1988年5月26日ーアルファベットの読み方と発音ー
NHKの外国語講座で、ドイツ語を担当していた、ある有名な先生が、こんなことを書いていた。
「私は、英語は得意ではない。中学で初めて習った時、“なぜ、こうなるのか”と、わからないことばかりだったからだ。たとえば、ONE(1のこと)。なぜ、これをワンと読み、オネといわないのか。
考えだすと、ジャングルで道に迷ったような気がした」
なぜ、英語の文章は、大文字で始まるのかという疑問と同じだね。
ONEだけではなく、英語には、アルファベットの読み方と、普通に使われるときと、発音の違うものが
多い。ほとんどといっていい。
第一、「A」は、たいてい「ア」になる。冠詞の「A」、「AND」のAがそうだ。「C」も「CAT」(猫)の時は
まったく違う。なぜなんだろうね。
1988年5月25日ー岡本綾子ー
全米女子プロゴルフ選手権で、日本の岡本綾子が、また3位になった。
これで、連続3年優勝を逃している。
岡本綾子といっても、まだ知らないだろう。
日本の女子ゴルフ界で、1番強い選手だ。
昨年は、あちらこちらの試合に勝って、賞金女王になっている。
ゴルフでも、日本は、ずい分、強くなったものだ。
けれども、日本に初めてゴルフ場ができたのは、今から85年ほど前の明治36年5月24日のこと。
名前は「神戸ゴルフ倶楽部」。六甲山頂にイギリス人がつくった。
いまでは、日本全国にゴルフ場は1563か所もある。まだ500か所ほど計画されているという。
この狭い日本にーお父様は土地をぜいたくに使うゴルフは余り好きでない。
1988年5月24日ーキスー
「キス」。
日本語では「接吻(せっぷん)」。あるいは「口づけ」。
フランス語では「ベーゼ」だ。
大学生らは、よく、この「ベーゼ」を使う。「キス」よりは、なんとなく教養がありそうに響くためかもしれない。
この、キスも、いまでは、日本の映画でもなんの不思議もなく、堂々と演じ られるようになったけれど、
戦前の映画には、絶対、登場しなかった。
国や軍部が許さなかったからだ。
それが、日本の映画に出てくるのは、戦後もやっと昭和21年になってから。
5月23日に封切られた映画が第1号だった。
その名もずばり「ある夜の接吻」。
けれども、このときは、口と口との間に、ガーゼをはさんでいた。
2010年6月
父は、毎日私にキスしてくれた。
「いってらっしゃい!」のキス。
私に、外で何も悪いことがおこらないように、お守り代わり。
大人になると、さすがに煩わしい時もあったが、
でも、「いってらっしゃい」のキスなくして外出するのは、
なんとなく不安だった。
でも、もう「いってらっしゃい」のキスはない。
最後は、、私から「いってらっしゃい」のキスをした。
1988年5月23日ー屋根の修理の季節ー
猛烈に暑い日が続いたかと思ったら、今度は、はっきりしない天気。
この前「惜しいような5月の毎日」などと書いたけれど、ことしの5月は乱調気味のようだね。
こんな具合では、真夏の暑さが、思いやられる。
けれども、本来は、今頃、屋根の修理にはもってこいの天候のはずなんだ。
むかしの暦の本にも、5月を「屋根の修理の季節」と書いてあるそうだ。
春雨と、梅雨の中間で、晴れの日が、比較的、まとまって、やってくるからだという。
1ミリの雨が1平方メートルの屋根に降ると1リットルの水の量になる。
1軒の家の屋根に1年間に降る雨の量は約11万リットルだ。
4人家族で97日分。将来は屋根の雨が個人の小さなダムに使われるかもしれない。
1988年5月22日ーリンドバーグー
「翼よ、あれがパリの灯だ!」
と、くれば、だれのことだか、わかるだろう。
リンドバーグ。
1927年5月20日早朝、アメリカのロングアイランドを飛びたったスピリット・オブ・セントルイス号
(セントルイスの魂)は33時間30分後の21日夜、パリに到着した。
飛行機による初めての大西洋無着陸横断だ。
初めてロンドンに着いた時、朝もやの間から見えたロンドンの町の姿は、○○○ちゃんも
忘れることができないだろう。
リンドバーグも、これで、いっぺんに大金持ちになった。
しかし、そのために、5年後、愛児を誘拐され、殺されてしまった。
「パリの灯」は、悲劇への合図だったのかもしれない。
2010年6月
家族で初めて海外旅行にいったのが、小学校3年の時だった。
父と母は、新婚旅行にいってなかったので、新婚旅行もかねて
ということだったのかもしれない。
ロンドン、ローマ、パリの旅だった。
飛行機からみた、ロンドンの町並みをみた時の感動は、今も忘れない。
レンガ造りのかわいい家が、規則正しく並んでおり、ピーターラビットの
世界が、眼下に広がる感動。
あれから、数え切れないほど海外旅行にいったが、あれほどの感動は
味わったことがない。
今、同じ景色をみても感動はしないだろう。
映画も旅行も、いつ、誰と、どのように見た(行った)かで、
感じ方がまるで違ってしまう。
あの時、ヨーロッパに連れて行ってもらえなかったら、
まったく人生が変わっていたかもしれない。
旅というのは、時として人生を変えるほどの影響力を持つのだ。
リンドバーグは、悲劇だったが・・・。
1988 年5月21日ー日本書紀ー
日本で、もっとも古い歴史書は、何だか知っているね。
「日本書紀」
養老4年(720年)のきょう、5月21日、筆者(天皇の子供、つまり親王たちが編纂したといわれる)から、
ときの元正天皇に献上された。
歴史といっても、今の歴史学による歴史ではない。むしろ、神話や伝統、それに天皇にとって都合のよい
話が書いてあるといっていいだろう。だから、書き出しはこうだ。
「古の(いにしえの)天地未だわかれず、陰陽分か(わか)れざりしとき」
一方、聖書(古い方)も、こう書き始める。
「はじめに神天地をつくりたまえり、地は形なく、むなしく、暗い渕のようだった」
よく似ているだろう。昔の人は、東西ともに同じことを考えていたんだね。だから、日本書記は、
宗教書でもある。
1988年5月19日ーテニス ー
学校では、テニスをやっているそうだね。
いうなれば、テニス・ギャルの卵だ。
テニス。
英語で「TENNIS」。
12世紀ごろから、フランスで始まったといわれるから、ずいぶん古い。
古いフランス語で、テニスの試合を始めるとき、こう合図した。
「TENNEZ-テゥネ!」
英語でいえば「プレイ!」。この場合は、「レシーブを返せ」という意味らし。
これをイギリス人が「テニス」と聞いた。
「テニス」という言葉の始まりだ。
硬球を使った正式のテニスは「ローン・テニス」と呼ばれる。
ローンは芝生のこと。テニスはコートに芝生がはってあるからだ。
軟式テニスは日本の発明。この軟式はお父様もずいぶんやったものだ。
1988年5月18日ー大文字ー
英語を習いだして、1ヶ月半たった。
どんな調子だ。
お父様が、英語を習い始めとき、1番最初に、先生を困らせたのは、次の質問だった。
「なぜ、文章の書き出しの文字は大文字になるんですか」
たしか、先生は、 答えられなかったはずだ。
英語に限らず、アルファベットを使う外国は、ほとんど大文字で始まる。
しかし、そのほかの大文字の使い方は国によって違う。
固有名詞、人名、たいてい大文字だが、「私」は、英語では「I」と大文字。しかし、フランス語「Je」、ドイツ語「ich」は文中では小文字だ。
また、名詞はドイツ語では、すべて大文字で始まる。だから、読みやすい。
その点、日本語は大文字も、単語の切れ目もないから、外人にとって難しいんだ。
1988年5月17日ー春と夏のデュエットー
5月の天気のことを、こういう。
「春と夏のデュエット」
デュエットとは二重奏のこと。こいったのは詩人の北原白秋だ。
春の気温と夏の日差しが、ちょうど二重奏しているような5月の天気、(むしろ気候かな)だからね。
5月には雹(ひょう)が多い。
これも、夏になり切らない、気候のせい。
積乱雲から落ちてきた氷は、普通なら、途中で溶けて、水に変わり、雨となって地上にふる。
五月雨(さみだれ)だ。
しかし、5月は、まだ、空には春の寒さが残っている。だから、氷のまま落ちてくる。 これを雹という。
ある気象解説者がいっていた。「いまは、去っている1日1日が惜しいほどに5月真っ盛りだ」。
いつまでもこうだといい。
1988年5月16日ー松尾芭蕉にスパイ説ー
松尾芭蕉ー江戸時代で最も有名な俳人の一人だ。
「夏草や つわものどもの 夢のあと」
こんな句を知っているだろう。
なかでも、人に知られているのは「奥の細道」。
東北地方を旅したときのことを書いてある。
この「奥の細道」(東北地方をむかし奥州といった)に旅だったのが元禄2年(1689年)3月27日。
いまの暦では5月16日になる。
だから、ことしは、ちょうど3百年目。各地で様々な催しが行われる。
それとともに、芭蕉の幕府スパイ説が再び出てきている。
あるアメリカ人が、最近、芭蕉の旅した道を歩いたとこと、とても1日で歩ききれないところがあったそうだ。
1日に50キロ以上のところもある。当時芭蕉は46歳。スパイの訓練がないと、あれだけはとても歩けない。
そのことも、スパイ説を裏付けているといわれる。