からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜 -185ページ目

“コスメティックもろざし”〈七十五〉

右腕に木刀を握っているメイコ先生はふたりの姿を見ると険しい顔を笑顔にし、いつもの見慣れていた顔になった。
「ふたりとも大丈夫?怪我はない?」
メイコ先生はふたりに優しく問いかける。
「先生ぇ」
ふたりは今にも泣きだしそう。リストカットでさえ死に至るのに…。メイコ先生の左腕からは絶えず血が流れ出ている。
「ふふっ、ちょっとやられちゃったわ。刃物を相手にする時は腕一本犠牲にする覚悟を持たないと…ね。予想以上に切れ味が鋭くて…困ったもんだわ、結婚したらどの指に指輪をはめればいいの?ふふふ。ところでミチコ、B子、ハンカチとかヒモ持ってないかしら?」
メイコ先生はゆっくり話す。なんとかふたりを、そして自分を落ちつかせようとしているに違いない。
ふたりはカバンをガサゴソ。出てきたのはちっちゃなタオル、絆創膏、携帯オーディオプレイヤー。
その時、メイコ先生の後ろに影が。
「先生、後ろ!」
悲鳴のようにB子が叫ぶ。
声に反応してメイコ先生は前方に飛び込み、首の後ろからくるりと一回転して立ちあがる。左腕から血が弧を描き、床に天井にミチコにB子に赤い模様をつけた。
メイコ先生は立ちあがると同時に反転。影は実体をあらわにした。
老兵だ。アゴがぶらんと揺れている。
「オゥアァオォォォオ」
言葉にならない叫び声。しかし次の瞬間、老兵は手で宙をかきながら、つんのめるようにしてへたり込んだ。ナイフは持っていない。
メイコ先生はツカツカと老兵に近寄り、
「オラアアァァァ」
と、雄叫びをあげながら右腕の木刀でめった撃ちにする。老兵は動かなくなった。
「はぁはぁ、この変態ジジィ!」
メイコ先生は片腕で頭上高く振りかぶりすいか割りのように老兵の脳天にとどめの一撃。老兵の頭はまさしくすいか割りの様相を呈した。
「はぁはぁはぁ、……………お年寄りのくせして、こいつら妙にしぶといわね。もうひとり、手応えはあったんだけど…。それにしても私も歳をくったわ。昔なら100人ぐらい相手にしてもこんなに疲れなかったものよ…」
メイコ先生はがくりと膝をついた。
「先生!」
ミチコがメイコ先生に駆け寄る。手にはタオルとイヤホン。
「B子、なにか棒を探して!」
ミチコはメイコ先生の左腕を二の腕のあたりをイヤホンで縛る。タオルを丸めて脇の下に挟みこませる。
「ミチコ、これ!」
B子はミチコの後ろから銀色の棒、黒板を指したりする伸び縮みするアレ、を手渡した。
ミチコは受けとると縛っているイヤホンに通し、回す。イヤホンはメイコ先生の、先の無い二の腕をきつく締め上げた。
「あら、いけない。ちょっとぼぉーとしちゃったわ」
メイコ先生は立ちあがった。
「先生!」
「さぁ、はやくここを出るわよ。私は大丈夫。これでも昔は暴走族の頭をやってたの。喧嘩なんてしょっちゅう。血を流すことも慣れたものよ」
メイコ先生は歩きだした。止血処置を施したとはいえ、血は点々と床に落ち続ける。
「先生でも」
ミチコの言葉をさえぎり、
「知子は!」
と、怒鳴りつけ、
「きっと大丈夫。ブタクマがなんとかしているはずよ」
と、自分に言い聞かせるよう言った。
膝をついて手当てにあたっていたミチコとB子にはメイコ先生の背中が無性に大きく高く感じられた。
こんなときにも関わらず、ふたりは、
「今、メイコ先生はどんな顔をしているのだろう?」
と、思わずにいられなかった。


“コスメティックもろざし”〈七十四〉

「B子…、聞いて」
青息吐息、腹から絞り出すような声でミチコは語り始めた。
「あのね、私、10歳ぐらいの時から父親に犯されてたの。はじめはそういうもんなんだって思ったわ。父親のことも好きだったしね。でもたまらなく嫌だった。このことが普通じゃないことだと知って、私が反抗しても、無意味だったわ。私には帰る家があそこしかなかった。情けなくて、惨めで、恐くて、誰にも言えなかったわ。逃げたくて逃げたくて、でも逃げる場所がなくて。でもやっと機会が訪れたの。獣医になりたいって理由をつけて、私は北海道に行ったわ。そして初めて自由な愛を知ったの、ふふふ」
B子は必死に扉を押さえつけながら真っ青な顔をしてミチコの話を聞いている。
「キャキャキャキャキャキャ」
扉一枚隔てて老兵の笑い声が響く。
「おっと、時間がないわね。要は、私はレイプになれてるから、なんとか私がふたりを引きつけるから、その間に逃げろってこと。わかった?!」
ミチコはB子に叱りつけるように言った。
「ダメよ。こいつらヤったあと殺すって言ってるじゃん。ミチコを放っておけっていうの?!それに逃げろって、どうやって逃げ出すのよ!」
B子には珍しく声を荒げる。状況が状況なだけに当然といえば当然。
「うるせぇ、こっちは言いたくないことまで告白して諭そうとしたんだ!つべこべ言ってねぇで、とにかく逃げろ。絶対に隙をつくるから。あとは…………なんとかするからさ…」
「そんなことできるか!」
「いいから逃げろ!」
「逃げない!」
「逃げろ!」
「逃げない!」
「逃げろ!」
「逃げるくらいなら闘って死んだほうがマシよ!」
「バカ!私達がふたりとも死んだら、誰が知子を助け」
ドキャ、
言葉のぶん殴りあい、生死をかけたキャッチボールの最中、ふたりは吹き飛んだ。扉が蹴破られたのだ。
「ちくしょう…」
ミチコがつぶやく。さすがにいざとなると…、覚悟を決めたとはいえ、恐怖に身がすくむ。ふたりの意見はまとまっていないが、もう時間がない。
「オー、プリティーガールズ、コワクナイヨ、キモチイイヨ、セックス、コロス、ドッチモネ、キャキャキャキャ」
向かって右の老兵は手を広げて腰をふった。パキポキボク、腰の動きにあわせて音が鳴る。
「キャキャキャキャ、ユー、セックス、ダメネ、サビテルヨ、ミテルネ」
左の老兵が腰を大きくふる。パッキンパッキン音が鳴る。
「ユー、メクソハナクソネ」
「キャキャキャキャキャキャ」
老兵ふたりは大笑い。腹をよじる。
ミチコとB子は呵々大笑している老兵ふたりを戦慄と恐怖、そしてなにより吐き出したくなるような嫌悪をない交ぜにした凍った目で見ている。
絶対絶命。
だがその時、
コッ、
という音がして右の老兵がミチコとB子の視界、開かれた扉の間から消えた。
左の老兵から今までの狂ったような笑顔が消え、右の老兵がいた方向を睨んでいる。
数瞬、老兵はナイフを構えて飛び上がり、ふたりの視界から消えた。
ボキッ、
鈍く低い音が暗闇からこだました。
ミチコとB子は、なにが起こっているのか、と考えることすらできない。
「ミチコ、B子、そこにいるの?」
久しく聞いてない、が、忘れることのない声。ミチコとB子は目をパチクリさせて見つめあう。
カツン、
ふたりは扉に目を向ける。
「メイコ先生!」
同時に声を張り上げた。生命から直接湧きあがる嬉しさ、とでも言おうか、ふたりは喜色満面の笑顔。
が、それも一瞬。ふたりは再び顔を青くする。
扉にはメイコ先生。だがメイコ先生の左腕、否、左腕のあったところから滝のような血が流れ出ていた。


“コスメティックもろざし”〈七十三〉思い出ときどき曇り

ごーごーと鼓膜に響く音と振動の中、信蔵は目を覚ました。
「やぁ、お目覚めかな。加府さん」
信蔵の目の前にのっぺりした“ぬらりひょん”のような顔をした男が座っている。
流れていく風景、どうやら高速道路を車に乗せられて走っているようだ。
「俺は確か……」
信蔵はぼんやりする頭で記憶を紡ぎだす。
「………根来!?てめぇ」
信蔵は根来を殴ろうとした。記憶と現在の状況が合致したのだ。
が、信蔵は動けない。自分の体を見る。まさしくがんじがらめ。手は背中から動かず、足と胴体はシートに繋がれている。動けるのは頭だけ。
「まあまあ、落ちついて」
根来は手を上下にふる。
「てめぇ、何のまねだ!」
「何のまね?ははは、どう答えればいいのかな。ねぇ、ははは」
根来は笑う。
「くっ」
信蔵はじたばたするもどうしようもない。
「加府さん、ペンは剣よりも強し、ってよくいうよねぇ。私はこの言葉が嫌いでねぇ。だって剣のほうが強いだろ?現に今、あなたはなにかできますか?ははは、ねぇ」
車はトンネルに入る。根来のうすら白い肌が不気味にオレンジ色を反射する。
「俺が厄介になったんだろ。俺の情報が、ペンが!それなら俺はてめぇに勝ったんだよ!剣はペンに勝てない。俺を消しても第二、第三の俺が、ペンがてめぇを逃がさない」
信蔵は死を覚悟した。ただ気がかりなのは………。
「あなたはこんな状況でも負け犬にならないねぇ。たいしたものだ。ただ私は負け犬が好きなんだ。なんでも与えられると思っていて、自分ではなにもできなくて、最初から諦め、ただ言われたことだけを平均点でクリアーしていく。…以前、勝ち続けている男がいたよ。肉体的にも精神的にも強い男だった。気に入らなくてね。負け犬にしてやったよ。あの時は気持ちよかったねぇ。ははは。あなたにはそんな手間かけないがね」
「お坊ちゃんが。人間を知らねぇな。お笑い種だ。負け犬になっても牙を研ぐことを忘れない奴だっているんだ。いつかてめぇに噛みつく日がくる!」
根来は大きく息を吐いた。
「私はね、世界を負け犬の天国にしたいのさ。理想家だろ?親父も賛成してくれたもんだよ。世界を理想郷に作りかえる。羊の群れと牧羊犬と羊飼い。平和な世界にね。ははは、楽しい世界になるよ。ねぇ」
「反吐がでる。その牧羊犬がお前の組織しようとしている部隊か!」
「その通り。ちょうど今、実験材料が演習をしているよ。あなたの娘さん、知子ちゃんと言ったか」
「その名を二度と口にするな!」
今までよりも眼光鋭く信蔵が叫んだ。
「ははは、今のはちょっと負け犬ぽかったね。いいよ。ははは、ねぇ」
信蔵は首をちぎらんばかりに体を揺り動かす。
「あなたは二度と娘さんには会えないが、まぁ死ぬ場所ぐらいは同じにしてやろうと思ってね。ははは、ねぇ、良いもんだろう。ねぇ。」
根来はふところに手を入れてなにかを取りだした。
注射器だ。透明な液体が針先からぴゅーと弧を描く。
「さてと、最後になにか言うことありますか?」
「クソっくらえ」
根来は信蔵の太ももに注射器を刺した。
「知子………」

ミチコとB子はふたりの老兵から逃げて、視聴覚教室に立てこもっている。しかし、扉を閉めると同時に老兵の持つ曲がったナイフが扉に差しこまれた。鍵をすることができず、ふたりがかりで扉を押さえていることしかできない。ただでさえ袋小路。開かれたなら地獄。
「アケル、アケル」
からからと老兵が笑う。もてあそんでいるのだ。その気になればいつでも扉をこじ開けられるだろうことはミチコとB子にも嫌というほど伝わってくる。
漂う絶望感の中、ミチコが言った。


“コスメティックもろざし”〈七十二〉

「おいおい、いつまで這いつくばってるんだ?まさかこれで終わりじゃねえよな。俺はお前に1回殺されてるんだぜ。お前の頭突きのせいで心臓がぐちゃぐちゃになっちまってな。おら、立てよ。まだまだやりたりねぇんだよ、熊若丸さんよぉ」
ブタクマは加藤の挑発を聞いてゆっくり、腕立て伏せをするように立ちあがり、唾を吐いた。唾には多分に血が含まれている。
「貴様、知子をどこへやった!」
ブタクマは獣のような目で加藤を睨んだ。しかし、先程の加藤が放ったハイキックは深刻なダメージをブタクマに与えている。足に力が入らない。ふらつかないのがやっとだ。
立ちあがったブタクマに加藤は一足跳びに近づき、強烈なローキック。
ブタクマは棒立ちのまま加藤のローキックを膝の真横に受けた。
ガキッ、
という、丸太を鉄の棒でぶっ叩いたかのような音が響く。
が、体勢はブレない。
「へへっ、さすがだな。まだ鍛えているのか?だがどこまで耐えられるかな」
加藤は距離をとってブタクマの周囲を回る。右に左に機敏なフットワーク。たとえハイキックのダメージが無くても果たしてブタクマに加藤を自分の間合いに入れることができただろうか。ましてや今のブタクマには…。
加藤は回りながら、ブタクマから隙を見出した瞬間、電光石火、ローキックを撃ち込む。
10発程受けたブタクマはがくりと、意志に反して、膝をついた。
「そういえばあんた膝を怪我していたな。階段から落ちたんだろ。それでトラックにひかれたんだよな。ふふふ、力士の足の裏ってのは分厚くなっていて、たとえ画鋲を踏んだとしても気づかないほどだと聞いたなぁ。朝履いた草履に強力な幻覚剤が入った注射針が仕込まれていたとしても気づかないんだろうなぁ」
「知子をどこへやった!」
ブタクマは片膝を地につけたまま、ぎろりと加藤を下から睨む。今は己のことなど関係なかった。
「ふ、会話もできないバカめ。トラックの運転手は見つからなかったんだよな。よかったな。見つかったぜ。俺だよ」
加藤はブタクマの立てている膝にローキックを放った。
ブタクマは受けた瞬間横に転がりローキックの衝撃を流す。
「そうこなくっちゃな。俺はお前に殺されたあと、根来さんに、お前は死んだ、と聞いて、それはそれは落胆したものさ。もう二度とお前にリベンジできないかと思うとなぁ。夜もろくに眠れなかったぜ。それがどうだ、何年前だったかお前が草刈部屋にやって来たのを見た時、ふるえたぜ。ぶっ殺してやる!」
再び加藤はブタクマにローキックを放った。ブタクマはこれまた横に転がる。
「…はははは」
ブタクマが笑いだした。
「ふん、気でもふれたか」
「いや、俺は貴様と違って冷静だ。なに、お前がどうしようもないバカだと思ってな」
ブタクマは下から睨みつけながら言う。
「なんだと?!」
「俺が死んだと聞いただと?はははは、俺は普通に生きてたぞ。自分でなにか調べることはしなかったのか?あの時俺が死ねば、新聞にだって載るだろ?お前、辞書をひいたことあるか?無いだろ。俺は今教師をしている。お前みたいな、人から言われたことしか認識しない、自分でなにも考えられないやつはダメだ。教師としてまったく興味がわかない。小学校から出直しな」
ブタクマは追いつめられている。知子を助けるためには今こいつを倒さねばならない。そのためになんとかダメージを回復しようと時間を稼いでいる。
「貴様…」
加藤のローキック、ブタクマは転がり、
「なんなら俺が再教育してやろうか?まぁ何年たっても成長の見込みは無いけどな」
「……………ふん、余裕ぶりやがって。ほんとはギリギリなんだろ?え、おい。貴様にいいことを教えてやろう。知子を捕まえるとき、ふたり余分なものがくっついていた。今頃俺の部下達がふたりを始末しているぜ。知子が知ったら悲しむだろうなぁ」
ブタクマの背に冷たいものが流れた。が、
「………お前の部下、か。世界で一番かわいそうな連中だ」
と、加藤を挑発した。
加藤は怒りにふるえながらローキック、ブタクマは転がる。
「ここに来たのは、俺ひとりじゃないんだよ」
ブタクマは言った。虚勢を張る筈の声だったが、その声は心なしか悲痛なものだった。


“コスメティックもろざし”〈七十一〉

案内されたのは視聴覚教室、土曜の夜とあってか校内は人気がない。学校が雇った警備の人もいないことに知子は少し気をとめた。
「では、どうぞ」
警察の人が視聴覚教室の扉を開ける。不気味な笑顔。
視聴覚教室には誰もいなかった。
後ろから、がちゃりと扉が閉まる音。
ミチコがふり返る。
閉まった扉、刑事の姿はない。
なにかおかしい。なにか足りない。
ミチコは辺りをキョロキョロ。
!!
「と、知子!B子!知子がいない」
その時扉の外から、
がしゃん、からから、
という音がした。
「こいつまだ意識が…」
という低い声もあとから続いた。
ミチコとB子は慌てて扉を開ける。
そこにはカバンが落ちていた。知子のカバン。中から化粧品がこぼれ落ちている。
「これは……」
ミチコとB子はわけがわからない。しかしわからないなりに、知子がヤバい、ということだけは確かだ。
ふたりは駆け出した。が、すぐにふたりは足を止める。
ふたりの前にふたりの男、サルスベリのような肌をしている老人、が現れて彼女達の前に立ちふさがったのだ。
手には幅の広い変に曲がっている鉈のような刃物を持っている。
ふたりの男はミチコとB子を見つめて、けらけら乾いた声で笑う。
「キミタチ、カワイイネ、ボクタチ、キミタチ、コロスネ、デモ、タダコロス、モッタイナイ、セックス、シタアト、コロスネ、ダカラ、テイコウ、ダメネ、オトナシクスレバ、イタクナイ、コロスネ」

刑事は失神した知子を肩に担いで裏門に停まっている車に近づく。
「ほんとにあいつらにまかしていいのか?」
「あぁ、あいつらもプロだ。…少し気がふれているようだがな。グルカ兵、イギリス軍からもらった歴戦の猛者。小娘ふたりなど問題じゃない。特にグルカ兵はネパールの山奥で育って、子供の頃から人を殺す訓練をしてきたんだ。山岳戦や白兵戦に強いと言われている。校内なんかちょうどいい戦いの場なんじゃないか」
運転席に座っている黒いスーツを着たやたらでかい男が応えた。
「そうか」
「それにあいつらはしくじれば自ら舌を噛みきって死ぬ。そうなりゃ犯人になってもらって手間が省ける」
刑事が知子をトランクに入れる。
その時、
「知子!」
と、静かな闇夜をつんざくような怒声。
刑事は声のほうへとふり返る。
「貴様は…」
声の主と刑事が同時につぶやく。
運転席の男が、
「ほぅ」
と、言った。
「ラニオさんよ、あいつは俺に任せなよ。いいよな」
刑事、いや加藤が言った。
「いいぜ、あんなやつもう興味ない。しかし前みたいにしくじるなよ」
加藤は舌打ちをして、
「わかってるだろ?それに、狭い部屋の中とはわけが違うぜ。早く行けよ」
車のエンジンがかかる。
それを聴いて鬼のような形相でブタクマは猛然と車に向かってダッシュした。しかしあまりにも無防備。
ブタクマが車のトランクを叩くと同時に加藤のハイキックがアゴをなめるよう、きれいに決まった。
ぐらりとブタクマは頭から地面に倒れた。
運転席のラニオは、
「ふん」
と、鼻で笑って車を出した。
車はあっという間に闇に紛れて消えていった。知子はどこへ………。