プールサイドの人魚姫 -69ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

麻生2

低迷する日本の景気を回復すべく、麻生政権が打ち出した景気対策の一環が「定額給付金」。

これが果たしてどれほどの効果があるものなのか、野党からは早くも反対、疑問視する声が飛び交っている。

消費者は受身の立場であり、国会で決まってしまったことに対しては従わざるを得ない。

総額2兆円もの税金をかけてまで、政府の進めようとする対策が本当に功を奏するのかわたしたちなりに考えてみたいと思う。

これと同じようなことは1999年に起こっている。

当時は確か、公明党の案だったような気がするが、現金ではなく「地域振興券」という形で消費者に配られた。

この券を使い、商店街を探し回った記憶がいまだ頭の片隅に残っている。

2万円程度の買い物だったが、普段は利用しない地元の商店街を知ることが出来たのはよかったと思う。

買い物は殆ど大きなスーパーで済ましてしまうため、おそらく地元に長く住んでいない人たちからみれば、どこで買い物をすればよいのか迷ってしまうことだろう。

わたしたち家族もこの券を使い外食を楽しもうとしたが、対応する店を見つけるのに非常に時間を費やし、結局使わないままに終わってしまった。

このように、過去の経験を踏まえて今回の「定額給付金」については、現金の受け渡しなのか、クーポン券なのか一番よい方法を考えてもらいたいと思う。

判断は各自治体に任せるという丸投げは、失敗したときの責任逃れにも取れるが、これは常態化した政府の手法なので、わたしは既に匙を投げている。

全世帯、全国民に行渡ることが大原則というが、これを受け取る権利のある人は基本的に住所がなければならない。

住所不定のまま生活を送っている人たちが蔓延する現代に果たしてこの「定額給付金」は意味のあるものだろうか?

ネットカフェ難民が急速に増えつつある時代に、このような一部のホームレス状態の人たちを置き去りにするような法案は本当に国民が必要としている問題なのだろうか?

一時しのぎに莫大な税金を使い、その結果殆ど効果がなかったというのでは、やはり庶民の生活から程遠い暮らしをしている金持ち政治家には、この程度の対策しか頭に浮かばないという、やりきれない思いしか残らない結果を招くようでは困る。

仮に現金支給だった場合、おそらく消費者は金を使わず、貯蓄に回すだろう。

政府が思っているより、消費者の財布は固く閉じられているのである。

財布の紐が緩むような政治を今の政府に求めるのは無理難題。与党も野党も同じテーブルの上でサイコロを転がすような博打政治を議論しているうちは日本の景気は戻らないだろ。



オバマ

アメリカは必死だった。必死に変わろうとしていた。

過去の血生臭い亡霊たちから逃れようとしていた。

ベトナム・湾岸・アフガン・9.11同時多発テロそしてイラク。全てがアメリカの戦争だった。

勝者はいずれもアメリカではなかったし、アメリカ国民はうんざりしていた。

2008年11月4日、国民の審判が下った。

オバマ新大統領の誕生とアメリカ建国初めての黒人大統領の誕生である。

人種の坩堝アメリカの歴史が塗り替えられた瞬間だった。

ヒラリー・クリントン、ジョン・マケインなどとの舌戦を制し、国民からの圧倒的な支持を受けて当選したバラク・オバマ新大統領の誕生は、新しいアメリカの旅立ちの時でもあった。

ブッシュ政権が残した課題は大きく、今後のアメリカ経済の建て直しや、イラク問題など解決させるには相当の努力と時間が必要となるだろう。

わたし個人が懸念を抱いているのは、あまりにも国民からの支持が高いと、故ケネディ大統領のように暗殺されてしまう危険が高いということだ。

都合の悪い人物は大統領だろうとCIA長官だろうと抹殺する国だからだ。

だが、そのような危険因子を排除するのも大統領の役目であり、彼が今後アメリカの闇をどこまで追及出来るのかも課題のひとつといえる。

アメリカ国民は、努力は必ず報われると考えている。だから常に希望を捨てない人種だ。

それを培って来たのがフロンティア精神なのだろう。

常に開拓者であるアメリカ人は、絶望と希望を計りにかけるようなことはしない。

彼らはこの二つを同時に選択するからだ。だからそこに余裕が生まれるのである。

これが、アメリカ人にあって日本人にないものの資質なのである。

わたしたち日本人はアメリカの良いところは学ぶべきであり、その思想を受け入れるだけの柔軟性を持つと良いだろう。

今の日本に足りないものがアメリカにはある。

国のリーダーシップ不在が長く続けば、その国はスクリューの壊れた船同様に前進することが出来ない。

それが現在の日本国の状況である。

船出するには何が必要なのか、この新大統領誕生を機によく考えてみようではないか。


借金

借金も財産のうちなどと言うが、これは借金を背負った人の強がりにも聞こえる。

しかながら大きな金額を借りる場合、それなりにある程度の現金がないと借り入れることは出来ない。

わたしたち一般人でも住宅を手に入れる為、借金をする。長い住宅ローンを組みながらも、新築の家を購入した時などは喜びもひとしおだが、毎月払うローンを考えると頭を抱える人も少なくないだろう。

先日、詐欺容疑で逮捕された小室哲哉であるが、あまりに以外な人物の逮捕で驚いた人も多いことと思う。わたしもその一人なのだが、彼の音楽的センスは抜群で、過去に大きな功績を残しているのは誰もが認めるところ。

しかし、彼が音楽以外に手を出し結果的に事業が失敗し、これが今回の詐欺事件に繋がったわけであり、

果たして彼が音楽以外の才覚を持ち合わせていたのだろうかと疑問に思う。

自分の最も得意とする道から外れ違うレールの上を歩きだすと、その先には予想も付かない事態が待ち受けていることがある。

音楽とは別の道に誘い込んだ人物がおそらく存在すると思うが、彼が金の成る木だった頃に様々なところから金儲けの話が持ち込まれたのだろう。

それに欲をかき誘いに乗ってしまったことが彼の転落人生の始まりだったのかも知れない。

自分の器に気づかないことは不幸であり、今まで自分が築いて来た物の大切さを金の為に失ってしまうというのは実にもったいない話である。

わたしが小室哲哉を知ったのはTM NETWORKという3人組みの音楽ユニットの中に彼がいた時だった。

1986年にヒットしたCome on Let's Danceが出会いだった。

小室哲哉自身がこれほど音楽的才能に恵まれているとは当時思っていなかったが、曲を聴いた限りではかなりセンスの良いバンドだと思っていた。

彼ももう50歳近い。これくらいの年齢になれば「徳」というものについてある程度感じるものがあるはず。

人は欲張らず、威張らず、謙虚に慎ましく生きるのが結果的に成功への近道のような気がするのだが。


煙突
 

青い青い十一月の空に

煙突がくっきりと

浮かび上がる

モウモウと灰色の

煙を吐く

風がなびいて

煙を天へと導いて行く

煙になった

父を

風が天へと運ぶ

 

健康

前回の記事「妊婦さんはどこへいく?」に対し、皆さんから多くのご意見を頂きありがとうございました。

問題を提起したまま終わらせることは無責任であり、関連記事を書かなくてはならないという思いに駆られてはいたものの、わたし自身の言葉を捜すのに随分と時間を費やしてしまったため、ブログの更新が遅れてしまったことをこの場を借りてお詫び申しあげます。

「受け入れ拒否」や「たらい回し」と言った言葉がマスコミを通じて一人歩きしている。

これらの情報で批判の矢面に立つのは医療従事者や病院。

患者を受け入れられない事情がそれぞれの病院にあることは事実であるが、コンピュータテクノロジーが発達した現代に置いては、あらゆる情報を光の速さで共有出来る時代でありながら、一人の命さえ救えないという現実に矛盾さえ感じる。

日本全国の病院をネットワークで構築し、常に最新の情報が医療従事者に届けられるようなシステムを作りあげるべきだとわたしは思う。

医師や看護師などの立場と緊急を要する患者の立場、そのどちらをとってみても被害者は常に両者であるとわたしは断言する。

医療先進国と呼ばれるアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、スウエーデンとそして日本。

医学の進歩は目覚しい発展を遂げているにも係わらず、その恩恵に恵まれる人間は一握りの数でしかない。

医療の進んだ国が十分な技術を提供しているかといえばこれには疑問が残る。

例えば、新生児の死亡率だけを比べてみても、その差は明らかであり、最も死亡率の高い国はアメリカである。

その逆に日本は最も低い。年間に産まれる子どもの数に違いはあるものの、WHOによれば日本の医療水準は世界一だという。

最も安全で健康な国と評価されているのである。

日本人は被害者意識が非常に強い。もちろんこれには同情なども含まれているが、客観的に事実を見つめる視座があれば、無責任なマスコミの報道に踊らされることも少なくて済むだろう。

現在の日本に欠落しているものは「団結心」である。

60年前、日本は原爆を二つ投下され、無条件降伏という屈辱的な敗戦を強いられた。

国が誕生して以来のどん底状態であったが、マッカーサーは日本人の勤勉さと生真面目な性格を見抜いていた。

アメリカの後押しがあったにしても、わずか数十年で経済大国にまで成長した。

国民がひとつの目的に向かって団結していたからこそ達成できたのである。

やがて日本は経済的にも豊かになり、個人を重んじるようになっていった。いわゆる個人主義の到来である。若者は大都会へと流れ、地方では過疎化が始まる。

そして核家族化が拍車をかけ、少子高齢化の時代がやってきた。

教育、医療、環境とそれぞれの問題点が噴出し、ストレスの塊に覆われる現代人は心を病む人で溢れかえることとなる。

身勝手な大人たちが増え、それが子どもたちにも感染し引きこもりや不登校に陥る病んだ子どもが増加して行く。

医療先進国とは名ばかりで、医者でさえ、患者の顔色を伺いながら診察する現代に真の医療など存在するはずもない。

そこまで追い込んだのは誰なのか?それはわたしたち国民なのである。

医療崩壊は国民全体の責任であり、皆が団結しなければ解決策は見つからないし、未来の医療に希望の灯りを点すことさえ出来ないのだ。

研修医制度の見直しや医師会の立て直しも必要だろう。

国をよくするも悪くするも国民の意思ひとつであり、わたしたちには国を変える力があることを再認識してもらいたい。

最後に今回も100を越えるコメントを頂きましたが、医療に係わる方の意見は実にリアルであり、大変参考になるため、皆さんももう一度目を通して頂ければ幸いです。


赤ちゃん

赤ちゃんを生む場所は設備の整った病院が一番安心だが、人によっては自宅、或いは助産院での自然分娩選択する女性もいる。

因みにわたしは自宅で産まれた。とり上げてくれた助産婦は「竹中ちよ」さんという。

体重3200gの健康体だった。しかし、それが今では病気だらけで闘病生活も長くこれからも死ぬまで病院や薬に頼らなければならない。

先日、東京都内7ヶ所の病院で受け入れ拒否された妊婦さんが死亡した。

その内容を新聞などで知り、痛ましいくやり切れない事故だと思った。都立墨東病院といえばわたしの住んでいる所からそれほど遠くないし、過去に子どもが喘息の発作を起こした時に連れて行った記憶がある。

記者会見の内容で皆さん既にご存知と思われるが、妊婦さんの死因は「脳内出血」の手術ということであったが、これもやはり不幸が重なって起きた事故と判断してよいものかどうか迷う。

過去に「たらい回し」について記事を書いた時、100を超えるコメントが寄せられた。

たらい回しの経験者、そして医療従事者からのコメントだが、その半分は記事に対する批判であった。

わたしも救急車に乗った経験があり、病院に搬送されるまでの恐怖はよく分かっている。

ただ、現在の医療体制が不十分であることも理解しつつ、記事を書いていかなければならない。

片方に偏ることは避け、病院・医者、そして患者の立場から視点を変えてこのような問題をどのように解決して行かなければならないか、皆さんからの意見を伺いたいと思う。

まず、子どもは世界の宝物であることを基本に置かなければならない。

安心して子どもを産み育てる環境作りは年金の問題より重要課題ではないかと思う。

このままの状態が今後も続くようであれば、少子化は更に拡大し子どもの笑顔が街から消えるのもそう遠くはないだろう。

医療崩壊の原因を作ったのは厚生省、政治家であるが、過ぎてしまったことを嘆いても進展は見込めない。

教訓として活かしつつ、発展的なコメントをお待ちしております。


サイゼリヤ

大手ファミリーレスランの一角を担う「サイゼリヤ」の人気メニューの一つであるピザから有害物質「メラミン」が検出された。

サイゼリヤはわたしもよく利用するが、その魅力はなんと言ってもイタリア料理が手軽に食べられるからである。

料金も他のファミレスと比べ非常に安い。財布の中身が心細い時などは重宝するレストランだ。

これほど安価に料理を提供出来るのにはそれなりの理由があるだろうと、以前からおそらく食材は中国からの輸入品だろうと推察していたが、やはりその通りだったことは残念であるが、サイゼリヤ自身が隠蔽工作をすることなく俊敏に公表したことは企業として評価したい。

この問題についてサイゼリヤはピザを食べた人に代金を返品するという。これも今までには例をみない処置としては高く評価するところであるが、これがサイゼリヤ自身の首を絞める結果になる可能性も捨て切れない。

このどさくさに紛れて返金を要求する者が必ずいるからだ。レシートがなくても要求に応じるというのは、かなり勇気の要る決断だっただろう。

しかし、企業のプライドと客に対する最も大切な「真心」であるとわたしは解釈した。

それにしても、つい先日記事にしたばかりの「冷凍インゲン」。同様な事例がこうも次々と起こっては、どこかで歯止めをかけないとこのような毒物入り食材の問題は半永久的に続くことになる。

民間はそれでも独自に対応をしているがやはり限界がある。

安全且つ美味な料理を庶民に味わって貰う為にはそれなりの努力が必要で、今までは必要のなかった仕事が増えることは会社にとって利益の損失につながる。

経営者側の立場から見れば非常に頭の痛い問題ではあるが、食材を輸入に頼らざるを得ない国の状況が引き起こした問題であり、責任は国、政府にある。

事の真相を積極的に解決しようとしないその背景には、直接的な健康被害が報告されていないからだろう。有害物質によって多くの死者が出たときになってからでは遅い。

毒物はわたしたちの目に触れない部分で確実に身体を蝕んで行く。それはがん細胞と同じであり、今の世代に影響が出なかったとしても次の世代が安全かは誰にも保障出来ないだろう。

人の命は先祖から受け継がれてきたものである。それを自分たちの世代で破壊してしまってよいものだろうか。

命は自分だけのものではないことをこの食の安全から学ぶべきである。

毒入り

中国製の農薬入り餃子で検出されたメタミドホス。この餃子事件も結局のところ未解決のまま終息した感がある。

今では子どもでも知っている言葉「メタミドホス」だけが一人歩きしてしまった。

食の安全が脅かされ始めてから久しいが、今年も相変わらず次々と世間を騒がせる。

しかしそのどれ一つとっても解決した事例はない。

最近騒がれている冷凍インゲン。これも中国からの輸入品であるが、殺虫成分のジクロルボスが混入。

密封された袋に目に見えないほどの小さな穴が開いていたという。

輸入先ニチレイフーズでは配送中の事故によるものではないと考えているようだ。

どの段階で穴が空けられたか、人為的なものなのか、捜査は餃子のときと同じように困難を強いられるだろう。

しかしながら、これまでに同じような事件・事故が多発しているにも関らず、教訓というものが全く活かされていない。

今回のインゲンについてわたしなりに推理すれば、おそらく人為的なものだろう。

誰かに恨みを持つ者の犯行ではなく、よくある愉快犯。

1ミリほどの穴が開いていたとなると、犯人は注射器を使った可能性が高い。

使い捨て注射器などは誰でも手に入るし、不法投棄された場所に行けばいくらでも針付の注射器が転がっている。

ターゲットが無差別という場合は「テロ」と同じ。

しかし最も恐ろしいのはこのような事件・事故に麻痺してしまうわたしたちがいることである。

生きているからこそ恐怖を感じるのであって、恐れを忘れてしまった人間は死んだも同然であるといえるのではないだろうか。

テロ支援

アメリカは武器を使わなく戦いに負けることが実証された。

ブッシュ政権によるテロとの戦いは事実上頓挫したと言ってもよい。

北朝鮮への「テロ支援国家解除」に踏み切ったということは、日本をまたいで通り過ぎたアメリカの傲慢なご都合主義である。

つまり拉致問題を抱える日本は蚊帳の外、アメリカにとっての拉致は所詮対岸の火事に過ぎないと言うことだ。

でなければ解除に踏み切るわけがない。日本はこれまでアメリカに頼り過ぎた。自分の国で起きている問題はやはり自力で解決すべきであり、その為の支援を他国に委ね過ぎると思わぬ結果を招き、期待は大きくはじかれる。

国会議員たちの頭の中はおそらく次の選挙のことで頭が一杯だろう。

不満を表にしても実行しない国、それが日本だ。だからアメリカや北朝鮮・韓国にまでなめられてしまうのである。

ブッシュ政権の手の平で踊る人形から早く脱皮し、アメリカの描いている幻影から目を覚まし、日本独自の外交戦略を展開すべき時が迫っていると言える。

三浦

裁判は真実を明らかにするためのものであるが、その内容が全て真実とは限らない。

では、真実とは一体何であろうか?

三浦和義容疑者自殺の報道が新聞紙一面を大きく飾る。それだけ彼の容疑に対する関心が大きく、話題性を呼んだことは確かであった。

「ロス疑惑」と呼ばれた事件は27年前の1981年に起こった。

三浦容疑者の妻である一美さん銃撃事件。この件について真犯人は上がっておらず、1億6千万円の保険金殺人事件ではないかと、当時は思われていた。

日本国内では無罪が確定し、この判決について当時の様子を知る人たちには「疑惑の判決」として記憶に残った。

わたしもその中の一人であった。

まだ30代という若い三浦容疑者の行動や言論が演技に見えて仕方なかったし、妻の遺体を前にして号泣する姿はわざとらしく、全て計算されたかのように思えたものである。

ロサンゼルス市内で起きた事件に対し、ロス市警はおそらく別な角度からこの事件を解決しようとしていたのだろう。

無罪確定から数十年の間にもアメリカの捜査当局は諦めることなく、真実を追い続けていたのである。

三浦容疑者にとってこの再逮捕は致命的なものだったのだろうか?

長い間マスコミや世間を敵に回しながらも自分の無実を訴え続け、そして勝ち取った「無罪」。

これは真実ではなかったのだろうか。

再逮捕された時もやはり昔のように徹底的に戦うと言い続けていた彼の突然の自殺は、一体何を訴えようとしたのだろうか。

本人が亡くなってしまった以上真実はベールに包まれた。そして真実を知る者は亡き一美さんと、三浦容疑者だけであるが、仮に共犯者がいたとすればこの事件に終止符を打つのはまだ早い。

彼の人生を描いた推理小説「ロス疑惑」はいまだ未完成である。