“コスメティックもろざし”〈三十六〉
知子はその人物の声を聞いてガバッと頭を上げる。
メイ子先生だ。
知子は安堵に包まれた。
いや、たとえメイ子先生であろうと知子は現行犯に変わりはなく、下手したら退学ものの状況なのだが…。
それでも知子は助かった、と思った。
そういう先生なのだ。
「まったく、あなたはなにしてるの?そんなことしてるから先生達からカブトムシって呼ばれるのよ。角が生えてるみたいにツンツンしてるってね」
ふふふっ、とメイ子先生は笑った。
「先生ぇ、見逃して、ね」
知子の顔は必死ではない。メイ子先生の顔を見た瞬間から、これからどんな状況になっても大丈夫、と大船に乗ったような心境になっている。
「見逃して、ねぇ。それはあなたが今なんらかの犯罪を犯していたということを自白したわけね。…うーん、さすがにすんなりとは見逃せないわね、何をしていたのか正直に話しなさい」
メイ子先生の顔から笑顔が消えた。
真顔、初めて向けられた顔、メイ子先生の言葉に知子はうっとのけぞった。まさかメイ子先生が追求に乗り出すとは。
知子はメイ子先生がすんなりと見逃して、あまつさえ訴えかければ化粧道具一式すら返してくれるのではないかと希望的観測をしていたのだ。
「う、そ、そんな…………」
知子は言葉を失った。
これはまずいんじゃないか、知子は思った。乗った船は泥船だったのだ。
「そういえば、知子、あなた朝猪熊先生に捕まってたわね。なにか没収されたんじゃない?それで取り返す為に忍び込んで、鍵が掛かっていたから鍵を壊してでも手に入れようとしていたんじゃない?」
メイ子先生は相変わらず真顔だが、知子は少しいぶかしんだ。
そんなこと見つかった時点でメイ子先生にはわかっているはずだ。
知子はわけがわからなくなり無言が続く、その間を埋めるように、
「それともあなたは何も没収されてないっていうの?では今何をしようとしたのかしら。知子、正直に言いなさい」
メイ子先生の追求が続く。
知子は追い詰められた。
この人に嘘はつきたくない。かといって正直に白状したり強引に突破を図ったりしたら大問題になる。
前門の虎、後門の狼。
抜き差しならない状況の中、知子の脳内に何かがひっかかった。
嘘?嘘をつく?
ふとメイ子先生の目を見た。
その目は真顔でありながら優しさの輝きに満ちて光っているように見えた。
崩れゆく泥船、その下に大きな原子力潜水艦の影が見えたなら。
よし、知子は決意して、
「先生、何言ってるんですか。私何も没収されてませんよ。今も朝にブタクマから、放課後俺の机を直しといてくれ、って頼まれたんですよ。ほら私中学の時技術の成績がよかったでしょ。まぁ父子家庭だから家庭の中のことを小さいときからやってきたってこともあるんだけど。それを何かの拍子に知ったんじゃないかなぁ」
と、嘘、とも言えないような稚拙な言い訳をした。
それを聞いたメイ子先生は怒り狂って、ではなく、
「ふふふっ、そうよね、知子はそんなことするような娘じゃないものね。ごめんなさいね、疑ったりして」
と、知子の言い訳を全面的に受け入れた。その顔はいつもと同じ笑顔だ。
「ところで先生、私のこと捜していたって言ってたけどなにかご用でも?」
知子は記憶と共に冷静さが戻ってきた。
「あぁそうそう」
と言って、メイ子先生は腕に抱えた出席簿の裏側から、知子からは死角となっている、見覚えのあるポーチを取り出した。
「これね、あなたのでしょう。落ちてたって猪熊先生が。会議があるから代わりに届けておいてくれって頼まれたのよ」
はい、と言ってメイ子先生は知子の手にポーチを渡した。
「ブタクマが?本当に?」
「さぁ。でもこういうものはあまり学校に持って来ちゃだめよ、反省してね」
「はい、もう先生の怒った顔は見たくありませんから」
と、知子は言うと、体育職員室から出ていこうとした。
扉を半ばまで開けた時、くるりとメイ子先生の方へ振り返り、
「先生、ありがと」
にこり、笑顔。
メイ子先生も笑顔で、
「そうそう、それとね、私が怒った時の顔はあんなもんじゃないからね。よく覚えていること。わかった?」
と、言った。
「はぁーい」
と言いながら、知子は体育職員室を後にした。
続
メイ子先生だ。
知子は安堵に包まれた。
いや、たとえメイ子先生であろうと知子は現行犯に変わりはなく、下手したら退学ものの状況なのだが…。
それでも知子は助かった、と思った。
そういう先生なのだ。
「まったく、あなたはなにしてるの?そんなことしてるから先生達からカブトムシって呼ばれるのよ。角が生えてるみたいにツンツンしてるってね」
ふふふっ、とメイ子先生は笑った。
「先生ぇ、見逃して、ね」
知子の顔は必死ではない。メイ子先生の顔を見た瞬間から、これからどんな状況になっても大丈夫、と大船に乗ったような心境になっている。
「見逃して、ねぇ。それはあなたが今なんらかの犯罪を犯していたということを自白したわけね。…うーん、さすがにすんなりとは見逃せないわね、何をしていたのか正直に話しなさい」
メイ子先生の顔から笑顔が消えた。
真顔、初めて向けられた顔、メイ子先生の言葉に知子はうっとのけぞった。まさかメイ子先生が追求に乗り出すとは。
知子はメイ子先生がすんなりと見逃して、あまつさえ訴えかければ化粧道具一式すら返してくれるのではないかと希望的観測をしていたのだ。
「う、そ、そんな…………」
知子は言葉を失った。
これはまずいんじゃないか、知子は思った。乗った船は泥船だったのだ。
「そういえば、知子、あなた朝猪熊先生に捕まってたわね。なにか没収されたんじゃない?それで取り返す為に忍び込んで、鍵が掛かっていたから鍵を壊してでも手に入れようとしていたんじゃない?」
メイ子先生は相変わらず真顔だが、知子は少しいぶかしんだ。
そんなこと見つかった時点でメイ子先生にはわかっているはずだ。
知子はわけがわからなくなり無言が続く、その間を埋めるように、
「それともあなたは何も没収されてないっていうの?では今何をしようとしたのかしら。知子、正直に言いなさい」
メイ子先生の追求が続く。
知子は追い詰められた。
この人に嘘はつきたくない。かといって正直に白状したり強引に突破を図ったりしたら大問題になる。
前門の虎、後門の狼。
抜き差しならない状況の中、知子の脳内に何かがひっかかった。
嘘?嘘をつく?
ふとメイ子先生の目を見た。
その目は真顔でありながら優しさの輝きに満ちて光っているように見えた。
崩れゆく泥船、その下に大きな原子力潜水艦の影が見えたなら。
よし、知子は決意して、
「先生、何言ってるんですか。私何も没収されてませんよ。今も朝にブタクマから、放課後俺の机を直しといてくれ、って頼まれたんですよ。ほら私中学の時技術の成績がよかったでしょ。まぁ父子家庭だから家庭の中のことを小さいときからやってきたってこともあるんだけど。それを何かの拍子に知ったんじゃないかなぁ」
と、嘘、とも言えないような稚拙な言い訳をした。
それを聞いたメイ子先生は怒り狂って、ではなく、
「ふふふっ、そうよね、知子はそんなことするような娘じゃないものね。ごめんなさいね、疑ったりして」
と、知子の言い訳を全面的に受け入れた。その顔はいつもと同じ笑顔だ。
「ところで先生、私のこと捜していたって言ってたけどなにかご用でも?」
知子は記憶と共に冷静さが戻ってきた。
「あぁそうそう」
と言って、メイ子先生は腕に抱えた出席簿の裏側から、知子からは死角となっている、見覚えのあるポーチを取り出した。
「これね、あなたのでしょう。落ちてたって猪熊先生が。会議があるから代わりに届けておいてくれって頼まれたのよ」
はい、と言ってメイ子先生は知子の手にポーチを渡した。
「ブタクマが?本当に?」
「さぁ。でもこういうものはあまり学校に持って来ちゃだめよ、反省してね」
「はい、もう先生の怒った顔は見たくありませんから」
と、知子は言うと、体育職員室から出ていこうとした。
扉を半ばまで開けた時、くるりとメイ子先生の方へ振り返り、
「先生、ありがと」
にこり、笑顔。
メイ子先生も笑顔で、
「そうそう、それとね、私が怒った時の顔はあんなもんじゃないからね。よく覚えていること。わかった?」
と、言った。
「はぁーい」
と言いながら、知子は体育職員室を後にした。
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