プールサイドの人魚姫 -106ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

「美しい国」と言う意味不明な言葉をキャッチフレーズに安部政権が誕生した。明るい笑顔で小泉、安部両氏のバトンタッチが行われ、新しい日本の夜明けが誕生?小泉さんをネタに記事を書くのもこれで終わりかと思うと寂しいので、今日は大奮発!安部内閣の事は追々出てくるでしょうから画像を見て楽しんで下さい。これが実現したら最高だと思います。小泉潤一郎
京葉線 大都会の朝は通勤ラッシュで幕を開ける。半分眠ったままの重い瞼を鞄に詰めた人間たちを、容赦なく詰め込んだ電車が地方から都心めがけて血流の如く流れ込む。東京に向かう電車が一体何本あるのか数えた事もないので分からない。直ぐ頭に浮かぶのは、自分が利用している地下鉄やJRくらいのものだ。朝は誰もが忙しい。だから皆顔を引きつらせながら電車の到着を待っている。電車はいつもと変わらぬ時間に来るし、自分も同じ朝の忙しい風景に溶け込んでいる。腕時計を気にしながら、来るはずの電車を待っていた。自分もそして周りの大群も同じ表情に変化して。電車は来ない、中々来ない…。苛々が頂点に達しようとしたその時、構内に駅員のアナウンスが流れる。「ただ今、京葉線は駅構内に於いて火災が発生した模様…」ホームには既に人の入れる余地はなく、階段の方にまで人の長い列が数珠の様に続いていた。またも都会の脆さが露呈する。たった一本の電車が止っただけで、数十万人の足が奪われ、その日一日が全て壊れていくのである。一日の始まりは大切、自分のコンディションを整え、気力を回復させながら「今日も頑張るぞ」と自分を励ます。通勤と言う日常から随分離れてしまった私だが、いつかまた通勤地獄へと帰りたい。
麻原 人がどんな宗教を信仰するかは自由である。しかし、人を傷つけるような宗教であってはならない。これを根底として世界に広がる宗教に眼を向けてみたが、ユダヤとイスラムのような最も巨大な宗教も元の神が同じでありながら流血の日々を繰り返している。もちろん全ての信者がそうではなく一部の権力者が愚かな戦いや金儲けの道具に宗教を利用しているのである。麻原彰晃の死刑確定は当然のこととは言え、彼らオウム真理教が起こした松本弁護士一家殺害やサリン事件が解決する訳ではない。何時だったかTVで久しぶりに上祐史浩氏が顔を見せ、現在の心境などを語っていた。オウム真理教から「アーレフ」へと改名し、彼はそのリーダーでもある。彼事態は麻原彰晃から脱却しようと構想中らしいが、いまだに麻原彰晃を教祖と崇める信者達との間で内紛が勃発しているようだ。ただ、上祐氏自身も心の底では麻原の呪縛に捉われ矛盾した自分と闘っているようである。アーレフが分裂しようとそれはどうでも良い。問題は麻原彰晃(松本智津夫)の死刑によって全ての事件の解明が出来ず、謎のまま被害者だけが取り残されてしまうのではないかと言う危機感である。麻原本人が口を閉ざしたままロープに首を吊るしても、サリン事件以前の時間は戻って来ないのである。11年とい長い年月を経ても多くの問題が宙に浮いたままで、事件に苦しみ続ける被害者の年月は麻原一人の死では解決を見ない。何故、あの恐ろしい無差別テロとも言えるサリン事件が起きた時に、国は「破防法」を使わなかったのかいまだに疑問が残る。血塗られた十字架を背負って歩くのはどうも人間の宿命のような気がしてならない。
スリープ PCに電源を入れるのは何日振りだろうか?最後の更新から10日以上も経ってしまったようだ。こんな事はブログ開始以来初めての事になる。心が重くまるで石のように硬くなってしまった。それと同時に足も手もずっしり重く、思うように動かない。手や足はそこにあるだけでは何の意味も持たない。もう二週間ほど外出もせず、家に篭った状態が続いている。思考力がストップし、行動力も極端に落ちてしまった。ただ運が良いのはとりあえず眠れている事くらいだろう。今より更に状態が悪かった時は睡眠薬さえその効能を果たせず名前だけの無力な存在で、副作用の事を考えたら飲まない方がましだった。その時に比べれば今はまだ良い方である。しかしひたすらベッドに横になり崩れたバランスの中で動かないでいるのは最早休養とは呼べないだろう。一日の半分以上はベッドの上で過ごしている事になり、まるで病院に入院しているのと同じ。病院なら他の患者もいるから話相手を見つけて、雑談したりと時間を有る程度有意義に過ごす事も出来るだろう。口を固く閉ざし、以前の笑みは古新聞のように色あせ、家族との会話も只頷くだけで明るかった団欒はTVの音声に変わって行った。風邪で2,3日寝込んだだけでも体力は大きく落ちる。足が振るえ元気な時のようには歩けない。休む事は確かに大切ではあるが、症状を悪化させるような休養は回復の為の休養とは言えない。降り出した雨は時期がくれば必ず止むし、立ち込めていた暗雲もその微かな切れ間から太陽の光が射し出すだろう。しかしそれが何時になるのか分からない状態で丸虫のように縮こまって外敵が去るのを待っていても仕方が無い。ならば、こちらからもう一人の自分に宣戦布告してやれば良い。ブログは心のリハビリとして始めた筈。調子が悪ければそれなりに書きアップすれば良いのだ。行き詰った時は開き直るくらいの気持ちも持たないとその一歩は前進しないだろう。今日は午後から外出の予定がある。必ず行こうと心に決めている。下の記事にコメントやメールをくれた方にはこの場を借りて、厚くお礼申しあげます。今後ともプールサイドの人魚姫をよろしくお願い致します。
休眠 皆様、ご無沙汰しております。ブログをこのまま放置しておく訳にも行きませんので、近況報告します。心臓の薬は3ヶ月分確保しました。それはよいのですが、もう一つの持病(元気がなくなる病)が悪化し始め、パキシルが増量されてしまいました。狂ったリズムを取り戻すには時間がかかるでしょう。しかし、私は過去の教訓を活かしながら前向きな姿勢を崩す事無く、後ずさりする時もあるでしょうが焦らず、ゆっくり自分を取り戻そうと思っています。もう暫くそのままお待ち下さい。
飲酒 飲酒運転の罰則を強化してもその効果が殆ど見えない車社会。車が走る凶器だと言う事を忘れている人間が多すぎるのも問題である。酒を飲んだらエンジンが掛からない仕掛けの車を自動車メーカーに作って貰いたいものである。先日起きた追突事故では幼い命の未来が3つ海中深く沈んでしまった。ガードレールは一体何の為にあったのか、その役目さえ果たせないひ弱な物にガードとは呼べないだろう。車だけではなく最近の凶悪な事件には、人の立場を考える事が出来ない自己中心的な人間の性格像が浮き彫りになっている。友人に大量の水を運ばせ、飲酒を証拠隠滅するなどはその人間性に閉口するばかり。そして身を呈して止めなかった友人。自分や他人の異常な行動にこそブレーキが必要であり、僅かな油断と思い上がりが全てを地獄に叩き落してしまう結果になるのである。ハンドルは優しく握るものだと心がけるべし。

小鳥の中で最もポピュラーな種類でとても飼い易く丈夫な鳥として人気が高いセキセイインコ。物真似も上手で更に手乗りインコなので可愛さも倍増。娘に聞いて初めて知ったのですが、真似をするのは♂だけだそうです。もう一羽のアビディが言葉を覚えないのはそのせいだったのですね。ですが、ポッポの真似をするから不思議です。ポッポは高所恐怖症で高い所が苦手。飛ぶのもあまり上手とは言えません。近所の家のセキセイインコを預かった事があるのですが、ポッポだけ何故か浮いていました。

 
池

蓮華寺池で
釣りを楽しんでいた
大物が釣れるといいな
だけど
この松の木の下は
まずいだろう
この松の木に登って
池に落ちて死んだ子がいるんだぜ
いやあ 大丈夫さ
蓮華寺池には昔から
主が棲んでいる
大きな白い鯉だ
僕はこの目で見たことがある
水面をすれすれに泳ぐ姿をね
たぶんその死んだ子は
池の主が救ってくれたのさ

カリビアン 大ヒットしているパイレーツオブカリビアン、続編デッドマンズ・チェストの無料招待券が手に入り、私を除き子どもたちだけ喜んで映画館へ足を運んだ。帰って来た子どもたちの満足そうな顔が映画の面白さを物語っていた。内容を尋ねてみると主役のジャック・スパロウがタコのモンスターに食べられてしまったと言うではないか。「あれ?死んじゃったのか?」と思いきやどうも裏がありそうだ。本編を観ていないのでコメントのしようがないがCMを見ただけでも1作目「呪われた海賊たち」を大幅にパワーアップしている事は間違いないようである。ジョニーデップは「エルム街の悪夢」でスクリーンデビューしたが、私が最も好きだった作品は「シザーハンズ」だった。他にもスリーピー・ホロウ、レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード、チャーリーとチョコレート工場などと彼の役柄の多彩ぶりが光る。アニメ版の海賊なら「ワンピース」これも大人気で日曜の夜は必ず子どもたちと見ている。ワンピースは子どもだけでなく30代を中心とした大人たちにも人気があるようだ。何がそれほど惹きつけるのかはもちろんその内容に在る訳だが、仲間同士の強い絆が生んだ「一体感」これである。個人主義に走る現代社会に欠け落ちた個々を思う気持ちが堂々と描かれているのだ。話がそれてしまったが、結局私だけデッドマンズ・チェストはレンタルで観ることになりそうです。(-_-;)
姉歯&小嶋 時の経つのは早いもので、耐震強度偽装事件の発覚が昨年の11月だっただろうか。あれから10ヶ月が経過したが一時は流れる激流の如くニュースやワイドショー等で毎日のように取り上げられていたし、ブログでもこの問題を扱う記事が多かった。ニュースネタは鮮度が命ゆえマスメディアがそこから去ってしまい杯盤狼藉の儚さを物語っているようである。木村建設の元東京支店長篠塚明被告の異様にやつれた顔と「死にたい」を連呼する手記が記憶の片隅に僅かながら残っているが、建築確認制度の見直しを進めている国土交通省が22年ぶりに木造住宅にも耐震強度審査を義務付ける方針を固めたようである。国が漸く動いたと言う事で一定の評価は出来るものの、この事件が齎した国民への不信感はそう簡単には拭えないであろう。事件の捜査は既に幕を下ろしてしまったが、一体諸悪の根源は誰でその責任は何処に在るのかいまだ釈然としていない。国の役人が絡む事件ほど幕引きが早いのは今も昔も変わらない。国民を欺く術を身につけた政治家や役人が蔓延る内は真実など風の如く消え去ってしまうだろう。