労働組合ってなにするところ?

労働組合ってなにするところ?

2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

たくさんのご意見をいただきたいと思っていますので基本的にいただいたコメントは全て公開しますが、公開をご希望でない方からのご意見や表現に問題があるコメントは公開しないという選択をする余地を残すため、コメントは承認後公開とさせていただいています。トラックバックも承認後の公開となっております。(※「表現に問題があるコメント」とは、特定の個人を攻撃したり名誉を傷つけたりする表現を含むコメントや、特定の集団に対する差別表現などを含むコメントのことです。単に言葉遣いが乱暴であるという程度でしたら、基本的に公開しております。また、個人情報を明らかにしてしまうようなコメントについても、公開を差し控える場合があります)

なお、今のところアメンバー限定記事を書く予定はありませんので、アメンバーの新規登録は受け付けておりません。全ての記事を全ての方に公開していきますので、ご理解のほどをよろしくお願い致します。



2009.1.15追記 コメントのお返事を書いた記事についてはトラックバックできないように設定することにしました。同時に、コメントのお返事を書いた記事の無断転載は固くお断り致します。



2009.3.31追記 非公開コメントの基準に、「本筋から外れたことを持ち出して議論を混乱させるコメント」、「嫌がらせ、からかいと思われる表現を含むコメント」、「警告を受けても改めない人からのコメント」を追加します。そういったコメントに対してはお返事も致しません。(2009.3.14の基準は曖昧だったので変更しました)

2009.3.31現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントをしても非公開の扱いになっている人は1名です。


2011.10.20追記  トラブルがあり、一時コメント欄を閉めていましたが、本日から再開しています。なお、コメント非公開扱いの人が1名増え、2名となりました。


2011.12.25追記  非公開コメントの基準に、「人の不幸を楽しむためのコメント」、「人の不幸をあげつらうコメント」、「人の不幸を助長させるコメント」を追加します。


2012.3.19現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントをしても非公開と扱う人が1名追加となりました。現在、完全コメント非公開扱いの人は3名です。

「警告を受けても改めない人」の基準として、非公開コメントが通算10個を超した時点で完全コメント非公開扱いとすることとします。


2012.4.15追記  「表現に問題があるコメント」には当然セクハラ表現も含みます。コメントの内容のみならず、投稿者名にセクハラ表現を含むコメントも、本日より非公開と致します。過去にセクハラ表現を含む投稿者名を許容していたことに関しましては、不快感を抱かれた方にお詫び致します。


2012.8.20現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントを非公開扱いとする人が1名追加となりました。現在、完全コメント非公開扱いの人は4名です。


2013.10.30現在、「警告を受けても改めない人」としてコメントを非公開扱いとする人が1名追加となりました。現在、完全コメント非公開扱いの人は5名です。


2015.10.29追記 これまで誹謗中傷、セクハラ、商業的宣伝目的のトラックバックの削除についての注意がありましたが、トラックバックは廃止になって久しいのでそれを削除し、同様のコメントを非公開扱いにするということに変更いたします。


国内外の災害の被災者の皆さまにお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い生活再建をお祈り申し上げます。

 

2026年は、正念場の年です。

医療・介護・福祉の制度改悪と負担増にストップをかけ、防衛費倍増をやめさせて庶民の生活を豊かにするために税金を使わせ、外国人や社会的弱者を敵視して真の闘うべき相手から目をそらさせる誤魔化しにだまされず、核抑止の矛盾を明らかにして核兵器禁止条約を批准させ、全産業平均よりも何万円も低い医療・介護従事者の賃金を改善し、最低賃金を大幅に引き上げ、安心して働き続けられる職場をつくるため、行動し、声を上げることを提起します。

 

 

9月13日、第33回埼玉社会保障学校にオンライン参加しました。

以下、その概要をまとめます。

 

第一講座は、「日本の社会保障の現在地~あるべき社会保障への問題提起~」というテーマで、講師は労働者教育協会理事の原冨悟さんでした。

原冨さんは、みんなで議論したり、関心を持って調べたりするための話の糸口としての問題提起をしたいと述べました。

まず、「保険」なのに、医療・介護は給付の際に自己負担があるのはおかしいと思わないかと問いかけました。

1983年まで、労働者の医療費は窓口無料で、その年から1割負担になったそうです。

それ以降に社会へ出た人にとっては自己負担があるのが「当たり前」ですが、例えばイギリスでは国民医療を税金でまかなっているので、病院にはお金を払う窓口がないそうです。

制度上、「当たり前」と思っていることに疑問を持つべきであり、議論するべきだと指摘しました。

最低賃金についての議論の中で、エキタスがネットで「時給1,500円になったら何をする?」と聞くアンケートを行なったことがあったそうです。その回答の中に、「病院に行ける」というものがありましたが、これは窓口負担があることが前提になっていると指摘しました。この解決への道は2つあり、1つは賃金を上げることで、もう1つは医療費自己負担をなくすことだと述べました。

両面から考えてみるべきであり、レジメであげたもの以外にももっとあるはずだと指摘しました。

富裕層と貧困層の二極化は当たり前なのか、富裕層はなぜ豊かになったのかという問いが提示されました。

また、ミサイルを買う金はあっても、なぜ国保税や介護保険料は安くならないのかという問いが提示されました。

トマホークは1発7億円もしますが、日本はそれをアメリカから400発買う予定だそうです。しかし、アメリカがイラで使い過ぎてしまい、納期が遅れているそうです。

税制や社会保障はわかりにくいと言われますが、わかりにくいのが問題であり、社会保障は権利なのだから、権利を行使するために理解できなければならないと指摘しました。

2026年度予算は122兆3,092億円で、国民1人当たり100万円という水準だそうです。

政策経費は70兆円であり、防衛関連費は8兆9,843億円で、社会保障費は39兆559億円だそうです。

社会保障全体は、国庫から39兆円、社会保険料83兆円、地方税から22兆円だそうです。

税収構造の変化は、1989年は消費税3.3兆円、所得税21.4兆円、法人税19兆円だったのに対して、2026年は消費税21.7兆円、所得税25.3兆円、法人税20.7兆円だそうです。

所得税負担率は、所得1億円を越えると負担率が下がるようになっているそうです。

平均賃金は低下しており、1998年は485万円でしたが、2022年は458万円となり、2025年は478万円となっているそうです。

「社会保障国民会議」とは、内閣官房によると、「国民の受益と負担に深く関わる『給付付税額控除』や…消費税が社会保障の貴重な財源であるとの認識を有し…政党が共同で開催」するものだそうです。つまり、そうでない政党は排除されるということだそうです。

その「中間取りまとめ」が2026年7月29日に出されましたが、所得に連動したきめ細やかな給付、一定の税・社会保障料負担があるものを対象とする、令和9年4月から2年間、食料品の消費税を1%とする、食料品に係る消費税1%の範囲内で「所得に連動したきめ細やかな給付」を令和9年度に導入するという内容だったそうです。

つまり、中低所得勤労者に給付が限られ、消費税減税や物価対策とは政策対象が異なると指摘しました。そして、2年後に食料品の税率を戻せば大増税になると指摘しました。

どうもおかしいと述べました。

高市首相は「消費税現在は私の悲願」と言いましたが、2年間のつなぎに過ぎないものとなっています。

国会で、国民の見えるところで議論すべきであり、「給付付税額控除」ではなく「所得連動給付」だと指摘しました。

そして、財源を見つけて、消費税をゼロにすべきだと指摘しました。

発端は国民の「何となくの不満」ですが、「何となく」が何なのか、きちんと議論すべきだと述べました。

ここで、日本の社会保障の変遷を振り返りました。

戦後、憲法に基づいて、社会保障の制度整備が行なわれました。

1981年の臨調以降、90年代の新自由主義の下で、社会保障の削減が続きました。

2012年、社会保障制度改革推進法がつくられ、社会保障のさらなる切り下げが行なわれました。これは、当時与党の民主党と野党自民党の共犯だと指摘しました。

2019年に全世代型社会保障検討会議が設置され、世代間対立をあおり、現役世代の負担軽減が社会保障切り捨ての理由とされました。社会保障費の自然増の圧縮は、窓口負担増、給付の切り下げにつながりました。

後期高齢者医療費へ、現役就労者の健康保険から「支援金」が支払われていることも、世代間対立を制度上あおることになりました。

1954年のMSA(日米相互援助条約)反対闘争後、自衛隊へ予算をまわすために社会保障各分野の給付が削られたそうです。

MSA反対闘争と朝日訴訟は、憲法と社会保障は関係するという認識と軍事費に金をまわすなという運動につながり、1958年に中央社会保障推進協議会が発足したそうです。

しかし、せめぎ合いの歴史を経て、軍事大国化への歩みが進められ、防衛費へお金をまわすことの強化が行なわれ、2016年には5兆円を突破し、2025年にはGDP比2%枠が突破されてしまいました。

あるべき社会保障を考えるにあたって、2025年の国民生活基礎調査が示されました。

それによると、全世代では「大変苦しい」が23.3%、「やや苦しい」が32.2%、「普通」が38.5%、「ゆとりがある」が6.1%だったそうです。つまり、「大変苦しい」と「やや苦しい」を足すと5割以上であり、苦しいことが普通になっていると指摘しました。

高齢者世帯では「大変苦しい」が21%、「やや苦しい」が31.1%、「普通」が41.7%、「ゆとりがある」が6.2%だったそうです。

母子世帯では、「大変苦しい」が43.4%、「やや苦しい」が38.8%、「普通」が15.8%、「ゆとりがある」が2.1%だったそうです。

考える視点として、制度をつくるのは全く苦しんでいない人たちであり、生活と労働、暮らしと仕事に根ざして考えることが提起されました。

また、税と保険料の両面から、税の使い道を含めて考えることが提起されました。

社会保障は法律で定められており、日本国憲法を土台に据え、権利として考えることも提起されました。

法律は、「正当に選挙された」国会議員が議論して定めるものであり、それは国民の代表者が国会で決めるということだと指摘しました。

正当な代表者を選ぶという気概を持たなければならず、政治から逃げず、生活をよくしようと思ったら法律に、政治に向き合わなければならないと指摘しました。

そして、わかりやすい制度にしなければならないと指摘しました。

餓死した子どもの母親は、「生活保護という言葉は知っていたが、自分に関係があることとは知らなかった」と言っていたそうです。

制度を知ることによって改善の方向が見えてくるのであり、制度を「知る」、わかりやすくすることが必要だと述べました。

 

第二講座は、「憲法25条と社会保障~モラトリアム化したプログラム~」というテーマで、講師は元立命館大学教授の唐鎌直義さんでした。

唐鎌さんは大学の先生からヨーロッパの研究者は1つの大学に留まらないと言われて実践してきたため、20年以上の在籍が必要な「名誉教授」にはなれなかったそうです。また、長くいればいるほど退職金が上がるのが日本の制度であり、退職金が長くいた人の3分の1から4分の1だったそうです。

「モラトリアム」とは、執行猶予、執行停止の意味だそうです。

憲法25条はプログラム規定であると言われており、それは国が「これからこうしますよ」という規定だという意味だそうです。どこかの時点で「実施する」としなければならなかったのですが、そうはなっていません。

朝日訴訟の翌年、日本は世界第2位の経済大国となりましたが、憲法25条はプログラム規定のままでした。国は憲法25法を実施する気がなく、国民一人一人に生存権を保障していません。つまり、憲法25条がモラトリアム化している、執行停止になっているということだと指摘しました。

ヨーロッパでは国民に最低限の生活を保障しているのに対し、日本の国民年金の最低保障は月額1万数千円だそうです。

医療、介護、住宅にも最低保障がなく、困ったら生活保護を受けることになります。

生活保護を受けるのはとても厳しくなっています。

大阪で講演をした際、ある弁護士が「生活保護は簡単に受けられる」と言ったのに対して、高槻市のケースワーカーは「うちでは先生が言った通り厳しい」と述べたそうです。

日本の生活保護はあらゆるものをカバーするいい制度ですが、諸外国では制度ごとに最低保障があるから、生活保護は生活保障のみとなっているそうです。

「SDGs」は持続可能な経済発展の目標値という意味ですが、地球環境を守るには、それを阻害する社会保障の支出を抑えることになると指摘しました。

企業一家主義により、労働者も企業を守ろうとし、公害問題が黙認され、住民運動を行なうことになったと指摘しました。

日本の社会保障のレベルは低く、このレベルのままで高齢化して社会が破綻するなら、ヨーロッパはとっくに破綻しているはずだと指摘しました。

日本の社会保障は、ヨーロッパと比べて企業の負担が低すぎ、一方で国民の負担率は高く、日本では企業の内部留保が増大していると指摘しました。元の法人税に戻せば税収は増加します。

高齢者は元は多くが企業の労働者ですが、しかし、高齢者になった途端にどこにも属さない人になると述べました。

日本人にとって職歴が重いのは、労働組合が企業労働組合だからですが、イタリアでは年金者組合が最大組織だそうです。賃上げも年金引き上げも連動しており、最低保障年金は月8万円で、年間13カ月分が支給され、現在は14カ月分とする闘争をしているそうです。

なぜ日本の社会保障は「持続不可能」と言われるのかと問いかけました。ヨーロッパと比較すると高齢者保障も劣悪だと指摘しました。そして、ヨーロッパでは子育て支援も充実していますが、日本では子育ては母親が、できなければ祖父母がするものだとされ、日本の高齢者は56%は働いていると指摘しました。老人会が解散するなど、老後の楽しみがなくなっており、菊花展がなくなるなど高齢者文化も衰退しているそうです。

日本全体で消費が縮小傾向、つまり、国内でものが売れなくなっていますが、輸出した方がいいので企業は円安を歓迎しているそうです。海外へものを売るためには軍事力が必要だとして軍拡が進められていますが、資本主義として不健全だと指摘しました。

日本の社会保障の現状を国際比較で見てみると、2020年の国民総所得はアメリカが約21兆ドル、日本が約5兆2千億ドル、ドイツが約4兆ドル、フランスが約2兆7千億ドル、イギリスが約2兆6千億ドル、スウェーデンは5,645億ドルで、社会支出率はアメリカは36.82%、日本は36.27%、ドイツは42.60%、フランスは50.68%、イギリスは34.34%、スウェーデンは41.64%、1人当たり社会支出はアメリカが最も多く、次はスウェーデン、ドイツ、フランス、日本、イギリスの順だそうです。日本とアメリカの社会保障は市場任せだと指摘しました。

現役世代の日本人は圧倒的に低い社会保障で暮らしており、政策分野別社会支出の国際比較を見てみると、現役世代関連6分野の支出割合は、スウェーデンが36.5%、フランスが29.2%、ドイツが29.0%、イギリスが28.4%、アメリカが21.0%、日本が18.5%だそうです。特に失業分野への支出割合が低く、スウェーデンが1.9%、フランスが7.9%、ドイツが4.9%、イギリスが0.5%、アメリカが2.8%、日本が0.9%だそうです。イギリスが日本よりも低いですが、イギリスでは給付付き税額控除へ移行しているため、統計がわかりにくくなっているそうです。

高齢関連3分野の国民1人当たり社会支出の国際比較は、スウェーデンが14,394ドル、フランスが14,315ドル、ドイツが14,631ドル、イギリスが9,847ドル、日本が12,262ドル、アメリカが18,441ドルだそうです。

今の政治体制のままでは日本の社会保障がよくなることはなく、国民を「社会保障が破綻する」とだましていると指摘しました。

イギリスの警句に、「地獄への道は善意で舗装されている」というものがあるそうです。

現役世代関連6分野の国民1人当たり社会支出の国際比較は、スウェーデンが8,287ドル、フランスが5,904ドル、ドイツが5,967ドル、イギリスが3,905ドル、日本が2,783ドル、アメリカが4,890ドルだそうです。失業分野は、スウェーデンが431ドル、フランスが1,597ドル、ドイツが1,008ドル、イギリスが68ドル、日本が135ドル、アメリカが652ドルだそうです。積極的労働市場政策は、スウェーデンが772ドル、フランスが424ドル、ドイツが391ドル、イギリスがなし、日本が451ドル、アメリカが2,049ドルだそうです。これは2020年の数値なので、コロナ禍対策で数値が大きくなっているとのことでした。

社会保障財源の対GDP比での国際比較では、スウェーデンは事業主拠出が12%、被保険者拠出が2.8%、一般政府拠出が15.5%、合計30.3%だそうです。フランスは事業主拠出が14.1%、被保険者拠出が5.8%、一般政府拠出が13.5%、合計33.4%だそうです。ドイツは事業主拠出が10.8%、被保険者拠出が9.9%、一般政府拠出が10.4%、合計31.1%だそうです。イギリスは事業主拠出が7.9%、被保険者拠出が3.2%、一般政府拠出が14.0%、合計25.1%だそうです。日本は事業主拠出が6.6%、被保険者拠出が6.9%、一般政府拠出が9.5%、合計23.0%だそうです。

社会保障財源の構成比は、スウェーデンは事業主拠出39.60%、被保険者拠出9.24%、一般政府拠出51.16%だそうです。フランスは事業主拠出42.22%、被保険者拠出17.36%、一般政府拠出40.42%だそうです。ドイツは事業主拠出34.73%、被保険者拠出31.83%、一般政府拠出33.44%だそうです。イギリスは事業主拠出31.47%、被保険者拠出12.75%、一般政府拠出55.78%だそうです。日本は事業主拠出28.70%、被保険者拠出30.00%、一般政府拠出41.30%だそうです。

日本は被保険者拠出が圧倒的に高く、これ以上は社会保険料は上げられない水準ですが、上げられる余裕があるのが事業主拠出であり、労使折半ではなく3対7などにすべきだと指摘しました。

しかし、社会保障国民会議でもどこでも、企業負担は議論されていないそうです。

高齢期になるとどこにも組織されないのはおかしいと指摘しました。

労働組合は意見を言う場であり、世代間対立から労高連携へ向かうべきであり、労働組合の側から高齢者へ歩み寄るべきだと指摘しました。年金者組合も組合員が減っているそうですが、ヨーロッパでは最大の組織で、若者と一緒に運動しているそうです。フランスでは、年金闘争に高校生が参加しているそうです。

社会保障で幸せになる道を考えるべきであり、戦争経済ではなく、社会保障で明るい未来を目指すべきだと述べました。

高齢者は昔の現役労働者であり、今の現役高齢者は未来の高齢者だと指摘しました。両者は同じ階級であり、力を合わせられるはずだと述べました。

 

続いて、「高市政権の行方~社会保障を守るとともに、あるべき社会保障の展望を」というテーマでシンポジウムが行なわれました。

コーディネーターは埼玉社保協の段事務局長が務めました。

パネリストには、埼玉県生活と健康を守る会(埼生連)会長、全国生活と健康を守る会(全生連)理事の笹井敏子さんが加わりました。笹井さんは、元岩槻市議会議員であり、親の介護の後、生活と健康を守る会の運動に参加したそうです。生活と健康を守る会は1950年代につくられた運動体で、1954年に全生連が発足したそうです。助産制度、保育所づくりなどに取り組み、朝日訴訟の支援を行なったそうです。生活保護、医療などの運動を行ない、2013年からはいのちのとりで裁判に取り組みました。2025年6月に最高裁で勝利し、生活保護の引き下げが違法無効となりましたが、特定給付を半額とされてしまったそうです。かつて生活保護を受けていた人は自ら申請しないと給付を受けられないという問題もありますが、マスコミが取り上げないので知らない人が多いそうです。不服審査請求を全国で呼びかけているそうです。守る会は申請を助ける活動もしているそうです。今、34自治体に単組があり、会費は500~1,000円で、班活動も行なっているそうです。

唐鎌さんは、世代間対立を政府があおっているが、高齢者にも若者にも金持ちもいれば貧困者もいると指摘しました。高齢者が得をして若者が損をしているというイメージがあるが、運転手付きの高級車で送迎されている小学生もいると指摘しました。自分がどういう階級にいるかということを意識すべきであり、一般の人たちは労働者であり、自分が労働者だということに誇りを持ってほしいと述べました。イタリアでは労高連携が実現しているそうです。イギリスではパブ文化があり、地元のサッカーチームが勝利するとビールが振る舞われるそうです。パブはパブリック・ハウスであり、イギリスの炭鉱労働者は仕事に対する誇りを持っていると述べました。日本人は所属している会社に誇りを持っているが、労働者は仕事に対する誇りを持つべきであり、それが日本では軽く見られていると述べました。

段さんは、日本では会社に入ることがゴールになっており、だから労働組合に入ろうとは思わないと指摘しました。次に、原冨さんに、日本の社会保障の現在地について話してほしいと促しました。今、一気に戦前が始まったような状態だが、そこからどう盛り返すかと尋ねました。

原冨さんは、大企業の内部留保が600兆円を越えており、それについて考えたいと述べました。大企業の労働分配率は、2009年は54.5%、2024年は37.3%に下がっているそうです。労働分配率とは、稼ぎ出した価値から費用を除いた付加価値のうち、労働者へ分配される分だそうです。みんなが稼ぎ出した価値の60%は大企業が取り、そこから株主配当、役員報酬へ回った残りが内部留保になっているそうです。トヨタは役員報酬が21億円だそうです。税収構造の変化を見ると、1989年は消費税が3.3兆円、所得税が21.4兆円、法人税が19兆円でしたが、2026年は消費税が26.7兆円、所得税が25.3兆円、法人税が20.7兆円になっているそうです。大企業の内部留保の伸びは年20兆円であり、貯めこむくらいなら税金や社会保険料へ取るべきだと指摘しました。労働者がもっと声を上げるべきだと述べました。中小企業の労働分配率は高く、中小企業の経営者も大企業に搾取されていると指摘しました。社会保険料は高いと言うが、「労使折半」です。しかし、162条で健康保険組合は労使で社会保険料率を変えられると規定されており、多くが折半ではなくて使用者負担が高くなっているそうです。つまり、大企業は労働者を取り込むために社会保険料を下げ、労働運動を抑え込んできたのであり、結果として内部留保が増えたと指摘しました。

段さんは、社会保障拡充のためには労働者が闘わなければならないと述べました。

唐鎌さんは、地域の国保料は国費をあててあげるしかなく、それをやらないと公平にならないと述べました。

段さんは、そこは社保協が頑張るところだと述べました。そして、笹井さんに裁判闘争を頑張ってきた経験を話してほしいと促しました。

笹井さんは、行政訴訟は5件やっており、市長相手に弁護士なしで裁判闘争をしてきたと述べました。今も月5件程度の生活相談を受けているそうです。市議会議員時代、平成2年にクレサラ問題が起こり、多重債務の相談などを毎月5件ほど受けていたそうです。内容証明郵便を出すと督促が止まるのだそうです。岩槻市(当時)は男女差別がひどく、議会で質問をしていると「貧乏人の話だ」というヤジが飛んだそうです。32人中、女性は2人のみだったそうです。岩槻区役所の横に笹井事務所を置き、今でも相談を受けているそうです。100歳まで生きて生涯現役で、生活保護法が生活保障法になるまで頑張ると述べました。

段さんは、10月は笹井さんと一緒に埼玉高齢者大会を行なうと述べました。笹井さんの話を聴いて、社保協でも相談活動をしようと討議しているそうです。次に、唐鎌先生に、日本人は「自民党にまかせていれば安心」という思いがあったのではないかと思うが、高市政権が滅茶苦茶をやっても支持率が下がらず、日本の社会保障は進んでいると思っているのではないと問いかけました。

唐鎌さんは、日本の社会保障は現役世代分野が低く、傷害・労災・傷病が1.74%であり、家族分野が2.87%だと述べました。失業分野が際立って低く、0.33%だそうです。就労支援は1.09%だそうです。失業者を休ませない仕組みであり、大学教員も就労支援肯定派だと指摘しました。ある全盲の学生は、民間企業を対象に就活しましたが、就職できずに大学を卒業し、就労支援を受けた後、公務員を受けたら6月に決まったそうです。失業者は休んで自分を取り戻した方がいいのですが、しかし、失業手当の期間が短く追い詰められると指摘しました。一方イギリスでは、前に勤めていた仕事よりも悪い条件の仕事は紹介しないそうです。日本では派遣法ができてから何でもいいから就職させるようになり、日本だけ実質賃金が減少していると指摘しました。住宅への支出も日本は少なく、イギリスでは家賃補助があるそうです。生活保護も少ないと指摘しました。

ここで、アメリカの積極的労働市場政策が極端に高いのはなぜかという質問が出されました。

おそらく、コロナ禍の支援だと答えました。2020年は密を避けるために社会が止まったため、失業者に対して国が補助を行なったそうです。

段さんは、今、運動が高市政権を終わらせないと戦前に戻ってしまうと思われるが、あるべき社会保障とはどんなものかと問いかけました。

原冨さんは、社会保障財源を増やすことに尽きると述べました。世論調査を見ると支持率が新聞によって違うが、日経などは「どちらかと言うと」などにさら問いをしていると指摘しました。世の中の人は日本の社会保障がひどいとは思っていないが、議論することが必要だと述べました。労働組合には議論する場があり、他の団体でも議論の場をつくってほしいと述べました。

唐鎌さんは、憲法25条が生きる社会をつくるべきだと述べました。執行停止ではなく。

笹井さんは、国会前の運動が自覚的、非組織的になっていると述べました。笹井さんが高校生の時、高校は男子が400人、女子が50人で、女子トイレがなく、運動部に入ることもできなかったそうです。1年生の時から署名運動をし、差別を解消したと述べました。一緒に頑張りましょうと呼びかけました。

段さんは、11月29日には第6回25条埼玉集会、12月20日には埼玉県社保協総会があると述べ、参加を呼びかけました。

 

以上で報告を終わります。

国内外の災害の被災者の皆さまにお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い生活再建をお祈り申し上げます。

 

2026年は、正念場の年です。

医療・介護・福祉の制度改悪と負担増にストップをかけ、防衛費倍増をやめさせて庶民の生活を豊かにするために税金を使わせ、外国人や社会的弱者を敵視して真の闘うべき相手から目をそらさせる誤魔化しにだまされず、核抑止の矛盾を明らかにして核兵器禁止条約を批准させ、全産業平均よりも何万円も低い医療・介護従事者の賃金を改善し、最低賃金を大幅に引き上げ、安心して働き続けられる職場をつくるため、行動し、声を上げることを提起します。

 

 

9月11日、岡山県労働者学習協会の長久啓太さんによる学習会「日本国憲法の制定過程」の第2回にオンライン参加しました。

以下、その概要をまとめます。

 

今回は参加が遅れて最初の方は聴くことができなかったため、その部分はレジュメで補います。

 

はじめに、古関彰一氏の『日本国憲法の誕生』の一節が紹介されました。

「近代憲法を起草すること、それはまさに抑圧に苦しむ人々の人権を保障すること以外のなにものでもない。その立場を背骨に貫く思想を持たない人間に、『憲法制定の父』となる資格はなかったのである」と書かれているそうです。

つまり、当時の日本政府には、民主的な憲法をつくる意思も能力もなかったということだと指摘しました。

 

続いて、日本国憲法の制定過程が時系列で語られました。

1945年8月15日、昭和天皇が戦争終結の詔書を放送しました。正式な降伏文書の署名は9月2日だそうです。

8月30日、連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーが厚木飛行場に到着し、日本は連合国の占領下に入りました。

10月4日、近衛文麿首相とマッカーサー司令官の最初の会談が行なわれ、マッカーサーは近衛に憲法改正を示唆しました。

10月11日、GHQは婦人の解放、労働組合の奨励などの5大改革指令を発しました。

10月27日、政府は憲法問題調査委員会を設置し、松本国務大臣を委員長とし、憲法草案作成作業に着手しました。

11月1日、GHQは、近衛の憲法改正の仕事はGHQとは無関係との声明を発しました。

11月5日、鈴木安蔵らの憲法研究会が東京都内で初会合を開きました。

11月11日、共産党が「新憲法の骨子」を発表しました。

11月22日、近衛は「帝国憲法改正要綱」を天皇に上奏しました。

12月6日、GHQは近衛を戦争犯罪人に指名しました。そして、16日に近衛は服毒自殺してしまったそうです。

12月16日、モスクワ外相会議で極東諮問委員会を改組し、極東委員会を設置することが合意されました。極東委員会はGHQの上にくる組織であり、GHQは極東委員会が設置される前に日本国憲法を制定しようと急いだそうです。

12月26日、憲法研究会が「憲法草案要綱」を政府へ提出しました。これは、自由民権運動時代の考え方を受け継ぐ研究者が作成したもので、戦中に弾圧された人たちが復権したと指摘しました。

しかし、松本委員長は内外の意見書を取り入れようとせず、明治憲法に固執し、他の意見は視野に入らなかったそうです。

12月3日、松本委員長は鎌倉の別荘にこもって「憲法改正私案」の起草を開始し、誰とも議論することなく1月4日に脱稿したそうです。

1946年1月1日、天皇の「人間宣言」が行なわれました。

1月11日、GHQのラウエル中佐が憲法研究会案に対する「所見」を提出しました。

1月21日、自由党が「憲法改正要綱」を発表しました。

1月24日、幣原・マッカーサー会談が行なわれ、幣原がマッカーサーに戦争放棄を提案しました。

2月1日、毎日新聞が日本政府の松本案をスクープしました。これにより、松本案が明治憲法とほとんど変わらないことが明らかになりました。

GHQ民生局は、毎日新聞スクープを翻訳し、到底受け入れられないと注釈をつけてホイットニー局長へ提出し、マッカーサーに報告されました。

2月3日、ホイットニー民生局長がマッカーサーにGHQでの憲法草案作成について意見具申し、「マッカーサー三原則」が提示されました。

2月4日、ホイットニー民生局長がケーディス大佐らに「マッカーサー三原則」を示し、民生局による憲法草案作成を命令しました。三原則とは、国民主権、天皇は社会的君主とすること、国連憲章を念頭におくことだったそうです。

2月10日、GHQ民生局は憲法草案を完成させました。

2月13日、ホイットニー局長らが吉田外相、松本国務大臣らと会い、憲法草案を手渡しました。吉田外相らは、自分たちの草案への意見が示されると思っており、GHQの草案が示されるとは想定していなかったそうです。

この場面だけを切り取れば、GHQが日本政府は改憲案を押し付けたように見えると指摘しました。

2月19日、松本委員長らが閣議でGHQ案が手交されたことを表明しました。

2月22日、日本政府はGHQ案を受け入れる閣議決定を行ないました。この時点では、日本国民は全く知らされておらず、毎日新聞のスクープで日本政府案を知っただけだったそうです。

3月1日、憲法草案が完成しました。3月4日に松本国務大臣らが日本案を携えてGHQ本譜へ出頭し、ケーディス民生局次長らと徹夜で議論したそうです。

3月6日、日本政府の「憲法草案要綱」が発表されました。日本国民は、ここで初めてその内容を知ることとなり、毎日新聞のスクープと全く違うことに驚いただろうとのことでした。

4月10日、第22回総選挙、はじめての普通選挙が行なわれました。

5月22日、自由党の吉田内閣が発足しました。

6月20日、第90回帝国議会衆議院本会議において、「帝国憲法改正案」が提案されました。

この後、議会論戦でさまざまな修正が加えられ、10月29日に衆議院本会議で可決成立しました。

森英樹氏は『世界史のなかの日本国憲法』で、「日本国憲法制定のドラマには、たしかに総司令部に『押しつけ』られたシーンがあるが、世界史という大きなステージで観れば、押しつけたのは歴史的に形成されてきた平和・人権・民主主義を求める流れであれい、押しつけられたのは日本の支配層であった」と書いているそうです。

つまり、日本の支配層には、人権や民主主義を”押しつけられた”という怨念があるのだと指摘しました。

 

次に、GHQ案の詳細が取り上げられました。

基本設計は、ポツダム宣言にそった憲法の起草ですが、しかし、日本政府にはその意思も能力もないということが確認されました。

そして、GHQの上に立つ極東委員会が発足する前に、日本国憲法の制定を急ぐ意図もあったそうです。これには、天皇の戦犯問題を回避する思惑もあり、天皇を処罰すると占領政策がやりにくくなるからだったそうです。

最初に、ホイットニー民生局長が、マッカーサー三原則を提示したそうです。

第一に、天皇は国の元首。皇位は世襲。天皇の職務及び権能は憲法に基づき行使される。

第二に、国権の発動たる戦争は廃止。日本が陸海空軍をもつ権能は将来も与えられない。

第三に、封建制度は廃止。華族は政治権力をもたない。予算の型はイギリスの制度にならう。

そして、ホイットニー民生局長はすべてを行政部にまかせるとし、行政部ではケーディス大佐を中心に全体を統括する運営委員会を作り、その下に立法権に関する委員会、司法権に関する委員会、地方行政に関する委員会、財政に関する委員会、行政権に関する委員会、天皇・授権規定に関する委員会、人権に関する委員会を作り、集団的に議論を行なったそうです。

委員に選ばれた25人のGHQ民生局員は、『日本国憲法を生んだ密室の九日間』という本で紹介されているそうです。

GHQは軍事組織の一つですが、民生局は研究者などがメンバーで、彼らによって”奇跡的な憲法”がつくられたそうです。

日本国憲法は、一語一句変わっていない憲法としては最も古い憲法ですが、いまでも世界最先端のモデルであり、世界の憲法の主流になった人権の上位19項目までをすべてカバーしていると指摘しました。

2012年5月3日付の朝日新聞によると、世界の憲法人権ランキングの第1位である「信教の自由」は、1976年には88%の憲法に規定されており、2006年には97%の憲法に規定されているそうです。第19位である「生活権」は、1976年には41%、2006年には79%の憲法に規定されているそうです。もちろん日本国憲法にも含まれています。

日本国憲法は人権条項が豊かであり、その案をつくった民生局・人権委員会のメンバーは3人だったそうです。

一人目はピーター・K・ロウスト氏で、カルフォルニア出身の当時47歳。オランダのライデン大学医学部を卒業後、シカゴ大学で人類学および社会学を研究して博士号を得、さらに南カルフォルニア大学で国際関係、法律、経済を研究し、インドやアメリカの大学で教鞭をとり、その後連邦政府の余剰物資取引局などに勤務し、1942年2月以来兵役に服し、オランダ海軍、オーストリア海軍との連絡将校を務めたそうです。

二人目はハリー・エマーソン・ワイルズ氏で、当時55歳。ハーヴァード大学で経済学を学び、卒業後、ペンシルバニア大学で修士、博士を取得し、さらにテンプル大学で人文学博士を取得し、ベル電話会社員、新聞記者、高校教師、雑誌の主筆などを経験し、1924~25年に慶応大学で経済学を講じたほか、日本関係の著書を持つ日本通だったそうです。

三人目はベアテ・シロタ氏で、ウィーン生まれの当時22歳。父はピアニストで東京音楽学校教授であり、5歳から10年間日本で過ごし、ミルズ大学卒業後、日本語の能力を生かしてタイム誌の外信部日本課、政府の外国経済局に勤務し、戦後、両親を探すためにGHQに入って日本へ来たそうです。

古関彰一氏の『日本国憲法の誕生』によると、「3人に共通して、まず気がつくことは、様々な豊かな経験があるにもかかわらず、法律を専攻もしくは職業としたことは一度もないことである。しかし彼ら、とくにロウストとシロタは戦間期という緊張した国際射愛の中で複数の国を渡り歩き、また様々な専攻や職業を経たことで、人権という人種や民族をこえた『人間の生来の権利』を起草するには、立法技術だけを身につけた法律家以上に適した資格をもっていたとも言えよう。一方ワイルズとシロタは戦前日本に滞在した、いわゆる日本通であり、明治憲法下での日本の人権状態を肌で知っていた。GHQ案の人権規定が、明治憲法と異なり国籍や人種にとらわれない規定となっていることは、こうした3人の体験とは無関係ではないだろう」とのことでした。

GHQ案での人権についての条文は、「すべての自然人は」という書き出しになっており、外国人の権利についての条文もあったそうです。

ベアテ・シロタ・ゴードン氏は、著書『1945年のクリスマス』の中で、「私は、自分の名前が読み上げられた時、『これは凄いことになった! 今、私は人生のひとつの山場にきている』と感じた。…全力を尽くしてあたらねばならないという、強い使命感が、私の沸き立つような興奮を抑え、冷静にさせていた」、「私は、女性が幸せにならなければ、日本は平和にならないと思った。男女平等は、その大前提だった」と書いているそうです。

ベアテ・シロタ氏は1929年から1939年まで日本に滞在し、女性の抑圧よく知っていたそうです。そして、彼女は6ヵ国語を駆使して各国の憲法を調べ、人権に関する条文で役に立ちそうな箇所を片っ端からメモしたそうです。彼女は資料が必要であることをわかっており、彼女のメモは他の委員たちにも重宝されたそうです。彼女は、「日本の女性が幸せになるには、何が一番大事か」を考え、女性の権利をはっきりと憲法に書かなければならないと考えたそうです。

しかし、ベアテ・シロタ案は「細かすぎる」と言われ、多くが削られてしまったそうです。その中には、子どもの医療費を無料とする条文や、勤労権の中の最低生活保障など、その条文が憲法にあればどれだけ助かったかと思われる条文がたくさんあったそうです。

中里見博氏は著書『憲法24条+9条』の中で、「シロタ草案の段階では、現24方にあたる規定は、家族生活を国が保護する諸規定に関する総論部分をなしていたこと、そして後続の豊かな社会保障条項とともに、社会権として位置づけられていたことがわかります」と書いているそうです。

鈴木昭典氏は著書『日本国憲法を生んだ密室の九日間』の中で、「これらの条項が、どんな資料から引用され、ベアテさんの胸中でどう組み立てられていったのか、そして文案がいかに無惨にカットされていったのかのプロセスは、まさに1つのドラマである。それは言い換えれば、女性の権利をめぐって展開された、女性の執念と男性優位社会との戦いでもあった」と書いているそうです。

日本政府は、男女平等の条文は日本には合わないと抵抗したそうですが、ベアテ・シロタさんは通訳を務めており、彼女の書いた条文だから24条は残してほしいというGHQの要望を受けて24条は残ったそうです。

日本国憲法24条第1項は、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」とあり、当時は革命的な条文だったそうです。明治憲法下では、戸籍の変更は戸主の同意が必要であり、そういった戸主の権利を否定する条文だからです。

第2項は、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない」とあり、家庭の中での「力の支配」を否定しています。このことについては、『民医連医療』7月号で清末愛砂教授が書かれているそうです。

次回は、帝国議会でどのような修正が憲法草案に加えられたかについて学ぶとのことでした。

 

以上で報告を終わります。

 

 

国内外の災害の被災者の皆さまにお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い生活再建をお祈り申し上げます。

 

2026年は、正念場の年です。

医療・介護・福祉の制度改悪と負担増にストップをかけ、防衛費倍増をやめさせて庶民の生活を豊かにするために税金を使わせ、外国人や社会的弱者を敵視して真の闘うべき相手から目をそらさせる誤魔化しにだまされず、核抑止の矛盾を明らかにして核兵器禁止条約を批准させ、全産業平均よりも何万円も低い医療・介護従事者の賃金を改善し、最低賃金を大幅に引き上げ、安心して働き続けられる職場をつくるため、行動し、声を上げることを提起します。

 

 

9月6日、埼玉医労連の第57回定期大会に出席しました。

以下、その概要をまとめます。

 

開会あいさつは宮本副委員長が行ないました。

まず、熊本地震や千葉大水害の被災者の方々へのお見舞いを述べました。

埼玉県の最低賃金は、2026年は10月から55円引き上げられ、1,196円になると述べました。しかし、世界では最低賃金は3,000円超であり、引き上げのために声をあげていかなければならないと指摘しました。

医療、介護の現場は人員不足であり、看護学校も閉鎖され、特に秩父地域では深刻な状況になっていると述べました。秋闘、春闘に向けて討論を呼びかけました。

中国、ネパールでも大きな土石流災害が起きており、温暖化の原因は経済の豊かさの追求だと指摘し、署名への強力を呼びかけました。

 

次に、小林執行委員長があいさつしました。

この定期大会は、秋闘に向けての意思統一と2025年の振り返りが課題だと述べました。

今日はジャガイモの話をしたいと述べました。アメリカ産の生ジャガイモの輸入が解禁されようとしており、消費者にとっては安いジャガイモが入ってくることになるかもしれないが、しかし、日本のジャガイモは豊作であり、農家は病害虫の侵入を懸念していると指摘しました。農家の方々がSNSなどで声をあげているそうです。オンライン署名は2万筆を超えているそうです。これまで農水省が長年輸入を食い止めてきたそうです。

農業も、医療も、介護も、声をあげなければ変わらず、あきらめずに声をあげていくことで変わっていくと述べました。最近は、平和のために若い世代が声をあげており、少しずつ社会の空気が変わっていると指摘しました。おかしいことはおかしいと言い、もっとよくできると声をあげ続けることで変えていくことができると述べました。

 

続いて、来賓のあいさつが行なわれました。

埼労連の大場事務局次長は、埼労連への協力のお礼を述べました。

医療、介護、住民の命を支える労働の現場は深刻だと指摘しました。国は国民生活向上の義務があるが、その領域がことごとく切り捨てられており、それが自民党政治だと述べました。

実質賃金低下、人員不足、費用削減、病院統廃合、倒産の増加など、職場に犠牲を強いる政策の連続だと指摘しました。

職場を去る人が後を絶たず、やりがい搾取によって頑張る人ほど疲弊すると指摘しました。

だからこそ労働組合が必要であり、変えることは簡単ではないが、労働組合の合法的な力を行使することが必要だと述べました。

変えていかなければ働く人も市民も守れず、広範な共同をつくることが埼労連の役割だと述べました。

日本医労連の渡辺副執行委員長は、賃金闘争は診療報酬改定で30年ぶりに1万円台のプラス回答が出たが、ほとんどが手当であり、他産業との差は年収ベースでは開いていると指摘しました。ボーナスが減り、賃上げの実感はないとのことです。

秋闘、次の春闘に向けて、対経営者だけでなく、制度政策の運動を産別としてやっていくと述べました。

また、賃金回答のもらい方は、文言ではなく、具体的な要求に対して期日までに回答を出させ、交渉によって引き上げをしていくべきだと述べました。労働組合の有無によって賃上げの水準が違うことを国も認めており、回答が複雑になってきているが、数値での回答、データ化が求められていると指摘しました。交渉で何をやっているかが見えるようにすることが、次の賃上げにつながると述べました。

組織の強化については、コロナ禍での活動制限が元に戻らないことや、世代での考え方の違いがあるが、労働組合としての役割をどう伝えていくかが課題だと指摘しました。労働組合として原則的な活動ができているか、それが職員に見えているかが問われていると述べました。

国の机上の計算だけでの削減の押し付けを阻止していく運動をしていくべきであり、地域での動きに関わり、労働組合としてしっかり意見していくべきだと述べました。それが労働組合が持っている権利であり、合法的に運動し、圧力をかけ、地道に繰り返していくことで、世間の支持を得て、職場の理解を得ていくと述べました。

ケア労働者は900万人であり、これからも増えていくと指摘しました。ますますの発展と要求の前進のため、日本医労連への協力を呼びかけました。

 

次に、決算報告、会計監査報告が行なわれ、代議員によって承認されました。

続いて、議案提案が行なわれました。2025年度の振り返り、2026年度の方針提案、予算提案が行なわれました。

提案を受けての討論は、今回はグループ討論を中心に行なわれました。人員不足、休日の少なさ、労働時間の延長などの共通する悩みを話し合いました。

全体討論では、埼玉民医労より26年春闘の振り返りが発言されました。診療報酬改定が6月実施となったため、3月の回答指定日が大幅に延期され、5月に回答が出されました。一部の職種はベースアップがあったものの、主な賃上げは手当によって行なわれています。労働組合にとっては納得がいかない部分もありましたが、賃上げの実施を先延ばしにする訳にもいかず、妥協せざるを得なかったことが指摘されました。

なかまる薬局労組からは、連携強化加算についての発言が行なわれました。この加算を取得するにはBCPの提出が必要だそうですが、埼玉県薬剤師部会にはひな形がなく、東京都のひな形を参考にするように言われたそうです。しかし、東京都薬剤師部会の会員でなければホームページからひな形をダウンロードすることができず、資料を読み込んで作成したと述べました。救護所の設置場所について、他の薬局は知らなかったので、加算を取るなら情報共有をすべきだと述べました。

埼玉民医労からは、沖縄知事選挙支援行動についての報告も行なわれました。9月1日から3日まで、2名が参加したそうです。憲法と民主主義を守り、沖縄を再び戦場にしないため、玉城デニー知事の再選を支援する行動を行ないました。ビラ配布、ハンドマイク宣伝を行ない、通行人から「頑張ってください」と声をかけられたり、車から手を振ってくれたりしたそうです。

 

総括答弁は、小貫書記長が行ないました。

活発な討論が行なわれ、賃金、労働条件、労働者不足についてなどが共通の課題として話し合われました。民医労からは26年春闘の反省、なかまる薬局からは災害へ備えについて発言があり、医療従事者は災害時にどう動くか準備が必要だと指摘しました。また、西部診療所では、写真展の取り組みが行なわれ、働く仲間のつながりをつくるきっかけになったそうです。労働組合員が交流する企画が重要であり、たたかうだけでなく、楽しく、持続可能な組合員活動にしていこうと呼びかけました。

続いての採決では、全ての議案が満場一致で採択されました。

ストライキ権投票も可決され、役員選挙も候補者全員が信任されました。

 

続いて、宮本副委員長が退任のあいさつを行ないました。

楽しく活動を続けてきて、労働組合があるから職場にも残っていたと述べました。

再雇用制度をよくするために活動を続けてきたが、それも来年3月で終了となるそうです。今後は、パート雇用の交渉もすると述べました。

今後は、年金者組合や埼労連でも行動すると述べました。

厳しい世の中だが、先輩に感謝しつつ、声をあげていきたいと述べました。

 

閉会あいさつは、渕山副委員長が行ないました。

まず、来賓へのお礼を述べました。

ここ数年、夏の時期に毎年災害が起きており、今年は熊本地震、千葉豪雨があり、埼玉県でも少しずれれば被害を受けていたかもしれないと述べました。

労働組合は7月の日本医労連定期大会が終わると夏休みだが、2つ注目点があると指摘しました。

一つは人事院勧告で、日赤や全厚労、JCHOが人事院勧告準拠の賃金だったが、今ではそれより低い水準に抑えられていると述べました。人事院勧告には民間の春闘結果が反映されると指摘しました。国の補正予算、診療報酬改定に賃上げが盛り込まれているが、国が我々の賃金を縛っているということであり、人勧レベルの賃金になってもおかしくないと指摘しました。

もう一つは夏のボーナスの結果であり、日経新聞によると平均100万円超で、5年連続過去最高だそうです。建設業は200万円超で、企業の人材不足を反映しているそうです。人材不足は医療、介護も同じはずだが、医療・介護分野のボーナスは年間で100万円いかないと指摘しました。

価値観を変えないと他産業より医療・介護分野の賃金は低いままであり、団結して声をあげる必要があると述べました。

 

以上で報告を終わります。