“コスメティックもろざし”〈五十五〉
決勝の相手は2年前、前回大会時に渡辺さんを下して優勝、そして世界一になった胡桃皮(くるみかわ)さんだ。
身長170センチ、体重120キロほどだろうか、潰れた耳がピアスより似合う。
決勝の前に3位決定戦が行われた。
知子は準決勝で下したT山さんを心の中で応援している。胡桃皮さんに敗れた相手より自分が負かした相手のほうが強ければ、意味のないことだが、少しだけ自信になるからだ。
そしてT山さんは勝った。
「よっしゃ。もういくっきゃねぇ」
知子はハイテンションになっている。顔はへらへらと笑ってさえいる。ここまでドラマチックに勝ち上がってきた興奮を抑えられない。体が、呼吸の仕方を忘れるほど緊張し、疲弊しているその反動かもしれない。とにかく万能感に近いものに満たされている。
そんな知子を見てブタクマは、
「マズいな」
と思った。
浮ついていてしっかりと現状を把握できていない、指導する立場にある者としてはカミナリのひとつでも落とすべき状況だ。が、ブタクマはそれをしない、どころか相手の分析や作戦会議もしない。
何故しないのか、それはブタクマの思う相撲道に基づく考えがあるからだ。
相撲は真剣勝負。行司は自身の審判が間違った時腹を切る為の短刀を身に付けている。相撲は元々、ルーツはまた別の話、戦場で使われた技術である。鎧兜を身に着けた者同士が真っ向から斬り合っても致命傷を与えることは難しい。そこで武者達は相手を組伏せ、動けなくしてから首や脇の下に刀を刺して仕留めた。何故相撲が土俵に足の裏以外の部位が触れたら負けなのか。それは相手に転がされること=必殺のポジションを相手にとられることだからだ。相撲は様々に様式化されたとはいえ、戦場の技術の試し合い、いわば一番一番が果たし合いなのだ。1対1の果たし合い、誰かが土俵の外から手助けすることは許されない。セコンドがいるリング競技とは違うのだ。
知子と渡辺さんの取り組みの時、ブタクマはつい知子に向かって声をかけてしまった。助言とは言えないものだが、ブタクマは自戒を破ってしまったことを重く受け止め、この日知子にアドバイスするのをやめた。圧倒的に経験の足りない知子にとって、それは体の半分を失ったに等しい。知子本人はそれに気づいていないのだが…。
決勝が始まる。
この日1番の拍手で迎えられ2人は土俵に上がった。
知子、行司、胡桃皮さん。
ブタクマは知子の腰がいつもより沈んでいないことに気づき、うつむいて目を閉じた。
待ったなし。
「はっけよぉい」
知子と胡桃皮さんはほぼ同時に土俵真ん中でぶつかった。
勝負は一瞬であった。
ぶつかりあった時、知子は力負けして上体が浮いてしまった。その隙を逃さず、胡桃皮さんは知子の懐深くに入り、下からしっかりまわしをとると一気に知子を持ち上げて頭から土俵に叩きつけた。
阿呆のような顔をして茫然と土俵上に尻をついている知子の横で胡桃皮さんは勝ち名乗りを受けていた。
続
身長170センチ、体重120キロほどだろうか、潰れた耳がピアスより似合う。
決勝の前に3位決定戦が行われた。
知子は準決勝で下したT山さんを心の中で応援している。胡桃皮さんに敗れた相手より自分が負かした相手のほうが強ければ、意味のないことだが、少しだけ自信になるからだ。
そしてT山さんは勝った。
「よっしゃ。もういくっきゃねぇ」
知子はハイテンションになっている。顔はへらへらと笑ってさえいる。ここまでドラマチックに勝ち上がってきた興奮を抑えられない。体が、呼吸の仕方を忘れるほど緊張し、疲弊しているその反動かもしれない。とにかく万能感に近いものに満たされている。
そんな知子を見てブタクマは、
「マズいな」
と思った。
浮ついていてしっかりと現状を把握できていない、指導する立場にある者としてはカミナリのひとつでも落とすべき状況だ。が、ブタクマはそれをしない、どころか相手の分析や作戦会議もしない。
何故しないのか、それはブタクマの思う相撲道に基づく考えがあるからだ。
相撲は真剣勝負。行司は自身の審判が間違った時腹を切る為の短刀を身に付けている。相撲は元々、ルーツはまた別の話、戦場で使われた技術である。鎧兜を身に着けた者同士が真っ向から斬り合っても致命傷を与えることは難しい。そこで武者達は相手を組伏せ、動けなくしてから首や脇の下に刀を刺して仕留めた。何故相撲が土俵に足の裏以外の部位が触れたら負けなのか。それは相手に転がされること=必殺のポジションを相手にとられることだからだ。相撲は様々に様式化されたとはいえ、戦場の技術の試し合い、いわば一番一番が果たし合いなのだ。1対1の果たし合い、誰かが土俵の外から手助けすることは許されない。セコンドがいるリング競技とは違うのだ。
知子と渡辺さんの取り組みの時、ブタクマはつい知子に向かって声をかけてしまった。助言とは言えないものだが、ブタクマは自戒を破ってしまったことを重く受け止め、この日知子にアドバイスするのをやめた。圧倒的に経験の足りない知子にとって、それは体の半分を失ったに等しい。知子本人はそれに気づいていないのだが…。
決勝が始まる。
この日1番の拍手で迎えられ2人は土俵に上がった。
知子、行司、胡桃皮さん。
ブタクマは知子の腰がいつもより沈んでいないことに気づき、うつむいて目を閉じた。
待ったなし。
「はっけよぉい」
知子と胡桃皮さんはほぼ同時に土俵真ん中でぶつかった。
勝負は一瞬であった。
ぶつかりあった時、知子は力負けして上体が浮いてしまった。その隙を逃さず、胡桃皮さんは知子の懐深くに入り、下からしっかりまわしをとると一気に知子を持ち上げて頭から土俵に叩きつけた。
阿呆のような顔をして茫然と土俵上に尻をついている知子の横で胡桃皮さんは勝ち名乗りを受けていた。
続
“コスメティックもろざし”〈54〉
「あの…熊若丸さんですよね?」
渡辺さんがブタクマに、ブタクマが先の逆転劇に興奮して少し天狗になっている知子をたしなめている時、話しかけてきた。
「あ…はい。…そうです」
相撲関係の場所に顔を出したのだ。ある程度覚悟していたがやはり熊若丸と呼ばれると背筋が凍る思いがする。
「わ、私、熊若丸さんのファンだったんですぅ」
渡辺さん、顔は笑顔だが目が真っ赤だ。
「お弟子さんですか?いやぁ、お強いですね。あそこまで追い込んで、あんな負け方初めてです」
「弟子、というのかどうか。学校の部活ですから」
当然知子はブタクマが熊若丸として破竹の勢いで大相撲の世界を駆けていたことを知っている。
しかし実際にブタクマが“熊若丸”と呼ばれているのは不思議な感じがする。知子にとってブタクマはやはりブタクマで、力士ではなく教師なのだ。
「学校にお勤めなんですか?あっ、すいません。大会の途中に、つい興奮してしまって」
渡辺さんはくるりと知子の方を向き、
「知子さん、あなた強くなるわ」
「あ、ありがとうございます」
「高校生かぁ。若いわぁ~。私もあなたのとこに練習に行こうかしら。高校生のエキスを吸って若返るわ、きっと」
「…あの、是非練習に来てください。私1人で練習してるんです」
知子は素直に思った、この人と練習すれば強くなれると。
「おい、練習に来てください、じゃないだろ。まずはお前が、練習に行ってもいいですか?だろ」
「うるせぇな、そんぐらいわかってるよ、話の流れってもんがあるだろ、女同士の話し合いに入ってくんじゃねぇよ」
知子のブタクマに対する態度は、尊敬し始めたとはいえ、以前の冷戦時代から変わっていない。流石に相撲に関する時はそれなりの態度をとっているが。
知子に言われて、特に女同士の話し合いという部分に、返す言葉を失ってしまった。
ブタクマは真面目なのだ。
「凄い迫力ね、強くなるってもんだわ。おっと、では失礼しました。」
渡辺さんはぺこりと頭を下げて離れていった。
渡辺さんが離れてすぐに準決勝が始まった。
知子の相手、T山さんは身長だけなら渡辺さんより大きい。会社勤めの26歳。わかるのはその程度だ。
取り組みが始まった。
待ったなし。
立会い、両者が動く。
「はっけよぉい」
知子のぶちかましで相手の体勢が崩れた。知子は一気呵成に攻める。流れるように手を巻き返し、止まることなく左右に投げを打ちT山さんに何もさせない。
あっという間に土俵際。
押し出し。
知子は決勝に進んだ。
続
渡辺さんがブタクマに、ブタクマが先の逆転劇に興奮して少し天狗になっている知子をたしなめている時、話しかけてきた。
「あ…はい。…そうです」
相撲関係の場所に顔を出したのだ。ある程度覚悟していたがやはり熊若丸と呼ばれると背筋が凍る思いがする。
「わ、私、熊若丸さんのファンだったんですぅ」
渡辺さん、顔は笑顔だが目が真っ赤だ。
「お弟子さんですか?いやぁ、お強いですね。あそこまで追い込んで、あんな負け方初めてです」
「弟子、というのかどうか。学校の部活ですから」
当然知子はブタクマが熊若丸として破竹の勢いで大相撲の世界を駆けていたことを知っている。
しかし実際にブタクマが“熊若丸”と呼ばれているのは不思議な感じがする。知子にとってブタクマはやはりブタクマで、力士ではなく教師なのだ。
「学校にお勤めなんですか?あっ、すいません。大会の途中に、つい興奮してしまって」
渡辺さんはくるりと知子の方を向き、
「知子さん、あなた強くなるわ」
「あ、ありがとうございます」
「高校生かぁ。若いわぁ~。私もあなたのとこに練習に行こうかしら。高校生のエキスを吸って若返るわ、きっと」
「…あの、是非練習に来てください。私1人で練習してるんです」
知子は素直に思った、この人と練習すれば強くなれると。
「おい、練習に来てください、じゃないだろ。まずはお前が、練習に行ってもいいですか?だろ」
「うるせぇな、そんぐらいわかってるよ、話の流れってもんがあるだろ、女同士の話し合いに入ってくんじゃねぇよ」
知子のブタクマに対する態度は、尊敬し始めたとはいえ、以前の冷戦時代から変わっていない。流石に相撲に関する時はそれなりの態度をとっているが。
知子に言われて、特に女同士の話し合いという部分に、返す言葉を失ってしまった。
ブタクマは真面目なのだ。
「凄い迫力ね、強くなるってもんだわ。おっと、では失礼しました。」
渡辺さんはぺこりと頭を下げて離れていった。
渡辺さんが離れてすぐに準決勝が始まった。
知子の相手、T山さんは身長だけなら渡辺さんより大きい。会社勤めの26歳。わかるのはその程度だ。
取り組みが始まった。
待ったなし。
立会い、両者が動く。
「はっけよぉい」
知子のぶちかましで相手の体勢が崩れた。知子は一気呵成に攻める。流れるように手を巻き返し、止まることなく左右に投げを打ちT山さんに何もさせない。
あっという間に土俵際。
押し出し。
知子は決勝に進んだ。
続
“コスメティックもろざし”〈五十三〉
で、でかい…。
土俵の上で正面から凄みを浴びせられるとより一層でかい。
2回戦の相手、渡辺さんはとてもでかかった。150キロはあるのではないか。身長もあるので、髷を結ったら力士そのものだ。
この渡辺という女力士、近代競技女相撲の伝道師のような人で、前々回までこの大会を5連覇、世界大会も3連覇して何度もメディアに取り上げられ、女相撲の普及に貢献してきた人だ。
ちなみに去年関取と結婚している。
どよどよと空気が揺れる。1回戦で豪快な勝ち方をした知子と何度かテレビで観たことがある、これまた1回戦豪快に投げ飛ばして勝った渡辺さん。観客は静かに盛り上がっている。
ブタクマはじっと土俵を見つめている。知子と渡辺さん、10番相撲を取ればまず7番は負ける、だが決して勝てない相手ではない。ブタクマはそう思っている。
冷静に行け。普段の練習通りに動くんだ。ブタクマは祈る。
知子は完全に渡辺さんに呑まれている。勝負を投げ出して、へらへらと笑いながら、こりゃねぇよ、と叫びたい。
当然そんなこと出来るはずが無く、知子は腰を沈める。
「はっけよぉい」
知子と渡辺さんは互いに真っ正面からぶつかり合った。
90キロぐらいの相手を吹き飛ばした知子のぶちかましだが、渡辺さんには通じていない。ずずずっと押される。
知子は押されながらも、なんとか動き続ける。渡辺さんの体勢を崩そうと右に左に振る。が、ビクともしない。
為す術無くぐいぐい押されていく。知子は渡辺さんに組み手を捕られないことに精一杯だ。
遂に土俵際、俵に足がかかる。
とっさに、知子は渡辺さんの胸に頭をつけて、体を仰け反らせないようにした。
だがそれは知子のまわしをがら空きにした。渡辺さんは即座に下手でまわしを掴む。
知子、絶体絶命のピンチ。
その時、
「いまだ」
と、ブタクマの声がした。
ちらりとブタクマの顔を見た知子。顔を真っ赤にして応援されている。知子は、
「やってやる」
と、意識した。
知子は俵を利用して両の足で踏ん張る。まわしを掴まれていたが強引に腰を沈める。
渡辺さんの体勢がわずかにぐらついて、“人”の字の様に知子に体重を預ける形になった。
知子は渡辺さんの肘の内側に出来た空間に腕を差し込み巻き返す。渡辺さんの下手をとり、思いっきり引きつける。
重心のコントロールを失っていた渡辺さんは抵抗することが出来ない。上手からまわしを掴んではいるものの、下半身の自由を奪われている状態ではどうすることも出来ない。
知子は腰を上げる。それは必然的に渡辺さんの体を浮かしていく。渡辺さんは爪先立ちになった。
渡辺さん、絶体絶命。
だがしかし、渡辺さんは諦めていない。最後の攻撃、渡辺さんは敢えて完全に知子に体を預けた。
150キロの重みが知子を襲う。渡辺さんの爪先は、土俵についているが、体重を支えていない。知子は“く”の字のような体勢で渡辺さんを支えている。体の裏側が軋む。
「やってやるんだ。うぉぉぉおおぉぉぉぉ」
知子の体に、踏ん張る足、引きつける腕、体重が乗っている腰に、力が漲る。
渡辺さんの爪先が土俵から離れる。
知子は体を捻った。
遂に倒れ込み土俵から転げ落ちた2人。
行司は知子に軍配を上げた。
続
土俵の上で正面から凄みを浴びせられるとより一層でかい。
2回戦の相手、渡辺さんはとてもでかかった。150キロはあるのではないか。身長もあるので、髷を結ったら力士そのものだ。
この渡辺という女力士、近代競技女相撲の伝道師のような人で、前々回までこの大会を5連覇、世界大会も3連覇して何度もメディアに取り上げられ、女相撲の普及に貢献してきた人だ。
ちなみに去年関取と結婚している。
どよどよと空気が揺れる。1回戦で豪快な勝ち方をした知子と何度かテレビで観たことがある、これまた1回戦豪快に投げ飛ばして勝った渡辺さん。観客は静かに盛り上がっている。
ブタクマはじっと土俵を見つめている。知子と渡辺さん、10番相撲を取ればまず7番は負ける、だが決して勝てない相手ではない。ブタクマはそう思っている。
冷静に行け。普段の練習通りに動くんだ。ブタクマは祈る。
知子は完全に渡辺さんに呑まれている。勝負を投げ出して、へらへらと笑いながら、こりゃねぇよ、と叫びたい。
当然そんなこと出来るはずが無く、知子は腰を沈める。
「はっけよぉい」
知子と渡辺さんは互いに真っ正面からぶつかり合った。
90キロぐらいの相手を吹き飛ばした知子のぶちかましだが、渡辺さんには通じていない。ずずずっと押される。
知子は押されながらも、なんとか動き続ける。渡辺さんの体勢を崩そうと右に左に振る。が、ビクともしない。
為す術無くぐいぐい押されていく。知子は渡辺さんに組み手を捕られないことに精一杯だ。
遂に土俵際、俵に足がかかる。
とっさに、知子は渡辺さんの胸に頭をつけて、体を仰け反らせないようにした。
だがそれは知子のまわしをがら空きにした。渡辺さんは即座に下手でまわしを掴む。
知子、絶体絶命のピンチ。
その時、
「いまだ」
と、ブタクマの声がした。
ちらりとブタクマの顔を見た知子。顔を真っ赤にして応援されている。知子は、
「やってやる」
と、意識した。
知子は俵を利用して両の足で踏ん張る。まわしを掴まれていたが強引に腰を沈める。
渡辺さんの体勢がわずかにぐらついて、“人”の字の様に知子に体重を預ける形になった。
知子は渡辺さんの肘の内側に出来た空間に腕を差し込み巻き返す。渡辺さんの下手をとり、思いっきり引きつける。
重心のコントロールを失っていた渡辺さんは抵抗することが出来ない。上手からまわしを掴んではいるものの、下半身の自由を奪われている状態ではどうすることも出来ない。
知子は腰を上げる。それは必然的に渡辺さんの体を浮かしていく。渡辺さんは爪先立ちになった。
渡辺さん、絶体絶命。
だがしかし、渡辺さんは諦めていない。最後の攻撃、渡辺さんは敢えて完全に知子に体を預けた。
150キロの重みが知子を襲う。渡辺さんの爪先は、土俵についているが、体重を支えていない。知子は“く”の字のような体勢で渡辺さんを支えている。体の裏側が軋む。
「やってやるんだ。うぉぉぉおおぉぉぉぉ」
知子の体に、踏ん張る足、引きつける腕、体重が乗っている腰に、力が漲る。
渡辺さんの爪先が土俵から離れる。
知子は体を捻った。
遂に倒れ込み土俵から転げ落ちた2人。
行司は知子に軍配を上げた。
続
“コスメティックもろざし”土俵デビュー〈五十二〉
晴れ渡る冬の日、A区総合スポーツセンターに集まる集まる規格外の、否、ここでは至って常識的で合理的なサイズの女達。下は13歳から上は42歳、15名ほどの女力士がトーナメント形式で日本の頂点を争う。優勝者は世界大会の日本代表になる。
女相撲普及委員会会長のスピーチ。
まずは地元小学生のわんぱく相撲。
冬の空の下、寒さで震える子、寒さなどまったく意に介さない子、泣きじゃくる子、笑う父母、怒る父母。露骨に相手方を睨む父母。家庭は様々だ。
人数が少ないのでトーナメントはすぐに終わった。表彰式。ぺこりと頭を下げてモチモチした少年が表彰状を貰い、首にメダルをかけてもらう。
ブタクマは知子のウォーミングアップを中断してまでこの様子をじっと見ていた。
遠いあやふやな記憶。相撲と自分の運命。祝う日もあったし呪う日もあった。
わんぱく相撲の部が終わった。
何も挟まず本日のメインイベント、全国女相撲大会が始まった。
第一試合さっそく知子の出番だ。相手は90キロぐらいの大学相撲サークルからの参戦。
一目みてブタクマはこの女の子がまだ相撲初心者、素人に毛が生えた程度の実力だということを見抜いた。今の知子なら問題無い相手だ。だがそのことを知子には一切告げずに、
「お前のほうが重い。思い切ってぶつかれ」と言って土俵に送り出した。
隣の芝生は青く見える。知子はその対戦相手があたかも百戦錬磨の達人に見えた。年上だし大学で相撲をやってるし私はまだブタクマ以外と相撲をとったことないし。
あぁ、行司がなんか言ってる…。
知子は体をガチガチに硬直させている。気が遠ざかっていく。
「はっけよぉい」
行司の響く声。
「思い切ってぶつかれ」
知子の心の中に唯一残った言葉。
相手が動いた。知子はわずかに遅れてぶちかましに行く。
「のこったぁ」
行司が一声発した時には勝負はついていた。
知子はガチンという音と共に突き上げるようにぶちかまし、相手を吹き飛ばしていた。
相手は背中から着いて、後転するように土俵を転げ落ちた。
まさに晴天の霹靂とでも言うべきどよめきがわんぱく相撲の保護者及び観客達から起こった。それだけの迫力を知子は出していた。
勝ち名乗りを受けたあと土俵を降りる。
「よし、まずまずだ」
ブタクマに誉められたことが嬉しかった。
土俵を降りてもまだ体が自分の体じゃないみたくこわばっている。
それにあれだけしか動いてないのに、今座ったら立ち上がれないのではないか、と思われるほど疲弊している。
相撲であるからして土俵の上では次々と勝負が決まっていき、あっという間に2回戦。
知子は、体は緊張しているが、先程の取組により少し自信をつけていた。
続
女相撲普及委員会会長のスピーチ。
まずは地元小学生のわんぱく相撲。
冬の空の下、寒さで震える子、寒さなどまったく意に介さない子、泣きじゃくる子、笑う父母、怒る父母。露骨に相手方を睨む父母。家庭は様々だ。
人数が少ないのでトーナメントはすぐに終わった。表彰式。ぺこりと頭を下げてモチモチした少年が表彰状を貰い、首にメダルをかけてもらう。
ブタクマは知子のウォーミングアップを中断してまでこの様子をじっと見ていた。
遠いあやふやな記憶。相撲と自分の運命。祝う日もあったし呪う日もあった。
わんぱく相撲の部が終わった。
何も挟まず本日のメインイベント、全国女相撲大会が始まった。
第一試合さっそく知子の出番だ。相手は90キロぐらいの大学相撲サークルからの参戦。
一目みてブタクマはこの女の子がまだ相撲初心者、素人に毛が生えた程度の実力だということを見抜いた。今の知子なら問題無い相手だ。だがそのことを知子には一切告げずに、
「お前のほうが重い。思い切ってぶつかれ」と言って土俵に送り出した。
隣の芝生は青く見える。知子はその対戦相手があたかも百戦錬磨の達人に見えた。年上だし大学で相撲をやってるし私はまだブタクマ以外と相撲をとったことないし。
あぁ、行司がなんか言ってる…。
知子は体をガチガチに硬直させている。気が遠ざかっていく。
「はっけよぉい」
行司の響く声。
「思い切ってぶつかれ」
知子の心の中に唯一残った言葉。
相手が動いた。知子はわずかに遅れてぶちかましに行く。
「のこったぁ」
行司が一声発した時には勝負はついていた。
知子はガチンという音と共に突き上げるようにぶちかまし、相手を吹き飛ばしていた。
相手は背中から着いて、後転するように土俵を転げ落ちた。
まさに晴天の霹靂とでも言うべきどよめきがわんぱく相撲の保護者及び観客達から起こった。それだけの迫力を知子は出していた。
勝ち名乗りを受けたあと土俵を降りる。
「よし、まずまずだ」
ブタクマに誉められたことが嬉しかった。
土俵を降りてもまだ体が自分の体じゃないみたくこわばっている。
それにあれだけしか動いてないのに、今座ったら立ち上がれないのではないか、と思われるほど疲弊している。
相撲であるからして土俵の上では次々と勝負が決まっていき、あっという間に2回戦。
知子は、体は緊張しているが、先程の取組により少し自信をつけていた。
続
“コスメティックもろざし”〈五十一〉
ぐっと腰を沈め、重心を臍下丹田へ。前のめりに倒れるギリギリで踏ん張り、パワーを体の中で練り上げる。
そして解放。
重いサンドバックを持った知子がブタクマのぶちかましの衝撃により吹き飛んだ。
「コレを受けても体勢を崩すことがなければ、お前次第だが、関取にも勝てる」
ブタクマは倒れた知子を見下ろして言い放つ。
「…………無茶苦茶なこと言うな」
知子は口には出さなかったがブタクマの言葉に呆れた。そんな強さには永遠に手が届くはず無い、それほど強烈なブタクマのぶちかましだった。
「なおかつ、お前にはコレぐらい出来るようになってもらう。なに、コツさえ掴めばなんてことはない」
ブタクマはいとも簡単そうに言う。
そんなブタクマを知子は好きになっていた。もちろん恋愛感情ではない。父親らしい父親、とでも言うべきか。
好きになっていた、と言えば知子は相撲も好きになっていた。
相撲専門誌のバックナンバーを買い漁り、今では巻末のクイズコーナー「この背中はだーれだ?」も十中八九当てられるほどだ。
「じゃあ今から相撲をとるぞ」
はっけよい、のこった。
知子は全力でブタクマに向かう、ブタクマも“加減して”軽くぶつかりにかかる、ふたつの、性質の異なる肉塊がぶつかった瞬間、
ぽよん、
と、知子は弾き飛ばされた。
“相撲をとる”
一瞬だったが知子はブタクマの言っていることが少しだけ理解出来た。
ブタクマの腕が腹が、胸を借りていた時とはまったく違う。マネキンと人間ほど差があることに気づいた。
「次」
再度ブタクマにぶつかる。
今度はより加減したのだろう。吹っ飛ばされなかった、が、瞬時に右に投げられる。
「動きを止めるな。次」
再度組み付く。言われたとおり動く。右に左に前に後ろにまわしに。
「そうだ、だが」
ブタクマはさっきと同じ様に右に投げを打つ。知子はなんとか足一本で耐えた。が、ブタクマは即座に逆方向へと投げを打つ。耐えている知子の足に体を入れて。
知子は背中からマットに叩きつけられた。
「相撲に無駄な動きは無い。自分と相手の動き、効果的な動きとまったく通じてない動き、全てに意味がある。それを読め。全部自分のものにするんだ。そしてそれを踏まえて、螺旋のように技を繋げろ。あと、タイミングは自分で作り出せ。作り出せないなら引き込め、それが出来れば倒せないやつはいない。次」
いまさら言うことでもないが、相撲部にはブタクマと知子しかいない。従って知子は休む暇なく延々と動き続けなければならない。
それは知子にとってとても辛いものだったが、確実に知子をレベルアップさせていく。
年が明け、ブタクマは知子を女相撲大会に送り出した。
続
そして解放。
重いサンドバックを持った知子がブタクマのぶちかましの衝撃により吹き飛んだ。
「コレを受けても体勢を崩すことがなければ、お前次第だが、関取にも勝てる」
ブタクマは倒れた知子を見下ろして言い放つ。
「…………無茶苦茶なこと言うな」
知子は口には出さなかったがブタクマの言葉に呆れた。そんな強さには永遠に手が届くはず無い、それほど強烈なブタクマのぶちかましだった。
「なおかつ、お前にはコレぐらい出来るようになってもらう。なに、コツさえ掴めばなんてことはない」
ブタクマはいとも簡単そうに言う。
そんなブタクマを知子は好きになっていた。もちろん恋愛感情ではない。父親らしい父親、とでも言うべきか。
好きになっていた、と言えば知子は相撲も好きになっていた。
相撲専門誌のバックナンバーを買い漁り、今では巻末のクイズコーナー「この背中はだーれだ?」も十中八九当てられるほどだ。
「じゃあ今から相撲をとるぞ」
はっけよい、のこった。
知子は全力でブタクマに向かう、ブタクマも“加減して”軽くぶつかりにかかる、ふたつの、性質の異なる肉塊がぶつかった瞬間、
ぽよん、
と、知子は弾き飛ばされた。
“相撲をとる”
一瞬だったが知子はブタクマの言っていることが少しだけ理解出来た。
ブタクマの腕が腹が、胸を借りていた時とはまったく違う。マネキンと人間ほど差があることに気づいた。
「次」
再度ブタクマにぶつかる。
今度はより加減したのだろう。吹っ飛ばされなかった、が、瞬時に右に投げられる。
「動きを止めるな。次」
再度組み付く。言われたとおり動く。右に左に前に後ろにまわしに。
「そうだ、だが」
ブタクマはさっきと同じ様に右に投げを打つ。知子はなんとか足一本で耐えた。が、ブタクマは即座に逆方向へと投げを打つ。耐えている知子の足に体を入れて。
知子は背中からマットに叩きつけられた。
「相撲に無駄な動きは無い。自分と相手の動き、効果的な動きとまったく通じてない動き、全てに意味がある。それを読め。全部自分のものにするんだ。そしてそれを踏まえて、螺旋のように技を繋げろ。あと、タイミングは自分で作り出せ。作り出せないなら引き込め、それが出来れば倒せないやつはいない。次」
いまさら言うことでもないが、相撲部にはブタクマと知子しかいない。従って知子は休む暇なく延々と動き続けなければならない。
それは知子にとってとても辛いものだったが、確実に知子をレベルアップさせていく。
年が明け、ブタクマは知子を女相撲大会に送り出した。
続