“コスメティックもろざし”〈五十五〉 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”〈五十五〉

決勝の相手は2年前、前回大会時に渡辺さんを下して優勝、そして世界一になった胡桃皮(くるみかわ)さんだ。
身長170センチ、体重120キロほどだろうか、潰れた耳がピアスより似合う。
決勝の前に3位決定戦が行われた。
知子は準決勝で下したT山さんを心の中で応援している。胡桃皮さんに敗れた相手より自分が負かした相手のほうが強ければ、意味のないことだが、少しだけ自信になるからだ。
そしてT山さんは勝った。
「よっしゃ。もういくっきゃねぇ」
知子はハイテンションになっている。顔はへらへらと笑ってさえいる。ここまでドラマチックに勝ち上がってきた興奮を抑えられない。体が、呼吸の仕方を忘れるほど緊張し、疲弊しているその反動かもしれない。とにかく万能感に近いものに満たされている。
そんな知子を見てブタクマは、
「マズいな」
と思った。
浮ついていてしっかりと現状を把握できていない、指導する立場にある者としてはカミナリのひとつでも落とすべき状況だ。が、ブタクマはそれをしない、どころか相手の分析や作戦会議もしない。
何故しないのか、それはブタクマの思う相撲道に基づく考えがあるからだ。
相撲は真剣勝負。行司は自身の審判が間違った時腹を切る為の短刀を身に付けている。相撲は元々、ルーツはまた別の話、戦場で使われた技術である。鎧兜を身に着けた者同士が真っ向から斬り合っても致命傷を与えることは難しい。そこで武者達は相手を組伏せ、動けなくしてから首や脇の下に刀を刺して仕留めた。何故相撲が土俵に足の裏以外の部位が触れたら負けなのか。それは相手に転がされること=必殺のポジションを相手にとられることだからだ。相撲は様々に様式化されたとはいえ、戦場の技術の試し合い、いわば一番一番が果たし合いなのだ。1対1の果たし合い、誰かが土俵の外から手助けすることは許されない。セコンドがいるリング競技とは違うのだ。
知子と渡辺さんの取り組みの時、ブタクマはつい知子に向かって声をかけてしまった。助言とは言えないものだが、ブタクマは自戒を破ってしまったことを重く受け止め、この日知子にアドバイスするのをやめた。圧倒的に経験の足りない知子にとって、それは体の半分を失ったに等しい。知子本人はそれに気づいていないのだが…。

決勝が始まる。
この日1番の拍手で迎えられ2人は土俵に上がった。
知子、行司、胡桃皮さん。
ブタクマは知子の腰がいつもより沈んでいないことに気づき、うつむいて目を閉じた。
待ったなし。
「はっけよぉい」
知子と胡桃皮さんはほぼ同時に土俵真ん中でぶつかった。
勝負は一瞬であった。
ぶつかりあった時、知子は力負けして上体が浮いてしまった。その隙を逃さず、胡桃皮さんは知子の懐深くに入り、下からしっかりまわしをとると一気に知子を持ち上げて頭から土俵に叩きつけた。
阿呆のような顔をして茫然と土俵上に尻をついている知子の横で胡桃皮さんは勝ち名乗りを受けていた。