携帯電話で50%以上のシェアも持つトップブランドNTTドコモが秋の新製品を打ち出した。音楽面で他のメーカーより出遅れた感があった為か、新製品は音楽を最も強化し、若者にアピールして行く作戦だ。これに伴ってau、ソフトバンクも次々と新製品を投入。携帯電話を巡るシェア争いが益々過熱して来たと言える。最近では電話そのものよりも安くて便利なメールに重点が置かれ、料金形態にも各社の特色が現れている。小型化はもちろん軽量、薄型、機能満載と携帯電話は既に電話の域を超えて情報収集の必須アイテムと言ってもよいだろう。快適な使用感と利便性を兼ね備え、携帯業界は今後益々発展して行く。その一方で携帯電話が人体に及ぼす影響については、今ひとつその安全性について根拠が乏しく、おおよそ安全であろうと言う憶測の域を脱していないのが現実。ペースペーカー装着の人、病院内での使用禁止など、携帯電話が及ぼす機器類への誤作動に対する注意勧告程度。さて誤作動を起こす問題のある携帯電話から一体何が発生しているかと言えばご存知の通り「電磁波」である。携帯電話だけがこの電磁波を発生している訳ではなく、人体からも少なからず発生し、電気製品全ては電磁波を発生しているが、人体に及ぼす影響として「脳腫瘍・白血病・癌」などがある。長時間この電磁波を浴びる事によって、少なからず人体が影響を受けている事は否めない。携帯電話の電波が脳にどの程度影響を及ぼすのか、実験段階では安全だと言われている。送電線のような電磁波を大量に発生する地域に住んでいる人たちのデータから白血病・癌などにかかる確率が高いと言う報告もある。目に見えない恐怖、それは私たちが恩恵を受けている身近な物から発生しているのかも知れない。
私が心臓の弁置換手術を受けた時、担当医がこんな事を言った。「弁が壊れる確立は0.5%です、交通事故に会う確立より低いですからね」黒ぶち眼鏡の奥で目が笑っていた。私はそれを喜んで良いのか複雑な気持ちで受け止めていた。壊れる事は即ち「即死」である。弁は機械だから当然何れは壊れるだろう。耐久年数は150年と言われていても常に壊れる確立が0.5%存在する訳だ。
車が増え続けると共に年々増えて行く交通事故。その原因は様々で飲酒運転、スピードの出し過ぎ、居眠り運転、わき見運転など。この中で最も悪質なのはひき逃げだろう。それも飲酒運転でのひき逃げが結構多い。何時だったか園児達の列に車が突っ込み数人の園児が亡くなった。飲酒こそしていないものの、車内で探し物をしていたらしい。ハンドルを握ったら前方後方をしっかり確認し、緩やかに発進すると教習所で教わった筈なのだが。運転に慣れるて来ると初心を忘れる。心に油断が出来それを過信してしまう傾向が高い。誰しも事故を想定してハンドルを握ってはいないだろう。事故には必ず原因がある。乗車する前には心で安全祈願をし、そして一日の終わりには事故を起こさなかった事に感謝しよう。ハンドルに愛情を込めれば車は優しく走ってくれる。そして本当にお酒が好きな人は飲酒運転をしない、何故なら酒の恐さを知っているからである。
昨年一度アップ済みではありますが、中途半端に曲が終わっているので再度アップ致します。既に紹介済みなので、知っている方も多いかと思いますが、もう一度紹介します。この方と会ったのは昨年の今頃、澄み切った秋の青空を遠くに見上げながら応募締め切りに間に合わせる為、公園のベンチで小説を書いていたいた時でした。後ろから突然ギターの音色が響き、振り向くと10mほど先のベンチにちょっとユニークそうなおじさんが座って、ワンカップの焼酎を美味そうに飲んでいました。すかさず私は近寄り、声を掛けあっと言う間に友人となりました。作詞・作曲そして小説もたしなむちょい悪おやじ風でギャグ満載の個性的な人間味溢れる方でした。地元ではギターマン田中と呼ばれ、結構人気者らしく、近くを通る人が挨拶をして行きました。ペンネームは弥栄三十三(いやさかさんざ)ふりがなが無いと私には読めません。実に語彙の豊富な小説を書いております。もちろんこの曲もオリジナル、かなりロックンロールしていると思いませんか?ところで日本音楽著作権協会からクレームが入り、石井ひろあきさんがよく歌っているビートルズナンバーなどは削除せざるを得なくなりました。非常に残念です。アメーバビジョンからアップしてみようかと思案中です。
ボクシングをK1の様な人気格闘番組にしたい。TBSのディレクターはそう考えていた。しかし、それには主人公であるスターが必要。そこに現れたのが亀田一家、父と三人の息子達がボクシングに打ち込む姿は誰が見ても感動するに違いない。ディレクターはそこにボクシングを通して培われていく父との絆を演出しようと考えた。これなら行ける、そして亀田一家の密着取材が始まった。亀田興毅、大毅ともTBSが想像する以上にボクシング界に頭角を現し、勝利する度に彼らのカリスマ性が広がって行き、多くのファンの心を捉えて来た。亀田一家がTVに登場する機会が増すに連れ、ファンは急激に増え続けて行く。ディレクターの思惑通りのシナリオが徐々に完成して行った。そして迎えた2006年8月2日に行われたWBAライトフライ級タイトルマッチ、相手は王者ファン・ランダエタ。この試合は亀田興毅の為にTBSが全力を注いで作った晴れ舞台でもあった。どうしても亀田興毅に勝って貰わなければならない試合でもあり、ここにTBSが長年作り上げて来たタレントボクサー「亀田興毅」の姿があったのである。しかし、大きな落とし穴が待っていたのも事実で、おそらく予想を遥かに超えてシナリオは歯車が狂い始めていったのである。「八百長」と言うもっとも恥じるべき展開。誰もが信じ難い結果が待ち受けていた。この試合が仕組まれた物だったかどうかは分からない、だが疑惑の判定として、ボクシング界に一つの汚点を残したのは事実である。その影響は先日行われた亀田大毅のプロ6戦目になる試合に大きく響いた。世界ボクシング界の権威者を招いた試合はバッシングの嵐で会場は大揺れ。またも微妙な判定で亀田大毅が勝者となったが、その内容に納まりきらない観衆と亀田ファンとの間でリング外の乱闘騒ぎに発展してしまい、日本ボクシング界の醜態が浮き彫りになってしまったのである。深夜に行われた放送にも関わらず10%近い高視聴率を得たこの試合に対する関心度が如何に高かったかが、伺える。本来ならばゴールデンタイムに放映したかったTBSだったが、兄の世界戦の状況もあり、異例の深夜放送となった。10月18日に予定されていたファン・ランダエタとの再戦は亀田興毅の怪我により12月20日に延期となった。プロボクサーであれば、初めから負けると分かっているリングには上がらない。ただ、大きなファイトマネーが絡むような試合に於いてはこの限りではない。
熊に襲われる被害が各地で相次いでいる。秋も深まり、冬が足音を立てながら近づく山奥で熊は冬眠の準備に追われ、空っぽの胃袋を満たさなければ冬は越せない。自分のテリトリーを見回しても食べられそうな物は殆ど見つからず、しぶしぶ山を下りるのである。手馴れた獣道は無く、八方塞りの状態で恐々民家の近くまで下りて来ると、実りの秋を迎えた食物たちが至る所に転がって見えた。「やった」と熊は思う。これで冬を安全に越すことが出来ると…。慣れない畑で作物を食い尽くす。とにかく今はこの腹を満腹にする事で熊の頭は一杯だった。そこへ農作業を終えた畑の主が置き忘れた作業服を取りに戻って来た。その瞬間だった…先に驚いたのが熊か人間か分からない。恐怖に怯えた熊は防御本能で人間に襲い掛かる。人間の悲鳴と熊の唸り声で畑は騒然となった。次の日、農家の一団が十数名、猟銃を片手に「熊狩りに行くぞ!」と叫ぶ。山が恐怖に揺れる。山狩りは毎年の事だった。日が暮れる頃一匹の月の輪熊が二人の男に担がれて山を下りて来た。リゾート地で有名な軽井沢、夏ともなれば避暑地で過ごそうと観光客も多く別荘を持つ人もいる。この地で熊に出会うのは珍しくない。どちらかと言えば出会う確立が高い。何故なら此処は元々熊のテリトリーだったからで、そこへ人間が踏み込んだ訳である。動物保護団体がボランティアで熊の捕獲に力を入れてはいるが、大量の食料に有り付ける場所を覚えてしまった熊や他の動物を寄せ付けないようにするには大変難しいと言われる。欲の深い人間は自然の掟を破ってまで自分達のテリトリーを広げているのだろうか?
北朝鮮の暴君「金日正総書記」ミサイル発射では飽き足らず、今度は核実験を実施すると脅しをかけて来た。早速米軍の偵察機が那覇から飛んだ。一体どれだけ迷惑をかければ気が済むのか、将軍の頭の中は世界の中心が北朝鮮だとでも言わんばかりの行動。自分の国がどんな状態なのか見てみろよと言って上げたいが、暴れん坊は聞く耳持たず…。始末に終えない。地下核実験やるくらいの金があるなら、貧しい国民の為に使うのが本来の姿である。何処の国にも言える事ではあるが、国民から支持を得られなければその国は何れ滅びる。独裁政治とはそう言うものである。北朝鮮の核技術は実験が出来るほど進歩しているのだろうか?理科の実験ではないのだから、もし失敗したらとつい心配してしまう。ミサイルの時も一発は確か失敗の筈。実験が失敗して第二のチェルノブイリになったりしたら大変な事になる。近隣諸国を放射能が襲う…、考えただけでも恐ろしい。北からの風は放射能に晒されて日本にまで吹いて来るだろう。放射能の雨に濡れると毛が抜けるなどと小学生の頃よく騒いだ経験がある。狂った殿様を誰でも良いから早く始末して欲しい。
今年の夏は記録的な猛暑で参りましたね。さて、前回好評だった「ガリガリ君」ですが、今度は中身で再登場です。製造元の赤城乳業もここまでヒットするとは思わなかったでしょう。今では様々なフルーツ味のガリガリ君が登場し、人気も上々です。その秘密はやはり「美味い」「安い」「当たり付き」この三つが大きな要素ですね。子どもがいる家庭ではおやつ代が安くて済むし、一度に大量の買い置きが出来ます。子ども達にとっては「当たり付き」と言うのが何とも魅力的に感じます。昔は駄菓子屋で当たり付きのお菓子は沢山売られていました。子どもに夢を与えるようなお菓子が店頭にキラキラと輝いていました。時代は流れ今はコンビニが駄菓子屋代わりになりました。地方へ行けばまだ昔風のお菓子やさんはあるのでしょうか?安くて美味い、そして夢をたっぷり詰め込んだガリガリ君。子どもの顔がほころびます。
年間3万人を超す自殺者を抱える経済大国日本。数字の多さが如何に現代人の心を闇の奥底に引き摺り込んでいるかが良く分かる。先日、北海道で小6少女の首吊り自殺が明らかになった。残された遺書から察するに多くの苛めが背後にあったものと思われる。しかし、市教委はそれを認めようとせず、ただ頭を下げるに留まった。遺書の内容が一般公開した時、それを読んで実に痛ましい事実があったのだと心が痛むと同時に悲しみより、怒りがこみ上げて来た。死を望む者からは必ず何らかのSOSとも言えるサインが出ているもの。普段より無口になったり、笑顔をみせなくなったり、人を避け独りになりたがる傾向が増えたりする。子どもとなればもし一人も友達がいないのなら不信感を抱いて当然ではないだろうか。苛めはどんな世界にもあり、無くす事は非常に困難である。各自治対が自殺防止に力を入れていても、自殺者は一向に減る気配を見せない。苛める子どもが悪いのではなく、大人が悪いのである。教師であり、親であり、子どもを取り巻く環境。教育も家庭も全てが子どもを守らなければならない筈。私は小学生の時苛められっ子として育った。家は貧しく着る服も余りなかったので、同じ服を一ヶ月毎日着て行った。ある日クラスメートが「なんか臭い」と言い出した。生徒達の視線が私に注がれる。「神戸君よーお前臭い」みんなから「臭い」「汚い」「乞食」と馬鹿にされ始めた。隣同士の女子生徒の肩に私の服が触れた時、その子は自分の肩に息を吹きかけながら、手で埃でも払うかのような仕草をした。この時の惨めな気持ちは今でも忘れないし、その子の顔もしっかり覚えている。クラスには苛めグループがおり、権力を握っていた。私は苛めのターゲットだった。ある昼休み、体育館の裏に呼び出され、着いて行くと、いつものメンバーが5人待っていた。行き成り私を羽交い絞めにし、体を壁に押し付けられ、全く身動き出来なくなった。苛めのボスが私のズボンを引き摺り降ろし、「パンツ汚ねー、臭い」と言いながら全員が大笑いしていた。静まり返った昼休みに5人の子ども達の楽しそうな笑い声だけが響いていた。私は涙を堪え、午後の授業に参加した。5人は何事もなかったかのように先生の授業を受けていた。先生につげ口するとそのお返しが恐かった。しかし私は勇気を振り絞って彼らに挑戦した。やくざな父に教えられた通りの事を実行した。午前中の中休みの時を見計らって、メンバーの一人に喧嘩を仕掛けたのである。父は「やられる前にやっちまえ」と教えてくれたのである。私の握り拳が一発相手の鼻を砕くように飛んだ。鼻を押さえながら倒れこんだ相手の手が、見る見る内に鮮血に染まった。この喧嘩で私を悪く言うクラスメートは一人もいなかった。それ以来私を苛める者はいなくなったのである。最も卑怯なのは傍観者でいる事。多忙だからと言う言い訳は通じないし、忙しいのはよいが、心まで無くしてしまっては何にもならないのである。子どもの発するサインを読み取れる大人になりたいものだ。
世界のライバル達を相手に走ったフランスの凱旋門賞では、惜しくも3着に終わったがこれは謂わばオリンピックで言えば銅メダル、堂々のメダル獲得である。実に立派なそして大いなるレースであった。名馬とは只早いだけではそうそうなれるものではない。風に美しく靡くたてがみを持ち、気品ある毛並みに覆われ、ゴールを目指す黒い瞳は鋭さと安らぎを兼ね備えていなければならない。みなぎる躍動感は大地を揺るがし、ひずめは烈火の如く地面を蹴り上げる。そしてもちろん名馬には名騎手が必要。武豊をおいて彼の右に出る者はいないであろう。馬と心通わせ一体となった時、風神も驚く走りが誕生するのである。走る美学を教えてくれた名馬ディープインパクトに心から感謝する。ところで、私は特に競馬が好きだと言うわけではない。競走馬についても詳しくはない。過去に3回だけレースを見た事があるだけだ。大井町に住んでいたから、当然ながら大井競馬場が直ぐ近くにあった。友人の母親が馬券売り場で働いていた。そして府中競馬、1度行った事がある。短くなった赤鉛筆とくしゃくしゃの競馬新聞を凝視するおじさん達ばかりが、日焼けした真っ黒な顔で真剣に次のレースをなんとか自分の物にしようと必死で首を捻りながら馬券を買う。男達の夢をぶら下げて、いよいよレースが始まる。数分後にはため息とちぎれた馬券が宙を舞う。帰りは相乗りタクシーで定員オーバーの車が、外れたレースの余韻だけ残して走り去っていった。
何事もトップの座を維持して行くのは難しい。少しでも気を緩め犯罪すれすれの行為が発覚すれば、その内トップの座から引きずり降ろされる羽目になる。これはスポーツや学問の世界にも通じる所があるだろう。練習をサボって怠けていればチャンピオンベルトは守れない。学問でも同じ、成績トップを維持するには勉学に励む努力が必要になる。国の権力者が秘密裏に国民から反感を買うような行為が発覚し、日ごろの行いが緩んでしまった時、権力者はいとも簡単にトップの座を転げ落ちていく。今回のタイで起きたクーデターはタクシン首相の乱心が招いたもの。彼が外遊中に起こった政権奪還である。幸いに血の一滴も流さず無血クーデターは国民の支持もあったからだと思う。クーデターを成功させるにはやはり国民を見方につける事。今回はそれが実にスムーズに行われたが、一歩間違えれば内紛という最も危険な状況に陥っていただろう。それにしても街中に武器を持った兵隊が大勢見え、戦車が至る所に止っている様子をみれば、幾ら流血はないと言っても恐怖感は感じるだろう。そのお陰で観光収入は大幅に減っている筈。軍部が今後指揮を執るらしいがそれもあまり好ましい状態とはいえない。軍政権は安定せず長続きはしないだろうから。日本のクーデターと言えば二・二六事件を思いだす。歴史で習っているので多くの人は知るところでもある。このクーデターは未遂事件ではあったが、陸軍皇道派青年将校らが1483名の兵を率い、「昭和維新断行・尊皇討奸」を掲げて起こした反乱事件だった。クーデターはフランス語で「国家への不意打ち」と言う意味である。

