“コスメティックもろざし”〈七十五〉 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”〈七十五〉

右腕に木刀を握っているメイコ先生はふたりの姿を見ると険しい顔を笑顔にし、いつもの見慣れていた顔になった。
「ふたりとも大丈夫?怪我はない?」
メイコ先生はふたりに優しく問いかける。
「先生ぇ」
ふたりは今にも泣きだしそう。リストカットでさえ死に至るのに…。メイコ先生の左腕からは絶えず血が流れ出ている。
「ふふっ、ちょっとやられちゃったわ。刃物を相手にする時は腕一本犠牲にする覚悟を持たないと…ね。予想以上に切れ味が鋭くて…困ったもんだわ、結婚したらどの指に指輪をはめればいいの?ふふふ。ところでミチコ、B子、ハンカチとかヒモ持ってないかしら?」
メイコ先生はゆっくり話す。なんとかふたりを、そして自分を落ちつかせようとしているに違いない。
ふたりはカバンをガサゴソ。出てきたのはちっちゃなタオル、絆創膏、携帯オーディオプレイヤー。
その時、メイコ先生の後ろに影が。
「先生、後ろ!」
悲鳴のようにB子が叫ぶ。
声に反応してメイコ先生は前方に飛び込み、首の後ろからくるりと一回転して立ちあがる。左腕から血が弧を描き、床に天井にミチコにB子に赤い模様をつけた。
メイコ先生は立ちあがると同時に反転。影は実体をあらわにした。
老兵だ。アゴがぶらんと揺れている。
「オゥアァオォォォオ」
言葉にならない叫び声。しかし次の瞬間、老兵は手で宙をかきながら、つんのめるようにしてへたり込んだ。ナイフは持っていない。
メイコ先生はツカツカと老兵に近寄り、
「オラアアァァァ」
と、雄叫びをあげながら右腕の木刀でめった撃ちにする。老兵は動かなくなった。
「はぁはぁ、この変態ジジィ!」
メイコ先生は片腕で頭上高く振りかぶりすいか割りのように老兵の脳天にとどめの一撃。老兵の頭はまさしくすいか割りの様相を呈した。
「はぁはぁはぁ、……………お年寄りのくせして、こいつら妙にしぶといわね。もうひとり、手応えはあったんだけど…。それにしても私も歳をくったわ。昔なら100人ぐらい相手にしてもこんなに疲れなかったものよ…」
メイコ先生はがくりと膝をついた。
「先生!」
ミチコがメイコ先生に駆け寄る。手にはタオルとイヤホン。
「B子、なにか棒を探して!」
ミチコはメイコ先生の左腕を二の腕のあたりをイヤホンで縛る。タオルを丸めて脇の下に挟みこませる。
「ミチコ、これ!」
B子はミチコの後ろから銀色の棒、黒板を指したりする伸び縮みするアレ、を手渡した。
ミチコは受けとると縛っているイヤホンに通し、回す。イヤホンはメイコ先生の、先の無い二の腕をきつく締め上げた。
「あら、いけない。ちょっとぼぉーとしちゃったわ」
メイコ先生は立ちあがった。
「先生!」
「さぁ、はやくここを出るわよ。私は大丈夫。これでも昔は暴走族の頭をやってたの。喧嘩なんてしょっちゅう。血を流すことも慣れたものよ」
メイコ先生は歩きだした。止血処置を施したとはいえ、血は点々と床に落ち続ける。
「先生でも」
ミチコの言葉をさえぎり、
「知子は!」
と、怒鳴りつけ、
「きっと大丈夫。ブタクマがなんとかしているはずよ」
と、自分に言い聞かせるよう言った。
膝をついて手当てにあたっていたミチコとB子にはメイコ先生の背中が無性に大きく高く感じられた。
こんなときにも関わらず、ふたりは、
「今、メイコ先生はどんな顔をしているのだろう?」
と、思わずにいられなかった。