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労働組合ってなにするところ?

2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

2026年は、正念場の年です。

医療・介護・福祉の制度改悪と負担増にストップをかけ、防衛費倍増をやめさせて庶民の生活を豊かにするために税金を使わせ、外国人や社会的弱者を敵視して真の闘うべき相手から目をそらさせる誤魔化しにだまされず、核抑止の矛盾を明らかにして核兵器禁止条約を批准させ、全産業平均よりも何万円も低い医療・介護従事者の賃金を改善し、最低賃金を大幅に引き上げ、安心して働き続けられる職場をつくるため、行動し、声を上げることを提起します。

 

 

3月15日、2026年国際女性デー埼玉集会に参加しました。

その際行なわれた記念講演の概要をお伝え致します。

講演のテーマは「最貧国・コンゴ民主共和国のくらし~ヘイト・差別・排外から相互理解へ~」で、講師は元蕨市市議会議員の清水直子さんでした。

 

清水さんは1995年から蕨市で市議会議員を3期12年務めたそうです。その後、アルバイトをしながら音楽活動などをしている時にコンゴ民主共和国出身の男性と知り合い、2016年に結婚したそうです。しかし、夫が仮放免となって自由がなくなったため、2017年に夫とともにコンゴ民主共和国へ行き、現地の人たちとアフリカ布の小物を製作・販売するプロジェクトを行ない、2022年に帰国したそうです。5年経って、夫の再来日が可能になったからだそうです。現在は生活のためにスーパーのレジ打ちなどの非正規雇用で働きながら、コンゴ料理を食べながらおしゃべりする「対話食堂キンシャサや」に取り組んでいるそうです。

今一番気になることは、参院議員選挙の頃から言われるようになった「日本人ファースト」で、これが「外国人は出て行け」という風潮につながっていると指摘しました。清水さんは半分当事者の気持ちだと述べました。

蕨市は外国人住民が多いので、外国人との交流は日常茶飯事だそうです。

「生活が苦しいのは外国人のせい」という主張にはファクトチェックが必要だと指摘しました。

実体験から、スキマバイトや日雇いには外国人が多く、末端の労働者として日本人と外国人が一緒に働いており、時給は最低賃金水準で、やり甲斐を感じにくいと述べました。しかし、機械ではできない仕事で人間がやるしかないと指摘しました。

1986年に労働者派遣法、1993年に技能実習生制度がつくられましたが、これらは財界の要求で政府がやってきたことだと指摘しました。

生活が苦しくてもビザの更新はしないといけないし、年金保険料は払っているがもらえるかどうかわからないが、優遇されているというのはどこの話だろうかと問いかけました。

日本の在留外国人数は約377万人、約3%だそうです。ちなみに、蕨市の在留外国人は人口の10~15%で、50~60ヵ国の人が住んでいるそうです。

外国人と言っても、国も事情もそれぞれ違い、特定永住者、永住者、専門職、技能実習、特定技能、留学生、日本人の配偶者、難民、難民申請中の人、避難民がいると指摘しました。

金井真紀さんは、著書『日本に住んでいる世界のひと』の中で、日本にいる外国人にはそれぞれの事情があると書いているそうです。

 

続いて、コンゴ民主共和国についてです。

働く女性の姿が市場で見られ、野菜やハーブを売ったり、ドーナツをつくって売ったりしているそうです。おしゃれを楽しむ女性たちもいて、髪を結ったり、ネイルをしたりしているそうです。子どもたちも元気ですが、学用費員は自己負担だそうです。

かつて、コンゴはベルギーの植民地だったそうです。人口は2024年に1億928万人となり、国民一人当たり国民総所得は、640アメリカドルだそうです。人口の約75%が極度の貧困状態だそうです。5歳まで生きられない子どもは1000人中71~73人で、原因はマラリア、肺炎、下痢、出産時のトラブル、栄養不良、紛争と避難生活などだということでした。

下町の住居では、5世帯に1つのポンプで水を入手していますが、停電・断水が起こりやすいそうです。衛生状態がよくないそうで、溜めて置いた水でトイレを流しているそうです。炭火のコンロで料理し、食事は屋台で食べることが多いそうです。

医療は備品が古く、衛生状態が悪いので3回くらいマラリアに罹ったそうです。

コンゴの人たちの生活が苦しいのは誰のせいかというと、原因の一つは植民地支配だと指摘しました。1885年にベルギー国王の私有地とされ、1908年にベルギー領となり、1960年に独立したそうです。しかし、指導者のムルンバがベルギー、アメリカの関与で殺され、その後独裁政権が続いたそうです。

原因のもう一つは、国境紛争だと指摘しました。ルワンダ、ウガンダなどの周辺国からの侵入があり、国内の武装勢力も入り乱れ、現在まで30年紛争が続いているそうです。犠牲者は500万人以上となり、難民・避難民は1,000万人以上となっているそうです。武器としての性暴力による女性の被害も起こっているそうです。

戦争の原因となるのは、タンタルなどの鉱物資源が豊富であることだと指摘しました。タンタルとは、スマートフォン、パソコンなどのコンデンサ等に使われるレアメタルであり、それを巡って紛争が起きているそうです。

なお、コンゴは2つあり、コンゴ民主共和とコンゴ共和国に分かれており、植民地時代の宗主国が違うそうです。

ルワンダ軍の支援を受けた武装勢力であるM23は、奪った鉱物をルワンダへ密輸し、ルワンダは自国産の鉱物として輸出しているそうです。

2025年1月にM23が東部2州の州都を占拠し、12月にコンゴとルワンダの和平合意が署名されましたが、直後にM23が別の都市を制圧し、停戦には程遠い状態だそうです。

コンゴの指導者で、2018年にノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲ氏の活動は、『女性を修理する男』という映画になっているそうです。この映画は、性暴力の被害者が立ち上げり、指導者を支えるという内容だそうです。

 

日本にいる外国人の多くは、いろいろな事情を抱えており、地球規模での様々な問題があると述べました。

私たちが立ち向かわなければならないのは、同じ相手ではないかと問いかけました。

私たちが守るべきは、一人一人の人権であり、おかしいことはおかしいと言える国際世論が大事だと述べました。例えば、ICC、国際刑事裁判所は、ロシアの戦争犯罪やイスラエルのガザ攻撃などを裁いていると指摘しました。

2000年に行なわれた民衆法廷は、日本の従軍慰安婦についての女性国際法廷で、有罪判決が下されたそうです。ただし、法的強制力はないそうです。

コンゴの女性たちの被害も、国際的世論で正していくべきだと指摘しました。そうできる世界にしていくのは、私たち一人一人だと述べました。

国が違っても一つのことを取り組むことはできると述べました。

清水さんがコンゴで行なったエコバッグづくりのワークショップは、プラスチックゴミ問題があまりにひどいので取り組んだそうです。

多文化共生の例として、難民・移民フェスをあげました。

川口市の「ともくらフェス」は、ともにくらそうフェスティバルの略で、クルド人の人たちの出店や朝鮮学校の生徒たちの参加もあり、難民申請中の人たちも参加し、楽しく交流しているそうです。

1月11日に行なわれた「ごちゃまぜ川口NOヘイトマーチ」には1,200人が参加したそうです。これは、ヘイトスピーチをする政治家に対抗して行なわれたもので、外国人の人たちは友達だとアピールしたそうです。

清水さんは個人としても講演やエコバッグの販売を行なっており、「対話食堂キンシャサや」というコンゴ料理を食べながら交流する企画も自宅で開催しているそうです。この「対話食堂キンシャサや」は、蕨市のチャレンジレストランで開催することになったそうです。

ヘイトスピーチをなくすだけでなく、「外国人お断り」のアパートが多いというような、国籍による差別なのに何となく通ってしまっていることも変えていきたいと述べました。こうした状況があるからヘイトスピーチは入ってきやすいのであり、身近なことから変えていきたいと述べました。

 

以上で報告を終わります。

 

 

2026年は、正念場の年です。

医療・介護・福祉の制度改悪と負担増にストップをかけ、防衛費倍増をやめさせて庶民の生活を豊かにするために税金を使わせ、外国人や社会的弱者を敵視して真の闘うべき相手から目をそらさせる誤魔化しにだまされず、核抑止の矛盾を明らかにして核兵器禁止条約を批准させ、全産業平均よりも何万円も低い医療・介護従事者の賃金を改善し、最低賃金を大幅に引き上げ、安心して働き続けられる職場をつくるため、行動し、声を上げることを提起します。

 

 

岡山県労働者学習協会のオンライン学習会シリーズ「学びの森」の第5講義が1月15日に行なわれましたが、当日は視聴できず、YouTube版を本日やっと視聴することができました。以下、その概要をまとめます。

 

第5講義のテーマは「資本主義とは(2)-利潤第一主義の弊害」で、講師は長久啓太先生でした。

まず、NHK朝ドラ「ばけばけ」の主題歌「笑ったり転んだり」が取り上げられました。

この歌は1番と2番があり、日によってどちらが流れるか違うそうですが、1番は「毎日難儀なことばかり」、2番は「日に日に世界が悪くなる」と始まり、朝ドラにしては珍しいネガティブな歌詞で、観ている人の実感に合っていると述べました。

ここ数年を見ても、生活はよくならず、政治は国民生活を省みず、政府は軍拡を行なっていると指摘しました。世界を見ても、トランプ大統領がベネズエラにもイランにも滅茶苦茶をし、極めつけが解散総選挙で、大事な予算審議を1ヶ月空白にしてしまい、「どうなっちゃうんだ」という気持ちだと述べました。

こうした時ほど基本に立ち返り、こうなっている根本原因をつかむ、つまり、資本主義の矛盾、弊害をつかむことが重要だと指摘しました。高齢者が、外国人がと、わかりやすい対決点ではなく、本当の対決点をつかむべきだと述べました。

マルクスは「万国の労働者よ、団結せよ」と呼びかけました。

直接選挙には関係ありませんが、大いに学び、話し合って、私たちの立ち位置を確認することが重要だと述べました。

 

はじめに、資本主義の限界の一つとして、気候危機を招いたことがあげられました。

資本主義には恩恵もありますが弊害が目立ち、このまま行けば人類の存続が危ぶまれると指摘しました。そして、貧困や格差、長時間労働、女性差別、ケアに冷淡な社会、国民からの収奪など、大本に資本主義経済の論理があると指摘しました。

 

第1章は、利潤第一主義がもたらす弊害についてでした。

資本主義の特徴は、労働生産物のほとんどが商品であることだと指摘しました。商品とは、売るためにつくられるものです。資本主義がブレーキが利かずに暴走すると、「売れれば何でもオッケー」になると指摘しました。

私たちが生活するためにはお金が必要です。商品をつくり、それを売り買いし、つかうという流れになっています。生産活動と消費活動が分かれ、間に必ず市場が入っていると指摘しました。生産活動の指標が「市場で売れるかどうか」になり、生産と消費が分断されているので商品の背景にある労働が見えにくいと指摘しました。

「資本」とは何かというと、自己増殖を目的として運動するものだと指摘しました。貨幣によって生産手段と労働力を購入し、それらによって生産を行ない、作られた商品を売り、その利益によって貨幣を得ます。この貨幣がより大きくならなければならず、そのために搾取強化が行なわれると指摘しました。搾取強化とは、労働者をより長く働かせたり、賃金を下げたり、労働効率を上げたりすることだそうです。

資本同士は競争をしており、資本を大きくすること自体が目的となっているので、際限なく資本を増やしていくことになると指摘しました。

したがって、「これは社会や人々の生活にとって基本的に欠かせないもの」であれば、「公共分野」、「公共財」として、資本の論理に侵されないようにする必要があると指摘しました。たとえば、農林漁業、水道、医療、介護、福祉、教育、住宅などです。しかし、新自由主義によってこれらの分野も侵されつつあるそうです。

資本の世界では、労働の目的が「価値を増やす」、利潤・数字をあげることなので、社会的に必要な商品やサービスを作り出していても生産されなくことがあるそうです。たとえば、訪問介護の報酬が下げられたことがそれにあたると指摘しました。逆に、社会的に不必要・有害なものでも、利潤を得ることができれば、資本はそこへ投入されていくそうです。たとえば、軍需産業がそれにあたると指摘しました。軍需産業は地球環境を破壊するものですが、世界全体で2014年は約213兆円だったのが、2024年は約380兆円に増えているそうです。

資本主義社会は、長期的に見ればまずいとわかっていても、目の前の利潤獲得に資本が投入されると指摘しました。

そのような社会では、人間評価に能力主義が入り込み、数字や成果に評価が偏ることになるそうです。コスパ、タイパといった効率主義が重視されるということです。

人や仕事を、見えやすい「数字」、「成果」、「効率」で判断すると、働く人は評価にさらされ続けるので苦しいと指摘しました。本来、人は多面的なのに、資本に役立つ能力が評価されやすいとも指摘しました。

勅使河原真衣氏は、著書『働くということ-「能力主義」を超えて』の中で、「私たちの社会は『自立』を目指すばかりで、本来組み合わさってなんぼの人間を『個人』に分解し、序列もつけて『競争』させる。(略)そこかれ生まれるものは、(略)大多数の方々の『生きづらさ』は他ならない」と書いているそうです。

明確な数字で評価され、一人一人分断されて評価されることにより、労働力が非人間化していき、搾取強化が行なわれると指摘しました。また、解雇、倒産のリスクもあると指摘しました。

資本主義は、ケアや自然を「貪り食う」ということも指摘しました。

ケアがなければ労働力が再生産されず、市場は成り立ちませんが、それを女性に押し付けているのが資本主義です。内閣府の2016年のデータで、家事労働の1人当たり年間投入時間は、女性が1,313時間、男性が275時間だそうです。先進国では、女性の家事労働時間は男性の約2倍だそうですが、日本は約5倍だということです。

箕輪明子氏は、雑誌『経済』2021年3月号に寄稿した「ジェンダー平等戦略を改めて考える」の中で、「本来、資本にとって労働力の再生産が不可欠なはずであるのに、資本制においてはそれに必要な社会的越す炉負担を資本が回避するために、家庭内で女性に家事労働を強制してダタで行わせ、女性の家事労働を収奪すると同時に、家事労働を担いつつ賃労働者として働く女性をより『劣った』労働者として差別しながら搾取する構造である」と書いているそうです。

また、資本は「子育て」の成果を「タダどり」するとも指摘しました。子育てには膨大な時間とお金を費やしますが、企業は当然のごとくその子どもを雇い使っていきます。

上野千鶴子氏は、著書『家父長制と資本制』の中で、市場が自然から資源、エネルギーをタダどりし、産業廃棄物を返す一方、家庭からは労働力を吸い上げ、病人や高齢者を家庭に押し付けるということを図式化して示したそうです。

ナンシー・フレイザー氏は、著書『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』の中で、「資本主義経済は、非経済的分野の重要な要素をとことん食い尽くす」と指摘し、「資本主義システムの矛盾は単なる経済危機ではなく、ケア、エコロジー、政治の危機でもある。今日、そのすべての危機が、蔓延している。何もかも、新自由主義(ネオリベラリズム)と呼ばれる企業の長年の暴飲暴食が原因だ」と書いているそうです。

水、食料、資源、自然環境、ケアも、無尽蔵ではありません。自然が崩壊すれば社会も崩壊し、人の生存も不可能になります。その自然を、目先の利潤追求で回避不能なまでに壊しつつあるのが現局面であると指摘しました。つまり、一握りの利益のために、全体の生存条件が奪われようとしているということです。

 

第二章は、いびつな世界、ここまで進んだ富の格差についてでした。

2025年のオックスファム報告書よると、ビリオネア、10億ドル=約1,500億円以上の富を所有する富裕層の資産が、2024年には2.1兆ドル=約315兆円増加し、15.3兆ドル=約2,295兆円となったそうです。これは、2023年の約3倍のスピードだそうです。また、2023年には世界で2,565人だったビリオネアは、2024年には2,769人へ増加したそうです。2024年には、1人1日当たり約200万ドル=約3億円の資産が増加しているそうです。

一方、世界の貧困を減らすスピードは落ち込んでいるそうです。国際貧困ライン1日当たり6.85ドル=約1,028円より低い所得で暮らす人々は約36億人で、1990年からほとんど変わらず、現在の世界人口の約44%だそうです。

世界の最富裕層1%で世界の富の総額の45%を所有しているそうです。世界の富の半数をごくわずかの最富裕層が所有しているなかで、世界人口の半数近くが貧困線以下で生活しているという歪んだ世界の構図が示されました。

富裕国と貧困国のギャップ、国家間の不平等も拡大しているそうです。

グローバルノースは、人口は世界の5分の1ですが、ビリオネアの68%が居住し、世界の富の77%はノースにあるそうです。グローバスサウスは、途上国、新興国が多いそうです。グローバルノースへの富の集中は、巨大多国籍企業とその独占パワーによって形成されたと指摘しました。巨大多国籍企業は現地の資源を収奪し、労働力を搾取していると指摘しました。

2024年10月28日に公表されたオックスファム報告書「炭素の不平等」では、世界の上位1%の富裕層による二酸化炭素の排出量は、グローバルサウスの貧しい国々に住む5億人の排出量に匹敵すると報告しているそうです。

しかし、気候危機の影響を真っ先に受けるのはグローバルサウスの国々です。富裕層はプライベートジェットやヨットの使用制限をするべきだと指摘しました。

マルクスは、「万国の労働者よ、団結せよ」と呼びかけました。余裕がないと不満は身近な人に行きやすいですが、本来の対立軸がどこにあるのかしっかり見なければならず、そのためにはマルクスの理論が適していると指摘しました。

内田樹氏と石川康宏氏の対談『若者よ、マルクスを読もうⅡ』の中で、内田樹氏は「いまの日本社会は階層の二極化、階層分化が急速に進んでいますよね。(略)このまま二極化が進んでいくと、おそらく10年後、20年後ぐらいに、本当に一握りの超富裕層と圧倒的多数の貧困層に二極化していくことになるだろうと思います。(略)法律や社会制度がすべて富裕層にとって有利なものに改変され、富裕層の支配が恒久化するように作り替えられている。(略)僕も、この二極化趨勢はどこかで止めなければ、人類的なスケールの危機になるだろうと思っています。でも、とりあえずそのための理論的な武器として使えるものというと、マルクスしかない。どこに戻るかというと、『共産党宣言』の最後のところです。マルクスはそこで、『万国のプロレタリアート、団結せよ』と書いていますね。(略)弱者同士で連帯しなければ救われないのだけど、その当の弱者たちが、お互いに競争し合い、奪い合い、足を引っ張り合っており、決して連帯が成立しないように社会の仕組みが作り込まれている。だから、収奪されているもの、疎外されているものは世界的なスケールで連帯しなければいけないという『古い物語』にもう一度行きを吹き込む必要があるんじゃないか。僕はいまの日本の現状をそう考えています」と述べているそうです。

石川康宏氏は同書の中で、「一生懸命夜遅くまで働いている人間がまともに飯も食えない社会っておかしいだろうと、ホントに肌身で思いますね。(略)自分は雇う側ではなく、雇われる側にある。(略)マルクスはその労資関係を、資本家による労働者の搾取という対立面と、互いに別れては生きられない相互依存面の併存すなわち矛盾としてとらえていきました。そして、働くエネルギーの使用から儲けを蓄える人と、『労働の対価』という名目で生活ギリギリの賃金をもらう人では、経済的な立場が違っている。マルクスはそこに、資本主義社会における階級対立の根本を見ていきました。社会の人間をわける一番太い線をそこに引いたのです。ところが、その線のこちら側にいるのに、男と女の労働条件の差別、正規と非正規の格差、民間と公務との差がつくられて、それぞれに諍(いさか)いが煽られます。意図的に分断されるわけですね。本当なら手をつないで、太い線の向こうにいる人たちに対して状況の改善を迫る取り組みをすることが必要なんだけど、太い線がどこにあるかわからなくなっている人が多い。それが仲間割れの要因になるわけです」と述べているそうです。

だから、マルクスを学んでおくことが大事であり、学習することが偽りの対立点に騙されない、惑わされないことにつながると指摘しました。

 

第三章は、資本の横暴をコントルールする「人びとのたたかい」についてでした。

新自由主義による収奪は、人びとの人権よりも自由な市場経済に価値があるとするイデオロギー・政策であるとの定義が示されました。

新自由主義の本音は、「いちばん大事なことは、市場における自由な競争。これこそが人間の本質、活力の源。生存権とか教育権とか、人間らしく働くルールとか、労働組合、そんなものは競争の障害物。社会保障は競争の敗者によるたかり。自助と共助でなんとかしろ。国に頼らない自立した個人になりなさい。ぜんぶ自己責任」というようなものだろうと指摘しました。

こうした新自由主義は、政策として各国で進められ、考え方としても私たちの中に内面化されてしまっていると指摘しました。

とくに1980年代以降、新自由主義的政策の逆流があり、規制緩和、公共領域の縮小化、公務員削減、官から民へ、緊縮財政、株主優先などが政策として進められたそうです。

このままでは人間もケアも維持できなくなり、社会の持続可能性が失われると指摘しました。社会の持続可能なものにする、万人の基礎的ニーズが満たされなくなるということです。たとえば、子どもを生み育てること、環境破壊や災害などに対する回復力、復元力などです。人々の切実なニーズが「放置」されていると指摘しました。

では、どうするのかというと、「連帯」、「たたかい」を広げようと呼びかけました。

労働運動、社会運動による人権と社会保障の発展、人権の獲得、自由権の拡大、社会権の確立が必要だと述べました。

利潤の追求にストップをかけ、まずは人々の基礎的ニーズや人権が優先される当たり前の社会を取り戻すため、資本の暴走をコントロールするたたかいが必要だということです。

石川康宏氏は、雑誌『経済』2009年1月号に寄稿した「『資本主義の限界』を考える」の中で、「むきだしの資本の論理を、社会全体の安心や安定、平和や豊かさを求めるその国の労働者・国民がどこまで制御し、管理することに成功しているか…つまり、…国民による資本主義の民主的管理がどこまで達成されているか」ということが、社会の成熟度を測るものさしになると述べているそうです。

資本の論理を規制する大きなバリケードが日本国憲法であり、私たちが安心して暮らせる、人権が守られる、日本国憲法どおりの社会にしていくことが、本来の選挙の争点にすべきことだと指摘しました。

太田愛氏の小説『未明の砦』は、労働者の成長を描く作品であり、その中に「力ある人とその近くにいる人たちだけがより豊かになるのではなく、大勢の普通の人たちが生きやすい世界へと変えていくためには、力を持たない私たちが声をあげるところから始めるほかない」と書かれているそうです。

声をあげるのは大変であり、声をあげるトレーニング、学びが必要だと指摘しました。そのためには、声をあげている人たちに出会うことが必要であり、組織、運動が声をあげるトレーニングをする場となると指摘しました。

さいごに、アリシア・ガーザ氏の著書『世界を動かす変革の力』の中から、「変革とは、ごく少数の特別な人たちが、突然、奇跡のように何百万人もの人々を動かして起こる、と信じている人が多い。しかし実際は、何百万人という人々が一定期間、時には何世代にもわたって継続的に関わり、献身的に打ち込んでいるから起きるものなのだ」という言葉が紹介されました。

目の前の現実になかなか変わらない壁のように見えるが、世界中で人々が安心して暮らせる社会を目指してたたかっている人はたくさんいる、そうした人たちとつながって活動していくことが変革の力となると指摘しました。

 

以上で報告を終わります。

2026年は、正念場の年です。

医療・介護・福祉の制度改悪と負担増にストップをかけ、防衛費倍増をやめさせて庶民の生活を豊かにするために税金を使わせ、外国人や社会的弱者を敵視して真の闘うべき相手から目をそらさせる誤魔化しにだまされず、核抑止の矛盾を明らかにして核兵器禁止条約を批准させ、全産業平均よりも何万円も低い医療・介護従事者の賃金を改善し、最低賃金を大幅に引き上げ、安心して働き続けられる職場をつくるため、行動し、声を上げることを提起します。

 

 

3月1日、日朝協会埼玉県連合会主催の学習会「川口・蕨のクルド人へのヘイトをどう考えるか」に参加しました。

以下、その概要をまとめます。

 

学習会の講師は埼玉総合法律事務所の伊須慎一郎弁護士でした。

伊須弁護士は非正規労働者や中国在留孤児・婦人問題などに関わっており、技能実習生の問題で外国人労働者に接する機会もあったそうです。

外国人の方々をどう考えるかは、労働力としてだけ考えるのではなく、一人の人間として診ているかが重要だと述べました。

政府や自治体は安心・安全を強調しがちで、そうすると自由・権利と対立すると指摘しました。外国人の方々を労働力として見るのではなく、一人の人間としての尊厳を守ること、権利の主体として尊重することを考えなければ、大切なことが抜け落ちてしまうと述べました。

2017年、ネパール人男性を警察がベルト手錠で縛り、長時間拘束したところ、男性は検察官の取り調べ中に意識を失い、3時間後に死亡するという事件が起こったそうです。その男性は、有効な在留資格を持っていたそうです。その裁判の際、裁判官が男性を拘束したベルトをしてみたとこと、数分で手が真赤になったそうです。

命を失うかもしれない疾患があり、医療が必要であるにもかかわらず、ガーナ人の生活保護申請が却下されるということも起こったそうです。

クルド人だけでなく、あらゆる外国人が差別の対象となっており、誰が対象になるかわからないと指摘しました。

しかし、日本の裁判所は、特定性がないと違法性がないと判断しており、ヘイトスピーチが容認されてしまっているそうです。どうやって民族、人種への差別を名誉棄損として認めさせるかが問題となっているそうです。

 

川口市は人口60万人超で、外国人は4万8161人、クルド人は約2000人暮らしているそうです。

しかし、「不法滞在者ゼロプラン」でひどい帰国のさせられ方をされているそうです。例えば、生活の柱である父親だけを帰国させる、公園で遊んでいた子どもを入管職員が連れ去り、家族とともに送還する、といったケースだそうです。

2023年まで、クルド人は川口市内で平和に暮らしてきました。いわゆる「クルド人問題」はなかったのです。

2023年4月、難民申請中のクルド人大学生らが記者会見を開いて入管法改悪案に反対の意見を表明したところ、インターネット上で「嫌なら来るな」などの中傷が始まったそうです。

202年7月、殺人未遂事件の被害者が搬送された病院へクルド人約100人が駆け付け、騒ぎになったことから、インターネット上のヘイトが激しくなったそうです。

2023年11月から12月、川口市内に事務所を置く日本クルド文化協会と代表理事らが、トルコ政府からトルコの武装組織クルド労働党(PKK)に資金提供したという理由で試算を凍結したそうです。協会は資金提供はしていないし、その他のテロ支援行為もしていないそうです。しかし、このことをきっかけに、神奈川県在住の男性が川口市内でクルド人ヘイトデモを始めたそうです。男性はインターネット上で参加を呼びかけ、ヘイトスピーチをしながらのデモ行進を実施し、動画を撮影し、ショート動画にして発信したそうです。把握されているだけで6回のデモが行なわれたそうです。

デモに加え、クルドの祭典であるネウロズ祭りへの妨害も行なわれたそうです。この祭りには、外務大臣がお祝いの言葉を送っているにもかかわらずだそうです。

彼らは日本クルド文化協会はテロ支援団体だとし、ヘイトではないと言い訳しているそうです。デモでのヘイトスピーチは、「自爆テロを支援するクルド協会は日本にいらない」、「テロを肯定する外国人とは共生できない」、「不法滞在は犯罪だ」などだそうです。日本クルド文化協会の方々は在留資格を持っているにもかかわらず、そうしたヘイトスピーチが行なわれたそうです。

デモの参加者は少なく、10人もいないくらいだそうです。テロと結びつけながら、不法滞在のことも出しており、日本クルド文化協会の方々は在留資格があるにもかかわらず、不法滞在だと偏見を与えることになると指摘しました。

対策として、仮処分の申請を行なったそうです。2024年11月24日に予定されていたデモに対して、11月11日付で人格権を根拠に妨害予防請求権として事前のデモ禁止を求める仮処分申し立てを行ない、11月21日にさいたま地方裁判所が決定を発令したそうです。決定により、事務所から半径600メートルの範囲においてデモをし、業務を妨害する行為は禁止されたそうです。

本訴は2024年12月27日にさいたま地方裁判所へ提訴し、仮処分と同じくデモの禁止と、日本クルド文化協会の人格権などを侵害したことに対する損害賠償の請求を行なったそうです。裁判のポイントは、被告のデモ行為の内容が文化協会に対する、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律2条の「不当な差別的言動」に該当するかどうかだと指摘しました。

 

本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律、いわゆるヘイトスピーチ解消法は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは何かを第2条で定義しており、「専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に①危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を②著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を③地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう」と定められているそうです。

①は害悪告知類型とされ、「〇〇人は殺せ」、「〇〇人は海へ投げ込め」といった言葉が例として示されました。

②は侮辱類型とされ、特定の国の出身者を差別的な意味合いで昆虫や動物に例えることが例として示されました。

③は排除類型とされ、「〇〇人は出て行け」、「祖国へ帰れ」といった言葉が例として示されました。

裁判事例として、京都朝鮮第一初級学校襲撃事件があげられました。

これは、初級学校(小学校)の前で、被告が「北朝鮮のスパイ機関」、「不逞な朝鮮人を日本から叩き出せ」、「保健所で処分しろ」などと叫ぶ示威活動を行なったことに対する損害賠償を学校から請求されたもので、こうした裁判としては異例の1200万円の損害賠償が認められたそうです。普通は100万円くらいであり、それだけひどいヘイトだったということでした。

「本邦外出身者」とは、適法に居住していることが条件とされていますが、これは不法滞在者に対するヘイトスピーチなら許されるという訳ではないということが、立法時に確認されているそうです。当たり前のことですが、これを確認しておかないと、あげ足をとってヘイトスピーチが行なわれる恐れがあると指摘しました。また、難民申請中の方々も適法に居住している方々に該当するということも確認されているそうです。

なお、在日米軍に対する批判は、「不当な差別的言動」に含まれないということも確認されているそうです。マイノリティの定義は確立していないが、少なくとも在日米軍は「被支配的」な立場にはないという理由だそうです。

差別的言動による人格権侵害を根拠とする妨害予防請求権について、横浜地裁川崎支部は2016年6月2日決定で、「専ら本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として差別され、本邦の地域社会から排除されることのない権利は、本邦の地域社会内の生活の基盤である住居において平穏に生活し、人格を形成しつつ、自由に活動し、名誉、信用を獲得し、これを保持するのに必要となる基礎を成すものであり、上記の人格権を享有するための前提になるものとして、強く保護されるべきである」と判断しているそうです。つまり、差別的言動について差し止めを求める権利があるということです。

また、表現の自由との調整については、「その人格権の侵害行為が、侵害者による集会や集団による示威行為などとしてされる場合には、憲法21条が定める集会の自由、表現の自由との調整に配慮する必要があることから、その侵害行為を事前に差し止めるためには、その被侵害権利の種類・性質と侵害行為の態様・侵害の程度との相関関係において、違法性の程度を検討するのが相当である」と判断しているそうです。

さいたま地方裁判所における裁判は、次回の口頭弁論は5月13日に予定されているそうです。夏には立証段階に入り、証人尋問などが行なわれ、年内には判決を得たいと考えているとのことでした。

被告側の主張は、クルド文化協会はPKKというテロ組織を支援しており、被告はそれを批判しているにすぎず、「不法滞在」、「偽装難民」、「クルドカー」という発言は文化協会に向けたものではなく、事実に基づくものであることから、違法性はなく、ヘイトスピーチに該当しないというものだそうです。

原告側は、デモ主催者のこれまでの言動はクルド文化協会のクルド人支援活動の妨害であり、文化協会を含む川口・蕨地域で暮らすクルド人のコミュニティを破壊し、クルド人を排除するために地域住民などに偏見を植え付けるためのものであることを主張しており、その立証が必要だそうです。

 

現状では、クルド文化協会へのデモは止まったが、インターネット上にはひどい発信が横行しているそうです。「クルド人は殺せばよい」といった発言が簡単にされている怖ろしさが指摘されました。

また、官製ヘイト、選挙運動を利用したヘイトが行なわれているそうです。外国人差別が票につながる怖さも指摘されました。ヘイトスピーチに抗議する人を撮影してSNSにさらすといったことも行なわれているそうです。

大野県知事は、2月の県議会で「外国人住民の増加が治安に影響を与えているという事実はない」と発言しました、トルコに対するビザの免除について慎重な態度をとるよう外務省に要望したと報道されており、これがクルド人の飲食店経営者に対する嫌がらせ電話につながったそうです。

政見放送で、「クルド人は知能指数の低いくず中のくず。生きる権利はどこにもない」と発言した候補者もいたそうです。

法務省の見解では、「選挙運動、政治活動の自由の保障は民主主義の根幹をなすもの」と前置きしつつ、「選挙運動として行われていることのみをもって安易に人権侵犯を否定することなく、その内容、態様などを吟味し、総合的かつ適切に判断、対応」することを求めるとしたそうです。

しかし、日本の法律では特定の個人への人権侵害でなければ禁止できないという制約があるそうです。

被告以外の者によるクルド文化協会への嫌がらせとしては、「日本からでていけ 出ていかないならクルド人は皆殺しにする」というメールや、「近々日本いるクルド人を1人ずつ殺していく 日本にいる限り終わらない」というメールなどが届いているそうです。

また、文化協会以外への嫌がらせとしては、クルド人が経営している会社が請け負っている解体工事現場で「クルド人に死を」という落書きが見つかったり、防音シートが刃物で切られる事件が発生したりしているそうです。

ヘイトスピーチはじわじわと浸透していき、「クルド人になら何をしてもいい」という考えへ発展する恐れがあると指摘しました。

2025年7月には、クルド人の子どもに対する暴力事件も起こっているそうです。

また、日本人支援者への攻撃も起こっているそうです。「非国民」、「売国奴」、「反日」などの嫌がらせのメールや電話は、クルド人を支援者から切り離すことにつながる指摘しました。

クルド人への医療支援をしている団体への嫌がらせメールには、「日本人死ねという貴様らに人権などない皆殺しにして、豚の餌にしてやる。クルド人皆殺し万歳」などと書かれており、団体は被害届を出し、示談が成立しているそうです。

 

不法滞在者ゼロプランという高市政権の排外主義的外国人政策についても取り上げられました。

日本の外国人政策は、「共生」から「秩序」へと変更され、安全が切り崩されているという事実はないのに排除が行なわれていると指摘しました。

小野田外国人担当相は、「ルールを逸脱する行為や制度の不適正利用」に対処するとしているそうですが、今でもそうした事例は少ないそうです。政府関係者は、「小野田大臣はネットを見て、世間で話題になっていることを拾えているかチェックしている」と話しているそうです。

政府の有識者会議は、制度の適正化にあたり「事実関係や実態を把握せず、憶測等に基づいた対応をとることは厳に慎むべきだ」と指摘しているそうです。

 

(体調不良のため、この後の自治体での排外主義の広がりについてと包括的差別禁止法の必要性についての説明は聞くことができなかったので割愛致します)

 

ヘイトスピーチの規制については弁護士の中にもいろいろな意見があるそうです。表現の自由を守る必要があるという考えと、ヘイトスピーチを規制しなければならないという考えが対立しているそうです。

さらにスパイ防止法ができれば外国人の分断はさらに深まる恐れがあり、外国人の利益を代表する団体は登録し、活動を報告しなければならないという制度がつくられようとしているそうです。

まとめとして、憲法に立ち返ることが提起されました。憲法は、すべての人間が平等で、保護を受ける権利があるとしていると述べました。

憲法前文には、「全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」とあります。

この平和的生存権が、差別を受けているクルド人に対して適用されるべきだと指摘しました。

 

体調不良で途中で話を聴けなかった部分があるため、質疑応答については割愛致します。

以上で報告を終わります。