“コスメティックもろざし”〈七十四〉 | からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜

“コスメティックもろざし”〈七十四〉

「B子…、聞いて」
青息吐息、腹から絞り出すような声でミチコは語り始めた。
「あのね、私、10歳ぐらいの時から父親に犯されてたの。はじめはそういうもんなんだって思ったわ。父親のことも好きだったしね。でもたまらなく嫌だった。このことが普通じゃないことだと知って、私が反抗しても、無意味だったわ。私には帰る家があそこしかなかった。情けなくて、惨めで、恐くて、誰にも言えなかったわ。逃げたくて逃げたくて、でも逃げる場所がなくて。でもやっと機会が訪れたの。獣医になりたいって理由をつけて、私は北海道に行ったわ。そして初めて自由な愛を知ったの、ふふふ」
B子は必死に扉を押さえつけながら真っ青な顔をしてミチコの話を聞いている。
「キャキャキャキャキャキャ」
扉一枚隔てて老兵の笑い声が響く。
「おっと、時間がないわね。要は、私はレイプになれてるから、なんとか私がふたりを引きつけるから、その間に逃げろってこと。わかった?!」
ミチコはB子に叱りつけるように言った。
「ダメよ。こいつらヤったあと殺すって言ってるじゃん。ミチコを放っておけっていうの?!それに逃げろって、どうやって逃げ出すのよ!」
B子には珍しく声を荒げる。状況が状況なだけに当然といえば当然。
「うるせぇ、こっちは言いたくないことまで告白して諭そうとしたんだ!つべこべ言ってねぇで、とにかく逃げろ。絶対に隙をつくるから。あとは…………なんとかするからさ…」
「そんなことできるか!」
「いいから逃げろ!」
「逃げない!」
「逃げろ!」
「逃げない!」
「逃げろ!」
「逃げるくらいなら闘って死んだほうがマシよ!」
「バカ!私達がふたりとも死んだら、誰が知子を助け」
ドキャ、
言葉のぶん殴りあい、生死をかけたキャッチボールの最中、ふたりは吹き飛んだ。扉が蹴破られたのだ。
「ちくしょう…」
ミチコがつぶやく。さすがにいざとなると…、覚悟を決めたとはいえ、恐怖に身がすくむ。ふたりの意見はまとまっていないが、もう時間がない。
「オー、プリティーガールズ、コワクナイヨ、キモチイイヨ、セックス、コロス、ドッチモネ、キャキャキャキャ」
向かって右の老兵は手を広げて腰をふった。パキポキボク、腰の動きにあわせて音が鳴る。
「キャキャキャキャ、ユー、セックス、ダメネ、サビテルヨ、ミテルネ」
左の老兵が腰を大きくふる。パッキンパッキン音が鳴る。
「ユー、メクソハナクソネ」
「キャキャキャキャキャキャ」
老兵ふたりは大笑い。腹をよじる。
ミチコとB子は呵々大笑している老兵ふたりを戦慄と恐怖、そしてなにより吐き出したくなるような嫌悪をない交ぜにした凍った目で見ている。
絶対絶命。
だがその時、
コッ、
という音がして右の老兵がミチコとB子の視界、開かれた扉の間から消えた。
左の老兵から今までの狂ったような笑顔が消え、右の老兵がいた方向を睨んでいる。
数瞬、老兵はナイフを構えて飛び上がり、ふたりの視界から消えた。
ボキッ、
鈍く低い音が暗闇からこだました。
ミチコとB子は、なにが起こっているのか、と考えることすらできない。
「ミチコ、B子、そこにいるの?」
久しく聞いてない、が、忘れることのない声。ミチコとB子は目をパチクリさせて見つめあう。
カツン、
ふたりは扉に目を向ける。
「メイコ先生!」
同時に声を張り上げた。生命から直接湧きあがる嬉しさ、とでも言おうか、ふたりは喜色満面の笑顔。
が、それも一瞬。ふたりは再び顔を青くする。
扉にはメイコ先生。だがメイコ先生の左腕、否、左腕のあったところから滝のような血が流れ出ていた。