からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜 -192ページ目

“コスメティックもろざし”〈四十〉

移動先はだだっ広い港だった。大きなフェリーやコンテナ船が見える。
この港はよく整備されていて、大きな公園のようになっていた。優しい光の街灯、トイレ、いくつものベンチ。
警察を避けてここに来たわけだが、むしろこっちの方が見回りに来そうだ。
疑問に思った3人の少女達は男の子達に問うた。
「ほら、あそこに釣り人がたくさんいるだろ、あそこは立ち入り禁止なんだ。警察はここを見回るとあいつらを全員帰さなきゃならなくなる。注意されても簡単に帰る人達じゃないからね、それが面倒で見回りに来ないのさ。もし見回りに来てもあいつらが時間を稼いでくれる」
「それと噂だけど、真面目に釣り客を追い払うと市から怒られるんだ、収入が減る、ってね」
「あ、あと県警の偉い人の実家がここらで釣具屋をやっているから取り締まらない、ってのもあったなぁ」
「要するに滅多なことがなけりゃ大丈夫ってことさ」

花火は夜を彩り、煙さえ香ばしいものにする。オレンジ色の街灯と月明かりが混じり、若い男女の顔を照らす。匂いすら光る。
花火も無くなり、彼女らはベンチに座り語り出した。
夏で夜で旅行、話は自然と怪談になる。
「…………それでね、何日ものあいだ連絡も無く会社を休むものだから数人の同僚が彼のアパートに行ったの。アパートの部屋をノックすると、思いに寄らず彼の返事がしたのよ、鍵は開いてる、入ってきてくれ、ってね、それで同僚達は部屋に入ったわけ、そしたら部屋の真ん中で彼がポツンと座ってるのよ、顔といわず体といわず見るからに痩せこけてる彼を見て同僚達は、どうしたんだ、って言ったのよ、彼は、動けないんだ、ってか細く言うの、わけがわからない同僚達は彼に近寄ってさらに聞いたの、どうしたんだ、ってね、彼は力なく目の前を指さして、見つめられていて動けないんだ、ってつぶやいたの、そして同僚達がその指の先を見ると…」
ごくりと喉を鳴らす音が静かな夜に響いた。
「そこはタンスと壁の小さな隙間だったの。でもよく見ると、その隙間からこっちを鬼のような顔で睨んでいる手に包丁を持った女がいたのよ!」
きゃー、うぉ、思い思いにリアクションをとる。
「数日後彼と同僚達は見つかったわ。全員首を切られていたそうよ、……………会社からね、嘘をついて会社を休むなって、…………お後がよろしいようで」
きゃっきゃっきゃっきゃっと笑う彼氏彼女ら。
「はぁ~あ、くだらねぇ、次はそっちの番、よろしく」
ミチコが男の子達に向かって言った。
「う~ん、なんかあるか?」
男の子達は話が尽きたようだった。
「……………アレしかない、な」
「いやアレはまずい。アレは作り話じゃなくて事実だ」
「ねぇなんなの、アレって。話してよ。そこまで言われちゃ天照大御神だって岩戸の内側で聞き耳たてるわ」
B子がひそひそ声で話していた男の子達に向かって言った。
ドキッとしたような顔で男の子達は互いの顔を見渡して、やがてこくりとうなずきあった。
「これから話すことは本当の話なんだ。嘘じゃない。こういう風にもったいぶっているのも君達をより怖がらせるテクニックじゃない。あまり話したくないんだ。でもここらに住んでる人なら大人も子供も知ってる、ただの事実だ」
タカオ君は怯えた声で話し始めた。


“コスメティックもろざし”〈三十九〉

男の子達は金も知恵も無いが場を楽しませようと、ひいては恋人を得る為に、体当たりでぶち当たっていく。
それが功を奏したのか、はたまた男の子達が持ってきた甘いお酒の力からか、4人と4人の若い男女は当然のように盛り上がった。
月光りが波を照らす。砂浜の人がまばらになったあたりで男の子達は「花火をしよう」と言い出し、善は急げとばかりに花火を買いに行った。
砂浜に残された4人の少女達は男の子達の品評を開始する、それは男の子達も同じだろう。
「なんかみんな馬鹿っぽい」
「だから言ったじゃない」
「子供っぽい」
「いやそれはしょうがないでしょ、未成年なんだから。私達も含めて」
「そりゃそうだけどさぁ」
「あんなもんでしょ」
「タカオ君ぐらいかな、かっこいいのは。他は似たり寄ったりね」
「あっ、それ言えてる」
「タカオは学校でも人気高いよ」
「うーん、でも私苦手だなぁ。なんか天然ボケでしょ」
「お前が言うなよ、でもまぁ、普段からかなりのものだわ」
「ふーん、そうなんだぁ、知子はどう思う?」
知子は会話に参加せずぼけーっと海を見ていた。
「ちょっとちょっと、知子さん?」
「うわっ」
ミチコが肩を叩いてようやく知子はこちらに気づいたようだ。
「なに驚いてるのよ、だから、知子はタカオ君のことどう思う?」
「えっ」
「だからぁ、知子はタカオ君のことどう思ってるの?」
他愛ない僅かな言葉の変化、質問から導き出される答えは印象から感情へと変わっていた。
「…………………好き、かな」
突然の告白に3人は目を丸くした。
「きゃー、知子いきなりなに?潔いわねぇ」
B子が興奮して叫んだ。
知子は自分の発言の間違いに気づいて顔を赤らめ、必死に、
「えっ、なに、そういうことじゃないの?」
と、わけのわからぬことを言った。
「そういうことってどういうことよ、それにしても…なんかいつもと違ったもんね」
ミチコがにやりといやらしく笑う。
「B子、私達は似たり寄ったりで頑張ろうね」
「うん、頑張ろうー」
「D美はいいんでしょ?」
ひとつ間を置いて、
「そりゃあもちろん」
D美は呼応した。
「んじゃ、そういうことで」
ミチコはまたにやりと笑った。
「えっ、ちょっと待ってよ、なに?突然だったのよ、酔ってもいるしさ」
「じゃあ知子はタカオ君のこと嫌い?」
「…そりゃ嫌いじゃないけど」
「でしょ、いいじゃない」
うっ、知子は押し切られた。しかし嬉しく思う自分もいた。
知子はタカオ君に一目惚れをしていた。
恋に理由を求めるのは愚鈍の行いだが、あえて言うならば、持ってる雰囲気が父親とまったく違うから、というものが大きかったのだろう。
そうこうしているうちに男の子達が花火を抱えて帰ってきた。
「ここは警察が来るから移動しよう」
男の子達の提案を断る理由はない。
ミチコは目配せをして知子とタカオ君を隣同士にして歩かせる。
知子は嬉し恥ずかしながらも平静を装って歩く。
頭上に輝く満月が妙に大きく見える夜だった。


“コスメティックもろざし”〈三十八〉

それは少し前、夏休みが始まろうとしている頃、知子達は焦りに焦っていた。
「私達の夏にはアバンチュールが足りない」
それは女社会で育ってきた少女達の悲しい叫びだった。
「道はあるわ」
ミチコが言った。
「D美に連絡を取るのよ」
ミチコの言葉で確かに道が開けた。
D美とは中学時代の同級生で、素行不良により高校に上がることが出来ず、しかも卒業と同時に両親が離婚した為に母親の実家へ引っ越し、そこの地元の高校へと進学した娘だ。
仲は悪くなかった、学校の外で遊んだこともある、が、ただそれぐらいの仲だ。高校に上がってからは一度も連絡を取ってない。
しかしなりふり構っていられないものがあった。
D美の高校は共学なのだ、だから必ず男に繋がるはず。
幸いD美の家のあるI県O市は夏場、海水浴やサーフィンの客で賑わう港町。距離も知子達の主要駅である学校の最寄り駅から電車で2時間ほどだ。
知子達は海水浴に行く“ついで”を理由にD美と連絡を取った。
「ウチだったら泊まっても大丈夫だよ」
D美はあっさりOKした。
少女達の胸は期待に膨らんだ。
そして遠征当日、カバンには水着、短パン、3通りの下着、そしてコンドーム。
電車は時間通りに少女達を目的地へと運んだ。
久しぶりに会うD美は、知子達の学校と違い、ゆるい校則のなかにあって思う存分精一杯ギャルっていた。
「きゃー久しぶりぃ」
D美は知子達に向かって言った。
知子達、正確には知子とミチコはD美のキンシコウのような姿に少し引いていた。
が、
「D美、派手派手じゃーん。きゃーハンガーで出来たカラスの巣みたーい」
と、言って、B子はD美に抱きついた。
「それってけなしてんじゃねぇの」
知子とミチコが言った。
「えっけなされたの?」D美が抱きつかれながら言う。
「知ーらなーい」
B子が言った。
「相変わらずねB子は」
「相変わらずよ私達は」
4人はさっそく一応の目的である砂浜に行き、きゃぴきゃぴ遊んだ。
海の家で焼きそばを食べながら、青海苔のへばりついた前歯等を駆使し、さりげなくD美の男関係を調査する。
どうやら彼氏はいないみたいだが男友達はいるみたいだ。
そうでなくては。
陽が紅くなり始め、話のタネも尽きた頃、
「ねぇ誰か男呼んでよ」
ミチコが真の目的を発した。
「いいけど馬鹿ばっかりよ」
お前が言うな、知子は心の中でツッコんだ。
中高生が携帯電話を持ち始めた時代、すぐに4人の男がD美により集められた。


“コスメティックもろざし”続・再会は始まりの鐘〈三十七〉

「よっ、お疲れ」
知子が教室に戻ると、約束をしていた二人の友達が声をかけた。
「家でオヤジが待っている」
そう嘘をついて友達から身を隠したわけだが、これはいつものことである。
友達に嘘をつくことではなく、家でオヤジが待っていることがだ。
知子が父子家庭であること、そして知子の父親が仕事に忙しく土曜の昼しか家にいないことをクラスメートは全員知っている。
知子が話したわけではないのだが…。
オヤジが待っている、と言って知子が土曜の放課後足早に、チャリンコのペダルに全体重をかけて、家へと帰るのは日常のことだ。
そしてそのあと友達と合流することも。
「親孝行する歳でもないのに、真面目な知子が帰って来ました」
ぺこりとおじぎをして知子は友達に応えた。
2人の友達は笑いながら机の上のお菓子、もちろん禁制品、を片付ける。
「じゃあ、さっそくで悪いけど行こっか」
二人の内、背の高い方のミチコが言った。
「まったく、階段を駆け上った私の努力が無駄に思えるわ」
「あ~嘘ついたぁ。入ってきた時息乱れてなかったじゃん」
背の低い方、B子が指摘する。
「うるさい。お前は探偵かよ」
「ひどーい。泣けてくるわ」
知子の言葉に反応してB子は両手で目を塞ぎ泣く…マネをした。
「さっ行こう」
ミチコが教室の外から手を招いた。
知子はそれに応じてスタスタと教室を出ていく。B子はまだ、教室で、泣きマネをしている。
知子とミチコが二階にある教室から校庭に出たあたりで、
「無視かぁい」
というB子の大声が教室から聞こえた。
「あいつもようやるわ」
知子とミチコは笑いながら、それでも足を止めず、むしろ速度を上げて、駅へと向かった。
駅は学校から徒歩2分の場所にある。
切符を買い終えた二人の後ろから、
「まってよぉ~」
と、B子の声がした。
B子の姿に知子とミチコはギョッとした。
B子は社会の隅っこでは高値で取り引きされ、それを着たいが為に受験者と変態が殺到するほど人気のあるこの学校の制服ではなく、その制服のデザインの良さとは正反対に位置するダサさ丸出しの学校指定ジャージ、通称タゴサクを身に着けていた。
そのタゴサクスタイルのB子が太ももの裏にかかとをぶつけるようにパタパタと走りながら近づいてきたのだ。
「ど、どうして?」
知子とミチコは同時に問うた。
「さぁ?意味なんかないわ。わからなくってもいいしね、私もわからないから」
B子は答えた。
「ただ、急いで着替えるている時、ロッカーの前で着替えたんだけど、急いでやってるからまず制服を全部脱いで下着姿になったのね、その時ブタクマに見られたのよぉ」
「げぇーサイアク」
また二人同時だ。
「でも人間って不思議なものね。ブタクマと目があってるんだけど急いでるって意識があるから体は勝手に動いてタゴサクを着ていくのよ。気がついたら着替え終わってたわ。そのまま駆け出したからブタクマは相当気まずいはずよ。セクハラで訴えられるんじゃないかってね」
B子は笑った。表現するなら、かっかっかっかっ、と高く渇いた声だ。
「そ、そう。それより制服は持ってきたんでしょうね?」
ミチコが尋ねた。
「さすがにね、だって今から合コンじゃない。私は性欲には正直なんだから」
B子はまた笑った。
「合コン、なのかな。これは」
知子がつぶやいた。
「合コンでしょ、こんなに頑張ってるんだから」
「意味わかんねぇよ」
またまた二人同時。
「だってさぁ。今日の朝からドキドキしてさぁ。普段絶対しないのに忘れ物のないようカバンを開けたり閉めたりしてさぁ。これからだってばっちりメイクするしさぁ。こんなに頑張ってるのにこれが合コンじゃないだなんて私認めないよ」
B子はいやに素直なんだよなぁ、知子は思い、苦笑した。
「合コンねぇ。お互い全員知ってるのにそう言えるのかな」
ミチコがB子に言った。
「だからぁ努力は必ず昇華されなきゃダメなの。そしてどんどん昇っていって……………」
ミチコとB子の冗談半分恥ずかしさ半分の言い合いが続くなか、知子はこれから、B子曰く合コン、で久しぶりに逢うタカオ君のことを考えていた。
「あっ電車来てるじゃん」
どっちが言ったのか知子はわからなかったが二人がホームに向かって駆け出すのを見て知子もすぐに駆け出した。


“コスメティックもろざし”〈三十六〉

知子はその人物の声を聞いてガバッと頭を上げる。
メイ子先生だ。
知子は安堵に包まれた。
いや、たとえメイ子先生であろうと知子は現行犯に変わりはなく、下手したら退学ものの状況なのだが…。
それでも知子は助かった、と思った。
そういう先生なのだ。
「まったく、あなたはなにしてるの?そんなことしてるから先生達からカブトムシって呼ばれるのよ。角が生えてるみたいにツンツンしてるってね」
ふふふっ、とメイ子先生は笑った。
「先生ぇ、見逃して、ね」
知子の顔は必死ではない。メイ子先生の顔を見た瞬間から、これからどんな状況になっても大丈夫、と大船に乗ったような心境になっている。
「見逃して、ねぇ。それはあなたが今なんらかの犯罪を犯していたということを自白したわけね。…うーん、さすがにすんなりとは見逃せないわね、何をしていたのか正直に話しなさい」
メイ子先生の顔から笑顔が消えた。
真顔、初めて向けられた顔、メイ子先生の言葉に知子はうっとのけぞった。まさかメイ子先生が追求に乗り出すとは。
知子はメイ子先生がすんなりと見逃して、あまつさえ訴えかければ化粧道具一式すら返してくれるのではないかと希望的観測をしていたのだ。
「う、そ、そんな…………」
知子は言葉を失った。
これはまずいんじゃないか、知子は思った。乗った船は泥船だったのだ。
「そういえば、知子、あなた朝猪熊先生に捕まってたわね。なにか没収されたんじゃない?それで取り返す為に忍び込んで、鍵が掛かっていたから鍵を壊してでも手に入れようとしていたんじゃない?」
メイ子先生は相変わらず真顔だが、知子は少しいぶかしんだ。
そんなこと見つかった時点でメイ子先生にはわかっているはずだ。
知子はわけがわからなくなり無言が続く、その間を埋めるように、
「それともあなたは何も没収されてないっていうの?では今何をしようとしたのかしら。知子、正直に言いなさい」
メイ子先生の追求が続く。
知子は追い詰められた。
この人に嘘はつきたくない。かといって正直に白状したり強引に突破を図ったりしたら大問題になる。
前門の虎、後門の狼。
抜き差しならない状況の中、知子の脳内に何かがひっかかった。
嘘?嘘をつく?
ふとメイ子先生の目を見た。
その目は真顔でありながら優しさの輝きに満ちて光っているように見えた。
崩れゆく泥船、その下に大きな原子力潜水艦の影が見えたなら。
よし、知子は決意して、
「先生、何言ってるんですか。私何も没収されてませんよ。今も朝にブタクマから、放課後俺の机を直しといてくれ、って頼まれたんですよ。ほら私中学の時技術の成績がよかったでしょ。まぁ父子家庭だから家庭の中のことを小さいときからやってきたってこともあるんだけど。それを何かの拍子に知ったんじゃないかなぁ」
と、嘘、とも言えないような稚拙な言い訳をした。
それを聞いたメイ子先生は怒り狂って、ではなく、
「ふふふっ、そうよね、知子はそんなことするような娘じゃないものね。ごめんなさいね、疑ったりして」
と、知子の言い訳を全面的に受け入れた。その顔はいつもと同じ笑顔だ。
「ところで先生、私のこと捜していたって言ってたけどなにかご用でも?」
知子は記憶と共に冷静さが戻ってきた。
「あぁそうそう」
と言って、メイ子先生は腕に抱えた出席簿の裏側から、知子からは死角となっている、見覚えのあるポーチを取り出した。
「これね、あなたのでしょう。落ちてたって猪熊先生が。会議があるから代わりに届けておいてくれって頼まれたのよ」
はい、と言ってメイ子先生は知子の手にポーチを渡した。
「ブタクマが?本当に?」
「さぁ。でもこういうものはあまり学校に持って来ちゃだめよ、反省してね」
「はい、もう先生の怒った顔は見たくありませんから」
と、知子は言うと、体育職員室から出ていこうとした。
扉を半ばまで開けた時、くるりとメイ子先生の方へ振り返り、
「先生、ありがと」
にこり、笑顔。
メイ子先生も笑顔で、
「そうそう、それとね、私が怒った時の顔はあんなもんじゃないからね。よく覚えていること。わかった?」
と、言った。
「はぁーい」
と言いながら、知子は体育職員室を後にした。