“コスメティックもろざし”夏を思い出に変えろ!〈六十〉
夏、色白、アイスクリーム。
暑い、去年の3倍は暑い。肉をたくわえて初めての夏に知子はバテバテ。首からはタオル、左手にうちわ、右手にアイスクリームが離せない。
それでも変わらずに練習は激しく、人一倍。手に出来たマメが黄土色に輝く。
“どすこい杯女相撲大会”、毎年夏に行われるこの大会、大会自体は元々たいした規模ではないが女相撲大会自体が少ないので大会の質、出場する選手のレベルは全国大会と同等だ。渡辺さんはもちろん、全国大会覇者であり、その後行われた世界大会で見事優勝した胡桃皮さんも出場する。
知子はうちわをぱたぱたいわせて、アイスクリームがすぐ垂れてくるのを気にしながら会場に向かう。
会場に到着。タオルはびしょびしょ。ブタクマはすでに来ていた。
「渡辺さんが来ているから挨拶してこい。あと大会の運行表があそこに張り出されているからチェックするんだぞ」
知子は言われた通り渡辺さんに挨拶へ。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
ぺこり、頭をさげる。
「あぁ、知子ちゃん。おはよう。美味しかったわよ、ポークソテー。ありがとね」
「えっ、あぁいやいや、とんでもないです」
知子は顔の前でうちわのように手をふる。
「だからといって相撲になったら手を抜かないわよ。……まぁ、手を抜かないでも勝つか負けるかわからないけどね。知子ちゃんも色々やることがあるでしょう?わざわざありがとね」
「はい、失礼します」
続いて運行表をチェック。まだ名前が入ってないトーナメント表が妙に白く見える。
出場選手は16名、優勝するには4回勝つ必要がある。
「これより試合順を決める抽選を行うので選手のみなさん、もしくは代理人の方はあちらに集まってくださぁい」
体育館まるごとの控え室に係員の大声が響く。
ウォーミングアップをしたり、談笑したり、イヤホンからなにかを聴いていたりしていた選手達が一斉に動く。もちろん知子も抽選へ。
「え~では抽選を始めます。この箱の中に…」
と言って、係員は上面に丸い穴が開いた箱の中に手を突っこんで紙を取り出してみせた。
「と、紙が入っています。で開くと、これは5番ですね、ということでトーナメント表の左から5番目ということになります。よろしいですか?………よろしいですね。では始めます。前の人からどうぞ」
知子は6人目、箱の中に手を突っこんで紙をとる。
9番。
知子の対戦相手である10番はすでに出ている。相手はたしか割と細めの、といっても80キロ弱ほどだろうか、前回の全国大会では見かけなかった人だ。
知子がブタクマの方へ歩を進めた時、後ろから、「おおぉ」といううねりのようなどよめきが聞こえた。振り返ると、そこには渡辺さん。引いたのは2番の紙。
知子はどよめきの理由を知った。2番の対戦相手である1番、それを引いていたのは胡桃皮さんであった。しょっぱなから決勝予想の有力カードが実現するのだ。
知子の近くにいた大会関係者が、
「事実上の優勝決定戦だな」
と、つぶやいた。
知子はその関係者をきりりとにらんだものの、その言葉を否定することは出来なかった。
それにやるせない想い。知子はこの大会で胡桃皮さんにリベンジしたかった。しかし胡桃皮さんと知子が当たるには互いに決勝に残るしかない。すなわち胡桃皮さんには渡辺さんに勝ってもらわなくてはならない。だが仲の良い渡辺さんには勝って欲しいという気持ちもまた事実。
相反する気持ちが知子の脳中で渦巻く。
続
暑い、去年の3倍は暑い。肉をたくわえて初めての夏に知子はバテバテ。首からはタオル、左手にうちわ、右手にアイスクリームが離せない。
それでも変わらずに練習は激しく、人一倍。手に出来たマメが黄土色に輝く。
“どすこい杯女相撲大会”、毎年夏に行われるこの大会、大会自体は元々たいした規模ではないが女相撲大会自体が少ないので大会の質、出場する選手のレベルは全国大会と同等だ。渡辺さんはもちろん、全国大会覇者であり、その後行われた世界大会で見事優勝した胡桃皮さんも出場する。
知子はうちわをぱたぱたいわせて、アイスクリームがすぐ垂れてくるのを気にしながら会場に向かう。
会場に到着。タオルはびしょびしょ。ブタクマはすでに来ていた。
「渡辺さんが来ているから挨拶してこい。あと大会の運行表があそこに張り出されているからチェックするんだぞ」
知子は言われた通り渡辺さんに挨拶へ。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
ぺこり、頭をさげる。
「あぁ、知子ちゃん。おはよう。美味しかったわよ、ポークソテー。ありがとね」
「えっ、あぁいやいや、とんでもないです」
知子は顔の前でうちわのように手をふる。
「だからといって相撲になったら手を抜かないわよ。……まぁ、手を抜かないでも勝つか負けるかわからないけどね。知子ちゃんも色々やることがあるでしょう?わざわざありがとね」
「はい、失礼します」
続いて運行表をチェック。まだ名前が入ってないトーナメント表が妙に白く見える。
出場選手は16名、優勝するには4回勝つ必要がある。
「これより試合順を決める抽選を行うので選手のみなさん、もしくは代理人の方はあちらに集まってくださぁい」
体育館まるごとの控え室に係員の大声が響く。
ウォーミングアップをしたり、談笑したり、イヤホンからなにかを聴いていたりしていた選手達が一斉に動く。もちろん知子も抽選へ。
「え~では抽選を始めます。この箱の中に…」
と言って、係員は上面に丸い穴が開いた箱の中に手を突っこんで紙を取り出してみせた。
「と、紙が入っています。で開くと、これは5番ですね、ということでトーナメント表の左から5番目ということになります。よろしいですか?………よろしいですね。では始めます。前の人からどうぞ」
知子は6人目、箱の中に手を突っこんで紙をとる。
9番。
知子の対戦相手である10番はすでに出ている。相手はたしか割と細めの、といっても80キロ弱ほどだろうか、前回の全国大会では見かけなかった人だ。
知子がブタクマの方へ歩を進めた時、後ろから、「おおぉ」といううねりのようなどよめきが聞こえた。振り返ると、そこには渡辺さん。引いたのは2番の紙。
知子はどよめきの理由を知った。2番の対戦相手である1番、それを引いていたのは胡桃皮さんであった。しょっぱなから決勝予想の有力カードが実現するのだ。
知子の近くにいた大会関係者が、
「事実上の優勝決定戦だな」
と、つぶやいた。
知子はその関係者をきりりとにらんだものの、その言葉を否定することは出来なかった。
それにやるせない想い。知子はこの大会で胡桃皮さんにリベンジしたかった。しかし胡桃皮さんと知子が当たるには互いに決勝に残るしかない。すなわち胡桃皮さんには渡辺さんに勝ってもらわなくてはならない。だが仲の良い渡辺さんには勝って欲しいという気持ちもまた事実。
相反する気持ちが知子の脳中で渦巻く。
続
“コスメティックもろざし”〈五十九〉
すこん、くるるん。
転がされた渡辺さんは知子の変化を思い知った。
以前会ったときより30キロ近く増えた体重は体を一回りも二周りもでかくしている。脂肪そして筋肉。肉、肉、肉。
ぶつかりあった渡辺さんは、ぶつかった瞬間まわしを引きつけられて、なにも出来ずいなすように投げられた。
「ほう」
ブタクマは知子の成長に驚いた。たしかに知子が強くなったことは身にしみてわかっていた。しかし普段からつきっきりで練習していることで知子の客観的な実力がいまいち掴めなかった。半年に満たない期間で前回奇跡がおきて勝ったような相手をいとも簡単に投げてみせた知子。驚かずにはいられなかった。
「あ~くそ、もう一丁」
渡辺さんは明るく言い放ち、立ちあがる。
その後ブタクマを交え、何度も何度もぶつかる。はじける汗のしぶき、はちきれんばかりに締めつけられた肉、丸めたトイレットペーパーを鼻につめる。
さすが渡辺さん、出鼻こそくじかれたものの、女子相撲トップクラスの実力は生半可なものではない。知子を幾度となく投げ、押し出した。
その渡辺さん相手に知子も勝ったり負けたり。すごいことだ。
練習が一段落し、ブタクマが去った相撲場、リラックスしたなかでウェイトトレーニング。
「今日はがっかりしたわ」
渡辺さんが突然知子に話しかけた。
びくり、
“なにかやっちゃったかしら?”
知子の脳内に本日、渡辺さんに会ってからの映像がスパークする。
どうしていいかわからない知子に、
「…ここ女子校なのね。共学だと勝手に決めつけてたわ……でもそりゃそうよね。あの大学の付属校だもんね。はなっから気づくべきだったわ」
「ひ、ひやひやさせないでくださいよ。怒られるって覚悟しましたよ」
「あ、ごめんごめん。ところでさ、トンカツとポークソテー、今の気分は?」
「う~ん、ポークソテーですかね、ネギを胡麻油にひたして豚肉が焼きあがる直前にさっと入れるとうまいんですよね。味付けは塩コショウだけで醤油を使わずに」
「へー、醤油を使わないの。私なんにでも入れちゃうのよ、醤油。なるほどねぇ、夕飯は決まりね、さっそく家で作ってみるわ」
「え、……勘違いさせないでくださいよ。おごってくれるのかと思いましたよ」
「あ、ごめんごめん。ところでさ………………」
大会での再会を約束し解散。
充実した体の痛みを感じながら学校を出ると、校門前にミチコとB子がいる。
「お、来た来た。知子ぉ」
大げさに手をふるミチコ。
「ちょっと家出するからさぁ、今晩知子んち泊めてくれぇ」
「別にかまわないけど、家出ってなんかあったの?」
「いやなに、つまらないよくある親子喧嘩ってやつよ。ちなみにB子は道連れ」
「道連れって…B子は今日うちに泊まるの?」
「そりゃ泊まりますよ。わたしゃ泊まりますよ」
「あぁ…そう……いいけど」
「腹へったよ、なんか食いにいこうよ」
「あ、ちょっと待って。今日はさ、うちで食わない?作るからさ」
「お、それもいいねぇ。で、なに作ってくれんの?」
「ポークソテー」
続
転がされた渡辺さんは知子の変化を思い知った。
以前会ったときより30キロ近く増えた体重は体を一回りも二周りもでかくしている。脂肪そして筋肉。肉、肉、肉。
ぶつかりあった渡辺さんは、ぶつかった瞬間まわしを引きつけられて、なにも出来ずいなすように投げられた。
「ほう」
ブタクマは知子の成長に驚いた。たしかに知子が強くなったことは身にしみてわかっていた。しかし普段からつきっきりで練習していることで知子の客観的な実力がいまいち掴めなかった。半年に満たない期間で前回奇跡がおきて勝ったような相手をいとも簡単に投げてみせた知子。驚かずにはいられなかった。
「あ~くそ、もう一丁」
渡辺さんは明るく言い放ち、立ちあがる。
その後ブタクマを交え、何度も何度もぶつかる。はじける汗のしぶき、はちきれんばかりに締めつけられた肉、丸めたトイレットペーパーを鼻につめる。
さすが渡辺さん、出鼻こそくじかれたものの、女子相撲トップクラスの実力は生半可なものではない。知子を幾度となく投げ、押し出した。
その渡辺さん相手に知子も勝ったり負けたり。すごいことだ。
練習が一段落し、ブタクマが去った相撲場、リラックスしたなかでウェイトトレーニング。
「今日はがっかりしたわ」
渡辺さんが突然知子に話しかけた。
びくり、
“なにかやっちゃったかしら?”
知子の脳内に本日、渡辺さんに会ってからの映像がスパークする。
どうしていいかわからない知子に、
「…ここ女子校なのね。共学だと勝手に決めつけてたわ……でもそりゃそうよね。あの大学の付属校だもんね。はなっから気づくべきだったわ」
「ひ、ひやひやさせないでくださいよ。怒られるって覚悟しましたよ」
「あ、ごめんごめん。ところでさ、トンカツとポークソテー、今の気分は?」
「う~ん、ポークソテーですかね、ネギを胡麻油にひたして豚肉が焼きあがる直前にさっと入れるとうまいんですよね。味付けは塩コショウだけで醤油を使わずに」
「へー、醤油を使わないの。私なんにでも入れちゃうのよ、醤油。なるほどねぇ、夕飯は決まりね、さっそく家で作ってみるわ」
「え、……勘違いさせないでくださいよ。おごってくれるのかと思いましたよ」
「あ、ごめんごめん。ところでさ………………」
大会での再会を約束し解散。
充実した体の痛みを感じながら学校を出ると、校門前にミチコとB子がいる。
「お、来た来た。知子ぉ」
大げさに手をふるミチコ。
「ちょっと家出するからさぁ、今晩知子んち泊めてくれぇ」
「別にかまわないけど、家出ってなんかあったの?」
「いやなに、つまらないよくある親子喧嘩ってやつよ。ちなみにB子は道連れ」
「道連れって…B子は今日うちに泊まるの?」
「そりゃ泊まりますよ。わたしゃ泊まりますよ」
「あぁ…そう……いいけど」
「腹へったよ、なんか食いにいこうよ」
「あ、ちょっと待って。今日はさ、うちで食わない?作るからさ」
「お、それもいいねぇ。で、なに作ってくれんの?」
「ポークソテー」
続
“コスメティックもろざし”〈五十八〉
強く強くなる。
想いを胸に刻んだ少女は早起きして学校へ。
朝の光、レースのカーテンを通したように薄く白く。
知子は相撲場へ行き、ジャージに着がえる。準備体操、ストレッチ、前転後転くるくる回る。そして筋トレ。特に背筋を鍛える。今まで背筋を鍛える運動が苦手で、あまりやらなかった。その遅れを取り戻すべく集中して鍛える。器具に乗り、体を“Γ”の形から“―”へ。100キロ近い知子の体、わずか数回で強烈な疲労感が腰にかかる。
ぴこぴこと上背を上げ下げしては一休み。またぴこぴこと上げ下げを繰り返す。
何度か繰り返すなか、ついに上がらなくなった。
次に知子は懸垂に取りかかる。知子は懸垂が好きだった。相撲を始める前は懸垂などしたことがなかったし、初めて挑戦したときは、1回も出来なかった。しかし不思議なもので、相撲を始めて1週間後に1回、その3日後には10回出来るようになった。知子はそれが嬉しくてよく懸垂をするようになった。100キロ近い今も、やり続けたおかげで10回出来る。ただし10回出来るということに満足し、つらくてそれ以上やらなかった。
懸垂を始める。1、2、3……………………10、11、12、13、14、15。
最後は脚の反動を使ったが15回。新記録。手がプルプルふるえている。お腹が変な感じ。
30秒ほど間をおいて再度鉄棒を握る。10回が限界だった。
これを繰り返し、またしても1回も上がらなくなった。
限界までやる。そしていつか超える。それが知子の向上心だった。
懸垂が終わると知子はカバンからプロテインを取り出し、シェイカーに水を汲んできてシェイク。袋の裏に書いてある、召しあがり方、の倍の量を入れた。鼻をつまんで一気に飲み干す。
授業開始までまだ1時間半はある。知子は手術台のような脚を鍛えるマシンをベッド代わりに眠った。それは丈が短いことを除けばベッド以上に寝心地がいい。
学校中に予鈴が鳴り響く。
知子は飛び起き、急いで教室を目指す。背中と腕に筋肉痛。それを感じてにんまりほほえんだ。
2時間目の授業が終われば、プロテイン。お昼にたくさん食べたのちプロテイン。部活終わりにプロテイン。たらふく夕食を食べて眠る前にプロテイン。
プロテインを飲み始めてから3ヶ月、知子はすでに3年生、体重は120キロを超えた。
夏の大会に向けて練習は一層熱く激しいものになった。夏の大会が高校最後の大会なのだ。それは部活を引退するから、という理由からではなく、以降大会自体が無いからだ。
そんなある日、部活が始まる直前、相撲場の扉を叩く音がした。
がちゃり、
扉が開く。
「こんにちはぁ」
聞き覚えのある声、渡辺さんだ。
続
想いを胸に刻んだ少女は早起きして学校へ。
朝の光、レースのカーテンを通したように薄く白く。
知子は相撲場へ行き、ジャージに着がえる。準備体操、ストレッチ、前転後転くるくる回る。そして筋トレ。特に背筋を鍛える。今まで背筋を鍛える運動が苦手で、あまりやらなかった。その遅れを取り戻すべく集中して鍛える。器具に乗り、体を“Γ”の形から“―”へ。100キロ近い知子の体、わずか数回で強烈な疲労感が腰にかかる。
ぴこぴこと上背を上げ下げしては一休み。またぴこぴこと上げ下げを繰り返す。
何度か繰り返すなか、ついに上がらなくなった。
次に知子は懸垂に取りかかる。知子は懸垂が好きだった。相撲を始める前は懸垂などしたことがなかったし、初めて挑戦したときは、1回も出来なかった。しかし不思議なもので、相撲を始めて1週間後に1回、その3日後には10回出来るようになった。知子はそれが嬉しくてよく懸垂をするようになった。100キロ近い今も、やり続けたおかげで10回出来る。ただし10回出来るということに満足し、つらくてそれ以上やらなかった。
懸垂を始める。1、2、3……………………10、11、12、13、14、15。
最後は脚の反動を使ったが15回。新記録。手がプルプルふるえている。お腹が変な感じ。
30秒ほど間をおいて再度鉄棒を握る。10回が限界だった。
これを繰り返し、またしても1回も上がらなくなった。
限界までやる。そしていつか超える。それが知子の向上心だった。
懸垂が終わると知子はカバンからプロテインを取り出し、シェイカーに水を汲んできてシェイク。袋の裏に書いてある、召しあがり方、の倍の量を入れた。鼻をつまんで一気に飲み干す。
授業開始までまだ1時間半はある。知子は手術台のような脚を鍛えるマシンをベッド代わりに眠った。それは丈が短いことを除けばベッド以上に寝心地がいい。
学校中に予鈴が鳴り響く。
知子は飛び起き、急いで教室を目指す。背中と腕に筋肉痛。それを感じてにんまりほほえんだ。
2時間目の授業が終われば、プロテイン。お昼にたくさん食べたのちプロテイン。部活終わりにプロテイン。たらふく夕食を食べて眠る前にプロテイン。
プロテインを飲み始めてから3ヶ月、知子はすでに3年生、体重は120キロを超えた。
夏の大会に向けて練習は一層熱く激しいものになった。夏の大会が高校最後の大会なのだ。それは部活を引退するから、という理由からではなく、以降大会自体が無いからだ。
そんなある日、部活が始まる直前、相撲場の扉を叩く音がした。
がちゃり、
扉が開く。
「こんにちはぁ」
聞き覚えのある声、渡辺さんだ。
続
“コスメティックもろざし”後の祭り、先の祭り〈五十七〉
「本日、みなさんに集まってもらったのは、わが校相撲部の加府知子さんが昨日行われた全国相撲大会で準優勝の栄冠をつかみとったからです。私は相撲が好きです。まさかわが校からこのような者がでてくれるとは、万感の至りです。さぁ私の長ったらしい話は銀河の底にそっと置いて、みなさん拍手で迎えてくださいね。では加府さん、どうぞ」
朝の朝礼、校長の導きで知子は、全校生徒の前、壇上にあがった。
「知子ぉ~」
ミチコが叫んだ。
知子は頭をさげる。
「表彰状、あなたは………………………」
知子は校長から昨日もらった表彰状をもらい、礼儀正しく壇上をおりた。
おりる際、ちらりと教師達のほうを見る。隣の教師になにか話しかけられていて笑っている、ブタクマの姿が見えた。
今日の授業も終わり、知子は体育職員室へ。
ノックを2度うち鳴らし、入室。ブタクマと目が合う。
「昨日はごちそうさまでした」
「あぁ」
実はブタクマ、最初は1万円をメイコ先生に渡したのだが、
「けちけちしない」
メイコ先生の鶴の一声で3万円にした経緯があった。
知子からレシートを渡される、お釣りは無いらしい。
「…今日から少しずつ厳しくなるからな。辞めるなら今だぞ」
「辞めません。よろしくお願いします」
「そうか…」
ブタクマは真面目な顔をつくって、しかしつい嬉しさに顔がゆるみ、
「がんばれよ」
と、言った。
「はい、失礼します」
知子は体育職員室を出た。
準優勝というのは魔性の順位だ。それで満足するか、しないか。階級闘争を肯定するわけではないが、準優勝したあと爆発的に成長が望めるのは後者の人間だ。
知子はとても悔しかった。まるで自分の人生がすべて否定されたかのように。この悔しさを払いのけるには、やることはひとつ、強くなって優勝、すなわち、胡桃皮さんに勝つことだ。
練習は、たしかに、今までの練習に輪をかけるよう厳しくなった。
しかし知子はめげない。必死に食らいついていく。
練習が終わり、帰り道、知子はスポーツ用具店に寄りプロテインを買った。
家に帰りコピー用紙3枚に「向」「上」「心」とでっかく書いて部屋の壁にホッチキスでとめる。
初めて飲むプロテインは思った以上にマズく、知子は鼻をつまんで一気に飲んだ。
疲れた体に染み渡るイメージ。
寝る前にもう一杯。
明日は今日より強くなる。
知子はこの言葉を何度も頭の中で唱えて眠りについた。
続
朝の朝礼、校長の導きで知子は、全校生徒の前、壇上にあがった。
「知子ぉ~」
ミチコが叫んだ。
知子は頭をさげる。
「表彰状、あなたは………………………」
知子は校長から昨日もらった表彰状をもらい、礼儀正しく壇上をおりた。
おりる際、ちらりと教師達のほうを見る。隣の教師になにか話しかけられていて笑っている、ブタクマの姿が見えた。
今日の授業も終わり、知子は体育職員室へ。
ノックを2度うち鳴らし、入室。ブタクマと目が合う。
「昨日はごちそうさまでした」
「あぁ」
実はブタクマ、最初は1万円をメイコ先生に渡したのだが、
「けちけちしない」
メイコ先生の鶴の一声で3万円にした経緯があった。
知子からレシートを渡される、お釣りは無いらしい。
「…今日から少しずつ厳しくなるからな。辞めるなら今だぞ」
「辞めません。よろしくお願いします」
「そうか…」
ブタクマは真面目な顔をつくって、しかしつい嬉しさに顔がゆるみ、
「がんばれよ」
と、言った。
「はい、失礼します」
知子は体育職員室を出た。
準優勝というのは魔性の順位だ。それで満足するか、しないか。階級闘争を肯定するわけではないが、準優勝したあと爆発的に成長が望めるのは後者の人間だ。
知子はとても悔しかった。まるで自分の人生がすべて否定されたかのように。この悔しさを払いのけるには、やることはひとつ、強くなって優勝、すなわち、胡桃皮さんに勝つことだ。
練習は、たしかに、今までの練習に輪をかけるよう厳しくなった。
しかし知子はめげない。必死に食らいついていく。
練習が終わり、帰り道、知子はスポーツ用具店に寄りプロテインを買った。
家に帰りコピー用紙3枚に「向」「上」「心」とでっかく書いて部屋の壁にホッチキスでとめる。
初めて飲むプロテインは思った以上にマズく、知子は鼻をつまんで一気に飲んだ。
疲れた体に染み渡るイメージ。
寝る前にもう一杯。
明日は今日より強くなる。
知子はこの言葉を何度も頭の中で唱えて眠りについた。
続
“コスメティックもろざし”〈五十六〉
知子は土俵から降りると、なんとかブタクマがいる“陣地”まで戻った。戻ったとたん、へなへなと座りこむ。
涙が溢れてやまない。
負けて悔しいとか、あのときこうしていればという後悔とか、そういう感情は湧かない。ただ涙が次々とでてくる。
心が泣いているのではない。体が、肉が泣いているのだ。流してきた汗、摂取してきたカロリー、それらを裏切る、敗北。体が泣いた。心みたいに薄情な奴には体が泣く理由など思いもつかない。
タオルを頭からかぶり、時折、鼻をすする音がきこえる。
ブタクマは知子に話しかけた。
「まぁ、初めてにしてはよくやったよ。初めてにしてはな。…だが俺はお前に初めて相撲をやらせたわけじゃない。最後のアレはなんだ?自分が強いとでも思ったか?決勝に残れただけで満足か?俺は不満だ」
知子は動かずに黙っている。
「…………もうすぐ表彰式が始まるぞ。顔を洗ってこい」
と、言い残して、ブタクマはどこかへ歩き去っていった。
知子はタオルでぐしゃぐしゃと顔をふいて、水道へいった。身を切るような冷たい水が、熱を持った目頭に心地よい。
「すいませーん、表彰式が始まります。こっちに来てもらえますか」
係員に呼ばれて土俵近くへ。
すでにT山さん、胡桃皮さんが待っていた。
「あっ、すいません」の意味をこめて軽く頭をさげる。
しばらくの間3人きりになった。無言が続くが不思議といやな雰囲気ではない。むしろ清々しささえ漂う。
表彰式が始まった。
3位のT山さんに続いて知子は表彰状を受け取り、“地元の地主”みたいな人から首にメダルをかけてもらう。
メダルをかけてもらい、首をあげると視界いっぱいに観客席が見えた。ほとんどの人達は後片付けで忙しげに動いていて、表彰式など見ちゃいない。
“わんぱく相撲の人達だな”
知子は思った。
目線を手前に移す。
関係者や一部の物好きがそれなりに手を叩いたりしている。
右から左へ目を動かす。
?!
ん、今真ん中あたりに?!
おもわず知子は2度見した。
目が合う。メイコ先生だ。
メイコ先生は最前列、といっても一列しかないのだが、で手をふった。なぜだか知子は恥ずかしくなった。いつから居たのだろう。
つつがなく表彰式は終わり、大会は終了した。
知子が荷物の整理をしているときにメイコ先生がやってきた。
「知子すごいじゃない。おめでとう」
ほほえみがまぶしい。
「あ、ありがとうございます。…でも、なんか嬉しくないんです。ブタクマにも怒られたし」
知子は少しうつむいた。
「あら、そうなの?じゃあこれはどう?」
メイコ先生がポケットからなにかを取りだした。
万札だ。しかも3枚。
「さっきね、ブタクマ先生からもらったのよ。さぁ、早く片づけて焼き肉でも食べに行きましょう」
「先生ぇ、それほんとにもらったんですか?ゆすったんじゃなくて?先生恐いからさ」
知子の顔に笑みが戻った。
「ふふふ、どちらでもよくてよ」
メイコ先生と2人きり、焼き肉屋へ。知子はおもいっきり食べて、おもいっきりブタクマのグチを言った。
帰り道、
「あっ、いつから居たのか聞くの忘れた」
知子はつぶやいてコンビニのおでんの汁をすすった。
続
涙が溢れてやまない。
負けて悔しいとか、あのときこうしていればという後悔とか、そういう感情は湧かない。ただ涙が次々とでてくる。
心が泣いているのではない。体が、肉が泣いているのだ。流してきた汗、摂取してきたカロリー、それらを裏切る、敗北。体が泣いた。心みたいに薄情な奴には体が泣く理由など思いもつかない。
タオルを頭からかぶり、時折、鼻をすする音がきこえる。
ブタクマは知子に話しかけた。
「まぁ、初めてにしてはよくやったよ。初めてにしてはな。…だが俺はお前に初めて相撲をやらせたわけじゃない。最後のアレはなんだ?自分が強いとでも思ったか?決勝に残れただけで満足か?俺は不満だ」
知子は動かずに黙っている。
「…………もうすぐ表彰式が始まるぞ。顔を洗ってこい」
と、言い残して、ブタクマはどこかへ歩き去っていった。
知子はタオルでぐしゃぐしゃと顔をふいて、水道へいった。身を切るような冷たい水が、熱を持った目頭に心地よい。
「すいませーん、表彰式が始まります。こっちに来てもらえますか」
係員に呼ばれて土俵近くへ。
すでにT山さん、胡桃皮さんが待っていた。
「あっ、すいません」の意味をこめて軽く頭をさげる。
しばらくの間3人きりになった。無言が続くが不思議といやな雰囲気ではない。むしろ清々しささえ漂う。
表彰式が始まった。
3位のT山さんに続いて知子は表彰状を受け取り、“地元の地主”みたいな人から首にメダルをかけてもらう。
メダルをかけてもらい、首をあげると視界いっぱいに観客席が見えた。ほとんどの人達は後片付けで忙しげに動いていて、表彰式など見ちゃいない。
“わんぱく相撲の人達だな”
知子は思った。
目線を手前に移す。
関係者や一部の物好きがそれなりに手を叩いたりしている。
右から左へ目を動かす。
?!
ん、今真ん中あたりに?!
おもわず知子は2度見した。
目が合う。メイコ先生だ。
メイコ先生は最前列、といっても一列しかないのだが、で手をふった。なぜだか知子は恥ずかしくなった。いつから居たのだろう。
つつがなく表彰式は終わり、大会は終了した。
知子が荷物の整理をしているときにメイコ先生がやってきた。
「知子すごいじゃない。おめでとう」
ほほえみがまぶしい。
「あ、ありがとうございます。…でも、なんか嬉しくないんです。ブタクマにも怒られたし」
知子は少しうつむいた。
「あら、そうなの?じゃあこれはどう?」
メイコ先生がポケットからなにかを取りだした。
万札だ。しかも3枚。
「さっきね、ブタクマ先生からもらったのよ。さぁ、早く片づけて焼き肉でも食べに行きましょう」
「先生ぇ、それほんとにもらったんですか?ゆすったんじゃなくて?先生恐いからさ」
知子の顔に笑みが戻った。
「ふふふ、どちらでもよくてよ」
メイコ先生と2人きり、焼き肉屋へ。知子はおもいっきり食べて、おもいっきりブタクマのグチを言った。
帰り道、
「あっ、いつから居たのか聞くの忘れた」
知子はつぶやいてコンビニのおでんの汁をすすった。
続