§7.「なぜ教員の質が低下しているのか」(朝比奈なを 朝日新書 2025)を読んでみた

 

参考動画

【高橋弘樹vs大学教育】衝撃!海外と日本の教育格差…大学は減らすべき?

   【ReHacQvs斎藤幸平vs鈴木寛vs渡邉聡】

     ReHacQ−リハック−【公式】 2026/03/22 41:17

【高橋弘樹vs大学教育】日本の教育はもう限界…?大学に行く意味とは 

 【ReHacQvs斎藤幸平vs鈴木寛vs渡邉聡】

 ReHacQ−リハック−【公式】 2026/03/30 36:02

 日本の大学や学界においては大学教員への評価がもっぱら学会に発表された論文、研究成果に限定され、大学や大学院での授業での努力工夫への評価がほぼほぼ存在していない、という指摘は極めて重要だろう。なぜ、大学での教員養成教育が悲しくなるほどに貧弱なのか、これで理解できるのではあるまいか。特に大学における授業のあり方への評価や関心の低さが、そのまま日本の学校教師の授業技術への関心の狭さ、低さに反映しているように私には思えるのだが、いかがか。また日本のGDPに占める教育予算の割合が先進国内では最低レベルであることも、このことと強く関連しているのかもしれない。

     日本の教員の社会的地位の低さは教育学の人気の低さや学校教員の質の低下と強くリンクしていると考えられる。その背景に日本の大学での授業への関心や評価の低さがあるとすれば、教育改革を行うに際してまず最初に大学での教員採用や評価のあり方を変え、授業への評価を大々的に取り入れていくべきだろう。それは多少なりとも教員養成教育の充実にもいずれ結び付いていくはずである。

 

 

 教師にとって日本の公立学校の現状を理解する上で極めて貴重なデータ、大切な指摘が数多く登場し、現役の教師としてはぜひ、読んでおくべき良書の一つであるが、今や、多くの教師は本一冊読むことすら、大きな負担を感じてしまうに違いない。そこでお忙しい皆様の参考とすべく、以下、本書の内容の一部をかいつまんで紹介し、自分の感想を少しだけ付け加えてみた。

 なお、重要なポイントとなる朝比奈氏の指摘、事柄は太字、特に重要な箇所は赤字で、自分の感想は緑字で記しておく。

 

 2023年度小学校218238人(前年より約2万1千人増)、中学校275202人(約1万1千人増)、高校104814人(約1万8千人減)。高校では三部制の定時制など(2024年度定時制入学者7万1662人)や通信制高校への入学者(2024年度在籍数29万87人。ただし進路先未定のまま約3割が高校卒業している、といった問題点も)が増大し、不登校生徒の多くを吸収しつつある。

 ヤングケアラー日本語を理解できない保護者のサポートで長欠する児童生徒が増大。他方で「隠れ不登校」(欠席扱いされない児童生徒の増大)も約5万人。つまり2023年度の小中学校の不登校数は実際には概数として約55万人に及ぶと推測できるのでは?

 また小学校低学年及び中学年の不登校が急増。くわえて不登校期間の長期化重症化年間の登校日数が約200日の内、90日以上欠席する児童生徒が2019年度小中学校で約1万人だったのが、2023年度には約1万9千人とほぼ倍増)が進んでいる。

 原因としては学校の制度が現状の社会と酷くミスマッチ。共稼ぎ世帯が専業主婦世帯の約2.2倍となり、子どもを朝、起こせない…放課後も面倒を見られない(…学童保育の遅れ)家庭が増加。母子家庭の場合、母親の半分以上は非正規雇用で平均年収は236万円(父子家庭は496万円)であり、過重労働、貧困に直面

 学校設備の老朽化、破損に加えてエアコンや洋式トイレ設置の遅れも公立学校を忌避する傾向を助長。

 2016年の教育機会確保法により、「不登校は問題行動ではない」旨が明記され、登校圧力が低下し、「学校からの逃走」が容認される。

 教職のブラック化による対応力の低下。2004年の「発達障害支援法」、2014年の「障がい者権利条約」の発効により、学校には子どもの適性に応じた配慮や支援の義務があるとされた。こうした動きの延長線上に「教育機会確保法」が2016年に成立。2023年には「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策」プランがまとめられる。これらの措置は結果的に教師の職務を激増させる。

 保護者の学校や教師への評価の低下、むしろ不信、不満が増大。にもかかわらず、教師側には保護者の心情への理解が足りず、学校教師への不信感に鈍感となるか、「モンペア」(2007年以降、頻出。その出現は既に1990年代後半から)の一言で保護者を括り、ひたすら敵視して反発するだけ。

 かつて学校や教師への敬意を欠き、強く反発してきた校内暴力世代に属する保護者の間でとりわけ教育サービスの消費者という意識が優勢になり、学校や教師への過大な要求と不満が過剰に噴出。加えて新自由主義の蔓延が保護者の消費者意識を高め、子どもたちの教育へ教師と共に関わろうとする意識が希薄になってかつての協力関係が崩れてしまった。結果的に保護者対応が教師の最大の重荷に。2023年の奈良県教育委員会の調査では教職員のストレスの源のトップに過大な業務量と保護者対応が並ぶ(小学校では保護者対応、中高では過大な業務量がストレスの原因のトップ)。→スクールローヤーの導入2010年代の半ばから始まり、2020年度からは財源措置導入)、PTA、子供会の衰退

 教員もまた教育への情熱を失い、学校から距離をおくように。加えて深刻な教員不足(2000年代には表面化)の進展、非常勤職員による穴埋めも種々の問題を引き起こす。教員不足の背景には児童生徒数ではなく、学級数に応じて増減する教職員の定数を定めた義務標準法の欠陥も。加配は一定程度認められているが、現状では予算のハードルが厳しく、申請の手続きも煩雑。

 …教員にとってより負担の大きい「個に応じた指導」を長年求め続けておきながら、一学級の子ども数を減らして教員定数を増やす努力を怠ってきた教育行政側の責任は重大。すなわち1980年代から延々と続けられた闇雲な行政改革こそが公務員の削減と義務教育費の削減をもたらし、学校の疲弊を招いた張本人であろう。

 しかも学校には福祉(障がい者の学び保障)業務や危機管理(災害時の避難場所)業務、消費者教育、金融教育、英語教育、IT教育、探究学習などの教育職務が情け容赦なく続々と加わる。その都度、無意味な官製研修が増えていき、学校現場の疲弊を進めていく。その中で最大の噴飯物は教員免許更新制の導入であった。これでついに教員側の堪忍袋の緒が切れ、我慢の限界に達した教師たちの間で教職への熱意、意欲が一気に萎えてしまったケースは極めて多いはず。

 「教員の質の悪化」問題自体、実際にはとっくの昔から存在していたはずだ。PL法を例にして教員の質の問題を例えてみよう。現在、教員の質が低下している原因の多くは本をただせば教員養成教育の欠陥から始まるだろう。つまり質の低い教員を生み出すプロセスこそがまずは問われるべきポイントなのだ。

 さらに学生たちの教師像が形成される時期にも原因は遡れるだろう。つまり彼らの「恩師」たちのパフォーマンスも、現在の教師たちの質に大きな影響を及ぼしているに違いない。また新任教師を育てる学校現場や教育委員会の研修内容にも、就職後の質の低下要因が少なからず潜んでいるはずだ。

 つまり製品が何らかの問題を引き起こす時、まず問われるのはその製品の製造プロセス、材質など、いわゆる製造物責任である。これは教員養成プロセスの問題に該当する。またその製品を利用した側の責任もあるだろう。乱暴に扱ったり、点検を怠っていなかったか、などといった製品の使用方法や管理、保管上の問題が次に問われるはず。これは教員採用や教員研修など、文科省以下、各教育委員会や各学校側の人事を軸とする問題となる。

 世間的にもっぱら問題視されるのが後者、すなわち教師の利用のあり方(働き方)、教師の研修のあり方に偏ってしまいがちな傾向を私は感じてきたのだが、いかがか。

 教師の質を問う際に、質の劣る新任教師を生み出している教員養成のプロセスや、そうした質の劣る教員を採用したり、敢えて管理職に登用してしまう人事のあり方にも、私たちはもっと厳しい目を向ける必要があると思うのだが…

 さらには団塊世代の大量退職後、世代間のアンバランス(40代と50代の前半が少なく、20代、30代が多い)が一気に表面化し、教師たちの助け合いのもととなるチームワークが崩れてきた。若い教師の割合が増えることで産休、育休も増え、代替教員を見つけられないことによってその穴埋めが一般教員に割り振られ、教職の「罰ゲーム」化が進む。そこに副校長、主幹教諭などの新設による教員の階層化まで進み、職員集団の分断、挙句の果てに新任教師の孤立までも加速。今や仕事の押し付け合いによる若手教員の早期退職、安易な使い捨てが学校現場では日常的となりつつある。多くの公立学校の実情はもはやかつてのブラック企業そのものと言って良い。

 教員採用試験の倍率低下に伴う、教師の学力低下も加速している。地方によっては定員割れの状態が出現し、教師の質を維持できなくなっている。不足するのは教員の「量」だけではなく、「質」もまた足りなくなっているのだ。教員による不祥事の連発はそのことを雄弁に物語っている。もちろん学校のブラック化が公然とした事実として世間に周知されるにつれ、教員志望者が若者の間で減少するのは不可避である。

 こうした事態を招いた責任は専ら教育や福祉を軽視してきた国政、とりわけ問題だらけの教育行政側にあり、マスコミの報道ぶりに問題を見出す朝比奈氏の指摘は核心からズレているように感じる。また若者が教職を忌避する傾向が出てきたのはお粗末な教育行政がもたらした当然の結末であり、若者たちの進路選択はむしろ概ね正しいと言って良い。したがって「社会が若者に教員になることを俊巡させている面が大いにある」(P.133)と私は思わない。仮にそうだとしてもここで言うところの「社会」とは専ら政治・行政の方であり、マスコミの方ではあるまい。

 しかし「教員志望者を増やすためには、給与を上げ、仕事を精選して労働条件と環境を改善するしか方法はないと断言できるという指摘は問題の核心をついており、全面的に支持する。

 ただし「学校には子どもの成長に配慮した施設、設備、教材が備わっており、また、大学で教職課程を学び、教育実習を経て教員となった人の専門性は高い」(P.146)という記述はこれまでの朝比奈氏の指摘と完全に矛盾しており、個人的には違和感しか覚えない。

 P.172~173の記述にある通り、教員免許取得において一番重要な教育実習の期間が日本の場合、極めて短く、不十分。さらに教員免許取得に大学院卒を求める北欧と比べれば、日本の教師の専門性は決して高くはあるまい。まして朝比奈氏自身が指摘されているように現今の教員採用試験の倍率低下によって、教員の質自体、全体的な低下を余儀なくされている。そして日本の公立学校の施設は地域によっては不備だらけであり、老朽化も進んでいる、と本書のP.47~52で自ら指摘されているではないか。

 この論理的矛盾は決して小さくあるまい。本書に垣間見られる論理の揺れ、矛盾はもしかすると朝比奈氏が長年抱えてきた学校教育への素朴な信頼感がもたらしてしまっているのではあるまいか。

 公教育が必要悪として本質的に抱えざるを得ない負の側面(集団主義的社会化、資本主義的人材育成と選抜機能…)を完全に否定するわけにはいかないだろうが、かといって無条件に肯定して良いものでもあるまい。公教育が抱える負の側面と正の側面とのアンバランスを日本の現状の中でどうバランスよく調整していくのかが、教育問題を話題にする際には常に問われていると思うのだが、いかがか?

 

 …とは言え、本書の終わりの方で教職を担当している大学の教官の言葉として「現代社会と自分の生活がどんな関係を持っているかを考えない学生が多い」という、「現代社会」を担当してきた元教師としては実に耳の痛くなる指摘があった。これは高校での授業に際して、多くの教師が「現代社会」という科目の果たすべき本来の重大な役割に十分な関心を向けてこなかった証拠だろうと個人的には感じた。40年余り前に設置され、今は消滅してしまった、極めて画期的な意義を持つはずの科目が、おそらくはその目的を不十分にしか果たせずに消滅してしまった…その責任の過半は私たち、当時の社会科教師にあるに違いない。

 「現代社会と自分の生活」との関係性を考える材料として学校そのものを授業のテーマとして教材化する試みを個人的にはしてきたが、限界は大きかった。この点はいまだに慙愧の念に堪えない。これまでの高校社会科の授業の至らなさが、今時の教育実習生の「現代の学校教育に問題意識を持ち、それを踏まえて、子どもたちにこのように接してみたい、このような授業を行ってみたい…」(P.235)といった意欲に欠ける側面が生じてしまっているのだろう。また教育実習生に「学校現場の現状是認型の姿勢」(P.236)が一定数、見られるのも、「現代社会」の授業が不発気味に終わっていた証拠かもしれない。もちろん、これは大学での教員養成の問題でもあろうが…

 こうした問題点に絡んで「教員の資質向上の掛け声の下、教員の養成、採用、さらに教員になった後の研修の全てに関して教育委員会の関与が大きくなっている」(P.237)との指摘は実に慧眼である。おそらく今後、日本の学校では全国的に「教育行政に対して、それを容認する姿勢を持つ教員しか存在」(P.237)できなくなる可能性は極めて高い(千葉県の場合は古くからそういう人事だったが)だろう。

 2000年代以降、教員養成が「その時点での学校現場で必要とされる実戦的な知識や技術の育成が主眼とされ」、その結果、「教育制度や行政への批判的精神は育たず、教育の本質に関する深い思索も行われない現状是認型の育成」になっていることへの強い懸念も表明されている。

 さらには朝比奈氏が指摘するように、「人材」という言葉が多用される教育が新しい「国家主義」に向かい、将来、富を築くスキルを教える教育の強調が新しい「立身出世主義」につながる危険性もまた大いにあるだろう。

 最後に本書で登場した、80年近く前、ある教育実習生が記した以下の文をぜひ、熟読玩味したい。

 …既に獲得すべき目的を地位や冨に置くならば、そして、これらのものが有限であるならば、当然にそれの獲得は修羅の巷を現出せしめずには置かない。日本の社会が持つ落ち着かざる慌ただしさは、ここに原因が存する。立身出世主義は最広義に於ける物質主義に属し、判然として理想主義に対立する…(P.276)

 

参考記事

教員不足なのに、なぜ「正規採用」を増やせないのか…「同じ仕事でも年収150万円

    差」学校現場のいびつな内情 弁護士JPニュース 2026.2.28

 …公立高校の学級編成の基準は、「公立高等学校の適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律」(通称:高校標準法)によって規定されている…という。小中学校でも同じような基準で学級数が杓子定規に決められているせいで、児童生徒数のわずかな増減が教師たちの負担を大きく左右させてしまう不合理さは、かなり昔から指摘されてきた。この下らない法律によって正規教員の数が限られてしまい、非正規教員が増えている公立学校の現状が見えてくる。

 教育予算をひたすら切り詰めてきたこの国の政治の貧困が学校ブラック化の最大の元凶であることは言を俟たない。

2031年度までに休日の部活を地域クラブに移行 香川県の全中学校

    朝日新聞社 2026.2.25

 この遅さ、そしてその不徹底さには呆れるほかない。そもそも学校の部活動はことごとく地域クラブに全面移行されるべきなのに、休日の活動のみ、それも5年後の実施…このスピードの遅さとあまりのヌルさに、この問題の難しさが潜んでいるのだろう。が…それにしても、なのだ。

 この報道を受けて香川県の中学校教諭の採用試験倍率が高まる…と期待する教育委員会のお気楽な「お偉いさん」は一体どの程度いらっしゃるのだろう。まず、手始めに県教育委員会が主体となって香川大学の学生にサンプル調査をしてみたらよい。それすらしていない、するつもりもない、というのなら、おそらく自分たちの見通しの甘さを次年度以降も痛感することになるだろう。

高齢化で外国人の入居相次ぐ光が丘団地、小学校では日本語「個別」指導…校長

    「増加スピードに対応追いつかない」 読売新聞 2026.1.9

 こうした現象は都市部の小中学校や定時制高校ではかなり早くから指摘されていたはずである。日本語が分からない児童生徒を持て余し気味の中学校においては苦肉の策として既に10数年前から日本語を母語としない生徒を一クラスに集めて指導の効率化を図ろうとしていた。まして東京都や神奈川、埼玉の一部では遥かに深刻な事態が生じていたに違いない。

 高齢者の割合が増えて施設の老朽化が進み、とうとう一部が廃墟化している団地は千葉県でも各地で見られる。実際、「廃墟ツアー」を謳い文句とする幾人ものユーチューバーが繰り返し訪れる有名な団地群が私の近所にも複数存在しているのだ。そのうちの一部は比較的立地条件が悪くないこともあって早くから外国籍の方の入居が目立ってきていた。私の住む市原市では東京近郊の市町村の例にもれず、やはり日本語の不自由な外国籍の方が急増している。

 日本語の不自由な保護者が増え、入学式の光景はすっかり様変わりし、ある面では国際色がきわめて豊かになっている。そうした現在、日本語での授業が難しい児童生徒は千葉県の場合、その多くが大した援助を受けることなく放置されてきた。ひらがな、カタカナすら十分に分からないまま、高校三年生になっている生徒までいた。つまり中学校以降、きちんとした個別指導を通じての学力の保障を受けられずに「形式卒業」と「形式進級」が中高の数年間、無駄に繰り返されていたのである。

 今後はさらに事態の悪化が進むだろう。それは学校のブラック化を止める事に失敗し続け、教員の量的不足と質の低下という最悪の事態をもたらしてしまった教育行政の、もっぱら負うべき問題である。仮に、この問題解決のために新たな負担が教職員に加わるとしたら、公立学校崩壊の日が近づくだけであろう。

“若者のSTEM離れ 何が足りない? 調査が示す本当の理由

     TechTargetジャパン 2026.1.5

 日本の学校教育を考える上でも非常に重要な調査結果であろう。「科学分野で実験や実習といった体験型授業を十分に提供しないことは、子どもが将来STEM(科学、技術、工学、数学)分野の職業を選ぶかどうかに直接的な影響を与えること」がイギリスの調査結果から指摘されている。「体験型授業が減少傾向にあること、その背景にはさまざまな障壁が存在することが明らかになった」という指摘は日本にも十分当てはまるだろう。

 「調査対象となった7~9年生(中学1~3年生)の生徒の52%が、科学への学習意欲を高める上で体験型授業が重要だと回答した。この傾向は、もともと科学への関心が低い生徒ほど顕著に見られた。体験型授業が減ることは、結果的に将来その科目を学ぶ意欲を削ぐことにつながると言える。」加えて「女子は男子に比べて、体験型授業がある科目への関心を抱きやすい傾向がある。SET 2023で、体験型授業が学習の動機になると回答した人は、男子が50%だったのに対し、女子は54%に上った。優れた教員の存在も、男子より女子にとって重要度が高いという結果になった。」という指摘は日本にとっても実に耳の痛い重要ポイントであるはずだ。

 「2週間に1回以上、体験型の課題に取り組む就学者の割合は、2016年は44%、2019年は37%で、2023年には26%まで落ち込んだ。試験対策として実験や実習ではなく、授業でビデオ視聴をすると回答した就学者の割合は、2016年の39%から2023年には46%に増加した。」という指摘はイギリス以上に日本への厳しい警告となっていると考えるが、いかがか。

 多少改善しつつあるものの、日本では古くから女性の理系離れが深刻であった。近年、わずかながら上昇してきた女性の理系進学率も、今後はかつてないほどに低落してしまうかもしれない。たとえば教員採用試験の倍率低下によって近い将来、教員の理数系授業における力量にも大きな問題が生じてくるのではあるまいか。特に小学校での理科分野における実験や観察、解剖実習は既に質、量とも大幅に低下しているのでは…と危惧しているのだが、いかがだろう。

 授業ではイギリスでの調査に類似した、簡略な調査を実施してみて、その結果をイギリスの結果と比較し、生徒たちと差異が生じた、ないしは生じなかった理由について詳しく分析してみると面白いだろう。

高2自殺 学校がいじめ報告書拒否 裁判で担任教諭「認識なし」証言

     朝日新聞社  2025.12.16

 …第三者委は18年11月、男子生徒に対する腹の音に結びつけたからかいなどをいじめと認定。「少なくとも中学3年時以来のいじめを主たる要因としつつ、これに起因した心理的な孤独・音に関する過敏な心理状態、教師からの理不尽な指導、学習に関する悩みや焦りなどが相互に作用し合って自死につながったものと考える」と結論づけた。だが、学校側が受け入れを拒否し、両親が22年に提訴した。…

 この件の突出した異様さは上記に示された、遺族の提訴に至るプロセスのゾッとするほどのグロテスクさに現れているだろう。学校側が第三者委員会の報告書を受け入れ拒否する、という前代未聞の冷徹な対応、当時の担任の、恐ろしいほどのイジメ認識への欠落、「いじめ防止対策推進法」の理解度については「読んだことはありますが、細かく把握できていなかったかもしれません」とまるで他人事のような、あからさまに乾ききった証言…

     自殺にまで至ってしまった事の重大性についてひたすら「我関せず」という、開き直りとも受け取れるような冷酷で鈍感な対応…当該教師の発言や対応からは教育に関わる者として最低限に必要とされるだろう資質の欠片すら、微塵も感じ取ることができない。この教師を雇い続けた学校側の経営責任まで厳しく問われるべき、異常な事件だと思うが、いかがだろうか。

独自取材|仙台育英いじめ被害生徒「本当のことを知ってほしい」何度も自殺未

     遂、ようやく始まった調査 “声が届かなかった2年半”“訴えても動かなかった学校”

     とサッカー部指導者の対応     FNNプライムオンライン 2025.12.13

 …学校側は、再質問状に対する12月3日付の回答書で、「特定の個人に関する内容のため回答は控える」としたうえで、「公式見解はホームページに公表している通り」としています…という。これはまさに個人のプライバシーの保護を盾にした、イジメ案件に対する典型的な隠蔽工作がこの学校にもいまだに根強くはびこっていることを予感させる。

 問題のあったサッカー部への学校側による対応は監督および部長の辞職、全国大会への出場辞退、という、それなりの厳しさを感じるものではあった。しかしこれだけでは「トカゲの尻尾切り」の印象を免れまい。このイジメ問題が長期にわたって継続してしまった大きな原因は、決して特定の人々による不適切な対応の積み重ねだけではないはずだ。

 ここまで問題がこじれてしまった背景には多くのスポーツ名門校が共通して抱えている、根深い構造的、体質的問題が潜んでいるに違いない。今夏の夏の甲子園大会でも似たような問題が他県で露見したばかり。しかしその教訓はおそらくスポーツ名門校に内在する構造的問題に阻まれ、相変わらず十分に生かされていない…と感じざるを得ない。

 スポーツでの実績を宣伝材料にして生徒集めに狂奔する余り、学校の印象を悪くするような事態は出来るだけ表に出さずに隠蔽しようとする…こうした学校経営者側の姿勢はこれまでも数多く見られてきた。似たような不祥事を繰り返さないためにも、経営者側には任命責任が厳しく問われなければなるまい。一体、誰がこうした不祥事を招くような監督、部長を任命してきたのだろうか…どう見ても学校側の組織運営上の責任は決して軽くないはずだ。

教員1,400人調査、やりがい8割超も「多忙」が課題トップ リシード 2025.11.25

教員の“精神疾患による休職”7000人の時代 「働き方改革だけでは解決しない」理由

     とは?【専門家に聞く】 AERA DIGITAL 塚田智恵美 2025.11.25

 この対応はただの対症療法の一つに過ぎない面もあるだろう。大きな原因は教師の職務の質と量があまりにも過剰である点にあると考えるがいかがか。対策はこの点の改善に最大の比重を置くべきだと考える。大胆な業務量の削減こそが真っ先に急がれるべき課題の中心であり、この視点から目を逸らすような問題点の指摘は、何よりも深刻な教員不足の解消を急ぐべき現時点では好ましいとは思えない。

 確かに多くの教育問題が「働き方改革だけでは解決しない」問題であることは事実だが、仕事量の大幅な削減を軸とする「働き方改革」を改革の先頭に置かない限り、すべての改革は水泡に帰するだけであろう。ただでさえ、「教育改革」という、教師の負担をひたすら重くする「改革」の呪縛に長く苛まれてきた教師たちなのである。教師たちの教育行政への不信感がいかに大きいものなのか、行政側はまずしっかりと認識すべきなのだ。

教員も実感、小学校で「暴力行為18.6%増」の深刻 

     東洋経済オンライン 松尾 英明 2025.11.13

 今、なぜ小学校や中学校での児童生徒による暴力行為が増加してきているのか、その原因は単純に特定できるものではないだろう。松尾氏が指摘するように大人の指導力の弱体化という側面があるのは確かに否定できない。とはいえ、「目には目を」のように暴力には力で対抗する…といった対応がはたして暴力行為の沈静化にどこまで効果があるのかは、極めて疑わしい。

 たとえば「叱る大人がいない社会では、子どもが「悪いことをしたら叱られる」という当たり前の構造を学べません。叱られて悪いことをやめようとする子どもに暴力が横行することは、本来あり得ないのです。」という指摘は正しいのであろうか。

 かつて校内暴力が吹き荒れた時代、学校は運動部顧問、体育科教師を中心にして厳しい生徒指導を行うことで事態の鎮静化を図った事は事実である。その結果、校内暴力の沈静化は実現できたと言えるが、他方で「イジメ」や登校拒否の問題が新たに浮上してきた。つまり下手な管理主義をとったとしても別の問題が浮上するようではただの「モグラたたき」に過ぎないのかもしれない。実際に過去の校内暴力件数や学校での暴力件数の統計を確認してみよう。

 まず校内暴力の件数は1981年がピークであることが分かる。例のテレビドラマ「金八」シリーズの第一弾が1979年10月から1980年3月まで。確かにこのテレビドラマが校内暴力を多少とも誘発した側面がある、との工藤勇一氏らの指摘もあながち間違ってはいないだろう。

 次に今から30年ほど前の、暴力件数が急増してきた頃の文科省の統計を見てみよう。この時代には小学校と高校での暴力件数が統計に加わってきている。また典型的な対教師暴力を中心とした「校内暴力」よりもかなり広く学校での暴力行為を捉えるようになったようで、昭和での校内暴力の発生件数と単純な比較はできないが、暴力案件の増減の動き程度はある程度、捉えることができる。この段階ではまだ中学校での件数が小学校や高校に比べて圧倒的に多い。

 最後にこの記事で取り上げている直近のデータを見てみよう。平成20年を境にして暴力件数が増大している。と同時に中学校の件数を小学校が上回り始めている。この変化をきちんと説明できる材料は今のところ不十分なものしかないと考えるので、これについてのコメントは控えたい。

ただ現段階を含む学校での暴力件数のピークは3つ存在している。ただし、それらの内、現在の状況に関しては現在進行中の現象なのでそのピークが来年度以降になっていく可能性もある。つまり現段階ではピークを迎えつつある、という表現にとどまるだろう。

 以上を踏まえて学校での暴力案件(校内暴力を含む)の推移を見ると、一つの仮説が思い浮かぶ。まず二番目のピークに関しては校内暴力の時代の生徒らが成人して親になり、その子供たちが小学校から中学校に在籍する頃合いである点にまず注目したい。つまり二番目のピークをもたらしていたのは校内暴力世代のジュニア世代であるということ。また三番目の暴力件数急増には校内暴力世代の孫世代にあたる児童生徒が数多く関わっている可能性もある。

 私自身の経験から見ても勤務校が荒れだしたのが、二番目のピークに相当する、すなわち「校内暴力ジュニア」世代が高校生となり始めた頃とピッタリ重なるタイミングであった。そういう経験も踏まえると、現状の件数増加は親世代における反学校的文化の次世代への継承が背景に潜んでいるのかもしれない。

 以上はかなり不確かな仮説に過ぎない。こうした分かりやすい世代論には落とし穴がつきものではある。しかし、ここで管理主義を強めることが問題の解決には必ずしもつながらないのでは…という小さからぬ懸念を、以上のような観点も加わって、この記事から感じとった次第である。

学力は同じなのに…大学受験の合否を分ける「学校の先生」問題 ダイヤモンド・オンライン 孫辰洋 2025.11.27

 こういう学校の現場をよく知らない、偏った立場からの意見は俗耳に入りやすい分、誤解を招きやすく、現実的には有害であることが多い。確かに伝統的な上位の進学校教師の場合、特に年配教師の場合には推薦入試、総合型選抜の在り方をハナから否定する人は決して少なくあるまい。そしてそれが生徒たちの進学の妨げになってしまう事もおそらく生じてしまっているだろう。

 ただ、他方で進路指導の現場に一定期間、携わってきた教師の立場からすれば、孫氏の意見に必ずしも全面的には同意できない。特に20年以上、進学指導に携わってきた経験からすれば、安易な「青田刈り」につながりかねない推薦入試や総合型選抜の在り方に、大きな疑念を覚えざるを得ない。

 この問題は大学入試の前段階、高校入試の在り方と実は深いつながりがあると、個人的には捉えてきた。高校入試において学力中位層以下の高校では大学入試よりも古くから学力試験の比重が低く、早くから総合型選抜的発想が一般的となっていた。そうしたなかで学力上位層の高校でも一部、部活動の活性化、実績向上のために受験生の部活動実績を過大評価する動きが強まっていた。その結果、以前よりも学力の乏しい入学者を抱える自称「進学校」も増えてきていた。かつての当該校における授業のレベルとの大きなズレのある生徒たちの増加が学校全体に及ぼす悪影響は少なからず存在していたはずである。

 学力よりも部活動などの実績が大きく作用して高校入試を勝ち抜いた生徒の多くは大学入試でも同様の事を期待しがちである。これは、経験上、否定できない傾向だろう。そうした生徒たちが大学入試においても学力選抜を忌避し、推薦入試、総合型選抜に殺到する動きを学校全体にもたらす。一旦、この動きが表面化してしまうと、部活動の実績は上がるものの、大学への進学実績は確実に停滞する。そもそも共通テストの受験者が年々、減っていき、ついにはゼロになることすら、実際にあった。

 こういう高校では内申点を気にして授業を大人しく受けることまでは出来ていても、いかんせん学習意欲の乏しさが生徒たちの間で目立ってくる。たとえそうした生徒たちが、希望通りに推薦入試などで大学へ進学できたとしても、そもそも肝心の学習意欲が保証できないのだから、大学での授業についていける保証も出来ないだろう。

 体育系大学や芸術系大学ならばともかく、一般の大学において運動部等の実績を重視する入試の在り方自体が、大いに疑問である。実際には入試倍率の維持、向上を最優先し、部活動の実績を売名行為に用いているに過ぎない、大学入試の在り方を快く思っていない教育関係者はきっと少なくあるまい。

小学生の暴力が過去最多の皮肉。「いい子」に育てようとした親が、知らぬ間に奪っ

     たもの All About 石井 光太 2025.12.5

 幼児期の集団遊びの不足は小学一年生の暴力件数を激増させている大きな要因に違いあるまい。他方で現在の小学校は教員不足と教員の質の低下などによって激増する暴力事案に対応できる力を失いつつある。いよいよ公教育崩壊の日は近いのかもしれない。

⑦手遅れの弥縫策

※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。

 

参考動画

定員割ればかりの私立大…文科省の対応は遅すぎる!

    コバショーの受験最前線【CASTDICEサブ】2025/05/03  11:50

    コバショーさんもついに文科省の、あまりのいい加減さ無責任さ堪忍袋の緒が切れてしまったようである。とうの昔から日本の少子化が分かっていたはずなのに直近25年間で150校も大学数を許認可して増やしてしまった文科省の責任は確かに重いだろう。しかも家政学部や歯学部の人気が下がってきたにもかかわらず、学部設置を唯々諾々と許可してきた文科省にはデータを分析する能力以上に、教育の責任官庁として致命的なレベルでの自覚不足が糾弾されるだろう。今はまさに「財務省解体」デモ以上に「文科省解体」デモが必要となっているはず。

 高校生には切実なテーマであり、視聴後、ぜひ討論させたい。

先生がいなくなる 日テレNEWS NNN 2024.10.30 5:35

 学校の教師が置かれている状況を理解してもらうために視聴すべき動画としては時間的に見てもこの動画が一番ではないか。

参考記事

「教員不足、ここまで来たか」免許なしで合格→後から取得、さいたま市異例採用

     に賛否噴出…「現場ではすでに最悪の事態が」と専門家は指摘

     集英社オンライン 2026.4.7

 内田氏の指摘する通り、教師の職務を大幅に削減しない限り、この手のゴマカシ戦術、弥縫策は却って教員の質低下と学校のブラック化をひたすら加速させるだけとなるだろう。

 教師の職務削減は必ずしも文科省しかできないわけではあるまい。神戸市のような取り組み例がある。学校行事の大幅な削減も各学校の裁量部分が大きい。しかしそれらの取り組みはとりあえず学校の力の低下を自ら認め、恥も外聞もかなぐり捨てて公言し、周囲の広範な理解をあらかじめ得る必要がある。そんな胆力と決断力のある管理職がそうそういるとは思えまい。表面をきれいごとを並べて糊塗し、ブラック化した学校の実態を何とか隠蔽してきた都道府県から公教育の崩壊が本格化してくるに違いない。千葉県などはその先頭に立つはずである。

高校無償化拡大と中学「35人学級」、4月からスタート 改正法成立

     朝日新聞社 2026.3.31

 こんなことすらまだ法制化されていなかったのか…呆れてものが言えなくなる。中学生人口は2024年段階で314万人余り、ピーク時の1962年の733万人弱のほぼ43%に過ぎない。とっくの昔にマスプロ教育の弊害が叫ばれ、個別最適化の学習が希求されて久しい現在、学級定員は出来る限り少ない方が望ましいに違いない。特に指導の難しい中学生ならばなおさらであろう。

     仮に人口減に比例する形で学級定員の上限を定めたとすれば、現在は40人(1962年における中学校の標準学級定員)×0.43=17.2。つまり1クラス17人となる計算だ。それが、何とその2倍余りの35人、しかも今さらようやく変更できたというのだから悲鳴が出そうにもなろう。この取り組みの圧倒的な遅さが意味する事は一体、何だろう。ぜひ、生徒たちに考えさせたい。

 なお日本のGDPに占める教育予算の割合はバブルがはじける前まで5%を超えていたが1993年以降、急激に低下し、今は3.3%を切っていてほぼ途上国並みである。

小中高生の自殺が過去最多の538人に 令和7年、原因は「学校問題」が最多

     産経新聞 2026.3.27

     小中高生の自殺者数が過去最多となり、最大の原因が「学校問題」となっている。これもまた日本の学校教育の行き詰まりを示すデータの一つだろう。

AI時代を生き残るのに必要な探究力とは? 難関大の総合型選抜も狙える「探究力」

    を鍛えるには、格差広がる中学・高校選びが重要!    ダイヤモンド・教育ラボ 

 まずは探求学習を高校に定着させる上での条件整備について、きちんと議論すべきだろう。探求学習が今後、非常に重視されてくる学習のあり方であることはもはや言を俟たない。ただ学校現場の業務量の大幅な削減ができなければ、これまでがそうであったように多くの公立高校は「やったフリ」をするのが精一杯となり、むしろ公教育の破綻を加速させるだけとなる。では高校の大幅な業務量の削減は具体的にどうすれば実現できるのか、そのことの方を最初にしっかりと考えておくべきなのだ。

 公教育においては学校行事の大幅な削減、簡素化に加えて、部活動を学校教育から社会教育へ全面的に移管する。これに伴い、高校での体育科と芸術科を廃止し、同教科の教員の多くを社会教育機関に移す。これらの教科が減ったことにより、一日5時限の時間割が実現可能となる。探求的学習を取り入れた授業を時間割の中に埋め込むとともに、5時限終了後の放課後は毎日一時間分の探求学習を社会教育の中で選択して異年齢集団の中で取り組んでもらう。

 以上が欧米の学校をモデルにして私が個人的に考えてきた、公立高校への本格的な探求学習導入、定着のために必要となる改革案である。これまでの教育改革のように探求学習のメリット等のきれいごとをいくら並べてみても、前提として教員負担の大幅な軽減を伴わない限り、改革の構想は百害あって一利なし、むしろ有害な「絵に描いた餅」に過ぎない。文科省の探求学習に対する本気度はこうした教員負担軽減を巡る大胆な取り組みをするだけの覚悟があるのかどうかにきっと表れてくるはず。引き続き、今後の成り行きを厳しい眼差しで監視していきたい。

日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示さない

    ニューズウィーク日本版 舞田敏彦 2026.3.6

 データに裏付けされた、極めて真っ当な主張であろう。しかし日本での実現は極めて難しい。問題は政府に教員の待遇改善への熱意がほとんど存在しないことにあることに加えて、教育予算を常に低く抑えようとする政治勢力が国会で多数派を占め続けてきた点に求められるだろう。教育が主な政治的焦点とならないこの国では教育予算の大幅な増額を伴う改革がほぼ絶望的である。

 予算の増額は無理としても、今すぐにでも出来る事はまだ沢山あるはずだ。教員の待遇改善は給与引き上げだけではない。業務量の大幅な削減こそが真っ先に取り組まれるべき現実的な改善である。財務省に頭の上がらない文科省には予算確保のために教員の業務を増やし続けた過去があるのではあるまいか。その発想は今すぐにでも捨てるべきだろう。学校の業務量を適正規模に縮小することが、今、文科省の取り組むべき最大の任務であると思うが、いかがか。

 教員の人気が低落しつつある現時点で、大学院卒を教員免許の授与条件にしてしまうと何が起きてしまうのか…考えるだけで空恐ろしい。教員の人気が回復し、教員不足が解消されてから後に、教員免許の取得条件の見直しを行うべきではないのか。

公立校の教員不足深刻、昨年4月時点の欠員4317人に…4年前の1・7倍に増

     加 読売新聞 2026.3.5

 この統計がどれほど信用できるものかはさておいて、教員不足に対する文科省や各教育委員会の取り組みが表層をなぞるだけでの弥縫策に過ぎなかったが故の現状であろう。結果的に苦しみが増すのは学校現場であり、学校のブラック化は進む一方となっている。これで若者の教員離れも加速するに違いあるまい。

    とは言え、大胆なレベルでの教師の業務削減が待ったなし、であることに文科省や政府が気付くとは思えない。いよいよ公教育の崩壊が間近となってきた。

日本の教員は依然として長時間労働......保護者対応や煩雑な事務作業に追われ 

     ニューズウィーク日本版 舞田敏彦(教育社会学者) 2025.11.5

 …他の先進国と比較すると、日本では教員の「教えることの専門性」が軽んじられている…教員の主な業務は授業なのだが、日本の中学校教員で言うと、週の授業時間(準備含む)の平均値は26.0時間で、参加国の平均値(30.0時間)よりも少ない。上述のように、総勤務時間は55.1時間なので、残りの29.1時間、仕事の半分以上が授業以外の業務ということになる。このような国は他にない。

     日本の教員の長時間労働は、授業以外の業務が多いことが原因だ。膨大な事務作業、部活指導、保護者対応、さらには学校の安全管理(点検)などだ。教員は、教えることの専門職ではなく、あたかも「何でも屋」であるかのように扱われている。採用に際して「教員免許は不要」を掲げる自治体も出てきているが、こういうところにも、教員の専門性を軽んじる姿勢が表れている。「何でも屋」を雇うに当たって、専門性を担保する免許状など必要ない、ということだ…

     …日本の教員の選択率が国際平均より目立って高いのは、保護者対応や煩雑な事務作業であるのに対し、海外の教員では、生徒の学力やウェルビーイング維持といった項目の選択率が日本と比較して高い。後者は、教えること、子どもの可能性を引き出す専門職としての教員ならではの悩みだ。

     多くの教員は、教えることの専門職でありたいと願っているし、「もっと授業に注力したい」と思っている。教員の仕事を授業に特化するなど不可能と思われるだろうが、南米のブラジルやチリでは、教員の勤務時間の95%が授業(とその準備)だ。地球の裏側の極端な例だが、アメリカでも8割というように、教員の業務を授業に絞れている国は数多くある

 …まずは少数の実験校という形でよいので、教員の仕事を授業に特化した学校を設置してみてはどうか。部活は地域移行、給食は食堂、生徒指導や問題行動への対処は専門のカウンセラー、保護者対応は教育委員会設置の窓口、事務作業は業務支援員、学校の施設管理は専門業者......。

     まずはこのような(夢のような)学校を意図的に作ってみて、どういうことが起きるかを観察してみることからだ。何もせず、通り一遍の「働き方改革」を連呼するだけよりはいい…

     舞田氏の指摘はこの問題の核心をついていていちいち小気味よい。「給食は食堂…」などは学校が災害時の実効性ある避難先として一定期間、機能する上でも必要であろう。大した設備が無いクセに、無責任にも避難所を引き受ける…ただの嘘つき、ほら吹きに過ぎない「何でも屋」、すなわち日本の学校ほど無能で質の悪い施設は他にあるのだろうか。

 授業を軽視する日本の学校教育の悪しき伝統も根本から見直していくべきである。

<社説>教員の働き過ぎ 定員増やす抜本策こそ 東京新聞 2025.11.4

 抜本策は決して教員の定員を増やすことではない。これまでの教育行政を振り返れば十分に予想できることだが、定員を増やすとこれに応じて必ず教員の職務が増える。そして増えた分の仕事はただのサービス残業として教師が自宅に持ち帰るだけになる。実態としては教師の負担がさらに重くなるだけなのであるが、得点稼ぎに走る管理職の過少報告も手伝って表向きの「残業時間」は減る、といういつものゴマカシ、常套手段が作動するだけなのだ。

 決して騙されてはなるまい。「教員の働き方改革」はほとんど前に進んではいない。学校での残業が減った分、教師の持ち帰り残業が増えただけである。すなわち教師の自宅での光熱費が増えているに過ぎない。

     これは「働き方改革」に名を借りた教育行政側の経費節約策に過ぎず、得をしているのは国や地方自治体だけである。児童生徒、それに教職員はむしろ損をしていると言った方が良いだろう。だからこそ不登校とイジメは増え続け、教員の精神疾患も増え続けているのだ。

 手始めに打つべき抜本策は学校の職務の大幅な削減しかない、と思うのだがいかがか。

「うちらは捨てられてる」先生が教室に現れず、授業を受けられない子どもが増

 加…教育現場で今起きている“非常事態” 

 文春オンライン いしい しんじ によるストーリー 2023.6.19

 学校教育の隠蔽体質は、ただでさえブラック化した学校において正規教員の不足という最悪の事態の進行をも招いてしまった。学校自らが教師不足という致命的な事態を世間一般からは見えにくくしていたのだ。それが社会問題と化し、表面化してきた現段階に至ってしまっては最早、手遅れに近いほどに学校の病巣は進行し、肥大化しているのではあるまいか。

 もはや手の施しようのない末期患者と同様、日本の公教育は大げさに言えば存亡の危機に直面しているのではないのか。垂れ流し状態の「教育改革」の連打がいかに学校現場を疲弊させ、限界まで追い詰めてきたか、改めて教育行政の責任を問いたい。

学校の保護者対応、民間で 教員負担軽減へ文科省モデル事業

   共同通信  2025.2.1

   文科省の迷走ぶりには呆れるほかない。教師たちのストレスは膨大な仕事量によって本来、力を入れるべき授業準備が疎かになっている点に由来する側面が大きいだろう。教師の校務の一部に保護者対応があり、いわゆるモンペアへの対応は確かに強いストレスを教師にもたらす。しかし、だからといって保護者対応を民間機関に任せることがはたして良策なのだろうか。

   学校や特定の教師への保護者による強い抗議や要望の中には、公務員が厳守すべき守秘義務の対象となりうるものも少なからず含まれている。おそらく守秘義務に関わる重大な内容の多くは外部の民間機関に委ねるわけにはいくまい。つまりそれらは学校側や教育委員会側が相変わらず受け付けることになるのだろうが、それでは教師の仕事量の実質的削減にはほとんどつながるまい。

   強烈なストレスを教師たちに与える保護者対応の多くを、結果的に学校や教育委員会が引き受けることとなってしまうのならば、この施策にどれほどの意味があるのだろう。これはまさに文科省が表向き教師の負担軽減のために一生懸命「やってます」感を演出するだけの、ただの見せかけに過ぎないのではあるまいか。

 こんなゴマカシに無駄な労力や経費を費やすヒマがあるのならば、もっと有効な対策に集中すべきだろう。まずは学級の定員を30人に減らして教員の数を増やす。それが当面、無理ならば学校行事を大胆に軽減して部活動の地域移行を徹底する、校務の合理化、DX化を加速させる、スクールロイヤーの増員と配置、学校カウンセラーやケースワーカーの増員と常駐化、彼らの待遇改善…

 文科省がやれること、やるべきことは山ほどある。文科省のお役人たちだって余分なことをしているヒマなど無いはずだ。教育行政としてやるべきことは多々あるだろうが、まず最初に着手すべきは政策の基礎基本たるしっかりとした学校の現状把握。そこが恐ろしいほどいい加減だから、文科省はその場しのぎで的外れの政策をひたすら繰り返してきたのではなかったか。信用できるはずのない教育委員会からの報告を鵜呑みにして自ら直接、学校の現状確認をサボり続けてきた文科省の責任は重い。

教職調整額13%実現へ、日高教が署名提出 リシード 2024.12.4

 …教員業務には、教科指導や生徒指導、進路指導、キャリア教育、ICT教育、特別活動の指導、部活動指導、高校魅力化推進活動、地域連携活動などが含まれる。これらの業務を遂行する過程で、生徒対応や保護者対応、地域連携対応、特別支援対応、いじめ対応、不登校対応、貧困およびヤングケアラー対応、危機管理対応など多岐にわたる対応が求められる。教員は多くの知識と専門性を駆使し、日本の未来を支える人材の育成を行っている。

 教職調整額13%の実現は、教育が多様化・複雑化し、多くの知識や高度な専門性を必要とされる現代の教師という仕事の特殊性に対し、教師の尊厳とプライドの対価として支払われるものだと考えられている。教職調整額は、教師の残業代として支払われるものという誤った認識があるが、時間外勤務の代償は、学校における働き方改革の延長線上に、残業手当としてあるべきである。・・・

 ほとんど学校教育の現状を知らない者たちの聞き捨てならない妄言というほかあるまい。現在の高校教師たちの中で「教科指導や生徒指導、進路指導、キャリア教育、ICT教育、特別活動の指導、部活動指導、高校魅力化推進活動、地域連携活動」のすべてにわたって高度な知識、専門性を持つ人物など本当にいるのだろうか。仮にいるとすればそれはまさに「スーパーマン」そのものであろう。我こそはスパーマンなりと自負する教師がいるのなら、ぜひ、名乗り出てもらいたい。

   現今の採用試験の倍率、大学での教職教養の講義のレベル、教員に向けて教育委員会が行う研修のレベル…どれをとっても、大抵は世界標準で「教師の尊厳とプライド」を満足させるものからはほど遠いものだったはず。それが日本の教育事情であろう。むしろ高校教師のほとんどは処理能力の限界を遥かに超えたレベルで複雑多岐にわたって多様化し、日増しに高度化する業務の重圧と膨大な事務仕事量に耐え兼ね、働き方改革が遅々として進まない学校の現状に絶望しつつあるのではあるまいか。

 世の中は広い。確かに「生徒対応や保護者対応、地域連携対応、特別支援対応、いじめ対応、不登校対応、貧困およびヤングケアラー対応、危機管理対応」といった業務をすべて満足のいくレベルで遂行できている、と平気でホラを吹く教師たちが世の中にまったくいないわけではあるまい。しかしそれらの内、一つでも専門的な教育を受けたことがある教師ならば即座に断言できるはずである。そんな超人的な仕事をこなせるのはスーパーマンだけなのだ。

 出来ないことを出来る、というウソはもうつかないでほしい。今、出来ること、あるいは近い将来、出来そうなことに教師たちが専念する体制作り、すなわち教師の業務の大幅な削減と事務仕事の大胆な合理化を即刻、文科省は断行すべきではあるまいか。給与や残業手当の件はその次に着手すべき課題であると思うが、いかがだろう。

持ち帰り業務、約56%が実施…教職員の勤務環境調査   リシード 2024.11.29

   学校での残業時間が減る一方で自宅への持ち帰り業務が増えていくことは以前から予想されていたことである。この調査に特に目新しい発見は無い。そもそも全体の業務量を減らさない中で、学校での残業時間を数字だけ減らそうとしている事の間抜けさ、トンチンカンさに呆れ果てる。

   文科省に業務量を削減する意欲は見られず、さらにやる能力すら無いのならば、今後も時間の無駄が続いてしまうので、まずは文科省自体を一刻も早く解体すべきだろう。存在価値が認められない省庁を存続させる意味は無い。

教員給与の段階的引き上げ 現場は評価もサービス残業を懸念

   毎日新聞 によるストーリー 2024.11.8

   給与の引き上げ、残業手当の支給などによる教師の待遇改善は無論必要であるが、それよりも急がれるのは職務の大胆な削減の方だろう。下手に給与の引き上げが先行してしまうと、流れとして職務の削減が不徹底になりやすい。すなわち給与が上がったくせに、しかも公務員のくせに仕事をさぼるのか・・・といった民衆の不満がこの景気低迷の中で政府やマスコミによって煽られ、変に暴発しないとは限るまい。

   教師たちの心身を追い詰めているのは決して給与の低さではなく、ほとんどブルシットジョブと思えるような、大量の事務仕事と部活動、学校行事の数々である。それらこそが教師の時間と体力と精神的ゆとりを奪い、心身共に疲弊させている張本人であろう。にもかかわらず敢えて給与引き上げを先行させようとするのは、こっそりと教員のタダ働きを継続させることで財政支出増の元を取ろうとする文科省、財務省など、政府側の悪だくみの様にしか思えないのだが、いかがか。

財務省の「教職調整額10%へ段階的引上げ」に反論…文科省

   リシード 2024.11.13

   …教師の時間外労働は改善傾向にあるとしたうえで、勤務時間の縮減を給与改善の条件とする提案は、学校教育の質の低下につながる…という文科省の反論には呆れるしかない。本当に「教師の時間外労働は改善傾向にある」のだろうか。一体、どういう調査結果に基づいているのだろうか。

   どうせ都道府県教委からの報告に基づいた見解なのだろうが、そもそもそうした調査報告がどこまで信用できるのか、文科省は一度でも疑ってみたことがあるのだろうか。教師たちの在校勤務時間は確かに減ってきているだろうが、業務量自体にはさほどの変化がなく、ただ単に自宅への持ち帰り残業が増えただけではないのか。重要なのは各教師の心身におけるゆとりが実際に回復できているかどうかであろう。

   …教職員定数等の充実をすることなく、単に学校現場の業務縮減の努力のみをもって学校における働き方改革を進めようとする提案は、学校現場への支援が欠如している…という、一見もっともらしい見解を文科省は示しているようだが、これも噴飯物である。給与引き上げと教職員定数等の充実を前提としてしまえば、今後、学校での仕事量削減への反発が強まり、むしろ仕事量の増大すら招きかねない。「学校現場の業務縮減」という面倒な作業を何とか後回しにし、できればそれをサボりたい文科省の本心が透けて見えるようだ。

 学校が出来もしないレベルの量と質をもつ雑多な仕事をあまりにも請け負い過ぎてきたことこそ、諸悪の根源であろう。教師の業務削減こそ最初に着手すべき改革であり、順序を間違えると事態はさらに悪化しかねないと思うのだが、いかがだろう。

   ※参考記事

  〈教員の残業〉「働いた対価が得られないなんて意味不明」「まじめな教師ほど病む」“教職調整

   額見直し”報道に現役教師たちが吐露するもっと深刻な問題

    集英社オンライン 2024.11.9

不登校の小中学生、初の30万人超 コロナ禍以降で15万人増

   朝日新聞社 によるストーリー 2024.10.31

   不登校が増えた理由をもっぱら外部的要因たるコロナの流行や児童生徒本人の意欲低下等に求めているようだが、これで良いのだろうか。そもそも文科省の調査は児童生徒の不登校の原因の選択肢に教育行政や学校側の要因をほとんど入れていないという、まさに責任逃れで片手落ちの内容となっており、調査そのものに信頼性、妥当性がまったく欠けていると私は考える。

 文科省は家庭側の要因や教員不足、専門的対応の不足などに多くの課題を求めているようだ。しかし最も重大な原因がこれまで看過され、その解決がひたすら先送りにされてきたからこそ、不登校児童生徒の増加、イジメ重大事態の増加といった危機的状況を招いているのではないだろうか。すなわち日本の教育行政の長く続いた迷走と停滞により、日本の学校現場が徒に混乱させられてきた。そのことによって時代の急激な変化から学校は完全に取り残され、もはやガラパゴス状態となってしまった。そこから生じた様々な不具合こそがこうした問題の背景にあるのではあるまいか。

 多様性や個性、主体性を重んじ、話し合いによる協同作業を軸とした授業内容と授業方法の抜本的見直し、管理主義的、画一的教育行政の変革、教員養成教育と教員人事の見直し、学校の業務量の大幅な削減…どれもが一瞬たりとも先送りできないはずの巨大な課題が山積する中でついに表面化してきた教員不足という恐るべき末期的症状。この公教育の深刻な危機を小手先の弥縫策で乗り切れるわけがあるまい。

小学校教員採用予定の倍以上が合格しても募集人員確保できず 辞退7割 高知県教委

 テレ朝news によるストーリー 2024.10.31

 いよいよ文科省や都道府県教委の行った教員不足解消策が完全な的外れであり、かつまったくの「手遅れ」であったことがよく分かるデータであろう。高知大学の教育学部学生がかなりの人数で教師としては地元に留まらなくなっている、という事実が物語る現実はあまりにも過酷なものとなるだろう。学校での教員不足によって生じる諸問題の悪化が予想されるという、当然の帰結を招くだけではあるまい。極端な少子高齢化に直面する高知県での若者の人口減が一層加速し、県全体レベルでの過疎化がより進行してしまう、ということでもある。

 ただでさえ南海トラフ地震による大津波が予想され、高知県に居住する人々の不安が強まっている。そうしたタイミングでのこのニュースは県政をほぼ致命的なレベルまで追い詰めてしまう可能性があるだろう。

 ただの教育問題に過ぎなかったはずの教員不足を何一つ解消できず、むしろ若者の教師離れを加速させてしまったことがもたらすであろう地方の未来は暗い。教育問題を過疎の問題に直面する地方での急速な少子高齢化、人口減という大きな社会問題にまでこじらせてしまった、無能で無策な文科省、政府の責任は極めて重大である。

不登校のキミはどう生きるか? 鴻上尚史が解く「不登校」の背景 学校・教師が抱え

 る問題とスマホの悪影響 コクリコ編集部 の意見 2024.10.31

 日本が教育予算をケチってきたがために様々な問題が生じてきているのは間違いあるまい。なぜ手遅れとなるまで学校教師を放置してきたのか、政治責任が厳しく問われるだろう。

 鴻上氏が参考にしたユネスコのデータを下に紹介してみる。

 

・公的教育費の対GDP比率 国際比較

 単位 : %  出典:UNESCO  データ更新日:2024年9月20日

 ・世界の公的教育支出・教育費の対GDP比率 国際比較統計・ランキング。

 ・各国の公的教育費に対するGDP比率と国別順位を掲載。

 ・単位は%。

 ・公的教育支出は公的機関における教育上の全ての支出を含む。

 ・公的機関は中央政府・地方政府・地方自治体・市町村及び他の公的教育関係機関を含む。

 ・ランキング表示では当年のデータが無い場合、過去のデータで補完表示。

 

 以下、トップ10に加えて日本の順位の周辺にある国も併せて列挙してみた。このデータがどこまで信用できるのかについてはトップ10の国名を見ると、特に途上国のデータはかなり信頼性が欠けるように感じられる。したがって本来ならば比較的データが信頼できる先進国間での順位を重んじたいが、途上国込みのデータ自体の衝撃度はかなり大きいので、今回は途上国こみの順位の方を紹介する。

 なお日本の順位は男女平等度の国際比較での順位と極めて近く、子どもや若者、および女性を尊重しようとしない歴代内閣の政策がものの見事に反映されているように思えるが、いかがか。

 

     トップ10

1 キリバス       14.20       

2 ツバル        12.85       

3 バヌアツ       10.64       

4 ミクロネシア連邦   10.54       

5 キューバ        9.39       

6 ナミビア        9.04       

7 ソロモン諸島      8.29       

8 ボツワナ        8.06       

9 ナウル         7.81       

10モントセラ       7.61      

 

   日本の順位と周辺の国々

119      フィリピン           3.62  

120      アゼルバイジャン   3.58  

121      ザンビア              3.58  

122      アンギラ              3.55  

123      パラオ               3.44  

124      サンマリノ           3.43  

125      コートジボワール   3.43  

126      パラグアイ      3.41  

127      ベナン        3.38  

128      パナマ        3.37  

129      ルーマニア           3.32  

130      タンザニア      3.26  

131      セルビア              3.24  

132      日本         3.24  

133      カタール              3.23  

134      グアテマラ           3.18  

135      エルサルバドル    3.17  

136      ヨルダン              3.16  

137      マダガスカル       3.14

前年比1.4倍に大幅増の「いじめ重大事態」 調査する校長にも大きな心身への負担 

 「今でも涙が出る…」 医療機関にも通院 弁護士を自費で雇おうともしたが

 TBS NEWS DIG_Microsoft によるストーリー  2024.11.1

 教育予算の不足はイジメ問題の解決を一層、困難なものにしている。

なり手不足が深刻化 教員採用改革をどう進めるか? 文科省で全国教育委員会連絡会

   採用試験の全国統一化も検討 受験者の負担を減らす狙い

   TBS NEWS DIG_Microsoft によるストーリー 2024.10.8

   文科省が「教員採用改革」をテーマとしている限り、教員不足や不登校、イジメ問題など、山積する学校の課題は何一つ、改善しないだろう。これまでの文科省の対策の多くがただの弥縫策であり、学校教育行政が本来着手すべき問題の矮小化、ゴマカシに過ぎないことは既にこのブログでも繰り返し指摘してきた。

 むしろ教員採用試験の全国統一化を進めることで、大学での教員養成教育への国家による統制の強化を図らんとする文科省の小賢しい狙いが透けて見えてくる。今回の検討事項もまた「教員不足への対応」という大義名分に便乗せんとする、ただの悪質な詐欺的改悪であると断じて良いのではあるまいか。

 文科省が直ちに検討すべきなのは自ら大きな痛みを伴う自己改革の方であろう。上意下達の管理主義的統制を排した文科省自体の改革、とりわけ文科省の官僚が都道府県の教育長に天下りするような悪習の廃止や年功序列的教育行政人事の根本的な見直しではあるまいか。さらに教育内容の大幅な自由化、正解主義で一方通行の詰め込み教育を排し、教育の個別最適化と協働的学習を軸とした教育方法の改善、授業力向上を柱とする教員養成教育の刷新…等々であり、これらの方向性を踏まえた上での教員採用改革であるべきだと考える。今回のような、改革の名を借りた怪しげな方向性を模索するだけの文科省のプランに学校側がやすやすと乗っかるわけにはいくまい。

学校内に「居場所」設置46% 不登校対応、文科省整備加速へ

 共同通信 によるストーリー 2024.8.29

 記事で紹介されている文科省の措置はあくまでも対症療法であり、その場しのぎの応急手当てに過ぎない。重要なのは学校教育の魅力をより一層増大させて不登校に至る児童生徒を出来る限り少なくすることの方だろう。

 学校生活のメインとなる授業を楽しく、分かりやすく、有意義なものにしていく努力・工夫に加えてブラック校則の見直し、部活動の地域移行の推進、イジメ問題への対応力の向上、教員養成教育の見直し、教育行政の民主主義化、児童生徒の主権回復など、文科省以下教師に至るまでやるべきことは多い。それぞれが「居場所」の設置以上に重要な施策である。また文科省や教育委員会自体の組織改革も不可避となるだろう。さもなくば教師たちの「不登校」も増えてしまうに違いない。

教員確保の実現へ危機感 国や自治体の努力不可欠 中教審が給与アップを答申 

   産経新聞 2024.8.27

 中教審の答申や文科省の取り組みは西村氏が懸念するように肝心のポイントを巧妙にずらして組み立てられた、その場しのぎの誤魔化しに過ぎない、と思うがいかがだろう。当然、教員の給与引き上げは必要であるが、それ自体は児童生徒への還元が約束されない点で根本的な改革とは程遠いものである。さらに教員の増員と業務量の削減も同様に急がれるべきであるが、やはりそれだけでは必ずしもその成果が児童生徒に還元されるものとは限るまい。

 児童生徒が学校での生活にそれなりの喜びと意義を見出して生き生きと学校で過ごしていけるための最大のポイントとなるのはやはり授業であろう。もちろんブラック校則の見直しは言うまでもないが、それを実現するためにも児童生徒の人権が一層認められる授業内容と授業方法が模索されるべきである。一日あたり6時間をも占める授業こそが学校教育において最も比重の重い時間になるべきであり、授業改革を伴わない改革にはさほどの意味が無いと考える。

 もちろんIT化を推進して学習の個別最適化を図ることは重要であるが、それだけでは片手落ちの誹りを免れまい。より重要なのは時事問題に対する児童生徒の意見表明および話し合いの機会を豊富に設けて、彼らに社会と積極的に関わろうとする当事者意識を育むことだろう。この問題を考える上で工藤勇一氏の論考に加え、「子ども若者抑圧社会・日本」(光文社新書 2023)を著した室橋祐貴氏の考察も非常に適格で有効だと思われる。

 室橋氏はこの本で選挙権取得年齢の引き下げを主張するかたわら、日本の学校教育の問題点についてかなり詳しく触れている。児童生徒をあくまでも「未熟」な存在と捉え、その権利を幅広く制限しようとするこれまでの日本の管理主義的学校教育のあり方が現在の「子ども若者抑圧社会」を拡大再生産してきた、とする点は工藤氏の指摘と重なる点が多い。

 現今の教員不足と各種の学校を巡る事件、事故の背景に画一的で硬直した管理主義があると考え、そこに本質的な原因を見る立場からすると、教員の増員や給与引き上げ、仕事量の削減などはあくまでも副次的で対症療法的な対応に過ぎない。

 加えて児童生徒の意見表明や討論の機会を拡充するには教員養成教育の大幅な改革が不可避である。授業で児童生徒に意見表明の機会を数多く設けて多様な意見を交流させる討論型の授業を成立させるには、どうしても大学での少人数による濃密な授業体験の繰り返しが不可欠となる。子どもの権利条約の学習機会は大学においてもあらかじめ十二分に設けられてしかるべきである。

 中教審や文科省の打ち出す表層的な改善はかえって根本的な改革を先延ばしし、日本社会の停滞を延命させることになりかねない、と思うのだがいかがか。

全公立中学校に不登校やいじめ対応専任の「生徒指導担当教員」、文科省が体制強

   化…来年度から配置 読売新聞 によるストーリー 2024.8.23

   ほとんどその場しのぎのゴマカシで無意味な対症療法しか思いつかない文科省の停滞ぶりには呆れるほかあるまい。自分たちの責任を棚に上げ、不登校やイジメの増加は教師の力不足や人員不足から生じているとの、政府の浅はかな考えが透けて見えてくる。責任官庁が責任転嫁ばかりする文教行政に明るい未来は期待できない。

 生徒たちには文科省の対策が本当に功を奏るのか、考えさせたい。

教員8割超、外部人材活用で負担減予算は不足 リシード 2024.8.8

多忙化か薄給の2択? 現役教員らが中教審提案の新ポストを疑問視

 毎日新聞 によるストーリー 2024.8.3

 給特法の改正が根本的な解決につながらないことは言を俟たない。教師の給与を少しばかり上げたところでもはや「焼け石に水」であり、根本的な解決とは程遠い。もちろん教師の給与を上げること自体に反対しているのではない。問題なのは中教審や文科省に蔓延してきた、学校現場への無知、無理解に基づく頑固極まりないある種の偏見であろう。何だか知らないが教師どもが騒いでいるようだからエサをあげればきっと大人しくなるに違いない、と言わんばかりの言い草には辟易する。こうして繰り返される不真面目極まりない教育行政側の姿勢の背後に、学校現場への致命的なレベルでの無理解と理解しようとする意欲の乏しさを強く感じてしまうのだ。

 今年度の教員採用試験の志願倍率を見れば一目瞭然であるが、根本的な課題は教師の業務量の大幅な削減の方にある。今の若者は明らかにブラックな職場を敬遠しつつあり、それは教師採用試験の倍率低下、中途退職や休職の増加、教師不足の現状となってここ数年、表面化してきている。給与が高くて多少のやりがいがあればきっと若者は食いつくだろう、といった、明らかに若者と学校現場をなめ切ったような観点から繰り出されるどんな施策も、わずかな効果すら期待できるはずがない。

 近年、現役高校教師として果敢に発言している西沢氏が指摘するような「魔改造」レベルの施策しか考えられない中教審の無能さには呆れるほかあるまい。主幹教諭に加えて主任教諭を設けたところで、大幅な教員定数の見直しや業務の削減といったような肝心の支援措置の見通しはまったくといってよいほどに不透明…実にトンチンカンも甚だしいのだ。これでは教師脂肪の若者と現役教師の間には将来への絶望感しか湧いてこないだろう。

先生が足りない! 教員採用試験前倒しは解消に繋がる? 1クラス1人の担任制を廃

 止し「チーム担任制」を導入した小学校も【news23】

 TBS NEWS DIG_Microsoft によるストーリー 2024.6.18

 教員採用試験前倒しがその場しのぎに過ぎないとの指摘は正しいだろう。またこうした泥縄式の対応策が続く原因の一つに文科省の官僚が学校現場への無知があるとの指摘も納得できる。とはいえ文科省による画一的で管理主義的な教育行政こそが教員不足と学校の荒廃をもたらしている根本原因との認識が見られない点に個人的には不満が残る記事である。

狙いは「ブラック職場」隠し? 文部科学省の逆ギレ抗議の怪しさ 教員の「定額働か

 せ放題」NHK報道めぐり 東京新聞 2024.5.25

文科省、NHK報道に抗議 中教審の教員確保策巡り

 共同通信 によるストーリー  2024.5.21

 「定額働かせ放題」という表現を一部の教員や学者によるものとする報道にも呆れ

るが、文科省の厚顔無恥な責任転嫁の姿勢にも呆れるほかない。ここまで深刻な若者の教職離れを推し進めてきたのは一体どこのどなたなのだろう。

 若者の教職離れを促進している学校のブラック化はもっぱら文科省と政府の責任である。画一的な管理主義的教育行政を根本的に見直すと同時に部活動の廃止などの施策が断行される上での教員確保策でなければまったく意味が無い。今、文科省が取り組んでいるのはすべて泥縄式の誤魔化しばかり。しかも言葉尻を捉えて己の責任を棚に上げ、NHKに抗議するというトンチンカンさが文科省というお役所の深刻な劣化ぶりを示していると考えるが、いかがだろう。

先生の6割が「3年以内の離職・転職」を考えている教員不足で現場に起きている

 ひずみの数々 東京新聞 2024.4.10

   なぜ、教師たちの不足が生じているのか、その原因を生徒たちに考えさせて対応策を提案してもらうとその後の議論が深まるだろう。

「不登校・いじめ緊急対策パッケージ」(2023.10.17 文科省)

 文科省の頑なで傲慢な姿勢は相変わらずだ。教職員に対するこれまでの20年余りにわたる、息つく暇も与えないバカげた「教育改革」の連打こそが現今の学校教育問題大量発生の土台にある。そうした基本的認識すら欠如していたことが直近における深刻な教員不足を招いた最大の問題点ではなかったか。過去の間違いだらけの教育行政を反省することなく、こうした不毛な弥縫策を飽きることなく次々と現場に押し付け、現場をひたすら混乱させ、疲弊させる…こんな悪循環をいまだに断てないのも、学校現場の疲弊ぶりを本気で探ろうと努力しない、もはや探求する意欲と自省する力を一切失っている文科省自身の欠陥が一番の原因ではないのか。

 一体、いつになったら学校現場の実情が文科省の役人たちに伝わるのか…やはり絶望的にならざるを得ない。地方の教育委員会から上がってくる怪しい調査結果、どうにでも取り繕える信頼性の低い数字ばかり相手にしているからこそ、こういう悲劇的事態を招いているのだ。いい加減そのことに気付いて現実を直視していただきたい。

 教育委員会や管理職が事実を歪曲したり、表面を金メッキで糊塗できないよう、まずは自分たちの目で「お忍び」「潜入」を敢行してでも直にありのままの学校現場を視察すべきであろう。こうした組織が学校を含めてどれだけ酷い隠蔽体質を抱えているのかを示す資料は、このブログでも紹介してきたように、枚挙にいとまがなく、既に膨大な数に及んでいる。

 したがって地方からの報告を鵜吞みにすることが現場を信用している事の証…などともしも文科省が言い訳しようとするならば、それは文科省がいかに現場の実態を知らないか、知ろうとすらしていないかを証明しているようなものである。県教委を牛耳っているのは文科省からの天下り役人=都道府県教育長であり、現場の実態を知らない、などと文科省に言わせてはなるまい。

 適当に弥縫策を打っておけば当分の間、国民の目を逸らすことが出来る…という小ズルい判断を文科省が持っているとしたならば、「国家百年の大計」は早晩、崩れ落ちるに違いない。行き当たりばったりの対症療法でごまかすのはもういい加減止めていただき、公教育の在り方を本腰を入れて根本から見直すべきではあるまいか。

   たとえば「不登校特例校」を「学びの多様化学校」と名称を変えてみてもただのごまかしであり、根本的な問題から一時的に目を逸らさせるだけのことに過ぎまい。特例として特殊な目的を持つ学校を一握り創り出すことで公教育の根幹部分には一切手を付けさせず、温存させておこうとする魂胆がそこには透けて見えるのだ。

 あくまで「ガス抜き」としての特例に過ぎない学校を設ける…そんな事では、なぜこれほどにまで学校が忌避されているのか、なぜ学校がイジメの温床となっているのか、その本質的な問いをスルーしてしまうに違いあるまい。根本的に変えるべきは上意下達の教育行政と画一的、管理主義的学校の在り方全体であろう。

 もちろん、教員の働き方改革などの対症療法も急がれるのは確かであるが、本来、改革すべきはもっと根深いところにあるはず。画一的、管理主義的教育の徹底的な見直しだけではなく、教員養成教育の抜本的な見直しも急がれる大きな課題の一つであるだろう。これは安倍政権下を中心に進められてしまった諸々の「教育改悪」を全面的に修正するだけでもまだまったく不十分。戦後教育の全面的なリニューアルをともなう大改革が今、日本の教育界に切実に求められていると思うのだが、いかがか。

いじめ・不登校対策を前倒し、過去最多の認知件数で政府方針…早期に兆候発見狙

   い 読売新聞 によるストーリー 2023.10.11

 対症療法が無意味だとは言わないが、あくまでもその場しのぎの弥縫策に過ぎない点は忘れてはなるまい。なぜ、イジメや不登校が増加の一途をたどっているのか…日本の学校教育の在り方に問題は無いのか、根本から問い直すべきでは?

参考動画

【不登校】国家を根幹から崩す?フリースクールの選択肢は?無理やりでも登校? 

 親の責任論は的外れ?大空幸星&元当事者|アベプラ

 ABEMA Prime #アベプラ【公式】 2023/10/25  19:10

 この問題をフリースクールや特例校を設けることで解決させてはならないという点で大空氏の見解に同意する。根幹となるべきは公教育の根本的な見直しであり、特例校の設置はあくまでも応急措置の対症療法に過ぎないことを私たちはしっかりと理解しておくべきだろう。

 

参考記事

東京の小学校教員、採用試験が定員割れ寸前に 「休めない」職場環境に学生も不

 安? 東京新聞 2023.11.2

 案の定、付け焼刃の対策も効無し。千葉県でも全体で2.2倍程度の倍率なので教員の不足に加えてついに質の低下が懸念される危機的状況となっている。そもそも、若者人口減少が続く中で優秀な人材は海外に流出する一方であり、学校に限らずとも日本全体が若い人材の不足と質の低下に直面している。

 長いこと教育予算をケチり、教育改悪にばかり励んできたツケがいよいよ本格的に日本社会を襲い始めたのである。しかも残念ながら基本的には「時すでに遅し」というほかあるまい。

教師を取り巻く環境整備…緊急提言踏まえた取組み徹底を通知

 リシード 2023.9.11

 ようやく文科省が中教審の提言を受けて重い腰を上げようとしているが、これまでのことを考えるとやはり期待薄であろう。なぜならここまで学校のブラック化を招いた張本人は、誰あろう政府と文科省である。

 特にかつて実施されていた教員免許更新制は教師の意欲を喪失させるうえで決定的であった。そしてその後も強要される意味不明で役立たずの官製研修の数々。これまでの「教育改革」と称する政策への真摯な反省と長く現場を混乱させ続けてきたことへの謝罪の言葉一つ見られない点に絶望的なものを感じてしまう。

 

 あたかも地方の教育委員会や学校の努力や工夫がまだまだ足りない、と言わんばかりの、あからさまな上から目線…

 

 こうした教育行政の、自らの責任を回避しようとする姑息なあり方は先頃、性加害を巡って行われたジャニーズ事務所の会見に少し似ているのかもしれない。

 敢えて文科省の通知の言葉を借りるならば、文科省自身がまさに「自分事」としての切実な認識に欠け、責任転嫁の意図を見透かされるような、他人事の文言に終始している点に気付いていない…といった批判、ブーメランを返されてしまう情けなさを私は感じている。

 

 やはりこのお役所に学校のブラック化を改善できるなどと期待してはなるまい。

 

教員不足解消へ全国調査 文科省、教委の具体策確認

   共同通信社 によるストーリー 2024.1.23

   教員不足の原因はあたかも教委の努力、工夫の不足だと言わんばかりの居丈高な姿勢がこの調査の背景に見えてこないだろうか。長い間にわたり教師による独自の努力工夫の芽を摘まみ、踏みにじり、ブルシットジョブの嵐で体力、気力、時間を教師から奪い続けた挙句の教員不足ではないのか。犯人が自分の罪を棚に上げて犯行原因をこともあろうに犯罪の被害者に捜査させようという、凄まじいほどの転倒が起きている。そもそもこの調査自体がブルシットジョブそのものだろう。

   文科省の言う事を素直に聞いていればこんなことにはならなかったはずだ…ということか。ただの罰として強制される、まったく無意味な調査を敢えて最も忙しい時期にやらされる身にもなってもらいたい。

精神疾患により離職した教員 公立の幼小中高校で過去最多の「995人」 文科省調査

 TBS NEWS DIG_Microsoft によるストーリー 2023.7.28

 2022年度における教員の精神疾患による離職者数、および転職による離職者数が過去最高を記録したという事実の重みをおそらく政府や官僚はきちんと受け止めることが出来ないだろう。

   結局は教員の不足を補うためにペーパーティーチャーの雇用促進や教員免許の無い人材の登用、教員採用試験の日程調整等による青田買いといった逆効果を招きかねない弥縫策を続けるしか能は無いのだ。すなわちこうした教職の安売り、大バーゲンセールは教職の価値をさらに暴落させ、教職離れを一層、加速させかねないだろう。

【発明】成田悠輔「価値を言語化しないとダメ」研究者が消える?すぐに成果を求

   める日本社会の壁 ABEMA Prime #アベプラ【公式】  2022/06/08  25:00

【研究者の給料】准教授で30万円は安すぎ?「日本は例外的 研究開発・人材育成に

 お金を投じてない」【西田亮介】|アベヒル

 ABEMAニュース【公式】  2023/09/25  14:01

 人口100万人当たりの博士号取得者数が日本は現在、ドイツ、アメリカ、イギリス、韓国などの半分以下、ほぼほぼ三分の一近くにとどまっているという衝撃のデータはこの20年余りの文教政策の誤りが日本経済の低迷と深くつながっていることをよく示しているだろう。それは高校以下の学校における職場としてのブラック化とだいたい並行して進んでいると思える。若者の未来をこれほどの酷さで一貫して暗く閉ざすような国家に明るい未来が訪れるはずはない。

維新の「高校完全無償化」が教育を破壊する可能性も…目先の人気取りに偏った政

   策の“2つの問題点”   文春オンライン 竹山 幸男 によるストーリー 2024.1.12

   高校授業料の無償化が一体、何を目指している政策なのかはしっかりと疑ってかかった方が良い。維新の会が持つ本質的な危険性がそこには見られるに違いないからだ。行政による教育への介入が強まることで私立高校の多様性、個性を成立させている基盤が崩れてしまいかねない点は特に憂慮される。

 教育の多様性と個性化への道は高校の場合、私立高校の取り組みに期待するところが極めて大きい。文科省以下、行政組織にがんじがらめにされて工夫の余地がわずかしか残されておらず、予算も人手も不足がちな公立高校に出来ることなど極めてちっぽけなものに過ぎまい。画一的で管理主義的な学校教育を変えたいのならば、今の日本では公立を二の次にして私学の活躍しやすい環境を整え、私学の定員を増やしていく事の方がはるかに現実的で有効だと考えるが、いかがだろう。

 貧困家庭に対する私学での授業料減免措置は今の制度の枠内で十分に実現可能なはずである。なぜ、敢えて今、「高校完全無償化」などと大阪万博の強行で今後一層財政難に苦しむはずの地方自治体が主張するのか…その真意はこれまでの維新の会の政策から見て明らかだろう。どうせ弱肉強食の競争原理をさらに大きく公教育に持ち込むことで公立高校の淘汰を進め、教育予算の削減を図るとともに学校教育への国家主義的統制の強化に努めることと私はかんぐっている。

 

・カッパ一押しの教育本「コロナ後の教育へ~オックスフォードからの提唱~」(苅谷剛彦 中公新書ラクレ 2020)

 「コロナ後の教育へ・・・」で日本の教育行政に対し「・・・エセ演繹型思考と法治主義をセットにしたアプローチでは、設計段階での欠点や欠陥を見過ごし、思った成果を上げられるかどうかを不明にしたままでも制度改革が出来てしまう。さまざまな副作用についても思慮の外に置かれる」(p.63)との苅谷氏の指摘は実に鋭い。

 立て続けに断行されてきた教育改革の発想の根幹を揺さぶるものであろう。また政治家や官僚側が常に自分達の謬見や過ちを棚に上げて学校を一方的に断罪し、改革と称する学校現場の破壊的政策をひたすら推進してきたこれまでの経緯の背景が見えてくる点で教師必読の書と考える。

㊱討論型授業のキモ

※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。

 

参考記事

教員志望の学生「知識がなさすぎる」大学の危機感

     東洋経済オンライン吉田 渓 2026.4.6

 教員の質低下の原因は多岐にわたる複雑なものである。教員採用試験の倍率低下は教員採用の入口の問題だが、他にもこの記事で指摘されているように教員養成教育のレベルの低さも大きな問題である。やはり教員養成教育を根本から見直して再編成し、大学院の修士課程修了を教員免許状取得のための最低条件とすべきだろう。

 質低下の要因はまだまだある。教員に採用されてからの、学校現場の環境の悪さも教員がなかなか成長できない大きな理由の一つである。官製研修のお粗末さ、学校の異様なまでのブラック化が本来、教員が持っているはずの能力の発揮を大きく阻害している事も、決して見落としてはなるまい。学校のブラック化こそが結果的には教員の質を一層、低下させているはずである

 つまりこの記事で紹介されている教員養成教育に携わっている「長野(仮名)」氏の指摘には一部、大きな違和感が残るのだ。教員の知識量の低下、だけではなく教員の考える力の低下までが深刻であるのは、当然のことながら教員養成教育段階での教育の質が低いからでもあろう。教員の知識の欠如は探求学習の重視によって知識の獲得が疎かになっているからだ…などといった短絡的な決めつけは大きな間違いのもとなのではないか。

     大学での教員養成教育段階で探求型の学習機会がどれほど用意されてきたのか、も問われるはずだ。知識が実際の従業で役立つまでに応用力を帯びてくるには、授業に関する知識を応用実践する機会が学生たちに豊富に用意されている必要がある。つまり学生一人一人が濃密な授業実践をどれほど繰り返してこられたか、がやがて教員の質を大きく左右していくはずである。

 従来型の授業こそが、深い理解を抜きにした表層的な知識の丸暗記を生徒たちに強要し、学習への嫌悪感を増幅してきたのではなかったか。その結果、大学生の質の低下をも招き、授業で応用のきかない教員を大量に生み出してきたのではなかったのか

 作者や出題者の意図を忖度させる、といった下らない出題を生み出すような従来型の発想が国語教育を堕落させ、日本人にありがちな「忖度マシーン」の大量生産に貢献してきた…いかにも長文読解に一つの正解があるかのような錯覚をまき散らし、やたらに忖度能力を高めて挙句の果てには作家名や作品名、文法、漢字の読み書きの丸暗記を徒に強いてきた…そうした古い国語教育の悪しき側面への深刻な反省が国語教員の養成に携わる人物に微塵も感じられないのは実に不思議である。

 国語教員の養成に関わる方ならば、まずは率先して従来の国語教育自体を根本から見直しておくべきだったのではないか。そして自身が国語教育のみならず、学校教育の在り方の根本的な再検討を探求型の学習を通じてきちんと行ってきたのか…手始めにしっかりと問い直した方が良いと思うのだが、いかがか。

教員の授業を「5分で可視化」、宮城県内の教育機関でAI分析アプリを実証

     こどもとIT 大塚雷太 2026.3.26

     授業改善の方法として授業中の様子を録画することは学校現場でも古くから行われてきたが、児童生徒のプライバシー保護の問題があり、今は難しくなっている。またこうした手法が悪意に満ちた管理職や教育委員会に悪用され、教師の教育内容や方法への過剰な干渉、統制につながる恐れも十二分にあるだろう。

     授業中での児童生徒の発言が十分に授業評価とリンクできていない、という点はこのシステムの致命的な欠陥と思えるが、いかがか。このシステムを「5分で可視化」と表現できるほどの分析能力は今のところ乏しい、とみた。そもそもブラック化した現状の学校で自分の授業を反省的に振り返る余裕などほとんどあるまい。まずは教師たちのゆとりを生み出す工夫こそ、急がれているだろう。

 授業改善の取り組みは確かにマストなのだが、それを易々と実行できるほど学校現場は甘くない。この取り組み自体も改善の余地が大きいようだ。仮に冒頭の不安要素を解消し、学校現場で導入可能なレベルまでシステムの改善が進んだとしたならば、最初に導入すべきは大学の教員養成教育においてであろう。つまり宮城教育大で教育実習の事前教育に用いてみて、その効果をしっかりと判断してから学校現場の利用を検討してみれば良いと思うのだが、いかがか。

「探究公害」とSNSで拡散高校「探究学習」の弊害

     東洋経済オンライン 杉浦 由美子 2026.1.29

 高校教師に探求学習の指導が困難な人は多いだろう。高校に限らず、職務があまりにも多くて、肝心の授業準備に十分な時間をかけられない事が教師たちの大きな悩みになっているはずだ。しかしだからといって探求学習や集団で議論を重ねる授業が不要、というわけでもあるまい。ネットを最大限に有効活用すれば、生徒たちが時間を費やして大学などを煩わせることは少なくなるはず。今時、多くの時間を教室内で済ませることは決して不可能ではないはずだ。

 探求学習を進路指導のための個別最適な学習法として狭く捉えているとしたら、教師の負担は無限大に増えていくだろう。テーマ別でグループ分けして複数の教師で指導することも負担を軽減する一つの手段である。その際、グループ内で生徒たちが議論する機会はできるだけ数多く設けたい。

 他方で学校や教師の大胆な職務軽減は探求学習導入のためにも必要不可欠な前提条件となる。先行すべきは探求学習の導入ではなく、職務の削減であり、この順番は決して間違えてはなるまい。

「1,2,3,4,5,6,7,8,9の中で素数だけ選べ」中学生の7割が誤答。全国学力調査で見え

     た“いまの子どもに足りない力――週末ベスト     日刊SPA! 2026.1.24

 このような浅薄な俗説をいつまでマスコミは垂れ流し続けるのか、理解に苦しむ。まず、学校教育は義務教育と非義務教育にわけて考えるべきだろう。小学校や中学校では義務教育なので必要最低限の学力を出来るだけ多くの児童生徒に身に付けさせていく努力義務が学校側にはある。

 特に10~12歳頃は理解力よりも記憶力が突出して勝り、とりわけ暗記力は人生において最高水準に達すると言われている。したがって重要項目の暗記は小学校高学年にこそ集中的に実施するのが学習心理学、発達心理学の観点からも好ましいといえるだろう。当然、授業を通じて記憶することを目標とすることが多いので、半強制的に反復、暗唱させることは一つの技法としてこれまでも授業に定着してきた。

 とは言え、相手は子どもである。楽しくもない授業に集中力が切れてしまう子どもを一方的に咎める権利は教師側に無い。「掛け算九九」であってもできだけ楽しく、お遊戯のように唱えて覚えていく方が、効果的であるに違いない。また、観察や実験などを通して事象の発生理由を考えさせることも、子どもたちの授業参加度を高める工夫の一つである。なんら工夫せずに暗記を強要するだけでは余りにも能があるまい。

 まして義務教育ではない高校以上の学校段階では、自らの力で調べ、考え、集団の中で切磋琢磨して知識と思考力をお互いに高めていく学習法を身に付けることが、今後は一層、重要になってくる。もちろん、この段階でも重要知識の習得は不可欠であるが、残念ながら年齢的に機械的な暗記力は急速に衰えてしまう。理解したことの記憶力はまだまだ衰えないので、中学生以降は覚えるためにもしっかりと理解することが重視されるのだ。

 理解は暗記だけではなかなか得られず、自分の頭で考え、自分なりに納得していくプロセスが欠かせない。この作業は単純に暗記するよりも脳への負荷が極めて大きく、誰もが気安く取り組めるものではあるまい。当然、理解したい、という欲求が強く湧いてこない物事はなかなか理解が進まず、長期的な記憶も難しい。内発的動機付けが大切となってくるだろう。

 授業中、生徒たちに考えさせる時間や工夫が不十分であれば、結局は訳も分からないまま、ただ受け身で教えられた「正解」を丸暗記することになる。これがいかに無駄で苦痛ばかりの学習かは多くの人の痛感するところだろう。

 高校生レベルになればダジャレを用いた丸暗記は、古文の助動詞の活用や化学での周期表など、一部のやむを得ない内容を除いて絶対的に禁物なのだ。どう見ても高校での「詰め込み中心教育」は多くの生徒にとって効果が少なく、苦痛ばかりとなり、基本的には百害あって一利無し、となるのではあるまいか。

中高の「やらされ探究」で大学教員が悲鳴の解決策

     東洋経済オンライン 藤原 さと 2026.1.14

 探求学習をめぐる諸問題をざっと捉える上で非常に便利な記事である。文科省、学校現場、大学等の問題点をそれぞれ要領よく理解できるだろう。

 もっとも探求学習が学びの多様化、個別化を軸とするものとは限るまい。議論を通じて生徒個々人の学びを集団で共有し合う側面も、探求学習には不可欠であると思うが、いかがか。

校則で「ツーブロック禁止」がゼロに 千葉市の市立中学・高校

     朝日新聞社 2025.12.9

 この手のような空虚な報道を繰り返しているから「マスゴミ」と批判されてきたのではなかったか?本質的に重要なのは「ツーブロック禁止校則」がゼロになった事ではあるまい。校則改訂がどのような議論のもと、どのような手続きを経て決定されたのか、が厳しく問われるべきはずであった。マスコミとしてそれに言及できない、記事としてのレベルの低さがまたもや露呈している。

 仮に「バスに乗り遅れるな」とばかりに周囲の学校の動きに追随し、世間体を気にする余り、校則改訂を急ぎ過ぎてしっかりと生徒側の意見を聞かないまま、校長主導のもとに職員会議で一方的に決めてしまったとしたら、どうだろう。むしろこのことこそ「教育の場」として極めて不適切であり、最悪の決定プロセスとすら言えると思うのだが、いかがか。。

 「ツーブロック校則」が話題になってから既に5年以上は経過している。にもかかわらず突然、今更のごとくバタバタと校則の改訂が行われてきた千葉市のプロセスには政治的な圧力によるもの、との疑念しか湧いてこない。「金魚の糞」のように、何も考えずにひたすら「右に倣え」を繰り返してきた千葉県の教育界らしい出来事、と周囲から茶化されてもおそらく教育委員会は反論できないのでは?

 とは言え、この記事、ぜひとも授業で議論させたい。議論噴出する活発な討論のたたき台として絶好のネタ、ではある。

学校の「カリキュラム」多すぎでも減らせない事情

 東洋経済オンライン 妹尾 昌俊 2025.10.22

 学校が引き受けている仕事量と同様に教育内容もひたすら増え続けてきた。もちろん「ゆとり教育」の際に学校で教える内容の大胆な削減が試みられたのは事実だが、その際に問題だったのは教える内容以上に膨れ上がってきた教師の仕事量への削減がほとんど進められなかった点であろう。

 教師の仕事量は教える内容が多少、減ったとしてもほとんど軽減されないほどにたっぷりと加算されてきた。そのことへの教育行政側の反省が無い限り、教育内容の見直しがどんなに適正に行われたとしても、児童生徒にもたらすプラスの効果は極めて限られてしまうに違いない。教師の負担軽減が大胆に進められない限り、肝心の状業改善が滞ったままだからだ。

 ただし授業内容の改善は授業方法の改善と密接につながる側面がある。もっぱら「覚える事」を軸とした受け身の教育から、多少とも主体的に学び、考える教育へと軸を移すべき時でもあるだろう。当然のことながら、教育目標の見直しに伴う教育内容と教育方法の改善は、授業以外での教師の負担の大胆な削減と同時に推進していくべきなのである。

・討論型授業のためのバイブル

 「子どもたちに民主主義を教えよう~対立から合意を導く力を育む~」

 (工藤勇 一・苫野一徳 あさま社 2022)

 この本さえ読んでおけば討論型授業への恐怖感、抵抗感は解消され、討論の本質的意義をつかめるはず。読みやすく、分かりやすいカッパ一押しの本。

 

・前提となる基本的スタンス

 現実の社会では今すぐに正解を見いだせない「不良設定問題」が多いことを前提に、敢えて論争を呼びそうな不良設定問題への思い切ったチャレンジを試みる。

 「VUCA」という用語が注目されてきているように現実の社会問題は学校のテスト問題とは異なり、正解が一つとは限らず、そもそも事前に正解が用意されている訳ではない。まさにVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)に満ちているのが現代社会である。

 そうした中で様々に異なる意見同士の粘り強いすりあわせを通じて、現時点での最適解を追求する討論型学習を行うとともに、生徒が自ら調べ、自分の考えを深めていくこと、そして各々が納得感の獲得できる個別化、個性化学習へと授業の軸足を移していくことが喫緊の授業目標となっている。

 

 これらの学習過程を通じて生徒、教師共に考え方の多様性に気付き、意見の異なる他者を尊重する姿勢を育むと同時に異常なまでに同調圧力の強い日本の硬直化した学校文化を徐々に相対化し、学校教育に一層の奥行きと柔軟性、多様性をもたらすことを目指していく。

 

参考記事

20年で7600の小中学校が廃校…統廃合巡り保護者や地域との合意形成に壁、

 文科省が事例集公表へ 読売新聞 2025.9.6

 …小中学校の標準規模は法令によって、それぞれ「12~18学級」とされるが、全国の小学校の4割、中学校は5割が下回る。文科省は、学校再編の手引で「児童生徒が多様な考えに触れ、協力し合う教育を行うためには、一定の集団規模の確保が望ましい」としている…とのこと。皆さんはこの文科省の考えをどう思うだろうか。

 今や小中学校での教育は一学級を20人以下の少人数にして教師の目がしっかりと一人一人に行き届きやすくし、学習の個別最適化を図るのが基本であると私は考えている。したがって現在の少子化の流れはこの少人数教育を実現させる上で絶好の追い風となっているはずだ。

 ところが国はこれまでもひたすら教育予算の削減を図るべく、少子化を理由にして学校の統廃合を推進してきた。その結果、少人数教育の実現は蜃気楼のようにひたすら遠のくばかりとなっている。

 学校で「児童生徒が多様な考えに触れ」るためには、日本の場合、児童生徒の意見表明の機会を劇的に増やすことがまず必要とされるだろう。そのためには当然のことながら少人数教育が実現できていなくてはならない。しかし国は相変わらず安価で効率的な多人数教育を理想としているのだ。

 おそらく多人数教育による画一的な一斉講義形式の授業こそが児童生徒に集団主義的心性を涵養し、協調性の豊かな国民を育てることにつながる、というのが老害政治家たちの本音なのだろう。児童生徒が「多様な考えに触れ」ることなどは実際にはどうでもよくて、それはあくまでも従順な国民作りという本来の目的をごまかすための口先だけの綺麗ごとに過ぎないのかもしれない。

 今も一学級35人体制すら徹底できていない劣悪な条件の下で、教師は文科省の指示に従って児童生徒の学習を個別最適化すべく奮闘努力させられている。おそらく国はICT化さえ進められれば学習の個別最適化はある程度可能だと踏んでいるに違いあるまい。しかしそれはあくまでも学力向上を目指すだけの手段であり、必ずしも児童生徒の個性や多様性の尊重を目指すものではない。

 児童生徒の意見表明権が小学校の現場に浸透するのは遠い先の事。実際には次の学習指導要領が登場する2030年以降の事である。しかし多人数教育の下でブラック校則や一斉講義形式の授業が残存するような現状では、今後も児童生徒の意見表明権など尊重されるわけがあるまい。「児童生徒の意見表面権の尊重」というフレーズもまた国民の目をごまかすための、ただの綺麗ごととして利用されてしまうのではないか。

 同質性が高く、同調圧力の高い社会は政府にとって極めて効率的であり、政治的な安定性を保てるがゆえに、日本の学校は安価で効率的な多人数教育の下、画一的な一斉講義形式による指導を通じて同質性と同調圧力の高い社会を今後も再生産しようとしている…実はそういうことなのかもしれない。

参考動画

【危険】今、日本人が自分の頭で考えられなくなっている理由

 曖昧な思考 2025/06/05  16:51

 面倒な事実関係の検証をサボり、深く考えることをしないまま、ただ単に周囲の空気を読んで大勢の意向に合わせることは簡単で楽な行為のため、省エネに走りがちな脳が自然に好む選択肢の一つであるだろう。敢えて意識的な努力を重ねなければ人は自分なりの思考を放棄しがちなのだ。したがって現代のSNS、ネット上にはびこる「思考の放棄」現象から自分を引き離すことは誰にとっても極めて困難となる。

 であるならばなおさら、高校生のうちから可能な限り周囲の空気に流されずに自分の頭で考える訓練を繰り返すことこそが今の日本で最も必要とされているように思えるが、いかがか。討論、議論を軸とする授業が生徒たちの自分なりの思考力を鍛える上で大いに役立つはずである。

 この動画はわずか一度の視聴で理解できるものではあるまい。解説を挟みつつ、できれば二度は繰り返してじっくりと視聴させたい。ただし「曖昧な思考」というチャンネルではかなりスピリチュアルに偏った内容の動画が数多く見られるので、宗教的勧誘の側面には要注意。したがってこれ以外の動画の多くは決してお勧めできない。

参考記事

乙武洋匡氏 ryuchellさんが「多様性は強要しない」と 「友達なんかじゃな

 かった。」と悔恨 デイリースポーツ によるストーリー 2023.7.15

 「多様性で大事なのは、強要しないことじゃないかな。自分はこう思うからあなたもわかって!ではなくて、なるほどあなたはそういう意見なのねって、まずは認める姿勢を見せること。相手にも自分にもどこまでやわらかくなれるかだと思うんです」

 多様性の尊重とはどういうことなのか、ryuchellさんが遺した言葉に耳を傾けたい。彼が討論の場でこのことを常に意識していたからこその、あのソフトな語り口調だったのだ。いつも討論する際には心がけたい金言。

参考動画

【賢さの価値は暴落】AI時代に親ができること「日本の教育の未来」【安野貴博 ×

     HR高等学院】HR高等学院の非常識な職員室 2026/01/29  29:16

 安野氏はAI時代に育むべき力として「何かを始める力」「不確実性、リスクに対する耐性」「コミュニケーション能力」(対人だけではなく対AIとのコミュニケーション能力を含む)の三つを挙げている。

     同様にHR高等学院でも「挑戦数」=「越境数」失敗数」「この指とまれ数」「表現数」を重要な評価指数としているという。これらはグーグルが急成長できた要因ともかなりの部分で共通する要素であろう。

 これまでの日本の学校教育では学習指導要領の改訂、すなわち学習内容の見直しが10年に一度という、世界の急速な変化にまったくついていけないレベルの圧倒的な遅さであり、なかなかアップデートされないもどかしさがまず大きな問題点として挙げられている。同様の観点から、学校教育へのAIの導入が完全に遅れたため、個別最適化の方向が地方の学校現場ではイマイチ実現できていない点も指摘されている。

 端的には日本の公教育が長年抱えてきた「画一性」と「アップデート頻度の遅さ」こそが日本の学校の大きな「バグ」の本質、と安野氏はいう。

 教師として今後、重要とされる仕事はおそらく一方的に教え込むことよりも、AIを多用しながら脇からサポートしていくコーチング的なものに主軸を置いていくことになるだろう。特に生徒たちにできるだけ多彩な数多くのロールモデルを提示して生徒たちの主体性を引き出していくことは生徒たちの挑戦欲を引き出す上で不可欠の体験であり、教師の本質的に重要な任務となっていくはず。

 今後の教育を考える上で極めて重要な示唆に富む貴重な動画であり、できれば授業でも使ってみたい。少なくともすべての教師が視聴されることをオススメする。

【コミュ障?】最近の若者が社会人になっても人付き合いを避ける理由…

 山田玲司の原作が10倍おもしろくなる解説【山田玲司 切り抜き】

  2022/06/07  10:25

 討論型の授業を展開するために最初に視聴させたい動画の一つ。相手の意見をしっかりと聞くことができる事と自分の意見を持ち、それを分かりやすく伝えることができる事がいかに大事か、まずは知っておきたい。そして日本の学校ではなぜ討論型の授業が広がらなかったのか、根付かなかったのかを考えさせたい。

【ファクトチェック】正しい情報を国が判断ってアリ?言論弾圧?民間企業に任せ

 るべき?ABEMA Prime #アベプラ【公式】2024/08/08  20:42

 討論の土台とすべき事実認識に一定レベルの思い違い、事実誤認が存在してしまう可能性を完全に排除するのはおそらく無理だろう。そしてたとえ多少の思い違いに基づく意見であってもその意見が全くの無意味であると決めつけること自体も実は間違いである可能性はある。そもそも私たちがある意見を持つために必要とされる知識はいつだってあまりにも不十分なレベルにとどまっていて、むしろ自分の意見を完全なものとみなすほどの知識を誰一人所有していないと心得るべきなのではあるまいか。

 日本の戦後政治はGHQやCIA、日米合同委員会などの働きもあって数多くの情報がいまだに国民には隠蔽されたままであると見て良いだろう。たとえば正力松太郎の戦後日本における役割とは何だったのか、その全貌を掴むことはおそらく今も不可能であると考える。アメリカの公文書館等に保管されている彼の関係資料には現在も黒塗りされた部分が少なくあるまい。同様に731部隊の全貌もすべてを白日の下にさらすことは未だに出来ていない。沖縄関係に限らず、日米間の各種密約の全貌もしかりである。それが極めて重要な知識であるにもかかわらず「ファクト」自体の多くがひどく限定されている日本のような状態では「ファクトチェック」もまた不十分なものにとどまるのは不可避である。当然、このような状態の下では政府側にファクトチェックを委ねることほど危険なことはあるまい。それは「知らしめず、依らしむべし」の愚民化政策を加速させるだけである。

 かつて動燃が原子力発電に関わる事故隠しを続け、国民の信用を完全に失ったように、日本政府もまた近年のモリカケ問題などに見られたゴマカシ、隠蔽工作を性懲りもなく繰り返し、国民からの信用をひどく失いつつある。こんな隠蔽体質に覆われた政府による検定教科書を教師が疑うことなく鵜呑みにして漫然と授業をして良いはずがない…という考えははたして極論なのであろうか。

 情報を発信する立場にある者はすべてファクトチェックの努力をすべきだが、誰であっても完璧なファクトチェックを期すことは不可能である。重要なのは乱立し、対立する多様な意見をただちに感情的に排除するのではなく、時間をかけて自説を検証し、出来る限り広く深く考え、とりあえず現状で探りえた事実、知識を用いて自説を補強していく事、ないしはより良い他説に乗り換える事。同時に自説と異なる各種の意見への理解を深めつつ、現状で考えられうる限りの反証を試みてみる…こうした地道な努力をすべての人がお互いに果てしなく続けていくことであろう。

 討論型の授業は以上のような観点からも高校での授業に積極的に導入されるべきだと考えるが、いかがか。

【議論の仕方】多様性を大事にしても議論はうまくいかないので、同質性を大事に

   しましょうということについて解説します

   謎解き統計学 | サトマイ  2024/06/28  14:23

   非常に面白い、かつ重要な観点を提示してくれている。ただし突っ込みどころが無いわけではあるまい。まずは生徒に視聴させて突っ込みどころの有無を問いたい。授業における対話型討論を有効に機能させていくために必要とされる重要な観点を生徒たちが見つけられれば極めて有意義な動画視聴に転換できる。

   個人的には差異、多様性よりも同質性に注目することで、一見対立する意見同士のすり合わせを実現する…これはスピーディーかつスマートな形で議論の収束、意見の統一を図ることを目的とするならば、当然の心構えと言える。しかしたとえ対立する者同士で目的、理念が共通していても、目的達成に至る方法論が異なればいずれにせよ自分たちの目的や理念に到達できない可能性はあり、まったく異なる結果をもたらす危険性すらあるだろう。方法論の違いの底には意外なほどに根が深い差異、対立点が潜んでいる場合は十分あると思う。それは民主主義をどう捉えるのかにも関わってくる重大な観点ではあるまいか。

 議論においてあらかじめ同質性を重視することも間違いだが、異質性を強調し過ぎるのももちろん間違いである。それは人としての遺伝子情報の同質性の高さとは無関係の話であり、社会のあり方を論ずるときには生物学や医学での学説を安易に当てはめて説明するのがそもそも筋違いなのである。

 日本社会における同質性の高さは、集団的作業での効率性の良さとなって高度経済成長期を実現させてきた重要な因子の一つである…このことはほぼ疑いえない事実だろう。しかし高度情報化社会においては組織の効率性のみならず、個の突出した力が問われる。常に周りを忖度し、個性をイジメの原因と見なして排除しがちな同質性過剰強要の日本社会で今、一番問われているのはやはり個性や多様性の尊重なのだと思うが、いかがだろう。

 今までの様に結論を急いで忖度を強要し、タイパ、コスパばかりを重視していると日本社会の息苦しさは強まる一方となるかもしれぬ。むしろタイパ、コスパを多少犠牲にしてでもじっくりと議論のすり合わせを続けていく努力が、少なくとも学校教育段階では切実に求められていると考えるが、いかがか。授業のタイパ、コスパを少しばかり犠牲にできる程度の、本当の「ゆとり」が今の青少年にはとりわけ必要なのではあるまいか。

 日本に限らず、世界の姑息な政治家たちはさも民衆に迎合するような政策を自分の理念、ポリシーとして掲げつつ、いつの間にか政策の実現方法や論点をずらして民衆の期待を根本から裏切る…そういった汚い技をこれまでも得意とし、長い事駆使しきたのではあるまいか。今や彼らの皮相な理念など信用する方が間違いなのであり、裏に秘めた彼らの本当の狙いに気付くべき時なのではあるまいか。

心理的安全性を高める。どうしたら皆が働きやすい会社をつくれるか?

 精神科医がこころの病気を解説するch 2024.1.16 11:45

 皮肉ではあるが今の日本の学校がどれほど「心理的安全性」が脅かされる場所となっているのか、なぜイジメがはびこり、不登校が多いのかがよく分かる動画となっている。相手の個性や多様性を重んじて時代の変化に柔軟に対応し、外部からの批判に学ぶような謙虚な姿勢があれば組織の心理的安全性は高まる、という指摘と真反対にあるのが隠蔽と自己保身に走り、画一的で管理主義的な今の日本の学校なのだと思うが、いかがだろう。

 当然のことながらこうした日本の学校文化においては、討論型の授業ほど根付きにくいものはあるまい。日本の場合、教師や生徒たちが活発に自分の意見を言えるような「心理的安全性」が極めて低いからである。しかしだからこそ討論型の授業を根付かせていく努力が必要なのであり、その努力こそが学校改革の中核部分になりうるのだと私は考える。

バカになるな!論破のテクニックで騙されてはいけない!【宇野常寛】

 たかまつななチャンネル 2022.10.10 22:50

 討論中心の授業とする場合、ディベートのような論争の勝ち負けにこだわる「ひろゆき」流あるいは「橋本」流の論破ゲームに陥らないような配慮が肝要となってくる。宇野氏の指摘する「スネ夫症候群」に要注意。基本的には討論の過程で多様な意見の創出をまずは目指すべきだろう。そして大勢の意見を聞くことを通じて多様な価値観がこの世に存在することの社会的意義を確認していく・・・それこそが一人でも多くの生徒を巻き込む、討論を用いた授業の最重要目標とされるべきだろう。意見の多様性を熱望する討論の場のあり方の中にこそ、ラディカルに「問いそのものを問い返す」可能性や問題解決に向けたオルタナティブで建設的な意見の創出に向かう可能性が胚胎するに違いない。従って教師は討論において決して議論を一つの結論に導いていくような誘導や断言をしてはなるまい。一つ一つの異なる意見が持つ様々な意味、意義を注意深く見出し、生徒達にもしっかりと気付かせていく事に教師は最大限の労力と工夫を払っていきたい。

 もちろん、議論の方向性が一定せずにあてどなく彷徨ってしまっては論点がぼやけてしまうので、ある程度構造化されたアンケートや発問計画を事前に用意してから討論に望むべきなのは当然の事である。

【心理的安全性】誰もが率直に意見を言える環境とは?組織改革を進めるカギ?超

 重要概念を学ぶ

 2022/05/29 ABEMA 変わる報道番組#アベプラ【公式】 24:20

 多様な意見を引き出すために必要とされる「心理的安全性」とは何か、理解できる。「心理的安全性」をまず確立しておかないと討論型授業は成立しないだろう。

【ハーバード大学准教授が語る】社会的に消す「キャンセル社会」の闇【ひろゆき 

 の妻&奥井奈南】 ReHacQリハック【公式】  2023/05/14  34:50

 多様な意見を引き出す上でキャンセルカルチャーの危険性に留意する必要があるだろう。

参考記事

Z世代に聞いた「理想の学校」──「居心地がよく、学びやすい環境が整っている」

    が半数超に【プレマシード調査】 EdTechZine 2025.9.27

 調査対象者数が600名と余りにも少なすぎてあくまで参考程度のことしか言えないが、以下の調査結果はぜひ記憶しておきたい。

 …「理想の学校の環境・コミュニティ」の条件を尋ねたところ(複数回答)、「居心地がよく、学びやすい環境が整っている(周辺環境・設備など)」(54.8%)がもっとも多い結果となった。「自分のペースで学べる」(54.3%)「相談しやすい教員や大人がいる」(44.8%)、「自由度が高い」(36.8%)がそれに続いた…

 さらに

 …「理想の学校の勉強」の条件を尋ねた質問(複数回答)では、「教え方がわかりやすく、やる気を引き出してくれる教員がいる」(50.3%)が最多となった。

以下「将来や社会につながる学びができる」(40.5%)「主体的に学ぶことができる」(34.8%)、「得意なことを伸ばせるカリキュラムがある」(34.7%)が続いている…

 とのこと。きわめて常識的な結果であるが、教師としては「学び」に必須の条件についてこの程度のポイントはあらかじめ弁えておくべきだろう。

多数派の考え方を変えるために少数派の人たちができることとは?

  【社会心理学】 ラブすぽ の意見 2023.6.22

 少数派の意見が多数派に影響を与えられるようになる条件として、少数派の意見が一貫している(多数派に阿らない)、他の論点では多数派の意見を持っている(ただの天邪鬼ではない)、多数派が現状に満足できず、改革を求めている、などがあるという。社会を変えていこうとする場合には大いに参考となる知見だろう。

 

 

 もちろん教科書を軽視するのではなく、重要事項の理解や暗記もある程度は要求しつつも、多様な意見を引き出し、多様な意見が飛び交う中で最適解を目指して粘り強く思考する対話的な力を養うことをより重視する。必ずしも多数派の意見を支持するわけではなく、少数意見にしっかりと耳を傾けることで多様性の持つ豊かさが担保され、すべての生徒が自己の意見表明をしやすくしていく・・・という目指すべき討論型授業への基本的スタンスを堅持する。

 

・討論型授業のキモ

 授業が十分に活性化しているならともかく、いきなり手を挙げさせて一握りの生徒に意見を言ってもらう展開は出来るだけ避けたい。討論や考える事自体を面倒くさがる生徒は多い。誰か一人が意見を言うと、他の生徒は自分なりの考えをまとめようとしなくなり、他人の意見に流されがちになる。教師には意見が出尽くすのを待つゆとりが必要である。

 意見が大体出揃った時にはA~Dどの意見に賛成か・・・などと生徒全員にそれぞれ挙手させて数を数え、その場でクラスの意見のあり様を類型化して確認させたい。

 ただしその際、マイナーだった意見の持ち主を見捨てない事が肝要。時にはマイナーな意見の背景や根拠を生徒全員で共有できるよう、深掘りしていくべきケースも大いに考えられる。

 当然、他の生徒から多く賛同を得られた意見が正しいとは限らない。むしろ多数派の意見がひっくり返るような、予想外の展開こそ、目指したい。もしもそのような展開になれば大成功。今後、多くの生徒が意欲的に討論に参加するようになるだろう。

 

参考動画

【天安門事件以来の盛り上がり】中国の言論統制と闘う若者たち 家族や仲間が拘束

 され銀行口座も凍結 [クロ現] | NHK  2023/09/14 9:46

 中国の若者たちの言論の自由を求める命がけの取り組みに対して、まず、どう思う

のか、生徒たちに問いかけたい。さらに、日本の若者たちに今、言論の自由が本当にあるのか、問いたい。

 特に李苹さんの「意見を持つことは国への最大の愛情です。希望を抱くからこそ声を上げるんです」という発言について深く考えさせたい。

 続けて言論の自由が成立する前提条件に付いていくつか列挙させたい。特に「情報公開」や「知る権利」をキーワードにして一歩踏み込んで深く考えさせたい。例として社会科の教科書で本当に自分の意見が持てるのかどうか、確認させよう。

 ここで「君が代」について歌詞の意味を問うのが良いだろう。

 そしてもう一度、日本の若者に言論の自由が本当にあるのかを問いたい。

ひろゆき、EXITアベプラ・平石アナはなぜ猛獣軍団をファシリテートできるの

   か? 新R25チャンネル  2021/04/26  9:00

 討論型授業におけるファシリテイターとしての教師の役割を考える上で大いに参考となる動画。

【論破ブームの危険性】アベプラ平石アナの「論破上手=優秀はテレビの世界だ 

 け」に若新雄純が本領発揮【前編】 新R25チャンネル  2023/06/07  29:52

【議論で重宝される人】「議論で熱くなってもなぜか愛される人」。アベプラコン

 ビ・平石アナ×若新雄純がたどり着いた結論 

 新R25チャンネル  2023/06/14 28:38

 討論の進め方、注意点がよく分かる。「ムキにさせる」「審判を下さない、勝敗をつけない」「多様性尊重」…

【誹謗中傷する人の心理】脳を惑わす3つのバイアス/SNSはロジックのズレだら

 け/ハーバード大学と日本の違い/脳は省エネモードで動く/違和感に向き合え 

 PIVOT 公式チャンネル  2023/05/20  35:51

 認知、認識における無意識のバイアスの存在と「中傷」、「攻撃的言動」の背後に潜む歪んだロジックを知っておかないと討論がただの論破合戦に陥ってしまう危険性が生じてしまうだろう。討論型授業を行おうとする教師にとって必見の動画である。

 

 したがって多数決にもっていくような展開は最悪ディベートはあくまで討論に刺激を与えるべく議論の導入時のみ、利用するだけ。一つの結論が欲しいわけではないので議論の勝ち負けや多数決は完全に無意味。特定の結論を出す必要もまったくない。あくまでも大切にすべきは、意見の多様性を確認させ、それぞれの意見の存在理由をできるだけ深掘りすること。

 

 またアンケート形式の質問用紙を多用し、口頭では発表できない慎重派や引っ込み思案の生徒の意見表明の機会をしっかりと保障すべきである。アンケート結果の集計と共に意見の一部は次回の授業で紹介する・・・などの工夫を重ねて生徒達の意見を一人でも多く、また少しでも多様な考えを引き出し、共有していくことを重視。アンケートの集計結果を公開する際にも少数意見に十分留意し、生徒たちが少数意見に注目するよう、繰り返し注意喚起しよう。

 アンケートへの回答を通じて生徒達が多様な意見の存在理由をしっかりと確認出来るよう、質問項目を工夫したい。同時に多様な観点によって混乱しがちな頭の中をスッキリと整理出来るような方向性を持たせた質問項目の内容と配列、組立て方を予め計画しておくと安心。これは相当難しい作業だが、議論の無秩序感を低減するためには事前に必要とされるものだろう。従って当然の事ながら教師側には議論のテーマに関する広い知識、深い理解が備わっているに越したことはない。

 

 ただし、十分な力が無い状態であっても討論型授業へのチャレンジは果敢にトライすべきである。何事も経験を積み重ねていかなければ前進できないはず。討論がアナーキーな状態のまま終わってしまう事は先生方の職員会議の場面ですら、普通に生じている。失敗は成功の本である。まずはトライあるのみ。

§5.日本の進路2.AIの進化と日本社会

※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。

 

参考動画

【16分でわかる】PLURALITY(プルラリティ)って何だ? オードリー・タン氏提

     唱の概念を理解しよう! AIやシンギュラリティとの関連は?

     安野貴博の自由研究 2025/05/11  16:18

 シンギュラリティと対抗する概念として「プルラリティ」を提唱しているのがオードリー・タン氏たちであり、安野貴博氏もこの概念に沿う形で活動を続けているとのこと。AGIによる中央集権的な体制を志向するのか、それともビットコインのような、誰にも規制されない自由な解放区を志向するのか、といった二項対立の間を行き来するのではなく、「第三の道」を探ろうとするのが「プルラリティ」という概念に込められているようだ。

 タン氏はSNSやAIなどの発達によって大勢の人々をつなぐコミュニケーションが可能となってきた点に着目している。差異を殊更に強調して分断と対立を煽るのではなく、多様性を前提とする中でコミュニケーションを深くして対話型の民主主義を拡張していく。そのことで平和な世界を築こうとするデジタル民主主義の考えが「プルラリティ」であると安野氏は説いている。

 科学技術の発達に民主政治のあり方をキャッチアップさせようという、この

興味深い試みに今後とも注目していきたい。

【超生産】AGIは人間社会をどのように変えてしまうのか?

    VAIENCE バイエンス 2026/03/20 10:29

    AGIが実現する未来、社会はどうなっていくのか…アレコレ予測するのは思考実験として面白い。仮にヒトが働く必要を無くしてしまった時、一体、何が起きてしまうのか、想像させてみたい。

フェイクニュースとの向き合い方】本当に触れるべき情報とは /ターゲティングやア

 ルゴリズムがもたらす弊害 / ドーパミンカルチャー / フィルターバブル / 情報リテラ

 シー PIVOT 公式チャンネル 2025/12/28  36:10

 情報過多社会の中で、ターゲティング、アルゴリズムによるフィルターバブルの危険性にどう対処すべきなのか、参考となる意見が得られる。特にSNSはただの嗜好品として捉えるべきであり、救助要請などのような社会インフラとしては扱うべきではない(偽情報にかく乱され、本当に救助が必要な人への救助が遅れる…)といった指摘は極めて重要だろう。

【SNSとの付き合い方】落合陽一氏が語る情報リテラシーvia日本財団社会課題研究

     ゼミ 日本財団活動紹介 2025/12/28  29:02

 刑法改正による侮辱罪の厳罰化はネットによる誹謗中傷に対してさほど効果が期待できないと考えるべきであり、SNS上での誹謗中傷に耳を貸さない、SNSとの間に距離を置く…といった個人的な対策の方がより効果的、現実的との指摘は極めて重要だろう。

 以上、二つの動画は教師として視聴しておいた方が良いと思うが、いかがか。

参考記事

ハルシネーションより危険なAIのシコファンシー問題、ヨイショするAIで強化され

     る人間の思い込み JBpress 小林 啓倫 2026.2.19

     生成AIが利用者に対して紛らわしいウソをつき、媚びてくることがある。この二点はAIを利用する上で最も重要な注意点であろう。生徒たちにもぜひ、周知徹底させたい。

不登校35万人時代「小中学校に通信制がない」のはなぜか?IT普及前のルールが“

 どもたちの学びを制限する現実 日刊SPA! 2025.9.9

 乙武氏の意見に全面的な支持をしたい。IT普及によって通信制のメリットが大いに生かせる時代となっており、これを利用しない手はあるまい。校舎不要で対人関係も広く築くことが可能、通学の不便を解消でき、同じ授業を繰り返し受ける事が出来る…こうしたメリットの一部は教師側も享受できるはず。小中学校でもぜひ通信制を認めるべきだろう。

参考動画

【OpenAI論文を読む】なぜAIはもっともらしい嘘をつくのか? ハルシネーショ

     ンの正体をゆる解説 安野貴博の自由研究 2025/10/10  18:25

ゆる解説】AIが人間を騙しはじめた!?/LLMの「デセプション」とは/ハルシネ

     ーションとの違いは/不倫暴露で脅迫?!

     安野貴博の自由研究 2025/12/19  15:12

 以上の二つの動画は非常に分かりやすい内容であり、生成AIの利用に際しての重要な注意点を要領よく理解できるオススメ動画。

【学ばない若手はなぜ生まれたのか?日本を襲う「学習恐慌」】ワークライフバラン

    ス重視の罠/未婚化の影響/組織の強制力低下/リモート定着と飲み会文化縮小/

    AIによるスキルのだるま落とし/正解待ち部下の増殖

    PIVOT 公式チャンネル 2025/10/06  26:56

    リスキリングと言う言葉が飛び交う一方で、「学習恐慌」という言葉の持つ衝撃は決して小さくあるまい。特に「内圧」「外圧」ともに低下したことが若者の学習意欲、成長意欲の低下が生じている、といった指摘は説得力を強く感じて興味深い。各種統計データが要領よく整理されていて若い社員の心理をうかがうことが出来るだろう。

    ここで指摘された若者の心理は高校生にもある程度は共通するはず。今時の若者の働く意識の一端を知る上では見逃せない動画。

【学ばない若手はなぜ生まれたのか?日本を襲う「学習恐慌」】ワークライフバラン

    ス重視の罠/未婚化の影響/組織の強制力低下/リモート定着と飲み会文化縮小/

    AIによるスキルのだるま落とし/正解待ち部下の増殖

    PIVOT 公式チャンネル 2025/10/11 23:43

    やや視聴時間が長くなるが、高校生にとっては先々進路、就職を考える上で非常に役立つ、示唆に富んだ内容となっており、ぜひ、授業で視聴させたい動画。また教師にとっては学校がなぜ自ら変わろうとしてこなかったのか、ただ知識と言う正解を一方的に「教える」ことが教育とみなす発想と行為に潜む重大な落とし穴に気付くことが出来るだろう。さらには生徒との関係や新任教師、後輩教師との関係を見直す良い機会となるに違いない。「学ばない若者」が生まれてきた背景には間違いなく自ら「学ぼうとしない日本の教師」、「変わろうとしない日本の学校」があったはずである。

【禁断のマウス実験】食料∞・病気や天敵ゼロなのに滅亡…楽園実験「ユニバース

 25」とは何か?

 ぶーぶーざっくり解説【小学生でもわかる科学】 2023/06/23  13:24

 議論の材料として授業で使えそうである。AI、量子コンピュータなどの急速な進化により、科学技術は爆発的なスピードで高度化していくことが予想されている。人類は科学技術を駆使してやがて地球環境の悪化を食い止め、病気や貧困を克服し、ロボットたちに多くの労働を委ねていくのかもしれない。そして人々は近いうちに毎日、遊び暮らせるようになる時代が来るのかもしれない。

 しかし科学技術の発達と暴走がむしろ人類を滅亡させる戦争を引き起こしてしまうのかも…ロボットの手によって人類が滅ぼされてしまうのかも…

 この楽園実験はそうした人類の、必ずしも明るくない未来を予見させる要素があるかもしれない。仮にあなたが今後、死ぬまで遊び暮らせるとしたら、一体どんな日々を送りたい?ぜひ、生徒たちと一緒に考えてみたい。

参考記事

ハラリが警告「ロボット反乱」より恐ろしいAI

 東洋経済オンライン ユヴァル・ノア・ハラリ 2025.5.24

 AIが人類の統制から解放されて自律的に動き始める時、一体、何が起きるのか、ハラリ氏の警告に耳を傾けたい。

「人類絶滅の恐れ」、オープンAI現・元従業員が警鐘

   JBpress 小久保 重信 によるストーリー 2024.6.12

   元オープンAI「従業員グループは具体的に、①従業員が匿名で懸念を通報できるようにすること、②内部告発者に対する報復を行わないこと、③従業員の発言を抑圧するような合意書に署名させないこと、を求めている。」らしい。AIの目覚しい進歩の裏側で早くから懸念されていたAIの暴走、悪用の危険性。人類の滅亡すら招きかねない力を持ち始めたAIに対して、AIの開発に従事する人々の内部告発を抑圧する体制の見直しが強く求められているとのこと。

 ただでさえ公益通報システムの確立が遅れがちであり、不祥事の隠蔽が政官財の随所にはびこる日本ではとりわけ注目される動きであろう。

 授業ではAIそのものよりも、日本の公益通報のお粗末なあり方を、かつて原発の「事故隠し」に走った動燃問題や「食の安全」が問われた雪印事件、学校や教育委員会によるイジメ隠蔽事件、自民党の裏金問題、さらには敗戦後の一部のA級戦犯らの釈放と戦後の活躍、公益通報の中核たるべきマスコミのジャニー氏による性加害報道に見られる深刻な機能不全…などの事例を引き合いに出して歴史的に振り返り、なかなか公益通報のシステムが浸透しない日本社会が抱える問題点を多面的に考えさせたい。おそらくポイントとなるのは公益を犠牲にしてまで仲間内を庇おうとする、日本人の歪んだ集団主義的心性が一体何に淵源するのか…ということではあるまいか。

玄侑宗久チャンネル お悩み拝聴 恐ろしい時代がやってきました 60代男性 

 玄侑宗久チャンネル  2022/05/06 7:28

 アナログ過ぎる考え方かもしれないが、実際、技術の進歩がもたらした便利すぎることのデメリットというのはあると思うが、いかがか。少なくともゆっくりと立ち止まって生きていることの意義くらい考えるゆとりは欲しい…科学技術の発達スピードが加速している時代ではあるが、今、生きていることをしっかりと味わえるようなマインドセットは時代を超えて相変わらず必要だと思う。私もまた「無用の用」という言葉をかみしめながら、あえて老荘思想を少しばかり学んでみたい60代である。

玄侑宗久チャンネル 今を語る!一日暮らし

   玄侑宗久チャンネル  2023/07/29 9:13

 仙厓和尚の「人間はみんな生きている間は同い年ばい」という言葉の味わい深さ、「一日暮らし」、「日々是好日」の意味するマインドフルな生き方に学ぶことも必要ではあるまいか。ChatGPTの利用を功利主義的と批判する立場があることは弁えておくべきではあるまいか。

【成田悠輔vs東浩紀】絶望感の正体は?日本の闇【ガチすぎ本音トーク】

   ReHacQリハック【公式】  2023/10/07  54:12

 東氏の観光を哲学する中で得られた観点は日本の今後を考える上で非常に示唆に富む内容だったと思う。ネット社会、IT化の進展とアニメ、音楽、映画の世界同時配信、そして世界規模の観光の発展とが世界の分断をいずれ和らげる可能性を秘めているとの指摘は特に刺激的。日本、特に沖縄の観光業の発展は沖縄、日本の経済的繁栄だけではなく、平和構築にも貢献する可能性を感じた。ただし番組の終わりの方で漏らした日本社会の頑固さ、改革を阻む根強い保守性に東氏が抱く苦渋に満ちた諦念の深さにも思いを致す必要があるだろう。多少、長くて難解な部分もあるが、日本と世界の将来を見据えるためにもぜひ視聴していただきたいイチオシ動画である。

【浪漫ビジネス】なぜ「ぬいぐるみの旅行」が価値を生み出したのか?こんまりメ

   ソッドに学ぶ「トキメキを生む事業」とは?(山口周:ビジョンクエスト) 

  【NewSchool】NewsPicks /ニューズピックス  2022/12/17  14:47

 コンマリを例にして発想の転換の重要性を説く山口氏の切り口は非常に鮮やかで感心させられるだろう。「未来予測」をテーマとする授業で最初に視聴させると生徒たちの興味を引き付けられるだろう。

[超定義] AIのディープラーニングを町田啓太が超高速で解説してみたら「おまんじ

 ゅう」に決定!| NHK 2021/10/22 4:47

[サイエンスZERO] 未来の高級ステーキ!世界初の技術で塊肉を培養 | 次世代の培

 養肉 | NHK 2021/11/06 4:22

世界初!“生きた”皮膚で覆われた指型ロボット開発 傷も自力で修復可能 

 2022/06/10 ANNnewsCH 

 「ターミネーター」も夢では無い?

奇妙な日本のホテル:世界初のロボットホテルに泊まってみた!🇯🇵

 Ruhi Çenet 日本語  2022/10/26 11:30

 この動画の珍妙さに驚く。近未来の生活を想像させるにはピッタリの動画だろう。

robots are getting so advanced it's crazy from 2009 to 2021!

 love-robots  2022/12/18 3:15

 ロボットの進化を確認する上で役立つ動画。

【時論公論】解説 | ChatGPTに仕事を奪われる? 高度AIと共存するために必要な

 スキルとは | NHK  2023/04/20 9:42

 今、話題のChatGPTに関してその長短、今後の対応の在り方までごく短時間で要領よく理解できるオススメ動画。

【ChatGPT】テキスト生成AIの実力は?アフター検索の未来図も?

 ABEMA 変わる報道番組 #アベプラ【公式】 2023/01/11 14:45

 フェイクニュースが無制限に作れる点では怖さを覚える。他方でたとえば多様な観点から検討すべき社会課題への模範的と思えるような解決策を複数、箇条書きで示してくれるなどの応用力の高さが世界的に注目されている。次から次へと関連した質問に答えられるという対話的なテキスト生成能力を持つため、利用価値は確かに高いだろう。質問の仕方を工夫していけばAIの回答は一層、洗練されたものに変化してくる。しかもエクセルにも適用できるため、関数を覚えていなくともデータの整理、分析が極めて容易となっている。AIの持つ力を誰もが容易に引き出す事が可能となってきたと言う点では革命的な進歩といえるだろう。

【時論公論】〝AIで人類滅亡の危機!?〟 世界中の権威・研究者らが発した「リ

 スク」と「対策」とは | NHK  2023/08/10 9:56

【ChatGPTとBard】AIがついに世界を変える!ネット時代の覇者Google vs

  逆襲のMicrosoft 中田敦彦のYouTube大学 2023/2/11 28:03

【ChatGPTとBard】AIを制するのはMicrosoftかGoogleか?教育や職業はど

 う変わる? 中田敦彦のYouTube大学  2023/02/12 19:40

【GPT-4の使いこなし方】AIで仕事を作る人、AIに仕事を奪われる人!使いこな

 せば未来を掴める 中田敦彦のYouTube大学  2023/04/04 19:38

【GPT-4の使いこなし方】AIの上手な活用方法は「入力が7割、調整が3割」

 中田敦彦のYouTube大学   2023/04/05 18:52

【漫画】「ひろゆきのシン・未来予測①」をわかりやすく解説【要約/ひろゆき】

 フェルミマンガ大学 2021/11/03

【漫画】「ひろゆきのシン・未来予測②」をわかりやすく解説【要約/ひろゆき】

 フェルミマンガ大学 2021/11/04 12分

【日本が危ない!】いま、世界は幕末!?未来から来た女が言う『日本の危機』と

 は【未来から来た女 Vol.1】DLE channel2019/01/24

年金制度が崩壊し、日本から若者が脱出! そして2040年に世界大戦が起きる・・・?

 【未来から来た女 Vol.2】/2019/01/31

日本に残された道は「○○○○の放棄」しかない!?そして起こる『シンギュラリ

 ティ』とは【未来から来た女 Vol.3】/2019/02/07

AIが実現した『シンギュラリティ』 そして訪れる人間の『変化』とは・・・【未来か

 ら来た女 Vol.4(最終話)】/J2019/02/21

 生徒の状況によっては利用可能。 

【漫画】2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ【要約/ピーター・ディアマ

 ンディス】フェルミマンガ大学 2021/05/20

成毛眞が語る「2040年の未来予測」【中田敦彦のYouTube大学でも話題】

 NewsPicks 2021/02/01

【2040年の未来予測】次の時代の成功者になるには(Predictions for

 2040)中田敦彦のYoutube大学 2021/01/09

【2040年の未来予測】衰退する日本と予測されるリスクとは?(Predictions  for 2040)中田敦彦のYoutube大学 2021/01/10

【NFTとメタバース】デジタル資産になぜ数十億円もの価値がつくのか?世界の

 未来はどう変わる? 中田敦彦のYoutube大学 2021/11/06

 

参考記事

10年後「生き残る仕事」「なくなる仕事」の境界線 今後においてもAIにできないこと

 は何か? 東洋経済オンライン 川村 秀憲 の意見 2024.4.13

 …仕事は「意思決定」と「作業」に分解され、このうち「作業」に関しては、相当部分がAIに取って代わられる…「自分で何をするか決める仕事」は残り、「人から言われてやる仕事」はAIに取って代わられる…という時代の流れに沿った学校教育とは一体、どういうものだろう。ぜひ生徒たちに考えさせたい。

 …「その人」だから価値があると感じているものは、AIには入り込めない領域…であるならば個性、多様性を尊重する教育がもっと必要となるだろう。

 …AI時代の到来が本当に問うているのは、「あなたならどうするのか」ということだ…ならば自主的、自発的な言動がもっと尊重されなければなるまい。

 …問題は、大企業や組織力の高い会社に入ったことで、仕組化の歯車のひとつとなって、属人化を排除する組織の文化や風土に慣れて…しまう事だとするならば、徹底的な校則の見直しだけでなく、学習自体をもっと個別最適化させ、自由化すべきだろう。

 …これまで善とされてきた「標準化」「マニュアル化」はAIが担い、悪とされてきた「属人化」こそが私たちが生き残っていく術…であるならば、これまでの文科省の教育行政のあり方とは真逆に近い体制が再構築されなければなるまい。たとえば学習指導要領の大幅な見直し、画一的で管理主義的な教育の徹底的な刷新が求められるであろう。

民主主義を破滅させる巨大IT企業による「監視資本主義」

 毎日新聞 2022/10/19 05:30

 要領よくポイントをおさえた短い記事なので全文、読ませて討論させたい。

OpenAIのサム・アルトマンCEOも言及する「AIが人類を滅亡させる可能性」 

 マネーポストWEB によるストーリー 2023.4.5

ChatGPTの可能性と脅威、ビル・ゲイツ氏も持論展開 AI議論で注意すべき3点と

 は? ITmedia ビジネスONLiNE 2023.4.5

 

・メタバースと仮想通貨

参考動画

【新技術】NTTドコモ細かい表情をアバターに再現

 2022/01/17 日テレNEWS 1:09

米・フェイスブック社が社名を「メタ」に SNSの未来形「メタバース」とは?

 2021/10/29 TOKYO MX 7:04

岡嶋裕史×宮台真司×神保哲生:メタバースはリアルな世界をどう変えるのか【ダイ

 ジェスト】 2022/02/05 videonewscom 12:32

メタ(Facebook)が展開するメタバースのイメージ映像

 2021/10/30 Media Innovation 3:32 

 日本語字幕に設定する必要あり。

ネット上の仮想空間「メタバース」に商機 ビームスなど企業が続々と参入 

 【news23】 2021/11/26 TBS NEWS 6:14

メタバース“2700時間超え滞在者に聞く魅力・・・人間の五感を再現した未来も

 (2022年1月10日) 2022/01/11 ANNnewsCH 8:22

「メタバースとは」アニメで解説!次世代インターネットはもう目の前!?

 2021/08/15 やさにゅー大学 6:36

メタバースとは何か?超わかりやすく解説! 数年後に訪れる未来仮想通貨との関

 係は?2021/12/18 大人の学び直しTV 14:56

【アニメで解説】メタバースって何?2021年の最重要ワードを初歩から!

 2021/12/19 コアラ先生の時事ネタ祭り 13:53

「NFTとは」ツイートに3億円の価値!?今更聞けないブロックチェーン、イーサ

 リアムも簡単解説!2021/08/29やさにゅー大学 9:59

【17分で解説】NFTの教科書 デジタルデータが資産になる未来

 2021/12/25サムの本解説ch 17:17

【NFTとメタバース】デジタル資産になぜ数十億円もの価値がつくのか?世界の

 未来はどう変わる?2021/11/06 中田敦彦のYouTube大学 39:38

【NFTとメタバース】NFTはゲーム・ファッション・スポーツ・音楽業界の未来

 をどう変えるのか? 2021/11/07 中田敦彦のYouTube大学 37:41

 中田特有の話し方にウンザリする方も中にはいらっしゃるとは思うが、そこは我慢してとりあえず耳を傾けてみると何とかNFTやメタバースについてそれなりに理解が進むはず。

【ひろゆきvsせきぐちあいみ】ブロックチェーンでマネー大革命【お金の価値、崩

 壊?】 日経テレ東大学 2021/08/22 40:53

 嗅覚や味覚は化学変化を伴うので視覚や触覚、聴覚とのタイムラグが生じてしまい、VRが5感全部に適応される・・・というひろゆきの指摘は鋭いが、お金という一元的価値尺度がAIの進歩やNFTの進展によってどんどん目減りしていくのでは・・・という成田氏の指摘も相当、エグイ。非常に刺激的な対談。

 ※非代替性トークン(ひだいたいせいトークン、英: non-fungible token、略称:

   NFT)とは、ブロックチェーン上に記録される一意で代替不可能なデータ単位で

  ある。NFTは、画像・動画・音声、およびその他の種類のデジタルファイルな

  ど、容易に複製可能なアイテムを一意なアイテムとして関連づけることができ

  (鑑定書(英語版)と類似)、ブロックチェーン技術を使用して、そのNFTの所

  有権の公的な証明を提供する。オリジナルのファイルのコピーは、そのNFTの所

  有者に限定されず、他のファイルと同様に複製や共有が可能である。代替可能性

  (英語版)(英: fungibility)がない(複製が可能である為、自身の所有権の証明

  には成り得ても、他者の所有する同一のコピーが偽物である証明には成り得な

  い)という点で、NFTはビットコインなどの暗号通貨とは異なる。 

  ・・・ウィキペディアより引用

【解説】メタバース上の殺人どう裁く?全世代が活用可能?政府が「メタバース研

 究会」発足│政治部・小野孝記者 

 2022/08/02 ABEMAニュース【公式】 15:52

【VR】メタバースでも痴漢やストーカー?安全と監視のバランス

 2022/09/29 ABEMA 変わる報道番組 #アベプラ【公式】 20:06

 メタバース空間で過ごす時間が増えてくると予想される負の側面として何があるのか、プライバシーを脅かすような全面的な監視社会の成立を防ぐためにはどんな仕組みが必要なのか、考えていくべき課題は多い。視聴後、生徒にアンケートをとって意見を募りたい。

【Web3.0とDAO】インターネット以来の大革命に乗り遅れるとヤバい!ポスト

 GAFAM時代の幕開け 2022/06/11 中田敦彦のYouTube大学  39:11

【Web3.0とDAO】次世代の株式会社DAOの仕組みと課題を徹底解説!

 2022/06/12 中田敦彦のYouTube大学  25:44

 Web3.0の本質的な意義をかなり分かりやすく説明してくれている。近い将来にどんな社会が訪れるのか、ある程度の見通しを持てるようになりたい若者にとっては役立つ動画だろう。

 

・デジタル社会の進展

【思想をRethinkせよ】宮台真司と波頭亮が、日本の未来を見つめ直す。

 2020/11/29 NewsPicks /ニューズピックス 57:57

【ひろゆきvsせきぐちあいみ】ブロックチェーンでマネー大革命【お金の価値、崩

 壊?】2021/08/22 日経テレ東大学 40:53

 VR、DXなどの進展がもたらす「マトリックス」のような近未来の社会を想像してみると・・・果たして人類は「仮想現実」の生み出す快楽が「現実世界」が生み出す快楽を上回ってしまう時代がもたらすディストピアを回避できるのか?

成田悠輔さんに「20代はどう働くべき?」と聞いたら、「人目につかない場所にい

 ろ」と言われました 2022/04/01 新R25チャンネル 20:44

 SNSが発達した時代における若者の進路意識を高める上で非常に有益な動画だと思われる。「自分に最適の進路」を探すことは危険であり、多くの場合、無益である可能性が高い。20代は自分が出逢った仕事にがむしゃらに取り組むべきであり、大義、目的は大抵の場合、後付けの言い訳に過ぎない。大義を設定してから仕事を探すのは無用である・・・誰でも発信できる時代は悪目立ちしてしまいがちであり、ほとんどの若者にとっては危険が大きい。むしろあえて若者は人目に付かない場所にいることが大切・・・目立ちがりやの傾向が強い若者にとってはかなり耳の痛い指摘であるが、説得力はそれなりにあるだろう。

【成田悠輔 x 社会論】未来の仕事。学歴と収入。 【KIDSNA】

 2022/07/29 KIDSNA STYLE チャンネル【公式】 3:19

・・・安易に時流に乗ろうとするのは危険。周囲の動きに同調しようとするよりも古くから続いてきた仕事に注目すべき。

[NHKスペシャル5min.] ゲノムテクノロジーの光と影 “神の領域”への挑戦・最前

 線の現場 | NHK 2021/06/08 4:40

Z世代起業家が語る、web3における日本の課題とポテンシャル【渡辺創太×成毛

 眞】 2022/09/24 NewsPicks /ニューズピックス 10:30

【メディア革命】次なるメディアの王者は何か?成田悠輔が語る次世代の特徴と可

 能性 ReHacQ-リハック- 【切り抜き】  2023/07/15  9:06

【ネットの功罪】真実消滅!「情報の死」とは?【フェイクニュースの近未来】日

 経テレ東大学 2023/01/06 30:49

 フェイクニュースが世界中に出回る中でウクライナ侵攻が起きてしまい、巧妙で悪質なフェイクに踊らされて核兵器が使用されてしまう危険性は徐々に増してきている。フェイクニュースを拡散する人々の数は多くはないが、彼らの活性が極めて高いため、その影響力は決して小さくない。フェイクを見抜く技術と精緻なフェイクの作成技術とはコインの裏表の関係にあるだろうから、フェイクをネット上からなくそうとする政府の試みはイタチごっこに終わりかねないだろう。

 

参考記事

私たち現代人が気づけば「井の中の蛙」に陥るワケ 知らずに「フィルターバブル」に飲

 み込まれている 東洋経済オンライン 矢萩邦彦 の意見 2023.4.27

 

参考文献

◎「やばいデジタル~現実が飲み込まれる日~」NHKスペシャル取材班 

 講談社現代新書 2020

 ・・・ネット社会の進展は情報をくまなく迅速に行き渡らせることによって民主主義を支えていく・・・というこれまでの期待が裏切られつつある。フェイクニュースが人々の言動を操り、投票行動を強力に決定づけるようになったアメリカやイギリスの動き、あるいは中国のようにコロナ禍を契機にネットを通じて国家が人々の言動を隅々まで監視できる独裁体制の成立といった現状に警告を発している。

 国家や大企業だけでなく、個人や零細企業までもが他者を陥れる道具として、あるいは「フェイクポルノ」のように利益を得るべく特定の個人のプライバシーを勝手に侵害するようになっている。スマホのデータ一つ、たとえば位置情報だけでも個人のプライバシーの多くは瞬く間に裸にされてしまう。

 「デジタルツィン」と呼ばれる、自分とそっくりなもう一人の自分が自分の知らないうちにネット上を裸で一人歩きしてしまう日が来るかもしれない。幼少時からSNSに触れてきたZ世代はプライバシーよりも便利さを優先してしまいがちと言われる。しかし年収や家族、趣味、食べ物の好み、住所、職業、交友関係までもがたやすく他人に知られてしまう社会になっていることへの警戒は必要だろう。

 

 

 

 

 

現代日本における公教育の病状と原因についての私見

 

参考記事

いじめ対応に不信感…当事者の家族が取材応じる「見て見ぬふりしているのか」札

     幌市教委は独自のガイドライン策定へ STVニュース北海道 2026.4.4

 この記事ほど、イジメ隠蔽と学校のブラック化との因果関係を明確に指摘した報道は無かったと思うがいかがか。旭川女子中学生凍死事件で注目されてきた北海道の教育事情だが、その後も大差なく隠蔽は続いている。それは学校のブラック化が何ら改善されていないからであろう。したがって学校業務の大幅な削減こそがイジメ問題への対応力を高める最大の政策であると私は考える。

「生産性が上がるわけねえだろ」なぜ優秀な官僚に“ムダな手続き”ばかりやらせる

     のか 落合陽一が嘆く『日本型組織の病理』【落合陽一×先崎彰容】

     文春オンライン 落合 陽一,先崎 彰容 2026.330

 日本型組織の弊害はそのまま学校組織の病理にも結び付く側面があるだろう。いまだに紙ベースの文書主義、ファックスが現役で活躍する組織にスピード感や効率性を求めるのは無理筋だろう。福沢諭吉が私学に拘ったように、日本の高校も私学を増やした方が高校教育の質を向上させ、時代の流れに遅れぬ教育を実現できる可能性は高くなるに違いない。

 現在、教師の多くがもっぱら学校の体裁を取り繕い、「仕事をきちんとやってます」感を演出するためのアリバイ作りとしての事務作業に煩わされているのは、公立学校が官僚組織の末端におかれているせいなのかもしれない。そうした不毛極まる雑務が8割も占めている国家公務員たちのやるせなさと比べればまだ公立学校の教師たちの方が「やりがい」に満ちているのだろう。

     しかし教師の休日や放課後の時間を奪うなど、仕事量の多くを占める部活動は官僚の仕事にはない。職場のブラック度に大差はあるまい。むしろ教員の社会的地位の低さを加味すれば、公立高校のブラック度は高いのではあるまいか。多くの文科省の官僚たちはそのことを見誤っているように思えるが、いかがか。

「部活」強化で魅力向上 東京都教育委員会、都立高40校54部を指定

 東京新聞 2026.3.27

 教育委員会こそが学校のブラック化を加速させている張本人であることはこれではっきりと示された。授業の魅力度アップこそ、本来、最重要の学校目標であるはずなのに、この動きには授業を二の次とするようなゴマカシの発想が見え隠れしている。部活動の実績で高校の魅力度向上を図るという、周回遅れレベルな時代錯誤の目標設定に新たな魅力を感じる中学生がどれほどいるのだろうか。

 施設、指導者、経験値、卒業生のバックアップ、ネームバリュー…どれをとっても私立の名門スポーツ校にかなうはずのない競争に敢えて挑もうとする…この試みに都立の勝算があるとは寸分たりとも思えまい。恐ろしいほどにトンチンカンである。

参考動画

【学力は後から伸びる】非認知能力を先に鍛える理由|勉強=苦行は危険?学び続

     ける力の育て方【中室牧子 × HR高等学院】

     HR高等学院の非常識な職員室 2026/02/26 18:19

     歯に衣着せぬ爽快な物言いに定評のある中室先生の舌鋒は極めて鋭い一方で、エビデンスを重視した慎重で誠実なスタンスも加わっており、参考になる点が非常に多い。この動画も教員だけでなく、不登校の子や受験生を抱える保護者にぜひ視聴していただきたいイチオシの動画である。

     中室氏の指摘する文科省官僚が優先的にこだわってきた三種の神器「標準授業時数」「学習指導要領」「教員定数」こそが日本の学校教育をダメにしてしまった巨悪であり、学校をブラック化し、かつ過剰な集団主義を招いた元凶そのものだろう。この指摘は見事に日本の教育行政の負の本質を捉えており、官僚だけではなく、教師や保護者たちもまた肝に銘じて覚えるべき名言である。この三種の神器こそ、学校教育の同質圧力を強め、児童生徒と教員の自由を奪い、不登校や落ちこぼれ、吹きこぼしを生み出す張本人なのだ、私は思うのだが、いかがか。

 今後は中室氏が指摘するように探求学習などを通じて児童生徒の非認知能力を伸ばし、大学教育の根本的な見直し(入学要件よりも卒業要件を重視)を進めていくべきであろう。とりわけ大学教育の中で教員養成教育の見直しを徹底的に行わないと、探求学習の指導者は十分な数が用意できまい。

「社会性のない子どもを育てたい」データ×教育の専門家・成田悠輔の子育て論

 新R25チャンネル 2022/04/02 28:32

【究極の問題提起】『生きて行く上で社会性は本当に必要だと思いますか?』人生で

    一番大切なコトとは。。。 成田悠輔の教育論    半熟仮想 2024/06/14  13:27

   疑うことなく子供たちの社会性を高めることを至上命題にしてきた教師は今も少なくあるまい。学校で集団生活することを通じて社会性が涵養される、との信念は日本の場合、社会全体に行き渡っているとさえ感じるが、いかがか。

 社会性を身に付ける、という口実の下に資本主義的市場競争を軸とする競争社会への積極的参入をすべての児童生徒に促す…公教育の本質的狙いは、実はそこにあるのかもしれない。つまりある種の「社会性」の涵養こそが、現代の学校における社会化機能の中心なのかもしれない。

 国民の「社会性」の涵養を通じて全国民を同じ土俵に乗せ、競わせる。すなわち人材の選別と配分を効率的に実現する…という古典的な社会的機能を相変わらず公教育は果たしているわけだ。「社会性の涵養」というキレイごとを掲げていれば国家的には日本の経済競争力を高めつつ、社会秩序も高い水準で保てる…

 実際、強い協調性と没個性を強要しかねない同調圧力との境は私たちにとってかなり曖昧に見える。ある種の集団主義的社会性を身に付けさせることが明治期以降、日本の学校教育の究極的な目標として設定されてきた。しかしこの教育の流れは、ネット社会の進展の中でそろそろ見直されるべきかもしれない。多様性の尊重、という価値観を否定的に見る風潮が出てきている昨今、成田氏の主張は強烈なアンチテーゼとなっているように思える。

 個別最適化の教育と多様性の尊重とは重なることの多い重要な教育目標だ。これらはこれまでの一斉講義形式の授業に代表される画一的で管理主義的な公教育を少しでも多様性に満ちた柔軟な形に変えていく上で、高く掲げべき大切な理念であり続ける。成田氏のややトゲのある過激な口調に反発する前に、まずは学校がこれまで果たしてきた社会的機能の光と影の両面を見極めておきたい。

【日本の公教育は、古くて貧しい】東京と地方の差が大きい/不登校34万人/知識

 の詰め込み方も多様/学校のWiFiが繋がらない/フリースクールの月謝補助を/教

 育機会確保法による変化/軍隊教育マインドの名残

 PIVOT 公式チャンネル 2025/03/22  29:56

 白井氏が指摘しているように公教育の古さと貧しさは確かに日本の学校教育における大問題であろう。そしてフリースクールを含む学校の多様化を生み出すにはまず国家による学校教育への統制を緩めることが必要である。

 公教育だから統制を厳しくするのは不可避だ、とするのは教育観の古さと貧しさに由来する側面が小さくないのではあるまいか。教育行政の画一的管理主義こそが学校教育の管理主義を蔓延らせている根源ではないのか。

 軍隊教育のマインドが残存する学校教師の問題は確かにあるが、そもそも軍隊教育のマインドを持つ政治家と官僚の責任こそ、強く問われるべきであると考えるが、いかがか。教師の質の低下を問う以前に、問われるべき問題は数多くあるはずだ。

【車いす生徒】合格しても入学しない約束で受験?入学拒否に波紋…設備面の配慮

 すべき?|ABEMA Prime #アベプラ【公式】 2025/04/16  20:00

 災害時の避難場所とされている公立高校には本来、備えられてしかるべき冷房設備やエレベーター、バリアフリーの各種設備、障がい者用トイレがまったく無い、ないしは不足しているケースが千葉県の場合、決して少なくない。とりわけエレベーターは多くの公立高校に一台も存在していない。日本の「公教育の古さと貧しさ」がその背景に広く存在しているのだ。根本的にはGDPに占める教育予算の割合が先進国の中で長く最低レベルであり続けたことに平気でいられる日本の政治の問題である。にもかかわらず設備の不備をもっぱら個々の学校や各教育委員会の責任と見なすこと自体、議論としてズレ過ぎていると考えるが、いかがか。

 高校の場合、ほとんどが4階建の校舎である。4月に重い教科書や機器などを幾度も往復して4階の教室まで運ぶ労力は並大抵のものではない。春を迎えるたびにエレベーターを備えている他校をうらやましく思う教師は今も圧倒的に多いだろう。

 生徒の保護者にも車いすの利用者、杖などを必要とする人はいる。生徒だけではなく、障害を持つ教師や保護者、来校者、とりわけ避難時の住民たちの中には特別な配慮を必要とする人が少なからず存在する。だとすれば、インクルーシブ教育を担い、避難先をも引き受けた学校にはどこであれバリアフリーの設備が当然のごとく備わっていなければならないはず…なのに、この有様だ。

 日本の公教育の余りの古さ、貧しさにうなだれるほかない。

【財務省】授業で四則演算やbe動詞義務教育の内容?大学側は?教育の質”は検

 証可能?中室牧子氏「人に投資・リターンの確認を」|アベヒル

 ABEMAニュース【公式】  2025/04/23  26:58

 財務省の学校に対する古臭い認識、無知さ加減には呆れるばかりだ。義務教育における「落ちこぼれ」の大量発生が有効な救済措置もとられないまま高校教育に引き継がれ、高校でもほとんどが救済されないまま大学にまで引き継がれている。大学進学率が50%に達した現在、大学生でアルファベットや割合、分数が理解できない者は決して少なくあるまい。

 学力どころか出席をも軽視する形式進級、形式卒業を当たり前とする義務教育の在り方が変わらない限り、日本の高校教育や大学教育を変えることはできないだろう。にもかかわらず、トップダウン的発想から高等教育、大学教育を変えるだけで教育の質の向上を図ろうとするのはまったくのナンセンスであり、教育全体を見渡すことの出来ない偏頗な発想に過ぎない。

 いわゆるFラン大学の存在は、大卒という学歴を偏重する日本企業の、あからさまな手抜き採用人事のあり方にも起因するのであり、「営利追及に走っている」とばかりに難癖をつけて一方的に大学側の責任を問うのは的外れであり、片手落ちだろう。たんに需要があるから供給が生じているだけではないのか。

 財務官僚のようなエリート進学校の卒業生たちに、日本におけるFラン大学の社会的な存在意義への理解がイマイチ足りないのは当然と言えば当然ではある。しかし自分たちのエリート主義的認識に大きな偏りがある事への自覚が不十分であることは認めるべきであろう。98%の進学率に達した日本の高校に存在する数多くの教育困難校もまた、それなりの存在意義はあるのだ。

 仮にFラン大学が日本から消えてしまうと、一体どんな不都合な事態が発生してしまうのか、少しでも想像してみればよい。若者の失業率と犯罪発生率、貧困率は急激に高まり、いわゆる「無敵の人」が急増してしまうに違いない。

 40年近く前に高校における教育困難校を「未成年失業者収容所」と表現した方(「当節定時制高校事情」佐々木賢 有斐閣新書 1987)がいたが、Fラン大学の存在意義もまたしかり、である。下手をすれば犯罪予備軍たりうる若者たちを収容する「予防拘禁施設」という社会的機能の側面から見れば、Fラン大学の存在価値をプラスに評価することも可能なはずなのだ。

 確かに「高校」とか「大学」とはあくまでも名ばかりで、実態としては一部、義務教育のやり直し施設、果ては一部、少年院、鑑別所兼職業訓練施設と化している学校も無いわけではあるまい。

 西欧や北欧のように高校レベルでの職業教育が発達していて、職人、技術者の社会的地位がさほど低くない社会では、大学に進学しない若者が路頭に迷い、犯罪に走る危険性は日本ほど高くはあるまい。リカレント教育が一般化した西欧や北欧ではいったん就職した後で大学進学する者が珍しくない。

 しかし日本では職業高校が低迷しがちであり、職人の社会的地位も決して高くはない。中卒や高校中退で就職した若者が社会的地位を高めていく方途は、プロスポーツや芸能界を除くと日本では極めて限られている。この問題を放置しておいて、学校教育ばかりに責任を転嫁するのはいかがか。

【問題提起】半径2メートルの教育観を壊せるか|元校長が、教育は宗教”と語

 る理由【後編】#8 東修平の対話チャンネル【公式】 2025/04/25  38:24

 高校教育の改革を主題とした記事や動画はこれまで極めて少なかったと思うが、いかがか。昨今の高校教育無償化を巡る論議によってようやく高校教育への注目度が高まってきたのだろうが、高校教師にとっては貴重な動画だと考える。

 元高校校長の荒井氏の指摘の中で同府県立高校の一部を市町村立にして地域社会活性化の核としていく案は極めて興味深い。公民館や小中学校、高校などが一体化して地域社会の核となれれば、部活動の地域社会への移管も進むだろうし、児童生徒の異年齢間の交流も活発化するだろう。また都道府県立高校が抱える均質化、同質化の圧力を低め、各学校の個性化、自由化が進むかもしれない

【教員とは】新任教師の退職が過去最多に?負担が大きい?給料が安い?

 ABEMA Prime #アベプラ【公式】2025/04/29  21:04

 職員会議の非民主化、教育内容への過剰統制、教員人事の歪み、学校の不透明性(隠蔽体質、ブラックボックス化、発信力の弱さ…)、管理主義的で画一的な教育行政、大学での教員養成教育の不十分さ、公教育全体の貧しさと遅れ…日本の学校教育が抱えている問題を挙げればキリがない。

 教員の中途退職や志望者数の減少は、そうした数多くの問題の上に次々と生起する沢山の症状の内の一つに過ぎない。教員の過剰労働ばかりに焦点を当てて教員不足の解消のみを目指す軽薄な議論では効果の極めて限られた、表層的な対症療法しか浮かんでこないだろう。

 それだけ根深い問題を数多く孕むこのテーマについて、まともな識者、専門家すら招いていないこのメンバーでしっかりとした議論が尽くせるわけはない。せっかく採用試験合格を辞退した人を二人呼んだのだから、もう少し議論を深められる発言の出来る人を複数人、ゲストに呼ぶべきだろう。にもかかわらず、このレベルの軽薄な企画しか思いつかないスタッフの学校教育に関する無知無理解ぶりにはただただ呆れるほかない。

参考記事

「休憩ほぼなし、休日勤務が当たり前」 教員5200人調査が映す過酷すぎる日常” 

    ITmedia ビジネスONLiNE 2025.8.29

   なぜこんな雑な記事しか書けないのか、不思議。せっかく5000人を超える本格的な調査なのに、学校種別、年代別、性別などによる細かい分析が記事にされていないことに呆れる。おそらく調査を行った係の人たちはt手間暇かけてきちんと分析をしているはずである。編集側に問題があるのかもしれない。

    学校を巡る深刻な問題の一つが学校のブラックボックス化であろう。それは頑固な学校の隠蔽体質に加えて、文科省のいい加減な調査のせいで学校の内部事情が酷くゆがめられた形でしか世間に知られてこなかった点に起因するだろう。したがって文科省や教育委員会以外の、第三者による調査結果の公表は極めて貴重であり、期待するところが大きい。しかし期待は完全に裏切られてしまった。残念の一言に尽きる。

    教員は休憩無し、休日勤務が当たり前…このレベルの事はとっくの昔に周知されている。だからこそ教員志望者が減ってきているのだ。なぜ5000人を超える教員への大規模調査を行ったのに、この程度の杜撰な分析しか記事に出来なかったのか…編集者の意図がまったく理解できない。まさに「マスゴミ」そのものの稚拙な記事である。

日本人は世界の中でも「人を信頼する傾向が極めて低い」人種…その背景にある残念

    な社会構造 プレジデントオンライン鈴木 裕介 2025.7.30

    数多くのテストや試合を通じて競わせることが、必ずしも自己肯定感を高める事には通じず、むしろ自他への信頼感を損ね、自己肯定感を下げる危険性があるかもしれない…という指摘は日本の児童生徒の自己肯定感、幸福感の低さを説明する観点かもしれない。

    相互監視の窮屈な社会が生み出す「安心」感は自他の効能感によって生み出され、裏切り者の排除という厳しい罰則で支えられている…という指摘は日本社会でのイジメ、パワハラ、不登校、引きこもり、自傷行為の発生要因を説明する重要な観点かもしれない。

    自己犠牲を美化し、自己効能感と協調性、集団の結束力ばかりを高めようとする日本の集団主義的学校教育風土を根本的に見直す上で、これらの観点は極めて有効ではあるまいか。

教育現場のリアルな実態…教員の8割が10時間以上勤務    リシード 2025.7.29

 …出勤してから退勤するまでの教員の勤務時間は平均11.17時間であることが2025年7月29日、小学館が運営する教員向けWebメディア「みんなの教育技術」の調査結果から明らかになった。8割を超える教員が10時間以上、4人に1人が12時間を超えて勤務している状況にあった。

 教員の勤務実態に関するアンケートは、5月20日から6月30日にかけて全国47都道府県の教育関係者を対象に実施。Webメディア「みんなの教育技術」でのアンケート形式で実施され、有効回答数は5,412人だった。…

 この調査は文科省や各教育委員会による同様の調査よりも、はるかに信用できるだろう。

教員悲鳴、プールは限界……学校水泳、持続可能な「令和モデル」は?

 All About 滝口 隆司 2025.7.25

 まずはプールでの水泳授業のための維持費用が一校につき平均して年間いくらかかるのか、明確に公開して欲しい。消毒や水道代だけで明らかに他分野の教育予算を大きく圧迫するほどの費用となっているはずである。冷暖房費だけでなく、印刷やコピー代すらケチるのが公立学校である。ただでさえ先進国において最低レベルの教育予算しか計上してこなかった日本が、なぜ水泳にだけはそれだけの潤沢な予算を用意したのか、まったく理解できない。水泳は戦前からオリンピックでメダルを狙える数少ない種目であり、国威発揚に役立つ…これが本当の狙いだったのではあるまいか。

 マリンスポーツのメッカ沖縄県では意外にもプールのある学校が少ないそうだ。実際、美しい海が身近にあってもそれなりに泳げる沖縄の人はあまり多くないと言われている。しかしかつては糸満スイミングスクールの選手がオリンピックに出場していた時もあった。学校にプールがなくとも水泳選手が誕生している過去は確かにあるのだ。やはり学校での水泳に特別な意味があるとは思えない。

 現に私の周辺ではコナミなどで水泳を習う児童が少なくない。室内温水プールなので天候や季節を問わず、安心して水泳を習うことが出来る利便性がある。水泳習得の希望者には都道府県から補助を出して民間施設で習わせればよい。全校にプールを完備する費用を考えればその際の補助の金額などとるに足らぬ。水泳授業における学校の甚大な経済的、労力的負担と事件(盗撮等)、事故の危険性などを考えれば、一刻も早く学校から水泳授業とプールをなくすべきだと思うが、いかがか。

小規模私立大の定員充足率が急降下 強まる著名大学志向、淘汰加速か

    毎日新聞 2025.7.26

 少子高齢化の度合いが進んでいる地方ではとりわけ地方私大の定員割れが激しいだろう。私大が無くなってしまえば若者の流出に歯止めが利かなくなる。地域経済がいよいよ立ち行かなくなるのは目に見えているが、残念ながらそれは仕方のないこと。そもそも大学に地域経済の活性化を期待すること自体、完全な筋違いである。

    むしろ他の教育予算の充実を図り、同時に国庫負担の軽減のためにもさらなる私大の淘汰は必要ですらある。結果的に、地方によっては荒廃が劇的に進むかもしれないが、その問題に関しては高等教育の社会的役割とは分けて考えるべきである。地方経済の活性化はもっぱら政治の問題であろう。

 問われるべきは高等教育の存在意義であり、中等教育や初等教育とのつながりの在り方である。初等教育から高等教育まで、いずれの段階においても日本の学校教育は今や問題だらけであり、根本的な見直しを迫られている。小手先の対症療法でどうにかなるものではあるまい。

    今まで「地方創生」の一環として私大を誘致し、経済の活性化に成功した自治体が一つでもあるのなら、ただちに貴重なモデルケースとなるはず。ぜひ政府においてはその詳細を広く国民に知らせて欲しいものである。

内申点の評価実態、名古屋市が全中学校調査へ 教育長「非常に驚き」

 朝日新聞社 2025.3.25

 この記事の内容には驚愕させられる。名古屋市内の中学校で一部、相対評価的性格の評価方法が適用されていることに、教育長や市長が憤激しているというのだ。

 中学校の内申点は進学校以外では高校入試の際に大きな評価ポイントとされることがある。したがって中学校では内申点ができるだけ公正な観点から評価され、かつ保護者や生徒にそれなりの説明責任を負えるよう、あらかじめ用心深く工夫されているはず。

 教師の立場からすれば、特に五段階評定に関してはできるかぎり教師の主観を排除し、明確に数値化された客観的基準によって機械的に算出された結果であると児童生徒や保護者に説明しておきたいだろう。自分が下した評価に対して、教師ならば誰であっても他者から特定の児童生徒へのエコ贔屓を疑われたくないに決まっている。

 なぜこの評定になったのか…これも観点別に細かく数値化すれば誰に対しても説明しやすい点においていかにも公正に見える。だから部活動の実績も数値化することは好ましい…少なくとも一般的にはそう考えられているはずだ。

 とはいえ、数値化できることが評価のすべてではない。しかも部活動の実績や平常点の数値化がどこまで妥当性、信頼性があるのかは極めて疑問である。いったん数値化されてしまうと、外部からは数字が独り歩きして公平性や客観性を帯びて見えてしまうが、教育的評価として怪しいケースは決して少なくあるまい。部活動で県大会に出場できたとしても、種目の状況、ブロック内の他校の状況等によってその難易度には大差があり、単純に一律、内申点として加点するのは明らかに不公平なのだ。

 評価には絶対評価と相対評価に加えて他にも形成的評価のような、よりきめの細かい、かつ児童生徒個々人の学びと成長に寄り添った評価の考え方が世界にはある。どちらが真の意味での教育的評価なのか、といえばただの絶対評価や相対評価よりも形成的評価の方であるのは一目瞭然である。しかし、大勢の生徒を相手に画一的で一斉講義形式の授業を続けてきた、旧態依然の日本の学校では多様性と個性を重視した形成的評価を行うこと自体まず不可能である。

 加えてこの記事も市長も教育長すらも、評価のあり方には多様性がある事、それぞれに長短がある事にきっちりと向き合おうとはしていない。単純に絶対評価が好ましく、相対評価が「悪い」と一方的に決めつけているだけである。しかもこうした人々の多くはおそらく、日本の画一的な一斉講義重視の授業と硬直化した評価方法という現実を疑うこともせずに自明の前提としている。

 そもそも相対評価は「悪」なのだろうか。そんなことはあるまい。教師がこの単元の達成目標をどのあたりに設定し、これまでにどんな授業をしてきたのかによって、テスト問題は学校間、学年間、教師間で大きく異なる場合が出てくる。もちろんその年の学校やクラスの様子によって、授業のレベルや内容、テスト問題の内容や難易度を少しばかり変えることはやむを得ない時もあるだろう。テスト問題作成者が問題を簡単にしすぎたり、難しくしすぎたり、出題分野が偏り過ぎたりしないよう、状況によってテスト内容を柔軟に変えていく事自体はむしろ教師の腕の見せ所ですらある。

 しかし厳密に考えれば、そうした工夫が場合によっては学年間に不公平を生み出すかもしれない。実際、教師たちの児童生徒の現状に合わせようとするそうした柔軟な工夫こそが、実はかの「悪の権化」とされがちな相対評価の考え方に通ずるものなのだ。ただ相対評価を排除し、上辺だけ絶対評価を取り入れれば事が済むほど、教育評価は単純ではない。

 一方で毎年、同じ問題を出題することは一見、公正に見えるが、当然、生徒の先輩から当該教師の出題傾向が後輩に伝授されることもあり、それがどんなに優良な問題だからといって結果的に公正とは限らない。したがってどうしても教師は毎年、出題内容を多少、変える必要を感じている。そしてその都度、教師たちは悶々として頭を悩ませるのだ。

 昨今の思考力を育てようとする試みは、場合によっては評価のあり方を、どうしても相対評価側に偏らせていくだろう。思考力育成のために論述問題を導入しようとすれば、その採点基準は大抵の場合、特定の集団の中での位置づけ、すなわち相対的評価となるほかあるまい。仮に絶対評価を絶対的な「善」と見なすのならば、社会科や国語科では論述問題の出題自体をためらうことになるはず。そして正解が一つに限られる選択問題や単語穴埋めの客観テストにいよいよ偏りがちになるだろう。説明責任を果たしやすいからだ。授業もこれまで通り、必然的に暗記中心に偏らざるを得ないはずだ。これらは論述の採点基準を誰もが納得できるように標準化して他者に説明できる余力を、ほとんどの教師が持たないのだから、仕方ない。

 定期考査の重みを考えれば、評価はテスト点を評価の7割程度にして、残りの3割程度は普段の提出物や発表などをいわゆる「平常点」として加味する、といったささやかな工夫を個人的には行ってきた。テスト問題も400字程度の論述問題を1~2問出すことで思考力も問うてきた。ただし、これが必ずしも評価の理想形でないことは百も承知である。一クラス35人を基準とするクラスで様々な雑務に追われる教師が出来ることは極めて限られている。

 ブラック化した学校を放置しておいて、無責任にも上から目線で自ら現場教師を「相対評価」し、一方的に責め立てている名古屋市の教育長様、かの名古屋市教育会の責任問題はどうなっているのでしょう?世間を唖然とさせたあれだけの不祥事を、ただ会を解散する事だけで済まそうとする市教委の厚顔無恥さには誰もが呆れるほかあるまい。

公立学校の廃校、延べ数は8,850校現存廃校の活用は7割超

 リシード 2025.4.10

 このデータが意味しているのは、かつて白井智子氏が指摘したごとく、まさに日本の公教育の古さと貧しさそのもの、であると考えるが、いかがか。

 将来的に児童生徒数が大幅に減少していけば、やがて学校の施設や教職員にゆとりが生まれる、一学級の児童生徒数が劇的に減少し、一人一人の児童生徒へのきめ細やかな配慮が可能となってくる…などといった30年ほど前の教師たちの期待は無残にも悉く裏切られてきた。

 むしろかつてよりも教師の負担が増大し、しかも不登校やイジメ件数は増加している。一クラスの児童生徒数が最悪の50人から35人程度まで減少したにもかかわらず、教師たちの中途退職や休職は増える一方となり、教員志望者数と正規教員数とが同時進行で急速に減少し、地方によっては学校としての体裁が危ぶまれるレベルにまで不足してきている。

 今後、高校の無償化が進むにつれて、公立を中心に高校の統廃合は一層加速していくに違いあるまい。そして東京や大阪に限らず、将来的に公立高校はいよいよジリ貧となり、全国規模で一気に縮小、削減されていくのかもしれぬ…

 児童生徒数の大幅な減少という、少人数教育、個別最適化教育実現に向けてせっかくの追い風を有効に生かせなかったばかりか、かつて以上に負担増という形で教師への逆風を強め、教師の疲弊と若者の教職離れを徒に加速させてしまった教育行政の責任は、今こそ間違いなく「万死に値する」ほど重い…と言うべきではないのか。

都の新任教諭239人が1年以内に退職 過去10年で最高の5.7

 朝日新聞社 2025.4.24

 「都教委によると、昨年度に採用した公立小中高、特別支援学校などの新任教諭は4237人。うち、239人が1年以内に退職した。内訳は小学校146人、中学校46人、高校18人、特別支援学校28人、義務教育学校1人だった。懲戒免職も1人いた。9割にあたる217人が自己都合退職で、理由別には、精神面での不調が4割、転職などによる進路変更が3割、介護や転居など家庭の都合が1割だった。指導力不足などから正式採用に至らなかったのは22人だった。」という。

 学校のブラック化がどれほど酷いものか…特に小学校は深刻である。精神面の不調による退職者の多さにも注目したい。

財務省VS文科省バトル再び 中学程度の私大授業に財務省「助成の在り方見直しを」

    求める 産経新聞 2025.6.7

 私大によっては小学校レベルの授業も必要となるはず。おそらく分数や比の問題が解けない大学生は少なからず存在しているはずだ。財務省の認識に学校教育の現実との大きな乖離を感じてしまうのは私だけではあるまい。

    基礎学力の欠如した大学生が発生してしまう背景には基礎知識や基礎学力を身に付けないまま児童生徒が進級し、形式卒業していく義務教育の在り方自体により大きな要因が潜んでいると見て間違いない。

    したがって財務省が「助成の在り方」の見直しを文科省に求めるのはお門違い。たとえ教育内容が大学にふさわしくないレベルだとしても、それだけで助成金をケチるほどの口実にはなるまい。社会全体から見れば「Fラン」大学にもそれなりの存在理由はある。

 要は「落ちこぼれ」を黙認し、学力の底上げを怠ってきた日本の学校教育全体の制度面の欠陥から生じた問題である。特定の大学の問題ではあるまい。需要があるから供給も生まれてきたのだ。そしてこの問題においても歴代内閣が長期にわたって教育予算をケチり続けてきた政治責任の方こそ、厳しく問われるべきなのだ。

「部活動は教員のボランティア」のままでよい? 学校部活動が「地域移行」するこ

    とで生まれる格差とは…今後保護者がお金で買うべきサービスに

    集英社オンライン 2025.5.14

 学校現場からこういう根拠の乏しい発言が出てくることに驚きを禁じ得ない。まず「…日本では、政治が教育に介入し、教育が戦争に加担してしまった第二次世界大戦の歴史から、政治が二度と教育に介入できないよう、教育の独立性が保障されてきました。」というが、この間違いだらけの認識には明らかにファクトチェックが必要であろう。

    戦後はアメリカの占領下、GHQによって日本の教育はアメリカの政治的影響を強く受けるようになっていた。そしてサンフランシスコ講和条約後にはたちまち戦前への回帰、「Uターン」が始まり、戦前の勢力が教育の世界にも復活してくる。そもそも学校現場では戦前と大差なく、画一的な一斉講義形式の授業と管理主義、そして体罰が横行していた。1960年代にはアニメ、漫画の世界にチャンバラや戦争物が再登場し、柔道、剣道が学校体育に武道として復活してくる。

    いずれにせよ日本の学校教育では政府や財界による教育への干渉が排除され、「教育の独立性が保障」されてきた…などといったことは、過去、一度たりとも無かったと言って良い。学校教育には時々の政治や経済の論理が現在に至るまで途切れることなく、強く、露骨に反映されてきたのだ。

    戦後教育の憲法とも言われる教育基本法にズラリと掲げられている理想的建前はほとんどがただのきれいごとに過ぎない。戦後における学校現場での体罰の横行などを見れば分かるように、学校は戦前からの伝統的な慣習と戦後の新たな法律に対して、常にダブルスタンダードな、矛盾した姿勢を取り続けていたと言っても過言ではあるまい。

    したがって教育基本法に定められた「教育における政治的中立性」などは、公教育ですらまともには守られて来なかったと言うべきなのだ。ただし公教育が政治や経済の影響を受けてはいけない、とは一切思わない。シンギュラリティの到来が目前に迫ってきたと指摘する識者が増えてきた現在、学校での生成AIの利用は必須である。それは児童生徒たちに対して、個別最適な学習の保障にもつながるだろう。

    ほとんど自浄能力を失い、自己改革の意欲にも欠ける公立学校は多い。児童生徒たちが時代の進展に取り残されないようにするためにも教育産業のみならず、特定の業界とのつながりが学校としては不可避となるであろう。学校業務や授業のDX化を推進する上でも業界のバックアップは必要となる。

    授業は今後、一斉講義形式中心から議論を通じた多様性の理解、さらに学習者主体の、個別最適化を軸とする授業へと大きく切り替えていくべきである。ただし授業方法の大きな変化は教師の負担を一時的にせよかなり重くする。結果的に多くの教師たちは部活動指導を行うヒマなどほとんど無くなるに違いない。部活動の地域社会への移管は不可避であり、そのためにも学校は地元の公民館などの社会教育との連携をさらに強めていくべきであろう。

【独自】教職課程の必要単位見直しへ 免許取得の負担軽減、文科省

    共同通信 2025.5.23

    どうして文科省はこんなトンチンカンな政策を繰り返してしまうのだろう。官僚としての資質を根本的に疑わざるを得ない。教員免許取得のハードルを下げれば教員志望者が増える…という安易な発想はいい加減、やめてもらおう。これは教員採用試験の倍率低下、さらに免許を持たない人を教師に採用する動きと相まって教師の質をひたすら低下させることにつながる明らかな愚策である。各地ではやり始めた教員採用試験の早期化も有害な弥縫策の一つに過ぎない。

    教員の労働負担の軽減こそが最優先させるべき課題であるはず。こちらは給与引き上げよりもはるかに重大な案件である。したがってこれからは高校においても真っ先に部活動の地域社会への移管を進めて校内での部活指導を全廃し、教員の力を授業力向上に全集中させるべきではないのか。

    部活動の学校から地域への移管は間違いなく人員と経費の負担が大きく増大する政策である。そして現政権が続く限り、そのための予算がまったく確保されそうもない。そこでほとんど予算をかけないで済む安易で安価な政策を文科省は立て続けに打ち出しているのだろう。

    くどいようだが、そうした「泥縄式」のゴマカシに過ぎない政策はもはや、百害あって一利無し、であろう。ただ単に旧態依然の学校教育の延命を図るに過ぎないような種々のエセ改革は、いたずらに貴重な時間と労力を空費し、いよいよ日本の教育を手詰まり状態の袋小路に追い込むだけに違いない。

    これからの高校教育の改革に必要不可欠で最も急がれる重要課題とは、教師の労働条件の劇的な改善(部活動の地域社会への移管に加えて学校行事の精選、学校事務のDX化、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー及びガイダンスカウンセラーなどの加配と待遇改善…)、それに加えて授業技術の高い教師の育成(授業技術の向上に力点を置いた大学での教員養成教育と教員免許取得要件の見直し)と採用(授業技術評価に重点を置く採用試験)、以上の二点であると考えるが、いかがか。

 もちろん、こうした改革を実現していくには、根本的な改革をひたすら妨げ続け、長期にわたって教育予算をケチってきただけの自公政権の、一刻も早い退場が前提となるのは言うまでもないことなのだが…

猛暑と熱中症対策で夏休み延長の学校が全国に拡大中!教育現場のホンネは

    アサ芸biz 2025.7.10

 ろくに自分で現場を取材せずに教育専門誌の記者の言葉を鵜呑みにするような記事を「アサ芸」はネット上に晒していても良いのだろうか。そもそも記者はどんな調査結果を元にしてこんなにも無責任な事を語っているのだろうか。

    …文部科学省が昨年発表した『公立学校施設における空調(冷房)設備の設置状況調査』によると、教室冷房設置率は小学校99.1%・中学校98.9%・高校99.4%といずれもほぼ100%近い。学校関係者からは、『気温の高い日は屋外での体育の授業を避ける必要はあるが、わざわざ夏休みを延長しなくても対応できる』との意見もあります…とのご指摘、呆れるほかない。真面目に取材する意欲の欠片も見えないような、いい加減極まりない杜撰そのものの記事であろう。

    暑い日にわざわざ児童生徒たちを学校に来させるのならば、学校はせめて普通のご家庭並みの冷暖房を完備できていなければなるまい。しかし体育館に冷房が備わっているのだろうか、芸術科目の教室などの特別教室にも冷房は完備しているのだろうか、冷房費を節約するために、教室内の気温を無視して冷房時間を厳しく制限していないだろうか…児童生徒の命にもかかわりかねないほどの猛暑が続く現状の中で、「わざわざ夏休みを延長しなくても対応できる」という、誰のものとも分からない発言をあたかも教育現場のホンネであるかのように紹介する、その鈍感で無責任な報道姿勢には怒りすら覚える。

公立中35人学級、教員1万7000人増必要 400億円の予算見込む

    毎日新聞 2025.6.17

 少子化が急速に進む先進国であり、いまだに経済大国の端くれであるはずなのに、何とした事か、デレダラと何十年もの間、40人学級を放置してきた国があった…この日本と言う国は少子化という、学級の定員削減に絶好の追い風が吹き続ける中で、学級定員の見直しすら、まともに取り組もうとはしてこなかった。その国力から見ても35人学級程度の事くらい、とっくの昔に実現できていたはずである。マスプロ教育の弊害が叫ばれてから一体どれほどの歳月が経ったと思っているのだろう。

    にもかかわらず、21世紀に入って四半世紀が過ぎ、マスプロ教育という言葉自体が既に死語となった今の今となってようやくにして法改正を行い、35人学級を徐々に実現させていくのだという。かねてから口では「個別最適化」を唱えて生徒の個性、多様性に応じた丁寧な教育の実現を謳ってきたクセに、「個別最適化」の足を引っ張る張本人たる40人学級を文科省は長らく放置してきた。

    何という怠慢であろう。何という欺瞞であろう。国家百年の大計たるべき学校教育ですらこのザマである。この国の無策ぶりに呆れ果てるしかあるまい。しかも政府の無策ぶりが祟って学校のブラック化が進行し、近年は教職離れが顕著となって深刻な教員不足が慢性化している。

 こうした状況下、一体、どうやって公立中学校の教員を17000人も増やそうというのか。文科省はこれまで通り、自らの責任は棚に上げて厚顔無恥にも各教育委員会に、ひたすら困難を極めつつある教員募集という難題を平気で丸投げするつもりなのだろうか。このニュース、個人的には絶望しか感じられないのだが…

「授業なんてできません」控室にひきこもった実習生…教育実習で心が折れた若者

    たちのリアル「同じような授業の繰り返しのはずなのに、毎日が本当にしんどかっ

    た」集英社オンライン 2025.7.20

 授業の実習に恐怖を感じる実習生は少なくない。そもそも多忙にあえぐ教師の中には教育実習生を邪魔者扱いする先生が実際、かなりの割合で存在していた。数は多くないが実習生に敵意さえ抱く教師すらいた。個人的な感想にはなるが、教師の過半は教育実習生を担当したくない、という本音を隠そうとすらしていなかったと思う。これは教育実習生にとっても不幸な状況であり、教育実習をきっかけにして若者が教職を諦めてしまうといった事態は教師不足の解消を相当難しくしているに違いない。教師の負担軽減が急がれる所以である。

 しかしここにはもう一つ大きな問題が隠れているはずだ。なぜ、教育実習生は授業の実習に対して大きな不安や恐怖を覚えてしまうのか、その原因をしっかりと考えてみるべきなのだ。もちろん指導教官の多忙感に由来する指導の厳しさ、威圧感も実習生が委縮してしまう原因の一つではあるだろうが、はたしてそれだけであろうか。

 個人的に再三にわたって指摘してきた事なのだが、実習生が委縮する最大の原因は教育実習前の大学における事前指導の欠陥、不十分さにあると思うが、いかがか。仮に教育実習前、ゼミ形式で実戦さながらの授業体験を大学で幾度も積み重ねていたならば、実習本番での不安や緊張はかなり軽減されるはずである。すなわち大学での的外れで非実戦的な教員養成講座の欠陥こそが、実習生の教員志望を挫けさせてしまう最大の要因であると私は考える。したがって教師負担の軽減とともに大学での教員養成教育の徹底的な見直しも同時に急がれるはずである。いかがか。

名古屋の教諭死亡で和解 市が5600万円支払い    共同通信 2025.7.17

 はたしてこれで良いのだろうか…どうも釈然としない。自殺してしまった教諭に対する仕事の集中はうつ病による休職後も続けられてしまっている。復職後に部活動や教育課程の編成にあたらせる、と言う明らかに非常識な校内人事を行った(あるいは許容した)校長ら、管理職の責任は一体どこまで追求されたのだろう。管理職だけではなく、関係した他の教師たちにも多少の責任はあるはずだ。にもかかわらず「市側に安全配慮義務違反があった」と監督庁の名古屋市の責任ばかりをクローズアップするような報道がなされるのは実に解せない。

 うつ病を理由に休職した教師に対しては管理職や周囲の教師たちが特別な配慮をすべきであることは言をまたない。しかし校務の分担を巡っては学校として特別な配慮がなされたとは思えない。なぜ配慮しなかったのか、故人に配慮できなかった理由をしっかりと公に明らかにしない限り、同様の事件が繰り返されても不思議ではあるまい。

 一義的に責任を問われるべきは当該学校の管理職たちであろう。したがって賠償義務は当時の管理職らにもあると考えるのが世間的に見ても筋なのではあるまいか。いずれ多額の退職金を受け取れる管理職の責任が厳しく問われるのは当然の理である。当事者に一義的な責任を問うことなく、徒に血税を賠償金に充てる今回の決定は、事件の真相を曖昧にしてしまうと同時に、当該管理職たちの逃げ得を許してしまうことにもつながるのではあるまいか。

 校務分担を巡っての問題はあくまでも当該校の管理職が責を負うべきであり、二度とこのような悲劇が繰り返されないようにするためにも、管理職への厳しい責任追及とそれなりの処罰を行うべきであると考えるが、いかがか。

日本の高校生が「社会に出たら理科は役に立たない」と考える理由

    ニューズウィーク日本版 舞田敏彦(教育社会学者) 2025.7.16

 最も実験を必要とし、討論などを通じて児童生徒たち自身で仮説を練り上げ、検証していくことを授業の軸とすべき理科の授業実態が日本の場合、いかにお粗末なものであるのか、改めて痛感させられる。探究的な授業展開は何も理科だけのものではあるまい。社会科においても、探究的展開は興味関心を高めるために極めて有効な授業方法であろう。

 社会科の授業でも理科のような実験や調査を用いて探究的な授業が数多く展開できたなら…と常々考えてきた自分としてはこの調査結果は残念でならない。間違いなく理科以上に日本の社会科の授業は「社会に出たら役に立たない」教科となっているはずである。授業の在り方の改善はもはや日本の政治的課題であり、一刻を争う焦眉の急であろう。「国家百年の大計」である日本の公教育の現状はお寒い限りなのだ。

「えっ、体育の先生が技術の授業するの?」教員不足の学校の裏技“免許外教科担任

 制度”は違憲の可能性も…いちばんの被害者は生徒たち

 集英社オンライン 2025.7.8

「教員は減っても行事は減らない」全国で約200万人の子どもたちが無免許の臨時教

    員に教わっているという実態…教員免許の存在意義はいずこに

    集英社オンライン 2025.7.9

 昨今、教員の不祥事が性加害問題を中心に数多くマスコミで取り上げられている。教員による不祥事発生の背景を深堀せずに、ひたすら「学校叩き」「教員叩き」につながるような、偏ったマスコミの取り上げ方も結果的には教師志望者の減少につながっているように個人的には思える。

 もちろん、教師による不法行為はあってはならない事である。しかし学校現場では明らかな不法行為が以前から野放し状態であった。体罰は明治時代から違法であったが、この法律がまともに守られた形跡は戦後に至るまで無かった。もちろん、昭和の時代は戦後も1980年代まで、教師や保護者による体罰が公然と認められてきたはず。

 違法行為は教師に対しても横行してきた。教師の違法レベルの過重労働問題を日本政府、教育委員会は違法にも漫然と放置してきた。授業負担に限ってみても、自分の専門教科以外の教科や科目を受け持たされることは普通であった。決してそれは特別な事ではなく、特定の学校(例えば生徒数の少ない小規模校や、職業高校、定時制高校など)ではとっくの昔から常態化していたとすら言ってよいだろう。さすがに高校の場合には専門外の教科を担当することは滅多にないだろうが、中学校では3教科の授業を担当することもあったと聞いている。

 これらは明らかに違法状態であり、学校現場にはとっくの昔から違法を違法と感じられないレベルに至るほど、正常なコンプライアンス機能が存在していなかった、とみるべきであろう。根本的には違法、合法よりも優先されてきたある種の教育への偏った、アンバランスで強固な信念、教師聖職論の残存が敗戦後、より厳しく問われるべきであったのではあるまいか。

 少子化の中で小規模校が増えている。現状の規定で教員の数を減らしてしまえば、今後は高校においても複数科目どころか、複数教科を担当することになるだろう。生徒数が減った分に比例して授業の教科数や科目数が減るのならば特に新たな問題は生じない。しかし機械的に教員の数が減らされてしまうのが、現在の規定である。

 せっかく少子化が進み、ようやく生徒一人一人に目が行き届く環境が整いつつあるのに、政府はひたすら少子化を口実にした教員の削減、すなわち教育予算の削減を進めてきた。教員の数が減ってしまっては生徒一人一人に目が行き届く手厚い教育の実現は不可能である。そればかりか、複数教科や複数科目を負担する、となれば今まで以上に教師の負担は重くなる。ただでさえ情報、英語、金融教育、探究学習…と教科数や科目数が一気に増えてきていた。この状況は教師にとって地獄そのものなのだ。

 生徒数の減少に応じて学校行事も削減されるならばよいのだが、授業の教科数や科目数と同様にこちらも減らされていない。とすれば学校現場はいよいよ極限までブラック化が進むだろう。せめて部活動の地域移行くらいは一刻も早く実現してくれないと、教員志望者の減少と教員の休職、中途退職が増える一方となる。つまり日本の公教育は既に致命的な人手不足によって一気に破綻しつつある、と見るべきなのだ。

・教師不足

 まず看過できない悪性の症状として挙げられるのが各学校での正教員の不足であろう。これに休職者や中途退職者数の増加も加わり、一人一人の教師にかかる負担は重くなる一方…という学校が特に義務教育中心に増えてきている。さらに教師志望者の減少もこうした事態の悪化をもたらしているに違いない。しかも教員不足が休職者や退職者の増加につながるという、悪循環が既に生まれてきている現場もあるようだ。

 なお教師不足の一因としては景気回復傾向がもたらした民間企業への就職志向の高まりに伴う若者の公務員離れが考えられるが、それは主因というほどのものではあるまい。最大の原因と考えられるのは画一的管理主義の息苦しさに加えて、止まることの無い仕事量の増大による学校のブラック化がもたらした若者の教職離れである。

    残業手当・休日手当がつかない部活動指導の過熱化、数が多過ぎる上にそれぞれが過重な負担となっている学校行事、不登校やイジメの多発とそれに伴う保護者対応の増加、新教科・科目の設置などによる仕事の量と難易度の上昇、説明責任を果たすためだけの記録作成等のアリバイ作り(管理職や教育委員会への報告書、提出書類の増加が顕著でその多くは煩雑かつ形式的なものに過ぎず、教師の力量を向上させることにはほとんどつながらない。つまりほとんどがブルシットジョブ)の増加、教育行政による教員への過剰な統制・管理強化がもたらす心身両面への重圧(教師の創意工夫を挫く無意味な官製研修の増加、授業内容・方法への過剰な介入等)、残業時間短縮による持ち帰り仕事の増大、年齢構成の偏りや管理職の能力不足による職務分担の不均衡、進路の多様化による進路指導の煩雑さ、職員会議の形骸化や教職の階層化などによる職員集団の分断と対立、教職の社会的地位の低下、管理職のパワハラや教師間のイジメの横行等々、数え上げればきりがない。

    こうした事態に対して文科省や都道府県教委は上辺だけの対症療法、その場しのぎの誤魔化しをひたすら繰り返してきた。教育行政による対応を医療行為になぞらえれば、高熱を発した患者に漫然と解熱剤を処方するだけの藪医者のようなものである。

医者は本来、高熱の原因を様々な検査結果から割り出していき、症状を抑えるだけではなく、症状の主な原因となっている病気などを治療対象としていくべきであるのは言うまでもない。しかし文科省、都道府県教委は教員不足という症状に対して、揃いもそろって教職の魅力をアピールし、採用試験日程を増やしたり、早めたりして試験のハードルを下げることに専念してきた。

    もちろん「働き方改革」を推進して部活動の地域移行と残業時間の短縮を通じて学校のブラック化を押しとどめようとしているのも事実ではあるが、「持ち帰り残業」の問題を見ると、さほどの効果は上がってきていない。

    なぜ教職の魅力が低下してきたのか、教員が不足してきたのか、その原因には高熱の原因と同様、様々な要因が考えられるに違いない。ただ兎にも角にも教育行政側の最大の過ちは、その原因が自分たちにも少なからず存在する、という自覚を決定的に欠いてきた点であると思うが、いかがか。

    不登校の増加やイジメ事件の隠蔽、教員の不祥事の多発、教師の疲弊、授業における児童生徒の落ちこぼし、吹きこぼし…どれをとっても教育行政の過ち、不備に淵源する側面が大いにあるだろう。そのことの反省と改善を抜きに、ただ教職のやりがいと就職しやすさを追求しても、若者は二度と騙されないに決まっているのだ。

 

    教師不足以外の公教育における主な病状を以下に列挙しておく。

・不登校児童生徒の増加

・イジメ事件とその隠蔽、加害者側への指導不足、被害者側への配慮不足

・過剰な管理主義、画一主義

・一斉講義形式の残存による落ちこぼれと吹きこぼれ現象、形式卒業の弊害

・DX化の遅れ

 

 さらに各症状の主な原因として考えられるものを以下に列挙しておく。

・学校教育行政の体質悪化:悪しき前例主義と年功序列社会、上意下達の横行

・教員養成教育の貧弱さ:授業技術の向上への努力不足

・職務、職責の曖昧さ:教師の「何でも屋」化による弊害

・教育予算の貧弱さ:圧倒的な施設設備、人員の不足

・画一的管理主義の弊害:横並び主義(自らの頭では考えない…が習慣化)

 

 他にも論ずべき点は多いが、いったんこれで切り上げておく。

 なお石丸氏が立ち上げた再生の道が「公教育の立て直し」を基本政策として動き始めている。今後は日本の公教育をどうすべきかをめぐる議論が活発化してくるに違いない。ただ、残念ながらこれまでの再生の道が打ち出している公教育の「再生」プランにはまだまだ突っ込みが足りないように感じている。

 公教育において何が問題であり、何をどうすべきなのか…今後も再生の道の歩みを追っていきたい。

その4.安保体制と基地問題 ①沖縄の戦後と日米関係

※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。

参考記事

・戦後日本と「進撃の巨人」

「日本はアメリカ帝国の支配下」「反中国は偽のナショナリズム」エマニュエル・ト

     ッドが語る、日本が核武装すべき根本的な理由

   「文春オンライン」編集部 2026.4.2

 トッド氏は日本の核武装こそがアメリカに隷属してきた戦後日本の真の主権回復につながり、アメリカに起因する戦争に日本がむざむざと巻き込まれないようにする上でも役立つ、日本の平和維持に役立つ強力な手段であると主張している。確かに核兵器を所有する四か国の動向にひたすら翻弄されかねない不安定な日本の立ち位置を考えると、トッド氏の主張は実に真っ当に思えてくる。

     トランプ政権の下で恐ろしいほどに迷走と暴走を続けるアメリカ、そのアメリカとの対立をいよいよ深めていく近隣のロシアや中国、北朝鮮…それらの動きをよくよく考えてみると、いつ火をふいてもおかしくないほどに深刻化した対立の真っただ中におかれた日本の取るべき道はきわめて険しいものになるほかあるまい。

 どう見ても日本がアメリカ追随一辺倒のままで良いとは到底思えない…そうした現状は確かにある。したがって今後は核武装を通じてアメリカのクビキから少しでも自らを解放し、できる限り独自の力で自国の安全保障を確立していくことこそ、健全な主権国家として真っ当な道なのかもしれない。これは同時に沖縄の米軍基地問題の根本的解決への道筋をも示しているはずである。

 トッド氏の提言は「平和主義国家」、「主権国家」という戦後日本の上辺だけ、建前だけの欺瞞性を鋭く暴き、国家の安全保障を真剣に、冷徹に考えてこなかった多くの日本国民への驚くほど真摯で親身、かつ痛烈なる警告でもあるに違いない。

米兵らの性暴力事件が相次ぐ沖縄、軍関係者の逮捕少なくとも107人…4月から

 実施の米軍パトロールで 読売新聞 2025.12.18

核戦争計画に組み込まれていた在日米軍、復帰後の沖縄で核兵器投下の訓練繰り返

    す 過去に疑惑浮上も政府は一貫否定、「今でも訓練か」被爆者の懸念【在日米軍と核

    戦争計画】 47NEWS 2026.2.27

 かつて沖縄に数多くの核兵器が持ち込まれ、伊江島などで投下訓練が行われていたことはもはや否定できない事実ではなかったのか。国民に隠蔽を繰り返してきた政府の姿勢こそが、日本社会全体に醜い隠蔽体質を拡散する原動力となってきたと思うのだが…こんな政府にスパイ活動防止のための法案など、提出する資格などあるまい。嘘つき政府のままでは結果的に米国従属の体制は変えられないに違いない。

参考動画

フェンスの向こう側 ~在日米軍基地の今~【ニュース ジグザグ】

    読売テレビニュース 2025/05/17  12:07

 戦闘機のパイロットが着用するヘルメットの価格が6000万円ほどという事に驚かされる。基地内の様子を多少、知ることが出来ると同時に、沖縄県民の基地に対する思いに世代間の違いが若干みられる点も興味深い。基地内の小学校が3校もあり、一クラス15人程度の少人編成である点など、随所に日米の差が伺われ、基地問題の導入の際に視聴させると学習内容の発展性が期待できるだろう。

平和教育アンケート30年 戦後80年 高校生 歴史との向き合いは(沖縄テレビ)

    2025/6/04 沖縄ニュースOTV 2025/06/05 4:08

 平和教育の発展を妨げているのは各学校や教師の怠慢ではなく、もっぱら文科省や教育委員会による授業内容への過度の統制、制限ではないのか。事実として確定した過去の出来事、沖縄戦のみを学ぶ…という発想では今、話題となっている問題への児童生徒の興味関心を惹きだすことが極めて難しい。未来を生きる児童生徒の関心を惹きだすには現在、直面しているホットな課題から迫る必要があるだろう。そして沖縄においてのそれは基地問題であり、尖閣問題なのである。

    しかしこの問題を公教育で扱うには、文科省や教育委員会、管理職からの指導や管理といった横やり、介入の危険性が大きい。また教師側にもかなりの知識と授業力を必要とする。ゆえにともすれば実際の授業の中では敬遠されがちな話題となっているのではあるまいか。

    しかし知識の詰め込みや画一的一斉講義形式の授業から脱却する上で、現在、話題となっているテーマを扱いにくくしている教科書検定制度や教育内容の見直しは不可避の課題であろう。また児童生徒の授業参加度を高めるうえで議論を軸とした授業展開とそれを可能とする教師の力量が必須となるはず。とすれば授業力向上につながる大学での教員養成教育の充実がまずは求められるはずである。

"核"の最前線だった沖縄(沖縄テレビ)2025/6/03
    沖縄ニュースOTV 2025/06/04 8:05

 沖縄における核ミサイル配備について短時間で概観したいのなら、この動画が便利だろう。ただしミサイルの誤発射事故など、沖縄の住民を脅かした恐ろしい過去については別の資料を用いる必要がある。

【闇が深い】「禁断の質問」をした結果、大臣の様子がおかしくなる【最新国会】

   大石あきこ 国会質問 (2025年3月12日15:05頃~文科委員会)

   山本太郎 on the BEAT【切り抜きch】2025/03/13 15:35

   国会における政府側の答弁がいかにはぐらかし、誤魔化しばかりであるのか、高校生ならばよく分かる事例となるだろう。特に文科省の官僚の答弁がまさに官僚らしさがにじみ出ていて面白い。この程度だから日本の教育が危機的状況に直面しているのだろう。

発見された古墓、日本軍壕の姿は… 空自那覇基地内の発掘調査

   琉球新報 2022/12/23 3:47

   基地内であったために遺跡が破壊されずに済んできたという稀なケース。沖縄の場合、戦争や都市化の中で破壊されてしまった遺跡は膨大な数にのぼるだろう。しかし今後は沖縄史の空白を埋めるべく、日米の基地内の遺跡調査を積極的に進めていく必要があるだろう。

【琉球サウダーヂ】史跡と戦争 第2話「扁額」

 2021/02/15 RBCチャンネル 【琉球放送】 2:30

 この分野の導入に使えるだろう。敗戦後、トイレの用材として米軍によってくりぬかれたと言われる無惨な姿を留める扁額。乾隆3年(1737)の元号にも注目させたい。戦後の沖縄が置かれた悲惨な立場を象徴する遺産の一つであろう。できればCMをとばして視聴させたい。

【悲報】アメリカ人が持つ日本人への偏見が酷すぎる

 Chase & KenKen  2023/11/25  9:02

 この動画はこの分野や差別の授業で絶対に視聴させたい。日本と深く結びついている同盟国アメリカに日本が良く思われていると思い込んでいる日本人はかなり多いだろう。授業でこの動画を見せる前にアメリカ人は日本人についてどう思っているのか、アンケートしておくと面白い展開になりそうだ。

 日本の観光業の隆盛ぶりで現在、「日本万歳」に陥りがちな生徒たちの多さが予想できる。しかし多くのアメリカ人の本音、実態はおそらくこんなものなのだ。でなければアメリカは二度も日本に原爆を落とさないだろうし、いまも図々しく日本の各地に基地を持っていないはずである。沖縄で米兵の暴行事件が後を絶たない背景にアメリカ人の日本人、アジア人を見下す偏見や差別が広範に存在することを決して忘れてはなるまい。

【炎上】アメリカのアニメに出てくる日本人が偏見だらけで酷すぎた。

 SAGIRIX  2023/06/21 6:08

【炎上】海外のアニメに出る日本人が怖すぎる…

 SAGIRIX  2023/07/13 8:15

【炎上】アメリカのアニメに出てくる日本のシーンが失礼すぎた。

 SAGIRIX  2023/10/17 9:37

 差別する側と差別される側、双方の立場に立ってみないとお互いの理解は深まらないだろう。

日の丸と沖縄 屈折した歴史 ー復帰を知るーVol.1 (OTVライブラリ/2012

 年放送)OTV沖縄テレビ  2023/05/11 5:58

 日の丸に対する沖縄の人々の複雑な思いは一体何に起因するのか、早めに考えさせたい。特に平和憲法下への日本への復帰を熱望してきた沖縄の人々が、復帰後、なぜ日の丸を忌避し始めたのか、その理由を列挙させてから討論に持ち込みたい。

 

・敗戦と戦後の始まり

 1945年7月ポツダム宣言(アメリカ、原子爆弾の実用化に成功)で連合国は日本の無条件降伏を勧告⇒天皇制護持に執着した鈴木貫太郎内閣これを黙殺

 8月6日、広島に原子爆弾投下

   8日、ソ連、対日参戦を表明

   9日、長崎に原子爆弾(プルトニウム型)投下

    連合国側(アメリカ)、天皇制存続の可能性を留保する回答

   15日、終戦の詔勅「朕はここに国体を護持し得て・・・」

    ⇒鈴木内閣総辞職、アメリカ単独による間接統治へ(⇔ドイツ)

    ⇒東久邇宮稔彦(天皇の従姉妹で陸軍大将)内閣成立

     日本軍の武装解除と天皇制の存続が至上命題

 9月2日、日本政府代表重光葵外相と軍部代表梅津美治郎海軍大将がミズーリ号上で 

     降伏文書に調印。当初は天皇が調印する予定だった。

Q.なぜ天皇は国家元首として降伏文書の調印に参加しなかったのか?

A.天皇の権威を占領政策に利用する方向でマッカーサーは動き始めていたため、天皇

 に屈辱を与え、権威を傷つけるような調印式は控えることになった。つまりアメリ

 カ側からすれば天皇制の利用価値の低下を恐れたのであろう。

 

 9月7日、沖縄で降伏文書調印。本土と沖縄、奄美、小笠原等は区別された。本土はマッカーサー率いる国連軍(⇒GHQ)による占領となったが、沖縄などは「唯一の地上戦」を経てアメリカが獲得した戦利品という扱いで、直接的な軍政下に置かれてしまった。なお、敗戦後に焼け野原状態となった沖縄を救ったのはアメリカによる援助以外では海外の沖縄出身者による募金、物資支援(ハワイから550頭ものブタ⇒養豚業復興)が大きかった。

 東久邇宮内閣は治安維持法等の存続を図るなどGHQと対立し、総辞職へ。

 10月⇒幣原喜重郎(親英米派、協調外交)内閣成立

     財閥解体、農地解放、戦争犯罪人の逮捕、公職追放などを推進

     しかし大日本帝国憲法改正には消極的なため総辞職

 1946年5月、吉田茂(東条内閣打倒を計画)内閣成立

 1946年11月3日、日本国憲法公布

  マッカーサー三原則とGHQ草案が骨格⇒「押しつけ憲法」

  ・天皇制の存続と民主化(昭和天皇の続投を含む)

  ・平和主義(⇒日本国憲法第9条「戦争の放棄」)

  ・封建制の廃止(軍国主義の除去、非民主主義的制度・組織の廃止等)

1947年「天皇メッセージ」:昭和天皇、米国による沖縄占領を支持、長期の租借(25年以上)を提案

 ※東京裁判(1946~48)の最中であり、アメリカは天皇の自己保身と解釈。寺崎メモによると、天 

  皇は米国による沖縄占領は日米双方に利し、共産主義勢力の影響を懸念する日本国民の賛同も得ら

  れるなどと記している。1979年にこの文書が発見されると、象徴天皇制の下での昭和天皇と政治

  の関わりを示す文書として注目を集めた。天皇メッセージをめぐっては、日本本土の国体護持のた

  めに沖縄を切り捨てたとする議論や、長期租借の形式をとることで潜在的主権を確保する意図だっ

  たという議論などがあり、その意図や政治的・外交的影響については、なお論争がある。

米軍による占領・・・サンフランシスコ平和条約による独立回復?実質「占領」継続

日米安全保障体制の成立(1951~)と冷戦(米英vs.ソ連・中国)

※参考記事

 ◎「この部屋の中だけのお話でございます」昭和天皇の“過激な一言”…秘録に残る“戦争の恨”と“多

  くの人々への批判” 文春オンライン 河西 秀哉 によるストーリー 2023.8.15

 敗戦に関する昭和天皇の認識が垣間見える極めて貴重な証言。満州事変で結局は関東軍の暴走を追認

 した昭和天皇…しかしそのことには触れず、アメリカが強く日本を批判してくれたならば日米開戦は

 回避できたのでは…とアメリカ側の対応にもっぱら責任を転嫁している。張作霖爆殺事件への処罰が

 生ぬるかった田中義一内閣の時代が陸軍の増長を招き、戦争の拡大につながった大きな分岐点と天皇

 は認識。多少は自己責任に言及してはいるものの、昭和天皇に国家の最高権力者としての自覚と責任

 感がやや欠落していた点は否めないだろう。満州事変の際にも他国頼みの認識が天皇にあったという

 ことに注目したい。ただし、親英米派で海軍穏健派よりであった昭和天皇を軽視し、排除しようとい

 う動きすら陸軍の皇道派将校にはあったことも分かる。当時の昭和天皇が実際に発揮できたリーダー

 シップを過大評価してはなるまい。対米強硬派の伏見宮や秩父宮の存在が昭和天皇の立場をかなり微

 妙なものにしていた点は無視できない。天皇の戦争責任を考える際には昭和天皇の個人的責任に加え

 て天皇制を軸とする明治憲法体制の制度的・組織的欠陥に由来する責任も厳しく追及されねばならな

 い。問題は戦後日本がどの程度、明治憲法体制の制度的・組織的欠陥を是正できたのか、である。

4月28日“屈辱の日” 西銘沖縄担当大臣は

 2022/04/27 【琉球放送】RBC NEWS 1:09

 サンフランシスコ平和条約が沖縄の人々にどう受け止められていたのか、知っておくべきだろう。

沖縄県 国頭村・鹿児島県 与論町 4・28 を忘れない 絆を深めた歴史(沖縄テレ

 ビ)2022/4/28 OTV沖縄テレビ 9:38

予告編「海がつなげた、こころの絆」沖縄祖国復帰50周年記念事業映像

 2022/04/26 Yoron Island Japan 4:42

 

「原爆投下は正当だった」アメリカ人学生の言葉に日本人精神科医が返した言葉 

   現代ビジネス 内田 舞(医師・小児精神科医) の意見 2024.10.13

   敵国人であったとしても相手に共感できるかどうかは、とりあえず人間という生き物に対する深い理解と強い興味・関心が必須の前提条件となるだろう。

   2024年10月、ノーベル平和賞に日本被団協が選ばれた意義は大きい。これを一つにきっかけにして、これまでひたすらアメリカの言いなりになってきた日本政府の対米姿勢を少しでも変えられたら…と願うばかりである。

   授業では様々な観点から人間理解を深めることの意義を強調するとともに、戦後の対米屈従外交の経緯を知り、今後の日米関係のあり方を問いたい。

【外国人にインタビュー】広島で外国人観光客が伝えたいこと!アメリカ人ジャー

   ナリストの視点 インタビュー THE ワールド  2024/05/06  12:51

 最初のジャーナリストへのインタビューは大いに参考となるだろう。7:50までの視聴だけでも十分。

初の沖縄訪問で火炎瓶…「ひめゆりの塔事件」に見る、上皇ご夫婦の“沖縄への思

 い”【皇室アーカイブ】(2018年3月放送)|TBS NEWS DIG

 TBS NEWS DIG Powered by JNN  2023/05/03 3:06

 なぜ、沖縄で火炎瓶を投げられたのか…かつて昭和天皇がアメリカに対して沖縄の支配権を長期にわたって認める発言、いわゆる「沖縄メッセージ」があったことへ言及しないこの報道の姿勢については大きな疑問が湧いてくる。長年にわたるTBSの皇室報道に関するある種の忖度姿勢、偏向ぶりはマスメディア全体に対する不信感を強めるだけであろう。

 ※「沖縄メッセージ」とは、終戦から2年後の1947年9月19日、昭和天皇が側近の寺崎英成を通じ

  て、GHQ外交局長のウィリアム・ジョセフ・シーボルト氏に伝えたとされる昭和天皇の意向。

  1947年当時、天皇がアメリカによる琉球諸島の軍事占領継続を望んでいたことや、沖縄占領は日

  米双方に利益をもたらし、共産主義勢力の増大を懸念する日本国民の賛同も得られるなどと述べて

  いたことが記されていた。この発言は当然のことながら日本への復帰を望む沖縄の、多くの人々の

  気持ちを踏みにじるものであった。加えてそもそも天皇の政治的発言自体、その発言内容の是非を

  問わず、日本国憲法が施行(1947年5月3日施行)されていた1947年9月の段階では象徴天皇制を

  逸脱しており、明らかな憲法違反であった。

報道カメラマンが見た復帰の内実とは【沖縄本土復帰50年企画】(沖縄テレビ) 

 2021/08/27 OTV沖縄テレビ 6:52

 ひめゆり平和記念公園火炎瓶事件の写真撮影等、貴重な場面に立ち会ったカメラマンの証言は重く受け止めたい。

復帰50年…国会爆竹事件と沖縄の今【報道特集】

 TBS NEWS DIG Powered by JNN  2022/05/22 22:49

【沖縄の怒りと苦しみ】「本土はずるい」55年前の言葉は今も 73歳の思い 

 『news every.』18時特集 日テレNEWS  2022/05/21  16:59

【沖縄芸人】基地問題をコントに...タブーを笑いに変える葛藤「いつまでも米軍基

 地があれば」2022/05/16 ABEMAニュース【公式】 9:32

 お笑いを武器に基地問題を風刺する人気劇団の存在は若者の目を基地問題に向けさせるうえで重要な役割を果たしているようだ。重く、暗くなりがちなテーマなだけに貴重な取り組み。ぜひ、授業で視聴させたい。

【復帰50年】沖縄本土復帰に配られる予定だった「記念メダル」はなぜ配られなか

 ったのか(沖縄テレビ)2022/5/12 OTV沖縄テレビ 6:22

Q.なぜ記念メダルは配られなかったのか?

Q.「真の復帰」とはどういうことか?

映画『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』予告編

 2022/02/16 OTV沖縄テレビ 2:04

 ウチナーの心はなぜヤマトンチューに届かないのか?導入として見せたい。

【インタビュー】平良いずみ監督「リアル沖縄が主題なんですが、まずは沖縄のフ

 ァンになって欲しいという思いで作った映画」/15歳の少女が語る基地問題ドキュ

 メンタリー映画『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』

 2020/03/27 マガジンサミット 17:15

Q.菜の花さんが沖縄の現状に「ちむぐりさ」を感じる理由は何だろう?

 ※なお、この箇所ではyoutubeの動画で登場する図表の中に授業で利用できるものが多く見ら

  れる。しかしブログでは著作権の観点から図表の紹介は公的な資料を除き、掲載を控えることにし

  ている。授業で利用する際はスクリーンショットで動画の画面の図表を写し取り、トリミングして

  図表を拡大するなどしてからプリントに印刷しておく必要があるだろう。

RBC NEWS「ミサイル観測機「コブラボール」異例の長時間飛行」2022/05/01

 2022/05/01 【琉球放送】RBC NEWS 0:37

Q.コブラボールが嘉手納基地から長時間飛行に飛び立った目的は何?なぜ、この時に

 ミサイル観測が必要とされたのか?

Q.嘉手納基地の主な役割は何?

 

・沖縄と核

返還50年 沖縄の基地と核兵器【報道特集】

 TBS NEWS DIG Powered by JNN  2022/06/26 22:47

沖縄に生きて ~91歳の被爆者と「基地の島」~【ドキュメンタリー】

   広島テレビニュース 2023/07/19 

 沖縄にいる被爆者の問題に加えて沖縄と核兵器との関りが良く整理されている。どちらかと言えば沖縄における被爆者問題よりも沖縄における米軍基地と核兵器にかかわる映像の方が授業では利用価値が高いだろう。そこに限定して視聴させると良いかもしれない。

参考記事

日本国民に知られないように交わされた硫黄島「核密約」の具体的な中身

 現代ビジネス 酒井 聡平(北海道新聞記者) によるストーリー 2024.8.26

 沖縄に先立って返還された小笠原諸島も密約を通じて沖縄同様に核基地の役割を担

っていた。「密約」が既に公表された憲法や条約などを遥かに超える力を持ち始めた

時、法治国家は形骸化し、政治への信用は失墜するはずなのだが…

日本国民に知られないように交わされた硫黄島「核密約」の具体的な中身

 現代ビジネス 酒井 聡平(北海道新聞記者) によるストーリー 2024.5.30

なぜ小笠原諸島で「核貯蔵」が黙認されてきたのか…まったく不明だった「日米戦

 後史」の謎 現代ビジネス 酒井 聡平(北海道新聞記者)  2024.5.29

日本本土で実施できない米軍訓練が硫黄島で30年間行われている実態《すさまじい

 爆音は、島全体を揺るがすほど》 現代ビジネス

 酒井 聡平(北海道新聞記者) によるストーリー 2024.6.3

 沖縄返還に先立つ小笠原諸島返還時の日米密約において「核貯蔵」を日本は黙認していたようだ。これが沖縄返還時の密約にも踏襲されたと考えられよう。世界大戦発生の原因の一つとされて秘密外交の禁止が国際社会で叫ばれた戦後に、アメリカは相変わらず対米秘密外交を日本に対して強要していたようだ。硫黄島の問題は沖縄の基地問題の縮図としてあらかじめ触れておくと沖縄の現状への理解が一層深まるに違いない。

【原発と原爆】戦後日本の原子力問題 背後にあったアメリカの核戦略|ABEMAド

 キュメンタリー 2022/08/06 ABEMAニュース【公式】 54:18

 核問題、原発問題への隠蔽体質は民主党政権下でも牢固として変わらず。原子力への反発が強かった1950年代の日本の世論を僅かの間に原子力発電導入賛成に転じさせたのは一体、どういう人々だったのかが、問われるだろう。

有馬哲夫氏:正力松太郎はなぜ日本に原発を持ち込んだのか

 2011/06/26 videonewscom 6:22

阿波根あずさの沖縄観光チャンネル:衝撃的な内容の『沖縄と核』【#4 琉球・沖

 縄本レビュー】(2019/07/19) 13:32

・・・以下「沖縄と核」の記述も参考にポイントを列挙してみる。

・沖縄への核配備

 1953~54年、アメリカ政府(アイゼンハワー大統領)は敵対する中華人民共和国やソ連の脅威に対抗するため、ヨーロッパ及びアジアに核兵器を配備。沖縄ではまず伊江島が核戦略の中心とされ、核爆弾の投下訓練が繰り返されていく。背景には1954年3月のビキニ事件(第五福竜丸事件)による本土での反核運動の高まりがあった(翌1955年8月、広島で第一回原水爆禁止世界大会)。核戦争に備えて本土内に数多く配置されていた海兵隊は次第に沖縄への移動を余儀なくされていった。同時に核兵器も沖縄へ集中配備されていく。1957年にアメリカ文化情報局が日本人に対して行った調査で本土の人達の意識が沖縄への米軍基地配置に反発が小さいことを把握、1950年代後半、沖縄への米軍基地と核兵器の集中が加速されていった。

 ※1967年には沖縄の嘉手納基地中心に1300発ほどの核兵器が配備されていたという。

 沖縄への基地集中は「銃剣とブルドーザー」と呼ばれる強制的な土地の接収を伴い、農地や住居を失った住民の多くは困窮を極め、危険な演習場で薬莢や模擬爆弾を金属資源として回収して売りさばき、生活を凌ぐ者も多かった。中には爆発事故で命を落とす者もいたが、米軍の部隊記録には「・・・伊江島の二人のクズ鉄収集人が自業自得の死を遂げた」という冷淡な記述があるのみであった。

 他方で米軍の高圧的な接収に反発した人々は「島ぐるみ闘争」(1956年がピーク)を引き起こした。こうした事態に米軍は1958年、住民の不満に多少、譲歩することで軍用地の接収を容易にし、かえって沖縄への基地集中を加速させていた。しかもいつの間にか核兵器が本土などから沖縄に移され、沖縄は「核の島」と化していた。

 ※伊江島に関しての視聴覚教材にはRBC NEWS「阿波根昌鴻さんが写した伊江島住民の素顔」

  2022/02/21 【琉球放送】RBC NEWS 1:12、○戦後70年の地平から「伊江島での戦闘」

  2015/05/08 【琉球放送】RBC NEWS 8:26などがある。

隠されていた核事故

 1959.6.19那覇空港に隣接する基地に配備されていた戦術核(都市を壊滅させる攻撃的な戦略核に対して防御的、迎撃的役割を担う核兵器。この戦術核の登場はその使いやすさから核戦争へのハードルを下げ、かえって人類滅亡の恐怖を高めたとも言われる)の核ミサイル(ナイキ・ハーキュリー)が一基、水平の状態で誤射され、海中へ。沖縄ではただの事故として報道。しかし搭載されていた核弾頭は広島に落とされたものとほぼ同じ破壊力があった。もしも安全装置の不具合が重なり、核爆発を誘発すれば那覇市の過半が灰燼に帰す可能性は無きにしも非ず。当時の隊員の中には沖縄の人々に伝える必要があったと回想する者も。

 ※同年同月、現在のうるま市宮森小学校に嘉手納基地の戦闘機が墜落し、児童、住民合わせて18人が

  死亡、220人が負傷している。

・核兵器を楽しんだ子供達

 1967.1~3月読谷村の残波岬で核ミサイル(攻撃型核ミサイル「メースB」で1961年から配備が進んでいた。中距離弾道ミサイルで射程は2400㎞ほど。専ら中国の都市部やソ連のウラジオストクなどに向けられていた)の発射訓練が行われていたが、周辺の子供達は花火大会か航空ショーのような感覚でそれを楽しみにしていた。住民の誰一人としてそれが核ミサイルの発射訓練だったことを知らされていなかった(そもそもアメリカは国外に配置した核兵器の存在を肯定もせず、否定もしないという原則=NCNDを楯にして核兵器の機密保持と威嚇効果を狙っているので、沖縄に限らず、核兵器の情報の多くは基本的には公表されていない)。

 なお、沖縄には読谷村の他に勝連半島のホワイトビーチ、金武村(今は町)、恩納村にもメースBが配備された、各基地に8発のミサイルが備えられ、一発の威力は広島型原爆の50倍以上もあった。1962年のキューバ危機の際にはそれらのミサイルが発射寸前のスタンバイとなり、核ミサイルの一部は嘉手納基地からソ連と中国により近い韓国の基地に運ばれている。核ミサイルを運んだ元米兵はソ連や中国との戦争が始まれば真っ先に沖縄への反撃が集中的に行われ、沖縄が滅ぶことは不可避となると覚悟したとの証言を残している。当時、沖縄は世界最大級の核兵器基地であった。もしも沖縄への核攻撃があればアメリカ軍は自軍の核兵器の奪取を避けるべく、自ら沖縄の主要基地を爆破する作戦であったため、沖縄本島が完全な「焦土」と化してしまう可能性は決して小さくなかっただろう。

・核密約

 「核抜き、本土並み」、「非核三原則を沖縄にも適用」を口にしていた佐藤栄作首相(当時)は裏でアメリカに対して核兵器の撤去をお願いしたものの、国民には極秘で核兵器の再持ち込みは認めていた。2009年、佐藤の遺品整理で密約を記した記録が発見され、密約の存在が確認された。

Q.沖縄の核兵器は本当に撤去されたままなのか?

 A.一旦は撤去されたようだが、「一時的持ち込み」の可能性は否定できない。密約 

  と隠蔽ばかりで真相は藪の中。国民の知る権利は蹂躙されたままである。

Q.本土にも核兵器は保管、持ち込みされていたのでは?

 A.Yes.当然、その後も領海内や領空を核兵器は幾度も持ち込まれていると考える

  べき。残念ながら阿波根氏の見方は甘過ぎると言うほかない。実際、1966年に岩

  国基地で核兵器が保管されていたことが発覚し、1981年のライシャワー発言によ

  って核兵器搭載の艦船が日本の港に寄港していることは明か。 

  ⇒日米合同委員会というラスボス的存在が視野に入っていない。

中華人民共和国成立(1949年)⇒朝鮮戦争(1950~53年)、中ソ接近

サンフランシスコ講和条約(1951年)調印:吉田茂内閣

日米安全保障条約(1951年)・・・旧安保、日米行政協定、吉田・アチソン交換公文

 第1条「平和条約および安保条約の効力が発生すると同時に、米軍を日本国内およ 

  びその周辺に配備する権利を、日本は認め、アメリカは受け入れる」

 交換公文:日本は主権回復後も米軍への支援を義務づけられる

 「占領軍」から「駐留軍」へと名称が変わっただけで実質的占領状態は継続

Q.「米軍基地は日本国内のどこに配備できる?」

A.全土基地方式(日本国内ならどこでもOK)

Q.「その周辺とはどの辺りまでを指している?」

A.当時アメリカが念頭に置いていたのは沖縄、朝鮮半島、台湾、北方領土。

指揮権密約(1952.7.23)吉田首相と米軍司令官マーク・クラーク大将との口頭による密約。同様の密約が2年後にも結ばれている。

 ⇒戦争状態の下では自衛隊はアメリカ軍の指揮下に置かれる

 ⇒シビリアンコントロール(文民統制)の形骸化、日本の属国化

日米合同委員会密約(1953.9.29) 「日本国の当局は、所在地の如何を問わず米軍の財産について、捜索、差し押さえ、または検証をおこなう権利を行使しない」

 日米合同委員会:1952年発足。「日米合同委員会の研究」(吉田敏治 創元社)によるとアメ

  リカ側の言いなりで「密約製造マシーン」とも。本会議にはアメリカ側7人(内6人は軍人)、日本

  側6人(官僚)が出席。会合は月二回程度開かれる。話し合いの内容は国会に報告する義務も外部

  に公表されることも無い米軍が事実上の占領政策を続けるための、日本政府や裁判所を操る、不

  可視の「リモコン装置」的存在。この会議で決められた「密約」は国会や憲法をも上回る効力を持

  つという点で、明治憲法体制下の「憲法外機関」のような存在。国権の最高機関とされた国会が完

  全に無視されている事から日本は「半主権国家」、「半法治国家」に過ぎない。有事の場合には自

  衛他の指揮権が米軍に移るとされる現状の下で日本における「文民統制」もあり得ないし、三権分

  立などあり得ない。そもそも日米合同委員会自体、アメリカ軍のゴリ押しを実現すべく、日本の官

  僚が日本の法体系との矛盾を突かれないよう、表面的な帳尻合わせをしつつ密約を練り上げてい

  く、本質的な意味での対米従属機関に過ぎない・・・ということになる。

   今後、吉田氏や矢部氏の指摘が定説となれば、社会科教科書の記述は大幅に改められる必要があ

  る。カッパ個人としては吉田氏らの指摘でこれまでモヤモヤし続けてきた日本の戦後史の闇にパッ

  と光がさしてきたような感慨を覚えている。と同時に検定教科書への不信感が一層、増してきた。

  皆さんはどちらを信じられるだろう?

 ※参考記事

  ◎「戦後日本」のヤバすぎる現実…「東京上空」に存在する「奇妙な空域」の「衝撃的な正体」

   現代ビジネス 矢部 宏治の意見 2023.07.23

  ◎なぜ日本はこれほど歪んだのか…ヤバすぎる「9つのオキテ」が招いた「日本の悲劇」

   現代ビジネス 矢部 宏治の意見 2023.07.23

  ぜったいに「米軍」にさからえない「日本の悲劇」…なぜ日本はこれほど歪んだのか

   現代ビジネス 矢部 宏治 の意見 2023.7.28

  【速報】「大東亜戦争」と表現のSNS修正 陸自部隊の活動紹介「誤解を招いた」

   FNNプライムオンライン によるストーリー 2024.4.8

   沖縄の米軍基地が少しずつではあるが削減されつつある一方で、自衛隊の施設は急速に増えてき

   ている。自衛隊の体質に問題があるとすればこれは沖縄の新たな基地問題となりうる事象だろ

   う。自衛隊に潜むかもしれない、危険で古い体質から目を逸らせてはいけないことを今回の件は

   改めて気づかせてくれる。授業では「大東亜戦争」という呼称がなぜ問題視されるのか、生徒に

   考えさせることから始めたい。

 

 1953年以降、米軍基地建設のために「銃剣とブルドーザー」・・・強制的な退

  去と土地収用が本格化

・原発推進:「原子力の平和利用」の裏側

第五福竜丸事件(1954年)⇒本土での反米感情高まる⇒米軍基地、核兵器と海兵隊を

 沖縄へ集中させて本土の世論に配慮。しかし日本の核基地化と日本への原子力発電

 導入を推進していたアメリカとしては極めて困難な状況へ。

 そこで・・・1955年、正力松太郎、読売新聞を通じてアメリカの「平和のための原子力」キャンペーンに協力し、衆議院議員に当選。1956年、原子力基本法成立⇒

原子力委員会発足、初代委員長に正力就任。科学技術庁発足、初代長官に正力。原発建設地候補が横須賀から茨城県東海村に変更。1957年、岸信介内閣の国務大臣として原発導入を継続。

 正力は戦時中、大政翼賛会幹部で内閣情報局参与、貴族院議員、小磯内閣顧問等を

歴任し、戦後は岸信介らとA級戦争犯罪容疑者として拘留。しかし1947年にいち早く不起訴となり、釈放されるとたちまち「プロ野球の父」「テレビの父」(日テレ初代社長で、電通にも影響力)「原子力の父」と呼ばれる存在へのし上がる。背後にはCIA(テレビや新聞を通じてアメリカが都合の良いように日本人を洗脳する目的で岸や正力らをエージェントとして利用)がおり、やはりA級犯罪容疑者だった岸信介

児玉誉士夫博報堂に影響力)もCIAのエージェントとして登録されていたらしい。

 アメリカはソ連の急成長(1957年、「スプートニクショック」:ソ連、アメリカに先駆けて人類初の人工衛星打ち上げ成功)に焦り、日本を強力な「反共の砦」とすべく日本の再軍備と沖縄の核基地化を推進すると共に反共産主義キャンペーン、および原発導入推進キャンペーンを戦前から警視庁で活躍し、プロパガンダの得意な正力等に行わせていたと思われる。

 ※1955年9月、嘉手納基地の米兵が現うるま市の6歳の少女を暴行、殺害。

検証】第五福竜丸被ばくはアメリカの人体実験だった?ビキニ事件の真実|

 ABEMAドキュメンタリー 2022/08/13 ABEMAニュース【公式】 39:18

ジラード事件(1957) 群馬県で21歳の米兵が主婦を射殺⇒懲役3年、執行猶予4年

 の判決⇒2週間後には帰国(事実上の無罪判決)

・・・米兵は治外法権の対象

1954~64年にかけて米軍関係者による事件の受理人数は日本全体で48257人にのぼる。その内、

 訴されたのは2147人で全体の約4%に過ぎない。強姦ですら11%しか起訴されず、詐欺・横領・脅

 迫に至っては起訴率0%である。同時期の一般刑法犯の起訴率が45.4%なのでその10分の1にも満た

 ない。

アメリカ戦闘機墜落事故(1959) 宮森小学校に墜落、死者17人、負傷者220人

砂川裁判で東京地裁の判決:「在日米軍基地は日本国憲法第九条に違反」との判決が

 最高裁では「統治行為論」により覆される(1959)。実は事前に田中耕太郎最高裁長官がマッカーサー駐日大使(マッカーサー元帥の甥)と密会し、調整⇒最高裁長官自ら情報漏洩及び「司法の独立」を侵犯。実は日米合同委員会のメンバーが最高裁の判事となる慣例統治行為論は原子力発電の可否を巡る裁判などにも適用され、憲法の形骸化を「憲法の番人」たる最高裁自らの手で進めていた。

安保条約の改訂(1960年) 岸信介内閣:新安保、日米地位協定

 旧安保に無かった在日米軍の日本を守る義務が明記された。しかし実際は基地権密

 約などによって在日米軍に実質的な変化は見られない。

 「日米安全保障条約(旧)=日米安全保障条約(新)+密約

 「日米行政協定=日米地位協定+密約

 という方程式が成り立つようである(「日米合同委員会の研究」吉田敏浩より)。

 同書によるとアメリカ側はこうした条約改訂で日本政府のメンツをたてつつ、日米合同委員会での実務的詰めの作業を通じて「一歩後退、二歩前進」を図ってきたらしい。1968年と1973年、富士演習場が日本に返還された際も、返還は上辺だけで、年270日間は米軍が優先的に使用できるようになっており、しかも演習場の維持管理費等はすべて日本の負担とされたため、実際には米軍のメリットの方が大きいという。とすれば「日本とアメリカとの関係を対等なものにしていく」と言った岸首相の言葉も上辺だけの結果に終わっていると考えて良いだろう。

キューバ危機(1962)以降、核戦略の要に。対中国、ソ連を睨む要衝の地沖縄で人類

 存亡の危機がひそかに進行。

【ガレッジセール・ゴリ】“日本でもアメリカでもない時代の沖縄”を描いたワケ 

 2022/04/29 日テレNEWS 4:55

Q.沖縄の核と基地問題はどうなったか?

 

・本土復帰と核密約

【ガレッジセール・ゴリ】“復帰っ子”から見た沖縄本土復帰50年

 2022/05/16 日テレNEWS 3:24

沖縄復帰50周年 屋良朝苗と復帰運動の歩み(沖縄テレビ)2022/04/07 OTV

 沖縄テレビ 8:29

機密文書から読み解く日米の思惑 沖縄返還交渉【本土復帰50年企画】(沖縄テレ

 ビ)2022/01/07 OTV沖縄テレビ 8:02

 参考文献

  「徹底検証 沖縄密約~新文書から浮かぶ実像~」藤田直央 朝日新聞出版 2023

復帰50周年】不条理が続く沖縄県民 主権はいつ帰ってくるのか(沖縄テレビ)

 2022/04/14 OTV沖縄テレビ 9:14

「へいりの様に踏みにじられた」建議書 沖縄復帰50年、変わらぬ願い

 2021/11/23 毎日新聞 6:53

昭和のノーベル賞 非核三原則・沖縄返還などで日本人初の平和賞 佐藤栄作氏

 (1974年)【映像記録 news archive】2021/10/08 ANNnewsCH 9:23

外務省元高官が法廷で沖縄返還での密約の存在認める(2009/12/01) 

 ANNnewsCH 1:29

「核兵器めぐる日米密約は存在した」岡田外務大臣(10/03/10) 

 ANNnewsCH 1:50

沖縄返還「密約文書」不開示が確定 最高裁 西山元記者らの上告棄却

 2014/07/14 KyodoNews 2:46

【復帰50年】茨の道だった沖縄返還の時代の言論の自由を守るために闘った記者

 (沖縄テレビ)2022/5/17 2022/05/18 OTV沖縄テレビ 8:43

 ここでの導入としてはこの動画が使いやすいだろう。

西山太吉×宮台真司×神保哲生:偽りの沖縄返還を暴いた伝説の記者・西山太吉の遺言【ダイジェスト】 2022/05/14 videonewscom 10:33

衆議院で“復帰50年決議採択 基地負担軽減など政府に求める

 2022/04/28 【琉球放送】RBC NEWS 1:10

【世界一】具志堅用高が語る沖縄と本土「先輩は本土でアパートが借りられなかっ

 た」 2022/05/16 ABEMAニュース【公式】13:01・・但し7:10でカット

 返還後に変わった事とは何か、が生々しく語られているが、変わらなかった事についてはほとんど語られていない。

 

特集「沖縄返還を巡る問題点」

 佐藤栄作は当初、日中国交回復に熱心であり、沖縄返還にそれほどの関心は無かったと言われる。佐藤が沖縄返還に拘るようになったのは師と仰ぐ吉田茂の助言があったようだ。自民党総裁選で争う相手は経済政策で実績のあった池田勇人であり、池田に対抗して佐藤の独自色を出すには失われた国土の返還という愛国心を刺激する沖縄返還こそ、最適のスローガンだと佐藤も考えるようになったらしい(「沖縄50年の憂鬱~新検証・対米返還交渉~」より。以下も同書を参考としている)。

 1965年、池田の病死によって首相になった佐藤は早速、沖縄を訪問して「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、我が国にとって戦後が終わっていないことをよく承知しております。」と沖縄返還を公約する大胆な宣言を行った。ただし佐藤の狙いは決して沖縄の人々を喜ばすことではなかった。彼が最も恐れていた事態は兄岸信介が苦心して改訂した日米安全保障条約を見直しする1970年にあった。その時、50年安保の時と同様に再び安保闘争が高まり、左翼政党の台頭によってついには政権与党の座から自民党が滑り落ちてしまう・・・これこそが避けなければならぬ最悪の事態。この事態を回避するには国民の支持を集められる沖縄返還協定の締結を安保見直しまでの日程に上らせておく必要があったのである。

 アメリカ側としても反共産主義で親米派からなる佐藤政権は好ましい存在であり、日米安全保障体制の継続は沖縄の施政権維持よりも遙かに重視すべき課題であった。また沖縄での反米感情の高まりに苦慮してきた軍部内でも沖縄基地の移転論が出現していた。すなわちアメリカ側にも沖縄返還を巡って佐藤政権との交渉の余地が生じていたのである。佐藤は専らこの流れに乗って沖縄返還の手柄を挙げつつ、政権の維持を目指していたと言って良いだろう。

 佐藤の狙いに水を差したのはむしろ日本の外務省であった。当時の外務省は情報収集を怠っていたせいかアメリカの変化に気付かず、沖縄返還の可能性を低く見積もっていたらしい。結局、佐藤は返還交渉に後ろ向きだった外務省を見限り、沖縄問題等懇談会を1966年に創設。やがて若泉敬ら、密使を重用することになる。

 1967年時点で沖縄からすべての核兵器を撤去しても軍事的なダメージはない、とマクナマラ国防長官は述べているように、アメリカでは既に沖縄の施政権返還を「核抜き本土並み」という現実的な路線に据えて考えていた。佐藤が「核抜き本土並み」を口にしたのは1969年3月の事であり、これは密使の若泉敬がアメリカで収集した情報に基づき、佐藤が決断したもの。アメリカが率先して動き、それに日本が追随する形で沖縄返還交渉は進んでいたのである。

 佐藤自身は「相手が核を持ったならば、みずから核を持つのは常識的なことである」と1965年12月に発言しているように、根っからの反核論者ではなかった。しかし1969年1月、知日派のニクソンが大統領に就任すると沖縄返還交渉は加速していき、「核抜き本土並み」の返還交渉がアメリカのペースで詰められていく。受け身に立たされた日本は交渉の場でのしたたかな自己主張を欠き、「専守防衛」の原則を揺るがす決定を強いられていく。米軍による沖縄への核の再持ち込みと沖縄基地の自由使用である。

※その結果、自衛隊の役割は専守防衛から国際貢献に重心を移し、とりわけ対米貢献が主たる任務にな

 りつつあるようだ。特に安倍政権下での特定秘密保護法(2013年、武器輸出三原則の撤廃(2014

 年)、集団的自衛権の行使容認(2015年)はいずれもアメリカの要請に従ったものであり、日本は

 対米追従の度合いを強める一方となっていると言えよう。

 他方、佐藤政権は70年安保を見据えて沖縄の早期返還と核兵器の撤去を優先するあまり、核の再持ち込みなどの密約を飲まされてしまったようだ。1969年11月、日米共同声明で「1972年の沖縄核抜き本土並みの返還」が発表され、返還を喜ぶ声にかき消されたかのように70年の安保闘争は60年安保ほどの広がりを持つことは出来ずに収束する中で1970年6月、日米安保条約の自動延長が決定する。

 1971年(昭和46年)6月、沖縄返還協定が調印され、7月にキッシンジャーが訪中して米中間の対立が緩和された。11月17日、屋良朝苗の米軍基地削減を求めた建議書は日の目を見ること無く、返還協定は強行採決され24日、佐藤栄作は最終的に非核三原則を沖縄にも適用させるべきと決断。衆議院で沖縄返還協定の付帯決議として「非核兵器ならびに沖繩米軍基地縮小に関する決議」を議決した。

 1972年5月15日、沖縄、本土復帰。翌年、復帰を記念して沖縄特別国体開会非核三原則を示したことによって1974年(昭和49年)に、佐藤栄作はノーベル平和賞を受賞した。受賞理由と佐藤の実態との乖離から、ノーベル平和委員会が発行した記念誌の執筆者の一人であるオイビン・ステネルセンは「佐藤氏を選んだことはノーベル委員会が犯した最大の誤り」とのちに見解を述べた。実際、2009年(平成21年)になって沖縄に核兵器が持ち込まれていた事実が佐藤氏の遺品整理中、明らかになっている。非核三原則を表明した佐藤栄作は1969年(昭和44年)1月14日付で米国政府に送った公電で「非核三原則はナンセンスだ」と発言したことが、アメリカの公文書から明らかになってもいる。「核の持たず、つくらず」は堅持した上で「核の持ち込み」については日本の領土に配置を認めないが、日本の領海において寄港や通航を認めることを「非核二・五原則」と揶揄することがある。

・国是としての非核三原則の歩み

 1957年(昭和32年)に岸信介(安倍晋三の祖父)内閣総理大臣が「私はこの原子部隊を日本に進駐せしめるというような申し出がありました場合においても、政府としてこれに承諾を与える意思はもっておりません」と国会で答弁し、核兵器を装備した部隊の日本駐留を拒否する答弁を行った。

 核の持ち込みについて、日本政府は以下のような表明を行っていた。

・岸・ハーター交換公文において、日本への核の持込には事前協議が必要。

・事前協議が行われたことは一度もないので、核が持ち込まれたことも無い。

・事前協議があれば核持ち込みを拒否する。

 この見解は、1960年に旧安保条約から新安保条約へと改訂した際に、横路節雄の質問に対して岸内閣の防衛庁長官であった赤城宗徳が行った答弁から一貫して続いていた。1967年(昭和42年)に佐藤栄作内閣総理大臣が「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を打ち出し、衆議院において非核三原則を遵守する旨の国会決議が行われた。それ以降の歴代内閣は三原則の厳守を表明しており、非自民首相であった細川護熙、羽田孜、村山富市も遵守を表明していた。

 アメリカによる核の持ち込みの可能性について日本政府は「事前協議がないのだから、核もないはず」としてきたが、「核を持ち込ませず」が実際に守られていたかどうかは疑わしい点が多い(事前協議を行えば拒否されるのは明白だからそれさえもしない可能性がある)。日本政府は自国民にもあからさまなウソを堂々と繰り返し公言してきたということになろう。

 佐藤の密使を務めたとされる若泉敬が「1969年(昭和44年)11月に佐藤・ニクソン会談後の共同声明の背後に、有事の場合は沖縄への核持ち込みを日本が事実上認めるという秘密協定に署名した」と1994年に発表した著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』で証言した。

※若泉 敬(わかいずみ けい:1930年3月29日 –~1996年7月27日)は、日本の国際政治学者。沖縄返

 還交渉において、佐藤栄作の密使として重要な役割を果たしたとされる人物。「核抜き・本土並み

 返還の道筋が見えてきたところ、日米首脳会談直前の1969年(昭和44年)9月30日、国家安全保障担

 当大統領補佐官のヘンリー・キッシンジャーより、「緊急事態に際し、事前通告をもって核兵器を再

 び持ち込む権利、および通過させる権利」を認めるよう要求するペーパーが提示された(なお、密使

 としての活動で、若泉はコードネーム「ヨシダ」、キッシンジャーは「ジョーンズ」を用いた)。同

 年11月10日 - 11月12日の再交渉で、若泉は「事前通告」を「事前協議」に改めるよう主張、諒解を

 得る。この線で共同声明のシナリオが練られることとなり、11月21日に発せられた佐藤=ニクソン共

 同声明で、3年後の沖縄返還が決定されることとなった。

  なお若泉は極秘交渉の経緯を記した著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(文藝春秋、1994年)に

 おいて、核持ち込みと繊維問題について作成した日米秘密合意議事録の存在について触れている。同

 書によれば、佐藤とニクソンは、ウエストウイング・オーバルルーム隣の「書斎」で、二人きりにな

 って署名したという。この覚書は佐藤により持ち去られ、のち2009年(平成21年)に本人宅で発見

 された。『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』の上梓後、6月23日付で沖縄県知事・大田昌秀宛に「歴史

 に対して負っている私の重い『結果責任』を取り、国立戦没者墓苑において自裁します」とする遺書

 を送り、同日国立戦没者墓苑に喪服姿で参拝したが自殺は思いとどまった。

  その後、『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』英語版の編集に着手。完成稿を翻訳協力者に渡した1996

 年(平成8年)7月27日、福井県鯖江市の自宅にて逝去(享年67)。公式には癌性腹膜炎ということ

 になっているが、実際には青酸カリでの服毒自殺だった。若泉の自殺の報を聞いた大田昌秀は「核密

 約を結んだことは評価できないが、若泉さんは交渉過程を公表し、沖縄県民に謝罪し、『結果責任』

 を果たした。人間としては信頼できます」とコメントしている。

沖縄返還交渉:アメリカ政府と日本政府との裏取引・・・核密約

   「持ち込ませず」に疑問符、

 新安保条約の自動延長と沖縄・70年安保と学園紛争の敗北

  ⇒学校教育から政治色一掃(→政治学習の空洞化=主権者意識の後退)

   国防や安保を論ずることのタブー化→低投票率

  →組織票の比重大→自由民主党有利

  ⇒自国の防衛問題をアメリカと沖縄に丸投げ→安全保障体制の見直しが進まず、 

   防衛問題は他人事へ、沖縄の基地問題の不可視化、他人事化

安保闘争・反米闘争の衰退→なし崩し的な再軍備

  ⇒「日本における米国の好感度調査」(時事通信)によると

   1970年代の前半24%→1970年代の後半30%

    →1980年代前半39%→1990年代前半43%

    →2000年47%・・・アメリカの好感度は順調に上昇

Q.安保タダ乗り論についてどう思うか?

Q.本土にも核兵器は持ち込まれてきたのではあるまいか?

Q.日米安全保障条約を見直すべきか?

Q.日米地位協定を見直すべきか?

Q.自衛のための先制攻撃は可能か?

Q.憲法第9条の改正は必要か?

Q.非核三原則を見直すべきか?

※参考記事

「マイノリティーは存在しない」から四半世紀たっても…国連の勧告を突っぱね続

 ける日本 「今こそ学び直して」東京新聞 2024.6.17

 一体いつになったら日本は「人権後進国」の汚名を晴らせるのか。アイヌや沖縄への偏見、差別がどこに由来するのか、考えさせたい。

ロッキード事件を捜査した“カミソリ検事”堀田力氏が衝撃告白「P3C関係のやつは

   聴くなという、それが唯一の、尋問について私どもが受けておった命令です」

   「文藝春秋」編集部 によるストーリー 2024.10.10

   東京地検検事へのこの圧力が一体、どこからかけられていたのか…いずれにせよ日本が真の主権国家であることが疑われるのは、こうした件がいくつも存在しているからだろう。

 

※参考文献

・「沖縄50年の憂鬱」河原仁志 光文社新書 2022

 沖縄返還交渉の裏側で何が起きていたか…

・「在日米軍基地」川名晋史 中公新書 2024

 国連軍基地を兼ねた米軍基地の問題、という斬新な視点が極めて興味深い。

 

⑱校庭に潜むクギと学校事故

※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。

 

・辺野古転覆事故

参考動画

教員は乗船せず…状況明らかに 生徒死亡の高校会見 沖縄・辺野古 船2隻転覆2人死

    亡【スーパーJチャンネル】(2026年3月17日)    ANNnewsCH 3:24

    教員が一人も乗船していなかったという驚くべき事実が明らかとなった。そもそも女生徒の存在から見ても、また2艘で20人近くの人数から見ても各船に一人ずつ、せめて二人くらいは教師として乗船すべきであろう。ところが教師は一人も乗船せず、であった。呆れるほかあるまい。最悪の事態を前提にして生徒の安全確保を図るべき通常の教師の思考からすれば、まったくあり得ないレベルの大失態であり、最優先すべき安全面の配慮を疎かにした学校及び引率教員たちの責任は極めて重大である。

    沖縄への修学旅行ではかなり昔のことだが、高校生が潮に流されて死亡するという痛ましい事故があった。以後、マリン体験のほとんどを禁止する高校が出てきたのも個人的には頷ける現象であった。実際、私の経験ではホテルのプライベートビーチですら、生徒だけで散策することを禁じていた高校も20年近く前にはあった。

 当然、沖縄修学旅行の事前学習として海の怖さや海の危険生物、ハブへの注意などに関してもかなり詳細に触れてきた過去がある。生徒の安全を第一に考えるのが普通の教師のはず…ただ、進学校ばかり経験してきた教師の中には、ややもすれば「大勢の命を預かっている」という認識から来るはずの緊張感を欠き、教師自身がお気楽な行楽気分で引率している方が散見されたことは残念ながら事実である。

 もしかすると当該高校、私学でそれなりの進学校であるとすれば、聞き分けの良い生徒たちの存在によって教師たちがすっかり油断してしまい、生徒の安全確保に関してやや注意散漫になっていたのではあるまいか。

【小型船2隻が転覆】 現場海域では波浪注意報も「急な突風と横波」か 女子高校生1人

 と70代船長が死亡 沖縄・辺野古沖 日テレNEWS 2026/03/16 3:45

 あってはならない死亡事故であろう。当然、船を乗せた側の過失責任は重いが、学校側の責任も決して軽くはない。この動画では女生徒たちがスカートで船に乗り込んでいた可能性をうかがわせる場面が出てくる。仮にそうだとすれば指導にあたった教師たちの責任もまた厳しく問われることになるだろう。

 加えて修学旅行に際しては大抵の場合、事前に教師たちが下見をすることになっている。少しでも危険が予想される場合には特に念入りな報告が校長らにも届けられているはず。一体、どのような報告があったのか、まず確認すべきだろう。

 個人的には20年余り前、沖縄修学旅行の引率でグラスボートに10名余りの生徒たちと乗り込んだ記憶がある。確か12月頃だった。風が強くて波もかなり高く、船が大きく揺れて少し怖かったのを覚えている。ただし馬力のある観光用の少し大きめのボートなので、転覆する危険性はさほど高くなかったように当時は感じた。

 今回、転覆した船はそれよりも小型船であり、揺れは相当激しかったに違いない。船体の左右のバランスを保つべく、乗員を左右均等に配置していたとしても、大波で急激に船体が大きく傾いてしまえば、船べりを掴んでいた手が離れ、乗員は左右どちらかに偏って移動してしまう危険性がある。実はグラスボートの場合、中央に海底を覗くためのスペースがあるため、結果的に人が突然片側に移動できないよう中央部で仕切られており、船体がバランスを崩す危険性も少ない。しかし、今回の船はそうした仕切りの無い、普通の小型船に過ぎなかったようだ。

 つまり今回の船は波の状態によっては転覆する危険性が決して小さくはなかったと素人でも簡単に推測できるものであった。ならば、教師たちはせめて事前に生徒たちへ、イザという時に備えて最低でも上下ジャージ姿で乗り込ませる指導をとっておくべきだった。学校長の会見では海や船の事はよく分からないのですべて専門家=船長に判断を委ねていた、との発言があったが、教師としてあり得ない発言である。航空機の飛行に関してならば教師が責任を持てないのは分かるが、船の航行に関して教師がまったく分からない、では大人としての道理が通るまい。責任逃れも甚だしいのだ。

 もちろん、当日の天候を踏まえれば、船長は万が一を考え、出航を諦めるか、より安全な航路に変更すべきだったに違いない。とはいえ、引率教師たちもまた転覆の危険性を予知し、少なくとも事前に生徒たちへ何らかの注意を促す程度の指導はできたはず。たとえば上下とも全員ジャージに着替えさせる、という厳し目に見える指導であっても、それが結果的には生徒たちに転覆の危険性を予め察知させ、お行儀の悪い一部の生徒たちによる船内での危険行為を予防することにも多少は役立つはずである(もちろん事故に遭った生徒たちはおそらく全員お行儀が良いのだろうが…)。

 この事故、知床遊覧船のケースとは違って、船長や船を所有する団体などへ全責任を丸投げできる案件では決してない、と思うが、いかがか。

参考記事

<独自>私立高の修学旅行先、東日本18都道県で8都県が把握せず 平和学習に監督

     が及ばず 産経新聞 2026.4.2

 これはビックリする記事である。高校の修学旅行先の変遷は時代の流れ、流行も反映していて興味深いデータであろう。そのデータが公立高校に偏っている都道府県があるのは残念である。

     かつて修学旅行先と言えば関東ではもっぱら京都、奈良であった。もちろん歴史学習を主眼とし、寺社の見学がメインであった。やがて教育困難校では歴史学習をメインにすることの難しさから次第に東北、長野などへのスキー体験を加えたものへと旅行先を変えていく学校が目立ち始めた。また困難校ではない高校も、京都・奈良方面に加えて大阪・神戸、特にUSJをコースに加える高校が増えていった。同時に奈良での宿泊を辞めてしまった学校も多くなった。

     さらに修学旅行における飛行機の搭乗への制限が緩和されると、関東では2000年代から沖縄や九州への旅行が急速に増えていく。特に沖縄は困難校を含めて多くの高校が旅行先に選ぶようになった。

 今後は私学の無償化が進み、多くの公立高校が淘汰されて私学が大幅に伸長する時代になると見られる。旅行の安全確保のためにも、修学旅行に関して都道府県はすべからく私学にもきちんとした報告(事前、事後とも)を求めていくべきだろう。

辺野古転覆事故】女子生徒死亡の同志社国際の保護者が怒りの告白 学校側の船長を

     信頼の釈明に不信感 「学校と信頼関係が結べるのか心配です」

     NEWSポストセブン 2026.3.31

     …「去年の夏に学年主任と担任2人が沖縄に視察に行ったそうです。それなのに3人とも今回の船には乗らず、見てもいなかった。海上からの見学は2023年に始まり今回で4回目ですが、教員が(1日)2回の航行に同乗したのは2024年だけだったそうです。今回、引率した教員2人は波浪注意報が出ていたことも知らず、それで出航した。

 先発した船に乗るはずの教員は24日の報道では『体調不良』とのことでしたが、25日の説明では『乗り物酔いするから乗らなかった』。後発の船に乗るはずの教員は乗らなくても大丈夫だと思ったから乗らなかった、と。仕事をする気がなかったとしか思えない」…

 この学校の教員たちにはどうやら責任感の欠片も無さそうだ。次々と判明してくる教員の振る舞いには驚きを禁じ得ない。ただただあきれ果てるのみ。同じ教員とは思えないほどの無責任さであろう。おそらく修学旅行の下見に行った3人はタダで行けるラッキーな観光旅行としてひたすら旅行業者の接待を楽しんだだけではあるまいか。

 徹底的にこの学校の教師集団における安全に対する取り組みの問題点を洗い出し、修学旅行や学校運営のみならず、教師採用のあり方(もしかすると同志社の卒業生に偏っているのでは…)まで根本から見直すべきであろう。低レベルの「馴れ合い」ほど組織を腐敗させるものは無いはずだ。

辺野古沖の転覆死亡事故、学校側が「第三者委」設置…研修旅行の実施経緯や対応

     の問題点調査へ 読売新聞 2026.3.30

     学校法人として当然の対応である。とはいえ、はてさてどのような調査結果が出てくるのやら…何はともあれ、他校においても同じ轍を踏まぬよう、教訓として随所で役立てられるような、しっかりとした調査が行われることを期待したい。

沖縄・名護湾で高校生「ボートが沖に流され戻れない」、1人は自力で戻り3人を救

     助…教員は陸上で監視 読売新聞 2026.3.27

 まだ詳細は不明だが、辺野古沖での転覆事故があったばかりであり、しかも同じ名護市内である。辺野古の教訓を生かせないこの学校と教員の鈍感さ、安全意識の低さには唖然とさせられる。仮に生徒がボートに乗る場合は、教員が一緒に乗船するか、背が立つレベルの浅瀬で、かつ教員が泳いでたどり着ける程度の距離の枠内にとどめておくか、どちらかの安全措置をとるべきだろう。

 生徒が泳ぐ場合もボートと同様に離岸流によって沖合に流される危険性があり、通常は教師がボートに乗ってすぐにそばで救助できる状態を保つべきだろう。そもそも陸にいて安全確保できるのか、はなはだ疑問である。

 幸いに犠牲者がでなかったとしても、この学校名はすぐにでも公表すべきであり、同志社国際高校と同様に厳しく糾弾されるべき事案ではないか。長期休業中の外泊を伴う部活の合宿の場合には学校として事前に詳細な活動計画を記した報告書の提出を顧問には義務付けていたはず。特に東京から沖縄への長距離移動であり、海洋生物などの調査を行う等の内容が記載されていたはずである。当然、報告書の記載内容を管理職はどこまで把握していたのかも、気になる点だ。

 また、なぜ読売新聞は校名を発表しなかったのか、その理由についてきっちりと説明すべきである。と同時に学校側は顧問も含めてボートや遊泳の危険性について、事前にどれほどの指導をしていたのか、ただちに包み隠さず公表すべきだろう。仮にこの調査が以前から行われており、恒例となっていたとするならば、顧問への指導不足と見なされ、管理職の責任まで問われるはずである。

 またもや過去の教訓を生かせず、学校側の安全意識の低さが露呈してしまった事件である。なぜこれほどの意識の低さが当該高校で生じてしまったのか、今後の詳細な報道がまたれる。もちろん生物部の顧問と部員たちとの馴れ合いの中でついつい安全意識が欠如してしまった…との言い訳はもう世間的に通用するタイミングではない。

沖縄・辺野古沖 船転覆事故 過去にも教師乗船せず出航   テレ朝NEWS 2026.3.25

 案の定、この学校は過去にも同じ過失を犯していた。おそらく生徒と乗船しないことが教師の職務放棄とほぼ変わらぬ極めて無責任な行いである、という共通認識すらここの教師集団内には存在していなかったということだ。大人としての良識の有無が疑われる、というほかあるまい。この学校の危険性に対する鈍感さ、無責任体質を育んできた教師文化には空恐ろしささえ、感じてしまうのだが、いかがか。

 敢えて厳しい言い方をすれば、生徒たちの命を預かっている、という真摯な職務に対する恐ろしいほどの無知、慢心、怠惰がこの学校には浸透してしまっている…

 今後はなぜこのような無責任体制がこの学校で存続しえたのか、しっかりと究明する必要があるだろう。そしてこの学校が自らの無責任体質を完全に改められる間、この学校の遠足、修学旅行は全面的に中断されるべきである。

 とはいえ以下に列挙されている通り、日本の学校事故を省みる時、児童生徒の安全確保に対する配慮の欠落が日本の多くの学校で生じているような印象を受けるのは私だけではあるまい。だからこそ人権意識や防災意識、設備すら欠損だらけにもかかわらず、どの学校も平気で避難所を引き受け、結果的に避難民を苦しめてきた、受け入れ能力を度外視して多様性尊重のもと障がい者や外国人を普通の学校で無制限に受け入れてきた、津波に際しては大川小学校などの悲劇を生み出した、校庭に数えきれないほどのクギを放置してきた、批判をよそに人間ピラミッドによる死傷事故を平気で繰り返してきた…違うだろうか。

 この事故が物語るのは日本の学校教育の綺麗ごとの裏に隠されてきた本質的なうさん臭さ、欺瞞そのものではあるまいか。そしてひたすら教育予算をケチってきた日本政治の本質的な貧困が学校教育の欺瞞、偽善性を生み出してきたのではあるまいか。

「辺野古沖の抗議船転覆に思う 市民団体と学校の安全意識」 東浩紀

     Yahooニュース 3/24(火) 17:30配信 

    確かに私もこの事故をきっかけにして沖縄における米軍基地への反発や平和学習自体を貶める発信が急増しているように感じている。そしてこの事故の本質は安全への配慮義務に欠けた団体と学校の問題にあり、東氏の指摘するように、反米基地闘争や平和学習全体を否定する材料に利用することは許されまい。それは事故から得られる教訓を捻じ曲げ、ひたすら政治利用せんとする扇動家のやり方である。

 私としてはあくまでも元教師としての観点に立ち、このような学校事故が二度と起きないよう、重要な教訓をここから得たいと切に願っている。そのためにも学校側の安全意識の様相を深掘りしたい、という考えのもと、発信している。改めて言うまでもないことだが、沖縄の米軍基地問題は現在においても極めて深刻であり、未解決の部分もまだまだ大きい。また沖縄戦の悲惨さから私たちが学ぶべきことは多く、沖縄修学旅行に平和学習を取り入れるのは高校教育の一環としてごく当然の内容ともいえる。以上の点はこの件をめぐる議論の前提として決して見誤ってはなるまい。

引率教員の不在は体調不良のため 他の教員も代理で乗船せず 同志社国際高が釈

    明 産経新聞 2026/3/24

    代理だから乗船せず、というのは何一つ釈明にはなるまい。代理だろうが何だろうが、引率教員が生徒たちと乗船することはマストである。自分たちだけ安全な場所にいて、生徒たちばかりを危険な目に遭わせてしまった責任は余りにも重大。

 あらかじめ決められていた教員がなぜ二人も同時に体調不良になってしまったのか、代理の教師たちはなぜ乗船しなかったのか…元教師からすればかえって強い疑念と不信感が次々と湧いてくる。

 仮にやむを得ない理由があって教師たちが乗船できないのであるならば、波浪注意報が出ていた状況を踏まえて生徒たちだけの乗船を中止する、といった大人としての判断も十分有りえたはずである。生徒の命に係わる重大な判断を安易に船長らに丸投げする…といういい加減なレベルで教員らが判断をしたとするならば、彼らも校長と同様、教師として、大人としてまともな責任感があるとは思えない。

 やはりこの学校、教員集団、どこかが狂っているに違いない。もしかするとこのコースを始めた時から現在に至るまでの間に、教師が乗船しなかったケースが複数存在していたかもしれない。また旅行前、このコースの下見を繰り返し、教師たちはしてきたはず。下見の際、教師たちは乗船したのか、乗船したとすればどのような報告が引率教師らに提供されてきたのか…早急にその実態を過去にまで遡って調べ、保護者たちに納得できるような、具体的かつ詳細な説明を学校側は行うべきだろう。

 学校側は事故現場で誰がどのような判断をしたのか、判断の根拠も含めて詳細に説明する必要がある。とすれば保護者への説明会ではもはや校長だけではなく、引率教師たちによる釈明も求められるべきだと私は思う。

修学旅行に絡む児童生徒死亡、20年間で全国で計22件 同志社国際高マニュアルの不

    備は 産経新聞 2026.3.24

 高校側のマニュアルがどのようなものであり、なぜ、教員が生徒たちと一緒に乗船しなかったのか、等が報道を通じて詳細に明らかとされない限り、この事故は今後の教訓とされることなく、瞬く間に忘れ去られてしまうだろう。そして残念ながら高校側の修学旅行における安全確保に関わるマニュアルは私の知る限りいまだに報道されていない。なぜ、学校事故の教訓がこれまで生かされてこなかったのか、その理由がこうした表層的報道のあり方や学校側の自己弁護的、自閉的姿勢にも見え隠れしているのだろう。

    …医療費や見舞金が給付される「災害共済給付制度」。この制度を運営するJSCのデータベースによると、平成17年~令和6年度に学校行事中の事故で死亡見舞金を支払った事例は計87件あり、このうち修学旅行は計22件…と記事にある。JSCという組織のデータ(日本スポーツ振興センター「学校等の管理下における死亡見舞金の状況」)を参照しなければ、学校教育下での死亡事故の統計はほぼほぼ確認できない点にまず大きな問題があるだろう。つまり、報道側や学校側が自らの手でよほど積極的に学校事故の事例や統計を探さない限り、事故の教訓を学ぶことは出来ないのである。ここには厚生労働省と文科省と縦割り行政の弊害もあるのかもしれない。

    「校庭に放置されるクギ」問題や「人間ピラミッド」問題などがこれまで長らく放置されてきた背景にも、学校事故の統計や事例集が多くの教師たちにしっかりと共有されてこなかった、同じような構造があると私は感じている。

    このような状況下では、修学旅行などの学校行事における安全マニュアルが漠然としたものになりがちなのは当然である。具体的な事故の事例と統計が示されないままでの抽象的な注意点の羅列が説得力をもつはずはない。

    沖縄ではカヤックなどでマングローブの湿地帯を見て回る体験学習が人気となっている。波のほぼ無い浅瀬が多く、命の危険まではあまり無いだろうが、それでもカヤックの漕ぎ方や転覆した際の対応などは業者から事前にそれなりの時間をかけて指導されている。当然、救命胴衣は必須である。修学旅行におけるカヤックの死亡事故はこれまで報告されたことはあるのだろうか。おそらく無いはずだ。

    マリン体験は沖縄修学旅行においてこれまでも生徒たちにとって大人気コースとなっており、それだけに学校側は安全確保に対して細心の注意を払ってきたはずである。業者側もそれなりの事故事例と教訓を共有してきたに違いない。

    今回はそうした観光業者ではない団体が、安全性に大きな問題のある小舟で、しかも波浪注意報の出ている外洋に出てしまっている。加えて元教師としては驚き呆れることだが、教員が一人も乗船していない。

    これほど杜撰なコースを学校側は何ら疑問を持たずに設定し、何年もの間見直すことも無く漫然と繰り返してきた…そのこと自体がそもそも常識的な安全マニュアルから完全に外れている、余りにも非常識で無責任な行為であることはもはや疑いようが無い。これは生徒の安全確保を最優先すべき学校としてあるまじき大失態である。

    ならばなおさら学校側の安全への配慮を欠いたコース設定は、その意思決定の経緯の詳細を含めて公開されるべきである。そして多くの学校の教訓となるよう、その情報はしっかりと共有され、末永く記憶されていくべきではないのか。

「平和丸」船長の男性、記者の呼びかけに応じず 辺野古沖転覆で11管が実況見分 

    産経新聞 2026.3.22

 この件に関する報道のあり方にやや違和感を覚える。もちろん船の運航に関わった団体の責任は極めて重大であり、報道各社が責任追及を続けること自体はマスコミとして当然のことではある。しかし、高校側の安全に対する認識の甘さにも、もっと鋭い追及が行われてしかるべきではないのか。

 加えて学校が沖縄での平和学習を重視していることに疑問を持ち、批判する文脈での発信も目立っている。特に辺野古への基地移転を反対する勢力への攻撃材料としてこの件が利用されている傾向には危うさを感じる。

    この件で学校関係者が重点を置くべきなのは、この件の教訓を生かして同じような事故の発生を未然に防ぐことだろう。今後の修学旅行のあり方を考える上でも、元教師の私としてはそこに徹底的にこだわりたい。

 なぜ、教員は生徒と一緒に船に乗らなかったのか、7つのコースにどのような教員を引率者として配置したのか、事前の引率計画はどのようなものだったのか、旅行団のトップは計画に対してどのような点検を事前におこなっていたのか…学校関係者として知りたいことは山ほどあるのだが…私の疑問に答えてくれるような報道がいまだになされていないように見えるのは極めて残念である。

辺野古の船転覆 海の危険甘く見た学校の責任 読売新聞 2026.3.19

辺野古転覆 学校側の甘い安全対策浮き彫り 船長任せ、教員乗船せず、「抗議船」説

    明なく 産経新聞 2026.3.20

    平和学習の内容に関する疑義は確かにあるが、ここでは詳細な内容や意図、事前学習からの流れが不明なので言及しない。ただし抗議船に乗ることと平和学習とは必ずしも直結しないし、平和学習という高尚な目的の陰で慎重に慎重を重ねるべき安全への配慮が教師側に欠けていたことはもはや疑いようがあるまい。

    平和学習の具体的内容をしっかりと把握できていない校長の釈明会見は、どこか漠然とした言い訳ばかりで、他人事のようにしか聞こえてこなかった。結局は管理職として安全への配慮が大きく欠落していた、という印象だけしか伝わらなかった。これでは事故の原因究明と再発防止に役立つ具体的な情報が余りにも少ない。

 今後は引率教員の責任者が事前にどのような安全確認をしていたのか、詳しい報告が必要とされてくるに違いない。なぜ小舟への乗船という安全への配慮を要するコースに37人もの生徒を割り当ててしまったのか、なぜ、たった2人の教員しか引率させなかったのか、なぜ、教員は乗船しなかったのか、教員の配置の決定、役割分担はどのような考えのもとに決定されたのか、旅行団の団長(副校長?)及び学年主任はどこまでこのコースの内容を把握していたのか、安全への配慮を教師たちへどこまで求めていたのか、特に乗船組の引率を任された2人の教員のおよその年齢と性別、水泳能力の有無についても学校側はしっかりと隠すことなく公表すべきだろう。

 

参考記事

横浜市中学校給食、「いま」を見ず減らなかった異物混入    産経新聞 2026.3.26

 …横浜市ではデリバリー方式による中学校給食での異物混入などの報告が昨年度1年間で342件あった。今年度も2学期までに275件と減る気配はなく、そのうち「重大な健康被害に至る可能性がある混入」が6件。いつ深刻な被害が現実のものになっても不思議ではない状況が続く…

 なぜ横浜市教委が即座に動かないのか、理解に苦しむ事例である。給食への異物混入は児童生徒の健康と安全に直接的にかかわる重大事件であるはずなのに、事態の改善が一向に見られないのはなぜなのか、なぜ、市民は声を上げないのか…疑問は尽きない。

    「髪の毛が混じったご飯」「カメムシが入ったすまし汁」…被害者の中学生たちが給食の時間をどのような気持ちで今も過ごしているのか、市教委は本腰を入れて一度でも調査したことがあるのだろうか。このような状況のままで皆さんは自分の子を横浜市の中学校に進学させたいと思うのだろうか。

 子ども不在、生徒全員を見事に置き去りにする教育行政…横浜市教委、どうみても凄すぎる杜撰さ、無責任さである。

【速報】小4男児死亡プール事故、当時教諭だった女性(27)に禁錮1年4か月・執行猶

    予3年有罪判決(高知地方裁判所)当時は体育主任として現場に、業務上過失致死の

    罪に問われていた KUTVテレビ高知 2026.3.25

    まだ校長らの判決が出ていないので、判決に対する全体的な判断は控えるべきなのだが…「禁錮1年4か月・執行猶予3年」の高知地裁の有罪判決…余りにも残酷な判決に対し、元教師としてはひたすら慄くしかない。

    音楽部担当の若い女性教師(現在27歳)が突然、学級担任とともに体育科主任とされてしまった事自体、専門性と経験や年齢を無視した極めて異常で惨酷すぎる人事である。そもそもこの非道な人事を承認してしまった管理職の責任は極めて重大であろう。判決には若い女性教師の弱い立場が基本的に考慮されておらず、残念な判決というほかあるまい。このような判決がまかり通るようであるならば、今後、高知県の教員不足はさらに悪化するに違いない。

 小学校のプールの故障が事故のきっかけを作っている(前任者の管理責任があるはず)、女性教師が中学校のプールでの水泳授業に不安があることを校長に訴えていた(教育委員会と相談するという動き以外にも校長にはできることが沢山あったはず)、残業時間が月に50~100時間であった(学級担任が自分の所属以外の学年の授業を受け持ち、しかも専門外で初めての教科を主任として担当するというハードルの異様な高さ)…こんな過酷さの中で一体、誰が働きたいと思うだろう。

 この人事ではむしろ起きるべくして起きた事故ではないのか。未経験な若い女性の責任を情け容赦なく問う地裁の冷酷極まる判決には絶望しか感じない。

卒業式の最中に3年生全クラスで現金窃盗、実は昨年末にも数万円盗まれる被害…

    やはり教室以外で授業中 読売新聞 2026.3.18

    卒業式等の学校行事中に現金などの窃盗事件が発生する学校は決して少なくない。個人的には毎日のように窃盗が発生していた学校に長くいたので、基本的な対応の在り方は困難校の場合、ほぼ共通していた。卒業式の間、全教室を施錠しておく、というやり方である。教師たちが各教室を巡回できるほど、教師の人数は余っていないので、ほぼこのやり方しか思いつかないはず。

 過去の経緯からして当然、件の学校でも同じやり方で式に臨むべきだっただろう。なぜ、各教室を施錠しておかなかったのか、学校側の対応の不備が厳しく問われるに違いない。

 なお、とある高校でかつて授業中での火災報知機のイタズラが30分くらいの間隔で発生していた時期があった。そこでやむを得ず(消防法等、法的には多少の問題があるだろうが)、その高校では消防署に通知して一定時間、火災報知器の電源を切っておく、という対応をしばらく続けていたことがあった。また同じ高校だが、生徒たちが徒党を組んでいくつもの消火器を噴霧させ、4階の窓から階下に投げ捨てる事件があった。このため、しばらくの間、消火器をすべて学年室に集めていたこともある。さらにはトイレでの恐喝やナイフによる傷害事件があったため、最終的には男子トイレのドアを外しておく、同時にトイレの鏡や電灯のスイッチが再三、壊されてしまうので、トイレの鏡やスイッチを撤去したこともある。

 学校に警察を頻繁に入れることをためらう管理職や教員は少なからず存在するが、教師の力だけではいかんともしがたい場面、タイミングは学校によっては少なからず訪れる。とりわけ危険なタイミングは、高校入試、入学式、卒業式、体育祭、文化祭、遠足、修学旅行であろう。遠足や修学旅行では警察の導入が難しいが、それら以外は地元の警察署の協力で年によっては校門付近や校内を巡回していただいた。

 とりわけ厳しい状況の高校では校外の高校生と同世代のヤンキーが侵入してくるだけではない。大人の犯罪者が来校してくる場合(組関係に限らない。後に殺人事件を起こした人物が乱入してきた事もあった)もある。時には警察の力に頼らなければ生徒だけでなく、教師の安全も守れない…そんな学校も実際にはあるのだ。

一部の得意な子のために「みんなで」やる必要はない…教員が「校内マラソンもドッジ

    ボールも害」と語るワケ プレジデントオンライン 松尾 英明 2025.7.23

 まったく同感である。校庭のクギすらまともに撤去できないブラックな現状の中で敢えて危険性のある競技をする必要もあるまい。

ひろゆき氏「代わりに払います」 小学生に22万円の賠償命令で保護者に呼びかけ

   「マジでかっこいい」の声 sirabee 2025.1.17

 ルールを守ろうとしない老害そのものの高齢者が我が物顔で校庭に侵入して児童とぶつかり、ほとんど自己責任でケガをしたのに学校や保護者を相手取って訴訟を起こす、という珍事であるように見えるのだが、いかがか。高裁の真っ当な判決理由とわずかな額とは言え高齢者の要求に屈して保護者の賠償を認めた判決との間に横たわる矛盾は極めて大きいだろう。ひろゆき氏が判決に憤慨するのも頷ける。

 この判決についてどう思うか、まずアンケートを通じて生徒たちにたずねてみたい。アンケートの結果が出次第、議論に持っていくと面白いだろう。

 論点は判決の是非以外にもある。ひろゆき氏の提案である。22万円をひろゆき氏が肩代わりするのはいかにも筋違いと考えるが、いかがか。さかのぼればルールを守れない高齢者に放課後の使用を許可してしまった校長の判断ミスと、使用時間を守らなかった高齢者への使用許可取り消しを即座に実行しなかった校長の怠慢、という二点において学校側の責任は決して軽くはあるまい。22万円を高齢者に払うとすれば、それは保護者でもひろゆき氏でもなく、そもそもの原因を作った校長が払うべき金額であろう。もちろん保護者も児童も基本的に賠償責任は無いと私は考える。ただし児童が故意に高齢者とぶつかってしまったならば話は完全に振り出しに戻るが・・・

 そもそも、教師たちの勤務時間内である限り、放課後の校庭はもっぱら児童たちのものであるべきではないのか。各地の公園などで遊び方への様々な厳しい規制が設けられてきた現在、放課後の校庭くらいは学校側の責任においてできるかぎり危険を排除した上で、子どもたちの自由に任せてやりたい。少なくともルールを守れないような高齢者に校庭を明け渡す理由など一つもあるまい。あくまでも校庭は児童生徒のために設計され、運営されてきたものなのだ。放課後の校庭の意義がよく理解できていない校長の方にこそ、大きな問題が潜んではいまいか。

高校サッカー試合中落雷事故「予兆なく発生」も指導教諭らは注意義務違反? 悲劇

 防ぐ 「ためらわない」判断力 弁護士JPニュース によるストーリー 2024.4.10

 この悲劇的な事故を不運な出来事と捉えているうちは落雷による悲劇を防ぐことはできないだろう。屋外で行われるスポーツはすべて同じ危険性をはらんでおり、児童生徒自身の判断での回避が難しい条件下では顧問の判断が生死を分ける。したがって顧問の責任は極めて重大であると考えざるを得ない。

 実際、落雷の予兆を察知するのは非常に難しく、特に相手方のある試合等の中断を判断するのに悩まされるケースは多かった。とりわけせっかく苦労して日程を組み、時間をかけて会場を整備した公式試合ともなれば会場責任者の決断は苦渋に満ちたものになるかもしれない。しかしその苦渋は児童生徒たちの命と比べればまったく価値のないものに過ぎないはず。判断を渋って避難の時間を遅らせることが絶対にあってはならないのだ。

 とはいえ学校におけるこうした事故が後を絶たない背景に教師たちの過重な負担があることは間違いあるまい。顧問たちの家族を犠牲にして休日に行われる公式の大会は雨天順延が原則。つまり順延となればその後の個人的な予定はキャンセルされ、家族の不満は募る一方となる。家族の行事が基本的に順延できない性質のものだとしたら猶更である。

 また平日に順延されれば顧問は急いで自習課題を用意し、学校に連絡して自習監督を依頼することになる。つまり試合は期限内に必ず実施されなければならないため、雨天等の順延は間違いなく顧問たちの負担を増やすことにつながるのだ。こうしたことが予想されるため、大会責任者が時に土砂降りとなっても試合を続行することすらかつては少なくなかった。そうした危険をはらむ判断に対して責任者以外の顧問たちが意見することは、責任者の気持ちを忖度するときわめて難しくなるのは心情的に理解できる点がある。

 しかし結論から言えば落雷の危険性が少しでもある場合は中断や延期の判断を遅らせてはならない、ということになるだろう。そうした決断に強い抵抗感や無理を感じる人ならば運動部の顧問を辞めるべきなのである。最悪の事態は試合の延期などではなく、事故による児童生徒への被害の発生なのだ。

 ただし以上の結論は正直に言えば教師の心情からみてあまり現実的ではないようにも思える。つまり多少の危険を承知の上で無理をしてでも日程を消化してしまいたい、という強い欲望に逆らえる教師はそう多くないのではあるまいか。実際、自分の経験でも落雷の危険を感じて練習や練習試合を中断したことは何度かあった。生徒を校舎内に避難させた途端に落雷と土砂降りが始まり、かろうじて間に合ったことにホッとした時もあった。しかしよくよく考えてみればその時、既に手遅れになっていた可能性は決して低くなかったはず。

 ほとんどの顧問は実際のところ結果的に運が良かったために事故に遭わずに済んでいただけなのではないのか。ただ単に落雷の被害に遭う確率の低さゆえに事故に遭わずに済んできたのだとすれば熊本での事故の責任をかの顧問に問う資格など私にはあるまい。私が事故に遭わずに済んだのはやはりただの偶然に過ぎないのだ。決して雲行き、天候の急変を見抜く力があったわけではない。

 根本的に考えれば今の教師のブラックな働き方においてはこのような事故を完全に防ぐことなど不可能に近いだろう。仮に個々の顧問の責任が問われないようにするとしたならば、雷注意報が出された時点で屋外におけるすべての学校スポーツの中断を求める絶対的指令を情け容赦なく機械的に出すほかあるまい。個々の顧問の判断に任せているから事故が生じてしまうのだ。ただし誰がその指令を出すのか…どの地域を限定して出すのか…指令はいつ解除されるのか…等々、実施上の難点は少なくない。

 ならばいっそのこと、高校を含め、すべての部活動を地域社会に完全移譲するのはどうだろう。今はそれしか児童生徒と教師たちを守る手段は無いのではあるまいか。地域社会に移譲できれば指令の主体は自治体であり、責任は市町村が負えばよい。いかがだろう。

 たとえば以上のことをぜひ授業を通じて生徒たちに考えさせたい。これは多くの生徒にとって他人事ではない悲痛な事故であり、かなり真剣に考えてくれるはずだ。

小中高校の死亡事故456件、7割が国に未報告…文科省が指針改定で学校の調査

   対象や方法を明示 読売新聞 によるストーリー 2024.2.27

小中高校での死亡事故報告が不徹底、盛山文科相「改善が望まれる」…今年度内に 

   指針改定へ 読売新聞 によるストーリー 2024.2.27

 悲惨な学校事故がなぜこうも繰り返されるのか、これまで幾度も疑問が呈されてきたが、その都度、教育委員会や校長から事故発生の原因究明と再発防止に努める、との聞き飽きた形式的な声明が打ち出されてきただけ。

 今回、その背景はいまだボンヤリとしているが、しかし学校教育の闇の奥がわずかながら透けて見えてくるような衝撃の事実が判明したようだ。

 死亡事故ですらそのほとんどが国に報告されておらず、事故防止の教訓が学校現場で広く共有されることすらなかった…尊い命の犠牲が長きにわたってほとんど学校現場に生かされることなく徒に埋もれてきた…この事実が何を意味するのか、誰しもが考えれば考えるほど学校、教育行政側の対応に見られるあまりの無責任さ、杜撰さに怒りは収まらなくなるに違いない。

 記事では学校の忙しさが未報告の理由に挙げられているが、この件に限ってはその手は通じないだろう。間違いなく学校業務の優先順位の第一位は児童生徒の安全確保であり、その命を守ることである。まして死亡事故ならば文科省への報告が必須となるのはもはや疑問の余地無し。また当然のことながら学校教育には死亡事故がつきもの、といった時代遅れで無責任極まる野蛮な認識は今時、世間の共感を得られるものではない。

 通常、学校での事故による児童生徒のケガが発生した場合、関係するクラス担任や顧問などの教師は学校保健の手続きのために、事故の発生場所、日時、状況、経緯、考えられる主な原因…などを所定の用紙に記入して保健室へ提出するように義務付けられている。私としてはその後、用紙は学校保健の手続きだけにとどまらず、コピーされて関係部署に送られ、学校事故の統計などの資料に有効活用されているものと考えていた。

 もちろん学校保健上での全国的統計はこれまでもなされていただろうが、同時に事故の多い体育の授業や運動部の指導、体育祭などにそのデータは事故再発防止のためにしっかりと活用されているものとこれまで思い込んできたのだ。

 一体何のための書類作成だったのか…完全に裏切られた気分である。

 体育祭などでの人間ピラミッド、騎馬戦、特定の部活や体育の種目でなぜこうも執拗に重大なケガや死亡事故が繰り返されてきたのか、その反省が十分に生かされてこなかった理由の一端はこれでハッキリと示されただろう。冷静に振り返れば確かにこれまでの学校現場では事故発生の状況や原因についてのまともなデータが完全に不足しており、教師間でのデータの共有はほとんど無かったといって良い。もちろん当事者であった自分の認識の甘さ、迂闊さは遅ればせながら深く反省すべきである。

 一般教職員、さらには教育委員会や学校管理職にある者たちの児童生徒の命、安全に対する認識と関心の欠如がまずは指摘されよう。さらには学校側の落ち度を探られないよう、事故発生の本質的要因を探られないようにするための姑息な隠蔽体質が学校教育村の隅々まで蔓延している…ということに改めて気付かされる。

 こうした教育行政の古くて閉鎖的な体質が他方で学校でのイジメをもはびこらせ、教師による暴言、体罰、シゴキを温存させ、終いには組織ぐるみでの事件の隠蔽をはびこらせてしまった大きな要因なのはもはや疑いようもあるまい。

校・園庭から くぎ3917本除去 金属探知機で足立区が点検

   東京新聞 2023.10.21

    この数字をどう評価するのか、アンケートをとって生徒の印象をまとめてみるのも良いだろう。さらに、なぜこのような杜撰な安全管理が教育の世界でまかりとおっていたのか、原因をできるだけ多く挙げさせたい。また主たる原因はどれなのか、意見を集約してみよう。以後、どれが主因なのか、のアンケート結果をもとにグループ分けし、検討をしていくための材料探し等を通じて、各グループで主因の深堀りをさせていくと面白いかも。

小学校校庭の大量くぎ問題 実効性ある安全点検は「学校任せ」でよいのか

 東京新聞 2023.6.19

 案の定、校庭の釘放置は都内各所で確認されている。都や区の教育委員会の指導がこれまでどうだったのかが、厳しく問われよう。小学校では近年、相次いで英語や情報といった新しい授業が導入され、教師はその対応に追われている。確かに多くの教師たちには時間的、体力的余裕がない。しかし本来、児童生徒の安全確保ほど教師が優先すべき作業・点検項目はないはず。教師のゆとりが無いからといってこれを業者任せにする発想はどう考えても芳しくないだろう。むしろ教師たちが校庭の安全点検をきっちりと行えるだけの時間的、体力的ゆとりを確保していくことこそが最も優先される課題と思うが、いかがか。

 安全性の確保・点検は校庭だけではなく、当然、各種教室や階段、駐車場、体育館、遊具、U字溝のフタなど、学校の隅々まで実施できなければなるまい。児童生徒と日常的に向き合っている教師でなければ、目が行き届くことの難しい箇所だって少なくない。様々な施設・用具があり、死角の多い学校空間である。

 ごく短時間しか学校に来られない業者が児童生徒の予想しがたい動きをも想定した点検ができるのか、疑わしくはないだろうか。たとえ予算がついて特定の業者に任せられたとしても、本当に実効性のある安全確保など外部の業者には極めて難しいと思うが、いかがか。

 もちろん、児童生徒の健康や安全確保を最優先する心構え自体が従来の日本の学校には圧倒的に欠けていた側面があることも否めないだろう。深刻な組体操の事故が相次いでいても決して止めようとしない学校はいまだに少なくない。また暑い日であるにも拘わらず敢えて運動会や長距離走を強行したり、蒸し暑い体育館で長時間にわたり全校集会、学年集会を強行して大勢の児童生徒を体調不良に陥れることを繰り返す学校も少なくない。

 今や傷害罪に問われるかもしれないような、我慢大会と化した学校行事の数々…そうした戦前からの集団主義的、鍛錬主義的な教育の在り方は時間をかけて徹底的に見直すべきであろう。そしてそのためにこそ、教師たちには児童生徒の健康と安全を確保する地道な点検作業だけはむしろ万難を排してでもすべからく、怠りなくやり続けていくべきである…今後、様々な学校事故を少しでも着実に減らしていくにはそれしかあるまい…と思うのだが、いかがだろう。

 実は学校でのケガ、体調不良の発生を安易に児童生徒の自己責任・自己管理能力の欠如と決めつけるような、学校事故・事件の当事者意識に欠ける教師は現在も決して少なくない…というのが私の正直な実感である。

校庭のくぎ問題、続々見つかる 江東、北、江戸川区の小中学校、幼稚園などから

 計1236本 東京ニュース 江東区 2023年6月1日

 何と校庭への釘放置問題は杉並区にとどまらず、北区、江東区、江戸川区でも広範に確認されたという。私としてはビックリ仰天の出来事なのだが、おそらく他の区でも、いや全国の学校でもこれは少なからず露見してしまうようなありふれた事象なのであろう。

 だとすればこの問題は日本の教師たちが普遍的に抱える、子供たちに対する人権感覚の低さが学校風土全体にはびこっていることを示しているのかもしれない。でなければ20年近くもの間、クギは放置されてこなかったはずである。

校庭から約5000本の釘やペグ状の金属見つかる 東京・品川区内の23の小

 中学校 テレ朝news によるストーリー 2024.4.30

 確かに高校の校庭でも小さからぬ数の石が埋もれていたことは幾度か体験している。部活動で生徒たちが転倒やスライディングなどした際に危険なので見つけ次第掘り起こして校庭の端に捨てていたが、この場合は誰かが故意に石を埋めていたわけではあるまい。精々、事務長か誰かがグランドの土を入れ替える際に費用を節約するため、砂礫の混じる安い土を業者から購入してしまったのが最大の原因なのだろう。釘を故意に放置していた東京都の案件と比べればそれほどの「悪意」は覚えない。むしろただでさえ少ない学校の予算の中での、苦しいやり繰りから生じてしまった、ある程度はやむを得ない出来事だったとさえ思われる。

 それにしても校庭の釘問題、なかなか奥は深そうだ。二言目には子供たちの健康と安全を口にしながら、性懲りもなく体育祭や運動会での事故、熱中症の集団発生を繰り返してしまう日本の学校教育の持つ人権意識の低さは本来、最優先されるべき子供たちの安全への配慮に綻びをうみ、肝心な場面での気の緩みを招く。積年、校庭に放置された釘の数々はそうした教師たちの心理を雄弁に物語っているに違いない。

 

・学校事故と体育の授業

参考動画

【衝撃動画】大阪府八尾市の中学校組体操10段ピラミッド崩壊事故

   2015/10/05 3:49

 古い動画だが、このテーマの導入として利用できるだろう。なぜ、学校は危険を承知でこのような種目を温存してきたのか、生徒たちに理由を挙げさせてみたい。

参考記事

10段の人間ピラミッドが崩壊、6人重軽傷 尾木ママ「大人の安全意識が低すぎ

   る」運動の秋、気になる事故が起きています。

   2015年10月05日 21時35分 JST 安藤健二The Huffington Post

なぜ生徒の死亡事故も起きた組体操を強行…“他校への対抗心”で暴走する一部教師

   たち business journal  2019.11.07  文=粟野仁雄

中学生、部活で頭部負傷し緊急手術 顧問は119番せず 名古屋

 毎日新聞 によるストーリー 2024.6.14

大豪雨なのに集団登校なんて、まるで軍隊…豪雨で見えた「学校現場の命に関わる

   ナンセンスルール」FORZA STYLEオピニオン 2023.6.5

参考動画

【体育】前へ習えや整列は必要?水泳授業で溺死が減った?義務教育における体育

 授業の役割とは ABEMA Prime #アベプラ【公式】  2022/05/26  14:20

 夏野氏の体育不要論はかなり重要なポイントをついていて実に面白い。討論の議題にすれば議論百出し、かなり盛り上がるだろう。

【水着】ひろゆき「水泳の授業やめたら?」男女一緒にやる意味は?スク水とトラ

 ンス生徒の配慮 2022/06/18 ABEMA  アベプラ【公式】21:25

 水泳の授業自体の必要性が問われてくるだろう。プールの水代の高さや事故の危険性も考慮すれば、そろそろ小中での水泳授業は止めるべきでは・・・

   参考記事

  世界的に珍しい学校のプール、熱心な水泳授業は武芸が由来?…見直される学ぶ目的 

   読売新聞 によるストーリー 2024.8.11

   東京オリンピック(1964)を機に学校の水泳授業が急速に拡大した背景には武道の水練の伝統

   と島国にありがちな水難事故の多発があったようだ。しかしそれから60年余り経ち、高度経済成

   長時代時代はとっくの昔に終わってしまった。教育予算の削減が進み、学校ではプールの維持費

   用が大きな重荷となっている。この際、学習指導要領を見直し、水泳授業の必修を止めて費用と

   労力の軽減を図るべきだろう。

嫌いな教科第3位の“体育” イマドキ授業は「自分で選ぶ」 名古屋市

 中京テレビNEWS  2022/08/04  4:41

 興味深かったのが小学校では国語の授業への嫌悪感が伝統的に強いこと、近年、算数や体育の授業を苦手に感じる子が増えてきているということ。なぜそういった結果になっているのか、その理由をもう少し深堀りしてほしい。

[NHKスペシャル] 重い後遺症も。運動会の「むかで競走」で繰り返される事故 |

  いのちを守る学校に 調査報告学校事故 | NHK  2023/07/19  5:34

[NHKスペシャル] 窓からの転落死、給食での窒息死8729件の記録 | いのちを守

 る学校に 調査報告“学校事故 | NHK  2023/05/12  4:39

 学校事故の調査結果の共有、原因の究明、再発防止策の提言…当然、行われるべき対応がなぜ行われてこなかったのか?児童生徒の健康、生命を守るべき学校で一体何が起きているのか、何が行われているのか、外部からはうかがい知れない闇がある。

選択の幅を拡げる努力、工夫が日本の学校には不足しているだろう。

遠足で小1女児の「お茶買いたい」認めず、熱中症で救急搬送 学校側を提訴

   産経新聞 2024.2.27

 校長の判断だったことに驚く。事件の経緯から見れば学校側の責任はかなり重大であり、通常ならば校長の適格性が疑われ、降格処分は避けられないだろう。そもそも体調がすぐれなかった児童を担任が半強制的に遠足に参加させたこと自体、大きな問題をはらんでいる。しかも児童の訴えを校長が無視した結果、救急搬送される事態を招いた点は絶対に許容できるものではあるまい。同時に請求の棄却を求めた八尾市側の判断も明らかに常識に反したもの。

 やはり大阪府と兵庫県の教育風土は突出して異常であり、その背景に何があるのかをマスコミはしっかりと追求し、報道すべきだろう。

遠足で「お茶買いたい」認めず、小1女児熱中症 「過失なし」と全面対決する学校

 の言い分 産経新聞 2024.4.9

 本来、学校の遠足や修学旅行は軍隊の行軍から派生したもので歴史的には鍛錬的な要素が強かった。しかし皇国民錬成のための遠足や体育の発想は遠い過去のものであるはず。

遠足だけでない…部活動での熱中症巡り相次ぐ訴訟、2億円超の賠償判決も 学校の

   過失焦点 産経新聞 2024.2.27

参考記事

「運動会や体育祭が嫌い」小中学生の4人に1人が回答「クラスで一致団結する空

 気が苦手」「"絶対に勝てよ"的な雰囲気が重い」

 まいどなニュース の意見 2024.5.25

 議論の題材として利用できるだろう。運動会、体育会は確かに盛り上がる学校行事の一番手ではあるが、それを苦手とする児童生徒が実際には少なからずいることに目を向けたい。重要なのは体育やスポーツが苦手だから運動会、体育祭が嫌い…とは限らない点であろう。

 勝利を目指して強調されるクラスなどの「一致団結」を不気味に、あるいは不快に感ずる児童生徒の感性を教師たちはどちらかと言えば嫌う傾向にあるように思うが、いかがだろう。いたずらに競争を煽る競技の数々が熱狂的な集団主義を生み出し、暴走気味の集団主義が最終的に醜悪なファシズム、悪質な集団イジメの土壌となりかねない点はぜひここでも認識しておきたい。

 勝利至上主義はともすれば行き過ぎた根性論をはびこらせ、スポーツ弱者への非難を強めがちである。下の記事と併せて児童生徒に読ませ、将来的な運動会、体育祭の望ましいあり方を提案させたい。

日本とフィンランド、実は「体育の授業」に決定的な違いがあった…! 「運動」の

 位置付けがまるで異なる 現代ビジネス 岩竹 美加子 の意見 2022.11.23

 運動部や体育、運動会(体育祭)の在り方を根本から見直す上で非常に参考となる資料。フィンランドと日本の学校教育の決定的な違いに注目したい。

なぜ「体育の授業で運動が嫌いになった」「大人になってスポーツが楽しい」という人

 がこれほど多いのか?   プレジデントオンライン 平尾 剛 の意見 2023.7.6

大阪の小学生17人が熱中症か 体育のリレーで体調不良、12人搬送

 朝日新聞社 によるストーリー 2023.7.7

 天気予報では熱中症の警告が出されているこの日の真昼、なぜ教師たちはリレーをさせたのか、その判断力が疑われよう。児童たちからすれば競争心を煽られるリレーともなると手を抜くことはあまり考えられない。チームのために多くの児童が必死に走ってしまうことは当然、予想できたはず。気温33度に達する猛暑の中、結果的に体調が悪くなる児童が出ても不思議ではあるまい。したがってたとえ児童全員からリレーをやりたいと懇願されていても教師は大人の判断としてリレーの中止を選択すべきであった。

 12人も搬送することになった責任は一体、誰がとるのだろう。児童の自己責任を問うことは出来ない。むしろ下手をすれば教師側が過失傷害罪を問われかねないほどの不祥事である。大阪、兵庫地区はけが人続出の組体操を長年行い続け、イジメ事件の隠蔽や体罰など、各種不祥事を連発させてきた。どうやら学校における行き過ぎた鍛錬主義と集団主義の見直しが急がれるのだろう。

大阪の小学生17人が熱中症か 体育のリレーで体調不良、12人搬送

 朝日新聞社 によるストーリー 2023.7.7

 天気予報では熱中症の警告が出されているこの日の真昼、なぜリレーをさせたのか、教師の判断力が疑われよう。児童たちからすれば競争心を煽られるリレーともなると手を抜くことはあまり考えられない。チームのために多くの児童が必死に走ってしまうことは当然、予想できたはず。

 気温33度に達する猛暑の中、結果的に体調が悪くなる児童が多少出ても不思議ではあるまい。したがってたとえ児童全員からリレーをやりたいと懇願されていても教師は大人の判断としてリレーの中止を選択すべきであった。

 12人も搬送することになった責任は一体、誰がとるのだろう。児童の自己責任を問うことは出来ない。むしろ下手をすれば教師側が傷害罪を問われかねないほどの不祥事である。

 大阪、兵庫地区はけが人続出の組体操を長年行い続け、イジメ事件の隠蔽や体罰など、各種不祥事を連発させてきた。どうやら学校における行き過ぎた鍛錬主義と集団主義の見直しが殊の外、急がれる地域なのだろう。

 

その2.障がい者差別をめぐる話題(前編)

 

 以下、「障がい者」と個人的には表記していきますが、引用や番組のタイトルなどではそのまま「障害者」と表記している場合があることを予め、ご了承ください。

 

参考記事

精神・発達障害者6割が「クローズ就労」 当事者団体アンケート

 毎日新聞 2026.3.31

 いつまでたっても一定の集団を社会的弱者に貶めている日本社会の中核にある問題点とは何だろうか。生徒たちに列挙させ、重い順に整理させてみたら解決に向けての糸口、手順が見えてくるかもしれない。

 そもそも目の前の教師たちの中に「精神・発達障がい者」がどれほど存在していて、どれほどそのことをオープンにしているのか、仮に教師の一人が障がい者だったとして、生徒はどのように対応すべきなのか、次々と考えを深めていければ探求学習での格好のテーマにもなるだろう。

参考動画

【みいちゃんと山田さん】ボイスコミック「みいちゃんと過ごした12ヶ月の話」|

      cv:潘めぐみ 月刊少年シリウス 2025/12/23  29:16

     知的なハンデを負っている児童生徒がこれまで一度も特別な支援を受けることなく普通科高校に進学してくることは、定員割れの多い教育困難校ならば決して少なくない。足し算が出来ない、記憶力が極端に低い、平仮名やカタカナすらほとんどまともに書けない…そうした生徒には当然のことながら、個別的で特別に工夫された指導が本来は必要とされるだろう。

 特別な支援が必要である生徒であるにもかかわらず、個別的で特別な支援が不可能なスタッフたち及び健常者ばかりを前提とした設備しかない普通科の学校に入学することは、本人の成長や進路にとっても致命的なマイナスとなる危険性は決して小さくない。この際、綺麗ごとは抜きにして社会全体で真正面から考えていくべきだろう。

 仮に「みいちゃん」のような生徒が高校に入学してきたとして、40人学級を受け持つ普通科の高校教師に一体、何ができるのか、少しは想像してみてほしいのだが…

泣いて勇気をくれる実話映画、チック症の障がい者が天敵の職業を目指す、人生を

    変える話|【映画紹介】|Front of the Class

    クロエ映画研究 2025/05/09 18:11

   実在する トゥレット症候群の教師の話。やや長いが、差別と向き合う姿勢に励まされるだろう。

【働く幸せ】難病でもバリスタに 分身ロボットカフェで働くALS患者の想い 

    日テレNEWS 2021/11/03  12:57

【不登校経てロボット研究者】分身ロボットOriHime /99%が失敗/月5000人が

    訪れる分身ロボットカフェ/小中学校で不登校/孤独を解消する/生きる理由【ド

    キュメンタリー 仕事図鑑(吉藤オリィ)】

    東洋経済オンライン 2024/12/15  15:47

 特別支援学校卒業後の障がい者の人生を考えていく際に、「孤独」の解消が大きなテーマになる、という点に注目したい。障がい者と社会との接点をどう創り出し、接点をどう維持していくか、吉藤氏の取り組みを参考にして考えていきたい。

【驚愕】ADHDの人間は世界をどのように感じているのか?

   VAIENCE バイエンス  2024/08/14  10:54

   近年、成人にも数多くその存在が確認されてきた発達障害の一種であるADHDに絞って解説されている。やや難しい箇所もあるが、脳の仕組みが分かりやすく、発達障害への差別偏見を解消していくためにもぜひ視聴させたい動画。

障がい者は「我慢せえよ!」名古屋城復元をめぐり“差別的発言”が波紋 河村市長

 出席で陳謝も|TBS NEWS DIG  2023/06/06  3:18

 不適切な言動でしばしば注目される河村市長による不祥事がまた一つ加わった。今回は市長自身の暴言ではないが、市民による暴言を制止できなかった主催者、とりわけ市長の責任は極めて重い。

【落合陽一】小学校高学年の17%は幻聴を聞いている!なぜタチ悪いキャラの幻聴

 が?脳性まひ、当事者研究の熊谷晋一郎が語る『解釈的不正義』、学校教育で顕著

 な『排除型と同化型差別』、孤立と自立の違いとは?

 NewsPicks /ニューズピックス  2023/05/28  16:23

 排除型の差別だけではなく同化型の差別があるという視点は極めて重要。

【落合陽一】自立しなさい!って何?脳性まひの小児科医、熊谷晋一郎「自立は依

 存の反対語ではない、むしろ依存先が多いこと」当事者研究の専門家が語る、自立

 の必要条件「選択肢がたくさんある事、支配されない事」

 NewsPicks /ニューズピックス  2023/05/18  17:23

 依存先が多いほうが自立に有利、という指摘も極めて重要だろう。熊谷氏の出演する二つの動画を視聴しておくと障がい者差別の問題をより多角的で深い視点から眺めることができるようになると思う。やや長めの視聴時間になるが、ぜひ、視聴していただきたいイチオシの動画。

依存の価値を再考する | 晋一郎 熊谷 | TEDxHitotsubashiU

 TEDx Talks  2023/03/23 18:00

[ハートネットTV] 不発弾で両目と両手を失って教師になる | NHK

 2021/04/16 NHK 5:00

 両目と両腕を失ってしまった教師が教壇に立っていられる事の背景に何があるのだろう?彼の存在は生徒たちにどんな影響を及ぼすだろう。

   ※参考記事 

  ◎吃音でも教師になりたい 「当事者だからこそ」学生の模擬授業

   毎日新聞 によるストーリー  2024.1.25

  生徒の多様性、個性を尊重するだけではなく、教師の個性や多様性を尊重した教師養成教育、教員

   採用の在り方も大いに模索されるべきだろう。

[ハートネットTV] 介助を通してさまざまなものを学び取り 自分自身を見つめなお

 す若者たち | NHK 2022.11.2 9:58

 障がい者への介助から学べる事とは何だろう?未熟な自分から逃げずに対峙し続けるとはどういうことだろう?障がい者の人生にまで寄り添う仕事に介助者のプライベートな側面はどう捉えるべきだろう?「恋するヘルパー」とは介助のどういう側面を表しているのだろう?様々な問いが思い浮かぶ。

「24時間テレビ」は障害者の「感動ポルノ」 NHKの裏番組「バリバラ」が話題

  [モーニングCROSS] 2016/09/29 CUT CROSS 3:42

【乙武が解説】24時間テレビの問題点とは!?

 2020/08/22 乙武洋匡の情熱教室 - Limitless OTO 9:23

・感動ポルノの危険性について(ウィキペディアより引用)

 感動ポルノ(かんどうポルノ、英語: Inspiration porn) とは、2012年に障害者の人権アクティヴィストであるステラ・ヤングが、オーストラリア放送協会のウェブマガジン『Ramp Up』で初めて用いた言葉である。意図を持った感動場面で感情を煽ることを「ポルノ」(ポルノグラフィ)という形で表現しているが、ポルノ自体は性的な興奮を掻き立てるものに使われる。ステラによれば、この言葉は、障害者が障害を持っているというだけで、あるいは持っていることを含みにして、「感動をもらった、励まされた」と言われる場面を表している。そこでは、障害を負った経緯やその負担、障害者本人の思いではなく、積極的・前向きに努力する(=障害があってもそれに耐えて・負けずに頑張る)姿がクローズアップされがちである。「清く正しい障害者」が懸命に何かを達成しようとする場面をメディアで取り上げることがこの「感動ポルノ」とされる。また、紹介されるのは常に身体障害者であり、精神障害者・発達障害者が登場することはほとんどない。

 日本においては、2016年8月28日にNHK Eテレが『バリバラ障害者情報バラエティー』「検証!『障害者×感動』の方程式」で感動ポルノを取り上げ、裏番組に当たる24時間テレビを批判した。

 英国BBCは1996年、障がい者の「困難に耐えて頑張る」姿ばかりが描写されがちなことに対する抗議運動を受けて「障害者を“勇敢なヒーロー”や“哀れむべき犠牲者”として描くことは侮辱につながる」というガイドラインを制定している。

 また、2020年の新型コロナウイルスにおける医療従事者への感謝として「コロナ(ウイルス)と戦う医療従事者の皆さまへお礼のメッセージ(拍手)を送りましょう」と自治体やタレントが音頭を取るケースもあり、「感動ポルノ」「全体主義的」だと批判されるケースもあるという。

 ただしコロナ禍における医療従事者へのお礼のメッセージに関しては強制で無いのなら、たとえ自治体やタレントが音頭をとったとしても「感動ポルノ」には該当しないし、まして「全体主義」と批判するのは的外れも甚だしいだろう。むしろ「感動ポルノ」という言葉が一人歩きしてしまうと、障がい者をありのままに評価する方向では使われず、偏見差別との戦いの先頭に立って活動している障がい者たちを攻撃し、傷つける言葉として安易に使われてしまう可能性の方が出てきてしまうのではあるまいか。

[バリバラ] 身長115cm 女性 マイホームで過ごすモーニングルーティーン |

  NHK 2021/12/09 3:25

[バリバラ] 1人暮らし車いす女子のモーニングルーティン | 

 NHK 2021/04/22 4:47

[バリバラ] 1人暮らし 全盲女性のモーニングルーティン | 

 NHK 2021/06/17 4:29

視覚障害者の暮らし--空間認識編【フリー・ザ・チルドレン・ジャパン】

 2017/05/02

 どのようにして視覚障がい者は外界を認識しているのか?白杖の役割と放置自転車の怖さが分かる。

 他にも「しょうこチャンネル」(頸椎損傷による車椅子生活からの精神的立ち直りと周囲の支え・・・)「寺田家TV.サイボーグパパ」(小児麻痺による車椅子生活から「ハル」を用いた機能回復への途、障がい者の結婚と子育て・・・)など、何人かの障がい者がユーチューブなどで発信しているので是非、ご覧下さい。

 

登美丘高校ダンス部×『グレイテスト・ショーマン』|This Is Me~これが私~

 Warnar Music Japan 2018/01/17 2:53

 歌詞の日本語訳が分かりやすい。これは「感動ポルノ」なのだろうか?できれば映画そのものを視聴させたいが…時間的には無理か。

 ※参考資料:カッパが授業用の資料として作成したものを以下に掲載 (ネタバレあり!

 ・ミュージカル映画「The Greatest Showman」の概要

  本作はアメリカで2017年の暮れに公開され、日本では翌春に公開されたミュージカル映画である。

 音楽スタッフは「ラ・ラ・ランド」と同じであり、作詞、楽曲面でも優れた作品となっている。ユー

 チューブ上ではあの大阪府立登美丘高校ダンス部がハリウッドと提携して「This is me」

 を踊っているシーンが話題を集めた。日本人の場合、ミュージカルが苦手でセリフのわざとらしさや

 大げさな動作にややひいてしまう人も多いに違いない。しかし本作は若干そうしたミュージカルにあ

 りがちな要素を残しつつも、その物語性、メッセージ性には注目すべきものがあると感じた。

  本作のあらすじを紹介しよう。時代は19世紀半ばのアメリカで主人公はP.T.バーナムという実

 在の人物。不幸な生い立ちの彼は才能豊かな野心家であり、金持ちの令嬢と結婚したまでは順調だっ

 たが、勤務先の会社がたちまち倒産してしまう。やがてかれは興行の世界に飛び込み、挑戦と失敗を

 繰り返していく。彼は隠れるように生きてきた個性的な人々をいわゆる「見世物」としてサーカスの

 一員に迎え入れ、スポットライトをあてていく。「奇形」であることをショービジネスとして人々の

 「好奇の目」に敢えてさらけ出していく事によって彼らを孤独と闇の世界からスポットライトのあた

 るステージに導く。そして一人前の稼ぎ手としてのプライドも回復させていく。19世紀、まだまだ差

 別や偏見が露骨にはびこっている時代のことである。「見世物」として彼らを好奇の目にさらすこと

 に異議をとなえる立場もあろうが、それは人権意識の高まった21世紀の感覚であることに留意すべき

 だろう。

  「This is me」の日本語訳「ありのままの私で良い、人と違うから良い、誰に見られて

 も怖くない、私には愛される価値がある…」。基本的には「勇気を持って新しい世界にチャレンジし

 よう」という冒険精神と「どんな人にも輝かしい舞台、居場所がある」という積極果敢なメッセージ

 がこれらの曲に込められているようだ。冷たい視線を避けるようにしてずっとひきこもってきた、身

 体的に個性の強い人々がステージの上で堂々とその存在を誇示し、輝きだす。確かに「This i

 s the greatest show」なのである。

  アグレッシブで個性と自己主張を重んじる欧米らしい価値観がよく反映された歌詞とストーリーで

 あろう。ただこの映画の内容からは、引きこもりがちな人に限って心の底では皆に注目されたいとい

 う秘かな願望を抱いていることが察せられて心が痛む。長い抑うつ状態とひきこもりの中で繰り返し

 夢想してきた、人々の前で燦然と輝いている自分…深く傷ついてしまった自分のプライドを一気に取

 り戻したいという一種の「焦り」をその願望の裏側に嗅ぎ取ってしまうからに違いない。

  マインドフルネスの立場ではおそらくこの映画のアグレッシブな側面を警戒することになろう。勇

 気ある闘う姿勢は一つ間違えば「問題を濁らせてしまい、かえって問題をこじらせてしまいかねな

 い」と捉えるのではなかろうか。劣等感の裏返しが優越感であるとしたら、競争に勝つ事で優越感に

 浸る…といった危険な方向性を内在させてしまう恐れもあろう。

  肝心な点は劣等感を取り除く事ではあるまい。劣等感にも存在価値がある。適度な劣等感は努力や

 成長をもたらす原動力となろう。ただ余りにも強過ぎる劣等感が引きこもりや抑うつ状態といった

 様々な問題をひきおこしている。彼らに共通する強過ぎる自己卑下、自己嫌悪が抑うつ状態の一因で

 あることは間違いない。そしてその反動として一気に名誉挽回をはかろうとする「野望」もまた大き

 な危険をはらむのである。

  一気にプライドを取り戻そうとして勝ち目の無い勝負に出てしまい、かえってプライドを傷つけて

 しまうことこそ、最悪の展開。確かに成功すればドラマチックではあるがどうみても、危険な賭けを

 打てる状況ではあるまい。ドラマチックな逆転劇を夢想してしまうほどに引きこもりがちな人のプラ

 イドはズタズタに傷ついている…だからこそなおさら一歩一歩、着実に前進できる手立てをうつこと

 が抑うつ状態に陥っている人にとっては必要なものとなる。

  劣等感を招く一方で周囲を見下す…卑屈と傲慢さを同居させる事で人間関係をギクシャクさせてし

 まう厄介なプライドを刺激してしまう。そうした点でこの映画には一抹の不安を感じてしまうのであ

 るが、いかがであろう?

  実際、「This is me」はプライドに軸足を置いた歌。だから戦闘的な要素も秘めた、自

 己主張の強さを感じる。踊りも挑みかかるような逞しさを覚える振付。しかしプライドに軸足を置い

 た生き方は一歩間違えるとストレスフルな状況を招き寄せるかもしれない。プライドにこだわる生き

 方は人を勝ち負けに執着させ、勝ち続けることで名声におぼれてしまう、そんな生き方につながりか

 ねないのでは?

  主人公バーナムが歌手と浮気するなかではまりかけた上流階級へ上りつめようとする野心的チャレ

 ンジはおおいにプライドをくすぐる生き方に違いない。しかしそれはやがて勝者としての優越感に浸

 り、敗者を見下ろす傲慢さをも生みださないか?ひきこもってきた人々に活躍の場とあたたかい居場

 所を与えていたサーカスを下品な「見世物」としてさげすんでしまう事にならないか?逆にプライド

 を高めるための競争に負ければ人は卑屈な思いに屈してしまわないのか。とすれば確かにこの映画の

 終わりは「From now on」でなければならなかった。主人公はもう一度家族の元へ、サー

 カス団の元へ帰っていくことになる。断固として今すぐ…

 

「注文に時間がかかるカフェ」スタッフ全員が話し言葉が滑らかに出ない"吃音症"

  神戸のカフェで人生の大きな一歩を踏み出した大学生に密着【報道ランナー「特

 集」】 関西テレビNEWS  2022/10/24 14:02

“悪魔の病気”トゥレット症と闘う若者…食事は?就職活動は?「普通に生きるのに

 困ります」 CBCドキュメンタリー  2022/11/09 14:00

参考記事

盲目の人が手術で視力を回復、自ら命を絶った悲しい理由

 ダイヤモンド・オンライン 原井宏明,松浦文香 によるストーリー  2024.5

 まさに盲点をついた指摘である。

目の見えない研究者と耳の聞こえない研究者が、多様な人たちが理解し合うための

   コミュニケーションを語る。書籍『「よく見る人」と「よく聴く人」』。 

   こここ編集部 によるストーリー  2023.12.15

900万人が驚いたたいせつな疑似体験 日本の子が「視覚障害者・聴覚障害者・高

 齢者」を知る意味とは コクリコ編集部 の意見 2023.8.5

日本でも24万人超が体験! 子どもと親の真っ暗闇体験で起きた想定外の「5つ

 の変化」コクリコ編集部 の意見 2023.8.6

 …何一つ見えない暗闇の中では、普段よりも匂いに敏感になり、人の声に集中できました。見えないことによって他の感覚が開いていく気がしました。…

 …彼ら視覚障害者は、暗闇の中で迷っている人と、冒険している人を区別できるそうです。迷い人と冒険者は、足の運び、白杖の付き方、衣擦れの音、呼吸が違う。不安な人と楽しんでいる人は呼吸の仕方まで違うことを彼らは知っているんです。だからこそ、見えない中でも遠くで迷っている人を容易に見つけることができた。「なんという能力だろう!」と心底、驚きました。この驚きや感動は、文字で読んだり伝聞だけではわかりません。実体験して初めて得られます。

…見えない、聞こえない、歳をとる。一見、いずれもとてもネガティブな体験だと思われがちですが、当事者が出てきて、案内し、アンコンシャスバイアス(無意識でのものの見方やとらえ方のゆがみや偏り)を、出会いと対話で溶かしていきます。

 こうした体験を通じて子供たちは以下のように変化していくという。

1.街で障害者が視界に入るようになった

2.シルバーシートに座っていた子どもが席を譲るようになった

3.子どもの知らない一面を見ることができた

4.自分は必要とされていると実感できるようになった

5.(以上の変化を子供に感じた親は)子どもへの向き合い方が変わった

 「見えない」「聞こえない」ことの体験こそが障がい者への理解を深めていく第一歩なのかもしれない。授業では導入としてアイマスクを用いた簡単な体験をさせてみると良いだろう。

耳が聞こえない人々の戦争体験 「今ではあり得ないことが当然に」

 毎日新聞 によるストーリー 2023.8.2

 戦時中におけるろうあ者への差別とろうあ者ならではの恐怖体験はぜひ知っておくべきだろう。

「人間扱いしていない」植松死刑囚と同じ体質だった、もう一つのやまゆり園<47

 リポーターズ> 東京新聞 2022年9月20日

知的障害者施設「中井やまゆり園」で“虐待行為” 園長を懲戒処分、職員7人と幹部

 職員ら15人も注意 日テレNEWS によるストーリー 2023.5.25

 保育所、障がい者施設、精神病院などでの不適切な対応、虐待が頻発している背景に何があるのか、また職員への注意という処分が妥当なのか、これは刑事事件ではないのか等々、ぜひ授業で考えさせたい。

“障害”ってそもそも何だろう? 困難の原因を「社会モデル」から考える——バリア

 フリー研究者・星加良司さん こここ編集部 2022.12.14

 「傷害」を「個人モデル」から「社会モデル」に転換する試みは極めて重要な視点を提供してくれるだろう。「障害者の村」という寓話は視点を「社会モデル」に転換させる上でかなり役立つに違いない。

障害者がつくるVRアート「仮想空間では自由になれる」と神足裕司さんも夢中

  日刊SPA! 2022/08/06 08:52

知的障害者が7割の企業 健常者の27歳社員が得た気づき「スタートの位置が人によ

 って違うだけ」 AERAdot.2022/10/30 09:00

「障がい者を笑うな」の一声で衰退した”こびとプロレス”。現役レスラーが問う、 

 なんとなくの善意 集英社オンライン 2022/10/30 18:01

 これも「感動ポルノ」と同様、健常者が障がい者に抱きやすい気持ちの落とし穴にハッとさせられる記事。障がい者問題を深く考えさせていくには役立つ内容。

追悼 さらば「障碍者芸人」ホーキング青山の破天荒一代

   アサ芸プラス によるストーリー 2024.2.25

「顔の変形」に悩む人々が〝脱マスク社会〟に抱く不安 「見られない気楽さを手放

 したくない」安心感が一転 withnews の意見 2023.5.1

 この問題、実は自己肯定感が低くなってしまった不登校やうつ傾向の生徒たちにも

共通する。私の勤務していた三部制の定時制高校午後部では特に不登校の生徒が多かったが、コロナ禍が始まる数年前からすでに三分の一近くの生徒がマスクを常用していたのを思い出す。

アベマブログ「見世物小屋と中村久子」

   小川里菜のあの事件を追いかけて 2024.1.25

 内容が素晴らしく、読み応えのあるブログでイチオシ。障害を売りにする行為とそれを好奇の目で見る観客とは確かに偏見を煽るような点である種の共犯関係にあるが、かつての「見世物小屋」にあった世界の存在意義自体を丸ごと単純には否定できない。障害を人々の前で敢えて晒す行為が「好奇の眼差し」を「感嘆の眼差し」に変えることもありうるのだ。その意義と可能性を踏まえた上で現代において障碍者の自己主張、自己表現欲求をどう引き出していくのか、様々なアプローチを模索する上でも大いに参考となる記事だろう。

 

・科学技術の進歩と障がい者

ヒュー・ハー: 走り、登り、踊ることを可能にする新たなバイオニクス義肢

 TED 2014・・・「障がいを無くしていくサイボーグの時代へ」

ヒュー・ハー:21世紀末、人は羽を持ち、空を飛翔する

 TED 2018・・・「いよいよサイボーグの時代へ」

 ・・・義肢が自分の体と一体化し始めた! 感覚を伝える義肢の登場

【転換期】「義足選手が健常選手に陸上100mで勝つ」パラリンピックをどう楽し

 む?道具の進化で好記録も?オリパラ合体論も?為末大と考える|#アベプラ《ア

 ベマで放送中》 2022/03/08 ABEMAニュース【公式】 13:18

【暴論?】パラリンピックをなくしたい【炎上覚悟】

 2021/08/22 乙武洋匡の情熱教室 - Limitless OTO 7:11

 ぜひ討論のテーマとして扱いたい。パラリンピックの意義は何?上の「義足選手

が…」と併せて視聴させると議論が深まるかもしれない。

 ヘレン・ケラーは「人にとって最も大切なことは目に見えず、耳には聞こえない。それは心で感じるしかない」と言っている。つまり健常者の中には目が見えるために肝心なことが見えなくなってしまう人がいる。耳が聞こえるために肝心なことを聞き逃してしまう人がいる。なまじ、見聞きできるためにかえって人は大切な事を見失い、大切なメッセージを聞き逃してしまうこともあるのだ。だからこそ健常者は目の見えない人が「見ている世界」を見ようとしてみるべきであり、耳の聞こえない人が聞いているメッセージに耳を傾けてみるべきである。

 確かに障がい者問題を考えるときにはこうした視点を忘れてはなるまい。しかしその一方で特定の障がいが人々に大きなハンディ、不便をもたらしていることも紛れもない事実である。MITのヒュー・ハーは自らの障がいを乗り越えるべく、「障がい」の除去と身体能力の回復、欠損した両脚の感覚を取り戻す技術の開発に取り組んできた。そしてついにサイボーグ化への一歩を踏み出している。感覚を持つ義肢の登場である。

 これらの技術は「人にとって最も大切なこと」=「愛」に基づいて開発されてきたとしても戦争などに悪用されかねない危険性を秘めている。たとえ善意に基づいて開発された技術でもたちまち悪用される危険性がある事は過去を振り返れば納得できよう。もちろん、その逆もある。悪意に満ちた技術が善意のために利用される側面はあるに違いない(原子爆弾の開発⇒原子力の平和利用)。

 問題はその技術を国や社会がどのように活用するのか、活用主体の目的と活用方法(善意に基づいた活用でも大事故による悲劇は生じうる=福島原発)にある。特に私たちが注意すべきはそれらの高度な技術に関わる情報が常に分かりやすく国民に提供されているのかどうか、という点。

 政府はこうした大きな社会的影響が生じかねない技術に関わる点を出来る限り情報公開し、国民の知る権利の保障に努めるべきである。つまり国家は国民に分かりやすく知らせる義務があるのである。

 もちろん軍事的には「国家機密保護法」の制定も必要だが、「事故隠し」を続けて原発の事故報告を怠ってきた歴代政府の責任は重い。まずは情報公開と情報の保管(国立公文書館)の充実が「国家機密保護法」に先行すべき取組であったはずである。桜を見る会、モリかけ問題等、政府にとって都合の悪い事は情報公開を拒否し、証拠隠滅を図ってきた日本政治の過去は問題の多いアメリカと比べても極めて不透明で罪深いものがある。

 科学技術はめまぐるしいスピードで進化を遂げている。しかし日本の政治の在り方は古くから東アジアの為政者における伝統的統治姿勢である「知らしめず、依らしむべし」という古色蒼然たる、非民主主義的な観念のままである。このままでは今後もずっと民主主義は日本にきちんとした形で根付くわけがない。科学技術の発達に遅れをとりつつある日本政治の民主主義的な方向へのアップデートこそ、日本政治の喫緊のテーマと言えるのではあるまいか。

 

・劇団態変とは:障がい者問題を深掘りしてみよう

劇団態変 第69回公演「箱庭弁当」向井望

 2019/06/16 劇団態変 1:31

 態変は主宰者の金滿里(1953~)により1983年に大阪を拠点に創設され、身体障がい者にしか演じられない身体表現を追究するパフォーマンスグループである。

 以下、態変の活動を説明したウィキペディア掲載の文章を一部、紹介する。

 「身体障害者の障害じたいを表現力に転じ未踏の美を創り出すことができる」という金の着想に基づき、一貫して作・演出・芸術監督を金が担い、自身もパフォーマーとして出演する。金自身ポリオの重度身体障害者である。

 海外での招聘公演も数多く、特に欧州では「これまでのダンスの枠組みを大きく捉え返す必要のある表現に出会った」などの評価を受け、その斬新で先鋭的な芸術性へ触れる機会を求められている。


 その方法は、身体障害者がその姿態と障害の動きとをありのままに晒すレオタードを基本ユニホームに、障害それじたいを表現力に転化して人の心を撃つ舞台表現を創り出す、それが劇団態変の表現である。


 身体こそが身近にある小宇宙、として捉えるとき、不安定にも見える態変のパフォーマーの身体こそが、一瞬たりとも同じではない宇宙への感応の表現としてある。態変が表現する、ことは、生命丸ごとを投げ出すということに近く、生きる本能に目覚める身体性である。それは命の形、であり魂の表現なのだ。

 それは、従来ダンスに求められてきた再現性とは異なる、再現不可能な一期一会として用意される表現でなければならない。その舞台を通して観客も、自身の日常を越えいつしか非日常のパフォーマー態変の身体を共に生き、自身の身体を開放させ命に触れるのである。

 創立時よりの習わしで「劇団」と名乗ってはいるが、敢えて言えば physical theatre に該当するスタイルで、これまで30年かけて表現として見つめてきた動きは『ダンス』でもなく、『舞踏』でもない、どこにもなかった『態変』の身体表現である・・・

 

 最初に視聴したときに引いてしまう生徒が出てしまうかもしれないが、「グレイテスト・ショーマン」と同様に、障がい者の活躍の場としてこういう舞台が存在すること自体には間違いなく、大きな意義があるだろう。

 ※参考記事

  選択の果てで見つけた表現の道 障害者のパフォーマンス集団「態変」主宰、金滿里さん あの日か

   ら 産経新聞 2025.1.4

  〇「障害とは何かを掘り下げると芸術につながる」 金満里さん

   身体障害者の劇団「態変」を主宰  2014/11/23 朝・夕刊の「W」

 ※参考動画

  ○【あそどっく】障害も”笑い”に! 寝たきり芸人の生きる道 『Nドキュポケット』

   NNNセレクション 2022/04/29 日テレNEWS 4:40

 

 

 

⑥一面に張り巡らされた献身性のワナ

※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。

 

参考記事

若い女性教師が「学校に行けなくなった」深刻な訳

     東洋経済オンライン 広岡 清伸 2026.3.30

 おそらく認知行動療法をもとにした治療例だと思われるが、この記事で注目したいのは治療法だけではない。教師という仕事が孕んでいる業の深さもまた教師の心を酷く苛む。なまじ教職には有り余るほどの遣り甲斐があるがゆえに、若い教師たちはすべてをきちんとやり遂げようとしてしまう。しかし学校の現状は多くの場合、誰に対しても過酷である。普通の人はどこかで手を抜かなければいつか心身を病む日が来てしまう。それができない真面目で几帳面な人は、学校の現状が大きく変わるまで、教職を避けるべきだろう。症例で挙げられた女性が社会復帰する際に教職から事務職へと職を変えたことは極めて正しい判断だったと思うが、いかがか。

学校の合理的配慮「正しいけどモヤモヤ」する理由

     東洋経済オンライン 武田 緑  

 学校の教師がこの記事を読んで「正しいけどモヤモヤする理由」について簡単に論じてみたい。まず学校の校舎、教室やカリキュラム、教科書、教材、校則などはそもそも児童生徒の多様性などほとんど考慮されず、画一的に設計されている。元来が日本の学校は一人の教師が一斉講義形式で画一的な指導をすることに特化した制度設計に長らく依拠してきたのだ。

 現在、学校に要求されている児童生徒への合理的配慮の多くは、本質的には教師個人の問題ではなく、日本の学校教育の制度設計の問題なのである。この問題を教師個人の微々たる努力工夫や認識のあり方ごときに委ねようとするのは明らかに無理筋であり、政治、行政の誤り、怠慢を教師個人に転嫁する暴論に過ぎないだろう。

 この論点で致命的に欠落しているのは、児童生徒への合理的配慮と同時に教師への合理的配慮がより一層必要とされてきている状況に今の学校は置かれている、という認識なのではないか。教師不足の背景に横たわっている危機的な状況への認識が余りにも甘すぎる、というのが本論への端的な感想である。

教員の働き方「見える化」旗振り役に足りない視点

    東洋経済オンライン 妹尾 昌俊 2026.3.23

 この分析力、さすがである。教員ではないのに妹尾氏ほどこの問題に関して現場の教員の感覚に近い分析ができる発信者は他にいないのではあるまいか。改めて貴重な存在だとつくづく感心する。残業の「見えない化」が進行しつつあることは「持ち帰り残業」の実態を把握しようとしない管理職、教育委員会、文科省側の欺瞞によるものであろう。とりわけ教員は何に忙しいかが「見えない」化されつつある。この点に教育行政の最大の欺瞞が隠されているに違いない。

 教育行政側の本音としては教員の「働き方改革」に対して極めて消極的であり、実際には学校のブラック化を放置していたいのが透けて見えてくる。だからこそ、教育委員会から上げられてくる妥当性、信用性の欠けた調査結果を敢えて鵜呑みにして改善の成果を平気で誇示しているのだ。これではロシアで繰り返されているプーチン政権の「高い」支持率の世論調査結果と大差あるまい。

 最も重要な実態の把握をサボり続けている今の文科省に教育行政を主導する資格があるとはまったく思えない。やはり財務省以上に(あるいは財務省と同様に)解体されるべき極悪省庁こそ、文科省なのだ。

日本語ゼロの子どもが次々と転入 国の基準は時代遅れ? 現場が語る切実な声と教育

 の質の行方 FNNプライムオンライン 2026.3.22

 …大切なのは、学校や自治体がしっかり対応できる体制を整えること。そして、短期的な労働力の確保にとどまるのではなく、次の世代の子どもたちが日本社会で活躍しながら共生できるよう、長期的な視点で支援していくことだ。

 少子高齢化とともに地域社会の多様化が進む中、持続可能な共生社会をどのように築いていくのかが、今まさに問われている…

 私が勤めていた三部制定時制では母語を日本語としない生徒数が多く、日本語での授業をほとんど理解できない生徒も一部、存在していた。平仮名すらできない生徒に高校の社会科を大勢の教室の中で教えるのはまず不可能である。まして不登校の生徒も多く、精神面で極めて不安定な生徒もいた。そして学習面で問題のある生徒はさらに多い。宗教面で特別の配慮を要する生徒だっている。

 そうした生徒は往々にして家庭環境に恵まれず、両親が揃っている生徒は極めて少数派である。もちろん生活保護を受けていてギリギリの生活を送っている生徒も少なからずいて、中には児童養護施設から通ってくる生徒もいた。そこに日本語を十分に理解できない生徒が相当数、混じってくる。これだけの困難と多様性に満ちた生徒たちに、日本の高校はしっかりと対応できるだけの体制を全くと言って良いほど備えていない。にもかかわらず多くの場合、定時制高校は入学定員を満たしていないため、希望さえすればどんな生徒でもほぼ全員入学させてしまう。

 とは言え多くの定時制高校の入学時における定員割れはかなり酷く、入学時点で既に一クラス10人台である。つまり、結果的には少数学級が実現できている。しかも入学後、たちまち学校に来なくなる生徒も少なくない。ところが三部制の定時制は、私が勤務していた当時、入学試験倍率が常に一倍を超えていたため、一クラス35人余りの新入生を抱えて毎年、新学年がスタートしていた。

 対して夜間の定時制では不登校だった生徒が比較的少ない。そもそも定員割れの度合いが酷く、10人台でスタートする学級担任の量的負担は午前部や午後部に比べて相対的に軽くなる。もちろん非行少年、学校の指導に逆らう生徒が少なから存在するので、決して担任の負担が軽いとは言えない。質的な面からすれば教師は決して楽ではないだろう。ただし、午前部や午後部の生徒は質、量ともかなりきつい負担を担任に強いてくるのは間違いのない事実である。

 しかし冒頭の切り抜き記事のように、学校や自治体がしっかりと対応できるだけの体制はいつまでたっても十分には整備されてこなかった。にもかかわらず「探求学習」だとか「個に即した」指導とか、大きな困難を抱える生徒たちの就労支援だとか…無理難題ばかりが次々と降りかかってくる。

 こうしたことの積み重ねによって教員の休職や早期退職の増加が生じ、ついには若者の教職離れをもたらしてきた。その結果として教員不足が教師たちの負担を増大させ、教師の休職や早期退職を増やすという悪循環が既に始まっている。そのことへの教育行政側における反省と根本的な改善が遅々として進まぬうちに、またぞろ新たな負担が教師たちに降りかかってくるに違いない…

 どうみても教職の未来は絶望的に暗い。

小学校「朝7時開門」群馬県高崎市の方針に教職員が「猛反対」子どもの安全や、

 教育現場の負担を軽視して 東京新聞 2026.3.22

 高崎市の決定を主導したのは市長や市会議員なのだろう。小学校の現場をまったく知らぬ者たち=政治家たちが、強く「ノー」と言えない公立小学校の教師たちを7時に学校の「開門業務」につかせることを決定したという。

 市教委は内心、迷惑だと感じたに違いないが、結局は教師たちを市の暴政から守ることはせず、腑抜けにも学校現場に丸投げしてきた。これも見飽きてしまった、ごくごくありがちな地方行政の構図…公立学校へのシワ寄せ…

 あたかも教師たちは万能であり、何でも屋であるかのような扱い。そのくせ、奴隷のように社会的地位と給与は低く、時間外手当もほとんどつかない。さらに教師たちには家族が一人も存在していないかのような、実にぞんざいな扱いである。立場の弱い教師たちを守るべき教育委員会は自己保身を図り、むしろ教師たちの敵となって寝返る。これまでも執拗に繰り返されてきた現象である。

 若者の教師離れが加速するのもやむをえまい。

参考動画

【最大の病】"この"ラインを超えると一斉に叩き出す日本社会の闇がヤバい山田玲

    司の原作が10倍おもしろくなる解説【山田玲司 切り抜き】 2025/01/31  11:38

 今、お笑いやアニメ、漫画などの大衆文化を通じて時代の精神を語らせたらこの人の右に出る者はいないのではあるまいか。かの「グレタ叩き」などのネットリンチや炎上を生み出す時代の精神とは一体何か、ネット社会の闇に潜む現代人の心理を探りたいのならば必見の動画だろう。

 ただし、授業で扱うには難しく、時折、解説を加える必要はあると思われる。もちろん社会科の教師としては間違いなく授業の参考となるのでオススメ。教師の仕事における献身性を考える上でもぜひ視聴しておきたい。

【勝利至上主義】順位を決めない学校も?負けず嫌いは成長?本田圭佑&ひろゆき

 |アベプラ ABEMA Prime  2024/08/01  12:38

 大人主導の勝利至上主義は否定するが、子ども主体の勝利主義は必要…成功体験も失敗体験も必要であり、運動に限らず、様々な種目で勝負する、競争する機会を豊富に用意することが教育的には必要。目標達成のために合意形成をすることと同様に目標を立てた後の実行段階の経験も必要…いずれの議論も学校の現状をしっかりと踏まえたものではないため、学校の負担をひたすら重くする、お気軽な第三者的提案ばかりの、好き勝手な議論に終始しているといった印象は否めない。

 まず必要なのは学校の現状把握であろう。競争的な場面が減っているとの印象論ではなく、運動会の種目と実施状況に関する調査データを踏まえた議論にしてほしい。また競技によって生じる正の側面だけではなく、負の側面(事故、指導の負担、自己肯定感の低下…)にもバランス良く目を向けて欲しい。

 もちろん競争的場面は人間関係の中でも登場する。イジメは人間関係における力関係、上下関係の産物であろう。したがってただ競争を煽ればよい、というわけではあるまい。大切なのは勝利を目指す努力、工夫だけではない。自他ともに一つの尺度、限られた尺度で評価するのではなく、沢山の尺度を用いて多面的な人間理解が出来るようにすることである。そしてそのためにも日本の学校は実際、教科の学力だけではなく、運動や芸術、各種の技術、学校行事などを用意してきたのだ。

 とは言え、欧米に比べれば日本の学校は余りにも多くのタスクを抱えすぎたことですっかりブラック化してしまった、と見るべき側面があるのでは。実際、社会的に必要とされている事だからと言って、何も学校だけがタスクを抱える必要など無いだろう。学校は社会に対して分相応の負担を果たせれば良いのである。

 この議論の問題は前提とすべき議論の不在にあるだろう。日本の学校が負うべき分相応の負担とは何か、についての議論がしっかりと行えていないまま、理想論、机上の空論に基づいて学校の果たすべき任務ばかりが追及されてしまうと、学校のキャパを超えた無謀な議論となってしまうのは不可避である。

 最初に厳しく問うべきは日本の学校が今、何が出来て、何が出来ないのか、その原因は何か、しっかりとデータを用いて検証することだと思うが、いかがか。

「全て他人のせい」日本人に主体性が育たない背景とは?レジェンド校長“工藤勇

 一”が指摘する「教育の大問題」【成田修造/宮村優子/平川理恵/西村祐二】

 NewsPicks /ニューズピックス  2024/05/18  14:39

「みんな仲良くなんてできない」先生主体のいじめ対応が子ども自身の解決能力を

 奪う。当事者の生徒達が自ら考え、いじめを解決に導く方法とは?【工藤

 勇一/平川理恵/西村祐二/成田修造/宮村優子】

 NewsPicks /ニューズピックス  2024/05/25  14:31

 工藤氏の主張のポイントは日本の教師の児童生徒への過干渉と管理主義が児童生徒の自主性、当事者意識、主権者意識を損なっている、という点にあるだろう。またこの主張を少し敷衍してみれば教師の過干渉と管理主義が同時に教師の多忙化、学校のブラック化の大きな要因ともなっている可能性に行きつくかもしれない。さらに教師と児童生徒との関係性は教育行政と個々の学校現場との関係性と同質の側面を有しており、行政側の現場への過干渉や管理主義が個々の学校や教師の主体性、当事者意識を損ねるものとなっている。

 日本の教師の過干渉と管理主義は必然的に日本国民の間になかなか民主主義が根付いていかなかった歴史と大いに重なるはずである。そして当事者意識を持って社会問題に主体的に関わろうとする意識を児童生徒らに育むには工藤氏の、議論を柱とする授業こそが求められる。

 イジメ問題の発生を児童生徒たちの主体性、当事者意識、主権者意識を育むうえでの絶好の機会と捉える工藤氏の逆転の発想はイジメ隠蔽に傾く日本の教師たちを過剰支配と過剰労働の悪循環から救い出す力をも秘めているのではあるまいか。

参考記事

学校の裁量拡大で授業の増減可能に、重荷にも?

    東洋経済オンライン 松尾 英明 2026.3.13

 今の教師が欲しているのは決して難しい決断や難易度の高い授業実践ではない。そもそもそれらが実行できるほど、教師たちに余力は残されていない。

 学習指導要領の見直しに際し、教師たちの現実的な体力、意欲、理解力、取り組める時間などがどの程度のものなのか、予め中央教育審議会のメンバーが全員、信頼できるデータを共有してしっかりと見極めておくことが必要不可欠だろう。

 これまでも学習指導要領の改訂の度にきらびやかな理想はいくらでも語られるが、それを実現するために必要とされる条件整備に関してはほとんどまともに保障されないまま、結局は学校現場に丸投げされ、教師たちの疲弊が募ってしまう。学校のブラック化を推進するばかりとなっているこの悪循環を文科省が断たない限り、どんな理想論も絵空事に過ぎない。

絶対おかしい! 授業準備、テストの採点に「残業代が出ない」のはなぜ? 教員の

   “時間外労働”謎ルール All About  坂田 聖一郎  2024.11.12

   同感である。教師の仕事の内、その多くは学校外かつ勤務時間外で行われている。自宅への「お持ち帰りサービス残業」も多い。それらの時間の多くは厳密な測定が難しく、残業手当の対象とするのが困難ではある。したがって教師に対する残業手当の支給が始まったとしても、堂々と残業時間として計上できるものは実態に比べてかなり少ない時間になってしまうのではあるまいか。

 教師の持ち帰り残業は現在、残業代をもらわないサービスであるがゆえに、ある種のお気楽さをも保証されている。たとえば自宅で音楽を聴きながら、ワインを片手に、ペットと戯れつつ…といった、極めてお気楽な「ながら残業」が許される。もちろん仕事に飽きれば、しばし、おやつをつまみ、家族とふざけ合うこともできる。そうしたお気楽さが残業代の支給によって奪われ、職場と同様の緊張感の中で自宅でのお持ち帰り残業を務める、となればそのことに強い抵抗感を持つ教師はきっと少なくあるまい。

 教師の仕事は一旦、自宅に持ち帰るとなれば私生活の自由時間とランダムに混ざり合ってしまうため、どこからどこまでを正式な残業時間として申請するのかを厳密に判断できない場合が少なくない。すなわち教師の、厳密な意味での残業代支給はあくまで休日における研修、部活動、保護者等との面談、修学旅行中の勤務時間外での指導など、ある程度明確に時間が測定できるものに限られてしまうのはおそらくやむを得ないだろう。

 しかしながら自宅での持ち帰り仕事をまったくの無給とするのも完全な間違いであると考える。ノート、プリントといった提出物のチェック、授業準備、文化祭の準備等は教師として極めて重要度の高い仕事であり、定刻を過ぎていたとしても、さらには自宅に持ち帰ったとしても真っ当に評価されるべき不可欠の任務ではある。これをただのボランティアとみなす発想は学校教育を腐敗させるだけではあるまいか。

 そこで教師個々の役割に応じた、給与の基準を作り直すことが必要となってくるはず。クラス担任はどうしてもクラスに関わる事務仕事(成績、出席…)、文化祭や修学旅行の引率、生徒や保護者との面談、HRの運営といった仕事が加わる。したがってまずは担任手当として給与を一律に加算することが必要となる。

 ただし副担任や学年に所属しない教師に様々な分掌の負担が集中する場合も少なからずあるので、分掌の負担を併せて給与に反映させるべきだろう。たとえば学級担任ではなくとも生徒会の顧問、各種委員会(教師の組織)の長、学年での仕事(特に重いのは修学旅行担当)などが特定の教師に集中することはままある。さらに加えて部活動の仕事、たとえばブロック主任などで大きな大会の運営にあたったりすれば、たとえ学級担任や学年、分掌の主任ではなくとも負担は相当、過酷なものとなり、下手をすれば「燃え尽き症候群」にも陥りかねない。

 教務主任、生徒指導部長、進路指導部長、各学年主任はわずかながら主任手当をもらえるが、総務部長や管理部長などは主任手当を支給されないことがこれまでは少なからずあった。実は仕事の量と質に見合った評価や手当を教師がもらえていないケースが学校では数多く見られ、教師間に不公平感を醸成しかねない危険性が学校現場にはかねてから存在していたと個人的には感じてきた。したがって残業問題と同時に、肩書だけではなく、実際の校務の質と量にある程度まで見合った給与の支給をしっかりと検討すべきであろう。

 教職調整額として一律支給するシステムは、教師ならば分掌を問わずに必要とされる自宅への持ち帰り残業を給与として多少とも評価できるようになる点で一定程度有効だが、それだけではかなり雑な評価にとどまってしまう。かといって残業手当の支給にも問題は残る。とすれば、もう少し学校現場の勤務実態に寄り添ったきめ細やかな評価システムの構築が今後は求めらるのだろう。

 その際、学校の種別や個々の学校によって分掌のあり方や割り振りに多少の差異がある点はこの問題解決を難しくしているに違いない。そこでその実態を各都道府県教委などが緊急に調査して、給与・手当に結び付く、できるだけ公正できめ細やかな評価基準の策定を学校種別、職務別に作成すべきだと思うが、いかがか。

嬉々として「サービス残業」する部活顧問の深刻 「やりがい搾取」だけじゃない部活顧

 問の問題点 東洋経済オンライン広尾 晃 の意見 2024.7.28

 部活動の過熱化の背景には過度ともいえるような顧問の献身的、自己犠牲的指導が潜んでいる。実は部活動のみならず、教師の職務には専念すればするほどにやりがいが増してきてその中毒性から抜けられなくなるものが少なくない。たとえば生徒会の顧問や就職指導、文化祭の指導などもやりがいが大きいために強い中毒性があり、幾度転勤しても同じ仕事を希望し続ける教師は少なくない。

 かつてはそうした教師が熱心な教師としてもてはやされたため、多くの熱意ある教師が自己犠牲的精神を持って特定の業務に専念してきた。しかし生徒数の減少による学校の小規模化と事務仕事の肥大化が教師たちから仕事への熱意を奪い始めていたことを見逃してはなるまい。

 学校の小規模化は一人の教師の仕事の種類を増やし、一つ一つの職務の責任を重くしていく。特定の職務ならば自己犠牲的献身を惜しまない教師であっても、場合によっては苦手な職務を複数、任されることが不可避となってくる。そこに意味不明なブルシットジョブがこれでもかと言わんばかりにのしかかってくる。やがて教師たちの熱意は空回りし始め、徒労感が募り始める。かつて職務に燃えていた教師たちほど要職に就くがゆえに真っ先に燃え尽き始める。

 「嬉々として」サービス残業する部活顧問などは過労死さえ避けられればとりあえず自分の得意分野を多少任されている分、まだ幸運な部類に属する。しかし多くの教師たちは授業でさえ、自分の専門科目を担当できるとは限らず、分掌や部活動も同様に自分の希望が通るとは限らない。長く不本意な思いを抱えつつ、仕事は次第に多岐にわたり、不毛感きわまるブルシットジョブの山を前にして徐々に鬱屈していく。 

 今、多くの学校では「やりがい搾取」どころか根こそぎレベルでの「生きがい搾取」が始まっているのだ。それが教師の休職や早期退職の増大につながっていることは言を俟たない。

教育社会学者・内田良氏が公立教員「定額働かせ放題」問題に警鐘…「給特法」廃

   止と現場の意識改革が不可欠 日刊ゲンダイDIGITAL によるストーリー 2024.6.9

   給特法の廃止と聖職論的な献身性を前提とするような働き方の見直しは部活動の地域移管とともに学校のブラック化を抑止する上で必須であろう。

「あった方がいい病」が組織の生産性を低下させる 優秀な管理職は「引き算」発想で仕

 事を取捨する 東洋経済オンライン 櫻田 毅 の意見 2023.5.11

 「日本人は人のサイフは盗らないが、人の時間は平気で盗む」―時間価値の意識が

乏しい日本人を、こう揶揄する外国人も…との指摘はむしろ学校現場や教育行政の世界に最もよく当てはまるのではあるまいか。

学校の先生は大変…給食を“64秒で食べる日も やりがいに依存した教育現場 何

 を変えれば負担は減るのか?

 【大阪発】 関西テレビ によるストーリー 2023.6.10

 

 運動部の顧問ならば普段の練習のみならず、朝練や合宿、遠征、部員のお誕生会、グランドの整備(草取りと石拾いなど)、ルールや作戦の講習会、炎天下での審判、特に大会の関係者になれば部員達の指導に加えて会場の確保、早朝からの準備、日が落ちてからの更衣室の清掃、顧問や審判の昼食の準備・・・

 教職員組合の学校におけるまとめ役ともなれば毎月の資料の配付、種々の会合への参加(夜遅くか休日)や教育委員会との交渉、駅前でのビラ配り・・・

 いずれも本来の職務ではなく、自発的なボランティア的活動であったはずの取り組みなのに、いつの間にか有無を言わせぬ重苦しい義務と責任がズッシリとのしかかってくる、ある種の「職務」にすり替えられてしまう。

 教師集団の同調圧力は極めて強い。従ってこうした事に運悪く個人的な事情(介護等の家庭の問題など)が重なった場合、あるいは勤務校が急激に荒れてきた場合、一体誰が自分の仕事を代替してくれるのだろう。そんな時、「昔からみんな文句も言わずにやって来た事だ、個人的事情を楯にして今更ワガママを言うな」という声が頭の中で反響してしまうのは私だけではあるまい。

 授業という本務を差し置いて、本来は強制されないはずの自主的取り組みを最も重い不可避の職務にすら変質させてしまうのが、村社会化してしまった学校をギリギリで機能させてきた猛烈にストレスフルな教師集団の、強烈に歪んだ集団心理のなせる業なのである。

 

 20年近く前、ある学校で美化清掃を担当する管理部長の教師はとあるスポーツ種目の専門家として県の仕事を任される一方で、近隣からの苦情もあって自分の空き時間を見つけては大きなゴミ袋を肩に学校内外を歩き回り、せっせとゴミ拾いをしていた。何と学校から数百メートルも離れた場所でも、である。

 私も当時は近隣からの苦情と変質者の出没などで雨天時以外は学校の周辺を2~3㎞ほどしつこく歩き回っていたので、彼の姿を時折見かけていた。その時、私もまた組合のまとめ役として県教委との人事交渉などにも休日を割いて当たっていた。

 さて、こうした苦労談はただの個人的な自慢話なのだろうか、はたまた素晴らしい美談なのであろうか。

 当時、他校の野球部顧問だった方は激務の中、組合の支部役員をも引き受けていた。実はそうした教師の中には分掌の主任まで同時に引き受けている方が少なからずいた。その多くはまさに「体力モンスター」でなければ務まるはずの無い膨大な仕事量に直面していたであろう。

 こうした無謀なまでの献身性こそが教師として持つべき当然の美徳である、とするような教員社会の歪んだ滅私奉公的価値観は教育行政側から巧妙につけ込まれて「やり甲斐搾取」を招く一方で、特定の教師を追い込み、深刻なレベルまで心身を疲弊させてはこなかっただろうか。心身の破綻や家庭での修正不能な軋轢を生み出してこなかっただろうか。

  献身性を美化する保守的立場の教師聖職論と労働者の権利を高めようとする革新的立場の教師労働者論とのせめぎ合いから一歩抜け出ようと 、50年ほど前、教師専門職論が台頭してきた。しかし専門職という、いかにも社会的ステイタスが高そうな言葉に幻惑されてしまったのか、教師の役割、職務を再検討する動きはそれ以降、さほど盛り上がらなかったようだ。

 そもそも50年前に問い直すべきは待遇改善と同時に教師の専門性をどこに見出すべきなのか、教師の職務を何に限定すべきか、という点ではなかったか。とりわけ何でも屋を強要してしまいがちな聖職論が、「金八先生」以後、形を変えて生き残ってしまったような気がしてならない。その一方で、世の中全体の保守化と組合運動の低迷が公務員や教師の労働者としての権利を軽視する、ブラックな風潮を助長させてしまったのかもしれない。

 私を含め、ベテラン教師の多くは今こそ胸に手を当てて学校におけるかつての自分自身と同僚達の仕事への献身ぶりを、絶対に美談化することなしに、虚心坦懐に反省してみてはいかがだろう。

 果たして誰のための、一体何のための仕事だったのか・・・今やそれが招いた正の側面だけではなく、負の側面をも直視すべき時ではあるまいか。現在のブラックな状況の進展にこれまで私たちは何一つ関与してこなかったのだろうか。むしろもう少し早く自分達の負の役割に気付くべきではなかったのか・・・反省すべき点は数多いと思うが、さて、皆さんはいかがだろう。

参考記事

「生徒のために頑張るほど、自腹が増える」29歳女性教師の嘆き。公立校の予算

 が使いものにならないワケ 日刊SPA!  2024.12.6

 授業準備のための実物教材や参考図書の購入などに関しては、教師として転勤後も個人的に使用し続けたいので、ある程度は「自腹」を切るのもやむをえない。また部活動での用具の購入も同様に、多くは転勤後も使い続けるものなので多少の出費は仕方ないだろう。「自腹」のすべてが教師にとって不合理なものではあるまい。

 しかし転勤するたびに違う科目の授業を持たされたり、指導したことの無い部活動を任されることはよくある。その都度、新たに購入するものが出てくる際に、高額の「自腹」を切らされてしまうことには私も強い抵抗感があった。基本的に自らが望んでもいない、不本意な仕事に対してさらなる自腹を強要されるのは誰でも辛さ、不合理さを感じてしまうのは当然の事である。

 もちろんクラス担任としても、文化祭等ではかなり自腹を切る場面が多かった。周囲の教師たちもある程度の自腹を切るのは、学校教師という仕事の性質上、仕方ない事として諦めつつ受け入れてきた流れは確かにある。これまで授業準備や提出物のチェック、小テストの採点などは自宅でのお持帰り業務とされることが長く当然の事とされてきたように、教師の勤務時間の区切りは本来、極めて曖昧である。そのため下手をすれば公私の別すらなく、際限も無い、原則無償の奉仕活動を周囲から延々と期待されてしまいがちなのだ。

 パワポを頻繁に授業で使用するために学校の備品では数的に不足しているプロジェクターやスクリーンを自前で用意している教師は今も少なくあるまい。それらは個人所有であるが、多くの場合、学校以外で利用することは滅多にないだろう。教育予算が先進国では極めて少ない日本のお寒い現状が教師たちの「自腹」の多さを招く主因である事は紛れもない事実なのだ。

§5.日本の進路2.少子高齢化のインパクト

※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。

 

参考動画

【予言的中】ソ連崩壊を唯一当てた男、E・トッドが警告。中国の「静かなる時限爆

     弾」と日本の「意外な未来」  歴史の羅針盤 2025/11/06 16:57

     トッドと司馬の二人の指摘を同時に提示すると面白い議論が出来そうである。

司馬遼太郎式】日本人の”最大の弱点”とは|伝説の文豪が語る『現代日本がダメに

     なった理由』 偉人の名言コレクション  2025/10/31  10:54

【司馬遼太郎】人は◯◯でしか動かない。人を動かすリーダーとは|文明史家が語

     る『人の心を動かす力の正体』  偉人の名言コレクション  2025/11/09  9:11

 空気を読む文化の負の側面をしっかりと考えたい。議論、討論が授業で求められる理由は何だろう。おそらく授業とは究極的には他人が考えた正解を覚える事ではなく、「自分の言葉で考える」訓練そのものだからであろう。

看護師27万人不足の衝撃崩壊寸前?医療現場の今【ガイアの夜明け】

     テレ東BIZ 2025/04/28  10:06

介護の質が下がる理由〜認知症専門医・長谷川嘉哉

    「ボケ日和 転ばぬ先の知恵」チャンネル 2025/06/06 9:24

     これが日本の医療介護の実態であり、現在、政治の貧困が最も露骨に表面化しているのが、医療介護の現場であろう。学校教育ももちろん酷いのだが、介護医療の現場は既に医療従事者として「諦め」のレベルにまで達してしまっているようである。医療介護の崩壊がここまで来てしまっている、という痛切な認識が国民だけでなく、政治家全員にも必要。

【病院大倒産時代。医療崩壊に導く「5つの罪」】中小病院の経営はなぜ苦しいか/

 データに基づかない、思いつき医療/民間参入を阻む医療制度/地獄絵を回避する

 改革/テクノロジーは救世主となるか/病院の規模拡大

 PIVOT 公式チャンネル 2025/06/26  28:36

【2030-2040年の医療の地獄絵】認知症シニアが街に溢れる/2030年から85歳以上

 が急増/外科医不足で手術が半年待ち/介護職員不足も深刻に/単身世帯、自宅・

 施設での死が急増/若者が支えるのは無理

 PIVOT 公式チャンネル 2025/06/25  30:36

 介護医療教育に共通する厳しい問題がデータに基づいて分かりやすく説明されている。これらの分野に対する政治の無策ぶりがよく分かる。ただし学校教育に関しては児童生徒数の減少があるので教員不足の悪影響も緩和される側面があるだろうが、介護医療分野では患者数が激増するにもかかわらず、医師、看護師、介護士、施設すべてが減少していく点でより深刻であろう。

参考記事

出生数減少の要因は何だと思うか? 年代、男女間で意識差     毎日新聞 2026.3.28

 調査結果の中で特に性差、年齢差の大きく出たものをピックアップし、差が出た理由を考えさせたい。

公園が静寂に包まれる異常事態! 叫べない走れない子供たちの悲鳴と高齢者の過剰な

    正義感が招く遊び場の終焉 Tend 2026.2.25

 これ以上の「老害」の垂れ流しもいかがなものか、とは思う。「空き地」というかつてのサンクチュアリ、自由空間を失った都会の子どもたちはもはや室内にこもるほかない、とすれば事は重大である。

    子どもたちの出す騒音がやかましいと感じるならば、高齢者は寺社の境内を散策すればよいだろう。公園は本質的に子どもたちがはしゃぐ場所であってほしい。かつてそうであったように大人たちはその喧騒を温かく見守っていて欲しい。ただでさえ少なくなってきている子どもたちの騒音が昔よりも酷くなってきているとは到底思えない。怒りを抑えられない、我慢できない高齢者特有の心理からくるようなクレームにまともな対応は不要である。

 子どもを邪険にする社会に決して明るい未来は来ないだろう。今の日本社会がどことなく暗く、澱んだ停滞感を漂わせているのも、政府が教育予算をケチり続けるなどして、きっと子どもや若者に冷たい社会となっているからではないのか。

児童相談所の職員、最大月5万円の給与加算へ…離職防止へ政府方針

     読売新聞 2026.2.16

 これまたいつもの通りの的外れ対応である。職員の定員を増やすか、職務の大胆な削減を進めるか、のどちらか一つの選択肢しかあるまい。給与がわずかばかり上がったとしても、ブラックな職場を避けるのが今時の若者である。

     これまで予算をケチりにケチってきた国政の経緯をふまえれば、職務の大胆な削減を選ぶのが唯一の選択肢と考えられる。しかし、国はこの選択肢も当分の間、選ぶつもりはないだろう。児相の機能マヒがさらに深刻化するのは目に見えている。

揺れる保護司制度、世論調査で9割弱が不安 殺害事件あす初公判 動機や経緯が焦点

 産経新聞 2026.2.15

 中学校や小学校教師、家裁の調査官捕、保護観察官、保護司、民生委員、町内会、子供会、保護者会、消防団員、消防官、警察官…地域の児童生徒やお年寄りの安全を確保する上で欠かせない身近な職員やボランティアがことごとく不足してきている。不足するのは人の数だけではない。力量、能力といった質の面の低下も伴っているはずだ。それぞれが皆、同時多発的に高齢化してきており、圧倒的な数の不足と質的な低下が猛烈なスピードで進行してきている。地域社会の一部はすでに崩壊しつつあるのが実情だろう。そして外国人の流入増がこの混乱に一層の拍車をかけている…そんな地域も少なからず存在しているに違いない。

 この混乱は一部の公立学校で既に表面化していた。低下しているのは学校や教師たちの教育力だけではなく、家庭の教育力や地域社会の教育力までもが同時進行で低下してきている。そしてこの動きは当分の間、止まりそうもない。なぜならば、今後、さらなる少子高齢化が加速することに加えて、これまで地域社会の中核となって近隣の互助的な動きを支えてきた分厚い中流層が続々と下層へ転落し、徐々に先細りしてきているからだ。急速に地域社会の紐帯は緩み、随所で寸断されつつある。

 社会インフラもまた全国規模で経年劣化が進み、大規模な補修改善を必要としてきている。実際には現状維持すら極めて難しいのが地方での地域社会の実情ではないのか。昨年、クマによる被害が長期にわたって連発し続けたのも、もとはと言えば地域社会の力が低下してきたからではあるまいか。もはや手をこまねいて見ている場合ではあるまい。

 急ぐべきはこれらの職務の大胆な削減であろう。この記事にあるように無給でありながらも、保護司の職務は専門性が極めて高く、しかも多岐にわたる。かなりの危険も伴う。これほど犠牲の多い、かつ高度なボランティアを務めあげられるだけの高潔で有能、かつお人好しな人物が一体どれほどの数、地方にいるだろうか?

 ただでさえ若くて有能な人は都市部へ、さらには海外へ、自由と活躍の場を求めて雄飛していく時代である。高齢者が目立つ地方においては、本当に保護司を任せられるだけの、有能でやる気のある人材が不足するのが当たり前のことだ。人数が不足する分、保護司の職務の精選を進める他に手はあるまい。

 たとえば、安定した地位とそれなりの給与があったとしても、教師の希望者と教員の実数は実際、全国的に少なくなる一方である。教師たちの職務の大胆な削減がいつまでたっても進まないのだから、これも仕方あるまい。民生委員、消防団、町内会、子供会、保護者会…どれもこれも職務の大胆な削減で人手不足の問題をわずかでも解消するしか、打つ手は残っておるまい。

 それにしても一体、いつまで国家は図々しく国民の善意に寄りかかり続けるつもりなのだろう…国民の健康と安全をロクに守れないような国家にさえ、唯々諾々と税金を払い続ける「お人好し」がこれ以上、減ってしまっても構わないのだろうか。

2024年度67.2%の病院が赤字 厚労省・医療経済実態調査

 日テレNEWS NNN 11/26(水) 9:30

 国民の健康と教育にこれほど手を抜いている先進国はアメリカと日本ぐらいのものだろう。

「産めや、働けや、納税しろや」では何も解決しない…政府とマスコミが無視する「若者

     が結婚できない」根本原因 プレジデントオンライン 荒川 和久 2025.10.31

 急速な少子化の背景を考える上で欠かせない視点だろう。

若者の「価値観の変化」でも「恋愛離れ」でもない…政府が無視し続ける「少子化が止ま

     らない根本原因」 プレジデントオンライン 荒川 和久 2025.9.30

    「少母化」という造語はまさに、言い得て妙、である。「令和の中間層の若者が置かれた経済的不安や社会的リスク」を政府は把握できていないからこそ、高価の無い対策を繰り返している、という荒川氏の指摘こそ、日本社会が直面している少子化現象の核心をついていると思うがいかがか。

孤独死防ぐ「見守り」利用、10~50代で14倍に 現役世代の懸念

   朝日新聞社 2025.2.9

   このデータの持つ意味が、心底、衝撃を受けるほどに深刻さを帯びているように感じられるのは決して自分だけではあるまい。たかだかこの数年で一体、どれほどまでに現役世代の労働環境、生活環境が一気に崩壊していったのか、雄弁に物語る、極めて貴重なデータ。これは急激な少子高齢化が及ぼす現役世代への悪影響だけではなく、社会の分断の深刻さをも、物語る結果ではないのか。

   政府はかつて孤独担当大臣を任命して社会的孤立の問題に対応する姿勢を見せたことがあったが、それはほとんど何らの成果を挙げることなく、ただのウケ狙いのポーズに過ぎなかったことが今や明白であろう。

小中高生の自殺は過去最多の527人、人間関係に悩む子ども増える…全体は前年

   比1569人減 読売新聞 2025.1.29

   文科省もコロナ禍を自殺者増加の背景に挙げているが、本当にそうだろうか。確かに児童生徒の自殺者数増加はコロナ禍の始まりとともに始まっている。しかし2024年の増加はコロナ禍とはほとんど無関係に生じているとみて良いのではあるまいか。街中でマスク姿が激減したのは2024年から、という印象はなきにしもあらず。

   若い女性の自殺者が増えた点も注目される。少子高齢化が加速し、強い閉塞感が蔓延する日本社会…イジメがはびこる学校社会のブラック化と耄碌した老害男性がいつまでも社会に君臨し、頑固に居座る…どうしようもないほどの女性蔑視社会、そして日本の精神医療の闇…2025年、現代日本の歪みが一気に肥大化してくる不安を最も強く感じているのは若い女性たちなのかもしれない。

「2050年の人口ピラミッド」全国比較で驚きの格差 関東甲信越の人口は今後どうな

   っていくのか 東洋経済オンライン 

   東洋経済『都市データパック』編集部  2024.12.12

   都道府県別の人口ピラミッドが年代別に見ることが出来、授業の資料として活用必須の内容となっている。特に秋田県と沖縄県や東京都との比較は衝撃的。東京都への一極集中が地方にどれほどの打撃を与えてしまうかは想像に難くない。少子高齢化対策が東京都においても重点的に取り組むべき課題であることも分かるだろう。地方は地方で、東京都は東京都でどんな対策に取り組むべきか、それぞれの少子高齢化対策の重点目標を生徒たちに挙げさせてみたい。

公共施設「このまま維持は不可能」 彦根市が初めての財政説明会

   朝日新聞社 2024.12.10

   少子高齢化によって地方で一体何が起きるのか、具体的な事例としてこの記事は役立つだろう。突出して人口の多い団塊ジュニアが後期高齢者となって医療費、社会保障費を圧迫する「2025年問題」については様々な側面から語られねばなるまいが、まずは地方財政の窮状を取り上げておくべきだろう。財政悪化はすべての施策の足を引っ張る元凶となるからだ。

「政治的活動なので、ポスターをはがすように」高校時代の経験から… 20歳が見た

 総裁選の「内輪感」 withnews2 2024.9.24

 若者の政治離れの原因は他にも数多く挙げられよう。しかし日本の政治システムが若者の意見をほとんど反映させない装置として機能していることに絶望し始めた点こそが若者の政治離れの要因として極めて大きいと思われるが、いかがだろう。

 若者の政治への絶望感は「少子高齢化」の進展による若者の一票の重さが悲惨なレベルまで軽くなってしまっていることだけに由来しているのではあるまい。成田氏が指摘しているように現代では急速に学問の高度化と専門分化が進み、科学技術が急ピッチで進化し続けている。こうした現状に対して従来の代議制が不適応を起こし始めている可能性は決して低くあるまい。

 成田氏の指摘する通り、高度に複雑化し、多様化する現代社会においては政治全般に対する議員一人一人の知識、理解、政策立案能力には大きな限界があり、すべての議題、政策、法律に通じている者などもはや一人もいない。にもかかわらず、有権者が一人の立候補者にだけ投票してすべての政策、立法をたった一人の代議士に委ねてしまうシステムは既に時代遅れなのかもしれないのだ。

 まずは参政権を付与する年齢の上限を決めて若者の不利な状況を少しでも解消していくことが急がれよう。さらには成田氏が提案しているように、議題によっては政策ごとにその賛否等をネットで投票して方向性を決定するような、代議制に代わる新しいシステムの導入が検討されてしかるべきだと思う。

 具体例を考えてみよう。これまでの教育政策は実際には学校現場にほとんど無知な政治家と官僚が大き過ぎるほどの政策決定力を行使してきた。その害悪は今や計り知れないほど大きなものになりつつある。しかし、今後は新しい教育政策の導入や旧来の政策の見直しなどにおいては学校関係者(高校生以上の生徒・学生と教師)にネットを通じての投票を義務化して現場の意見を重視させる路線を打ち出す一方で、他の有権者にも同等の投票権を与えて政策の是非を決定していく。ただし政策の立案や細則などの専門性を要する部分は、国会や内閣、文科省などの配下に置かれた審議会ではなく、開かれた公正な選挙で選ばれた高い専門性と経験値の高いメンバーからなる教育審議会に委ねる。

 以上のようなことが実現すれば教育政策において教師だけでなく高校生にも主権者としての当事者意識が多少は湧いてくるだろうし、政治家や財界からの時代錯誤な介入、下手な横やり、改革への妨害を少しは避けられるかもしれない。

少子化見据えて大学を統廃合や定員減で適正規模に…中教審が年度内に答申へ 

 読売新聞 によるストーリー 2024.7.20

 平成時代からこれまで少子化によって既に小中学校や高校段階での統廃合が徐々に進んできたが、大学はその間も大学進学率の上昇によって入学者数が増え続けてきたことで、つい最近まで小中学校ほどには大幅に統廃合されずに済んできた。

 しかし令和時代に入ると大学進学率の上昇は5割を超えたところでほぼ頭打ちとなってしまった。加えて日本に留学してくる外国人も日本の若者の減少を埋めるほどには増えてこなかった。そもそも日本の大学教育は、国際的な評価から見ても決して高く評価されていたわけではなく、今後も外国人留学生を増やせる可能性はほぼないといって良いだろう。また日本社会は残念ながら大々的にリカレント教育を受け入れられるほどには人材の流動性が高くなく、中高年の学び直し、社会人の大学院入学が広く奨励されるような企業文化にも乏しい。

 以上のような理由から少子化による大学の統廃合は今後、いわゆる地方のFラン大学を中心に急激に進むほかあるまい。既に大学の定員割れが50%を超えてしまった現在、定員の大幅な見直しは不可避であり、学部の統廃合なども容赦なく進めざるを得ない。地方によっては大学の存続自体も危ういだろう。

 国としては地方の若者が進学先や就職先を求めてこれまで以上に大都市に流出することによる極端な少子高齢化、人口の急激をわずかでも緩和していく施策が必要となるが、今のところ、これといって有効な方策があるとは思えない。

 唯一、わずかな望みがあるとすれば欧米の観光客が近年、日本の地方における街並みの伝統的な佇まいや自然の豊かさに注目し始めていることであろうか。地方における観光業の発展があれば若者の有力な就労先として地方のホテルや観光施設などが考えられなくもない。つまり地方によっては観光業ならば若者を今以上に地方につなぎとめる可能性を秘めているのではあるまいか。

 しかし外国人観光客を受け入れるためのキャパシティを既に失いつつある地域も地方によっては少なくないだろう。インバウンドを期待した地方での新たな観光資源の掘り起こしや施設の整備、人材の育成と配分などには国や地方自治体の強力なテコ入れが求められるに違いない。

 特に地方私大をめぐる情勢は厳しさを急速に増してくるだろう。少子高齢化による地方財政の圧迫は危機的状況にまで悪化するかもしれない。しかし世界一訪れたい国と評価されている観光大国日本の魅力を地方対策としてもっと有効活用する術はまだまだ残されているだろう。たとえば沖縄県の名護市における大規模観光施設ジャングリアの試みは現地大学での人材育成による連携を含めて、地方での観光振興策、過疎化対策のモデルケースとなるかもしれない。

 授業では大学大量淘汰の時代が到来する理由とそれへの有効な対策として考えられる施策を考えさせたい。特に地方での少子高齢化の現状は勤務先の学校の所在地で把握し、自分たちの地域で何ができるのか、生徒たちに足元の問題として提起すると探求型の学習として大いに盛り上がるだろう。

参考動画

「子どもに権利ない」津市議の発言に批判【知っておきたい!】【グッド!モーニ

   ング】 (2024年12月16日) ANNnewsCH 2024/12/16 1:22

   国会から地方議会まで広くはびこる老害政治家たちが学校問題発生の土壌を作りだしている側面があるのは間違いないだろう。議会こそが差別問題の温床である、と言っても過言ではないこの現状をどうしたら変えていけるのか、授業でぜひ意見を募りたい。選挙のあり方、代議政治の行き詰まりの問題としてまずは考えていきたい。

【現代日本 後編】今の日本はどうしてこうなってしまったのか?私達に出来ること

 は何なのか おっくんの眼【山田玲司のヤングサンデー 切り抜き】

  2024/09/08 24:36

 山田氏の指摘はマンガ、アニメ、J.ポップなどの大衆的若者文化の流れから日本社会の変容を考察する、いわゆるサブカルチャー論に依拠していて非常に興味深い。近年の若者を取り巻く社会の変化と若者の価値観、意識を探る上で参考となる箇所は少なくないだろう。

【要約】未来の年表 人口減少日本でこれから起きること【河合雅司】

 フェルミ漫画大学  2024/04/19  20:33

 やや視聴時間が長くなるが、今、話題となっている少子高齢化の行く末を分かりやすく解説してくれており、ぜひ、フルで視聴させたい。多種多様な問題点が予想されているので、時折、途中で動画を止めて多少の解説を加える必要もあるだろう。

 動画を視聴させる前にまずは合計特殊出生率低下の原因とそれがもたらす日本社会の変化を生徒たちにできるだけ数多く挙げさせ、黒板に列挙しておきたい。その後、動画を視聴させ、黒板に列挙された項目に該当することが取り上げられた際にチェックを入れていくとさらに分かりやすくなるだろう。

人口減が止まらない 秋田県は日本の近未来

 J-CASTニュース によるストーリー 2024.4.28

自治体の約4割消滅の恐れ 前回調査で全国ワーストの村は今【news23】

 TBS NEWS DIG_Microsoft によるストーリー 2024.4.27

 真山氏の「余計なお世話だ」という反発も地方自治の精神から見て分からぬではないが、少子高齢化が急激に進む地域では近くの学校や病院、商店などが無くなり、転出者の急増に拍車をかけてしまうため、集落のあちこちで廃屋が目立ちだし、多くの田畑も荒れ果ててきている。ついには要介護老人の孤立が深刻化している地域だって少なからずあるだろう。

 にもかかわらず、高齢化している首長や市町村議会議員の多くは残念ながら危機感をさほど感じていないケースがあるために新しい取り組みに躊躇し、結果的にいよいよ限界集落が増えていく…こんな恐ろしい悪循環に飲み込まれつつある地方はきっと少なくあるまい。

 安芸高田市を例に出すまでもなく、既に地方政治は若者の意見を十分に反映しなくなっており、少なからずの市町村で地方自治の形骸化、腐敗が進んでいるのではあるまいか。財政悪化も手伝ってどう見ても機能不全に陥りつつある地方自治体に一体、どこまで期待できるのだろう。これでは将来を不安視した数少ない若者たちの転出がさらに相次ぐのは不可避であると思うのだが…

 こうした事態を招いた責任を負うべきは住民や地方議会、市町村長だけではないことも明白であり、国策の失敗がこの惨状をもたらした側面は否定できまい。特に東北などではどうしても国家の強力なテコ入れを必要とするケースが少なくないと見るがいかがだろう。

 仮に国の支援を余計なおせっかいとみなすのならば国のテコ入れ以外、他にどんな施策があるというのだろう。この状況を「静かなる有事」、自治体の「消滅」などと表現して危機感を煽ることが、本当に不適切で「余計なお世話」なのだろうか。徐々に孤立し、介護などの支援から遠ざかっている身寄りのない高齢者たちの不安を思うと私自身は大きな焦りを覚えてしまうのだが…

 もちろん、結果的に消滅する自治体が出てきてしまう事自体、既に不可避であるが、犠牲者はできるだけ最小限にすべきだろうし、その場面においても国家が果たせる役割は決して小さくあるまい。むしろ今こそ国は積極的に地方へのお節介を焼くべき時ではあるまいか。

「日本人は本当は変化を求めていない」この国は社会的弱者を包摂できるか? 東

   浩紀×成田悠輔×三浦瑠麗×先崎彰容×中野信子×新谷学

   文藝春秋 電子版  2023/01/01 13:56

成田悠輔「何かを変えようとすることはコスパに合わない」 ライブドア事件が日

   本に残した呪いとは 文藝春秋 電子版  2023/10/14  6:46

   妬み、足を引っ張りあうがゆえに変革が生じにくい日本の社会がなぜ成立しているのか、考えさせてみたい。「ゆでガエル」状態の日本が変わる可能性は極めて低い。

【目標だらけの世の中】「目標からの逆算が、僕らから奪っているもの」編集部員

 ×若新雄純が“逆算思考”に物申す【前編】

 新R25チャンネル  2023/07/05  31:35

【人生と逆算】「“逆算思考”を身につけないと、これ以上出世は…」編集部員の悩

 みに若新雄純が「魔が差している」と一刀両断【後編】

 新R25チャンネル 2023/07/12 28:29

 高校生になっていても「思期」「中二病」の心性を持ち続けている生徒は決して少なくないだろう。そうした生徒たち向けの進路指導として素晴らしい洞察と役立つ示唆に満ちている動画。

 もしも「生きている間はすべてである」「人生は短い春に過ぎない」「人生は思い出でしかない」という捉え方を大切にする生き方を選ぶならば、「逆算」式(具体的な細分化された目標設定を次々とクリアすればいずれ大きな目標に到達できる、他者からの評価が軸、実績が極めて大切、満点という評価が存在する、という前提を許容する…)の、長期的見通しを持つ堅実な、計画性のある生き方を諦めた方が良いのかもしれない。

 一方で「積算」式の、先を読みにくい生き方の良さ、幸福感を発信する力さえあれば、大人になっても思春期の心性を持つ人だって周囲から居場所を与えられる可能性は高まるだろう…若新氏の指摘に頷く方は決して少なくあるまい。

 幸福であることとはどういう状態を指すのか、今を充実させる生き方とはどういう生き方なのか、深く考えさせる素敵な動画。生徒の将来を心配するあまり、計画性のある生き方を全員に一律強制しがちな教師にとっては必見。

 

日本と世界『働き方』/J.P.モルガンが行った驚きの改革/Z世代アメリカ人の変化

 「会社はカルチャーで決める」/ChatGPTは日本企業にとって危険/ダイバーシテ

 ィで『ネオトーキョー』日本スゴい島に変貌

 PIVOT 公式チャンネル 2023/10/26  37:99

【油断禁物】海外から見る本当の「日本経済」事情/今投資をするなら熊本/

 「成果主義」の導入が急務/優秀な外国人人材を採用するための方法/どうすれば

 日本がもっと良くなるのか?【KUROFUNE】

 PIVOT 公式チャンネル  2023/10/21  31:00

 以上の動画は二つとも分かりやすく、日本の企業文化を見直す上で参考になる点も多い。またここでの厳しい指摘は日本の学校文化にもかなり当てはまると思われ、日本の学校教育をアップデートする上でも大いに参考となるだろう。

 そこで重要ポイントを以下に概略、紹介しておく。

 「報告・連絡・相談」=「ホウレンソウ」と呼ばれたように、個人プレーを極端に嫌う昭和な社内文化が日本企業の進化、改革を遅くし、何事にも細かすぎて窮屈、不自由な気分を職場に蔓延させてしまっている。

 中高年層が成田氏の指摘するように「ミルフィーユ」のごとく厚い層をなして少数派の若者にのしかかっている少子高齢化の日本においては、年功序列型の階層構造と集団主義的企業文化が長い順番待ちの行列の最後尾、階層の最下層に立つ若者を苛立たせ、精神的に腐らせている元凶。

 こうした組織文化は連帯責任を重視するがために失敗を恐れる傾向が強く、新しい事にチャレンジすることを妨げ、若者を組織の底辺、末端に追いやる。また同調圧力が強く、妬みを生みやすい組織となり、東芝や東電で典型的に見られたように仕事の失敗は組織の中に隠蔽されやすい。また「出る杭は打たれる」ため、個々の力が十分には発揮されず、すべてがチームワークの成果と見なされるため、個々人の実績や成果が給与には反映されにくい。こうした点が日本経済低迷の背景にあるだろう。

 しかし歴史的に見れば海洋国家の住人たる日本人は本来、複眼思考に長けていて異文化への順応性はかなり高く、実際、日本企業の外国支店・工場での生産性は比較的高いといわれる。したがって日本がこれから先、異文化とのハイブリッドを通じて高い業績を挙げていくことは決して不可能ではない。

 しかしそのためには英語の習得と硬直した組織文化の改善は避けられない必須のクリア条件。日本の学生や労働者も国内にとどまろうとすると世界の流れに後れを取るリスクは高まる。政府は若者の所得税を免除するなど、若者支援を強化し、教育においては早くからダイバーシティと個性の尊重を重視すべきだろう。

 

冨山和彦さんが“直言”超・人手不足時代をどう乗り越える?[NHKスペシャル&日

   曜討論] | NHK  2023/11/03 8:31

 少子高齢化の中でコロナ禍も手伝い、とりわけ福祉や観光業、飲食業といったエセンシャルワーカー部門の人手不足が深刻化している日本。教員もエセンシャルワーカーに含まれるとすればやはり人手不足に直面している。ならば一体、どんな対応が求められているのか…一般企業でいえば機械化、DX化による生産性の向上、企業の淘汰による労働力の流動性を高めたうえでの集約化、公定価格制の見直しなど、教員不足の現状を打開する上でも参考となる。

 行政による下手な管理、統制は緩めていき、民間のバックアップに専念する方向が望ましいだろう。文科省の無能化を踏まえれば、教育界においても公立学校の数を減らしていき、私学に教育を委ねていくのが学校改革の近道かもしれない。

 

・明石市の取り組み:人口減少と地方自治

参考動画

【成田悠輔vs泉 前明石市長】172億はどこから?退任直前赤裸々告白【市町村の

   やるべき事】 ReHacQリハック【公式】 2023/05/06  41:54

【成田悠輔vs泉房穂】市政で国の政治動かす!今、政治家に必要なものは?

  【 mudai】 ReHacQ−リハック−【公式】 2023/05/13  54:20

熱量】ひろゆき&明石市長が対談!9年連続で人口増加?所得制限なしは正解?少子

  化日本の処方箋 

  2022/05/21 ABEMA 変わる報道番組 #アベプラ【公式】 15:10

【9年連続人口増】子育ての街「明石」ホントの事情教えてください

  2022/10/01 NewsPicks /ニューズピックス 19:24

「国の政策はリアリティがない」全国初の政策を次々と生み出す、明石市の"win-

 win力" 2022/07/31 新R25チャンネル 14:24

「誰もやる気がなかっただけ」明石市市長が“子ども無料政策”を実現できたワケ

  2022/07/30 新R25チャンネル 10:27

 人口減少、少子高齢化に直面している日本社会の中で明石市の取り組みが注目されている。明石市の現状と課題について知っておくことは極めて重要。最後まで通して視聴させずに、何カ所か途中で区切り、問いをたてて政策の効果の背景にあるものを予想させてみたい。

子供はコスト 結婚4割減 習政権 3期目に立ちはだかる人口減

 【日経プラス9】2022/10/12 テレ東BIZ 13:28

 ついに中国が人口減少局面に突入する。東アジアの経済発展を牽引してきた中国の急速な少子高齢化は日本経済に大きな打撃を与えかねない。

参考記事:

『天誅が下るぞ!』脅迫文も…「泉房穂」前明石市長と「高島宗一郎」福岡市長が

   苦労した「予算カット」の難しさ〈市の職員と議員の猛烈な抵抗に遭って…〉 

   現代ビジネス 週刊現代 によるストーリー 2023.11.4

「子供に留守番させたら虐待」おかしな法案が通りかねない地方議会の暴走…問題

 は埼玉だけじゃない!【泉房穂の「ケンカは勝つ!」第19回】

 SmartFLASH によるストーリー 2023.10.20

 このバカげた条例案を提出できた埼玉県の自民党議員の見識の凄さにはあまりにも恐れ多くてひれ伏すしかあるまい。「老害政治」の極みを垣間見た思いである。このような議員を選挙で選んでいる埼玉県民もおそらく相当高齢化しているのだろう。

 ほとんど判断には困らない記事であり、討論の対象にはならないが、「老害政治」がどんな政策を思いつくのか、分かりやすく例示できる点では利用価値の高い記事である。とりあえずこの条例案にはどんな問題点があり、なぜこのような発想が出てきてしまうのかだけは確認させておきたい。

「失われた30年」の正体は、今もなお日本社会に根強く残る「ムラ社会」的な意

 識 3/1(火) livedoor‘sNEWS 6:00配信 

既得権益を温存し衰退する日本…社会学者・宮台真司「愚かな総理を生み出したの

 は、からっぽの民衆だ」 週刊現代 2022/11/11 06:00

賢い若者だけが気づいている「ぬるい日本」でさっさと億万長者になる方法

 集英社オンライン(『不条理な会社人生から自由になる方法 働き方2.0vs4.0』

 橘玲 PHP研究所 2022より抜粋・再構成 2022/07/14 09:01

「合計特殊出生率」去年は1.26で過去最低、7年連続で前の年を下回る 厚労省の人

 口動態統計 日テレNEWS によるストーリー 2023.6.2

50歳未婚率が急上昇 20年は男性28%、女性17%

 共同通信社 の意見 2022.12.29

 50歳になって一度も結婚していない男性が28.25%、女性が17.81%と急激に上昇しているという日本の現状にはどんな社会的要因があるのだろう?アンケートを利用して生徒の意見を募ってみたい。人口ピラミッドを示して団塊ジュニア世代と今後の日本が直面している困難さに注目したい。

人口5000万人の絶望的未来世界に遅れる日本企業が捨てなければいけないもの  AIに人口減少について書かせてみた 現代ビジネス 現代新書編集部 2022.12.15

出生数80万人割れの危機人口激減ニッポンが衰亡する前にすべき「たったひとつ

 のこと」 現代ビジネス 河合 雅司 2022.12.15

12年連続「日本人」の減少幅は年々拡大。とてつもない人口減少の破壊度 子供対象

 の業種に早くも試練 現代ビジネス 磯山 友幸 の意見 2023.4.18

なぜ「日本への移住を望む中国人」がここへきて急増しているのか? その「驚きの

 理由」 現代ビジネス 中島 恵 の意見 2023.5.18

 外国からの富裕層の来日をもっともっと歓迎すべきではないのか。日本の経済発展の見地から見れば、外国人の来日が観光目的にせよ、移住目的にせよ、今後一層の発展拡充を目指す政策をとっていくべきであろう。少子高齢化の弊害を最小限に抑えていくには日本の門戸を海外に向けてさらに開いていく方向でしか、日本の未来は見えてこないように思える。これも議論のテーマにうってつけだろう。

高齢者の「免許返納」はじつは年々減っていた! 深刻化する高齢ドライバー問題の

 「シビアな現実」現代ビジネス 二階堂 運人 2023.4.18

「死ぬかい?」「いいよ」老老介護の末の 承諾殺人 おしどり夫婦が残したもの…

 RCC中国放送 の意見 2023.6.10

 高齢者世帯の急増、老々介護の深刻さ…呆れるほど執拗に暴言を繰り返す一部の高齢政治家達のせいで高齢者の存在自体が「老害」と揶揄されることの多くなった日本の社会の先行きは不安に満ちている。いよいよ日本の高齢者は厄介者扱いされ、このような悲劇が繰り返されるとすれば、若者の自殺率の増大と相まって高齢者の事件事故も急増するに違いあるまい。このままでは極めて悲観的な日本の将来が待ち受けているのだろう。

ユニクロ賃金最大4割アップ!ファストリは気づいた日本を待つ最悪な3つの未来 

 ダイアモンド・オンライン 鈴木貴博  2023.1.13

 将来的に日本の若者が希少資源になっていく事で特に優秀な若者を巡る日本企業間の奪い合いは熾烈の度合いを増してくるだろう。ユニクロの大幅な賃金引き上げ方針は間近に迫ってきた団塊ジュニアの大量退職と若者の急激な減少を見越した人事戦略と見られる。若者を惹きつける上で年功序列型の賃金体系からいち早く脱却し、他のライバル企業との待遇格差を拡大して人材確保に走るこうした企業は他の業界でも続々と出現してくるに違いない。

日本はこのまま衰亡するのか…結婚も出産も増えることのない「小さな国」がなん

 とか生き残る方法 現代新書編集部 2022.12.20

 人口急減期が近づいている日本への処方箋は何だろう?取りあえず始めに日本の人口ピラミッドを提示して将来の人口減への歩みを予想させ、人口減の原因を推理させてからこの資料を読ませたい。さらに以下の動画を視聴させ、高橋氏の指摘「人口減少は問題視する必要なし」についてどう思うか、意見を書かせたい。少子高齢化と人口減少は日本社会が直面する大問題と言われるが、日本社会にとって何が本質的問題なのかは今後のテーマを展開していくスタート地点である程度は整理しておくべきであろう。

※参考動画

【少子化】「まやかしだ」人口減はホントに問題?出生率の低迷=日本の大問題が

 テンプレになった弊害とは?内閣官房房参与 高橋洋一に聞く【ロンブー淳】

 ABEMAニュース【公式】 2021/04/14 16:53

 これも凄まじいほどに珍妙な意見で、反論噴出が期待できる。しかもかつての官僚として今も政府から意見を求められている高名な人物の発言だから、暗然たるものを覚える。きちんとしたデータを示して議論を進めていくにはうってつけの動画。

【「消滅可能性自治体」発表…】30年で若い女性半減 全自治体の4割が該当 

 日テレNEWS  2024/04/24  4:34

人口3分の2という選択 「8000万人国家」が持つ国力【日経モープラFT】

   (2024年4月25日) テレ東BIZ  2024/04/25  5:22

   少子高齢化がもたらす問題は地方、特に過疎地において深刻なものとなるのは当然として、都市部でもかなり危機的な状況が生じかねないものがある。したがって人口の社会増と自然増の二点からの対策、強力なテコ入れが大切になる。それぞれにどんな対策が有効だと考えられるのか、生徒たちに考えさせたい。

 ポイントとしては明石市が行った若い女性や子供たちへの様々な支援策、移民政策の見直し、長期滞在型の地方観光を目指す政策などが挙げられようか。それぞれに効果的な具体策が切実に求められているに違いない。

 ただし、それら政策実現の上での最大の障害物こそ現在の日本の宿痾となっている「老害政治」である点はぜひ留意させたい。頑迷な「老害政治」を中心的に支えているのはおそらく保守本流の要として機能してきた旧態依然の学校教育と自民党のお家芸と化している派閥政治や金権政治あたりではあるまいか。

 少子高齢化の背景に潜む問題は多種多様であり、生徒たちに多角的な視点を養う上では格好のテーマであろう。ぜひ時間をかけて取り組みたい。

【改造論】成田悠輔「消えるべき人に消えてと言える状況を」ひろゆき「過疎化よ

 り無人化の方がマシ」少子化&人口減少前提で考える日本の未来|

 ABEMA 変わる報道番組 #アベプラ【公式】  2021/12/19 20:28

【成田悠輔×堀江貴文】高齢者は老害化する前に集団切腹すればいい?成田氏の衝

 撃発言の真意とは 2022/02/01 堀江貴文 ホリエモン 10:43

 ※参考記事

  いじめや不登校を乗り越えケアマネージャーになった40代男性が力説介護保

   険制度自体への「強い違和感」現代ビジネス 2024.6.10

  成田悠輔氏 政治家の若返りの利点を分析「保育や教育の予算が増える」「長期

   的視野で政策」東スポWEB によるストーリー 2023.7.2

 敬老の精神は失ってはなるまい。しかし、いつまでも権力の座にしがみつく老害政治家は「百害あって一利なし」。いつも大胆な提言で知られる成田氏の刺激的な発言は毒も含まれるが、議論の活性化に欠かせない視点を提供してくれる。他方で介護をめぐる問題は深刻化する一方である。特にケアマネージャーの社会的待遇の改善を急がないと、教師同様、人手不足の深刻化を招くに違いない。ケアマネの養成教育問題と教師養成問題とは重なる要素が多いように見受けるが、いかがか。いずれも福祉と教育の予算不足が大きな足かせになっていると思われるのだが…

 

参考記事

民生委員、欠員1万5000人 3年で32%悪化、戦後最多

 共同通信社 2023.1.13

 行政による社会保障の不備を民間のボランティアの力を借りることである程度まできめ細やかに補完してきた日本の福祉政策は少子高齢化が進展する中でいよいよ深刻な機能不全に陥ってきたようだ。他方で仕事の過酷さが手伝ってか、地方公務員の休職件数が増加し、公務員のなり手不足も進行しているという。すでに学校教師は慢性的な不足状態である。こちらも事態を一層こじらせる一因となろう。

 家族や地域社会の在り方が変化してきた事が事態悪化の背景に考えられる。今や国家的なテコ入れ無しに事態の改善は見込めないだろうが、政府にその力はあるまい。日本社会はどうにも八方塞がりの状態にあるようだが、いかがだろう。

日本には「世襲政治家」が多すぎる、ビジネス界からの転身が少ない根本理由 

 ダイヤモンド・オンライン 上久保誠人 によるストーリー 2023.4.19

 いわゆる「老害」がはびこると批判される日本の政界がはらんでいる大きな問題点の一つがこの「世襲政治家」であろう。日本でなぜ世襲政治家がはびこり、政権の中枢に居座り続けているのか、なぜ若手政治家の新規参入が進まないのか、その理由が手際よく整理されていて大いに参考となる。

日本はもはや稼げる国ではない 割り切って「人材加工立国」「出稼ぎ立国」を目指

   すべき 古賀茂明 AERA dot. 2023.10.11

 若者にとっては非常に厳しい将来予測だが、かなり説得力があり、議論の材料になるだろう。日本の将来を予測する上でどういう指標を参考にするのか、目の付け所に注目させたい。

就職氷河期世代「年金15万円なんて、どうせもらえない」「他の世代に類を見な

 い」厳しさ THE GOLD ONLINE によるストーリー  2024.5.11

公的年金、「制度見直し」派が7割 見直すべき項目の1位は?

 ITmedia ビジネスONLiNE 2024.5.16

総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長」案は、なぜ避けて通れない

 議論なのか? ニューズウィーク日本版 によるストーリー  2024.5.15

「日本国債」の紙くず化がとまらない…雪だるま式「借金地獄」から日本が抜け出

   せない根本原因【経済のプロが解説】

   THE GOLD ONLINE によるストーリー  2024.5.11

   上の二つの記事は図表などでデータがつかみ易く、授業での利用価値の高い記事であろう。外国からの借金が少ない点は確かに日本の強みではあるがさすがにここまで借金が膨れ上がるとマズイのではあるまいか。特に少子高齢化が加速する中でこの累積した借金は日本の若者のへの負担を重くするに違いない。しかも若者や中年層が高齢者になった時にもらえる年金額は目減りする一方である。こうした負担の先送りとその場しのぎの借金漬けの政治もまた若者、皇族世代の犠牲を前提とした「老害政治」の弊害と言うほかあるまい。

このバラマキのツケは若者世代に…日本の財政の「膨張」が止まらない実態

   Finasee によるストーリー 2023.10.11

 増え続ける財政赤字も若者の将来に重くのしかかる難題である。累積債務の実態は常に念頭に置いておきたい。

生活保護の申請、7・6%増で4年連続の上昇…物価高騰に賃金上昇追いつかず

  読売新聞 によるストーリー 2024.3.6

生活保護申請、12カ月連続増 最長期間更新 厚労省

   朝日新聞社 によるストーリー 2024.3.6

 株価がバブル期を超えて史上最高値を記録した昨今、このデータは一体、何を意味

するのだろう。ぜひ生徒たちの意見を募り、議論させたい。

「万博やってる場合じゃない」介護保険料、大阪市が全国ワースト9249円の一方で

 万博負担「ひとり2万7000円」試算に市民の怒り爆発

 SmartFLASH によるストーリー  2024.5.15

 

参考動画

【世界の年金が凄い】外国人に年金いくら貰ってるのか聞いてみた|海外の老後生

 活の現実 タロサックの海外生活ダイアリーTAROSAC  2022/11/05 19:20

 当然の事ながら貯金や投資を早くから行っていくことが世界共通で老後の生活を保障する事が分かる。それにしても日本の年金の少なさには唖然。

【ゆっくり作品解説】藤子・F・不二雄SF短編「定年退食」 2021/03/15

 そかなりどぎつい内容だが、高齢者問題の導入としては刺激的で生徒たちからかなりの反応が期待できよう。

暴れる認知症患者さん・いつまて我慢すれはいいの?認知症専門医・長谷川嘉哉

 長谷川嘉哉チャンネル「ボケ日和 転ばぬ先の知恵」 2022/11/01 8:42

新たな認知症ケア「ユマニチュード」とは【報道特集】

 TBS NEWS DIG Powered by JNN 2021/09/02 22:57

 認知症患者への接し方は難しく、いまだに手探り状態にあるように思える。しかし「ユマニチュード」の考え方は古典的でありながら、王道を行くものであろう。ヤングケアラーが増えている現在、高校生の間で認知症への理解が広がることが切実に求められているだろう。