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プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


プールサイドの人魚姫-ブラック

政治ごっこに明け暮れる政治家たちのねじれ国会がスタートを切ったが、どの角度から見てもブラック国会に思えてならない。

 小泉純一郎が去った後の政界は長期安定政権が誕生せず、短命政権が定着してしまうという日替わり定食の政治が日本の行く末に暗い影を落とし、景気回復の足を引っ張る形となっている。

 外交の絡む普天間基地や拉致問題などは政権が安定しないことから、一向に解決への道を閉ざされたままだ。

 他国から日本を見れば、交渉の座に着こうにも僅か一年も持たない政権や首相に対し、疑心暗鬼にならざるを得ず、対話の余地を生む相手が不在という現状である。

 タレント議員やどうみても役に立たないのでは?という人物が名を連ねる参議院、この人たちに高い給料を税金から払ってしまってよいのだろうか。

 仕事をしない政治家は無用であり、頭数だけを揃える国会運営そのものも実にナンセンスだし、膿を出し切れない相撲界と同じで、隠蔽体質が根深く蔓延っている現状では、どんなに肥料を与えても芽吹かない荒地そのものである。

 育児放棄や虐待が流行る中で、政治放棄とも思える政治家たちの発言には憤りさえ抱いてしまうが、日本の荒廃がこれ以上拡がらないことを願うばかりである。


プールサイドの人魚姫-脱線

ハイジの故郷であるスイスは、豊かな自然に恵まれた観光地が至る所に点在する美しい国である。中でも人気の高いアルプスは、最も宇宙に近い地球の背骨と評され、年間何万人もの観光客が訪れ、その雄大な地球の歴史を満喫して帰って行く。

その山岳地帯を縦横無尽に駆け抜ける「氷河特急」は、世界一遅い特急列車という異名を持つ。時速30キロのスピードは、観光客が充分にアルプスの山々などを堪能出来るようにとの配慮と、曲りくねったレール上を走る上での安全運転も兼ねているものと思われる。

無事故80年のこの列車がよもや大惨事の列車事故を起こすなどと、ハイジも想像すらしなかったことだろう。

死者一人を含む日本人観光客多数が被害に合ってしまった、スイス至上最悪の脱線・横転事故は何故起きてしまったのか、現在スイスの鉄道事故調査チームが必死の原因究明を行っている最中だ。

 わたしは専門家ではないから、事故の背景はよく分からないが、事故を起こした列車は新型車両と言うことから、その安全性に配慮が欠けていたのではないかと言う疑問が残る。

 事故後2日目にして運転を再開していることから、安全性によほどの自信があるのか、スイス人気質なのか分からないが、もし、日本の観光地でこのような事故が起これば、おそらく原因がある程度判明するまでは通勤電車でもない限り走らせるようなことはしないだろう。

 車両は新品でも、レールはどうだろう。重い車両が毎日何本も走ればどれほど頑丈なレールであってもやはり磨耗するだろうし、車両との相性というものも重要なポイントになるのではないだろうか。

 80年という長い期間に一度も事故を起こしたことがないという部分に「隙」が生じた可能性もある。無事故ゆえの「驕り」か、或いは自然のいたずらなのか。

 とにかく、一日も早い事故の原因究明と被害者への真摯な対応を望むものである。


プールサイドの人魚姫-拉致

 天気が良く澄み切った空気と波の静かな日には、新潟の海岸から北朝鮮を眺望する事が出来る。それほど近い国でありながら、拉致被害者にとっては蜃気楼のように遠くて儚い国なのだろう。

 自力で拉致問題を解決出来ない日本及び日本政府は、韓国やアメリカに協力要請をしているものの、諸外国から見れば、他国の揉め事に付き合うほど余裕はなく、対岸の火事は火の粉が飛んで来なければ重要課題として捉える事はない。

 特赦により「死刑」を逃れた「大韓航空機爆破事件」の実行犯である元北朝鮮工作員「金賢姫」が、韓国の計らいにより、日本を訪問した事から、拉致ニュースが連日報道されている。

 こんな事でもない限り、拉致問題が表舞台に出てくる事もないほど、この現実が時間とともに風化していることを横田夫妻の白髪が物語っている。

 金賢姫のVIP待遇が気に入らないらしく、野党から批判が相次いでいるが、政府は拉致被害者より元北朝鮮工作員の方が大切だと思っているのだろう。

 自分たちの力だけでは、消息不明の「横田めぐみ」さんなど、拉致された人たちを探す手立てが見つからないのだ。

 実に情けない話であり、マニフェストに「拉致問題解決に全力を挙げる」と高らかに叫んだ政党或いは政治家がいただろうか。

 「このような国を国家などと呼ぶのも虫酸が走る」と言ってしまったら「それは言いすぎ」と咎められそうだが、十数年経った今もなお、解決の糸口は見つからない。

 自分の子ども、友人、親類縁者が同じような目に合わなければその痛みや苦痛は分からない。おそらく、日本国の殆どがそのような状態だろう。

 せめて横田夫妻が生きている内に、金正日が健在な内に拉致は解決しなければならないほど、国家の重要課題であることに気がついて貰いたい。

 

プールサイドの人魚姫-蛍

 

 

蛍を捕まえて来てと

君が泣く

今は冬だからと

君の傍らに寄り添い

なだめてみるが

それでも君は

蛍を捕まえて来てと

涙で訴える

冬の瞬く夜に出て

夏を探しに出かける

冷たいベッドに沈む

君のために

蛍を探しに出かけてみる

凍てつく空と

枯れた地上の間に

埋もれた夏を

見つけるために

そうしないと

君が

蛍になってしまうから

蛍の啼く夜には

もう

帰りたくないからね

 


プールサイドの人魚姫-曼荼羅

昨日アップしました、「俳句作家募集」の記事ですが、葛原氏より一部追加と訂正の依頼がありましたので公開致します。

 大衆文藝誌「ムジカ」創刊号→創刊準備00号

 9号までは葛原氏の責任編集のノンジャンル個人誌でありますが、10号から商業誌に移行。俳句を現在急募中ですが、それ以外も募集致します。


投稿規程:

11735行以内(見開き1段組)または70行以内(見開き2段組)

短歌10首 最大15首まで(1ページ)タイトルをつけてください。

俳句10句 最大15句まで(1ページ)タイトルをつけてください。

小説:本文70×28字(見開き2段組)最大4ページまで。

エッセイ/書評:本文70×28字(見開き23段組)書評の場合、書籍の写真データ・出版社名・発行年月日・本体価格を添付してください。

評論/時評:本文70×28字(見開き23段組)最大4ページまで。

写真/漫画/絵画:代表・葛原までお問い合わせください。


お一人3ジャンルまで、掲載を検討できます。詳しくは代表・葛原までお願い致します。

原稿別紙にお名前・住所・電話番号と、掲載可能でしたら略歴(180字以内)・ 

プロフィール写真(著者顔写真に限らず)ご記入・添付の上、ムジカ事務所・葛原までご郵送またはワード文書にてメールでお送りください。

 希望者には、案内書(ムジカのパンフレット)と投稿規程をお送りします。

送付先/〒110-0015東京都台東区東上野5-10-6 林ビル202

    大衆文藝誌ムジカ代表 葛原りょう

E-Mail/bungei_musica@yahoo.co.jp

創刊準備号の原稿締め切りは8月15日ですが、作品は随時受け付けておりますので、皆様、奮ってご参加下さい。


プールサイドの人魚姫-ムジカ

 詩人・歌人である葛原りょう氏に始めて会ったのは2009年4月27日、吉祥寺のライブハウス「曼荼羅」だった。

 ライブの後、交流会も兼ねた二次会に参加し、葛原氏の隣に席を設けた。彼の詩に対する思いや精力的な活動に圧倒されつつも、わたしと彼との間に多くの共通点がある事を発見し、「詩人・葛原りょう」を更に深く知りたくなった。

 彼の紡ぎ出す言葉の力は、日本語が元来持っている「美」を「怒り」「悲しみ」「喜び」に置き換え、正当な日本語として、圧倒的なまでの迫力で表現する彼の手法に心を打たれたのである。

 「出版社を作りたいんです…」

 思いも寄らぬ彼の言葉にわたしはビールを零しそうになったが、30歳というこの青年が持ち続けて来た、おそらくは彼の「夢」であろうと思われるその大胆さに、自分が非常に小さい存在に思えてならなかった。

 ―詩は消費されたがっている。一部詩人の占有物でなく、普遍に、当たり前に暮らしている人々の心に寄り添いたがっている。読まれたがっている。―

 これは、彼自身の言葉であるが、わたしも実際に詩集を出版してみて、日本に於ける「詩」の現状に落胆を隠せないでいた。

 欧米と違い日本は仏教の国であるが故に、詩の歴史そのものが非常に浅い。現代詩の書き手たちは自分の懐から出ようとせず、内なる世界で難解な言葉遊びで自己満足している。

 表現者として大衆の面前に自分をさらけ出すことに躊躇しているばかりだ。例えば聖書は最高の詩集であるだろう。神の言葉は全て詩として表現されている。

 そしてインディアンの言葉に耳を傾ければ、それは星を物語り、山や河を越えて、海の果てまで届いて行く。

 「詩の回復の試み、自らの役割」と言う彼の宣言に、わたしは共感し出版社の立ち上げに賛同・参加を決めたのである。

 主な賛同者に、角川春樹、新川和江、白石かずこ等がおり、このプロジェクトをなんとしてでも成功させたいと心から願っている。

 現時点での執筆確定者はわたしも含め23名ですが、更に多くの参加者・賛同者を求めたく、記事を公開致しました。 

 短歌、俳句、川柳、小説、絵画、写真、漫画…ジャンルは問わない。

 今のところ「俳人」が不足している為、俳句を嗜む方からのご連絡をお待ちしております。

 創刊号120ページ(カラー20ページ) A5判 定価1,000円。

 ISBNコード付き。

原稿締め切り:平成22年8月15必着。



プールサイドの人魚姫-選挙

「参議院選挙の敗北は、菅総理の暴走が招いたものである」

―わたしの指示通りに動いていればよいものを、一人で勝手に舞い蛾って口を滑らせおって―

 小沢一郎元幹事長は、腸の煮えくり返る思いで選挙速報を見つめていた。

選挙結果は、連立政権を築いて来たパートナーの社民・国民新党も含めての敗北であったが、予想以上に議席を伸ばした自民党が勝利したとも思えない結果である。

一人勝ちしたとすれば「みんなの党」。競馬に例えれば大穴。選挙賭博をして「みんなの党」を買っていれば今頃、勝利の美酒に酔いしれているのではないだろうか。

消費税はいずれ上げなくてはならない時が必ず来る。増税のタイミングは世界の経済情勢も含めて、慎重に行わなければ国民の理解はまず得られない。

過半数割れを起こした事で「ねじれ国会」がまたしても不安定要素を生み出し、ドタバタ国会の戯曲が今年後半を占拠することになる。

与党に成り上がった民主や連立の党首たちは、不慣れな与党揺れに船酔いを起こした状態が続き、バランス感覚を失ったまま、政権の舵取りすら出来なくなり支持率が低迷する。

無責任な野党でいた方が楽…野党に戻りたい。と、そんな声が漏れ始めたりしたかどうかは別として、きっぱりと与党としての「仕事」をして貰わなければ困る。

ばら撒いた種が実を結ぶのはまだ先の事であるから、じっくりと時間を掛けて育てるのも政治家の役目である。撒いた種に水をやらなければ育たない事もよく頭に入れて置くべきだが、やりっ放しと言うのが一番いけない。

後片付けもしっかりやって置かないと、引き継いだ政党が同じ過ちを犯すだけである。今回の参議院選挙の結果は「国民が民主党にお灸を据えた」と言うことだろう。


プールサイドの人魚姫-賭博

 財団法人 日本相撲協会は名称を改め、本日より「大日本賭博協会」と致しました。

 日本人力士がどうして弱いのか漸く分かった。外人力士が強すぎるとばかり思っていたが、それはわたしの買被りだった。

 野球の試合結果ばかり気になる力士たちは、稽古や勝負に全く実が入らなかったようだ。本来の相撲はそっちのけで、野球賭博に骨身を削る力士や親方たちに愛想を尽かしたのは、わたしたちだけでなく、最も大切なスポンサーまでもが、ソッポを向いてしまった。

 自業自得と言えばそれまでだが、前回の記事で、「NHKが放送を自粛すればよいと」提案した事が現実となり、相撲離れが加速する一方だ。

横綱白鵬にまで飛び火した賭博問題は、白鵬自身が花札賭博に手を染めた事が、彼自身の言葉で明るみに出たが、ギャンブルの怖さは、最初は遊びのつもりで始めた賭け金が気づくと万単位になり、更にエスカレーとして行き、万札が何枚も宙を飛ぶ結果となる。

 ギャンブルは覚せい剤的な依存性があるから、場合によっては一家離散というケースが幾つもあり、人生を台無しにしてしまったという話しをよく聞く。

 今回の件で、悪質性が最も高い元大関琴光喜と、元大嶽親方が解雇という処分になったが、後の関係者は謹慎処分と減俸という、生ぬるい処分に留まっている。

 歴史の長い国技と言われる相撲道に、取り返しの付かない最も不名誉な汚点を残してしまった事に対し、理事会の「名古屋場所開催」の判断は恥の上塗りに他ならない。

 相撲をやっている場合か?本当に猛反省しているのか?と言った疑問が全く解消されていない。野球賭博の全貌解明も未だに出来ていない状態での場所開催は、理事会の傲慢そのものだ。膿を出し切らない内は、やはり名古屋場所を中止し、その時間を徹底解明に当てるべきである。

 もちろん、名古屋場所を楽しみにしている相撲ファンも大勢いるが、中止したとしても理解は得られる筈で、暴力団との決別が明らかになった時点で出直す事が、ファンに対する礼儀でもある。

 数十人近い力士が土俵に上がれず、天皇杯や外部からの表彰も辞退する事になり、そのような状態でまともな場所を開催出来る筈がない。

 ここまで名古屋場所開催に固執する相撲協会の考えは理解に苦しむ。開催すべきという意見も一部にあるようだが、やはり中止する勇気を持つことこそ、真の相撲道には必要なことであるだろう。

 スポーツには全体責任という言葉があうように、一人の失態は全員の責任という、徹底した管理と規律を重んじるのであれば、責任を当事者だけに押し付けてしまうのは、自浄作用とは程遠い内容であり、改めて相撲界の特異な体質が根深い事を裏付けるものである。

 今回の野球賭博問題を受けて、外部有識者による独立委員会も設置されるようだが、メンバーに些か疑問が残る。

 彼ら全員が相撲界とは利害関係のない人物かどうかである。各メンバーの肩書きなどを見ても、本当にこれが正当な機能を果たすのか疑問が拭えない。

 いっそのこと相撲協会を株式会社にしてしまった方が、自浄作用は働くのではないかと思える。そうなると相撲は国技と呼べなくなるが、「国技」に拘る必要は既に残ってはいない。

 すべてを一新して再スタートを切るのであれば、そのくらいの大改革が必要ではないだろうか。


プールサイドの人魚姫-お中元

先日、友人からメールが届いた。

「郵パックで荷物送ったから」

「ありがとう、でもまだ届いてないよ、いつ送ったの?」

「土曜日に送ったけどね」

こんなやり取りをしたのは、昨日の事だった。TVのニュースを見ると、「ゆうパック32万個に遅配」。いまだに遅れは続いているらしい。

 お中元の季節だから、どこの宅配業者も多忙を極めているだろう。だからと言って荷物が遅れるとは誰も想像すらしない。

 ゆうパックや黒猫ヤマト、佐川急便など様々な宅配業者をわたしたちは利用するが、「安全・確実・スピード・料金」などで、宅配業者を選ぶ。

 荷物は災害の影響を除けば、予定の日時に届くことが大前提であり、それが信頼に結びつく。

 孫の誕生日プレゼントや、恋人への贈り物、荷物によってはその日に届かなければ、有り難味が半減してしまうものもあるだろう。

 遅配の原因は「ゆうパック」と「ペリカン便」を統合したことによる準備不足らしいが、システムの違いで、利用者に迷惑をかけるなどもっての他である。

 システム統合で混乱を招くリスクを日本郵便は事前に察知していた筈で、リスク回避の為の準備を怠り、見切り発車した結果なのだろう。

毎日、大量に送り届けられる荷物には、様々なドラマが詰め込まれている。年に数回しか会えない人たちや、家族と離れて暮らしている人も多くいるだろう。

荷物は心である事を忘れないで欲しいし、もちろん30度を超える暑さの中を駆け巡る業者の姿を見て、荷物が届いた時には、「お疲れさま、ご苦労様」と声を掛けることも大切である。


プールサイドの人魚姫-FIFA

パラグアイ戦を楽勝ムードに盛り上げてしまったマスコミとスポーツ解説者たち。PKの悪夢からいまだ覚めずにいる日本代表は、精一杯の笑顔で帰国したが、彼らに「済まなかった」と謝罪の言葉をかけるマスコミ関係者は一人もいなかった。

力が拮抗するチーム同士が戦えば、総合力で勝るものが有利であるという視点は的を得ていない。

 ワールドカップのように短期戦で勝負がつく場合それを左右するのは、やはり個人の持つ技量とパワーであり、どれほどチームワークに長けていようと、ボールは一つなのだから、仲が良いだけでボールをゴールにまで運ぶ事は出来ない。

 世界の壁が如何に高いかを実感した日本代表だが、パラグアイとの差は「プロ意識」だっただろうか。日本にJリーグが根付いたのは1990年代で、プロサッカーの選手層は決して厚いものではなかった。華々しい話題を提供するプロ野球の影に隠れて、スター不在の日本プロサッカーは、観客動員数の伸び悩みや、クラブオーナーの経営ミスなどが重なり、世界レベルのサッカーを育てるまでには至らなかった。

 バブル崩壊のつけが、スポーツにまで及ぶという、タイミング的には不遇の時代を背負ってしまった事が、日本代表敗退の根底にあるような気がしてならない。

 世界のサッカーが国の在り方を示しているように、国を挙げてサッカーに取り組む姿勢そのものからレベルの違いを見せ付けられるのである。

 決して日本が弱い訳ではなく、他の国と比べても劣っているわけでもないのだが、それでも試合に勝てないのは、おそらく「国力」の差にあるのだろう。

それにしても、クーラーの効いたスタジオでニュースを盛り上げる為に「岡田Japan」を商品化するマスコミと、それに感化されてしまったかのように岡田監督の唇は滑らかだったし、便乗する選手たちの戯れ言葉は、TV用に作りあげられた内容だったが、南アフリカの物真似は「アパルトヘイト」を連想させるので放映すべきではなかった。

 いとも簡単に「侍」を口にする彼らが真の侍であれば、芝の上で腹を切る覚悟があっただろうし、互いの傷を舐めあうような行為はしない。

 PKを外した「駒野」に 仲間は励ましの言葉を掛けるが、砂漠の心に届く声は水蒸気のごとくに蒸発した。彼のサッカー人生はPKの十字架を一生背負うこととなったが、彼が真の侍ならば、その仇討ちはいつか必ずや果たすことだろう。

 サッカーは格闘技でもあり選手は皆、孤高のファイターである。そして日本が世界の壁を破るのに必要な事は、自分の中に仲間を作るのではなく、敵を作ることである。

 審判も監督も仲間もファンも母国もそして自分自身も敵だと思え。道はそこから開かれるだろうし、次元のステップアップにも繋がるだろうから。