労働組合ってなにするところ?

労働組合ってなにするところ?

2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

たくさんのご意見をいただきたいと思っていますので基本的にいただいたコメントは全て公開しますが、公開をご希望でない方からのご意見や表現に問題があるコメントは公開しないという選択をする余地を残すため、コメントは承認後公開とさせていただいています。トラックバックも承認後の公開となっております。(※「表現に問題があるコメント」とは、特定の個人を攻撃したり名誉を傷つけたりする表現を含むコメントや、特定の集団に対する差別表現などを含むコメントのことです。単に言葉遣いが乱暴であるという程度でしたら、基本的に公開しております。また、個人情報を明らかにしてしまうようなコメントについても、公開を差し控える場合があります)

なお、今のところアメンバー限定記事を書く予定はありませんので、アメンバーの新規登録は受け付けておりません。全ての記事を全ての方に公開していきますので、ご理解のほどをよろしくお願い致します。



2009.1.15追記 コメントのお返事を書いた記事についてはトラックバックできないように設定することにしました。同時に、コメントのお返事を書いた記事の無断転載は固くお断り致します。



2009.3.31追記 非公開コメントの基準に、「本筋から外れたことを持ち出して議論を混乱させるコメント」、「嫌がらせ、からかいと思われる表現を含むコメント」、「警告を受けても改めない人からのコメント」を追加します。そういったコメントに対してはお返事も致しません。(2009.3.14の基準は曖昧だったので変更しました)

2009.3.31現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントをしても非公開の扱いになっている人は1名です。


2011.10.20追記  トラブルがあり、一時コメント欄を閉めていましたが、本日から再開しています。なお、コメント非公開扱いの人が1名増え、2名となりました。


2011.12.25追記  非公開コメントの基準に、「人の不幸を楽しむためのコメント」、「人の不幸をあげつらうコメント」、「人の不幸を助長させるコメント」を追加します。


2012.3.19現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントをしても非公開と扱う人が1名追加となりました。現在、完全コメント非公開扱いの人は3名です。

「警告を受けても改めない人」の基準として、非公開コメントが通算10個を超した時点で完全コメント非公開扱いとすることとします。


2012.4.15追記  「表現に問題があるコメント」には当然セクハラ表現も含みます。コメントの内容のみならず、投稿者名にセクハラ表現を含むコメントも、本日より非公開と致します。過去にセクハラ表現を含む投稿者名を許容していたことに関しましては、不快感を抱かれた方にお詫び致します。


2012.8.20現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントを非公開扱いとする人が1名追加となりました。現在、完全コメント非公開扱いの人は4名です。


2013.10.30現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントを非公開扱いとする人が1名追加となりました。現在、完全コメント非公開扱いの人は5名です。


2015.10.29追記 これまで誹謗中傷、セクハラ、商業的宣伝目的のトラックバックの削除についての注意がありましたが、トラックバックは廃止になって久しいのでそれを削除し、同様のコメントを非公開扱いにするということに変更いたします。


2026年は、正念場の年です。

医療・介護・福祉の制度改悪と負担増にストップをかけ、防衛費倍増をやめさせて庶民の生活を豊かにするために税金を使わせ、外国人や社会的弱者を敵視して真の闘うべき相手から目をそらさせる誤魔化しにだまされず、核抑止の矛盾を明らかにして核兵器禁止条約を批准させ、全産業平均よりも何万円も低い医療・介護従事者の賃金を改善し、最低賃金を大幅に引き上げ、安心して働き続けられる職場をつくるため、行動し、声を上げることを提起します。

 

 

5月23日、原水爆禁止埼玉県協議会(以下、埼玉原水協)の2026年度総会に参加しました。

以下、総会で行なわれた記念講演の概要をまとめます。

講師は日本被団協代表委員の田中煕巳さんでした。

 

田中さんは1932年生まれで、今年94歳になられたそうです。

埼玉県に住んで30年になり、その前は仙台に37年間住み、宮城県原水協と宮城県の被爆者の会で活動されていたそうです。埼玉県に来てからは、日本被団協の仕事が忙しくて埼玉県原水協にはあまり関わって来なかったそうです。

本日講演に呼ばれたきっかけは、一昨年に日本被団協がノーベル平和賞を受賞したことだと述べました。日本被団協が受賞したのは、核をめぐる情勢が厳しくなったからだと指摘しました。受賞後、さらにトランプ大統領がとんでもないことをやり、核をなくせという声よりも核を利用しようという声が高まっていると述べました。もしかすると、自分が生きているうちに核兵器が三度使われることがあるかもしれないと思うようになっており、人間は自らがつくったもので自らを滅ぼす道を進もうとしていると思われると述べました。

田中さんは工学の仕事をしてきたそうですが、それは人間の生活を豊かにするものだったが、今はむしろ不必要なものを作り出して人間の生活を壊そうとしているのではないかと述べました。

三度核兵器を使わせないために活動をしている中で、「核兵器は兵器ではない」という話をしているそうです。核兵器を使いあう戦争とは何なのかということを考えなければならないと述べました。核兵器は悪魔の凶器であり、たった1発で数十万人を殺すものであり、そんなものはあってはならないというのは当たり前のことだと述べました。

しかし、大部分の人はそう考えていないと指摘しました。「核で武装した方がいい」、「核で守ってもらった方がいい」ということが平気で言われていると指摘しました。

核をなくすためにどうすればいいかと毎日話し合っていかなければ、そう遠くない将来に核兵器が使われてしまうかもしれないと述べました。

指導者だけを見ても、ロシアのプーチン大統領が出てきて、とんでもないことをやっても国の中で誰も止めることができないと指摘しました。アメリカではトランプ氏が大統領となりました。これまでアメリカは民主主義で、日本人はアメリカに頼っていいのではないかと考えてきたし、いい文化も社会もあると述べました。しかし、そのアメリカからトランプ大統領が出てきて、彼は商売人で、自分よりも弱い国へ自分に有利な条件を押し付けていると指摘しました。

NPT再検討会議は、イランに対して核兵器を開発、取得してはならないと求める文言が保留とされ、最終文書が合意できなかったそうです。

アメリカの国民にも、もう少し頑張ってほしいと思うと述べました。

 

田中さんは13歳の時に長崎で被爆したそうです。中学1年生の時です。

4月に入学しましたが、その時には沖縄に米軍が上陸していたそうです。アメリカは東南アジアの国々を日本から取り戻し、本国へ向かって来ようとしていたそうです。

当時、中学の3学年は工場で就労し、2年生は学校につくられた工場で作業し、1年生は外で作業していて、授業は1週間に1回あるかないかで、空襲警報があれば山へ逃げるという毎日だったそうです。

6月には米軍が沖縄を占領し、九州上陸に備えるようになったそうです。そうした中で原子爆弾が使われました。

それ以前に、日本の大都市はほぼ空襲を受けていたそうです。今の学生には、東京空襲しかなかったと思っている人がたくさんいるそうですが、大都市のほとんどは焼け野原だったそうです。

田中さんは父親が軍人だったので軍国少年で、米軍が来たら戦って死んでやろうと思っていたそうです。

そういう中で、広島に新型爆弾が落とされたという報道がありましたが、どういうものかはわからなかったそうです。その3日後、長崎に原爆が落とされました。

当時、一機だけで爆撃をするとは考えられず、爆撃機は連隊で来るものであり、一機だけで来たので偵察だと思ったそうです。

田中さんは爆心地から3.2kmのところで被爆し、家が壊れ、ガラス戸の下敷きになりましたが、ガラスが割れなかったので助かったそうです。

その時は爆心地がどうなったかはわからなかったそうです。午後になって、大火傷を負って逃げて来た人たちを見て、大変なことになったと思ったそうです。

爆心地から700mくらいのところに田中さんのおばさんたちが住んでいて、5人が10日以内に亡くなったそうです。

大変な被害を受けているだろうと思ったそうですが、爆心地の方へ入れたのは3日後で、母親と2人で向かうと、爆心地までの道には何もなく、中身がなくなったコンクリートの建物だけが残っていたそうです。浦上天主堂はガレキの山になっていたそうです。

おばさんたちとたまたま東京の大学から帰って来ていた孫は家の下敷きになって焼け死んでいたそうです。

原爆は地上ではなく上空で爆発し、爆風が下に向かったので、周囲1kmくらいの木造の建物を全て押し潰したそうです。

もう一人のおばさんは、大火傷を負って息を引き取っており、おじいさんは大火傷を負ってうずくまっていたそうですが、間もなく亡くなったそうです。助けを求めに行ったおじは、放射線による高熱で倒れ、亡くなったそうです。

そのように、生き延びても家族を失った人がたくさんいたそうです。

長崎では、原爆投下から12月までの間に7万人が亡くなったそうです。強い放射線を浴びた人は、浴びた量の順から亡くなっていったそうです。

広島は平野なので、円形に被害が広がり、14万人が亡くなったそうです。

今、戦争のニュースが流れると、一度に亡くなるのは数百人です。1発の爆弾で何万人も殺すものが兵器と言えるのかと指摘しました。

広島と長崎で21万人が亡くなりました。放射線で亡くなったのが何人なのかは記録が残っていないそうです。

広島と長崎のことだけでも、核兵器が大量殺人の道具だということはわかると指摘しました。

核兵器で国を守るということは、それを使うということだと述べました。それを誰が使うかというと、爆弾を落とした人は命令でやったと言い、責任を持つのは国の指導者ですが、しかし、関わった人は皆殺人者であると指摘しました。

日本は戦後7年間占領されていて、実は憲法も占領下でつくられており、だから押し付けだと言う人もいるが、占領下にあっても頑張ってつくった憲法だと述べました。

被爆者は、その7年間原爆の被害について話すことが禁じられ、報道も禁じられていたそうです。占領政策のためだそうです。

もちろん、当時広島、長崎にいた人は知っていましたが、故郷に戻っても話すことができなかったそうです。

話せるようになったのは、1954年3月1日のビキニ事件からだそうです。水爆実験の放射能によって被害を受けたマグロ漁船の船員のことを知り、日本人は核兵器の被害を知ることになりました。そして、原水爆禁止運動が立ち上がり、3,000万筆の署名が集まったそうです。思想を問わず、日本中の人たちが立ち上がり、日本原水協ができたのです。

その後、原爆の被害者が全国にいるはずだということで、1955年の原水爆禁止世界大会に集まった人たちが、各県に戻ってから被爆者を探し、翌年の長崎での原水爆禁止世界大会に被爆者を連れて集まったそうです。そして、被爆者が団体をつくろうということになり、1956年8月10日に日本被団協が結成されたそうです。

それ以来、被爆者は核兵器をなくすために運動してきたと述べました。

被爆者は国内でも海外でも原爆の被害を訴えてきたそうです。それがノーベル平和賞の授賞理由とされた「核のタブー」をつくってきたと述べました。「核のタブー」が倫理となり、その結果、核兵器が使われてこなかったと述べました。

1985年にも、日本被団協はノーベル平和賞の候補となったそうです。田中さんは当時、大学で仕事をしながら日本被団協の事務局長をしてきたそうです。かなり有力だということで記者会見の準備をしていたそうですが、反核医師の会が受賞したそうです。

次が1995年で、その時はパグウォッシュ会議が受賞したそうです。

2017年はICANが受賞しました。いろいろな国の核兵器反対運動のリーダーたちがつくった団体で、核兵器禁止条約ができたことに力を発揮したということで受賞したそうです。核兵器禁止条約は、内容が立派過ぎて大国はみな反対しましたが、中小の122ヵ国が賛同して2017年7月にできました。

日本被団協はICANには入っていなかったそうです。

ノルウェーはNATO加盟国なので、アメリカに守ってもらっていたから、アメリカが投下した原爆で被害を受けた日本被団協は受賞できないのだろうと考えたそうです。

なので、2024年の時は誰一人、日本被団協が受賞するとは考えていなかったそうです。その日、日本被団協は国会要請行動をしていて、箕牧さんだけが体調不良で広島に残っていたそうです。箕牧さんは高校生平和大使がノーベル平和賞を受賞するかもしれないということで、一緒に受賞者が決まるのを待っていて、受賞の知らせを受けたそうです。

受賞が決まってすぐ、当時の総理が日本被団協に電話を寄越したそうですが、田中さんは買い物に出ていて知らなかったそうです。翌日、総理からの電話を受け、総理は最初に受賞のお祝いを述べ、核兵器は絶対に使ってはならないと考えていると言っていましたが、話しているうちに核抑止は必要だという話になってしまい、一度ゆっくりお話ししましょうと話したのですが、話せないままで首相を辞めることになってしまったそうです。

「核抑止力」などというものはあり得ないと言わなければならないと指摘しました。「核抑止」とは、攻めてきたら核兵器で仕返しをするということであり、「抑止」」という言葉は簡単に言えるが、それによって引き起こされることは何万人もの人を無惨に殺すことであると指摘しました。実態をみなで話し合わなければならないと述べました。

日本には新自由主義がはびこっていますが、普通の人には頑張ってもいいことはなく、自由になるのはお金を持っている人だけだと指摘しました。

あの頃から、労働組合は分断され、競争社会になり、人と人が力を合わせたり、助け合ったりすることがなくなってきたと指摘しました。

技術は進歩しましたが、ここまで進歩させたことがよかったのか疑問に思っていると述べました。

人工知能が進歩し、人間の生活が変わり、助け合うということがなくなっているが、人は助け合わなければ本当に豊かな生活はできないと指摘しました。

助け合い、核兵器廃絶を実現するために頑張っていきましょうと呼びかけました。

 

以上で報告を終わります。

 

2026.5.24 赤字部分を修正しました。

(新聞報道を読んだところ、私がメモしたのと逆の意味合いでした。「イランに対して」求めるということを、「イランに対する」と聞き違えてしまったようです)

2026年は、正念場の年です。

医療・介護・福祉の制度改悪と負担増にストップをかけ、防衛費倍増をやめさせて庶民の生活を豊かにするために税金を使わせ、外国人や社会的弱者を敵視して真の闘うべき相手から目をそらさせる誤魔化しにだまされず、核抑止の矛盾を明らかにして核兵器禁止条約を批准させ、全産業平均よりも何万円も低い医療・介護従事者の賃金を改善し、最低賃金を大幅に引き上げ、安心して働き続けられる職場をつくるため、行動し、声を上げることを提起します。

 

 

5月10日、埼玉県医労連の春のナースウェーブ行動に参加しってきました。

以下、その概要をまとめます。

 

開会のあいさつは、小林執行委員長が行ないました。

小林委員長は、ナースウェーブ行動は1989年に全国から看護師が新宿に集まったのが始まりだと述べました。その際の主張は夜勤体制の改善などでしたが、行動はその後も続き、診療報酬引き上げも私たちが声をあげた成果だと指摘しました。JCHOでは、ベースアップ評価料を賃金表に組み込み、年間約10万円のベースアップが実現したそうです。しかし、ベースアップ評価料では日本医労連が要求する水準には達しておらず、粘り強く声をあげることが必要だと提起しました。

おかしいことはおかしいと声をあげる動きが広がったおり、報道されなくても海外メディアの報道やSNSで知ることができると述べました。世界で起こっている戦争も私たちの暮らしに関わっていると指摘しました。

今日の学習のテーマはハラスメントだと述べました。愛知県医労連のアンケートによると、「辞めたい」との回答が7割で、その理由で最も多かったのが「カスハラ(カスタマーハラスメント)」だったそうです。医療、介護の現場は人と人の距離が近く、人員不足や忙しさから余裕がなくなることも多いと指摘しました。今日はカードゲームでハラスメントを疑似体験すると述べました。「知は力」であり、学ぶことは安心して声をあげられることにつながると指摘し、みんなとつながっているから声をあげることができると述べました。

 

続いて、小貫書記長によるハラスメント学習会が行なわれました。

ハラスメントの辞書的な定義は、「嫌がらせやいじめによって相手を不快にさせたり、精神的・身体的苦痛を与えたりする行為。人格や尊厳を侵害する許されない行為」とされているそうです。

主な種類は、法令で定義されているものはパワーハラスメント(パワハラ)、セクシャルハラスメント(セクハラ)、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント(マタハラ)等であり、法令上の定義はないが社会通念上問題とされるものは、モラルハラスメント(モラハラ)、カスタマーハラスメント(カスハラ)、アルコールハラスメント(アルハラ)などだそうです。

これに基づいて、会社に対応を求めるのが労働組合の役割だと指摘しました。

厚生労働省によると、パワハラの定義は優越的な関係を背景とした言動、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの、労働者の就業環境が害されるものという3要素を満たすものとされているそうです。

優越的な関係とは、役職上の関係に留まらず、人間関係、知識・経験、集団と個人なども含まれるそうです。ポイントは、相手に対して「No」と言えるかどうかという点にあると指摘しました。

業務上必要かつ相当な範囲を超えたものかどうかは、社会通念に照らして判断され、例えば業務に関係な私的な用事の強制、人格を否定する侮辱的な発言、必要以上の長時間の叱責、他の従業員の前での大声での叱責などがあげられました。

労働者の就業環境が害されるものとは、主観的なものではなく「平均的な労働者の感じ方」が基準であるとされ、労働者が「就業する上で看過できないほどの支障」が生じたかどうかで判断されるそうです。

これらの3要素がすべて合わさって法的なパワハラと判断されるのであり、適正な業務指示・指導はパワハラではないと指摘しました。例えば、度重なる遅刻への注意、重大ミスへの指導などは、人格否定でなければパワハラではないそうです。

パワハラの代表的な6類型として、身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害があげられました。

精神的な攻撃は、気分、感情にまかせた叱責も含まれますが、重大な問題行動に対する一定程度強い注意など、前後関係を見て判断する必要があるそうです。

人間関係からの切り離しは、別室隔離や集団無視などがありますが、新規採用者の育成のために別室で教育を実施するなど、該当しない場合もあるそうです。

過大な要求は、業務上明らかに不要なことの押し付け、新卒者に必要な教育のないまま到底対応しきれないレベルの業務を要求することなどがあげられますが、新人の育成のために少し高いレベルの業務を任せることなどは該当しないそうです。

過小な要求は、管理職に誰でもできる軽作業をやらせることなどがあげられました。

個の侵害は、職場外での監視や性的指向・性自認や病歴などの個人情報を本人の了解を得ずに暴露することがあげられましたが、病気などへの配慮のために本人の了解を得て個人情報を必要な範囲で伝達することは該当しないそうです。

これらの6類型が複数合わさったり、セクハラなどが組み合わさったりすることなどもあるそうです。

パワハラの判断のポイントは、3要素がすべて満たされていると、客観的に判断されるかがポイントであると確認しました。

 

この確認を踏まえて、3、4人のグループに分かれてハラスメント・トリアージゲームを行ないました。

このゲームは、ハラスメントではないかと思われる事例について書かれたカードを見て、災害時のトリアージのように、黒は論外で完全にハラスメントで被害が深刻、赤は対応を行なえば解決できるハラスメント、黄色はハラスメントかどうか情報収集が必要な事例、緑はハラスメントではない事例といったルールを決めて分類していくというものです。

20事例くらいを分類しましたが、私の参加したグループでは緑の事例は1件もなく、赤に分類された事例が最も多かったです。

 

ゲームの後、ハラスメントの相談を受ける際の注意点が取り上げられました。

労働相談でパワハラの訴えがあっても、事実確認をしてみると「過小な要求」が体調に配慮しての業務の軽減だったり、仕事の押し付けが業務上必要な指示だったりすることもあるそうです。

企業における理想的なハラスメント調査の流れは、相談員によるヒアリング、事実関係の調査・確認、委員会等での審議・判断、会社による対応ですが、これができていないから問題が起きると指摘しました。

相談窓口が機能していないケースもあり、上司が直接指導するケースや、事実確認があいまいな状態で形式的な窓口担当が対応するケースなどは注意が必要だと指摘しました。そうった場合、労働組合がハラスメント研修を求めたり、外部の相談窓口の設置を要求したりする必要があるとのことでした。

ハラスメントと思われることが起こった場合、まず必要なのは記録することだそうです。いつ、どこで、誰から、何を言われた、されたといった、客観的な事実をメモすることが重要だそうです。

次に、信頼できるところに相談することです。社内の相談窓口、労働組合、地域の労働局や労働相談センターなどがあげられました。

ハラスメントを見たり聞いたりした場合は、当事者に声をかけて心配していることを伝え、否定や批判をせずに話を聴き、相談窓口などの情報を伝えることをしてほしいと述べました。

労働組合として相談を受ける場合の心得としては、まず、記録を手書きでもメールでもいいので文字にしてもらうことがあげられました。対話だけでは主観的なものと客観的な事実が混同されるため、文字にすることがよいそうです。次に、相手に「これってパワハラですよね」と同意を求められた場合、最初から同調するのではなく、まずは事実を整理するべきだと指摘しました。「パワハラだと思われるのですね。もう少し詳しく聞かせてください」、「体に不調はでていませんか」、「同僚の方で見た人はいますか」、「他に同じようなことをされた人はいますか」など、事実確認をする質問をしていくことが勧められました。

 

学習会の後は、浦和駅前で署名行動を行ないました。

医療・介護労働者の夜勤等の改善と人員増を求める署名で、母の日にちなんでカーネーションを配りながら署名を呼びかけました。

30分ほどでカーネーションがなくなり、行動は終了となりました。

署名数などは、後日報告がありましたらご紹介します。

 

以上で報告を終わります。

 

2026年は、正念場の年です。

医療・介護・福祉の制度改悪と負担増にストップをかけ、防衛費倍増をやめさせて庶民の生活を豊かにするために税金を使わせ、外国人や社会的弱者を敵視して真の闘うべき相手から目をそらさせる誤魔化しにだまされず、核抑止の矛盾を明らかにして核兵器禁止条約を批准させ、全産業平均よりも何万円も低い医療・介護従事者の賃金を改善し、最低賃金を大幅に引き上げ、安心して働き続けられる職場をつくるため、行動し、声を上げることを提起します。

 

 

なかなか書く時間が取れず、1ヶ月近く遅れてしまいましたが、4月16日、岡山県学習協のオンライン学習会「AI時代におけるネガティブ・ケイパビリティ~答えを急がない勇気~」の概要をまとめます。

講師は岡山県学習協の長久啓太先生です。

 

はじめに、「ネガティブ・ケイパビリティ」とは、ケアの倫理でも大切とされる概念であり、Tahooニュースに掲載されている臨床心理士の石上友梨さんの説明によると、「現代社会は、あまりにも『答え』を急ぎ過ぎています。(略)しかし、人の心の問題は、そう簡単に割り切れるものではありません。(略)この『答えの出ない事態に耐えうる力』こそが、現代において必要な心の知性の一つです」とのことでした。

 

「ネガティブ・ケイパビリティ」とは、「Negative Capability」と書き、「Capability」とは「Capable」、「~する能力ある」という形容詞の名詞形だそうです。

ポジティブなケイパビリティとは、「情報収集能力」、「分析力」、「計画立案力」、「コミュニケーション力」、「プレゼン力」、「文章力」などで、現代社会では「資本の求める能力」という側面が強く、「人間評価の事由」とされると指摘しました。

ネガティブ・ケイパビリティのルーツは、19世紀のイギリスの詩人であるジョン・キーツ氏であり、1817年12月21日付の手紙の中に、「つまり、人が不確実さとか不可解さとか疑惑の中にあっても、事実や理由を求めていらいらすることが少しもなくていられる状態のことだ」と書かれているそうです。
文学が描くものは、白黒はっきりつけられない人のここと、物語だと述べました。

ちなみに、詩や文学、物語にふれるということは、自分ではない他者の言葉、世界、倫理、人生にふれること、複雑で、不可解なことであり、文学者は他者性表現のエキスパートともいえると指摘しました。

キーツ氏から150年以上後、イギリスの精神分析医のビオン氏が、1970年の著書でキーツ氏の言葉を引用し、「答えや理由をせっかちに求めずに、不可思議さ、疑念を持ち続けること」が必要だとの考えを示したそうです。すぐ答えを出そうとする精神分析医への懸念だったそうです。

帚木蓬生氏は、著書『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える能力』の中で、ネガティブ・ケイパビリティについて、「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」、「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」と書いているそうです。

枝廣淳子氏は、著書『答えを急がない勇気 ネガティブ・ケイパビリティのススメ』の中で、「すぐに結論を出したり、判断を下したり、わからないとイライラしたり、決めつけたり、諦めたり、逃げたり、思考停止したり、というようなことを『しないでおく』能力」、「違和感を抱えたまま、とどまる力」と書いているそうです。

谷川嘉浩氏、朱喜哲氏、杉谷和哉氏による『ネガティブ・ケイパビリティで生きる 答えを急がず立ち止まる力』の中では、「物事を宙づりにしたまま抱えておく力を指しています。つまり、謎や不可解な物事、問題に直面したときに、簡単に解決したり、安易に納得しない能力」、「説明がすぐにはつけ難い事態に対峙したとき、即断せずにわからないままに留めながら、それへの関心を放棄せずに咀嚼し続ける力」と書かれているそうです。

 

「素早さ」、「わかりやすさ」が求められる現代社会においては、効率の良さ、簡単に理解できることが重視されると指摘しました。コスパ、タイパ、AIの要約などが浸透し、長い動画よりも短い動画が受け入れられやすいということです。関西風に言うと「いらち」、「拙速さを求められ、我慢のない状態」を指すそうです。

ネガティブ・ケイパビリティは、コスパ、タイパという考え方が求められる社会が失いがちな能力、後回しにされがちな能力となるそうです。

民主主義のプロセスと、効率主義、タイパ重視の考え方は相性が悪く、取り残される人を増やすと指摘しました。

「わかりたい」と思うのは自然なことであり、人間の根本的な傾向なので、「わからない」ということはストレスになり、「なぜ?」と考え続けるため、不安、心が落ち着かない状態となるそうです。

「わからない状態」とキープし続けることの意味とは、何でもかんでも迅速に「わかったつもり」となると、理解が浅い次元でとどまったり、わかっていないことが認識できないが、疑問や学ぶきっかけを育てるには、「わからない」ということを認識する必要があると指摘しました。ドラマ『テミスの不確かな法廷』では、「わからないことがわからないと、わからないことはわからない」という言葉が何度も出て来たそうです。

枝廣淳子氏は、前述の著書の中で、「葛藤保持力」という言葉を紹介したそうです。「日本を代表する臨床心理学者であった河合隼雄氏は、迷いを持つこたえる力のことを『葛藤保持力』と呼んでいました。(略)そして、悩みや迷いがあるのが問題なのではなくて、問題があるのにちゃんと悩んだり迷ったりしないことが問題なのだ、と。みんな苦しくて嫌だから、あれかこれかと葛藤することをせずに、すぐどちらかにしてしまいますが、『いろいろな葛藤を持ちながら、ぐっと耐えてそれを持ち続ける。それが「おとな」なのだというのが僕の定義なんです』と言います」と書いているそうです。

 

しかし、ネガティブ・ケイパビリティは、「何もしないこと」ではないそうです。

たとえば、職場の人間関係にもネガティブ・ケイパビリティは必要であり、価値観や道徳観の違い、役職や立場で変わる見方、年齢の差、先輩と後輩、上司と部下など、違う考えや態度、感覚に出会うのは日常茶飯事であると指摘しました。そこで安易に「この世代はこうだから」、「〇〇さんはこうした人」と決めつけず、断片的にきりとって判断しないことが必要だということです。

不安に耐えたり、不確実なことを保持すること自体が目的なのではなく、意思と目的をもって「待つ」、「観察する」、「耳を傾ける」、「辛抱する」ことによって、その結果として、新しい思考や理解、認識が育つために発揮する「弱めの能力」ともいえると指摘しました。

そして、ポジティブ・ケイパビリティとネガティブ・ケイパビリティは車の両輪であると指摘しました。ネガティブ・ケイパビリティは、ポジティブな能力を否定的に捉えるのではなく、豊かなネガティブ・ケイパビリティがあるからこそ、有用なポジティブ・ケイパビリティが発揮され、その両方があいまって、解決法や認識、行動が育まれると考えるそうです。

ケアの実践のなかでも、ネガティブ・ケイパビリティは必要とされるそうです。

ケアは、相手のニーズに応答する実践ですが、自分とは違う他者のニーズはそもそも「わからなさ」がつきものであり、応答に迷うことはいくらでもあると指摘しました。

徳永進氏の著書、『こんなときどうする? 臨床のなかの問い』の中で、「臨床はいつも、『どうして?』『どうする?』『どうなる?』などの問いの場だ。同時に、早急に答えを求められる場だ。正しい答えが1つ、ということはない。その時々に、その場にいる者たちで考え合うしかない」と書かれているそうです。

ケア実践は、相手を完全に理解することは不可能という前提に立ち、相手の気持ちやニーズに寄り添いながら、分かった希にならず、理解できないけれど、それでも理解しようと最大限の努力をはらわなければならないというジレンマのなかで、ためらいつつ、揺れるという特徴があると指摘しました。

齋藤祐樹氏と上江洲聖氏の『作業療法の曖昧さを引き受けるということ』の中で、「私たちは対象者のことを理解したいと思います。理解したいと思うこと自体はもちろん大切であり、臨床家として持つべき態度です。しかし、理解したいという願望は、油断すると、自分が持っている知的枠組みの中に状況を当てはめ、いつの間にか『理解したつもり』という状態へとすり替わってしまいます」、「不確実な要素をそのまま受け入れ、『(対象者)を理解できない』、『(障害を)受容できない』という前提を受け入れながらも理解しようとし続けることが大切です。そのような宙づり状態に耐える力(ネガティブ・ケイパビリティ)が、作業療法士をはじめとする『対象者に「寄り添う」専門職』には求められます」と書かれているそうです。

答えの出ない「問い」に向き合うとき、ケアする人は、まさにネガティブ・ケイパビリティを求められているのであり、拙速に答えを求めず、理解したつもりにならず、「ただ聴く」、「一緒に居る」、「わかちあう」という姿勢が、ケアの核心になると指摘しました。

不安なことや不確実なことがあるとき、思考停止したり気を散らしたりしてしまうのではなく、器に入れておくように「そのまま保つ」姿勢、不安や不確実なことを「受け容れる」姿勢や態度が求められ、それを可能にするには仕事や生活の中にある程度の「余白」、「ゆとり」が必要だと指摘しました。

ネガティブ・ケイパビリティは「濁流のなかに『よどみ』を作るような」ものであり、それを個人でつくることも大事だし、社会として、組織のなかでも、意識的につくっていくことが必要ではないかと提起しました。

 

次に、組織や運動のなかでのネガティブ・ケイパビリティについて取り上げられました。

組織とは、目標に向かって活動するものですが、しかし、組織の方針や目的が完全に正しいものであることは保障できないし、ときは間違うこともあり、組織の中でも「認知バイアス」が働き、集団の認識にゆがみが引き起こされることはあると指摘しました。

確証バイアスとは、組織の持っている方針や信念を指示する情報ばかりを集め、それに反する情報を無視・軽視してしまう心理的傾向のことだそうです。

同調バイアスとは、集団の中にいると自分の意見や判断よりも周りの人と同じ行動や考え方に合わせようとする心理的傾向のことだそうです。

集団浅慮とは、結束の強い組織が同調圧力となり、非合理的な意思決定をしてしまう現象だそうです。

合意形成のプロセスにネガティブ・ケイパビリティを組み入れることで、不安や違和感を表出できる関係性を日常的につくることになり、反対意見を聴く時間をつくることにもなると指摘しました。

意思決定の場における多様性の担保は、盲点をなくし、不安やモヤモヤ、自分たちの役割や行動を「ゆっくり言語化する時間」を取ることにつながると指摘しました。

不安や違和感を表出できる関係性をつくり、多様な意見を出し合える仕組み、聞ける仕組みを組織としてつくることが提起されました。

 

さいごに、一人一人に波があり、いつも順風満帆とはいかないので、私たちの活動のなかでも、「中途半端さ」を受け入れる力を身につけることは大事だということを指摘しました。

 

以上で報告を終わります。