員も応援したいと述べました。

速水さんは、藤田先生の人権教育の話で、小学校からやっているというのは衝撃だったと述べました。自分は運動する中でわかったし、その他でも団体が少しずつ積み重ねて変えてきていると述べました。以前は手話通訳もなく、運転免許も取れなかったそうです。あきらめずに活動し、一般社会でもあたり前となるといいと述べました。

曽根さんは、特別報告者の話で、2018年に生活保護の引き下げについての声明を日本政府に出しているが、これが判決がいい方向へ向かう力の一つになっているのではないかと指摘しました。国連を無視し続けることはできなくなっているのではないかと述べました。年金の問題でも、同じような声明が出れば変わるのではないかと述べました。

藤田先生は、2018年に7人の特別報告者が声明を出したが、それを報じたのはしんぶん赤旗くらいだったと述べました。通報は誰にでもでき、情報提供するとよいと思うと述べました。しかし、日本政府は出た勧告には必ず反論するので、テクニックが必要だと述べました。使える制度は使っていこうと呼びかけました。

本田先生は、別個で訴えても変わらないので、私たちが横でつながって政治を変えるしかないと述べました。そのつながるためのキーワードが「人権」だと述べました。

 

以上で報告を終わります。

2024年は、再生の年です。

不正にまみれた政治を刷新し、コロナ禍で疲弊した医療・介護現場を立て直し、社会保障削減や負担増を撤回させ、防衛費倍増ではなく国民生活を豊かにするために税金を使わせ、憲法改悪を阻止し、安心して働き続けられる職場をつくるため、行動し、声を上げることを提起します。そして、戦争・紛争が一日も早く終結し、避難している人々の生活が立て直されることを願います。

そして、能登半島大地震で被災された方々にお見舞い申し上げるとともに、一日も早く生活が立て直されるよう祈ります。

 

 

2月24日、第5回25条埼玉集会に参加しました。

以下、その際に行なわれた記念講演の概要をまとめます。

 

記念講演のテーマは「世界から見た日本のヒューマンライツ」で、講師はエセックス大学人権センターのフェローで写真家の藤田早苗さんでした。

藤田さんは2023年11月に帰国し、沖縄から始まって様々な場所で講演をし、今回の講演が千秋楽だったそうです。人権は全てのことに関わる、自分に関係があると思っていただけてうれしいと述べました。

大学でも講演し、法学部だけでなく、ジャーナリストや国際関係など、いろいろな学科の学生に話したそうです。ちゃんと学べば関心を持ってもらえ、そうした学生をつなぐ勉強会もつくっているそうです。点と点をつなげ、線にすることだと述べました。

1月1日に能登半島地震が起こり、1月17日に阪神淡路大震災の犠牲者に対して黙とうをしたと述べました。「私もあの時ここにいたら被災者だった」と考え、どんな人権問題でも、誰でも当事者になり得ると指摘しました。自分のこととして考える想像力が大事だと述べました。

イギリスでは賃上げストライキが盛んだそうです。ストライキで電車が止まり、医療従事者や消防士もストライキを行ない、ストライキの間に火事が起こると軍隊が消火活動を行うそうです。日本では、消防士には団結権すらないそうです。イギリスの市民は、「ストライキ権だから」で落ち着くそうです。なぜ日本ではそのような許容力がないのかと問いかけ、当たり前の便利さの裏にある搾取を指摘しました。

2月16日、ロシアのナワリヌイ氏が亡くなりました。毒殺の危機から回復しましたが、帰国した直後に逮捕され、獄中死したとのことでした。このニュースについて、イギリスでは国連の特別報告者にインタビューしたそうです。

沖縄では、米軍基地に多くの土地を取られています。事故が起きても地位協定で調査することができません。翁長知事は国連でスピーチし、「安全保障のために琵琶湖や松島を埋め立てるのですか」と訴えたそうです。

沖縄の佐喜眞美術館には、「原爆の図」の丸木夫妻が描いた沖縄戦の作品が展示されています。チビチリガマの絵には集団自死の様子が描かれていますが、シムクガマの絵には死者は描かれていないそうです。シムクガマにはハワイ帰りの人がいて、米兵は一般人を殺さないと言って外へ出て、米兵に「ここのは兵士は一人もいない」と説明したことによって、犠牲は一人も出なかったからだそうです。国際基準を知ることが大事だという象徴的な話だと述べました。

藤田さんは2022年に『武器としての国際人権』という本を出版し、1万4,000部売れ、第6版となり、オーディオブックにもなったそうです。このタイトルは集英社がつけたもので、「武器」というのが引っ掛かりますが、上手に使えば人権で自分を守ることができるという意味だそうです。本の中では、国連の人権機関を紹介していますが、そもそも人権とは何なのかということも解説していて、その部分が一番反応があるそうです。

いろいろな寄稿の依頼があり、ビックイシューからファッション雑誌にまで記事が掲載されていて、関心が広がっているのは希望だと述べました。

国会でも引用されたそうです。水岡俊一参議院議員の質問で、当事者になって初めてその大事さがわかり、誰もが関係がある、だからこそ国際人権規約が大事であるにもかかわらず、日本は勧告を無視しているが、首相はどう考えるかということを追及したそうです。

国際人権基準から日本を見たらどうか、人権、国際人権と私たちの関係は遠いことなのかと問いかけました。

人間らしく生きるために何が必要かと質問すると、学生は衣・食・住をまずあげ、ある大阪の学生は「テレビ」と言ったそうです。その他、医療、教育、移動の自由、集会・結社の自由、表現の自由などがあげられました。そして、これら全て人権に直結している、一つ一つ人権として確立していると述べました。当たり前と思っていることもとても重要であり、権利の中のコアなものを「人権」と呼ぶと述べました。

人権の歴史の中で、1215年のマグナカルタ、1775年のアメリカ人権宣言、1789年のフランス人権宣言があげられましたが、これらの対象は、たとえば貴族の男性など、ごく狭い範囲の人だったと指摘しました。

「人権」のイメージは、日本では思いやり、「仲良くしましょう」、「やさしくしましょう」などなどですが、これで大丈夫なのかと問いかけました。たとえば、視覚障害者が道路を横断しようとするのに対して、「親切に手を引いてあげる」だけで充分なのかということです。そこに誰もいなかったら、視覚障害者は安全に道路を横断することはできません。音付き信号機やバリアフリーなどが必要だと指摘しました。

国連では、「政府がそれを助ける義務がある」としており、政府の義務が大事なポイントとされているそうです。

政府の義務には、「不当に制限しない」という「尊重義務」、「第っ三者による人権侵害を防ぐ」という「保護の義務」、「条件を整える」という「充足の義務」があるとされているそうです。政府はこの3つを全てできていなければならず、ちゃんとできているかをチェックするのが国際人権機関だと述べました。

憲法を学ぶ時に出てくる「オリの中のライオン」は「尊重義務」についての話であり、それだけでは足りないということです。

国際人権機関は、第二次世界大戦中の人権侵害を反省して設立されたそうです。内政不干渉では人権は守れないと考え、それまでは「人権は国内事項」だったのを、国際関心事とし、国連憲章の目的の一つに人権が入ったそうです。

1948年12月16日、世界人権宣言が採択されたそうです。賛成48、反対0、棄権8だったそうです。人権宣言の対象は何の条件もなく全ての人が対象であり、人類の歴史上はじめてのことだったそうです。

「世界人権宣言」は、「Universal Declaration of Human Rights」の訳ですが、「Universal」には全ての人の、普遍的なという意味なので、「普遍的人権宣言」と訳す方がしっくりくると述べました。この言葉により、日本の人権と世界の人権はつながっていると気付いたと述べました。

日本で「人権」というと被差別部落の問題というイメージがあるそうです。しかし、実は飛んでもなく広い問題であり、人間らしく生きていくために必要なものが全て入っていると述べました。

ホロコ^ストで一番有名な収容所はアウシュビッツで、ポーランドにありますが、ドイツ人の訪問者がたくさん来ているそうです。ドイツではホロコーストについて学ぶ義務があるそうです。

「思いやり」と「親切」は、自分の仲間にするのは難しくありませんが、自分が差別している相手に同じ態度は獲れないと指摘しました。「思いやり」では零れ落ちる人がたくさんいるということです。

日本の法務省の入国参事官は、「外国人は煮ようが焼こうが自由」と述べたそうです。今でも人権状況は改善していないと指摘しました。

障害のある人をメディアがどうとらえているのかと問いかけました。相模原事件の際、犠牲者の家族は報道に対して名乗り出なかったそうです。なぜバッシングされるのかと問いかけました。

イギリスでは、鉄道の切符売り場の対面販売を廃止する問題で、7時のニュースで障害のある人が問題をリポートするのが放映されたそうです。学習障害のある人や車椅子の人にインタビューしたそうです。その際、「全てのひとにとって引き続き電車で移動できるようにし続けることが重要」と述べたそうです。

日本は、障害者の権利条約の日本報告書が審査を受けましたが、報道されなかったそうです。

メディアは本来はどの位置にあるべきかと問いかけ、権力A、中立B、市民Cとした図が示されました。学生に聞くと8割Bと答えるそうですが、会場ではBの人が数人、Cの人が多数でした。メディアは権力からどれだけ独立しているかが大事だと述べました。権力がやっていることをウォッチし、危ない時は警鐘を鳴らすのが役割です。何もしなければ埋もれてしまうことを伝える、顕在化させるという役割もあります。

日本のメディアはこうしたことをやっていないから「B」と答える人が多いのだと指摘しました。

「障害」と書くか「障がい」と書くかについては、あえて当事者は「障害」と書く人がいるそうです。とらえ方の変化で、障害を本人の問題とする「医学モデル」に変わって、社会の側に障壁を取り払う責任があるという「社会モデル」が中心となっているそうです。呼び方を変えただけで問題は解決せず、問題があるのにぼやかすのは間違いだと指摘しました。

国連欧州本部はスイスのジュネーブにあるそうです。人権諸機関がそこに置かれているそうです。ジュネーブは物価が高く、節約のためにゆでたブロッコリーを持って行っていたそうです。

藤田さんがなぜ写真家なのかというと、人権のたたかいは長期戦であり、メンタルケアが大事だからだそうです。癒される風景の写真を多く撮っているそうです。

人権理事会はジュネーブにあり、47か国が理事国をしていて、その一つが日本なのだそうです。人権委員会は国連特別報告者を任命するそうです。国連特別報告者とは、独立した専門家がボランティアとして行なっており、経費のみ支給されて活動し、年に2、3国を調査しているそうです。「王冠に載せる宝石」と呼ばれているそうです。

ビジネスと人権に関する作業部会が訪日調査を行ない、企業内で人権が守られているかを調査したそうです。ジャニーズ問題だけでなく、サプライチェーンの人権侵害も調査し、マスコミでの性被害も調べたそうです。

こうした調査をする国連特別報告者は、「クリティカル・フレンド(批判する友人)」と呼ばれているそうです。耳の痛いことも言ってくれる友人ということです。

しかし、日本は指摘を受けると必ず反論するそうです。

人権条約機関は、政府調査書を審査し、それだけでは不十分なので市民団体からのレポートも見るそうです。

自由権規約日本報告書審査の第6回が2014年に行なわれましたが、その際に杉田水脈議員らが誹謗中傷を行なったそうです。

人権規約には個人通報制度があり、最高裁判所でも敗訴した場合、国連に問題を持って行くことが可能なのだそうです。人権条約機関に直接訴え、救済を求めることは、国内法の改善につながると述べました。しかし、日本はそれをことごとく認めておらず、地域人権気候を入れると先進国でこの制度が使えないのは日本だけだそうです。

日本にはこの制度がないので改善が進まず、たとえば選択的夫婦別姓については、最高裁で連続で敗訴し、国連機関は何度も勧告しているそうです。

水落議員への首相の回答は、「人権機関の勧告に法的拘束力はない」というものだったそうです。

勧告そのものには法的拘束力はありませんが、書いてある中身は守るべき責任があることだと指摘しました。メディアは政府の勧告に対する反論は報じるが、それが正しいかを報じることはしないと指摘しました。

勧告を無視し続けるとどうなるのかというと、たとえば、イギリス人が日本で犯罪を犯し、イギリスへ逃げ帰った場合、日本が容疑者の引き渡しを求めても、「人権侵害の恐れがある」と引き渡しを拒否されてしまうと指摘しました。

メアリー・ロビンソン人権高等弁務官は、「最も深刻な人権侵害は極度の貧困」と述べたそうです。

日本の生活保護基準引き下げに対して、3人の特別報告者が警告したそうです。社会保障には後退禁止の原則があるそうです。

日本の生活保護申請するための所持金の上限は、銀行預金と財布の中身を合わせて13万円だそうです。イギリスは100万円くらいだそうです。

「生理の貧困」は、イギリスの人権活動家がつくった言葉だそうです。生理日に学校に行けない生徒がいることは、教育の権利の侵害だと考えた人権活動家がつくったそうです。イギリスの学生のアンミカ・ジョージさんは、キャンペーンを立ち上げて政府に働きかけ、学校のトイレに生理用品を常備することが実現したそうです。

日本では、土曜日の午後、都庁の下でNPO「もやい」の炊き出しが行なわれています。うなぎ上りで利用者の人数が増えているそうです。しかし、東京都は場所を変えさせようとしおり、公的な助けは何もないそうです。

イギリスはフードバンクで、「あなたが食べるものと同じものを少し多めに買って寄付してください」と呼びかけているそうです。日本ではフードバンクの取り組みはフードロスの削減を強調していると指摘しました。

生存権、25条を実現するための裁判が行なわれています。

日本は生活保護法しか根拠法がないと思われていますが、しかし、もっと様々な権利があるはずだと述べました。

「Hunman Rights」で検索すると、女性の権利を認めさせるための様々なたたかいが出てくるそうです。

ロドリー教授は調査を行なうにあたって、「あなた自身の状況を変えさせることはできないかもしれないが、協力してくれたらのちの世代の状況を変えることができるかもしれない」と呼びかけたそうです。

「人権は我がまま」といわれることがありますが、独り占めは我がままであり、自分を弱者に追いやってい多数派がつくった障壁と取り除くことが人権だと述べました。

フセイン前国連人権高等弁務官は、「一日2万回の呼吸。人権とそういうもの。なくなりそうになってその重要さに気付く」と述べているそうです。

ハンガリーのブダペストは、冷戦期は人権が制限される状況だったそうです。たとえば移動の自由については、海外で行けるのは北朝鮮かキューバだったそうです。西側で唯一行けるオーストラリアですが、家族の中で一番下の子のパスポートが下りず、「人質」として残しておかなければならなかったそうです。お土産も没収されたそうです。

ここで、イギリスの国内人権機関がつくった動画が紹介されました。イギリスの5、6歳の子どもたちが「教育の権利とは?」、「表現の自由とは?」、「差別とは?」といった質問に答える動画なのですが、みな自分の言葉でしっかり考えて答えている様子でした。こうした子どもたちが大人になる社会では、放っておいたら埋もれてしまっていたことが表に出てくると述べました。

なぜこうしたことができるのかというと、イギリスでは子どもたちに過去の歴史を教え、自分たちが持っている権利も教え、全ての人が同じように権利を持っていることも教えるからだと述べました。

フィリピンの小学校でも子どもの権利について教えており、ヨーロッパだけではないと指摘しました。

人権教育の定義は、「人権実現のための知識と手段について学ぶ教育」とされていますが、しかし、日本の教育では、「人権尊重の精神の涵養を目的とする教育活動」であると定義し、思いやりなど精神面を強調しているそうです。行政もこのずれに気付き出しているそうです。

ジャニーズの被害者は、「被害だとわからなかった。わかったら逃げていた」と述べていたそうです。

一方、イギリスの高校生は、バイト先のマクドナルドでセクハラにあったことを訴えたそうです。人権について学習していたから、人権侵害だと認識できたということです。

人権の視点で見る力が必要だと指摘しました。たとえば病院のポスターで、老年の医師を若い女性の看護師がサポートしているというイラストが描かれていたら、なぜ女医ではないのかと疑問を述べるといったことです。これも日本に根強く残るジェンダー意識、ステレオタイプだと指摘しました。また、たとえばJALもANAも、ポスターのキャビンアテンダントは若い女性ばかりなのだそうです。

あとは、『武器としての国際人権』を読んでほしいと述べました。この本について、「自分には人権がある、尊厳があると気付いた」という感想が寄せられたそうです。本当の人権のメッセージを必要としている人がもっといると述べました。自分に何ができるか考えてみてほしい、アクションをとってみてほしいと呼びかけました。

 

続いて、質疑応答が行なわれました。

高齢者の人権宣言の議論については、議論は高まっていると聞いていると答えました。

小学校2年生の息子の親として何ができるか考えており、品川のユニセフハウスに息子を連れて行ってみたが、お友達にも知ってもらうために何ができるだろうかという質問がされました。藤田さんは、子どものための本を書いてほしいと言われていると述べました。子どもに伝えるためには、親がわかっていることも必要であり、まずは権利を伝えることがあると答えました。たとえば「義務教育」は、子どもに勉強する義務があるのではなく、子どもは権利の主体だということだと指摘しました。

中小業者として自分の未熟さを感じたが、選択議定書の問題、法的拘束性の問題を説明してほしいという要望がありました。藤田さんは、個人通報制度には選択議定書を批准する必要があると述べました。勧告は判決ではないので法的拘束力はないが、条約そのものには法的拘束力があるということだと説明しました。

 

以上で記念講演の報告を終わります。